戦車とともに ~国防女子、秋山優花里の日誌~ 作:名無し参謀
「……あ、あのぅ、これは」
接敵、失敗。
ソファーに腰かけ、手を止めたままの二人が、刺すような(わたしの思い違いだと後で分かりましたが)視線を向けてきます。
「……」
何とか次の言葉を、とは思うのですが、それを意識してしまうと最早何も言えず。
「あー、ちょっとオタクっぽいし挙動不審だけど、多分いい奴だから。まあ仲良くしてやってくれ」
結局、伊藤班長がフォローになっているのかなっていないのか良く分からない調子で割り込んでくれるまで、スローモーションの沈黙が続きました。
「……おい、お前らも挨拶――っと、悪い」
再び静かになりかけた居室に、携帯のバイブ音が響きます。
「はい、伊藤です。……そうですか、思ったより早かったですね。今からすぐ戻ります、では。……清水、小坂」
伊藤班長が、携帯をポケットに戻し、手はポケットに突っこんだまま後ずさり。扉をくぐりながら彼女達の名前を呼びました。
「悪いけど後頼んだ。秋山にこの後の行動、教えてやって。着替えと書き物と縫い物な。自分らがやってるのと同じだから分かるだろ。あたしは次の新入りを迎えに行ってくる。あ、自己紹介はどうせ全員揃ってからやるからとりあえず簡単でいいよ。じゃ」
要件だけをひとしきり早口で告げてからくるりと方向転換、伊藤班長は廊下を戻っていきました。開いたままのドアの向こうからテンポの速い靴音だけがしばらく響き、そして何も聞こえなくなります。
「……あ、あの」
「小坂。小坂恵です。よろしくね、秋山さん」
パーカーの裾を指でつまみ、体の前で合わせてもじもじしていたわたしを見かねたのでしょう。ロングヘアの方の女性が立ち上がり、二、三歩歩み寄ると右腕をわたしのお腹の前に差し出します。
わたしは手をパーカーから離し、白く細長い指、同じく色白で、かつサテンのようなきめ細かい肌の腕、そしてこちらを見つめ、微笑みの表情を投げかける顔へと順番に視線を移しました。3から4歳くらい歳は年上の方でしょうか。所作の全体に、どこか大人びたものを感じます。
(……綺麗)
ふと頭に浮かんだのは、プラウダ高校のノンナ殿。彼女もまた、このような白く美しい肌の女性だったことを覚えています。
といっても、目の前に居る彼女――小坂殿と違って、ノンナ殿はここまで温和で優しげな表情を、少なくともわたしの前で見せた事は記憶にありませんが。
「……?」
目を見つめたまま固まる私と同じく、小坂殿が目線を合わせたまま首をかしげます。
「す、すみません! 秋山優香里です、改めてよろしくお願い致しますっ」
慌ててわたしは両手を差し出し、小坂殿の右手をぎゅっと包むように握りしめました。第一印象で思い浮かべた通り、その手は透き通るような見た目と裏腹にとても温かい感触でありました。
「清水有紀です、はじめまして!」
気が付くと、もう一人のベリーショートの女の子もわたしのすぐ横に来ていて、両手を伸ばしています。
清水、と名乗ったわたしより一回り背の小さいその子は、丸顔にくりっとした目をしていて、小坂殿とは正反対の可愛らしい印象。
「はじめまして、清水殿」
こちらも両手を伸ばして握手をすると、力一杯といった感じの強い握り返しをしてくれました。
「また「殿」だ」
「……その「殿」っていうのは?」
またまたいつもの調子をかましてしまったわたしに、清水殿、そして傍らの小坂殿から、ほとんど同時に疑問の声が上がります。
「あのぅ、これはその、癖みたいなもので。決してキャラを作ってる訳では」
「普段からそうやって人を呼んでるの?」
「ええ、まあ……高校のときは」
「秋山さんも高校卒業からすぐ自衛隊なんだ? じゃあ同い年だねっ」
まだ握ったままだった手を、清水殿が嬉しそうにぶんぶんと振りました。
「そうなりますね、同級生が居てわたしも嬉しいです! ちなみに、清水殿はどちらの学園艦に?」
「あ、わたしは陸の高校なんだ。静岡の公立高校」
「静岡出身なんですか。ちなみにわたしは茨城の大洗女子学園で」
「まあまあ二人とも」
勝手に盛り上がりかけたわたし達の肩口を、小坂殿がぽんぽん叩きました。
「細かい自己紹介はみんな揃ってから、でしょ? 秋山さんもいつまでも私服のままじゃだめだし、着替えてもらわなくちゃ」
「そうですね。秋山さんのロッカー、どこでしたっけ?」
「左の一番奥じゃなかった?」
2段ベッドの間に並ぶロッカーを一つずつ確かめながら居室の奥へと進む二人に、わたしも続きます。
「あったあった。これが秋山さんのロッカーね」
「は、はい」
小坂殿が指でコンコンと叩く方へ向き直ると、居室の一番隅っこに「秋山」とゴシック体で印刷されたカードの貼られたロッカーが立っていました。
学校の職員室で使うような、飾りっ気の全くない古ぼけたベージュ色のロッカー。そのノブに手を掛けて引っ張ると、見た目通りの年季を思わせるがたつきを感じさせながら、がしゃん、と両開きの扉が開きます。
幅はおよそ1メートル弱。奥行きはその半分と言ったところでしょうか。左半分は可動式の棚、右半分が服を掛けるクローゼットになっており、最小限の荷物がコンパクトにまとめられる設計のようです。
「ベッドはそこの上段だから」
ロッカーの左隣、ロッカーよりも少し色の薄いアイボリーホワイトの2段ベッドに目をやると、こちらにもネームカードを差して使う取り外し式の金具が骨組みの足元部分にかけられていました。その横には同じく取り外せるようになっている梯子が、上段に上がれるように取り付けてあります。
この簡素なベッドとロッカー、合わせてわずか2畳ほどの空間が、これからのわたし達に許されるほぼ唯一のパーソナルスペースなのです。
「荷物、ここに置くね」
そうしている内に、清水殿がわたしのボストンと衣のうをロッカーの前に持ってきてくれていました。
「とりあえず、ジャージに着替えて。持ってきたのでも、貰ったのでもどっちでもいいってさ。わたしたちは、その……ちょっとどうかな、って思って自分のやつを着てるけど」
先程の被服採寸で受け取った物の中には、鮮やかな青色1色のジャージが1着ありました。いわゆる「官品ジャージ」という、教育中だけ貸与されるものです。折角なので私物ではなくそちらを着ようと思い、わたしは衣のうのジッパーを開けて一番上に入っていたそれを取り出しました。
さっき試着したのですが、改めて手に取り、目の前で広げてまじまじと眺めます。
「うーん、渋い……」
歴代の新隊員に着回され、くたびれてもなお鮮やかな青。ジャージによくある紺やスカイブルーではなく、工事現場のブルーシートのような、まさに三原色の青。ちょっと他のジャージでは見たことのない色使いです。
そして、動きやすくすると同時に少ないサイズバリエーションで済ませる為か、幅にゆとりを持たせたゆったりシルエット。
とどめに、学校指定のジャージでもあるようなデザインやワンポイントは一切なし。
……率直に申し上げて。
ダサい。
圧倒的にダサい。
誰が呼び始めたか、隊員の間では「青虫」と呼ばれているそうですが、実物を目の前にしてなるほどなぁと名付け親の方に拍手を送りたい気持ちにさせられました。
一般的な女の子のセンスからズレている自覚はあるわたしですが(本当にあるんですよ)、それでもこの官品ジャージの放つ強烈な芋っぽさは理解できるのであります。
武部殿なら、これを着ろと言われれば卒倒してしまうかもしれません。
「……ですが」
――ですが、それがいい!
実用性のみを考慮された画一的な衣服に身を包み、個性を捨てて「個人」から「兵士」という群体に成り下がる快感!
ましてや我々新兵など某軍曹の言葉を借りればウジ虫同然なのですから、むしろダサいジャージが相応しいのです!
むしろこのダサさこそが誇り!
「……着るの?」
「着ますとも! 着させて頂きます!」
「……秋山さんって、本当に個性的ねぇ……」
鼻をふん、と鳴らして答えるわたしに、呆れ顔の二人なのでした。
「清水殿、ちなみにジャージの下は」
「あぁ、ベッドの下、秋山さんの側に箱があるから。その下に迷彩シャツが入ってるよ。お金は後で集めるって」
言われるままにしゃがみ、ベッドの下を覗くと濃いグレーのプラスチックで出来た頑丈なRVボックスがありました。大洗でも戦車道の備品をこんな箱に入れて使っていましたが、それとほぼ同じものです。
ちょっとした足場になったり、水がかかっても中身が濡れないため重宝していたのですが、まさかこれを女の子の衣装ケースに使う世界があるとは……
ベッドの下からそれを引き出し蓋を開けると、中には迷彩シャツ――これは官品ではなく、売店などで売っているものと同じのようです――が当面の分として5枚。他にも、運動用と思われる白いシャツとハーフパンツ、スリッパ、ハンガー、靴磨き道具など、隊内の生活で必要な一括購入の色々な小物が入っていました。
今すぐ全部中身を出して一つずつ検めたいのは山々ですが、キリがないのでシャツを一枚だけ取り出し、一旦蓋を閉めて箱を元の位置に戻します。
「着替え終わったらベッドの上に色々書類があるから、まずはそれを書いてね。最初に班長とか区隊長? の面接があるらしいから、それに使う資料とかなんだって。それも終わったら、ジャージとか迷彩服に名札の縫い付け。細かい縫い方はソファのテーブルで今わたしが見ながらやってるから、後で一緒に縫い物しよっ」
改めてベッドの上段、マット上を見ると、今しがた話に出た書類と、白いゼッケン生地の名札が10枚ほど並べられています。名札のサイズは大小まちまちで、どうやら縫う物によってどれを使うか指定があるようです。
(……意外と字は綺麗なんですね)
名札の1枚を手に取ると、手書きで「秋山」と書かれた右部分のほか、左の3分の1ほどが上下段に区切られ、上には「女教」、下には「2-1」と所属が分かるようになっていました。
おそらく伊藤班長が書いたのだと思いますが……正直、大雑把というかガサツというか、とにかく達筆そうな方には見えなかったのでちょっと驚きました。
名札を戻して書類を掴み、自分の作業に戻った二人の輪に加わらせてもらうとします。
「ここ、座ってもいいですか」
「あ、ごめんなさい紙が……すぐ退けるわ」
「大丈夫ですよ、お気になさらず」
「……あ~、もう糸が通んないぃ」
「お父さん昭和何年生まれだったかなぁ」
「電話しても大丈夫よ」
「あ、メールするのでお気遣いなく」
「うわ、また位置ズレちゃった……これくらいなら大丈夫かな……」
「交友関係って……どこまで書くのかしら」
「「関係」って欄がありますし、彼氏とかも書けってことじゃないですか。……まさか小坂殿、彼氏」
「いないわよ? ――ちなみに清水さんは?」
「痛っ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ちょっと針が刺さっただけだから平気だけど……も~、縫い物してる時に変なこと聞かないでくださいよお」
「ゴメンね」
「……面白そうなので改めて聞かせて頂くとしましょうか」
――不肖、秋山優花里。
新しい仲間とも、心配したよりもずっと早く打ち解けられそうです。