戦車とともに ~国防女子、秋山優花里の日誌~   作:名無し参謀

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4話 2区隊1班、編成完結です!

「さ、入って入って!」

 それから一時間ほどでしょうか。丁度わたしが書き物を終え、脱いだ官品ジャージの上着に名札を縫い始めたところで、伊藤班長の弾んだ声が居室の外に響きました。

 わたしも清水殿も小坂殿も、それぞれに作業の手を止め、開かれたドアからぞろぞろと入ってくる人達を見つめます。

「こんにちは!」

「は、はじめまして……」

「よろしくお願いしまーす」

 それぞれ違った調子の挨拶、あるいは無言のままのお辞儀に返礼をしていると、最後に伊藤班長が入ってドアを閉め、居室の中央に進んで全員に向き直りました。

「さて、皆揃ったことだし、改めてご挨拶と行きたいけど……荷物持ったままじゃ落ち着かないし、自分の名前貼ったロッカーを探して、そこの前に置いてきてもらおっか。あと着替えもだね。秋山たちも荷物、運ぶの手伝ってやって」

「はい」「はい!」「了解!」

 誰は居室のどっち側、とてきぱき指示を出す伊藤班長に続き、わたし達もソファーから立ち上がって皆さんの荷物運搬を手伝いにかかりました。

 

 全員がジャージに着替え終わると、わたし達は再び伊藤班長を半円に囲む形で入口近くのスペースに集められました。居室のソファーは4脚しかなく、何より伊藤班長に座る素振りが無いので、皆立ったまま中央の班長に身体を向けています。

「改めて……入隊おめでとう、ようこそ陸上自衛隊へ。あたしはこの2区隊1班の営内班長、伊藤真矢。出身は千葉県、年齢は25歳ね。階級は3等陸曹、職種は普通科、特技は迫撃砲――って言っても、今は分かんないだろうから覚える必要はないよ。分かる奴も中にはいるだろうけど」

 3等陸曹は陸曹、つまり下士官の最下位であり、つまりは旧軍や諸外国で言う伍長。普通科は歩兵、迫撃砲は歩兵部隊が運用する曲射弾道の火砲のことですね。

 伊藤班長がちらりとわたしに目を合わせ、わたしがこくこくと頷くのを確認してから満足したように話を続けます。

「取り合えずはこんなもんかな。細かいプロフィールはおいおい話すよ、今だらだら喋ったって意味ないしね。秋山、それでいい?」

「は、はいっ」

 そして、何も言っていないのにわたしに念押し。好奇心ベタ踏みなのはもうバレバレですね……

「よろしいよろしい。さて、皆にはこれから、3か月の新隊員前期教育を受けて自衛官としての基礎の基礎を身に付けてもらう訳だけど、そこで皆の日常起居――身だしなみや生活全般の指導や面倒を見るのが営内班長、つまりあたしの役目ね。それ以外でも、分かんない事や困った事があったら、何でもまずはあたしに聞くこと。責任を持って皆を預かるから、3か月間一緒に頑張って、一人前の自衛官になろうね。以上! よろしく!」

「「「よろしくお願いします!」」」

「オッケーオッケー、いいよその元気。新兵は元気が第一だかんね」

 わたし達の返事に、一度真面目になった表情を再び崩してケタケタと笑う伊藤班長。

 第一印象はだらしなく見えましたが、わたしの早とちりだったのかも知れません。

「じゃ次、皆にも自己紹介してもらおっか。出身、年齢、入隊前は何してたか……そんぐらいを簡単に言ってくれればいいよ。順番は――秋山から時計回りね」

 伊藤班長の左隣に立っていたわたしに、先陣が任されます。

 「はいっ! 大洗女子学園出身、秋山優花里18歳です! 茨城の土浦生まれですが、今は学園艦の上に実家があります。高校では戦車道をやっていまして、10式戦車に乗りたいと思い陸上自衛隊を選びました。――あっ、もちろん74式も90式も大好きですよ! 不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します!」

 伊藤班長のおかげで緊張がほぐれていたためか、考えていた自己紹介は詰まらずすらすらと言えました。班長が手を叩き始めると皆もそれに続き、居室に拍手の音が響きます。

 それからは、自己紹介と拍手が9度、時計回りに繰り返されました。

 

「小坂恵です。年齢は22歳、北海道出身で今年音大を卒業しました。教育が終わった後は、北海道の音楽隊に行くことになっています。体を動かすのは苦手で皆さんに迷惑をかけるかもしれませんが、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」

 

「清水有紀、18歳です。入隊前は地元の静岡県掛川市で、陸の高校に通っていました。災害派遣で活動する自衛隊の皆さんの姿に憧れて、わたしもあんな風になりたいなと思ったのが入隊理由です。よろしくお願いします!」

 

「あ、あたしの番? 植田美鳥、21、長崎出身。高校出てからは建設会社で働いてて、まあ色々あってここにたどり着いたんだけど、話すと長いから別の機会にするわ。あたしは体力結構自身あっけど、逆に頭は悪ぃからその辺は上手いこと助け合いだね。よろしくっ」

 

「南かなた、20歳です。和歌山の青師団高校出身です。ここに来る前は地元の会社で事務員をやってました。私も体力に自信がないので付いて行けるか不安ですけど、とにかくよろしくお願いします」

 

「鈴木純子と言います。富山県出身で、去年まで教諭として陸の公立中学校で働いていました。年齢は27歳で、班の中ではきっと最年長だと思いますが遠慮せずに同期として接して頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします」

 

「山本咲です。神戸のワッフル高校から来ました。高校では吹奏楽部だったんですけど、2コ上の先輩が陸上自衛官で、卒業後も度々教えに来てくれてて。その先輩に、きっと向いてるよって勧められたのが入隊のきっかけです。よろしくお願いしま……あ、年は18です」

 

「田埜陽子、19歳の京都出身です。今までの人生とは違う世界に飛び込んでやっていきたいと思い入隊しました。当面の目標は少しでも早く陸曹に上がることです。よろしくお願いします」

 

「阿部奈央、20歳です。東京生まれで、今月までは都内の美術短大に通っていました。でもそれだけじゃ十分な収入のある仕事が見つからなくて……自衛隊を選んだのは、絵を描ける休みがちゃんと取れそうなのと、あと何となく面白そうだと思ったのが理由です。よろしくお願いします」

 

「宮原巴、18歳です……。私、お父さんとお母さんが両方自衛官で……絶対そうしろって2人に言われて……。あの、私ドジで体力も無くて、きっと皆さんに迷惑かけると思うんですけど、どうか仲良くしてください……」

 

「ん、こんなもんだね。結構結構」

 一人ひとりの自己紹介にぶんぶんとオーバー気味に頷いていた伊藤班長が、両手を胸の前でパン、と叩きます。

「ちょっとはお互いの事が分かっただろうけど、これだけじゃまだまだ足りないと思う。これからは、空いた時間にどんどん話して関係を築いてくこと。年齢も出身地も経歴もバラバラだけど、これから3か月、楽しい事も大変な事も、一緒に分かち合う――2区隊1班総員10名、初めての『同期』ってやつだよ。仲良くやんな」

 ――『同期』。「友達」、「仲間」、「同級生」、どれとも違うニュアンスを含んだ言葉が、自分の胸の奥底に、まるで鐘の音のようにどっしりと響くのを、わたしはしみじみと感じていました。

 「自己紹介も終わったから、後は飯の時間まで個人毎書類記入と縫い物の時間な。先に来てた3人はそのまま作業に戻ってよし。あと申し訳ないけど、机使いたいからソファを空けてもらえる? で、今来た7人はあたしがやる事教えるから、ベッドの上の紙と名札を持ってもう一度集合な。それじゃ、始め」

 「「「はい!」」」

 「それじゃ、我々はベッドで裁縫しますかね」

 「わたしのベッド座っていいよ、秋山さん。上段じゃ作業し辛いだろうし」

 「ありがとうございます!」

 わたしは名札を縫いかけの上着とソーイングセットを持って居室の奥へ、清水殿のお言葉に甘えることにします。

 

 清水殿のベッドに2人で腰掛けて縫い物を続け、30分程立った頃でしょうか。天井のスピーカーがブツッ、と小さく音を立てたかと思うと、信号ラッパのメロディが鳴り始めました。どうやら屋外にも放送されているようで、窓の外からもタイミングのずれた音が聞こえてきます。時折音が外れているので、恐らく録音ではなくどこかで演奏しているのでしょう。

 そんな事を考えながら演奏を聴いていると、ラッパの音色に伊藤班長の声が重なりました。

「よーし、飯行こっか。ジャージの上を着てない子は羽織って、全員スリッパから運動靴に履き替えね。終わったら扉の前に集合、全員揃ったら行くよ」

「「「はい」」」

 言われた通りに靴を履き、皆で揃って階段を降りて隊舎の外に出ました。

「さてさて、自衛隊では屋外で2名以上で移動する時、原則として隊列を組み、歩調を合わせて歩かなきゃいけない。1人だったら自由だけど、新隊員の間は無許可での単独行動は禁止ね。って訳で、まずは列の組み方と歩き方から教えるよ。『縦隊』『横隊』って中学校とかで習ってると思うけど、意味が分からない子はいる?」

 もちろんわたしは分かるのですが、2人がおずおずと手を上げます。――阿部殿と、宮原殿、でしたっけ、確か。

「素直でよろしい。縦隊は縦の隊、列の数を決めて縦長に並んでいく隊列ね。逆に横隊は横の隊、横列――行列で言えば行の数を決めて横長に並んでいく隊形。移動は基本的に縦列で、列の数は極端に短くなったり長くなったりしないよう適当な数にする。ここでは2列縦隊になろうか。小坂が右の先頭になって、その左と後ろ2列を作って縦に並びな」

 皆でぞろぞろと並び、隊形を作ります。わたしは列の先頭、小坂殿の左に並びました。

「歩き始める時は「前へ、進め」の号令を指揮者がかける。1歩目の踏み出しは常に左足ね。歩く速さは1秒間に2歩、1分間に120歩――マーチのリズムだね。心配しなくても、あたしが歩調を刻むからそれに合わせて足を出せば大丈夫」

 伊藤班長が列の前で、全員に見えるようコツコツと足踏みし、実際のリズムを刻んでみせます。

「んま、失敗しながら覚えりゃ良しと。それじゃ行くよ」

 ごほん、と一度、ちょっとわざとらしい咳払いが聞こえた後。

「まいえぇーーーっ……すすめっ!」

 別人のように凛とした声が響き、わたし達10名は一つの「班」として、最初の一歩を踏み出すのでした。


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