Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~   作:白黒狼

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 アスベルも手紙の一つでもやり取りしていれば、アストンさんの事件もなかったかもしれませんよね。




喪失

 

「嘘、でしょ……」

 

 

暗殺者に襲われた翌日、ヒトハは亀車に積んだ荷物を固定するために朝早くから屋敷の外へと出ていた。

その時、ラントの警備隊の一人が必死の様子で駆けてきた。あまりにも追い詰められていた様子に違和感を感じたヒトハが彼から話を聞くと、その内容は信じられないものだった。

 

 

―――アストンが戦死した。

 

 

 ヒトハは亀車を彼に任せて全力でラントへと走った。

 特別な体術を持つ彼女らしくない息を切らせながらの疾走は彼女の心が激しく揺さぶられた事を表している様だった。

 

 ヒトハがラントに着いたのは昼を過ぎた頃だった。領主邸に入ると、アストンの葬儀は終わり、メイド達が慌ただしく走り回ってた。

 ヒトハに気づいたメイドにケリーが心労で倒れた事を聞き、すぐさま彼女の寝室へと向かう。

 

 

「ケリー様‼︎」

 

 

 ドアを蹴破る勢いで部屋に入ると、そこにはベッドで横になるケリーと、側に立つフレデリックとシェリアがいた。

 

 

「ヒトハさん……」

 

 

 顔色が悪いケリーの姿を見て、ヒトハはアストンが亡くなった事が嘘ではないと悟った。

 隣に立つフレデリックとシェリアも顔を俯かせている。

 

 

「…連絡を聴き、急ぎ戻りました、ケリー様」

 

 

 涙で視界がぼやける中、彼女はどうにかそれだけを口にした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

―ヒトハside-

 

 

 アストンさんが亡くなった。

 信じたくなかったけど、執務室に横たえられた棺を目の前で見た瞬間、私の頬を涙が流れていた。

 本当に、あの人は逝ってしまったんだと実感した……。

 

 ケリー様は暫く一人になりたいと言って部屋で休んでいる。

 フレデリックはアストンさんに代わって警備の指揮をとりに行き、シェリアは怪我をした兵の治療を行っている。

 

 ふと、私には何ができるだろうと考えていた。

 私にできるのは警備の指揮を手伝う事と戦うこと、そしてシェリアと共に負傷兵の治療をするくらいだ。

 しかし、今は崩れた戦線を再び固め、低下した兵の士気をどうにかすることが重要となる。

 兵の士気はまだ三年程しかラントにいない私よりもフレデリックさんに任せた方がいいし、守りを固める今はこちらからの戦闘は行わない。

 そもそも、私達は国境を防衛しているのであってフェンデルに攻め入るわけではないのだからこちらから戦闘は仕掛ける事に意味はないのだ。

 アストンさんの仇が目の前にいながら、私は何もできずに負傷兵の治療をする事になった。

 

 そんな状態のまま、私はシェリアの手伝いをしながら数日の間、暗く燃える心を何とか抑えていた。

 そんな時、シェリアがウィンドルの首都バロニアへと行く事になった。アストンさんの息子、アスベルを呼びに行く事になったのだ。

 数日前に手紙は出しているが、返事が返って来ないため直接呼びに行く事になったらしい。

 

 

「シェリア、気をつけて…」

 

「大丈夫よ、姉さん。すぐに帰ってくるから」

 

 

 シェリアを見送りに東門へと来た私に、シェリアは小さく笑った。その笑顔もどこかぎこちない。

 

 

「やっぱり私も行った方がいいんじゃ……」

 

「小さな頃とは違うわ。私も自分の身を守るくらいできるわよ」

 

 

 はじめて私と出会った頃よりも、シェリアは強くなった。体力もついたし運動もできるようになり、投げナイフの腕は私よりも高いくらいだ。

 落ち込む彼女を慰めているうちに私を姉と呼び慕ってくれるようにもなった。

 そして、何よりもシェリアは美人になった。

 ラントのアイドル的な存在であり、不思議な癒しの力を持つ彼女を天使だと呼ぶ者もいる。

 だから彼女が一人でバロニアまで行くと言い出した時は皆が心配した。どんな世界でも女性の一人旅というのは危険なのだから。グレルサイド付近でも最近は山賊がでるという話だ。

 

 

「お願い、姉さん。どうしても私は行きたいの。……彼に会って確かめたい事もあるし」

 

「……わかった。そこまで言うならもう止めない。だから、無事に帰って来て。もう…誰かがいなくなるなんて、私…嫌よ」

 

 

 その言葉に力強く頷いたシェリアはバロニアに向かって出発した。

 バロニアまでの道は往復で一日程しかない。でも、私にはそんな距離でさえ不安になる。

 きっと町の人達だってそうだろう。それだけアストンという人の存在は大きく、如何にこの町の中心であったのかを改めて感じさせる。

 そして、新しく領主になる者への期待や不安も大きい。領主という皆の先頭に立つ者がいないと、不安が大きくなるのだ。

 まるで親に甘える子供のよう。

 しかし、それを責める権利は誰にもありはしない。皆同じ思いだからこそ、誰よりも互いをわかりあっている。

 アスベルがアストンの後を継ぐのかはわからないけど、遅かれ早かれ彼は自らの親の立場を知る事になる。その彼がどのような決断をするのか、私は見定めなければならない。

 まだ見ぬアストンさんの息子を見据えるかの様に、私はシェリアが歩いて行った道の先を見ていた。

 

 

 シェリアが見えなくなってから、私は屋敷に戻りフレデリックさんの手伝いをしていた。

 内容は今後のフェンデルの動きについての予測と、国境付近に今だに残っている奴らの兵の規模などについてだ。

 

 

「アストンさんが亡くなられてから、奴らは今だに動きを見せていないみたいですね」

 

「はい、偵察らしき兵の姿は見えますが、今のところは進軍する気配はないようです」

 

 

 アストンさんの名前を口にする度に、胸の内に黒い何かが溜まっていくような気持ちになってくるが、私情で動いて迷惑をかけるわけにもいかないのでぐっと我慢して机に置かれた地図へと視線を戻す。

 

 

「こちらが降伏するのを待っているのでしょう。悔しいですが、兵力自体はあちらが上です。シェリアが騎士団への交渉もしてくる事になっていますから、現状は守りを固め、援軍を待つべきです」

 

「しかし、騎士団は動いてくれるでしょうか…」

 

 

 そう、騎士団は国王の命令を受けて動く。現在は王家内でのごたごたで下手に動けない状態なのだ。

 少数でもいいから援軍を送ってほしいところではあるが、王家の問題は国の未来を左右する問題。騎士団が突如招集される事態があってもおかしくない。騎士団は優秀な人材が集められているから、簡単にそれをこちらに回してくれるかどうかと考えると……おそらく無理だろう。

 

 

「援軍についてはかなり望みは薄いと思います。おそらく、現在の戦力のままで防衛戦になるでしょう。相手側の戦力は未知数です。非戦闘員は今のうちに避難の準備をした方がいいかと…」

 

「そうですな。では、私は引き続き警備の指揮にあたりますので、ヒトハ様は救護と非戦闘員の移動の準備を指揮していただけますか?」

 

「そうですね、わかりました」

 

 

 フレデリックさんとの会話を終え、私は負傷した警備兵達の手当てと避難誘導の指揮を始めた。

 重傷者は非戦闘員として避難させ、軽傷者には避難中の警備を命じておく。

 現在治療中の負傷者がひと段落したらグレルサイドへと出発すると伝えて私も治療の手伝いを始める。これでも生前は大学で介護や福祉の分野を学んでいたので医学も多少は勉強していた。……最近、思い出したことだ。

 

 私の生前の記憶はふとした事で蘇ることがある。肉体が根源に通じているのだから、そこにある自分の以前の記憶を呼び出したとしてもおかしくはないだろう。

 ただ、私は一度死んだ人間だ。新しい世界で生きていく以上、昔の記憶を引きずるのは良くないと思っている。最初は思い出したかった両親の記憶も、アストンさんやケリーさんに我が子の様に接してもらううちに不思議と気にならなくなっていった。

 

 いや……もしかしたら、父が死ぬ瞬間の記憶の断片を見た時から思い出すのが怖くなっただけかもしれない。

 

 ふぅ、と薬箱の中身を確認していた手を止めて息を吐いた。これ以上はやめておこう。気分が沈んでしまうから。

 小さく頭を振って気持ちを入れ替える。今は胸の内にある暗い感情を意識したくない。もし、この感情が溢れた時、私は何をしてしまうかわからない。ただでさえ私の目は命を軽くしてしまうというのに……。

 

 しかし、私の気持ちとは裏腹に事態は悪くなっていった。

 突然私の部屋に警備兵の一人が飛び込んできたのだ。

 

 

「―――た、大変です‼︎」

 

 

 ―――次の言葉を聞いた瞬間

 

 

「フレデリックさんが……フレデリックさんが、フェンデルの奴らに捕まりました‼︎」

 

 

 ―――私の中で、何かが弾けた。

 

 

 

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