Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~ 作:白黒狼
幼年期と青年期をつなぐ空白の七年間。
その間、誰よりも皆の心配をしていたのはきっとシェリアでしょう。
可愛いですよね、シェリア。残念ながら私はパスカル派ですが……
頬に感じる風の感覚で眼が覚めた。
どうやら空を見上げたまま眠っていたようだ。太陽の位置から考えてもまだそれ程時間はたっていないらしい。
体を起こしてみると、あの不気味な線と点は見えなくなっていた。自然と安堵の息を吐くと、もう一度周りを確認した。
一面の花畑はどうやら小高い丘の外れにできた崖の上にあるらしい。
空気が澄んでいて、安心感のある雰囲気が心地よい。崖の側には一本の木が生えていて、太さから考えてもかなりの樹齢だと推測できる。
ふと、その木の根元辺りに小さな傷があるように見えた。気になって近づいてみると、どうやら文字が彫ってあるらしい。私には読めなかったが、多少はアルファベットに似ているが知らない文字だった。もしかしたら、此処は外国なのだろうか?
そんな事を思っていると、花畑の先に見える小道から人の声が聞こえてきた。
もしかしたら地元の人間なのかもしれない。言葉が通じるかわからないが、とにかく情報が欲しいので、私は声のする方向に歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
小道の先から現れたのは赤毛が綺麗な少女と、その少女に付き従うように歩く老執事の男性だった。
少女の年齢は十代半ばというところだろうか、髪を結ぶリボンが可愛らしいが、その顔は俯いていて明るいとは言えない。
そのうち、少女はこちらに気がついたのか一瞬だけ顔を輝かせて駆け寄ってきたが、私の顔を見た途端に小さく「ぁ……」と呟き、がっかりした様に顔を俯かせた。
「……あ、あの」
少しばかり気まずくなってしまったが、私は少女と、その隣に歩いてきた男性に声をかける。
少女は俯いたままだったが、男性は優しい笑顔でこっちに顔を向けた。
「失礼しました。私はラント領主、アストン様の下で執事をしているフレデリックという者でございます。こっちは孫のシェリアです」
執事の男性、フレデリックはそう名乗ると深々と頭を下げた。この二人は祖父と孫の関係にあたるらしい。
とりあえず言葉が通じた事に安堵し、こちらも自分の名前を伝える。
「私は一葉(ヒトハ)といいます。すみませんが、此処がどこなのか教えてもらってもいいですか?」
私の言葉にフレデリックさんは頷くと、ここがウィンドル王国のラント領の裏山であると教えてもらった。
ウィンドル王国にラント……どちらも初めて聞く名前だ。と、いっても私は記憶の大部分を失っているから、もしかしたら忘れているだけかもしれないけれど……。
そう考えていたらフレデリックさんが首を傾げながら質問をしてきた。
「失礼ですが、ヒトハ様は何方からお越しになられたのでしょう?」
「あ…えっと……」
どうしたものかと考えていると、先程から俯いていたシェリアがこちらをジッと見つめているのに気がついた。
「見たことない服を着ているわ。貴女、ストラタかフェンデルから来たの?」
そう言われて自分の体を見下ろすと、着ているのは病院の患者が着る病院服だった。きっと、私が最期を迎えた病院の物だろう。なんとなく、返さなくて大丈夫かなぁ、なんて考えてしまった。
「えっと…何と言えばいいのか…。その…私、どうやら記憶喪失みたいで……」
そう言った私を驚いた様に見つめる二人に思わず苦笑いが出てしまった。
その後、私の身元を探す為にもラントに来て欲しいというフレデリックさんの提案を受け入れた私は、三人でラントへと向かって歩き出した。
途中で巨大な蜂やヒヨコに遭遇したが、特に襲ってくるような事もなく、山を降りる。
シェリアからあれは一応魔物(モンスター)だから気をつけてと注意された。
山を降りて街道にそって歩いて行くと、やがて大きな門が見え始めた。恐らくあそこがラントの入口なのだろう。
門を潜った先は巨大な風車がある建物や何人もの人間が歩き回っているのが見えた。
「私は先にアストン様にこの事を伝えに行ってきます。シェリア、ヒトハ様を領主邸の客間まで案内してさしあげなさい」
「わかったわ、おじいちゃん」
フレデリックさんは一礼すると小走りで領主邸と思われる館に向かって行った。
「さぁ、行きましょう」
「…ええ」
シェリアに案内され、町の様子を見物しながら領主邸へと歩いて行く。
館の前には広い庭があり、色とりどりの花が咲いている花壇があった。
花壇の前でしゃがむと、花びらをそっと撫でてみる。
そういえば、私がいた病室にも毎日花が飾ってあった。毎日取り替えてくれた人がいたのだが……あれは誰だったのだろう。顔が……思い出せない。
「……ねぇ」
「…ん?」
私が自分の記憶の思い出そうとしていると、後ろに立っていたシェリアが私を見つめていた。
「貴女、本当に記憶がないの?」
「全部ってわけじゃないけど、ほとんど思い出せないわ」
シェリアは少しだけ迷うように眼を彷徨わせると、おずおずと口を開いた。
「覚えてる事は?」
「私の名前と、最後にいた部屋。あとは、自分の年齢……くらいかな」
「そう……あ、あのね……」
シェリアは再び俯くと小さく、呟く様に言った。
「紫色の髪をツインテールにした、私くらいの歳の不思議な女の子を……知らない?」
その時の彼女の顔は少しの期待と、焦りが見えた様な気がした。
しかし、私の穴だらけの記憶にそんな少女はいなかった。
私が黙って首を横に振ると、シェリアは「そう、よね…」と小さく溜め息をついた。
「その子のこと、探してるの?」
私の問いに、彼女は首を横に振る。
「その子は…もう、いないの……」
その言葉だけで、私はその女の子が既にこの世にいないのだと悟った。
「ごめんなさい。知らなかったとはいえ、辛いことだったでしょう?」
私の謝罪に彼女は再び首を静かに横に振ると、私の隣にしゃがみ、同じ様に花を撫でた。
「いいのよ。四年も前の事だもの。……あの子も、こうやって花を撫でていたっけ」
それから暫く、私達は無言でその場から動かなかった。
やがて、立ち上がったシェリアは私を見下ろしながらぽつりぽつりと、その女の子の話をしてくれた。
私と同じで記憶がなかったこと、あの花畑で幼馴染の男の子とその弟が見つけて連れて来たこと、ソフィという名前を付けてあげたこと、王都から来た王子を連れ出して一緒に遊び、友達になったことなど……。
その時の事を話す彼女の顔はとても楽しそうだった。だが、すぐに暗い表情に戻る。
そして、彼女は話した。ソフィの最期を。
王都に遊びに行って、夜中に王子と会う約束をした彼女達は時間になっても来ない王子を心配して探し回ったらしい。そして教会の隠し扉の先で倒れている王子を見つけたが、直後に謎の魔物に襲われソフィが皆を守り、死んだのだと。
さらに、その事件の後、その幼馴染の弟、ヒューバートが養子としてストラタのオズウェル家に引き取られ、兄のアスベルも父であるアストンと口論した後、突然家を飛び出して騎士学校に入学し、一度も帰ってこないのだという。
黙って聞いていた私の目の前に、透明な雫がいくつも地面に落ちていく。
いつの間にかシェリアは涙を流していた。
大切な友達を失い、幼馴染の兄弟とは離れ離れになり、ひとりぼっちになった。だが、彼女が涙を流す本当の理由は何もできない自分自身に対する悔しさなのだろう。
私は、目の前で涙を流す少女を、ただ慰める事しかできなかった。