Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~ 作:白黒狼
「原素(エレス)」
世界に満ちるエネルギーの源。風、水、火の三つが主な原素となる。
「輝石(クリアス)」
原素が凝縮された石。大地を巡る原素が長い時間をかけて凝縮し、結晶化して輝石となり、地中や川底から発見される。それぞれ風、水、火の原素ごとの属性に由来する美しい輝きを放つ。人々の生活にも密接に関わっていて、火の輝石は燃料に使われたりと、産業的な一面も持つ。
「大輝石(バルキネスクリアス)」
世界を巡る原素を安定させる巨大な輝石。現代では解明できないアンマルチア族の技術が利用されている。大輝石の働きにより原素の循環が行われ、世界の秩序が保たれている。原素と同じく三つ存在し、ウインドルに「大翠緑石(グローアンディ)」、ストラタに「大蒼海石(デュープルマル)」、フェンデルに「大紅蓮石(フォルブランニル)」がある。
朝日が顔を出した頃、私は領主邸前の花壇で花を眺めていた。
結局、あの夢で彼女に出会った後、すっかり目が覚めてしまったので仕方なく適当に暇を潰そうと考え、朝から屋敷の掃除をしていたメイドさんに一言断りを入れて外に出てきたのである。
それに、自分の置かれた状況の整理もしたかった。
まず、私が一度死んだのは間違いない。
彼女が言うには私は境界を越えたのだとか…。
私は死亡した肉体から解放され、魂となって境界にたどり着いた。しかし、私の魂は“適応”という起源を持っていたらしい。本来なら真っ白に初期化されて輪廻に戻る筈の私は境界そのものに適応してしまい、精神の消滅をまぬがれた。
だが、適応までに時間が掛かった私は代わりに記憶の大半を失ってしまった。
そして、境界で異物と認識されなくなった私は意志を持ったまま浮遊していたが、やがて別の次元に放り出されてしまう。
その時、肉体を持たなかった私は無意識に境界の根源の渦から新たな肉体を創り出した。
この肉体は境界に繋がっており、更に私の魂は境界という根源の渦の知識、更には虚無と同じ性質をもっている。
これらによって発現したのが「直死の魔眼」だ。
モノの“死”を視覚として捉える異能。私が虚無という性質であり、そして根源に繋がっている為に課せられた呪いである…。
…と、簡単にまとめてみたが、あまりの現実味の無さに頭を抱えたくなる。
だいたい、私は自分が死んでいたことに関してはいつ死んだのか全く知らなかった。まぁ、死んだんだなぁ、となんとなくわかってはいたのだが、まさかこんな事になるなんて。
無意識なのに生へ執着するあたり、私はどうやら自分でも知らないくらいに往生際が悪いらしい。でも、それを悪いなんて思わないけどね。
さて、と撫でていた花から視線を上げて、すっかり明るくなった空を見上げる。
自分の状況を整理できたところで一つ問題が発生してくる。
—―私、どこで生活すればいいんだろう。
ここは別世界。つまり私の家も、家族もいない。文化は違うし、常識だって違う。
一葉だった私は死んで、ヒトハとして生まれ変わった。
まるで体だけ大きな赤ちゃんになったみたいだ。
私には、この世界で生きていくだけの知識と、力を学び、心身を癒すための居場所が必要なのだ。
そうと決まれば何とかアストンさんに相談してみなくてはならない。
幸い、境界で作られたこの肉体に病は無く、健康であるようだから働くのにも困らないだろう。
問題はどうやってその事を伝えるかである。
原因不明な病気を患っていると昨日説明したばかりなのに今日になったら治りました、じゃあどう考えても不自然だ。
いっそ全てを話してしまうという考えもあるが、それは最後の手段としたい。
そんなことを考えていると、視界の端に見知った赤毛の少女の姿を見つけた。
やはりというか、それはシェリアだった。
動きやすい格好で息を弾ませながら街中を走っている。おそらくだがジョギングだろう。
丁度良かった。彼女に少し相談してみよう。
私は丁度こっちに向かってくるシェリアに手を振った。
むこうも私に気づいたのか、息を弾ませながらもこちらに向かってきた。
「おはよう、シェリアちゃん」
「ふぅ…おはようございます。ヒトハさん」
彼女は額の汗を拭いながら息を吐くと、爽やかな笑顔を見せた。
「まだ明るくなったばかりなのに頑張るね。毎日続けてるの?」
「あ、はい。私、二、三年前までは体が弱かったんだけど、最近はとても調子がいいから体力をつけようと思って」
えらいね、と褒める私に彼女は照れたのか頬を赤らめながら視線を逸らした。
そのまま彼女に相談があると言うと、今から彼女の家で聞くということになり、二人で並んで街を歩く。
早朝なので人も少なく静かだった。
「シェリアちゃん、明日から私も一緒に走っていい?」
「…え⁉︎」
突然の私の提案にシェリアは驚いたようにこちらへ振り向いた。
その顔に浮かぶのは困惑と心配。きっと昨日の話を聞いていたからだろう。
「えっと…私はいいけど、ヒトハさんは大丈夫なの?」
「えぇ、どうやら病気は治ったみたいだしね。」
「治ったって……原因不明なんじゃ…」
「大丈夫、詳しくは話せないけど心当たりはあるから…」
そう話しながら道を歩いていると、街の北側入口から一人の鎧を着た男性が歩いてきた。
少し疲れているらしく、目の下にはクマができており、髭もだいぶ伸びていて、そこそこ整った顔が台無しになっていた。
「あ、ダニーさん。お疲れ様です。夜間の警備だったんですか?」
「おぅ…シェリアか。あぁ、そうだよ。本当は違ったんだがな、当番の奴が風邪をこじらせやがったから代わってやったんだ。おかげで丸々2日間徹夜ってわけだ」
その男性はダニーさんというらしい。
疲れた顔をしながらも豪快に笑う姿には頼りがいのあるお父さんというイメージがぴったりだろう。
「そうだったんですか。ゆっくり休んでくださいね」
「おぅ、女房の美味い飯を食ってからな‼︎
そっちのお嬢ちゃんも良い一日を‼︎」
そう言うと手を振りながら去っていった。
その後ろ姿を眺めていると、不意に似たような背中をいつか見た気がした。
私がまだ小さい頃、その背中を追いかけて……そして……。
「ヒトハさん?」
シェリアの声でハッ、と我に返ると、不思議そうにした顔の彼女がいた。
「大丈夫ですか?」
「うん…ちょっとした考え事だよ。さぁ、行こう?」
そう言ってもう一度だけダニーさんの方を振り返る。
先程の光景は恐らく私の過去。いや、きっとそうだと信じたい。
あの背中は……きっとお父さんだろう。失った記憶がほんの僅かでも取り戻せてよかった。
もしかしたら、きっかけがあれば記憶が戻るかもしれない。たとえ二度と会えないとわかっていても、やはり家族の事は思い出したい。
私は小さく深呼吸すると、シェリアの後をついていった。
◇◇◇◇◇◇
シェリアの家に着いた私は彼女の部屋へと上がり込んでいた。可愛らしいぬいぐるみや花の絵、母親らしき女性と手をつないでいる絵などがピアノの上に飾られている。
「それで、相談というのは?」
シェリアが着替えるのを待ってから机を挟んで向かい合って座ると、早速というか、彼女がこちらに質問してきた。
「実は…私、ラントに住もうかと思ってるの」
「えぇ⁉︎ な、なんで⁉︎」
案の定というか、予想どうりというか、シェリアは椅子から立ち上がる程の勢いで驚いた。
彼女に落ち着くように伝え、肩に優しく手を乗せて座らせる。
「私、思い出したの。私の家族にはもう会えない。帰る家もないんだって…」
「そんな……」
正確には思い出したのではなく、境界で聞いた話で知ったのが正しいのだが、ややこしくなるので思い出した事にしておこう。
シェリアは私の言葉を聞いて泣きそうな顔をしていた。
本当に優しい子だ。まだ出会って一晩しか経っていない人間の為に、こんなにも真剣に話を聞いてくれている。
だからこそ、彼女に相談することも間違っていない気がするのだろう。
「私には帰る場所がない。だから、ここを私の第二の故郷にしたいの」
「そうなの……でも、何で私に相談を? アストン様やお爺ちゃんでもいいのに」
「貴女が記憶をなくしてしまった私の初めての友達だからよ」
そう、この世界来てからの初めての友達。
この出会いにも、きっと意味があると思うから。
シェリアは少しの間顔を俯かせた後、真っ直ぐに私の顔を見てから力強く頷いた。
「…わかった。私にできることなら何でも力になるから」
「ありがとう」
そう言って、お互いに笑い合う。
やはり彼女に相談してよかった。
「それじゃあ、改めて…貴女に相談したいことっていうのはこの街に住むことになった時、何か仕事がないかを探してほしいの」
「そうね、お金がないのは大変だもの」
「そういうこと。あと、これはついでなんだけど、私には人には話せないちょっとした事情があって…私の病気が治ったのもそのせいなんだけど、この事をこの街の領主であるアストンさんには話しておくべきかを悩んでいて…」
「…それは、私には話せないの?」
「……ごめんなさい。今はあまり他の人には話したくないの」
「…あ、そんなつもりで言ったんじゃないの。少しでも話せる内容なら話して気が楽になるかもって思っただけで………」
少し焦った様な顔をするシェリアにありがとう、と言って、私は小さく笑った。
「そうね…話せる時がきたら一番初めにシェリアちゃんに教えてあげるわ」
私がそう言うと、彼女は笑顔ではい、と頷いた。
「じゃあ、話を戻して……アストン様に話をするかどうかですけど、私はアストン様は信頼できる方だと思っているから、話せるなら話した方がいいと思うわ」
それから、シェリアにアストンさんがどういった人なのかを色々と聞いた。
厳しい一面もあるが、常にラントの事を考えている優しくて尊敬できる人物。約束は守り、王国への忠義も厚いのだという。
シェリアも、小さい頃にアスベルに誘われて領主邸にこっそり泊りに行ったことがばれてフレデリックさんやケリー夫人に怒られた時、いつもアストンさんに助けられていたらしい。
その様子を嬉しそうに話す彼女を見ていると、まるで本当の父親の話をしているようだった。
彼女がこれほど慕っているならば、私の境遇を話しても親身になって聞いてくれるかもしれない。
「うん…決めた。話してみるよ、アストンさんに。その後、シェリアちゃんにもね」
「え…わ、私にも⁉︎」
「うん、シェリアちゃんになら話してもいいよ。きっと突拍子もない話になるけど、私のことを…知ってほしいな」
そうしてシェリアに見送られ、領主邸に帰って来た私は、早速アストンさんに話があると伝えてもらい、時間ができた時に呼びに来ると言われたので、大人しく客間で待つことにした。
はたして、私の話は信じてもらえるのか…。
そんな弱気な考えはすぐに笑顔を浮かべるシェリアの顔にかき消される。彼女を信じなくちゃ。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
どれくらいそうしていたのか、不意にドアがノックされ、フレデリックさんが入ってきた。
「お待たせ致しました。アストン様がお呼びです」
「はい、わかりました」
大きく息を吸って椅子から立ち上がる。
行こう。
私の、この世界での居場所を得る為に。
今回からちょくちょく前書きにネタばれにならない程度で用語集をつけていきたいと思います。
TOGを知らない人は知識の補足として、知ってる人は復習のつもりで読んでみてくださいね。