Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~ 作:白黒狼
「ウィンドル王国」
風の大輝石・大翠緑石<グローアンディ>によって支えられる王国。ラント領もここに含まれる。
国の警備組織に騎士団があり、主人公のアスベルが最初に所属している。地方の自治をそれぞれの領主に委ねる連邦国家で、大領地には騎士団にも匹敵する実力を持つ民兵隊が領地を守護しているし、ラント領のような小さな領地でも独自に戦力を持っている。
豊かな自然にめぐまれ、他の二つの国に比べてすごしやすい環境の国である。国の理念は騎士団に則って「剣と風の導きを」
領主邸の執務室。
領主アストンが業務を行う場所であり、彼は一日の大半をこの部屋で過ごしている。様々に机の上に積み上げられた書類達は一見乱雑に置かれているようで、しかし、しっかりと整頓されていた。
そんな机を挟んでアストンとヒトハは向かい合って座っていた。
◇◇◇◇◇◇
私はアストンさんに自らの事を全て話した。
私が一度死んだこと、境界と呼ばれる場所での彼女との話、これからの事も全て、何一つ隠さずに話した。
アストンさんは私の話を聞いてからまだ一度も言葉を発していない。顎に手を当て、考え事をしているようだった。
私はただじっと待つ。アストンさんが私をどうするのか、不安はあるけれど…私はシェリアとアストンさんを信じると決めたのだ。
不意に、アストンさんが顔を上げた。その目に浮かぶのは真っ直ぐな意思のある光。
「…話はわかった。俄かには信じられないが、嘘を言っているとも感じられん。君の話を信じよう」
そう言って僅かに頷いたアストンさんに、私は安心した。
純粋に、今の私の事を信じてくれたこの人にお礼が言いたかったが、緊張していたのか私の喉はからからで、上手く声が出ず、慌てて頭を下げる。
アストンさんは僅かに頬を緩め、小さな笑い声をあげながら机の隅に置いてあった水差しからコップに水を汲むと私に差し出してくれた。
お礼を言って水を飲む。冷たくてほのかに甘い水が私の喉を潤してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ははは、なに気にすることはない。その様子では相当緊張していたのだろう?
勇気を持って話してくれて私は嬉しい」
そう言って今度こそ声に出して笑うアストンさんは気を許した友人に接するかの様で、初めに抱いていた印象より少しばかり子供っぽいところもあるのだなぁ、とそう感じられた。
「うむ、君の住居や仕事のことは私が責任を持って準備しよう。それまでは暫くここの客間を使ってもらうが、構わないかな?」
「はい、十分です。ありがとうございます‼︎」
満足そうに頷いたアストンさんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。男性らしい、大きくてごつごつとした…でも、安心できる温かい手。
シェリアが慕うのも分かる気がする。まるで自分の子供に接するかの様な父親らしい姿。
頼りになる大きな存在に、親と二度と会えない私も思わず縋りたくなってしまいそうだ。
「…む、すまない。君くらいの年頃では恥ずかしかったかな?
気を悪くしたなら謝ろう」
「…いえ、まるでお父さんみたいで安心できました」
私が微笑むと、アストンさんも優しそうな笑顔を見せてくれた。
しかし、すぐにその顔が曇る。少しばかりの後悔が浮かんだ顔で私から視線を外すと、窓の外へと視線を向ける。
「父親か…私にはそう呼ばれる資格があるのだろうか……」
その呟きに、昨日のシェリアの話を思い出した。たしか、アストンさんにも息子が二人いた筈だ。
「アスベル君とヒューバート君のこと、ですか?」
「…む、どこでそのことを……そうか、シェリアから話を聞いたのかな?」
「はい」
「そうか…」
アストンさんは机に座り直すと、小さく息を吐いた。その顔は先程と比べて随分と老け込んでしまったかの様に感じる。
「シェリアから話は聞いているだろうが、私には二人の息子がいる。アスベルとヒューバート。二人の将来を思い、様々な事をしてきたが……結局は二人を追い詰め、苦しませてしまったのではないかと思えてならない。
アスベルを呼び戻さないのも、そんな現実を直視したくないだけなのかもしれん」
目の前に座っているアストンさんの顔は領主としてではなく、父親として息子を心配している顔だった。
そんなアストンさんを見ていると、朝方にダニーさんの後ろ姿を見た時と同じ様な心のざわつきを感じた。
そう、子を心配する父親の姿。やはり、自分は似たような光景を間近で見たことがある。
「…お父…さん?」
顔が上手く浮かんでこないけれど、やはりその姿は自分の父親であると確信できた。
私の呟きに顔を上げたアストンさんが首を傾げる。
「どうかしたのかな?」
「…あ、いえ……アストンさんを見ていたら、私のお父さんの事を少しだけ思い出したんです」
「そうか、私も君の記憶を取り戻す手伝いができたなら嬉しい」
そう言って二人で笑い合う。
「妻やフレデリック以外で私の事をこんなに話したのは君が初めてだ。君には不思議と人を惹きつける何かがあるのかもしれないな」
「そうでしょうか…よく、わかりません」
「そうか、だがいつか君にもわかるようになる。その時、君は素敵な女性になれるだろう」
「ふふふ、ありがとうございます」
まるで、本当の親子のような温かい空間。
ずっとこんな時間が続けばいいのに、と思っていると、不意にばたばたと廊下から慌ただしい足音が複数聞こえてきた。
「む、何かあったか?」
先程までの優しい顔から鋭い領主としての顔に変わったアストンさんは、近くに置いていた剣を手にすると、扉に向かって歩き出す。
すると、ちょうど扉が開いて鎧姿の兵士が一人、アストンさんの前にやって来た。
「大変です‼︎魔物が街に侵入しました‼︎」
「なんだと⁉︎」
アストンさんの顔が一気に険しくなる。
「魔物の種類と数は?」
「ウルフが4頭。しかし、1匹だけ見たことのない毛並みをしており、他の3匹を統率しています。
東側の門で警備の兵を薙ぎ倒し、街に侵入。今は動きを見せずに街中のどこかに隠れているようです」
「怪我人は出たのか?」
「門を警備していた兵が1名重症ですが、命に別条はありません。住民に今のところ被害はないようです。ただ、混乱が起きて避難が遅れています。その間に被害が出る可能性も……」
「わかった。私が直接指揮をとる。すぐに向かうので引き続き避難と魔物の捜索にあたれ」
「はっ‼︎」
兵士が敬礼して部屋を出たのを確認すると、アストンさんは私の方に振り向いた。
「聞いての通り、魔物が街に侵入したようだ。危険だから外に出てはならん。わかったね?」
「はい。アストンさんもお気をつけて……」
頷いてすぐに部屋を飛び出したアストンさんの背中を見送りながら、私は再び父親の姿を幻視していた。
私を庇う様に立つ姿。悲鳴と怒号。そして、真っ赤な血の……
「ヒトハ様?」
「………え?」
はっ、として振り向くと、そこにはフレデリックさんが立っていた。
「建物の中とはいえ、一人は危険です。私達と共に2階のケリー様のお部屋に参りましょう」
「は、はい…」
フレデリックさんの後をついて歩きながら、先程の記憶の光景を思い出そうとするが、何故か靄がかかったようで上手く思い出せない。
何か…何か大切な事だった気がするのに……。
フレデリックさんに案内されながら、私は小さく唇を噛むのだった。
◇◇◇◇◇◇
ケリーさんの部屋は領主邸の二階の西側にある。
中に入るとケリーさんとメイド達が集まっていた。
ケリーさんは私に気がつくと優しい笑顔で歩み寄ってきた。
「はじめまして、貴女がヒトハさんね。私は領主アストンの妻、ケリーと申します」
立場的には客人扱いの私なんかよりずっと偉い筈なのに、ケリーさんは深々と頭を下げながら挨拶をしてくれた。
私は慌てて頭を上げてください、と言うと、少しだけ緊張しながら挨拶を返す。
「はじめまして、ケリーさん。ヒトハといいます。この度は見知らぬ私を客人として扱って頂いてありがとうございます」
「いいのですよ、そんなに畏まらなくても。困っている人がいれば助けるのは当然です。
貴女も、記憶を無くしてしまったと聞いています。私達に手伝える事だったら何でも言ってくださいね」
「…はい、ありがとうございます」
にっこりと笑うケリーさんはとても優しそうで、とても安心できた。
そう、まるでお母さんの様に……。
――何もしてやれないお母さんを許してね。
ずきりと、頭が痛んだ。
忘れていた何かを、思い出せそうな……。
――お父さんはあなたに生きて欲しかったの。だから、きっと後悔はしてないから。
頭が、痛い。
悲しげに微笑む女性が、私の頭を撫でて……。
「ヒトハさん?」
ケリーさんが私の異常に気がついたらしい。
何でもないと言おうとしたのに、私の口から漏れたのは呻き声だけ。
――だから…笑って、一葉。きっと、お父さんもそう思ってるわ。
突然、目の前が霞んで上手く見えなくなった。
誰かの声と、私を支える温かい手の感触だけが残って…。
そうだ、この温もりは…。
――いつまでも、お母さんは一葉の側にいるから。
「……お母さん」
優しい母の笑顔がはっきりと頭の中に浮かんだ瞬間、私の意識は深い暗闇に落ちていった。
◇◇◇◇◇◇
――ねぇ、お母さん。
夢を、見た。
幼い私がお母さんに手を引かれて歩いていた。
――お父さん、いつ帰ってくるの?
問いかける私の頭を、母は優しく撫でる。その顔は寂しそうで、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
――お父さんはね、ずっと遠い所にいるの。だから、いい子にして待っていましょう?
――うん‼︎
泣いている顔を見られないように前を向いて歩く母と、手を引かれて歩く私はゆっくりと闇に消えて行った。
客観的に見ていた私は今の会話で確信した。
お父さんは、私が幼い頃に亡くなっていたのだと。
ふと、後ろを振り返る。
暗闇の先、真の虚無である『』が闇を覆い尽くして行く。まるで私に何かを伝えようとしているかの様に。
唐突に、眼に痛みが走る。
これは……
◇◇◇◇◇◇
誰かに頭を撫でられる感触で目が覚めた。
ぼんやりとした視界に映るのは青くて綺麗な髪と、心配そうな女性の顔。
「……ケリーさん?」
「ヒトハさん……よかった、気がついたのですね」
体を起こした私に何人もの人からの視線が向けられた。
フレデリックさん、ケリーさん、メイドさんが数人…。
そこまで考えて、部屋を見渡す。
ここはケリーさんの部屋だ。なら、私が寝ているのは……
「す、すいませんケリーさん。私、ケリーさんのベッドなのに……」
「いいのです。貴女も、慣れない環境で疲れが溜まっていたのでしょうし、今は非常事態ですから」
「私、どれくらい気を失って……」
「三時間程です」
フレデリックさんが手を差し出してくれたので、その手を取って立ち上がる。
お礼を言いつつ、改めて部屋を見渡すと、私が部屋についた時よりもメイドさんの人数が少ない事に気がついた。
「あの、他のメイドさんは?」
「ヒトハ様が気を失っている間に侵入した魔物は殆ど退治されました。今、領主邸の庭で負傷した住民や兵士の手当てをしているのです」
私が気絶している間にそんなことになっていたなんて…。
窓から庭を見下ろせば座り込む何人かの人達と、それを治療しているメイドさん達がいた。思ったよりも怪我人の数が多い。
メイドさん達も手が足りないようだ。
「あの、私も手伝いに行ってもいいでしょうか?」
フレデリックさんとケリーさんは少し驚いた後、今度は心配そうな顔になった。
「しかし、ヒトハ様はまだお体の調子が…」
「そうです、まだ横になっていた方がいいのではないかしら…」
家族でも、この街の住人でもない私をここまで心配してくれる二人に嬉しくなる。
だからこそ、こんな時に何もしないのは申し訳ない。
「私なら大丈夫です。お願いします」
そう言って頭を下げると、少しだけ無言の時間が過ぎ、やがてケリーさんがタンスの方へと歩き出した。
そこから一着の服と下着を取り出すと、私に差し出した。
「そこまで言われたら私も止める訳にはいきません。ですから、せめて着替えてから行きなさい。
これは私が若い頃に着ていた服です。そのままでは動きにくいでしょう?」
そういえば私はまだ患者服のままだった。
着替える前にフレデリックさんに部屋を出るようにお願いしようと振り向くと、彼は既に部屋を出ていた。空気を読むのも上手いらしい。流石だ。
◇◇◇◇◇◇
「スキット」
『ぴったりね‼︎』
ケ「やっぱり、サイズは私と同じみたいね」
ヒ「すごい…本当にぴったりだ。ありがとうございます‼︎」
ケ「いえいえ、昔の私と似たスタイルをしているからもしかして、と思ったのだけれど、正解でしたね」
ヒ「それなら、私もいつかケリーさんみたいな優しい女性になれますか?」
ケ「あらあら、嬉しいわね。でも、今のままではダメですよ?」
ヒ「…え?」
ケ「貴女はまだ恋を経験していないでしょう?」
ヒ「恋…ですか?」
ケ「そう、恋です。私もあの人に恋をしたから今がある。初めは私達もすれ違いがありましたが、今ではこうして分かり合えました。恋をすると女性は強くなれるんですよ」
ヒ「そうなんですか…」
ケ「貴女はまだ若いのだから、頑張りなさい」
ヒ「…はい‼︎」
ヒトハは称号「大人への階段」を取得しました。
原作前でぐだぐだしてますが、原作がスタートしたらさくさくいきたいと思ってます。