Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~   作:白黒狼

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 何度かTOGの用語集を載せてますが、皆さんどうでしょう?
 役立ってますか?



開眼

 

 領主邸の庭には大勢の人間が集まっていた。

 怪我人とそれを治療する医者、それから警備の兵士の姿もある。皆せわしなく動いており、あちこちから指示を出す声が響いていた。

 ふと、その中に重そうな荷物を運ぶシェリアの姿を見つけた私は彼女の隣に移動し、手を貸す。

 

 

「あ…ヒトハさん?」

 

「こんにちは、シェリアちゃん。重そうだから手伝うよ」

 

「…ありがとう」

 

 

 おそらく消毒液がはいっているであろう瓶が詰まった箱を運び終え、私達は噴水の近くに座り込んで道具の整理をしていた。汚れた包帯や空になった瓶を集め、処分するための袋に詰めていく。

 

 

「シェリアちゃんは怪我しなかった?」

 

「……うん、私は平気。侵入した魔物もすぐに退治されたみたいだし、ここにいる人も大半は避難中に慌てて怪我をした人が殆どみたい。」

 

 

 シェリアの言葉通り、街の人達に酷い怪我をした人は少ない。だが、警備の兵士の中には鋭い切り傷がいくつもついている人もいた。

 そんな様子を見ていた私の視界に鎧姿のダニーさんが映る。

 彼も他の兵士と同じように擦り傷だらけだった。

 

 

「ダニーさん‼︎」

 

「おぅ、あの時の嬢ちゃんか。怪我はしてねぇか?」

 

 

 相変わらず豪快に笑うダニーさんに頬が緩みそうになる。

 しかし、頷く私の頭をわしゃわしゃと撫でた彼はすぐに真剣な顔で辺りを見渡す。それに首を傾げていると、彼は私の耳元に小声で衝撃的な事実を告げた。

 

 

「……実はな、まだ一匹だけ魔物が見つかってないんだ」

 

「……え⁉︎」

 

 

 驚く私に本当だと頷いた彼は庭のあちこちにいる怪我人へと視線を向ける。

 よく見れば大した怪我もしていないのに庭に座り込む兵士が何人もいた。

 

 

「俺を含めてここにいる奴らは怪我人の警護が仕事だ。思ったよりも怪我人が多くてな、病院は既に満室だ。外で治療するにしてもいつ襲われるかわからない。だから十分に全体を見渡せるこの場所になったんだ。

 それに、残った魔物はどうやら他の魔物とは違うみたいでな、普通のウルフよりも知能が高いし、何より体を包む毛皮が恐ろしく硬い。」

 

 

 彼は腰に下げていた剣を少しだけ鞘から抜いた。現れた刃はあちこちが欠けていて、まるで鉄にでも斬りつけたかの様になっている。

 

 

「……あんな魔物は見たこともない。嬢ちゃんも気をつけろ」

 

 

 私は黙って頷くと、ダニーさんと別れてシェリアの所に戻った。

 彼女はまだ道具の整理を続けていて、私に気がつくとジト目で私を睨んできた。

 

 

 …あ、と思わず呟いた私に溜息をつきながら、彼女は整理した荷物を指差した。

 

 

「はい、これを運んでちょうだい。私は手伝わないですけどねぇ」

 

「……あ、えっと、ごめんね?」

 

「別に怒ってません」

 

 

 じゃあ、その微妙に敬語になっているのは何故か、と聞いてみたいが、そんなことをすれば余計に機嫌を損ねるのはわかりきっているので黙っていよう。

 拗ねて明後日の方を向くシェリアに苦笑いしながらも荷物を抱える。少し重いが持てない重さじゃない。

 歩き出す私に並んでついてくるのでそこまで怒っていないようだ。それに少しだけ安心した。

 

 その時、眼がちくりと痛んだ。

 

 

「ーーーっ⁉︎」

 

 

 思わず立ち止まる。

 これは、何だ?

 

 ずきずきと両目が痛む。まるで私に何かを伝えようとしているかの様に。

 たまらずに荷物を下ろし、その場に座り込む。

 

 

「ヒトハさん?」

 

 

 シェリアが心配そうに隣にしゃがみ込むが、私には気にしている余裕はない。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……。

 

 痛みのあまり涙が出たのだろう。頬を水滴が流れ落ちる感覚がする。隣のシェリアが息を呑んでいるのを感じるが、構わずに顔を上げて辺りを見回す。

 世界から色素が抜け落ちたみたいに色が消えていく。モノクロの世界になったかの様に薄くなった視界にたった一つ、紫色に蠢く物体を見つけた。

 犬の様な形をしているソレは、まるで体を徐々に侵食されている様に感じる。

 しかし、私が驚いたのはこんな景色が視える様になった視界にではない。

 

 何故なら、その影は今まさにこの庭の隅に纏まって座っている兵士達の後ろの植え込みの中にいるのだから―――

 

 

「――あ」

 

 

 危ない――そう叫ぼうとした。

 しかし、私の口が動くよりも魔物が動く方がずっと速かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 それはほんの数秒の出来事だった。

 兵士達は植え込みから飛び出した魔物に成す術無く食いちぎられた。

 首、頭、胸元、全てが急所。

 その場にいた四人はたった一匹の魔物によってただの肉塊となった。

 

 一瞬の静寂。

 それを破ったのは誰だったか。

 響く叫び声。吠える魔物。

 

 その光景を、私は呆然と見ていた。

 隣のシェリアも、突然の事態に思考が混乱しているのだろう。真っ青な顔で固まってしまっている。

 

 そして、再び起きる激痛。

 

 

「―――がっ⁉︎」

 

 

 不意打ちとなった激痛に思わず声が出た。

 隣のシェリアがハッとして私の肩に手を回す。

 

 

「皆、建物の中に避難して‼︎」

 

 

 シェリアに肩を貸してもらいながら立ち上がる。

 前を見ようと開いた視界に――あの“線と点”が見えた。

 ゾクリと背中に嫌な感覚が走る。世界が脆く、崩れそうな感覚に足が竦む。眼だけが別の生き物みたいに脈打つ。

 

 そして、視界の端に、魔物に殺された兵士の死体が映った。

 

 それは、はたして人なのか。いや、“本当に人だったのか?”

 

 死体にも線や点はあった。

 ただ、その量が異常だった。

 体の皮膚や顔がわからなくなる程の量の線が幾つも重なっていて、殆ど真っ黒に近い状態になっている。

 

 これが、死者。

 

 ぐらぐらする視界の中、シェリアの声だけが聞こえた。

 領主邸の中に倒れ込む様にして入る。私達以外に何人も逃げ込む人達がいるため、バタバタと足音が忙しなく聞こえてきた。

 

 

「皆、無事か⁉︎」

 

 

 

 

 最後に入ってきたのはダニーさんだった。素早く周囲を警戒すると、扉を閉めようとドアを掴む。

 その瞬間、ドアを握っていた彼の右腕が肘から切断された。

 

 

「ぐ、うわあああああ⁉︎」

 

 

 傷口を押さえながら尻餅をつくダニーさん。

 その傷口は引きちぎられたかの様にぼろぼろになっている。

 扉の隙間からあのモンスターの姿が見えた。赤く染まった口元と前足、毛並みはまるで紫の水晶のようだ。その色と体のあちこちにある緑や赤の模様が不気味さを強調している。

 

 

「な、なんなの……あの魔物は……ウルフに似てるけど、あんな姿をしたウルフは見たことがないわ‼︎」

 

 

 隣のシェリアがダニーさんの腕を止血しながら呟いた。

 彼女も危険な状況なのに混乱が一周して逆に冷静になってきたのだろう。ダニーさんを素早く扉から遠ざけるが、まだ扉は開いたままだ。

 謎の魔物は獲物を追い詰めるかの様にゆっくりと近づいてくる。

 

 どうする⁉︎

 何か方法はないか⁉︎

 

 痛む目を開いて辺りを見回すと、床に鞘に入ったナイフが落ちていた。

 長さは20センチ程の頑丈そうなナイフだ。きっとダニーさんのものだろう。

 

 ―――これでアレを倒す?

 

 ……無理だ。ダニーさんがアレはとんでもなく硬いと言っていた。

 

 ―――でも、この眼はヤツの“死”を視れるじゃないか。

 

 それでも無理だ。私に戦闘の経験なんてない。

 

 ―――ならば、引き出せばいい。この身は根源に繋がっているのだから。

 

 ふと、痛みが消えた。

 カチリ、とスイッチが切り替わる。今まで見えなかったものが“視える”ようになる。

 

 ―――ナイフを抜いた。

 

 今まさにドアを開けた魔物と目が合った。

 

 ―――引き出すのはとある一族の技。

 

 魔物が私に向かって駆け出した。距離はたったの5メートル程だ。獣ならほんの1、2秒あれば到達できる距離。

 

 身を屈め、全力で床を蹴る。

 予備動作なしで最高速にまで達する移動法と、それを組み合わせて行われる暗殺術。

 その知識を引き出し、自らの起源によって“適応”する‼︎

 

 ―――閃鞘・七夜

 

 高速移動と同時に相手を斬りつける突撃型の奇襲攻撃。

 同時に魔物の“死”を視る。

 左前足から右の脇腹に一本、腹から後ろ足にかけて一本、耳の部分に一本、赤黒い“線”が視える。

 狙うなら前足から脇腹にかけて走る線だ。あれなら即死だろう。

 

 視界が一瞬で流れる。

 その中で前足に視える線にナイフを突き立てる。

 ずぶりと、硬い皮膚を容易く切り裂いてナイフが埋まる。

 そのまま、線に沿ってナイフを走らせ、振り抜いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 時間にして僅か一瞬。

 魔物は自らに何が起きたのか理解できないまま床に倒れた。体の半分がずるりと落ちて血と、黒い霧のようなモノが吹き出し、床を汚した。

 魔物が最後に見たものは、無表情で己を見下ろす蒼眼の死神だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 カチリと、視界を切り替える。線や点はもう視えない。

 途端に、全身に冷や汗が浮かぶ。がたがたと震える体を抑え込むように床に座り込んだ。

 視界の端にはたった今殺した魔物の死体がある。

 

 ―――そう、私が殺した。

 

 自らに宿る異端の力で一つの命を終わらせた。

 後悔は無い。新たな生を謳歌すると決めたあの花畑で、私は生きるために殺すと自らに誓った。

 

 ―――でも、怖くてたまらない。

 

 知らせを受けたアストンさんが駆けつけるまで、その場にいた人間は誰も言葉を発することはなく、ただ、私の嗚咽だけが響いていた。

 

 

 

 

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