Tales of Grasces f ~守るために殺す少女~ 作:白黒狼
窓の外に見える太陽がゆっくりと地平線に消えていく。
正体不明の魔物による騒動から数時間―――ヒトハは執務室でアストンと向かい合って座っていた。
廊下からはまだバタバタと忙しく動き回るメイド達の足音が響いてくる。そんな音を背景に、アストンは閉じていた目を開いてヒトハの様子を見る。
ヒトハはうつむいたまま、一切言葉を発することもしない。
沈黙が続く室内に、不意にノックの音が響いた。
「……入れ」
アストンの声に廊下にいた兵士が一名、書類を抱えて入室してきた。
「例の魔物の解析が完了しました」
「うむ、ご苦労だったな」
兵士が退出したのを見計らい、手にした書類を何度かめくり内容を確認する。
やがて、小さく息を吐くと書類を机に置いた。
「……やはり、あの魔物は突然変異の新種である可能性が高いそうだ」
そこで、ヒトハはやっと顔を上げた。
アストンが姿勢を正し、再び腕を組む。
「……“眼”を使ったのか?」
「……はい」
アストンは報告書の内容を思い出す。
『――魔物の体表は柔らかく、刃物も容易に通った。しかし、戦闘を行った兵の報告では岩のように硬かった、との証言もあるので、魔物の意思で体表の硬度を変えられるものと思われる。
また、致命傷となった裂傷の傷口は刃物で切断したとは思えない程鋭いものであった』
致命傷となった一撃、それはヒトハがナイフで斬りつけたものだ。
死そのものである線を断つのに力は必要ない。その気になれば指をめり込ませて引き裂くこともできるだろう。ヒトハがナイフを使ったのは、刃物である方が線を断つイメージに合わせやすく、根源から呼び出した一族の技に適していたからだ。
じっと何かを考えているようだったヒトハが、しっかりとアストンと目を合わせた。
「……アストンさん。お願いがあります」
「…何かな?」
「私に、戦い方を教えてください―――」
真剣な表情でアストンを見つめるヒトハに、彼はは少しだけ考えると、姿勢を正して返事を返した。
「一応、理由を聞いておこう」
ヒトハは真っ直ぐに、自らの思いを唯一の理解者にぶつけた。
「守りたいから、です」
「……守る?」
「はい。今回、私は初めてこの眼を使いました。……でも、本当は怖かったんです。
この眼は命を軽くする。あらゆる経過を無視して死という結果を発生させてしまう。そんな力が、たまらなく怖かった。
だから、できるだけ使わないようにしたくて、ずっと、向き合うことを避けてきました」
片目を押さえながら話すヒトハの話を、アストンはただ静かに聞く。
「でも、あの時……私がもっと早く眼を使う決意をしていれば、あの亡くなった兵士達は無事だったかもしれない。」
「………」
「……だから、今度こそ守りたい。私の大切な人達を、新たな居場所を。それを守るためなら、私は躊躇なく、この眼を使います。」
「……それが、誰かの命を奪うことになってもか?」
「それで大切なものを守れるなら……」
「……そうか、なら私が教えることができる事は教えよう」
「ありがとうございます」
「武器は何を使うかね?」
「……そうですね、ナイフでしょうか」
アストンは少し考えると、机の引き出しを開ける、そこから一本のナイフを取り出し、鞘から抜いた。無駄な装飾など無い、黒塗りの柄に青白く光る刃がやけに印象に残る少し大きめなナイフだ。
それを鞘に戻し、ヒトハへと差し出す。
「これを君にやろう。見た目はシンプルだが、頑丈で使いやすい」
「……え、でも、これはアストンさんのでは?」
「いいんだ。我々では太刀打ちできなかった魔物を倒し、被害を最小限に食い止めてくれた君への感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」
「……わかりました」
受け取ったナイフを握り、数センチばかり鞘から抜く。青白い刀身に映る自らの顔を見返しながら、ヒトハはもう一度、自らを奮い立たせた。
◇◇◇◇◇◇
アストンさんとの話が終わり、執務室を出た時、外はもうだいぶ暗くなっていた。山の向こう側が僅かに茜色に染まり、反対の空には星が輝いている。
自然と足が動いて、向かった場所は中庭。その両端にある噴水の片方。そっと膝をつけて僅かに地面に残る血の跡に触れる。
私が助けられなかった兵士達と、逃げ遅れた領民のものだ。
目を閉じて黙祷をした。
―――助けられなくて、ごめんなさい。
小さく呟いて立ち上がる。そのまま空を見上げ、目を開いた。
今の視界にも“あちら”の眼にも、空だけは変わらず映った。
それが、少しだけ嬉しくて笑った。
―――なんだ、この“眼”にも、見えないものがあるんじゃないか。
「次は、もう無くさない―――」
守ると、誓った。
私の大切なものを。
たとえ、悪魔が私の前に現れようと―――
「―――生きているなら、悪魔だって殺してみせる」
完全な暗闇の中で、噴水に映った私の“眼”だけが蒼く輝いていた。
いつか「悪いね★」とかやらせてみたい(笑)