ヒーローの卵と化した先輩 作:(く)っそー☆
「ぬわあああああああああああん!疲れたもおおおおおおおおおん!!」
「うわぁっ!?た、田所君っ!?ど、どうしたのいきなり…」
「んにゃぴ、『個性』のデメリットってとこだゾ」
「そ、そうなんだ…」
今は授業中。
そんな状況で生徒の一人がいきなり奇声を挙げても、隣に座る緑髪の癖毛とそばかすが特徴的な生徒以外、誰も気に止めることすらなく授業は進んでいく。
「あ、お前さ緑谷さぁ。この前雄英高校受けるって言ってたよなぁ?」
「そうだよ(便乗)」
「えっ!?い、今蒸し返してくるの?…でも、大丈夫。僕はもう、迷わないって決めたんだ…!」
「やりますねぇ!」
「おーい、田所ー。そろそろ静かにしないと成績下げるゾ〜」
「ヌッ!?」
授業を担当していた先生から指摘を受け、先程から話していた男子生徒、田所浩二は口を閉じた。
必死に黒板を写し出すその田所の横顔を見て、緑髪の少年、緑谷出久は改めて思った。
(やっぱり凄い集中力だ、田所君…。あのかっちゃんの名乗りに負けないことを言うだけある。…やっぱり、田所君も雄英を目指すライバルなんだ)
その野獣のような鋭い眼光。中学3年である彼らにはもちろん後輩がおり、そのほぼ全員から『野獣先輩』のニックネームで慕われている。
それでいて、個性も強いらしい。
なんでも、色々な姿に変化したり、とんでもない大声を出して相手の鼓膜を破ったり、邪剣を創造したり、創作物の中のキャラクターになったり、歴史上の偉大な人物になったりなど、何でもありらしい。
(どんな個性なんだろ…。そんな複合個性、聞いたことないけど…。…うん、1度、オールマイトに聞いてみようかな)
出久は趣味のお陰で個性というものを人並みよりも良く知っている。
ここで言う『個性』というのは、人それぞれの特徴ではなく、世界の総人口の約8割が発現するとされている超能力のことだ。
ことの始まりは中国の軽慶市。発光する赤子が産まれたというところからだ。
そこから数世紀に渡り、様々な『個性』が発現し、現在の日本で最強クラスの『個性』を持ち、職業となったヒーローでNo.1を誇るのが、出久の憧れの人であり師匠である、オールマイトなのだ。
「あっ、そうだ。この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台、来てるらしいんすよ。じゃけん夜行きましょうね」
「そ、そうだね…」
時折、このようにクッソアホみたいな顔をしながら話しかけてくる事があるのが唯一苦手な所だが、それ以外で田所に苦手、という印象を受けることはない。
日に焼けた、少し汚いとも取れる肌。
歳の割にはガッチリと鍛えられた肉体。
言動こそアレだが、実力がありそうな見た目を持っている。
「おっ、ここまでか。んじゃあ今日の授業は終わりっ!」
「閉廷ッ!」
「ひぃっ!」
チャイムと同時に先生が授業の終わりを告げる。
それに応えるかのように、田所がまたも大声を挙げる。
幼馴染のせいかは分からないがビックリしやすい出久にとって、突然の大声は非常に心臓に悪い物となっている。
しかし、この被害を受けているのは出久だけではない。周りの生徒もそうだ。
「ぬわあああああああああああん!疲れたもおおおおおおおおおん!!」
「お前は一々それを言わないと気が済まないのか!」
「(気が済ま)ないです」
先程会話の途中で謎の合いの手を入れてきた男子生徒に突っ込まれているにも関わらずドヤ顔を向ける田所。
あのみみっちい、そして出久のことをデクと蔑称で呼ぶ爆豪勝己ですら、「デク…あー、なんだ。ドンマイ」と優しく肩に手を置く程に、田所はある意味問題児として扱われていた。
(でもまあ、驚きに慣れるって言う意味でも良い訓練に―)
「おーい、田所ー。頼まれてたアイスティー、投げんぞー」
「良いよっ!来いよっ!!」
「っ!」
クラスメイトの一人が田所に向けてアイスティーの入ったペットボトルを投げた。
それだけなのにも関わらず、田所はまたも大声を挙げた。
(―なってる…よね?)
日本最難関とも言われるヒーロー科を擁する雄英高校。
師、オールマイトから授かった個性、『ワン・フォー・オール』を使いこなし、まずはそこに無事に合格出来るよう、出久の努力の日々は続く。
◇
「Foo〜↑↑気持ちいぃ〜↑」
「あっ、お、おはようっ!田所君!」
「おっ、緑谷。やっぱ来てたんすねぇ^〜」
「うん。昨日の筆記も割と出来た方だし、後は今日の、この実技を…」
「筆記なぁー、俺もなぁー」
「田所君も自信あるの?」
「まっ、多少はね?」
時は流れに流れ、雄英高校入学試験の二日目。
初日であった昨日は筆記のテスト。偏差値70オーバーというだけあってかなりの難易度を誇っていた筆記テストだが、歴史上の偉人と化せる田所にとってはクソみたいな問題ばかりだった。
「…でも、ヒーロー科に合格するなら、重きはこっちに置かれてるはずだよ」
「クゥーン…」
「うん?どうかし―」
田所が普段使用している枕のようにデカすぎる雄英高校の肛―改め校門を潜り抜けてしばらく、出久が躓いた。
「あっ」
「…っとぉ!間に合ったぁー!」
「…えっ、うぇえっ!?な、なんで…?」
両手をリュックの肩がけ部にやっていたため、このままでは顔面を地面に叩きつけてしまうことになる、その直前。2人の背後から駆けてきた女子が出久の背中に触った。
それにより、前傾になったまま出久が浮いた。
「これ、私の個性なんだ。ホントはこういうとこで使っちゃダメだけど、入試の日にコケるなんて、演技悪いもんっ!」
「そうですねぇ…」
「あっ…えっ…」
「じゃっ!お二人とも、実技試験頑張ろうねっ!」
「オッスお願いしまーす」
にこやかな笑みを浮かべ、出久の危機を救った女子は雄英高校の校舎の中へと駆けていった。
「女子と…喋っちゃった!」
「あっ、ふーん…(察し)」
実際には会話が成立していないのだが、当の本人である出久の顔は赤い。
それにより出久の女子への免疫が低いことが田所にバレてしまうが、それは今はどうでもいいことだ。
「あっ、そうだ。緑谷、早く行きましょうよ」
「うんっ。そうだね」
先ほどの女子の後を追う訳ではないが、緑谷と田所も雄英高校の校舎の中へと入っていく。
「イクゾオオオオオオオッ!」
「おっ、おーっ?」
田所の周りの受験生すらもビビらせる程の大声に、出久が疑問を抱きながらも合いの手を入れる。
田所と出久のヒーローへの第一歩が始まろうとしていた。
場所は変わり、雄英高校の敷地内にある大きな大きな講堂。
その中に中学校別に座らされた受験生達を待っていたのは、ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だった。
「今日は俺のライヴにようこそーッ!エヴィバディセイヘイッ!」
「イキスギィ!」
「おっ、オォ?受験番号1919のリスナー、独特な返事をサンキュー!そんな彼のアッツイ返事を受けて、受験生のリスナー達に試験内容をサクサクーっとプレゼンしていくぜっ!!アユレディッ」
「ンアーッ!!」
「た、田所くん…」
「うるせえ黙れや擬人化クソうんこ」
プレゼント・マイクの呼びかけに受験生で唯一大声で応えた田所。
周りからも奇異の目で見られることになるが、一番の被害者は同じ中学ということでその近くに座っていた出久と爆豪だった。
「爆豪も十分うるさいって、それ一番言われてるから」
「あぁ゛ッ!?殺すぞこのステハゲッ!!」
訂正。被害者は出久だけだった。
「た、田所くんもかっちゃんも、随分余裕そうだね…」
「ったりめぇだろ。あんなカスみてぇなロボ、全部ぶっ壊してやる」
「ポポポポポ…」
プレゼント・マイクが受験生に伝えた試験内容。
それは受験番号別に振り分けられた会場で模擬市街地演習を行うというもの。
個性の発現はもちろん、その為に必要な国に申請を通せた道具の使用許可。
演習場には1P、2P、3Pのポイントを所持した『仮想敵』が3種。
そして、ポイントを保持していない0Pの『仮想敵』がお邪魔ギミックとして存在している。
「やりますねぇ!」
「…まあ、期待できるとしたらこの0Pだろ」
「えっ、た、倒さなくて良いんだよ…?」
「だからこそ、ぶっ飛ばしたら俺が目立つんじゃねぇか」
田所と絡むよりも出久と話していた方がまだ気が楽という理由で、中学に入ってから一番と言ってもいいほどに対等な立場で出久と話す爆豪。
クソナードか人間の屑かで選び、彼はクソナードを選んだのだ。
「更に向こうへ――Plus ultra!!」
プレゼント・マイクの激励と共に、そのプレゼンは終了した。
◇ ◇
「アホくさ」
場所は変わって試験会場。
田所は知り合いのいないその会場前で一人、仁王立ちで突っ立っていた。
黒い無地のシャツに白のハーフパンツというラフな格好は、周りを見てもそうはいなかった。
『はい、よーいスタート』
「行きますよ〜イクイク」
プレゼント・マイクの割りかしデカいクソ棒読みの試験スタートの合図にその中で一人だけずば抜けた反射神経でスタートを切った田所。
上半身を一切前傾させず、達しそうな顔を反り返らせて腕と脚をぎこちなく動かしながら超速で走るというあまりの変態さに、他の誰もがついていけなかった。
「おっ、空いてんじゃん」
一番乗りなのでまだ誰も試験会場におらず、空いているのは分かりきっている。
だがしかし、強力な個性を持っている田所にとって、人がいないというのは重要なことなのだ。
「頭いきますよ〜」
ビルの影から飛び出してきた仮想敵2体の頭部を回転蹴りと飛び上がっての右の正拳で仕留める。
これで早速2体。
「出そうと思えば」
右腕だけを回すアンダースローのようなフォームで放たれたその仮想敵の残骸が超スピードで飛んでいく。
そしてそれは、その先にいた仮想敵に直撃。
大爆発を起こした。
「あっ、そうだ」
その遠くで起きた大爆発を見て、田所は思いついた。
点数を取るだけなら簡単じゃないかと。
「ヌ゛ッ!!!」
田所の個性を使い、とてつもない目力を入れる。
そして――
「フッ!!!フッ!!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」
まるで数キロ先にいてもハッキリ聞こえるのではないかと言うほどの大声を張り上げる。
しかしそれには指向性が持たされており、市街地の中の仮想敵にしか効かない。
機械に効くのかと田所自身も不安だったが、走っている途中に見るとしっかりと行動不能になっているようだ。
「いいゾ~これ」
視認は出来ていないがかなりの数の仮想敵を倒せたはず。
そう判断し、田所はどんどん奥へと進んでいく。
「目力はかなりチカレル…」
先ほどのキモい走り方で走ること810m。
えげつない程のデカさを誇る仮想敵が田所の目の前に現れた。
「はぇ〜^すっごい大きい…」
明らかなお邪魔ギミック。これが0ポイントだとすぐに分かった。
こんなものに構う時間はあるかも知れないが、これを倒そうとするのは労力に似合わない。
「っ、まずいですよっ!」
しかし、その仮想敵がターゲットにしているのは田所ただ一人。
それもそのはず。他の仮想敵を軒並み行動不能にしながら一人爆走してきたのだから。
「そうですねぇ…」
迫り来る大型仮想敵の攻撃を避けながら、田所は考える。
「…見たけりゃ見せてやるよ」
意を決して大型仮想敵と対敵することにした。
どうせこれも、試験官達に見られているのだ。
ならば印象付けは派手な方がいい。
「ほら、見ろよ見ろよ」
トーン、と軽くその場で高く飛び上がり、大型仮想敵の眼前へと辿り着く。
「ホラホラホラホラ」
そこから放たれるのは、腕が数本に増えているのではと錯覚するほどの高速ラッシュ。
中学で迫真空手部という部活に入部していた田所にとって、突きは得意な攻撃方法の一つであった。
「ファッ!?」
しかし相手もお邪魔ギミック。簡単には壊されない。
目の前でうろつく田所を右腕で叩き落とし、そのまま先に進もうとする。どうやら田所以外の受験生も追いついてきたようだ。
「カスが効かねぇんだよ」
しかし、田所も引くわけにはいかない。
ここでアピールすると、そう心に決めたのだ。
「変身すっかな〜」
その一言とともに、田所の身体が光に包まれていく。
「――」
光が晴れたあと、田所は一切の言葉を口にすることは無かった。
しかしその代わりに、目と口が異様な形に変わり、髪は赤くなって逆立ち、頬には赤い星と水色の雫のマークが出来ていた。
中学でクラスメイトを笑わせる時にもたまにしていたものだが、その時の通称が―
「――」
――ヒソカ先輩。
「――」
常に笑っており喋れない状態だが、この状態の田所は強い。
なぜならヒソカになっているからだ。
ヒソカと化した先輩、略してヒソカ先輩。ならば田所はヒソカ。Q.E.D.と言わんばかりのガバガバ証明だが、事実そうなのだ。
「――」
ヒソカになっているということは『念』を使えるということ。
こんなポンコツ程度ならば―
「――」
飛び上がって頭を『念』を拳に集中させた『硬』で殴れば一撃なのだ。
「――っ。やっぱり壊れてるじゃないか」
かなり手加減はしたはずだ。
しかしそれでもやはり創作物の中のキャラクターというのは強すぎた。
「1145141919810ポイントぐらいは稼げたと思うゾ」
『終了〜〜〜』
田所が大型仮想敵を沈めたとほぼ同時、プレゼント・マイクによる終了の合図が辺りに響いた。
◇ ◇ ◇
「ハイハイ、お疲れさん。ハリボーお食べ」
「腹減ったんで、ラーメンとかないっすか?」
「流石に無いねぇ」
「んじゃビール…」
「アンタ未成年じゃないか。…その様子だとハリボーすらも要らなさそうさね」
「当たり前だよなぁ?」
その後しばらくして。試験会場内でボーッと突っ立っていると、やってきたのはTDN婆さんだった。
待ってて損した。と言うような表情で、田所は帰路についた。
「なんか腹へんないっすかぁ?」
独り言を呟くも、当たり前だが中学時の迫真空手部の先輩はおらず、返してくれる人はいない。
「…しょうがねぇなぁ?(悟空)。腹減ったし帰ってラーメンでも食いに行くかぁ」
自転車に乗った老人や黒塗りの高級車に追突した車などを見かけた帰り道。
田所は確かな自身に満ち溢れていた。
そして後日。田所の元に合否判定が入った封筒が、雄英から届くのだった。
田所くんの合否判定は気分で変わります。
このままだと不合格(確定)です。