そんな普遍的な、どこかの鎮守府の小さな恋の物語。
某所で頂いたお題をもとに書かせていただきました。
一話完結型ですが、気持ちによってはその某所やここでお題をさらに頂いて書く場合もあります。
色々と分からないこと多いですが、緩めに見ていただけるとありがたいです。
まだ、着任して間もない頃だった。あれは、吐く息の白くなるような寒い冬だったと思う。
「鈴谷だよ! 賑やかな艦隊だね! よろしくね!」
元気な娘だと、そう感じた。昔本で見た都会の女の子っぽくて、女性を知らない俺はどぎまぎしながら挨拶した記憶がある。
距離は最初から近かった。上官への態度としては鈴谷は軽すぎたが、自分にとってはこのくらいの距離感のほうが接しやすかった。辛いときに軽く慰めてくれる。楽しいときは共に大笑いしてくれる。そんな彼女の距離感が、とてつもなく心地よかった。
春になり、桜舞う海。ようやく艦隊指揮の仕事にも慣れ、信頼する艦娘たちも増えていった。
鈴谷は練度が上がり、この頃には艦種が変わっていた。
「出撃しないのー?」
「最近は平和だからな」
事務仕事を片付けながら、秘書艦の鈴谷と会話する。居心地のいい距離感のままに、秘書艦をお願いしている。事務仕事は退屈だと言いながらもなんだかんだで仕事はこなすし、鈴谷と話すことは変化のない作業の中でいい気晴らしになった。心地が良かった。気が付けば、鈴谷と話してない時間を探すほうが、難しくなっているかもしれない。
「ねー提督ぅー」
「なん、うぉっ」
目の前に鈴谷の顔があった。普段の明るい笑顔とは違う真剣な顔でこちらを覗き込んでいた。何を言われるのか、緊張で喉が渇く。
「ごめん、なんでもないやっ」
ぱっと鈴谷はいつもの笑顔に戻り、離れた。心臓が、激しく高鳴っていた。
「ちょっち、熊野のとこ行ってくるねー」
ふらふらと手を振って鈴谷は執務室を出ていく。何だったのだろうか。思わず首を傾げながら手元の書類に視線を戻す。しかし、作業は進まない。さっきの鈴谷の表情が、悉く邪魔をする。思い出すたび、心臓がうるさくなる。
思わず、引き出しの奥にしまった指輪を取り出す。艦娘に恋をするなんておかしいだろうか。あのスキンシップは、あくまで友情の延長線上なのか。怖い。確かめることが。
「そろそろ、言わなきゃな」
決意を口に出し、指輪をもとの場所に戻した。
「くまのー」
提督のもとに着任してから数か月。にぎやかという最初のお世辞が嘘じゃなくなって、提督もちょっとだけかっこよくなった……かな?
「どうしたんですの、鈴谷?」
「んー」
なんていえばいいのかわからなくて、熊野に抱きつく。あの時、なんて言おうとしたのか、どんな気持ちだったのかをうまく言葉にできない。
「告白でも、したんですの?」
「ぴゅあ!?」
「図星、ですわね」
「ちっ違うし! 提督の事なんか……」
「事なんか?」
とっさに否定の言葉を言おうとして、口をつぐんだ。何も言えなかった。
「でも、提督のそばには他の子もいっぱいいるし……」
「はぁ……」
言い訳を聞き流しながら、熊野はぐいぐいを背を押してくる。
「ちょっ、熊野ぉ……」
「鈴谷は執務の途中ですわよね?」
それを言われると言い返せなかった。どんな顔して提督に会えばいいんだろ。
「大丈夫ですわよ。提督なら、きっと答えてくれますわ」
雨が、降っていた。一週間前には梅雨入りと、ラジオが言っていた。
ジューンブライトに指輪。そんな建前だった。どんな理由でも、告白する動機が欲しかったんだと思う。
「鈴谷、大切な話がある」
「どしたの提督? 改まっちゃってさー」
いつもの軽口も、どこか熱を帯びているように聞こえた。雨の音が消えて、文字通り二人だけの世界だった。
「これを、受け取ってほしい」
取り出す指輪。緊張で震えそうな手を必死に抑え込み、まっすぐ前に出す。
「これ、鈴谷に……?」
信じられないといった様子で、震える声で確認してくる。
「鈴谷にだ。それ以外はありえない」
口から心臓が飛び出そうだった。背中に汗は滲むし、心音はうるさいし体をかきむしりたくなるような衝動が体中を駆ける。
「だって、熊野とか、最上とか」
「鈴谷が好きだから、渡したいんだ」
鈴谷の頬に、一筋の雫が流れた。それはやがて流れ星の様に頬を伝っていく。
「こんな鈴谷を、選んでくれて……ありがとねっ」
震える声で、それでもしっかりと鈴谷は指輪を受け取ってくれた。思いが溢れて、思わず抱きしめてしまう。
「提督っ、苦しいって……」
思わず腕を緩めそうになったが、鈴谷の手は俺の腕をしっかりと抑えていた。そのまま、抱きしめる。
「嬉しいよ、提督……」
遠くで、雷の音が聞こえた。夢のような空間を、事実だと認識させるかのように。
関係が変わったのは、そんな、雨の日だった。
蝉の声がうるさくなった夏の日、執務室の秘書は熊野に変わっていた。空は灰色、蒸し暑い日だった。
「提督、これが今日の書類ですの」
「ありがとう、熊野」
もらったはいいが、どうにもやる気が起きない。このうだるような暑さのせい……
「提督、鈴谷に何をしたんですの?」
熊野に詰め寄られてた。思わず目をそらしながら話す。
「……鈴谷に、出撃してほしくないって」
熊野のため息が聞こえた。
「それで、喧嘩しているんですの?」
叱られる子供の様に、頷く。
あの日以降、鈴谷の存在は俺の中でどんどん大きくなっていった。それと同時に、失いたくないという思いが、失ったらどうしようという恐怖がどんどん溢れてきた。ずっと、そばにいてほしい。その思いのままに語った結果が、この喧嘩だ。
「提督がそんな様子では、わたくしも気合が入りませんわ。どこか町にでも繰り出してみたら?」
言いながら、熊野は休暇の許可証を取り出す。いつの間に許可を取ったのか、上官のハンコはきっちり押してある。
「おすすめのお店のチケットもありましてよ」
一枚のチケットを手渡される。レストランのチケットだった。
「わたくしは、準備をしてからまいりますの」
熊野が出ていく。悩みながらも、外出用の外套に袖を通していた。
「今度、神戸牛でも奢ってもらおうかしら……」
チケットに書かれた場所には先客がいた。緑色のロングヘアーで、俺のほうを見て驚いた顔をしていた。
「鈴谷!?」
「提督じゃん!?」
どうやら、熊野に謀られたようだった。気まずい空気。言葉が脳内で渦巻いて、最初の一言がなかなか出てくれない。
「「あのさ……!」」
「「……」」
なんど、そんなやり取りをしただろうか。鈴谷は、ぷっと笑い出す。
「なにしてんだろーね。提督」
そんな、久々に見た軽い笑顔に思わず俺も笑顔になっていた。
「なにしてんだろうな」
「提督ぅー、お店入ろうよ!」
堅かった空気は解れ、慣れた空気に身を浸しながら鈴谷との食事を楽しむ。たったこれだけの事で、曇った心に日が差したことを感じた。
「美味しいね提督!」
「鈴谷のには叶わないな」
「ふっふーん、もっと褒めてもいいんだよ?」
満腹の状態で店を出る。気が付けば厚い雲は晴れ、カンカン照りの日差しが俺たちを照らしていた。
海辺の公園へ移動する。潮風と木漏れ日がいい感じに暑さをやわらげ、心地よい空間を演出していた。
「鈴谷、ごめん」
半ば、無意識で出た言葉だった。しかし、それはまごうことなき俺の本心だった。
「出撃してほしくないって、身勝手だった。鈴谷が、戦う理由もあるのに」
「ごめんね、提督。大事にされてるって嬉しかったんだ。でも」
今は、平穏な海。絶好の海水浴日和だが泳ぐ人はいない。深海棲艦のいる限り、海水浴のできる日はないだろう。
「鈴谷は、みんなを守るために戦っているんだ」
「……俺も、戦う。鈴谷が傷つく回数が減るように、深海棲艦を……」
これ以上、言葉は交わさなかった。だけど、鈴谷の思いが流れ込んでくるような気がして。俺の決意が、鈴谷に流れたような気がして。
新たな決意を、夢を、目標を、鈴谷と共に刻んだ夏の一日だった。
それから遠い未来のどこか。仲睦まじそうな、三人。
「ぱぱーなにするぅ?」
「んー何して遊ぼうかー?」
小さい少女は、男性にじゃれつく。
「しかし、母親似の可愛い子に育ったなぁ……口調も似てるし」
「でも髪の色とかていと……じゃなかった。パパそっくりじゃん?」
「パパ呼びは慣れないなぁ」
そんな会話が、どこかの日常として溶け込んだ。