さてさて、今回もお楽しみいただければ幸いです!
時間が結構飛び飛びになりますが、どうかご勘弁を
ではでは、始まり始まり~
仏壇の前に座り、線香をあげ、鈴(りん)を鳴らして手を合わせる。
暫く瞑目した後、目をあけて仏壇に飾ってある両親の遺影を見つめる。
この世界で俺を生んでくれた、大切な人達。まだ40代にすらなっていないというのに、逝ってしまった。
父は交通事故に遭い、即死。苦しまずに済んだのは間違いないが、なにもそんな所に運を使う事は無いだろう。
……益体も無い事を考えているな、そもそも運が良ければ事故に何て遭っていない。
父が死んだ後、母も後を追うように逝ってしまった。季節が変わるのすら待たずに。
お陰で嬉しくも無い一人暮らしの開始である。
母は死の直前まで、俺の事を案じていた。
法的なことは細大漏らさずに手続きを行ってくれたようで、これからも暮らしに困る事はないのだと言っていた。
……俺としては、そんな事に気を回すより、一日でも長く生きて欲しかったというのが本音だったが。
そんなことを考えてしまうのは、親不孝だろうか。
いけない、暗い事ばかり考えてしまっている。
気分転換に点けたテレビのチャンネルを適当に回していくと、目に留まるものがあった。
風船に手紙を括りつけて飛ばし、遠くの人間とやり取りをするというアレだ。
実際に飛ばした手紙が人の手に渡る可能性などスズメの涙ほどの確率だろうし、人の手に渡ったとしても絶対に返信があるわけでもないが、何故か俺はそれに惹かれた。
何でもいいから普段は絶対しないような事をして、気を紛らわせたかったのだ。
翌日、俺は道具を一通りそろえ、手紙もしたため、近所の公園から空に向けて飛ばした。
ふわふわと舞い上がり、風に流されていく風船をじっと見ながら一つ息を吐くと、少しだけ気が晴れたような気分になったのだった。
その日、乃木園子は自宅の庭を適当にブラブラしていた。
あと数日で新学期が始まり、六年生となる。
そして、勇者として選ばれたからには大変なこともあるだろうと考えている。
それはそれとして、今日の彼女はうららかな春の日差しの中をぽやーっとしながら歩いている。
すると、何か変なものを見つけた。
「んん~? これは……風船と、手紙かな?」
萎んでしまった風船と、地面に落ちて少々汚れている封筒。
興味を惹かれた彼女はワクワクしながら中身を取り出し、中の手紙を読み始めた。
中には、もしこの手紙を拾った人がいたら、文通をしませんかというお誘いの言葉。簡単な自己紹介。そして郵送先の情報がしたためられていた。
「こ、これ……!」
園子の瞳がキラキラと輝きだす。
小説の執筆が趣味の彼女は、フィクションにしか無いような出来事に心が沸き立つのを感じた。
「これは運命なんだよね、きっと! キャッホーイ!!」
日頃のおっとりした様子からは考えられないテンションではしゃぎ回る園子。
何の運命なのかはまるで分らないが、彼女にとっては些細な問題らしい。
すぐに自分の部屋に取って返すと、使用人に封筒と便箋、切手を用意させ、テキパキと手紙を書き綴る。
嬉しさが溢れた、明るい文章。
「う~ん……まだ書きたい事あるけど、最初の一回目だし……この位でいいかな~」
そして宛名を書こうとしたが、本名を書けば相手が大赦関係の人だった場合、引かれて返事をくれないかもしれないと思い至った。
「ペンネーム……ペンネーム……うむむむむぅ~……」
唸りつつ考え込む園子。
暫らく悩んでいたが、やがて決心がついたのか封筒にペンネームを書き込んだ。
そして便箋を封筒に入れ、確りと封をする園子。
「ふふふ……どんな返事をくれるかな~?」
今から返事が待ちきれないと言った風情で、にこにこと満面の笑みを浮かべる園子。
彼女が勇者としての最初のお役目を果たす、ほんの数週間前の出来事――――
学校から帰った俺は、朝取り忘れた郵便受けをあけ、中身を確かめていた。
どうせ今日もカラだろうと思っていたのだが、予想に反して封筒が一通入っており、ちょっと驚いた。
自室まで戻って、改めて封筒を確認する。
かなり凝ったデザインをしており、趣すら感じられる。パーティーの招待状なんかが入っていても不自然じゃないだろう。
「宛先は間違いなく俺だな……で、送り主は……ん? ……んんん?」
一瞬見間違いかと思い、思わず二度見してしまう。それくらい変な名前が書かれていた。
「のそのそ……? 何だコレ、ペンネームのつもりか……?」
手紙でペンネームはおかしくないが、これは無いだろうという感想しか出てこない。
思わず変な笑いが口から漏れ出る。
「ま、まあそれは置いといて、手紙の内容は……」
内容を確かめると、とにかく文通できて嬉しいという気持ちに溢れたモノだった。
書いた人間のテンションの高さがもろに伝わってくる。
「郵送先は、香川……やっぱり、あんな風船じゃ遠くには行かないよな」
近くに落ちた事は意外でも何でもない。あんなちゃちな風船で飛べる距離などたかが知れている。
「会おうと思えば会えるかもしれないけど……それじゃあ風情が無いしな」
無理をすれば、小学生でも会いに行けるくらいの距離だろう。
だが、せっかく文通が始まりそうなのだ。そこに水を差すことも無いだろう。
それに、顔も知らない相手との手紙のやり取り――正直言ってワクワクしている自分がいた。
「よし、じゃあ早速返事を書くか」
幸い、手紙を飛ばした時に買ってきた封筒と便箋がまだ余っている。
俺はそれを机から取り出しつつ、何と書こうかと頭を捻るのだった。
「ふ~んふふ~んふ~ん♪」
上機嫌で手紙をしたためている園子。最近は、毎日が楽しくて仕方がない。
勇者のお役目は怪我をすることが当然の様にある大変な事だけど、仲間で友達の鷲尾須美と三ノ輪銀のふたりと一緒なら、全然辛くなんてない。
……やっぱり、訓練はちょっとだけきついと思ってしまった。
「よ~し、これで完成! ふふふ~、わっしーとミノさんとの事も書いたし、今回も楽しく書けたな~。……でも、ちょーっと書きすぎたかも」
園子は、自分を非日常に連れて行ってくれる文通が気に入っていた。
顔も知らない相手と、手紙だけで繋がってやり取りを行う。
何とも心躍るシチュエーションじゃないかと思う。
手紙の相手は県内に住んでおり、乃木の力をもってすれば特定など簡単だろうとは思う。
「でも、それじゃあ風情がないもんね~♪ サンチョもそう思うでしょ?」
お気に入りのマスコットに話しかけながら、奇しくも○○と同じ考えを口にする園子。
自分だけが相手の本名を知っているのは少しズルい気もしたが、そこは大目に見てもらいたい。そのくらい乃木の名前というのは大きかった。
これまでの数回のやり取りで、相手の事も少しは分かってきた。
自己紹介からは自分と同じ小学六年生であること、その後の手紙で本を読むのが好きな事、好物は魚料理である事、うどんは月見うどんが好きなことなど、取り留めも無い、しかし大切な情報が分かっている。
――――――これからはどんなことが書かれてくるのかな?
園子はそれを楽しみにしつつ、確りと封を行うのだった。
そんな感じのやり取りが、それから何回も何回も続いた。
○○は、両親の死によって沈んでいた心が手紙によって癒されていた。
届く手紙の文面からは、書く人間の優しさ、明るさが伝わって来て、それが○○の心にもいい影響を与えていたのだ。
園子はこれまで友達がいなかった反動か、勇者の仲間と同じくらい文通も大切にしていた。
こんな文通、普通はほぼ起こらないことだという事も、その感情を後押ししたのだろう。
しかし、好事魔多しとでも言うのか……
そんな幸せな手紙のやり取りは、夏休みを間近に控えたある夏の日から、暫く途切れてしまう事となる――――――
「あ、これ……」
園子は、自室の机の隅に置かれていた手紙に目をやった。
二通が置かれている――文通をしている、大切な友達からの手紙。
一通目は、あの遠足の日の前日――銀が自分の命を賭してバーテックスを撃退した日の前日に届いた。
遠足から帰ったら、その時にあった楽しかったことを書くつもりだった。
また楽しい気分で書けるものだと、欠片も疑っていなかった。
確かに、忘れられない一日にはなった―――――最悪の意味でだが。
返事を書く気力も暇も、両方が無くなってしまった。
あんな死に方するような……しなきゃいけないような娘じゃなかった。
須美と一緒に、何かに駆り立てられるように訓練に励んだ。
出来る限り普段通り振舞っていたつもりだが、それでも友達を失った悲しみがふとにじみ出る事があったと思う。
そんな中で、二通目の手紙が届いた。
内容は、返事が無い事への心配だった。何かあったのか、病気や事故にでも遭ったのか……
そんな、こちらを案じる内容だった。
嬉しかった。実際、読んだときに園子は少し泣いてしまった。親友の死に疲弊していた心が、ほんの少しだけ癒されたのだから。
返事を書かなきゃ、書かなきゃとは思いつつも、訓練の疲れ、そして何より精神の疲労により後回しにしてしまっていた。
「ふー……。いつまでも放っておいちゃ失礼だもんね。……よ~し!」
気合を入れなおした園子は、久しぶりに便箋に向けて文字を綴り始める。
返事が遅れた事の謝罪、大切な友達が死んでしまい、その事で慌ただしかった事、自分も心底落ち込んでいた事などに触れた。
返事か無い事を心配してくれて……こちらの状況の事まで考えて心配してくれて、本当に嬉しかったこと。
それらの事を、心を込めて書き綴った。
「ふ~……これでいいかな。○○君、怒ってないといいけど……」
こちらを気遣う手紙が来てから、もう十日以上経っている。
一通目から考えると、三週間以上も期間が経過してしまったことになる。不安ではあるが、そこはもう願うしかない。
「どうか許してくれますように~……」
間延びしつつも、真剣な口調で手を合わせて祈る園子であった。
それから後も、無事手紙のやり取りは続いた。
以前ほどの頻度では書けなくなってしまっていたが、それでも園子が文通することを――そしてその相手である○○を大切に思っている事は確かな事だ。
そんな思いがふつふつと沸いてきて抑えきれなくなった園子は、○○への手紙に、割と近くに住んでいるみたいだし、出来れば一度キミに会ってみたいと書いた。
手紙とは言え、心の支えになってくれた事に対して是非お礼がしたいと。
「よしよし、これでオッケーだねぇ。会えるかな……断られたら悲しいけど……」
うむむむむー、と目を閉じて唸り声を上げる園子。ややあって、カッと目を見開くと気合を入れる様に叫んだ。
「勇者は根性ー!! ……やる前からあきらめちゃダメだよね、ミノさん」
逝ってしまった、しかし今も自分の心の中に生きている親友へ向けて、決意の言葉を口にする園子。もう、迷いはなかった。
今日は十月十日――
運命の日が迫っているとは、園子は知る由も無かった――
「………………はぁ~」
大赦のとある一室。
かろうじて病室に見えないことも無いかもしれないが、ここを見て病室だと即答する人間はいないだろう、そんな場所。
では、どう見えると聞かれたら、大体の人はこう答えるだろう――――ご神体を祀っている場所だと。
そんな、およそ人間がいるべき場所とは思えない所で、園子はベッドに寝たきりになっていた。
瀬戸大橋跡地の合戦――その戦いを制すために、満開と呼ばれる力の開放を二十回以上行なった代償。
園子はもう、左目と口以外は動かせなくなってしまった。
もはや体はピクリともしない――ぼーっとするのが趣味だったのが救いなのだろうか? ……今の状態だと、ブラックジョークみたいで趣味が悪いとか言われそうだが。
「わっしー……ミノさん……○○君……」
ポツリと零れ落ちる、大切な友達の名前。
銀は逝ってしまった……その命を燃やし尽くして……大切なものを守るために、命を懸けて戦って。
須美は満開の代償により両脚の機能、そして自分たちの記憶を失い、引き離されてしまった。
○○は、ごく普通の一般人のはずだ。その身に突然の不幸でも起こっていない限りは無事だろう。
「でも、もう……」
ベッドサイドに置かれたテーブルを、視線だけを動かして見やる。
そこには、あの日から音沙汰の無い自分を心配した○○からの手紙がまたもや届いていた。
ここには届かないので、両親が持ってきてくれたのだ。
返事を書かなくちゃいけない……しかし、もう……
「こんな、身体じゃ……もう自分で……書けない……っ」
満開の代償にとして、神樹様に捧げられた自分の身体の機能。
目と口以外が動かないこんな有様では、もうどうしようもない。
代筆を頼むことも考えはしたが、即座に却下した。
○○には、自分の手で書いた手紙を読んで欲しい……そんな思いが、どうしても捨てきれずに。
「もう……諦めるしか、ないのかな……」
思わず、弱気が自分の口を吐いて出る。
その瞬間、園子は恐怖で体が竦み上がった。
動かないはずの身体がガタガタと震えているような感覚。
息が浅く早いものに変わり、最後に左目から立て続けに涙が零れ落ちる。
「嫌だ……そんなの……何で、こんなっ……!」
自分は、友達と……大切な人たちと楽しく生きていきたかっただけ……大それた事など何も望んでいなかった。
しかし現実として、親友の一人は逝ってしまい、一人は記憶を失い自分とは引き離され、最後の一人との繋がりすら危うい。
暫くすすり泣いていた園子は、親友に褒められた事もあるその閃きでもって考えに考えた。
そこで、妙案が浮かんだ。
文字がダメなら、声を届ければいいのだと。
秋も深まり、そろそろ布団を厚手のものに変えようかと思っていたころ。
俺は、一通の封筒を手に自室の椅子に腰かけていた。
久しぶりに、のそのそからの返信が届いた。
また暫らく返事が途絶えていたので、心配していたのだ。再び何かしらの不幸でも起こったのだろうか?
そんな心配をしながら封を開けると、中から出てきたのは一つのUSBメモリ。
手紙や、それに類するものはどこにも入っていない。
メモリにはシールが張られていて、そこには『○○君へ』とあるのみだ。
訝しみつつも、そのメモリをPCへと接続して中身を確認する。そこには、一件の音声データが記録されていた。
何だろうかと思いつつもダブルクリックし、すぐさま音声を再生する。すると、少女の声が流れ出した。
『初めまして~……じゃないかな。久しぶりだね、○○君。返事が遅れてごめんね? またちょっとこっちはゴタゴタしちゃってて……それで今まで、返信できなかったの……』
優し気な、少女らしい響きの声。しかし、どこか沈んでいる様にも聞こえる。
『私も、ゴタゴタの中心にいたんだけど……その影響で、もう手紙が書けなくなっちゃって……だから代わりに、こういう形でメッセージを送ることにしたんだ。もし、これからもやり取りを、続けてくれるなら……』
そこで、不自然に言葉が途切れる。どうしたのかと不審に思っていると、やがてしゃくり上げるような声と共に言葉が再開する。
『……うっ、グスッ……ごめんなさい。……お願い、お願いだから……今まで通り、やり取りを……続けて……うぅっ……グスッ……』
そこでまた声が途切れ、女の子のすすり泣く声が暫らく続いた。
とてもじゃないが、尋常な様子ではない。
これまで届いた手紙から、彼女が明るくてちょっとユニークな、優しい女の子だという事は予想がついている。
それがこんな内容のボイスメッセージを送って来るとは……正直、困惑を隠せない。
『……いきなり泣いて、ゴメンね? とにかく、今まで通りにしようって事だから。……お返事、待っています』
その言葉を最後に、メッセージは終了した。後には、困惑で思考が纏まらない俺だけが残される。
ふーっ、と溜め息を吐いて全身の力を抜く。
何が何だか分からないが、彼女の生活を一変させるレベルの大問題が起こったと考えた方が良さそうだ。
その影響で手紙が書けなくなったので、こうしてボイスメッセージを送ってきた、と。
腕が不自由になってしまったのだろうか? ……そういう事態になったのならやり取り自体を諦めてもおかしくないのだが、彼女はまだ続けることを望んでいるのだろう。それも心から。
そうでなければ、あんな縋るような声で言ってはこないだろう。
そうと分かれば、こちらも準備をしないといけない。
結局、四苦八苦しながらもそれらは上手くいき、無事返事を出すことが出来たのだった。
「これは……」
相変わらず寝たきりの状態でいる園子は、○○から帰ってきた封筒の内容物に困惑していた。
自分が彼に送ったUSBメモリ。これが返ってくるのは問題ない、彼の性格ならこうするだろうという事は予想が付く。
しかし、同封されていたのはメモ用紙が一枚で、それには『見てのお楽しみ!』としか書かれていない。
彼もボイスメッセージを送ってきたという事だろうか。しかしそれなら『見ての』ではなく『聞いての』にならないだろうか?
少々気になりつつも、園子はそばに着いていた大赦の人間にPCを操作させた。
「これ、動画データ……?」
表示されたのは音声データではなく、動画データ。
それを認識した瞬間、園子は自分の胸が高鳴るのを感じた。この身体の有り様では錯覚かも知れないが、そんなことには構っていられない。
大赦の人間には動画の再生の操作を指示し、それが終わったらすぐに退出するように命じた。
彼と自分のプライベートな内容のやり取りを他の人間に見せるなど、冗談ではない。
もし余計な事をしでかしたら、少々きつく脅しつけてやると、園子は本気でそう思っていた。
ドキドキしながら待っていると、動画が始まる。
『えーと……あ、もう始まってるか。こんにちは、のそのそさん。□□ ○○と言います。改めて、宜しくどうぞ』
自分と同じ年頃の少年が自己紹介をしているだけの、特に見所の無いシーン。
だが、園子の瞳はらんらんと輝き、表情には久々に心からの笑みが浮かぶ。
「わあぁ~……! この男の子が○○君か~!」
最近は、つらいでは利かないことばかりあって気が沈みがちになっていたが、それを一気に晴らすくらいにテンションが上がっていく園子。
『ボイスメッセージ、送ってくれてありがとう。想像していた通りの優しい声だったので、思わず聞きほれそうになったかも。俺もボイスメッセージで送ろうかなって思ったんだけど、ちょっと捻りを加えて動画にしてみました。気に入ってくれたならいいんだけど』
「いいよいいよ~! もう主演男優賞あげちゃってもいいくらい!」
テンションが振り切れて、おかしな言葉を口走っている園子。自分でも変だと思う位に気分が高揚してしまっている。
『それで……のそのそさんの周囲は大変な事になったんだと、俺は予想しています。俺からは大したことは出来ないけど……それでも、こんな風なやり取りで良ければ、遠慮しないで君が飽きるまで続けよう! それで君の気が晴れるのなら、俺も嬉しいし』
「○○君……」
先程のテンションはなりを潜め、しんみりした表情で動画を見つめる園子。
『頑張って、なんて無責任な事は言えないけど……それでも、俺は君の味方だから! ……それじゃあ、またね。お返事、楽しみに待ってます』
映像が途切れ、画面に動画プレイヤーのメニューが現れる。
しかし、園子の目にはそんなものは入らず、ぼうっとした頭の中で先程の動画の内容だけがリフレインしていた。
暫くして我に返った園子は、大赦の人間を呼びだし、動画のループ再生をする様に指示した。
それから寝るまでの間、何度も何度も、飽きるという言葉とは無縁のように、繰り返し○○からの動画を見続けた。
そのような事が連日続いたので、流石に気掛かりになった大赦の人間がそれとなく注意を促したのだが、園子はその人物に目線だけをやって静かに微笑むのみ。
そして、その者はすぐさま後悔した。
息をするのも辛くなる様な圧迫感と共に、全身から冷や汗が吹き出す感覚に襲われ、立っていられなくなり座り込んでしまった。
「ふふっ……神様って怖いんだよ~? あなた達なら、そんな事は理解してると思ってたんだけどなぁ~……?」
それだけ言って、圧力を弱める園子。
自分を御神体扱いするというのなら、それさえも有効に使ってやると開き直っていた。
土下座をして許しを請うその者を石ころのように見やり、行ってもいいよと言うと、転がる様に部屋から退出していった。
「さーて、続き続きっと~……ふふっ」
既に○○への返信は行なっている。彼からの返事が届くまでの間、コピーした過去の動画を四六時中、園子は見続けるのだった。
それからも、○○と園子のやり取りは続いた。
俗世から切り離されたような形になってしまっている園子にとって、○○とのやり取りは自分が元はただの女の子だったという事を思い出させてくれる縁(よすが)となっていた。
新たなビデオレターが届けば、繰り返し繰り返し、何度も見た。
飽きるという言葉とは無縁だった。
○○の言葉も、一言一句をスラスラと思い出せる程に。
それどころか、彼のふとした癖やしゃべり方といった仕草までも記憶していく。
元々頭は悪くないし、時間だけはそれこそ山の様にある。他にやる事も無い園子は、一日の大半をこのようにして過ごすようになっていた。
今は東郷美森と名乗っている親友の動向を追い、勇者部の活動も追っている最中、○○が勇者になったという事を知った園子は、ついに自分は身体だけではなく頭までおかしくなってしまったかと思ったものだ。
しかし、これは確かに現実で、本当にあった事で、現在進行形の出来事である。
有無を言わさず大赦の人間を呼び出し、それについての説明を求めたが、向こうは分からないの一点張り。
隠しているのか、本当に知らないのかは園子にも分からなかったが、これ以上詰問してもどうしようもないと悟った園子は、溜め息を吐いて、呼び出した人間を解放した。
そもそも、大赦は秘密主義の塊のような組織だ。自分も乃木家の人間である以上、それは分かっていたから。
だが、理解したからといって、○○の事が心配でなくなった訳では決してない。
むしろ、余計に彼の事が気にかかる様になってしまい、園子の心の中を大きく占める様になっていった。
それから、月日は流れに流れ―――――
勇者部の活躍のお陰で身体機能が回復した園子は、自分が通う事になる讃州中学校の見学に訪れていた。
今日は休日で、校内には生徒は疎らにしかいない。たまに文化部の生徒とすれ違う時に、不思議そうな表情で私服の自分を見ていくが、まあ些細な事だろう。
まず、最初に行きたいところは決まっていた。勇者部の部室である。
今日は校外での活動もしておらず、完全に休養日だという事らしかったが、やはりどんな所か興味深々だったので楽しみだ。
「よーし、ここがそうだね~」
勇者部の部室に到着した園子は扉に手をかけようとしたが、その前に、自動ドアでもないというのにひとりでに扉が開いた。
「あれ……えーっと、勇者部に用事の人? ゴメン、今日は活動してなくてさ。俺は忘れ物取りに来ただけだから、悪いけどまた日を改めて――」
園子は、部室から姿を現した○○を前にして茫然としていた。彼が言う言葉も、殆ど頭に入っていない。こんな所で会うなんて思っていなかったから、心の準備など何もない状態だ。
「えっと……聞いてるかな?」
「えっ? ……あ、うん。勿論だよー。私、今度新しく編入することになった乃木園子っていうんだ。宜しくね~」
「俺は□□ ○○です。二年生で、勇者部の部員……って、乃木園子さんって言った? もしかして先代勇者の?」
「おお~、良く知ってるね。私も有名になったもんだぜぃ~」
「いや、大赦が隠してた事とかを結城さんたちに教えてくれたって聞いてたから……。でも、何か……」
何かかつっかえた様な表情で園子を見て考え込む○○。その様子をみて、彼女も首を傾げて疑問を呈する。
「どうかしたのかな?」
「何か……どこかで聞いたような……ああっ!?」
「うひゃっ……!」
突然声をあげた○○に、思わず肩をすくめて驚く園子。
○○はそれに構わずに、嬉しそうな表情で園子に話しかける。
「あのさ、間違っていたらゴメンね? ……乃木さんって、のそのそさんなんじゃない?」
「え――――――」
殆んど確信を抱いているような○○の声色に、思わずぽかんとした表情を向けてしまう園子。
どうして分かったのか……手掛かりは声しかないはずなのに。
「う、うん。私がペンネーム『のそのそ』だよ。でも、よく分かったね~? 顔も何もかも分からなかったはずなのに」
そんな園子の疑問に、○○はあっけらかんとして答えた。
「だってさ、君の声だよ? 今さら聞き間違える訳ないじゃん」
余りにも当たり前のようにして言われた答えに、園子の方は言葉を失ってしまった。
うれしい――――――言葉に尽くせないほどに。
「そ、そっかー。うん……私もキミの事、直ぐに分かったよ、○○君。何回も、キミの動画を見てたから……」
何度も何度も、繰り返し見た。
何とかして自分を楽しませようと、工夫を凝らした動画を送ってくれた。
有り触れた日常の話に終始してしまって、彼自身が微妙な話だったなぁとぼやいていた動画もあった。
でも、自分にとって動画の出来不出来なんて関係なかった。
自分を心配してくれた、大切な友達との大切な繋がり。
御神体として祀られ、半分人間を辞めていた自分を繋ぎ止めてくれた縁(よすが)。
そして、初めて訪れた学校で、その日にキミと出会った。
二年前、自宅の庭で彼からの手紙を拾った事を思い出す園子。
(あの時は、気分が高揚しちゃって運命だーなんて思ってたけど……本当にそうだったんだ)
目の前の○○を一心に見つめる園子。ろくに瞬きもせずに見つめてくる園子に対し、○○は困惑して曖昧に笑いつつ、首を少し傾げる。
(あ、ちょっと不思議がってる? 知ってるよ、その癖。 ……何回も動画で見た事あるからねー)
「えっと、乃木さんは学校見学に来たんだよね? もしよければ案内しようか?」
「わ~、助かるよ~! ……でも、ちょっといただけない事があるなぁー」
「え、何か気に障った?」
不安そうな表情でこちらを見やる○○に、園子はイタズラっぽい笑みを浮かべつつ言った。
「名前で呼んで欲しいなーって。だってさ、二年もやり取りしてたんだよ~? 今さら名字で呼ばれるのも、他人行儀な感じがしてヤダな~」
「あー……いや、でも――――――うぐっ」
園子に悲しそうな表情を向けられて怯む○○。
溜め息を吐いて髪をガシガシとかき回した彼は、意を決して声をかけた。
「――――――園子、これから宜しく」
「うんっ! こちらこそ宜しくね~!」
○○は照れくさそうな表情を、園子は満面の笑みを浮かべながら握手を交わす。
握手をしながら、園子は心の中で密かに決意を固めていた。
例えどんな事をしたとしても、彼とはずっと一緒にいるのだと――――――
園子のふざけた時と真面目な時のギャップが好きな私です(挨拶)
ということで、主人公と実際に会ったのは勇者部の中で最後だけど、関りを持ったのは一番最初だったんだよというお話でした。
この想いが、あの極端な言動に繋がるわけですなぁ。
……自分で書いといて何ですけど、怖い(白目)