ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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十日程前の出来事です。

私のもとに、注文していたのわゆの小説が届きました。

……下巻が単体で。上下巻どちらとも、同時に注文したというのにです。

困惑した私はメールボックスを確認すると、密林からメールが届いており、そこにはこうありました。

『ご注文いただいた商品を少しでも早くお届けするため、一部の商品を発送いたしました』

…………余計なお世話じゃこのボケェ! どうせなら上巻を先に送ってくれっての!!

マジでこう叫びました。気が利いて間が抜けているとはこの事だと、身をもって体験した出来事でした。

こうしてkonozamaからの焦らしプレイを強制体験させられた翌日、上巻も無事に届いたのですが……たぶん、今回の事は一生忘れないと思います。

おのれkonozama!

……まあ愚痴は程々にして、今回の話に入りましょう。

ではでは、始まり始まり~。


サツキの章

日曜日、俺はスーパーへ生活用品や食品などを買うために出かけてきていた。

 

一人暮らしなので、こうして偶に無くなりそうな物を買い足しておかなければ、いざという時に困る事になる。

 

始めの内は忘れてしまうこともあり、その度自分のうっかりに頭を抱えたものだが、二年も続けていれば嫌でも習慣になるものだ。

 

今日もそんな習慣付いた買い物を行なっており、最後に味噌汁の出汁を取るための煮干しを買おうと売り場に行ったところ、見知った顔に出くわした。

 

「あれ、三好さん?」

 

「ん……? ○○じゃない。あんたも煮干しを買いに来たわけ?」

 

そう言って、意外そうな目で俺を見る三好さん。

 

こちらとしては、煮干しが一杯になった買い物かごを女子中学生がぶら下げているその絵面に変な笑いが出そうになったのだが、何とか堪えた。

 

「三好さんみたいに直接食べる為じゃなくて、味噌汁の出汁を取るためのヤツだけどね」

 

「……まあ、それが一般的なのかしらね。最高に美味しいのに勿体ない……」

 

何やらブツブツ小声で言っている三好さん。

 

煮干しが好きなのは知っていたが、ここまでとは正直思わなかった。

 

『にぼっしー』と犬吠埼先輩が言っていたのも言い過ぎじゃないかもと思ってしまう。……言ったらヒドい目に遭いそうなので、絶対に言わないが。

 

それから何となくレジまで一緒に行って支払いを済ませた俺と三好さんは、店を出て途中までという事で帰り道を一緒に歩いていた。

 

俺からの提案に三好さんは変なものを見るような表情でこちらを見ていたが、断る理由も無かったのか、結局それを受け入れてくれた。

 

そうして肩を並べて家路に着いた訳だが……無言。お互いに無言。ひたすら無言。

 

チラリと三好さんを横目で窺うが、別に詰まらなさそうにはしていない。これが普段通りの彼女なのだろう。

 

自分から誘った手前、何かしら話そうと思って話題を提供してみるが、すぐに終了してしまう。

 

話を打ち切られたわけではないのだが、全然食いつかない。すました猫の様な風情だ。

 

そんな、ちょっとした緊張感に包まれた俺たち二人は帰り道を共にしていたのだが、もう結構歩いたはずなのに全然道が分かれない。

 

「三好さんもこっちの道?」

 

「そうだけど、あんたもこっち?」

 

「もうすぐ家に着くんだよね。……もしかしたら、俺たちって案外近くに住んでるのかも」

 

そんな話をしながらたどり着いたのは、何と同じ集合住宅で、たどり着いた俺と三好さんはお互いに顔を見合わせた。

 

「俺、ここに住んでるんだけど……」

 

「奇遇ね、私もここに住んでるわ……」

 

お互いに戸惑いつつ建物の中に入って行くと、何と住んでいる階まで同じで隣の部屋だったらしく、余りの偶然に俺は言葉も無かった。

 

「ええぇ……全然気付かなかったな……。三好さんって、ついこの間越して来たんだよね?」

 

「大赦が用意してくれた部屋がここだったのよ。私も今日まで、あんたがここに住んでるなんて全然知らなかったし」

 

「だよねぇ……」

 

何て偶然なんだと改めて考えつつ、気持ちを切り替えた俺は三好さんに向き直った。

 

「でもまあ、悪いことじゃないし。お隣同士、これから宜しくね?」

 

そう言って笑いかけると、三好さんもちょっと戸惑ったような表情をしつつも、返事をしてくれたのだった。

 

「……まあ、隣だしね。お互いに面倒はかけないようにしましょ」

 

少し固さを感じる言い方だったが、これからみんなで仲良くなっていけばいい。

 

勇者としての使命もいいけど、それでも十代半ばの少女なのだ。

 

三好さんも、他のみんなみたいに普通の中学生らしくなれたらいいなと思う俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物中に○○と夏凛が出会った日から、ほんの少しだけ時間が経ったある日。

 

勇者部の面々と触れ合う中で、夏凜は勇者としての使命の為でしかなかった仮初の日常に、久しく感じなかった温かさを感じていた。

 

どれだけ尖った対応をしても、柳に風とばかりに受け流して自分を巻き込んでくる勇者部。

 

風の口車にのって入部してしまったが……正直、悪くないと思うようになっていた。

 

……口に出して認めるのは癪なので、絶対に言ってやろうとは思わなかったが。

 

そんな、少しだけ変化した心境を抱えた夏凜は、○○と一緒に帰り道を歩いていた。

 

この二人で帰り道を歩くというのも、結構定番になっている。

 

あの日から結構打ち解けた○○と夏凜の間には気まずい雰囲気も殆んど無くなり、○○も気負わずに彼女に話しかけた。

 

「三好さんは今日の夕飯なに食べる? 俺は野菜炒めにする予定なんだけど」

 

「夕飯? さっき買ったコンビニ弁当」

 

「ええぇ……確か、この前もそれじゃなかった?」

 

渋い表情で苦言を呈する○○に、夏凜はバツの悪そうな顔で目を逸らす。

 

「……別にいいじゃない。死ぬわけでもないし」

 

「でもさ……そればっかり食べてると絶対ロクなことにならないよ? 勇者が肥満とか糖尿病に罹ったら、それはそれはダサいと思うんだけど……」

 

「うぐっ……」

 

○○の苦言に対し、夏凜は思わず言葉に詰まった。

 

夏凜は頭が悪いわけでもないし、面倒臭がりでもない。

 

出来ないことがあれば努力でもってそれを克服してきたし、素の能力も優秀だ。

 

大赦から勇者に任じられたのも、何より本人の血の滲む努力あってのものであるし、それを誇りに思っている。

 

夏凜は自分と○○を比べた時、勇者としては間違いなく自分が優れていると自負していた。

 

しかし、一人暮らしを行なう人間としては○○に軍配が上がるとも分かっていた。

 

なにしろ自分は外食、出来合いの物が中心の食生活なのに対し、○○は簡単ながらも自炊している。

 

最近は風に教えられているという料理の腕は、男としては十分高水準だろう。

 

対して、夏凜は勇者としての基礎能力の向上などに、空いた時間を充てていた。

 

そういう時間の使い方の違いが今の状況を作り上げた訳だが、使命優先とはいえ、同い年の男子に食事作りの能力で負けているというのは……何だかモヤモヤしたものを感じてしまう夏凜であった。

 

「うーん……じゃあさ、少しの間食べずに待っててくれる? お裾分けに行くから」

 

「はあ? ……いやいや、別にいいから。あんたにも悪いし、手間でしょ」

 

「いいっていいって。それじゃ、すぐ作ってくるから」

 

「ちょっ―――――」

 

待って、と声をかけようとした夏凜だったが、自分の部屋の前に到着した○○はすぐさま部屋に引っ込んでしまい、伸ばした夏凜の手は空を切り、本人が溜め息を吐くだけで終わった。

 

観念した夏凜は自室へと戻って部屋着に着替え、律儀に○○が来るのを待っていた。

 

こういう場面で突き放せない所に夏凜の性格が出ていると思われるが、本人もそれには気付いていない。

 

三十分ほど経っただろうか、玄関チャイムが鳴ったので来訪者を確かめると、○○が約束通り、ラップがかけられた皿を持ってやって来ていた。

 

「はいこれ。犬吠埼先輩直伝、特製野菜炒め! ……まあ、男のお手軽料理だけど、味見したら結構美味くできたし、食べてくれたら嬉しいな」

 

「あ、ありがとう。……皿は洗って、明日持っていくから」

 

「うん。それじゃ、召し上がれ~」

 

それだけ言って、○○は自分の部屋に帰って行った。

 

夏凜も出来たての野菜炒めを抱えて食卓に戻り、コンビニ弁当と並べて置く。

 

おかずの内容だけを見れば、コンビニ弁当の方が数段豪華であるのは間違いない。

 

「あむ……。うん、まあまあ美味しいんじゃないかしら」

 

そう思いつつも、野菜炒めを頬張る夏凜の心には、久しく忘れていた人の手作り料理を食べた時の満足感が宿り、表情も微かに綻んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫らく時間が過ぎた七月七日。

 

勇者部の一同は力を合わせ、残り七体のバーテックスの撃破に成功し、ここに十二体全てが倒される事となった。

 

原因不明の不調という不安を抱えつつも、勇者部の面々はそれまでと同じごく普通の生活に戻る事となった。

 

○○も左腕が不自由になり、簡単な料理も出来なくなってしまったので、出来合いの物中心の食生活への変更を余儀なくされていた。

 

もっと他に大変な事があるだろうと思われるかもしれないが、○○はこれを少々深刻に受け取っており、実際食事での満足度は自炊時と比べて減っていた。

 

片腕では仕様がないと納得してはいるものの、風が色々教えてくれていただけに、それを生かせなくなってしまったのは残念だと考えていた。

 

今日も弁当屋によって夕食を買ってから帰ったのだが、部屋の前には不敵な表情をした夏凜がスーパーのビニール袋をぶら下げて待ち構えていた。

 

「どうしたの、三好さん。俺に何か用事?」

 

「待ってたわよ、○○。今日はいままでの借りを返しに来たわ」

 

「借り? ……何かあったっけ?」

 

本当に心当たりのない○○は、困惑した表情で首を傾げた。

 

「今まであんたの夕食のおかずを分けて貰う事が結構あったでしょ? で、その時の借りを今こそ返そうってわけ」

 

「いや、殆んど俺が押し付けて食べて貰ったようなもんだし、気にしなくても――」

 

「という訳で、私の部屋に招待するわ。着替えたらちゃんと来るように」

 

「ちょ―――――」

 

待って、と声をかけようとした○○をスルーして、夏凜は自室へと引っ込んでいってしまった。

 

のばされた右手は空を切り、そのまま暫らく停止していた彼は、大きく息を吐いてうな垂れると気分を切り替え、自室に戻って荷物を置いた。

 

このまま自室で過ごすなら着替えるところだが、夏凜の部屋へ呼ばれてしまっている。

 

学校の制服のままでいいだろうと考え、特に何も準備をせずに彼女の部屋へ向かった。

 

全然気負いが無いのは、転生した故の鈍感が発揮されて彼女を庇護対象とみているが故であったが。

 

とにもかくにも夏凜の部屋を訪れた○○は、彼女からリビングで待っているように言われ、ソファに座り、キッチンで料理している彼女を窺った。

 

チラリと見えた材料から察するに、夏凜は焼きそばをチョイスしたらしい。

 

やたら高度なメニューを選んでいたらどうしようかと不安に思っていた○○は、これなら結構なものが食べられそうだと期待しながら待つことにした。

 

まな板で材料を切る、軽快な音が聞こえる。順調らしい。

 

完全に気を抜き、ソファに身体をあずけて寛いでスマホをいじっていた○○だったが、暫くすると変な声が聞こえてきた。

 

「あの、三好さん? ……何かあった?」

 

「えっ!? あー……いや、べっつにぃ? 気にしないで待ってて。……こっち来たらダメだからね」

 

「あ、うん……」

 

さっきから材料を炒める音が聞こえていたので、そこで火が強すぎてちょっとした失敗なんかをしたのだろう。

 

焦げ臭い臭いもしていたが、夏凜が慌てて換気扇を回したらしく、それもすぐに消え去った。

 

少しだけ不安が頭を過ぎったが、○○は夏凛を信じて待つことにした。

 

そのまま暫らく待っていた○○だったが、ふと様子を窺うとキッチンから何も物音がしなくなっている事に気付いた。

 

何かしら作業をしているなら、多少の物音はしているはずなのだが、本当に何も聞こえない。

 

不審に思った○○は、近づくなと言っていた夏凜に心の中で謝罪しつつ、そのキッチンへと入って行った。

 

そこには、今まで料理に使っていたであろうガスコンロの上に置かれたフライパンを前にしてうな垂れている夏凜。

 

それと、明らかに焦げ付いている焼きそばが存在していた。

 

「あ、○○……。あはは、見なさいよ、この無様な出来栄えを……あんな大口叩いといてこのザマだもの、笑うしかないわね……」

 

引きつった様な、笑えている様で笑えていない表情で、自嘲の言葉を口にする夏凛。

 

「レシピは完璧に覚えていた……つもりだったんだけど、つもりでしかなかったみたい。正直、甘く見てたわ……」

 

明らかに落ち込みつつも、それを出来るだけ見せようとしない夏凜。

 

見ていられなくなった○○は、近くに置きっぱなしにされていた料理箸を手に取ると、フライパンの中の黒焦げ焼きそばを啜った。

 

「あっ、○○!? 何やってんの、明らかに失敗作よ!?」

 

○○が食べたのを見て、落ち込んでいた夏凜が慌てて止めに入るが、彼はそれを制止して黙々と焼きそばを食べ続けた。

 

食べ続ける○○の姿に夏凜も何も言えなくなったのか、心配そうな表情をしつつも彼を見守る事にしたらしい。

 

結局、○○は黒焦げの焼きそばを完食した。

 

「大成功とは言えないけど、全然食べられないほどの大失敗じゃないと思うよ。……これからの精進次第じゃないかな」

 

「お世辞はいいわよ……」

 

失敗作を食べさせてしまった気まずさから、目を逸らしてぼそりと口にする夏凜。

 

「違う。お世辞じゃないよ、三好さん」

 

夏凜の正面に立ち、逸らされた彼女の目を覗き込んでそう口にする○○。

 

その眼差しを受け止める事になった夏凜は、お世辞でも誤魔化しでもない本心からの言葉を○○が言っていると感じざるをえなかった。

 

何だか急に恥ずかしくなってきた夏凜は身体ごと○○の反対方向を向くと、場の空気を一新するように声を張り上げて言った。

 

「ゴホンッ! ……今日はこんな感じで終わったけど、いつかほっぺが落ちるほど美味しい焼きそばをあんたに食べさせてあげるから! それまで待ってなさいよ!」

 

「あっはは、やっぱり三好さんはそうでないとね」

 

「~~~~~~~っ!! あんた今日はもう帰んなさいよ!」

 

強がりをあっさりと見抜かれた夏凜は、恥ずかしさから○○の背中を押して強制的にお帰り願おうとした。

 

顔を真っ赤に染めながら○○の背中を押す夏凜だったが、先程の真剣な表情の○○を思い出してますます恥ずかしくなってくる。

 

勇者としての使命感だけで動いていた少女はそこにはなく、思春期の等身大の少女の姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期に入ってしばらく経ったある日。

 

不安を抱えつつも、何とか表面上の平穏を保っていた日常は、満開の真実、そして世界の本当の姿に絶望した東郷さんの行動によって終わりを告げた。

 

外の世界とこちら側を隔てる『壁』を破壊し、少数の犠牲の下で成り立っているこの世界を終わらせる――そうしなければ、私達は生き地獄を延々と、死ぬまで彷徨う事になると、そう言って。

 

大切な人たちが緩慢に、だが確実に人としての尊厳を失っていくのに耐えられなくなった東郷さんは、その苦しみを一人で抱えたまま暴走してしまった。

 

それに気付けなかったと自分を責める結城さんだったが、三好さんは、友達に失格も降格も無い、あんたがどうしたいかが大事なんじゃないかと諭した。

 

東郷さんを止めたいと望んだ結城さんだったが、俺から見ても今の彼女の精神状態はかなり落ち込んでいる。

 

今は――今はどうにもならないかもしれない……でも、やれることはある。

 

勇者部は、なるべく諦めない、成せば大抵何とかなるのだから。

 

二人で飛び出していく俺と三好さんの背後から、結城さんの声が聞こえる。

 

大丈夫、結城さんはきっと立ち上がる。

 

だが、その前にそれを妨害するお邪魔虫が立ちはだかっている。

 

「さて、まずはあいつらを殲滅して、それから東郷を探さなきゃだけど……○○、行けそう?」

 

「もちろん。……三好さんはアイツらに集中して。今まで通りに援護するから」

 

「オッケー。……それじゃ、また後で」

 

そう言って、弾ける様に飛び出し、バーテックスに突っ込んでいく三好さん。両手の刀を素早く薙ぎ払って、圧倒的なスピードで敵を打ち倒していく。

 

「よし、俺も始めよう。照魔鏡……準備だ。――――――満開!」

 

三好さんとほぼ同時に満開した俺の周囲に、いくつもの真円をした鏡が浮かび、背後には一際大きな姿見が出現する。

 

俺の精霊の照魔鏡――伝説では妖怪や悪魔の正体を暴くと言われている鏡。

 

しかし、その力は伝説とは違い暴くものではなく、対象の状態を映し出し、俺の援護を補助するというものだ。

 

しかし、皆にも隠していた本当の能力というものが一つある。

 

満開の真実を知った今、もう使う事に躊躇いはない。

 

あとで大泣きされるかもしれないが……使わずにいたら絶対に後悔する。それだけは確実なのだから。

 

俺が念じると、背後の大鏡に三好さんの姿が映し出される。

 

満開した三好さんは圧倒的なパワーとスピード、攻撃範囲で次々バーテックスを屠っていく。

 

だが、やはり一回の満開で全てのバーテックスを倒すのは無理だったのか、度々満開が解除されてしまう。

 

その度に大鏡が妖しい光を放ち、それが俺にまとわりつく。

 

今のところ、俺の身体にも三好さんの身体にも異常は窺えない。良い調子だが……必ず揺り戻しは来る。

 

これは、そういう能力なのだから。

 

結果として、都合四回の満開を行なった三好さんは、迫って来ていた五体のバーテックスを殲滅することに成功した。

 

一先ずの戦いを終えて、俺のそばに降り立つ三好さん。俺と、そして近くにいるであろう結城さんの様子を見に来たのだろう。

 

俺の背後の大鏡からの光は、両目、両耳、右腕と右脚を覆っている。

 

「取り敢えずお疲れ様、三好さん。……調子はどうかな?」

 

三好さんは無言で俺の事を見つめている。その表情からは、困惑している事がありありと窺える。

 

「……あんたの補助能力って、満開の代償も帳消しにできるようなそんな凄まじいものだったの? ……いくら何でも都合が良すぎるでしょ。代償は神樹様に捧げられるはずのもので、それを私たち人間が何とかするなんて……」

 

やはり、三好さんは頭がいい。

 

このまま気付かないでいて欲しかったけど……どうせ時間の問題だったのだし、仕方がない。

 

「帳尻ってさ……やっぱり、どこかで合わせなきゃダメみたいだね。でもよかった……もうあんなになった皆は見たくなかったし」

 

「○○、あんた何言って――」

 

三好さんがそう言った時、俺の背後の大鏡に映っているのが、三好さんから俺に変化する。

 

そして大鏡に亀裂が次々と走っていき、映っていた俺の姿にもヒビが入る。

 

次の瞬間、甲高い音を響かせながら大鏡は粉々に砕け散り――――――

 

同時に満開が解除された俺は、右腕と右脚の力を失い、光も音も無い世界へと放り出された。

 

「――――――――――!!」

 

最後に、聞こえるはずもない三好さんの叫び声が聞こえた気がした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「○○!? ちょっと、しっかりしなさいよ!!」

 

背後の鏡が砕け散り、満開が解除された○○は、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ伏した。

 

変身も解除され、うつ伏せに倒れてしまった○○を抱き起した夏凜は、その様子に愕然とした。

 

眼は開けているが、どこにも焦点が合っておらずに虚ろそのもの。

 

それに、こんなに近くで叫んでいるのに音に対して全く無反応。

 

以前満開の代償で失った左腕はともかく、右腕にも、そして右脚にもまるで力が入っておらずに完全に脱力している。

 

「そんな……これって……あんた、まさか……」

 

夏凜は、自分が戦っている時の事が頭を過ぎった。

 

今までの事を考えれば、満開が解除されるごとに代償を支払わなばならないはずだ。

 

それなのに、戦闘中は一向にその兆候が見られなかったため、○○の能力で代償の支払いを戦闘後に先送りしているのかと思っていた。

 

そして、自分が満開を行なった回数は四回。

 

○○が新たに不自由になった箇所も、両目、両耳、右腕、右脚の四カ所で、数が一致する。

 

考えられることは――――――

 

「あんた……代償を、肩代わりしたって言うの……!?」

 

絶望的な結論に至った夏凜は、悲痛な声をあげながら○○を揺する。

 

だが、それなりに大きな声であったその言葉も、音を感じられない○○には届かない。

 

揺すられた○○は焦点の合わない瞳を瞬かせ、ふっと笑った後に、独り言のように言葉を続けた。

 

「上手くいって良かった……三好さん、何ともないのかな?」

 

「このっ……ホントに今世紀最大の大馬鹿よ、あんたは! 私を助けられても……あんたがこんなになったら意味ないでしょうが!!」

 

目を涙で滲ませながら叫ぶ夏凜。

 

自分の痛みは耐えられても、自分のせいでこんなになってしまった仲間を前にして感じる痛みはそれらの比ではない。

 

「勝手に決めてゴメン……でも、いろんなものを失っていく皆を見たくなかった。そんな感じの我がままだからさ……気にしないでくれると嬉しいかな……って、そんなことが出来る三好さんじゃないか……」

 

「よく分かってるじゃない……こんなことされて、平気でいられるわけないでしょ……っ」

 

夏凜の滲んだ瞳から、ついに涙が零れ落ちた。

 

左脚以外全く動けなくなった○○は、それでも言葉を紡いでいく。

 

「そういうみんなをさ……東郷さんも、見たくなかったんだと思う。戦って戦って戦って……その結末が、人間性を喪失した姿だなんて……そりゃあ絶望もするってもんだよ」

 

ハッとして○○の顔を見る夏凜。

 

表情を引き締めた○○は、夏凜に決然と告げた。

 

「結城さんと一緒に、東郷さんの所に行って。そして、みんながいる事を……一人で抱え込まないでって教えてあげて。勇者部5カ条の一つ――」

 

「悩んだら相談……でしょ?」

 

夏凜のその言葉は聞こえないはずだが、まるで聞こえているかのように微笑んだ○○を見て、夏凛も涙を拭って笑みを浮かべた。

 

「ここで大人しくしてなさいよ? ……勝手に動いたら焦げ焼きそばの刑だから」

 

微妙に微笑ましい罰則を口にして、物陰に○○を寝かせた夏凜は彼の頭を一撫でした後、友奈のもとへと向かって行った。

 

だが、夏凜は失念していた。

 

○○の上着のポケットに入れられたスマホの勇者システムは、まだ十分機能を果たす状態にあるという事を――――――

 

その後の経過を伝えよう。

 

友奈は無事に心を奮い立たせ、頑なだった美森の心を解きほぐし、目を覚まさせることに成功した。

 

夏凜はその邪魔をしようと飛来してくるバーテックスを相手に大立ち回り、見事に役目を果たした。

 

そして、最後の全力攻勢をかけてくるバーテックスを、○○以外の五人が一丸となって食い止めていたが、最後の一手が足りずに膠着状態に陥ってしまう。

 

しかし、○○の意思に応えた勇者システムが満開を発動。

 

彼のアシストを得た友奈は最後の力を振り絞り、突撃してきたバーテックスを撃破することに成功したのだった。

 

それを見届けた○○の背後では、再び大鏡が砕け散っていった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から、しばらく経った。

 

友奈と○○は、そろって以前検査入院した病院に入院している。

 

友奈は意識が戻らず、人形のような状態になってしまった。

 

余りにも痛ましいその姿に、勇者部の一同は悲しみを隠せず、しかしどうすることも出来ない。

 

一方の○○は、意識ははっきりしている。

 

最後に友奈の満開の代償を肩代わりしたせいか、最初は首から下が全く動かない寝たきり状態になってしまったが、それも回復傾向にあり、自力でベッドサイドに腰かける事は出来るし、スプーンでならば自分で食事もとれる。

 

視力と聴力は全く問題ないレベルまで持ち直し、日常生活への復帰に充分希望が持てると医者は請け負っている。

 

そんな○○の見舞いに来た夏凜の表情は、沈んでいる。

 

しかし、見舞いに来た自分がそんな表情を見せる訳にはいかないと、病室の前で気持ちを切り替え、一つ息を吐くと中に入った。

 

「あれ、三好さん。また来てくれたんだ。何回も何回もゴメンね?」

 

「いいのよ、私がやりたくてやってるんだから」

 

やって来た夏凜を歓迎する○○。全く普通通りで、問題は見られないが――

 

「でも本当にいいの? 転校してきたばっかりなのに、良く知らないクラスメイトの世話なんて……。あ、もうあれから何ヶ月か経ってるんだっけ」

 

「…………っ。いいの、本当に……気にしないで」

 

○○は、自分が勇者になってからの記憶を失っていた。

 

最後のバーテックスの攻勢。あの時に行なった満開の代償だろうと思われるが――真実は分からない。

 

意識を失っている友奈を除き、その事実を知った勇者部の少女達は悲嘆に暮れた。

 

美森は自分の短慮な行いのせいだと己を責め、樹は泣きじゃくり、風も妹を慰めつつもすすり泣いていた。

 

夏凜は……自分だけは泣くまいと、己を律していた。

 

自分があれだけの代償を押し付けなければ、○○は記憶を失わずに済んだかもしれないのだ。

 

そんな自分に、泣く資格は無いと……そう思い定めて。

 

○○はこうして生きているし、身体機能も回復傾向。このままの調子で療養すれば、何時か絶対日常に帰れる。

 

私達のことを……すべて忘れて。

 

でも、それも仕方ないのではないのかと、夏凜はそう思っていた。

 

○○は友奈なんかとも違う、大赦にあらかじめ調査されていた訳でもない、本当に普通の少年だったのだ。

 

それが何の因果か、こうして私達に関わったばかりにこんな酷い目に遭う事となった。

 

○○が私達との思い出を忘れてしまったのは、きっと私達への罰なんだと……そう夏凜は考えていた。

 

だから、自分は涙を流さない。――そんな暇があるなら、○○が一刻も早く日常に帰れるように尽くすんだ。

 

心が軋みを上げる――無視する。

 

辛くて辛くて、泣いてしまいたい――無視する。

 

余計な事は考えるんじゃないと、夏凜は自分を律する。

 

笑え、笑うんだ、彼の前では最高の笑顔を見せろ、心配かけるなんて持っての他なんだから。

 

そうやって自分を頑なに固めて、夏凜は○○の世話を甲斐甲斐しく続けるのだった。

 

自宅に戻った夏凜は、夕食の準備を始めた。

 

こんな精神状態でありながら常と変わらない日常を送れるのは、長年自分を律して努力を続けてきた成果なのだろうか。

 

そんな取り留めも無い事を考えつつ、夏凜は冷蔵庫を覗き込んだ。

 

適当に材料を取り出しつつ、手際よく下ごしらえを開始する。

 

あっという間に終わったそれらを、フライパンに順番に入れていき、良く火が通るまで加熱していく。

 

ソースで程よく味付けしたそれを皿に盛りつけ、かつてはコンビニ弁当しか乗る事のなかった食卓へと運んだ。

 

「頂きます」

 

手を合わせて、手作りの焼きそばを啜っていく夏凜。

 

最初に作った時と比べれば、天と地、月とすっぽんといっても言い過ぎではない位に出来が違う。

 

もっとも、本当に食べさせたい人は自分たちとの思い出を忘れているのだが。

 

そんな事を不意に思った夏凜は泣きそうになってしまうが、グッとそれを堪える。

 

寸での所で涙を流さずに済んだが、いい加減心が限界に近いと、夏凜の冷静な部分は悟っていた。

 

(私は泣かない……その資格は無いから……)

 

しかし、心の頑なな部分はそれがどうしたと言わんばかりに己を律していく。

 

自分を責め続ける少女の部屋には、思い出の料理を啜る音だけが響いているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々が続いたある日。

 

今日も今日とて、夏凜は○○の見舞いに訪れていたが、今日はいつもと違うものを持ってきていた。

 

あの日、いつか○○を唸らせてやると宣言した焼きそば。病院の許可を取って、それを持ち込んでいた。

 

もはや自分しか覚えていない約束だが、それでもこれを持ち込んだのは、自分の気持ちに整理をつけたかったからだった。

 

そう思い定めて○○の病室に赴いた夏凜は、いつもの様に挨拶をするとあらかじめ温めてきていた焼きそばの入った容器を取り出し、それを食べて欲しいと○○に頼んだ。

 

「ええと、この焼きそばは差し入れ? もしかして、三好さんの手作りなの?」

 

「そうよ。病院食は体には良いでしょうけど、流石に物足りないんじゃないかと思って。病院の許可はとってあるから、安心していいわよ」

 

「うわぁ、ありがとう! 実は三好さんの言う通り、少し飽きが来てたんだよね。それじゃ、いただきまーす」

 

記憶を失う前と変わらない笑顔で礼を言ってくる○○に胸が詰まる夏凜だったが、何とか自制して、焼きそばを食べる○○を見守る。

 

「うん、すっごい美味しい! 三好さん、料理上手なんだね」

 

「あ――――――」

 

ありがとう、と言おうとした夏凜だったが、それは言葉にならずにくぐもった音だけが喉から漏れ出た。

 

「――――――っ。――――――っく。――――――ひぐっ」

 

駄目だ、ちゃんとお礼を言わないと。笑って……笑って、ありが……とう……って。

 

美味しいと言わせてみせると、あの日に○○に宣言し、その通りになった。

 

それは叶ったんだから、それ以上何を望む?

 

気持ちの整理をつけるのが目的のはずで、どういう感想を言われようとそこでお終い、約束は果たされた事になるんだ。

 

そう考えて、夏凜は自分を納得させようとした。

 

「最初はさ……全然上手くできなくて……黒焦げになったの」

 

しかし、心は理性の制御を振り切ってしまい、勝手に押し込んだ想いをこぼし始めた。

 

「我ながら落ち込んだけど……でも、○○は……あんたは文句ひとつ言わずに食べてくれて……口では色々言ったけど……本当に……本当に嬉しくって……」

 

涙声になりながら、途切れ途切れに話し始めた夏凜は、もう止まれないと自覚した。

 

全て忘れている○○に、こんな話をしても無意味だと、困らせるだけだと分かっている。

 

それでも……もう想いを封じておくことは出来なかった。

 

目の前にいる○○は、私達のことを忘れているだけで、その本質は少しも変わっていない。それが分かってしまったから。

 

「あんたに励まされてから……コツコツ練習してさ……最初は納得のいくもの作れなくて、へこんだけど……でも、あんたに啖呵切っちゃったしね……絶対美味しいって言わせてやるって……そう思って……」

 

くしゃくしゃに歪んだ表情をした夏凜の瞳から、涙が零れ落ちる。

 

それを拭った夏凛は、顔を上げて泣き顔を押し殺し、無理やりな笑みを浮かべて言った。

 

「だからさ……あんたに美味しいって言ってもらえて、すごく嬉しい。……○○は覚えてないだろうけど、約束を……果たしたんだなって……そう思えたから」

 

それだけを何とか言葉にした夏凜は、背を向けて病室から出ようとした。

 

「――――――にぼっしー」

 

背後から聞こえてきたその呼び名に、部屋から出ようとしていた夏凜の動きは完全に停止した。

 

振り返ると、美味しそうな表情で焼きそばを啜っている○○の姿があり、夏凜はそれを呆然とした表情で見つめるしかなかった。

 

口に入れた焼きそばを飲み込んだ○○は、先程よりも親しみが込められた笑顔で明るく話しかけた。

 

「うん、すっごい美味しい。……あの時に食べた、黒焦げのやつとは大違いだね」

 

すこしからかう様な、悪戯っぽい口調。

 

「――――――あ、当たり前でしょ? 努力は……と、得意なのよ」

 

震える声で、不敵に言い放った夏凜だったが、強がれたのはそこまでだった。

 

恥も外聞も無く○○に抱き着くと、その胸に顔をうずめて大泣きをしてしまった。

 

「~~~~~~っ! ○○、あんたは……もうホントに……あんな、こと、して……っ! バカッ……大バカよっ……」

 

言いたい事は山ほどあったはずなのに、そんな子供の駄々のような言葉しか出てこない。

 

「でも……よかった……ホントに……よかった……っ」

 

言葉になったのはそこまでで、○○の胸の中でひたすらむせび泣く夏凜。

 

そんな夏凜を○○は優しい目で見守りながら、柔らかく頭を撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院からの帰り道、夏凛は久々に軽い足取りで自宅へと向かっていた。

 

良い事というのは続くのか、なんとあの後友奈も意識を回復し、勇者部の一同はお祭りでも始めかねない程に盛り上がっていた。

 

流石に自重はしたものの、高揚した気分もそのままに、名残惜しみながら病院に残る友奈と○○とお別れをした。

 

そんな帰り道、幾分か落ち着いた夏凜は自分の気持ちを整理していた。

 

友奈の事は大切な友達で……親友だと、人の温かさを教えてくれた恩人だと思っている。

 

……失うなんて、耐えられない。

 

○○は……大事な、大切な人で……飾らず言えば、好きなんだと自覚した。

 

……こちらも、失うなんて絶対に耐えられない。

 

もう、こんな思いは御免だと決意を新たにした夏凜は、親友も大切な人も、両方を、そして勇者部の皆がいる日常を守っていくのだと……そう決意した。

 

「私は勇者部の勇者として戦うって……そう決めたんだしね」

 

ごく小さな、すぐにかき消えてしまう様な声でひとり話す夏凜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その言葉には、なにものをも凌駕するほどの狂おしさが込められていた――――――

 




生真面目、使命一筋だった夏凜ちゃんが友奈たちに解きほぐされていく様子には、心が和んだものです。

そんな彼女の様子が、少しでも表現できてればいいなぁ……と、思いながら書きました。

……まあ、最後にヤンデレ成分を加えたんですけどね!(畜生の鏡)

いよいよ次で最後の一人ですが、お付き合いいただければ幸いです。

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