ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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つ、疲れた……ホントに……

そして、前回以上に独自設定の山です(震え声)

さらに、時間の流れが分かりにくいかもしれない(白目)

それを承知の上で、読んでもらえれば幸いです。

それでは、始まり始まり~!(ヤケクソ)


朝顔とカランコエの章(後編)

十二月の上旬。大赦の人に神託についての説明を受けた翌日。

 

崩落した大橋までやって来た俺は、そこで勇者アプリを起動して変身すると、壁に向けて歩を進めていた。

 

周囲を見回すと、いかにものどかな風景が広がっている。

 

その遠くに見える港では船が出入りしていて、多くの人々が昨日と同じ今日、今日と同じ明日といった風な、平和な日常を送っているのだろう。

 

……俺はそんな人たちがいる事を知りながら、一人の為に世界を滅ぼしかねない選択をした。

 

何の問題も無く事が済んでしまう可能性も、無くはない。

 

だが、そうなる可能性はかなり甘く見積もっても半分に届かないだろう。

 

命を賭けて、たとえ死んだとしてもやり遂げる覚悟はあるが、どうなるかは未知数。

 

そんな、余りにも不確実で傲慢な選択。

 

三百年前、天の神は驕り高ぶる人類に見切りをつけ、根絶やしにすべく粛清を開始した。

 

その結果は、いまの世界の現状が物語っている。

 

四国という方舟の中で神樹様に守られ、いつかきっとと云う反攻の意思をひた隠しにしつつも牙を磨いてきた。

 

三百年に渡り、その身を捧げてきた勇者と巫女の切なる願い。

 

遺された人々の悲哀、嘆き。

 

夢で感じたそれらを思い、押しつぶされそうな重圧を感じるが、俺の願いとも合致しているので是非も無い。

 

勇者部のみんなを、大切な人達を守りたいから――そんな、単純な理由。

 

そんな事を考えながら進んでいると、壁の境界面に到達した。

 

ここを越えていけば、その先は天の神の領域。

 

あらゆる命が死に絶えた、炎の世界が存在するのみ。

 

深呼吸をして振り返ると、ここまで見送りにきた大赦の人々が一斉に頭を下げた。

 

人によっては良い気分になるかも知れない光景だが、俺にとっては背筋がむずむずする光景でしかない。

 

勇者だ何だといっても、結局心根は庶民のままだしそれでいいと思う。

 

「それじゃあ、俺は行きます。彼女たちの事、宜しくお願いします」

 

「畏まりました。――――勇者様……いえ、○○様、御武運を」

 

代表して返事をした巫女様が、また頭を下げ、それに倣ったのかまた全員で頭を下げた。

 

苦笑いしつつ彼らに背を向けた俺は、神樹様の結界を越えて外の世界へと踏み出した。

 

神樹様の守りから外れた、人類を粛清した炎の世界。

 

遥か天空に見える天の神と思しきものを見据えていると、あっという間に星屑が群がってきたので鏡の結界で防御し、弾き返す。

 

弾かれた星屑には、やはりダメージは無い。

 

俺の能力だけでは、やはり星屑にもダメージは与えられない――――俺の能力だけでは。

 

「――――――――――――――」

 

鏡で星屑の攻撃をいなしつつ、大赦の神官の方々、そして巫女様から教わった祝詞をとなえる。

 

すると、徐々に力が流れ込んでくるのが分かる。

 

いままで感じた事のない程の、圧倒的な力の奔流。

 

気を抜けば意識を失いかねないそれに何とか耐えつつ祝詞を紡ぐ。

 

やがて祝詞が終わると、弾けるような光が迸り、俺の周囲に群がっていた星屑を一掃した。

 

満開以上の力を得た俺は、一時的に開けた空間で再び空に座す天の神の威容を見据える。

 

巨大な銅鏡の様な姿をしたそれを見つめ、静かに呟いた。

 

「行きましょう――――――神樹様」

 

俺の周囲に展開されていた鏡が、それに応えて光を放ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○の家へと向かった園子以外の五人は、緊急事態という事で精霊による裏技を用いて玄関の扉を開け、中に入っていた。

 

流石に全員がこんな入り方をしたことに罪悪感を抱いているみたいであったが、背に腹は代えられないと自分に言い訳をして、心の中で○○に謝罪していた。

 

一先ず一直線に○○の部屋へと向かったが、手掛かりらしきものは割とあっさり見つかった。

 

机の上に置きっぱなしになっていた日記に、大赦が説明に来たときからの事が色々記されていたのだ。

 

「それじゃ、読むわよ。覚悟はいい?」

 

風の問いかけに真剣な表情で頷く四人。

 

『大赦から、神樹様の神託を携えた人が説明にやって来た。神樹様はもう寿命が間近で、これを何とかするには二つの方法しかないという』

 

いきなり衝撃的な情報が記載されており、読んでいた全員が目を疑った。

 

「神樹様が寿命って……そうすると、この世界は……」

 

「神樹様の加護を失ったこの世界は外の炎に飲まれ、人類は絶滅……という感じかしらね」

 

絶句した風の言葉に、夏凛も苦み走った表情で推測を呟く。

 

「で、でも何とかする方法はあるみたいだし。先を読んでみようよ」

 

「そうね、友奈ちゃん。……風先輩、お願いします」

 

「うん、お願い、お姉ちゃん」

 

その言葉を受けて、先を読んでいく風。

 

『一つ目は神婚。御姿と呼ばれる清らかな乙女が神樹様と結婚し、人類はみな神の眷属となり常しえに神樹様に管理してもらうという方法。人が全て神樹様の眷属になるので、天の神の粛清からも逃れられる、という寸法らしい』

 

「神樹様の眷属……? 何か、想像つかないっていうか……微妙に嫌な予感するんだけど」

 

「お姉ちゃんも? 私も何だか……ぞわぞわってする……」

 

更に続きを読んでゆく。

 

『ただ、説明の中では美辞麗句が並べ立てられていたが、俺は拒絶した。絶対に極楽浄土に行けるから集団自決をしましょうと言っている様にしか聞こえなかったし、そもそも結城さんをそのための人柱として扱うなど論外だ。話にならない』

 

「友奈ちゃんを人柱にする……!? 大赦……!!」

 

「落ち着いて東郷さん!? この通り私は無事だし、○○君は拒絶してくれたんだから!」

 

「にしても、絶対天国に行ける集団自決って……ほんとロクでも無い事考えるわね、大赦は」

 

いきり立つ美森を友奈が慌てて宥め、風の言葉に樹と夏凜も全くだという様な表情で頷いて同意する。

 

『二つ目は……天の神の打倒。詳しい理由までは分からないが、俺は神樹様に見込まれたらしい。そこで、神樹様の力を与えられた俺が壁の外へと出向き、天の神を斃す』

 

読んでいた五人は、一言も無く黙った。

 

神を斃す? そのために壁の外へと向かった?

 

頭が真っ白になりそうだったが、何とか気を取り直して続きを読んでいく。

 

『結城さんを人柱にした神婚と、天の神を斃せれば無事に終われる二つ目の方法。

しかし、当然だが後者は失敗すれば人類は滅亡する。神樹様の護りも、俺に力を与えた事で間もなく尽きてしまうだろうから。

それでも、極めて利己的だが俺は二つ目の方法を取った。人で無くなるかもしれない方法は御免だし、大切な人を犠牲にしてまで保つ世界なんていらない。

もし失敗すれば、俺は人類の滅亡を早めただけの世紀の大罪人。正直、重圧がすごい。

だけど、これ以上みんなに負債を抱えさせる事こそ御免だ。勇者だ何だということで十分に苦しんだのだから、これからはそんな事を気にせず普通に生きて貰いたい』

 

読み終わった五人は、絶句して顔色を失くした。

 

特に友奈は酷い有り様で、暖房の効いた室内にいるというのにガタガタと震えている。

 

「わ、私の……私のせい……? ○○君が居なくなったのは……?」

 

「気をしっかり持って、友奈ちゃん! 私もとても衝撃だったけど……ここで立ち止まっている訳にはいかないでしょう?」

 

「東郷さん……そうだね。○○君を探さないと……そして、謝らなきゃ。気付かなくてゴメンって……」

 

美森の励ましで何とか気を取り直す友奈。

 

その泣き笑いの様な表情を、他のみんなは痛ましい顔で見つめる。

 

友奈の心根を考えれば、自分の為に人が傷つくなどとても耐えられないだろう。

 

そうしていると、そこで園子から連絡が入った。

 

話を聞ける段取りが出来たから、英霊の碑に来てほしいと。

 

何故その場所なのかと首を傾げる五人だが、大赦は○○の事を話すならそこが相応しいと指定したらしい。

 

理由は分からなかったが、○○の事が聞けるならと五人も○○の家を後にし、指定されたその場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、○○が壁の外へ出て与えられた神樹の力をその身に宿したその時。

 

星座級バーテックスの一団が、○○目がけて進撃を開始した。

 

○○は背後に展開されていた鏡から、神樹の力、そして強化された自らの能力で実体として具現化された過去の勇者の武器が出現する。

 

清潔な真白を基調として、要所要所に金の意匠が施された太刀。

 

そんな、具現化した太刀を握った○○は、奇妙な既視感を覚えていた。

 

(太刀なんて初めて握ったのに……でも、この太刀は見た事があるような……?)

 

それだけではない。扱い方も、何故か知らないが理解している。

 

神樹が補助をしているのかと○○は思ったが、それだけではなく彼女の力を感じたからだと一瞬頭に過ぎった。

 

(…………誰だ、彼女って?)

 

一瞬自分の頭に過ぎった思考に困惑する○○。

 

しかし、のんびり考えられていたのはそこまでで、バーテックスからの攻撃が開始された事でその思考は中断された。

 

乙女座が遠距離攻撃を仕掛けてくるが、すぐさま太刀を抜いてそれらを切り伏せた。

 

迎撃した物体が爆散する前に移動を開始し、太刀と共に具現化していた武者の精霊の力で風の様な速さを得た○○は、瞬時に乙女座に接近。

 

重力などの軛から解き放たれたような埒外の速度で乙女座に迫ると、鞘に納められていた太刀で居合一閃。

 

抜き放った音すらも置き去りにする高速の銀閃が乙女座の身体を奔り抜け、一拍遅れて御魂もろとも両断されてそのまま消滅した。

 

しかし、一体撃破されたくらいではバーテックスは止まらない。

 

乙女座の背後に迫っていた蠍座が○○に迫り、その鋭い矛先の長大な尾で串刺しにしようとそれを振りかぶる。

 

○○は慌てることなく太刀を仕舞い、新たな武装を展開した。

 

円形の楯の周囲六方向に刃が突出し、それを持って相手を攻撃することも、楯で身を守ることも出来る攻防一体の武器である旋刃盤。

 

左腕に装備したそれで、尾針を突き刺そうと勢いよく迫る蠍座の尾を、何度も弾く。

 

○○と蠍座では大きさは比べるのも馬鹿らしくなるほどの歴然とした差があるにも拘らず、尾針が旋刃盤にぶつかってもビクともしない。

 

十数回に渡って繰り返された旋刃盤と尾針の衝突は、その動きを見切った○○が尾針を明後日の方向へと跳ね飛ばしたことで転機を迎えた。

 

旋刃盤で跳ね飛ばされ、明後日の方向へ流されてたわむ蠍座の尾。

 

その隙を逃さずに、空いていた右手に新しい武器を展開する○○。

 

遠距離の敵を穿つ、連装式のクロスボウ。

 

たわんだ尾にそのクロスボウを照準し、すぐさま連射。

 

風切り音を残しながら矢は放たれ、たわんでいた尾に半ばまで突き立つと、そこでクロスボウに宿る精霊の力が発動した。

 

突き立った矢から冷気が迸り、そこを起点にして蠍座の身体を氷が侵食し始めた。

 

戸惑ったような動きで蠍座はもがくが、氷の侵食はあっという間に進んでいき、見る見るうちにその全身を凍り付かせていく。

 

そのまま全てを凍てつかせた氷の呪いにより、蠍座は身じろぎ一つ行えない氷の彫像へと変貌した。

 

それを見届けた○○は、今度は旋刃盤を振りかぶり、ワイヤーで繋がれたそれを凍り付いた蠍座へと投擲した。

 

高速で回転しながら、その刃で蠍座を切り裂くべく迫る旋刃盤だったが、ダメ押しとばかりに宿った精霊の力が発動。

 

一回り大きくなり、更に炎を纏いながら凍り付いた蠍座に衝突した。

 

纏った炎は旋刃盤の回転で炎の竜巻の様になり、熱せられた刃が蠍座の凍り付いた身体を切り裂き、切り裂かれた身体は炎に焼かれて消えていく。

 

手元に繋がったワイヤーで旋刃盤を横方向に振り子の様に動かして蠍座の御魂も切り刻んだ○○は、それを確認すると旋刃盤を引き寄せ、手元に戻した。

 

動きが止まった○○を認識して好機だと思ったのだろうか、蟹座と射手座が彼を挟み込むようにして位置取り、射手座が雨霰と射撃の雨を降らせてきた。

 

旋刃盤と鏡の結界でそれを弾いた○○は、一旦射撃が止んだところで今度は大鎌を展開。

 

そして宿っていた精霊の力で実体のある七人に分身し、さらに鏡の力でその七人の虚像を作り出して百を軽く超える○○の姿を作り出した。

 

いきなり○○の姿が百以上に増えた事に射手座は混乱したのか、射撃の精度が低下するが、それでも蟹座の反射板との連携で○○の分身を狙っていく。

 

さすがと言うべきか、半数以上の虚像が穿たれて消えたが所詮は分身、消えた端から再び現れ、補充されていく。

 

そんな鼬ごっこを繰り返すうちに○○は射手座の至近にたどり着き、実体のある七の分身で同時に斬り付けた。

 

大鎌が自在にくるくると回転し、その度に切り刻まれる射手座。そして、それが七カ所で同時に行われている。

 

射手座はたちまち全身をなます切りにされ、御霊も微塵に刻まれて消え失せた。

 

それを見届けた○○は、合い方を消滅させられて一瞬動きが止まった蟹座に間髪入れず突撃を開始した。

 

猛スピードで蟹座に突撃し、その途中で具現化した籠手で蟹座に真正面から正拳突きをぶちかました。

 

その余りの衝撃に、○○に向けて動いていた蟹座の動きが停止し、その重装甲に凹みが出来る。

 

その隙を逃さず籠手の精霊の力を開放した○○は、暴風を纏った拳を嵐のような激しさで連続で叩き込んだ。

 

余りの速さにあっという間に百を超えた拳の連撃は、蟹座の重装甲にたちまち亀裂を走らせる。

 

好機と見た○○がその亀裂に今まで以上の苛烈な拳撃を浴びせかけると、やがて耐えられなくなったのか、蟹座の身体がボロボロと崩れるようにして分解していく。

 

やがて、御魂までもが衝撃に耐えられなくなり、砕け散る様にして姿を消した。

 

消えていく蟹座を確認した○○は、ある程度距離を置いて様子を窺っているらしかった他のバーテックスに目をやった。

 

すると、残りのバーテックスの中心に陣取っていた獅子座から激しい光が放たれ、次の瞬間には残っていたバーテックスは獅子座を中心に合体したものへと変貌した。

 

圧倒的な威圧感を示しながら○○を睥睨する、合体した獅子座。

 

○○がじっとそれを観察していると、獅子座の周囲にぽつぽつと小さな明かりが灯る様に輪を形作っていき、それが終わるとその中央から獅子座の全長に匹敵する大きさの火炎球が出現した。

 

その眩しさに顔をしかめる○○だが、視線は獅子座から少しも逸らさない。

 

やがて、その極大の火炎球を○○に向けて撃ち出してくる獅子座。

 

まるで地上に太陽が出現し、それが迫ってくるような絶望を感じさせる光景だが、○○は自身の能力の鏡を出現させ、その鏡に神樹の力を一点集中する。

 

そして、丁度準備万端となったところで鏡に火炎球が激突した。

 

人の身に余る、太陽もかくやと言う様な火の球が鏡を押し込むと思われた……が、少しも揺らがない。

 

そのまま少しの間、火炎球を鏡で受け止めた○○は、結界の力を反転させ、自分にぶつかって来た時以上の速度でそれを反射させた。

 

跳ね返されるとは思わなかったのか、獅子座は凄まじい速度で迫る自身の火炎球を回避する術を持たず、そのまま真正面からたたき返される事となった。

 

火炎球が炸裂し、その威容を維持できずに徐々に傾いでいく合体した獅子座。

 

○○は再び太刀を手に取り、もう一体の精霊である天狗の力で空を飛びながら居合の構えを取り、更にその刀身に天狗の劫火の力を凝縮していく。

 

そして間合いまで接近した後、まるで太陽の様に赤熱する刃を全力の居合で抜き放った。

 

灼熱の刃による高速の一閃は赤い光の筋を残しながら獅子座の身体を分断、獅子座は御魂だけでも逃がそうとしたが、居合の後の追い討ちの袈裟懸けを御魂にまともに受け、その身体を四散させた。

 

十二体全てのバーテックスを十分ほどで屠った○○は、ふうと息を吐いて抜いていた太刀を鞘に収めた。

 

そして天の神がいる終末世界の上空を見据えるのだが、そこで星屑が今までにない勢いで星座級の身体を形成していくのが目に入った。

 

とんでもない速さで、以前美森の件があった時に目にした速度とは比べ物にならない。

 

あっという間に十二体全てが再形成され、再び○○に向かってきている。

 

それを見て覚悟を決めた○○は、何度でも倒して天の神を引きずり出してやると決意して、再び星座級の撃破に向かった。

 

まだ戦いは、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は再び現在に戻る。

 

○○の家から出発した五人は、園子から連絡があった通り、英霊の碑に到着して彼女と合流した。

 

園子が合流して六人となった勇者部へと、ここへ来ていた大赦神官が頭を下げる。

 

それを見て微妙に嫌そうな顔をした少女達だったが、気を取り直した美森が直截に告げた。

 

「前置きは一切いりません。○○君のことを……今回の事を、全て話してください」

 

「あなた達は……大赦は、一体何を○○にさせている訳? 答えによっては……!」

 

スマホを握り締めて、神官に厳しい視線を送る風。

 

他のメンバーもスマホこそ握っていないものの、険しい表情をしているのは彼女と同様である。

 

仮面で表情の窺えない神官は、美森と風の言葉に了承の返事をすると、説明を開始した。

 

「まず始めに。○○様は元々この世界の人間ではありません。別の世界を生きていた人間の魂が、この世界で死ぬはずだった人間の魂と融合した、稀有な……いえ、奇跡と言っていい存在です」

 

唐突に告げられた○○の真実に、全員の目が点になり、ぽかんとした表情になる。

 

理解が追い付かず、何かを言おうと思っても言葉が咄嗟に出てこない。

 

「別世界の魂と、この世界の死する直前の魂が融合した。……つまり二つの魂を抱えている訳ですが、この世界の魂は別世界から呼び寄せられた魂に守られ、穢れも何も知らない無垢そのもの。なので、少年の身でありながら勇者としての力を発現できたのです」

 

何とか思考を復活させた勇者部の面々は、もうどうでもいいと思っていた○○が勇者の力を発現させた理由に納得の表情を浮かべた。

 

とはいえ、大事な事はそれではないので、険しい表情のままで話の先を促した。

 

「○○様の魂をこの世界に呼び出したもの。最近調べがついたのですが、それは過去三百年に渡って蓄積された、勇者を見送ってきた者たちの無念や悲嘆であると結論付けられました」

 

思わず周囲を見回す六人。

 

これまで散っていった歴代の勇者や巫女たちを慰める慰霊の碑。

 

軽く百を超える数が立っているが、遺された人々はその数倍では利かないだろう。

 

そんな人々の無念を背負って、○○が生きてきたのだとしたら……?

 

「誤解しないでいただきたいのですが、無念と言っても○○様に取りついている訳ではありません。別世界の、自分たちの無念を理解してくれる魂を引き寄せた結果、○○様がこの世界に生まれたのです。彼の心に何か悪い影響を及ぼしたという事実はありません」

 

「なら……○○君がやけに自己犠牲をいとわなかったりするのは?」

 

「あの方自身の性格なのでしょう。……そして、そんな彼に神樹様は興味を持たれたようです」

 

美森が疑問を呈するが、神官はあっさりと答えて話の続きを始める。

 

○○の性格と言われては勇者部の面々も納得するしかなかったのか、多少渋い表情をしつつも続きに耳を傾けた。

 

「○○様の、その魂の在り方に関心を持たれた神樹様は、彼にとある力を授けられました。……散華の肩代わりをする能力です」

 

それを聞いた勇者部一同のもともと険しかった表情が、更に険しくなる。

 

冷え冷えとした雰囲気が漂い、いわゆる一触即発そのもの。

 

そして、黙って話を聞いていた夏凜が我慢できないとばかりに吠え立てた。

 

「あいつにそんな能力渡したら、躊躇わずに使うのが分かんなかったの!? 現にあの時、私の代償全部と、友奈の代償の一部を肩代わりして、首から下は動かなくなって、記憶まで……!」

 

「そうです! これじゃあ体の良い身代わりと同じです!」

 

夏凜の言い分に同調して、樹も憤りをぶつける。

 

いつも穏やかな彼女にしては珍しいが、それだけ今の話が腹に据えかねたのだろう。

 

神官は二人の言い分を聞いて少し顔を俯かせたが、仮面に隠された表情からは何を考えているのか窺えない。

 

「神樹様は試したのでしょう……この世界を守るためにその身を捧げてきた勇者や巫女の方々。そして、遺された人々の想いからこの世界に呼びよせられた、○○様を。結果として、○○様は神樹様を、その抱いた期待以上に満足させたと言えるでしょう……わが身を厭わず、大切な少女たちを無私の心で救おうと力を尽くし、比喩ではなく身体を捧げたのですから」

 

「……その話は分かりました。じゃあ、○○君が今壁の外で天の神と戦っているのは何故ですか?」

 

友奈が普段とは余りにも違う、固い声で問いかける。

 

「この世界の現状はご存知でしょうか?」

 

「ええ……○○の家に行って、手掛かりを見たから知ってる。神樹様の寿命が近いって……」

 

風の返事に神官は頷くと、また話を続ける。

 

「それなら話は早い。神樹様はそれに対する二つの方策を神託で告げられました。一つ目は神婚。そこにいらっしゃる友奈様に神樹様と結婚していただき、この世の全ての人が神の眷属となり、苦しみから解き放たれた世界に生きる方法」

 

「○○は、絶対に天国に行ける集団自決って書いてたけどねぇ……」

 

風が皮肉全開の態度で神官に告げると、神官も薄く笑ったような声を漏らした。

 

今までで一番人間味のある反応に、皮肉を言った風も、他の勇者部のメンバーも面食らう。

 

「ふふっ……彼がそんな事を。そんな人だったからでしょうか、神樹様は彼をお認めになり、この世界の命運を預けても良いという神託を下されました。今、○○様は天の神と戦っておられます――――神樹様に授けられた力と共に」

 

○○の家で日記に書いてあったために知っていた事だが、大赦の関係者に改めて聞いた事で間違いのない現実なんだと実感した六人は、立ち竦んで沈黙した。

 

「大赦でも、当然二つの神託のどちらを選択するかについて意見は真っ二つでしたが……これまで勇者様や巫女様を輩出してきた家柄の方々が中心となり、天の神打倒の方向で意見を一致させました。今まで犠牲を積み上げてきたのは、いつか人が天の神の軛から解き放たれると信じたからであると。そして、神樹様から認められた勇者が決断した以上、その意に沿うのが大赦としての在り方だろうと」

 

続けられた神官の話に、六人の少女達はやはり何も言えなかった。

 

大赦は過去の犠牲を忘れた訳でも、この世界の在り方に憤りを抱いていない訳でもなかったと、今の話を信じるならそういう事になる。

 

嘘を言っている可能性もあるが、目の前の神官の女性からはそういう気配は微塵も感じられず、ただ事実だけを真摯に語っていると、そう思えた。

 

「それじゃあ……○○君は、私を犠牲にする方法を拒絶したから、天の神と戦う事になったという事ですか……?」

 

友奈が声を震わせながら訪ねる。

 

「そういう事になります。……友奈様一人の命と、この世界全ての命を秤にかけ、あなたの命を取ったとも言える選択をした○○様ですが……個人的な感想ですが、少しも愚かとは思いませんでした。……数多の犠牲を積み上げてきた我々大赦からすれば、眩しい方ではありますが」

 

そう言って自嘲する神官。

 

友奈の頭の中を、今まで聞いた情報がぐるぐると回る。

 

今からでも一つ目の方法を受け入れる? でも、もう不可能に近い、いや事実不可能だろう。

 

○○が傷つく、いや今も傷ついている……私が負うべき役目を代わりに背負って。

 

そう感じてしまった友奈は、胸が押しつぶされそうな苦しさを覚えた。

 

神官は更に話を続ける。

 

「今現在、○○様は順調に戦っている様です。○○様に全ての意識を天の神は振り向けており、地上に何の影響も出ていないのがその証拠です」

 

その言葉にハッとした友奈は、勢い込んで神官に尋ねた。

 

「あのっ……それじゃあ私の……烙印が消えてしまったのって……!」

 

「○○様の戦いの成果です。天の神は、友奈様を呪う余力なども全て彼を排除するために振り向けているのでしょう」

 

その言葉を聞いて、友奈は足元がぐらつく様な感覚を覚え、そのまま崩れ落ちる様に泣き出した。

 

「ゆ、友奈ちゃん、大丈夫!?」

 

寸前で美森が支えたが、友奈は顔を俯けたまま滝の様に涙を流し、激しい嗚咽を漏らしている。

 

「友奈の言った烙印ってなに……どういう事?」

 

全員を代表して尋ねた風に、神官が答える。

 

「友奈様は天の神の祟りを受けていたのです……あなた方が美森様を救出した、その時に」

 

「…………っ!?」

 

全員が驚いたが、救出された美森の驚愕はより深刻だった。

 

自分を助けた代償として、大切な親友がそんな事になっていたなんて、気付きもしなかったのだから。

 

「そのまま祟りが進行したならば、友奈様は春になる頃には落命されていたでしょう。……それほど強力な、死の呪いです」

 

あの出来事の裏でそんな事が起きていたと気付かなかった面々は、一様に面目なさそうな表情を浮かべた。

 

「しかし、気付かなくとも無理はありません。十二月の始め、戦いに赴かれた○○様の成果か、祟りの力は急速に弱体化し、ついには影響を及ぼさなくなりました。それを受けて、我々もこの事について友奈様に説明するのを取り止めました。徒に不安を煽るだけと考えましたので」

 

その言葉を聞きながら、友奈はしゃくり上げながらも言葉を紡いだ。

 

「わ、私……苦しかった烙印が消えて、最初はおかしいなって思ってたけど……でも、みんなと一緒の日常が楽しくて……運がよかったとか、そんな風に……気楽に考えて……」

 

「友奈ちゃん……」

 

嗚咽を漏らしながら、懺悔するように言葉を紡ぐ友奈を、美森も他の少女達も痛ましそうに見つめる。

 

「だけど……だけど、○○君が……私を助ける為に……こんな、こんな事に……!」

 

そこから先は言葉にならず、再び嗚咽を漏らすだけになってしまう友奈。

 

「○○様は、外に赴かれる直前まで、あなた方の事を心配していました。見送った私共に最後に言った言葉は、彼女たちの事を宜しくお願いします、でしたからね。替え玉として残して行かれた彼の精霊も、その一環です。あなた方に気付かれないようにという意味もあったでしょうが、日常を壊したくなかったのでしょう……」

 

平坦な声を心掛けていた神官の声に、少しだけ痛ましいものが混じったところで、話は終わりを告げた。

 

静寂に包まれる英霊の碑。ただ、静かに嗚咽を漏らす友奈の声が響くだけ。

 

気付かなかったことを友奈は悔やんでいたが、それは全員がそうだ。

 

生贄になっていた美森を助け出し、それで終わったと思い日常を謳歌していた。

 

そのような後悔の念に捕らわれていたとき、唐突にスマホから樹海化警報が流れた。

 

危機感を煽る、しかし聞きなれたその音に勇者部一同の表情が強張るが、その音も唐突に途切れ、立つのもやっとになる様な揺れが起きる。

 

「……っ!? 何これ、地震!?」

 

「お、お姉ちゃん、あれ……!」

 

「樹……? ……な、何あれ……?」

 

今まで普通だった空に、乾いた血の様に黒ずんだ赤が染みのように浮かび上がり、侵食している。

 

それはあっという間に広がり、そして外の世界にしか存在しないはずの、煉獄の炎を纏っているとしか思えない『壁』のようなものが、段々と迫ってきているのが見える。

 

「現実の世界に……あんな奴が……」

 

「…………っ」

 

夏凜が呆然としたように呟き、園子も言葉も無く息を呑む。

 

「……○○様と神樹様が抑え込んでいた天の神の力が、こちらの世界を侵食し始めたのでしょう。このまま彼が敗れれば、世界は終わりです」

 

それを聞いた友奈は涙を拭って立ち上がり、決意を込めて空を見上げた。

 

「みんな……○○君を助けに行こう! 今度は私達が、○○君を助けるんだ!」

 

「友奈ちゃん……ええ、そうね。彼を助けに行きましょう!」

 

「あたし達をほったらかした事、こんな隠し事をしてた事……色々言いたい事ばっかりだしね。……助けるわよ、○○を」

 

「うん……絶対に○○先輩を助けよう!」

 

「ったく……私達が言える事じゃ無いけど、心配かけ過ぎなのよ。帰ってきたら文句言ってやる!」

 

「私達を大切に想ってくれるのは嬉しいけど……ちょっといただけないからね~」

 

あえて気楽そうに言うものの、簡単に済むとは全員が思っていない。

 

むしろ、自分の命が危険に晒されるという確信は六人とも持っていたが……このまま待っているだけなんて御免だという考えも、全員共通で抱いていた。

 

そんな事を思いつつ全員が変身し、崩れた大橋から迫りくる炎の壁を見据える。

 

○○を助けて、きっとみんなで帰ってくる――そう思って。

 

そしていると、神樹も天の神の炎の結界を抑え込むべく樹海を展開していき、勇者部の少女達はそれに相乗りする形で○○のもとへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああああああああっ!!」

 

裂帛の気合と共に、籠手のもう一つの精霊である鬼を宿し、獅子座に拳の連撃を叩き込む○○。

 

獅子座はその怒涛の攻勢に耐えきれず、攻撃を受けた箇所から身体をバラバラに崩しながら、砂のように崩れて消えていった。

 

「はあーっ……はあーっ……ケホッ、ゲホッ……ぺっ」

 

もうどれだけ戦い続けたか、覚えていない○○。

 

精霊の力には反動があるらしく、口内に溢れた血を煩わしそうに吐き出して口元を拭う。

 

神樹の力で身体の損傷などはすぐさま回復し、いつまでも万全の状態で戦い続けることが出来る。

 

しかし、神の力を授けられたとはいえ、少し特別なだけの人間に過ぎない○○。

 

精神的なものはだいぶ消耗してしまい、それでも邪魔をしてくるバーテックスを退けつつ天の神の本体に攻撃を加えていた。

 

星座級バーテックスが何度も再生したせいで決定的なダメージを未だに与えられていないが、諦めるということは絶対にない。

 

現に、ついに星座級の出現する兆候が収まったらしく、再生の兆しは見えない。

 

好機と見た○○は太刀の精霊である天狗の力で翼を形成し、空を高速で飛び、その銅鏡の様な、天空を覆い尽くす神の本体へと接近していく。

 

流石に見過ごせなかったのだろう、いままで何もしていなかった天の神がバーテックスを軽く上回る力、そして桁外れの勢いの攻撃を開始した。

 

射手座の射撃と瓜二つでありながら、比べるのも烏滸がましいほどの威力と精度でもって○○を撃ち落とそうとしてくる。

 

勿論、蟹座の反射板での多角攻撃も同様に行なってくるため、全方向に気が抜けない。

 

空を高速で飛び回りつつ大鎌の力で分身を作り出し、それを鏡で更に虚像を増やし、狙いをつけ難くなるように撹乱しながら近づく。

 

射撃が雨霰と降り注ぎ、分身たちは次々と消えていく。

 

分身は次から次へと補充されていくが、消し飛ばされる数に補充される数が追い付かず、このままではジリ貧になると○○は予想した。

 

そうなる前に、多少の損害は覚悟の上で分身と共に最短距離で近づいていく○○。

 

ひと塊になっていた集団を、天の神が攻撃する直前に多方向に分離させることで一瞬の戸惑いを発生させ、その隙に自分の攻撃の間合いに侵入することに成功した。

 

分身は全て失ってしまったが、自分自身がたどり着けば全く問題ない。

 

間合いに入った○○は、鞘に収められた太刀を飛んでいる勢いものせた高速の居合で抜き放ち、その本体に攻撃を加える。

 

白刃の一閃は天の神の本体の一部を切り裂き、その鏡の一部を欠けさせた。

 

驚いた様に銅鏡が明滅するが、それもすぐ収まって鏡の表面に紫電が迸る。

 

見た事のない攻撃だったが、直観的に危機を感じた○○は避けようとした。

 

しかし、流石に光の速さで撃ち出された稲妻は避けることが出来ず、太刀を持っていた右手を撃たれて吹き飛ばされた。

 

全身に途轍もない衝撃が走り抜け、思考も明滅して判然としないが何とか自分に喝をいれて意識をハッキリさせる。

 

直ぐに撃たれた右手を確かめたが、常人なら使い物にならない状態だろう。

 

神樹の力を与えられた○○だからこそ無事なのであって、常人なら稲妻に撃たれた瞬間に即死している。

 

黒焦げになっている腕は神樹の力で直ちに回復され元通りになったが、その代償にだいぶ精神力を削られた。

 

いかに神の力を与えられたといえど、その器は勇者適正があるだけの人間に過ぎない。

 

険しい表情を浮かべた○○だったが、勇者部の六人の事を思い浮かべて心を奮い立たせ、また行動を再開したのだった。

 

――――――諦めるなんて事こそ、あり得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天の神の炎の結界による浸食を抑え込むべく、樹海を形成した神樹。

 

その形成された樹海を通って、勇者部は○○のもとへと急いでいた。

 

しかし易々と向かえるはずも無く、増援が現れたと認識した天の神が少女たちを殲滅しようと攻撃を加えてくる。

 

何とか攻撃を避けた六人だったが、このまま固まっていても埒が明かないと考えて夏凜が別行動を提案した。

 

「私と樹にはまだ満開があるし、ここは私達が天の神の注意を惹くから他のみんなは先に行って!」

 

「うん、私達はここで囮になるから、お姉ちゃんたちは先に!」

 

「それじゃあ、私も残るよ。防御は得意だからね、囮になるには必要でしょ~?」

 

加えて園子も志願し、風は一瞬樹を見てその力強い眼差しに笑みを浮かべるとあえて軽い調子で託した。

 

「それじゃ三人とも、頼んだわね!……行くわよ、友奈、東郷!」

 

「はい!……みんな、絶対○○君を助けて来るから!」

 

「了解です!……三人とも、行ってきます!」

 

お互いの健闘を祈り、三人ずつに分かれる少女たち。

 

背後に途轍もない勢いの攻撃が加えられたのを背中で感じた友奈、美森、風の三人だったが、あの三人ならやり遂げてくれると信じ、振り返らずにひたすら進み続けた。

 

しかし、それからかなりの距離を進み続けた為か、囮の効果も弱まってきて、○○の方に向かう三人にも再び攻撃が加えられ始めた。

 

未だ当たってはいないが、このままでは嬲られるように追い込まれてジリ貧になってしまう。

 

そう考えた風は、自分も囮になると言って友奈と美森を先に進ませようとした。

 

「友奈、東郷。二人は○○の所に行きなさい! 私はここで囮になるから!」

 

「でも、風先輩……!」

 

「そうです、先輩! 一人で囮になるなんて無茶です!」

 

友奈と美森は反対したが、風は首を大きく横に振った。

 

「このままじゃみんなやられる! それに、今の○○は二人の為に戦ってるようなもんでしょう! あんた達が助けに行かないでどうすんの!?」

 

天の神の攻撃を避け、捌きながら二人に向かって叫ぶ風。

 

その言葉に苦し気な表情を浮かべた友奈と美森だったが、顔を見合わせると頷いて走り出した。

 

「そう、それでいいの……! ○○の事、頼んだわよー!!」

 

背後から聞こえる風の激励を耳にしながら、友奈と美森は全力で○○のもとに急ぐ。

 

そして遂に○○のもとへとたどり着いた二人だったが、余りにも激しい戦いに息を呑む事となった。

 

○○は目にもとまらぬ速さで天の神の周囲を飛び、その攻撃を避けつつ隙を見つけてはクロスボウを撃ち込み、避けきれない攻撃は鏡の結界と旋刃盤で防ぐ。

 

その余波だけで周囲に嵐が吹き荒れるような衝撃が起こり、目を開けるのも苦労する有り様だ。

 

「うううううううっ……これじゃ近づけないよ……! 東郷さん、大丈夫?」

 

「私は平気よ……でも、これじゃあ私達なんて、足手まといにしか……!」

 

衝撃波や暴風、更には爆発などが其処彼処で起こる地獄の様な戦いの光景。

 

吹き飛ばされない様にするのが精いっぱいとなってしまった二人だったが、そんな二人でも天の神は見逃さなかった。

 

弱い方から倒そうとでも言うのだろうか、友奈と美森の二人に照準を合わせた天の神は、バーテックスなど比べ物にならない規模の炎を撃ち出した。

 

それは炎というよりも、もはや光の柱と言ってしまっても良いくらいの威容。

 

直前まで続いていた衝撃波によりまともに避けられない二人は、それを正面から受けてこの世から消え去る……事は無かった。

 

「―――――――――――――っ!!!!!」

 

攻撃が放たれる以前に友奈と美森の気付いていた○○が、二人と天の神の間に割って入ったのだ。

 

今までは強力な攻撃は回避に徹していた○○だったが、反射的に動いた身体は無理な体制で二人を庇い、それでも致命傷を避けるべく結界を発動した。

 

だが、全てを焼き尽くす劫火の一撃を受けきる事は出来ず、二人を無傷で済ませた代償に○○は途方もない重傷を負う事となった。

 

空を飛べなくなり、脱力したまま墜落していく○○。

 

その様子の一部始終を見せられる羽目になった二人は顔色を青ざめさせ、弾かれるように○○の墜落地点に向かって行った。

 

友奈と美森が○○の堕ちた所に着いたとき、余りにも酷い彼の様子に言葉も無かった。

 

全身が焼け焦げ、腕や足はあらぬ方向に曲がり、そして全身血まみれで無事な箇所を探す方が難しい有り様。

 

「○○君、しっかりして!」

 

「○○君! ○○君!!」

 

倒れ伏す○○に駆け寄って声をかける二人だったが、その時○○の全身が光に包まれ、死の一歩手前といった様子だった状態から、まるで逆再生のように身体が回復していく。

 

そして、何事も無かったかのように立ち上がり、再び戦いに行こうとした。

 

「はあーっ……はあーっ……ゴホッ。……二人とも、どうしてここに居るか知らないけど、早く逃げ――――っ!?」

 

しかし、立ち上がった○○は荒い息を吐いて膝をついてしまった。

 

先程の攻撃をまともに受けた事で、すでに精神力だけで動いていた体に限界が来てしまったのだ。

 

膝をついた○○を支えようとした友奈と美森だったが、ふと空を見上げると天の神が自分たちにとどめを刺そうとしている攻撃の兆候が目に入った。

 

お互い顔を見合わせた二人は頷き合うと、もう倒れない様にするのが精一杯という状態の○○を庇うように立ちはだかり、天の神の苛烈な攻撃から守った。

 

お互いの精霊バリアを重ね合わせ、一人ではたちまち蹂躙されてしまう様な凄まじい勢いの攻撃から何とか守り続ける。

 

未だに荒い息をしている○○は、そんな二人にあえぐような声で逃げるように言った。

 

「二人とも……早く、逃げて……! ここから、早く……俺なんか放って……!」

 

「嫌だっ……うっ、ぐう……絶対に助ける……っ!!」

 

「私も……うああっ……絶対に逃げない……っ!!」

 

天の神の攻撃を精霊バリアを二重にして何とか防いでいるが、それでも完全には防ぎきれないので二人の身体は余波で少しずつ傷ついていく。

 

満開ゲージが減り続ける中、友奈と美森はさらに言葉を紡いだ。

 

「○○君は、私達を守ってくれてた……命だけじゃない、私達の心を……!」

 

「友奈ちゃんと、みんなと過ごす平穏な日常を……壊さないために、一人で全部抱えて……!」

 

「だから、今度は私達がキミを守る……! 一緒に帰るんだ! 勇者部のみんなで!!」

 

二人の背中を見ていた○○は、その想いの籠もった言葉に何も言えずに黙り込むしかなかった。

 

しかし、最後の時は刻一刻と近づき、ついに二人の満開ゲージが底を着いてしまった。

 

もう精霊バリアは発動せず、護りを失った三人は天の神にとって吹けば飛ぶような塵芥同然の存在でしかない。

 

美森は膝を着き、友奈は辛うじて立っているものの、その脚はがくがくと震え、いつ倒れてもおかしくない有り様。

 

膝を着いた美森は、それでも心だけは屈しないとばかりに天空に座す天の神の威容を涙を流しながら睨みつける。

 

確かに○○は、世界全ての人間の命と友奈一人の命を秤にかけ、友奈の命を取ったと言われても仕方ないような選択をした。

 

西暦の時代、天の神が人類を滅ぼす決意をした理由に、人間の傲慢があるという。

 

そんな、傲慢な人間そのものな、愚かな選択をしたのかもしれない。

 

しかし――――――世界の命運よりも、一つの命を想う事。

 

それが……それが、そんなに愚かな事だというのだろうか?

 

大切な人の、小さな幸せを守ろうとした――――――その結末がこれでは、余りにも報われないと。

 

立ち上がれない○○と美森の二人を、友奈は庇うように抱きしめ、その小さな体で守ろうとする。

 

結局、自分は世界も、そして大切な人も守れないまま終わるのかと絶望に沈みそうになる○○。

 

天の神は、そんな三人にとどめを刺そうと光の柱と見紛うような炎で焼き払おうとする。

 

視界が白く塗り潰され、三人がそれに飲まれる直前。

 

迫りくる炎は三人を焼き払わず、直前の障壁に阻まれて消えた。

 

「牛鬼……? 何で……満開ゲージは、もう無いはずなのに……」

 

自分たちを守る様に浮かんでいる牛鬼を、呆然と見つめる友奈。

 

天の神は気にせず、さらに苛烈に攻撃を仕掛けてくる。

 

先程以上の勢いで攻撃が迫るが、またもやそれは阻まれた。

 

三人の背後から現れた、紅の光の人影が、両手をかざして三人を守っている。

 

「――――」

 

知っている……良く知っている、大切な友達の姿をしたそれに、美森は驚きの表情を浮かべつつも、涙を零す。

 

天の神は戸惑ったように連続で攻撃を仕掛けてくるが、次々と増え続ける光の人影は三人を守る様に立ちはだかり、その攻撃を一切寄せ付けない。

 

勇者たちの、巫女たちの積み重ねられた想いが、人の積み重ねられた想いが神の力を跳ね除け、三人を守り続ける。

 

その光景を、息を呑んで見つめていた三人だったが、近づいてきた牛鬼は友奈を中心にして穏やかな、しかし神々しい光に包まれる。

 

「これは……」

 

「一体何を……」

 

「大丈夫だよ、二人とも……あったかい……」

 

牛鬼を通して、○○に授けられていた力、そして神樹の全ての力が友奈に集まり、満開を越える花が咲く。

 

人の心を信じた神樹の力を完全に受け止めた友奈は、神々しい姿で天の神を見据える。

 

「私は、私達は、人として戦う!――――これからも大切な人達と、生きていきたいから!!」

 

友奈が天の神へと突撃していく。

 

美森も友奈に向けて、声も枯れよとばかりに叫ぶ。

 

ここにはいないはずの、勇者部のみんなの声も聞こえる。

 

「――――――友奈あああああぁっ!!」

 

出会ってから初めて、友奈の名前を呼んだ○○。

 

『勇者部、ファイトーーーーッ!!!』

 

『おおおおおおおおおおぉっ!!!!』

 

その声に応える様に、友奈の背後に大輪の花が咲き、天の神と鍔競り合っていた彼女を押し上げていく。

 

サツキ、蓮、鳴子百合、オキザリス、朝顔、カランコエ、そして桜。

 

勇者たちの力の結晶が、友奈の力を押し上げていく。

 

しかし、それを見越していたかのように天の神は攻撃に勢いを強め、友奈を押し返していく。

 

友奈は苦し気な表情で歯を食いしばるが、それでも少しも怯まずに天の神を見据えて叫ぶ。

 

「勇者は――――――根性おおおおおおぉーーーーっ!!!」

 

そして、友奈の背後に最後の、八つ目の花が咲く。深紅の、牡丹の花。

 

今まで押されていた友奈は勢いを取り戻し、猛烈な速さで天の神へと迫っていく。

 

「勇者ぁ――――パァァァァーンチ!!!!」

 

犠牲になった勇者や巫女、そして勇者部の想いの全てを乗せた渾身の一撃が天の神を捉え、激突する。

 

そして、数瞬の抵抗の後にその場所が砕け散り、友奈の身体が通り抜けるほどの大穴を開けて貫通した。

 

それとほぼ同時に、空に罅が入るような音が響き渡り、そして全体が砕けた。

 

世界が光に包まれ、天の神の炎が消えていく。

 

そんな様子を目にしながら、○○の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ここは……?」

 

意識を失った○○は、不思議な場所にいた。

 

何処とも知れない、真白な空間。

 

死後の世界かとも思い、辺りを見回して本当に何もなくて、手掛かりすらも見つからない。

 

そして、ふと背後を振り返ると、六人の少女が居る事に気付いた。

 

園子に似ているが、彼女よりも凛々しい顔立ちをしている少女。

 

その隣に寄り添う、お淑やかそうな少女。

 

寡黙そうな、黒髪で長髪の少女。

 

ニコニコと笑っている、活発そうな少女。

 

穏やかな雰囲気を纏う、たれ目気味の少女。

 

そして、友奈に瓜二つの、双子と見紛わんばかりの少女。

 

その全員が、それぞれの笑顔で○○へと笑いかけ、口々に何かを言っている。

 

しかし、音が全く聞こえずに困惑した○○は、彼女たちに近づいてよく聞き取ろうとしのだが、園子に似た少女に首を横に振って止められた。

 

思わず立ち止まった○○にさよならをする様に手を振った少女たちは、彼に背を向けて反対方向に歩いて行く。

 

どうしていいか分からずに、それを見送っていた○○。

 

しかし、少女たちは少し行ったところで振り返り、園子に似た少女が今度は聞こえる声でこう言った。

 

『最後にまた会えて、本当に良かった。――――幸せにな』

 

その言葉を最後に姿を消した、六人の少女達。

 

「――――――忘れててゴメン。そして……みんなを助けてくれて、本当に、ありがとう……」

 

一人、静かに涙を流す○○。

 

そして、そんな○○を慰めるように柔らかな光に包まれ、夢は覚めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うう……ここは……」

 

目を覚ました○○は、周囲の状況を確認した。

 

自分はどこかの病室のベッドに寝かされているらしく、部屋の窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。

 

まだ眠かった○○だが、それを堪えて上体を起こして胡坐をかいたところで、個室のドアが開いて誰かが入ってきた。

 

「結城さん、東郷さん……ここって何処かな?」

 

扉を開けたままの体勢で、○○を見て固まる友奈と美森の二人。

 

そんな二人に頓珍漢な質問をした○○は、次の瞬間飛びつくようにして抱き着いてきた二人に困惑した。

 

「えっ……あの、二人ともどうしたの?」

 

「どうしたのじゃないよ……! あれから一人だけ目を覚まさなくて……まだ一日しか経ってないけど、すごく心配したんだよ!?」

 

「そうよ、○○君……! 本当に、事が終わっても心配をかけるなんて……あなたって人は……本当にもう……!」

 

そこから先は言葉にならず、静かに嗚咽を漏らす友奈と美森。

 

まだ状況がよく分からない○○だったが、二人を泣かせてしまったという事は理解していたので、暫くはされるがままになっていたのだった。

 

暫らくしてようやく落ち着いた二人は涙を拭うと、満面の笑みで、しかし有無を言わせない雰囲気を漂させながら○○に迫った。

 

「○○君……もう絶対、無茶はしたらダメだからね?」

 

「そして、黙って何処にも行かないでね?」

 

「いや、無茶したり黙ってどこかに行ったのは二人の方が先…………はい、ごめんなさい黙ります」

 

二人のこれまでの行状から思わず言ってしまった○○だったが、さらにイイ笑顔になった二人を前にして口を噤んだ。

 

「それじゃあ、指切りしようよ、指切り!」

 

「いい考えね、友奈ちゃん。○○君も、構わないわよね?」

 

○○には是非も無い。

 

この状況で断るほど強心臓ではないし、二人の悲しげな顔もイイ笑顔もこれ以上見たくはなかった。

 

『ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーび切った!』

 

○○は両手の小指を友奈と美森の二人とそれぞれ引っ掛け合い、三人でおまじないの言葉を唱える。

 

いつもの明るい笑顔を浮かべながら誓いの言葉を謳うように言う二人を眺めながら、日常に帰ってきたことを○○は強く実感したのだった。

 

その後、○○はまだ残っていた疲れから早々に熟睡してしまい、今は無防備な寝顔を二人の前で見せている。

 

そんな○○の寝顔を見ながら、友奈と美森はお互いの顔を見合わせて、静かに笑みを浮かべた。

 

「東郷さん――――私、これからはとっても幸せになれそうな気がするんだ!」

 

「友奈ちゃんもそう思う? 私もそう思うわ。友奈ちゃんがいて、みんながいて、そして○○君がいる。―――――それだけで、私はとっても幸せだもの」

 

「そうだね――――私達は、変わらない日常の大切さを知ってるから。だから大丈夫!」

 

そう言って満面の笑みを浮かべ、眠っている○○の手を二人で包み込む友奈と美森。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と、絶対に離さないように。

 

――――――ぎゅっと。

 




やり切った……東郷さんは攻略、完!!

なんか大赦がまともっぽい感じになってしまった……本当に君ら大赦か!?(自分で書いておきながらry

そして途中の戦闘は中二病を久々に復活させながら書いた! ……まあ、あんまり自信無いんすけども(小声)

前回から微かにのわゆ要素を入れてたので、彼女たちの武器で戦うというのをやれてかなり満足しました。

特にサソリ君をタマっち先輩と杏ちゃんの武器で倒す所を書いてた時は、気分がスッとしました(小並感)
……サソリ君はホント許すまじ!!(マジギレ)

……のわゆの伏線も広げてしまったけど、回収できるかは未定です(無責任)

今はただ、ゆゆゆヒロイン全ての話を書けたことにホッとしています……。我ながらよくやったなぁ……(自画自賛)

というか、今さらですけどこれって東郷さんの話って言えるのかな?(根本的なry

まるで連載小説の最終話の様な感じで、東郷さん個人というよりも友奈と東郷さんの二人にスポットが当たった感じですし……

そして、最後の場面を書くための前フリが壮大過ぎる気がするけど……東郷さんはこれ位しなきゃ病んだりしないと、個人的に結論付けました。

その結果がこの長さだよ! しかも前後編だよ!! 最後の場面に説得力を持たせるためとはいえ!!!

タイトル詐欺と言われるかも……ほぼ友奈と東郷さんの話になったし(震え声)

……と、雑談はこれ位にして、ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!

これからの執筆予定は未定ですが、また何か書けたらその時にお会いしましょう!

ではでは、さよーならー!



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