ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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のわゆ編の開始です!

ですので、のわゆ本編のネタバレとかがガンガン出てきます。

今回はまだプロローグっぽい話なのでそれ程でもないですが、これから先は本当に出てきまくるでしょう。

よって、その辺りを踏まえた上で、のわゆ編はお読みください。

ではでは、始まり始まり~。


西暦の章
託されたもの


俺は朝焼けに照らされる都市部を、注意深く警戒しながら歩いていた。

 

背中には大きめのリュックを背負い、見回りがてら店から持ち出してきた食料品を皆の所に持って帰る。

 

と言っても、事が起きてからもう三年以上経っているため、缶詰を始めとする保存食以外は当てにならないのが現状なのだが。

 

その保存食も、生き残った人々が消費してしまっている事が多いため、結構注意深く探さないと見つからないのだが。

 

……食料品のあった形跡を見つけた場合、もれなく争った形跡や、被災者だった人々の形跡まで見つかる事があるのはかなり憂鬱にさせられるが。

 

衣食足りて礼節を知るというが、足りなければこうもあっさり禁忌を踏み越えてしまうのが人間かと思うと更に暗い気持ちになるが、首を振って気を取り直した。

 

今日はデパートだったと思しき建物を見つけられたため、久しぶりに中々良い朝食がとれそうだ。

 

そんな事を思いながらみんなが待っている隠れ場所に戻ると、俺を見つけた子供たちが傍に寄って来た。

 

「おかえり、兄ちゃん! 何かあった?」

 

「あっちってデパートだったとこでしょ? ちょっと位……あったよね?」

 

笑顔で俺を迎えながら、期待と不安の両方を宿した目で俺を見る子どもたち。

 

俺も十四歳なので十分子どもではあるが、この子たちは全員二ケタの歳にも達していない。

 

「よしよし。ほら、これが今日の戦果だな」

 

「すっげー、シーチキンじゃん! この頃乾いたモノばっかりだったからすげーうれしい!」

 

「こっちはサバ缶だ! あーあ、ご飯があれば最高なのになぁ……」

 

ワイワイと子供たちが俺の持ってきた食べ物を前に騒いでいると、大人の一人が代表して寄って来て、軽く注意をした。

 

「こーら、騒いでないで早く食べなさい。それでなくても○○君は食べ物をとって来て疲れてるんだから」

 

「はーい」

 

注意を受けた子供たちは素直にそれを聞き入れると、早速食事に取り掛かった。

 

何の楽しみも無い逃避行ではあるが、食事の時間に限っては多少の笑顔が生まれる。

 

常に緊張を強いられている状況だが、みんなに気持ちの余裕が生まれるのは良い事だ。

 

子どもたちの様子を見つつ、俺も食事をとりながら大人たちを今日の予定を話すことにした。

 

「さてと、今日の予定ですけど。まあ、ここまで来れば今さら特別言う事も無いですね。俺の能力で全員を欺瞞しつつ、あいつ等から見つかりにくい所を歩いて移動。陽が落ちるまでに隠れられる場所を探す。そこで夜を明かして……という、いつも通りの行程です」

 

「うん、昨日ようやく倉敷市に入れたし、もう目的地は目の前だ。……○○君がいてくれてよかった。そうでなければ私達は……」

 

その言葉に大人たちがしんみりしてしまったので、俺は違うというように首を横に振った。

 

「いや、それは違いますよ。ここまで来れたのは、みんなで力を合わせてきたからです。大橋までもうすぐですけど、だからこそ油断しないようにしましょう。……俺たちを逃がしてくれた、歌野と水都のためにも」

 

俺の言葉に、大人たちは力強く頷いた。

 

食事が終わった俺は、もう一度周囲の安全を確認するために隠れ場所の外に出た。

 

外部で朝日に照らされているのは、人類の英知と繁栄の結晶たる建物が立ち並ぶ都市部。

 

――――――その成れの果て。

 

圧倒的な力で破壊され、蹂躙され、もはや原型を留めていない建物が崩れ落ちている。

 

先程、俺が食料を探し求めたデパート跡など、まだ良い方だ。

 

道も道でアスファルトがめくれ上がっていたり崩落していたりで、かつて人々の営みを支えた大動脈としての面影など殆んど残っていない。

 

「相変わらず、結界の外は酷いもんだよ……歌野、水都」

 

かつて諏訪を共に守っていた友達二人の名前をポツリと呟く。

 

「でも、もうすぐ四国に着きそうだ。二人が……二人が足止めをしてくれたから、俺たちはアイツらの追撃をまるで受けなかった。それから二か月も逃避行を続けたけど……もうすぐ、それも終わりそうだ」

 

朝日が昇ってくる東――諏訪のあるだろう方角を見ながら独り言を零す俺。

 

「絶対に、みんなを四国まで守るから。それが俺の……託された人間の責任だから」

 

そう呟いて、みんなが待っている場所まで戻ろうと足を進める。

 

今は西暦二〇一八年十一月の末。

 

世界は一部の地域を除き、バーテックスに蹂躙されつくしている――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺こと○○は、通り魔か強盗か……とにかくその様な何かに刺殺され、前世を終えたのだと思う。

 

しかし、気が付くと今生で両親と思われる二人に抱かれていた。

 

それからすぐに自分が二〇〇四年生まれだと知って、また混乱した。

 

自分は平成になってすぐの生まれだったはずなのに、今生では二十一世紀生まれとなったのだから。

 

とは言え、異世界に生まれた訳でも何でもない、再び現代日本に生まれたのだから順応するのは簡単だった。

 

ただ、今生の両親は転勤族というものになってしまったらしく、俺が幼稚園に通いだす位の歳になったら色々な場所に転勤になった。

 

ほぼ一年毎に引っ越しをして、色々な人に出会った。

 

まさしく東奔西走と云った感じで、北は北海道から南は沖縄まで、両親に連れられて様々な場所で生活することになった。

 

そんな生活を続け、長野県の諏訪市に転勤した二〇一五年。その七月三十日、あの日がやって来た。

 

後にバーテックスと呼ばれることになる、正体不明の化物による世界各地の襲撃。

 

襲われた人々は根こそぎ殺され、人類の文明も何の斟酌も無く蹂躙され、破壊される。

 

俺はその日、運よく諏訪大社内の結界に逃げ込むことに成功し――――そして、そこで『勇者』と呼ばれることになる不思議な力に目覚めた。

 

母から昔に渡された、先祖代々伝わっているという古ぼけた櫛。それが結界内の神聖な気に当てられたことで覚醒したのだろうというのは、後で水都から聞いた解説である。

 

ともかく、そういう経緯で勇者としての力に覚醒したその日、それから三年の間、力を合わせて戦っていくことになる白鳥歌野と藤森水都の二人と出会う事になった。

 

結界の近場で逃げてくる人の誘導を行なっていた俺は、転がる様に駆け寄ってきた水都に歌野を助けてほしいと懇願されたのだ。

 

「あっちの方で、私達と同じくらいの歳の娘が化け物と戦ってるの! 助けたいけど、でも私に君みたいな力は無いから……お願い、助けてあげて!」

 

俺は頷くと詳しい場所を水都から聞き、急いで歌野のもとに向かった。

 

彼女は鞭の様なものを振るい、逃げ惑う人たちを誘導しながらバーテックスを退けていた。

 

だが、俺もそうだがこの時の彼女は十一歳の小学五年生の女の子で、命がけの戦いを経験した事などあるはずも無い。

 

多勢に無勢でバーテックスに包囲されようとしていた時、その群れに突っ込んだ俺が結界を展開しながら敵を弾き飛ばした。

 

「えっ……あ、あの、キミは?」

 

「そんな事は後でいいから! とにかく、周りの人を避難させながら俺たちもすぐに逃げるよ! いつまでも結界の外に居たら多勢に無勢でいつか殺される!」

 

「わ、分かった! 皆さん、私に着いて来て下さい!」

 

「後ろは俺が引き受けるから、君は前だけに集中して!」

 

「オッケー、頼りにしてるよ!」

 

未だに避難する人たちで溢れかえる現場から急いで移動し、途中で現れるバーテックスから守りつつ、そして反撃して道を切り開きながら結界を目指して進む。

 

もっとも、俺には攻撃能力が欠片も無く、敵の撃破は全て歌野に任せ切りになってしまったのには溜め息を吐くしかなかったのだが。

 

そうして何とか結界内までたどり着いた俺たちだったが、戦闘で高ぶっていた気持ちが落ち着くと、腰が抜けるように座り込んでしまった。

 

お互いにぜーはーと荒い息を吐いていたのだが、ふと顔を見合わせると何故かおかしくなって二人して笑ってしまった。

 

「あはははっ、いやーもうホントに助かったよ! キミが来てくれなかったらどうなってたか……本当にありがとう! 私は白鳥歌野っていうの。 キミの名前は?」

 

「俺は□□ ○○。よろしく、白鳥さん」

 

「ノンノン、固いよ○○君! 歌野でいいって」

 

「いきなりお互い名前呼び!? ちょっと難易度高くないかなぁ……?」

 

「でも、もう私たち戦友でしょ? 名前呼びくらい当然だって!」

 

「うーん……そんなもんかなぁ? まあ、君がそう言うなら良いけど……よろしく、歌野」

 

「うん、こちらこそ!」

 

これが、その後三年に渡って諏訪を支え続けた勇者である白鳥歌野と、巫女として献身的に歌野と俺をサポートしてくれた藤森水都との出会いの日。

 

とはいえ、最初から上手くいっていた訳ではない。

 

何しろ俺たち三人は小学生の子供で、それがいきなり土地神様から力を与えられたから信用してくれと言われても無理というものだろう。

 

俺もそんな反応は当然だと、冷静に受け止めていた。正直、子どもの戯言にしか聞こえなかっただろう。

 

バーテックス何て存在が突然現れ、これからの事を思って絶望していたのだから当然ではある。

 

しかし、歌野は諦めなかった。

 

率先して先頭に立ち、畑を一人でも耕すなどしてその小さな背中でみんなに希望を与え続けた。

 

もちろん俺と水都も手伝ったが、歌野のその笑顔や姿勢に感銘を受けた人は多かったはずだ。

 

バーテックスから諏訪を守り、畑を耕して少しずつ広げていき……そんな暮らしが一年ほど続いた頃には、多くの人が希望を取り戻し自分に出来る事をやっていこうと前向きになっていた。

 

どんなにつらい目に遭っても、人は必ず立ち上がる――――

 

諏訪の人たちは、歌野がその背中で示した事を胸に刻んで先の見えない日々を生きてきた。

 

歌野と水都、そして俺の三人もここでの暮らし、そしてそこで生きる人を守ろうと不断の努力を続けてきた。

 

そうして、俺たち三人が出会ってから三年が過ぎた二〇一八年九月――――

 

バーテックスの大規模な侵攻を辛くも退けた俺は、歌野と水都に呼ばれて諏訪大社・上社本宮の参集殿に来ていた。

 

中に入ると、歌野はいつも通りに見える――しかし、少し違和感を抱くような笑顔で俺を迎えた。

 

水都は明らかに沈んだ表情をしていて、これまた分かりやすく何かがあるんだと思わされる。

 

「こんな所で話をする前に、歌野は病院に行った方がいいんじゃないのか? かなりきつい戦いだったし、何かあったらと思うと……」

 

「ふふ、ありがとう○○君。キミの言う通り、かなり大変だったけど怪我はホントにかすり傷だけだから。キミが守ってくれたお陰だね、いつもありがとう」

 

「今さらそんな改まって言う事でもないと思うけど。大切な友達なんだから、そして戦友なんだから守るのは当たり前だし」

 

「うーん、お友達かぁ……それはちょっと残念だけど……でも、今となってはそれでよかったのかもね。……みーちゃん、お願い」

 

「分かったよ、うたのん……」

 

彼女らしくない、少し悲しそうな表情で笑う歌野。その彼女から促された水都が、俺の方を見て言葉を紡いだ。

 

「○○君……さっき神託が下されて、次のバーテックスの侵攻はこれまで以上の規模になるという事が分かったんだ。そして……私達にそれを跳ね返すだけの力は、もう残されていない……」

 

「……そっか」

 

水都が告げてきたことは、もうすぐ諏訪は終わってしまうという受け入れ難いもののはずだったが、比較的冷静に聞くことが出来ていた。

 

ここ最近の侵攻では何度も死ぬかと思う場面があったし、敵もそろそろ本気になったという事なのだろう。

 

それを薄っすらと感じていたため、思ったほどショックは受けなかった。

 

これで終わりかと思うと、内心悔しくてたまらないが、無様に取り乱す事だけはしたくなかった。

 

そんな事を思っていたのだが、続けて水都の口から出た言葉に俺は呆然とした。

 

「だから……○○君には君の力で連れていける人を連れて、諏訪を脱出して、四国に退避してもらおうと思ってるんだ」

 

「…………は? え、何、どういう事?」

 

困惑した俺が歌野と水都の顔を交互に見ると、二人は補足するように説明を続けた。

 

「○○君。キミの能力にさ、人の姿を欺瞞して敵の目から隠すっていうのがあるじゃない? 私達がステルスって呼んでるアレ。……それを使って、諏訪から四国まで連れていけるだけの人を逃がしてほしいの」

 

「君の能力の限界の十五人は、もう私達が選抜してるから。……みんな、自分が助かりたいはずなのに若い家族の人たちを優先してくれて……四家族、十五人の人たちも、○○君になら命を預けられるって……」

 

二人は説明を続けるが、肝心な事が聞けていない。

 

「……二人は? 歌野と水都も一緒に行くんだよね?」

 

そう聞くと、二人は切なそうに笑いながら首を横に振った。

 

「うーん……悪いけど無理かな。足止めをする人が必要でしょ? その為にも私は残って、バーテックスがキミたちの方に行かないようにしないと」

 

「私も……うたのんが残るなら、ずっとここに居るって決めたから」

 

その言葉を聞いて反射的に声をあげそうになったが、二人の目を見て口を噤まざるを得なくなってしまった。

 

完全に覚悟を決めてしまっていて、俺がどういう事を言ったとしてもその決意を覆せるようには見えない。

 

何しろ三年間一緒に戦ってきたのだ。その位の事は分かる様になっていた。

 

無力感に苛まれながらも、二人から脱出の計画を聞いていく。

 

この諏訪から四国の瀬戸大橋まで、まともな道を通った場合だいたい550~570㎞程の道のりであるらしい。

 

とはいえ、子どももいる道程で、更に外にはバーテックスがどれだけいるのかも不明である。

 

食料等も出来るだけ持っていくが、かかる期間が不明なので持ち出せる食料だけでは確実に不足する。

 

現地調達をしながらの移動になる事も告げられ、二人からは申し訳なさそうな顔をされたが、俺には気にするなという事しか言えない。

 

本格的な冬が到来する前に四国にたどり着けなければ、勇者としての力を持つ俺以外は凍死することも考えられる

 

厳しい何て言葉では済まされないような道のりだが、選ばれた十五人は既に覚悟の上だと二人は語った。

 

そこまで話が進んでいるのなら、もはや是非も無い。俺に出来る事は歌野と水都の言葉を受け入れ、選ばれた全員を欠けることなく四国に連れていくことだけだ。

 

……本当は二人に、逃げろと言いたい。しかし、それは不可能だと自分の冷静な部分が告げていた。

 

「それじゃあ、決行は明後日だから。……急にこんな事話してゴメンね。でも、○○君が受け入れてくれて本当に良かったって思ってる」

 

「気にしないでって言っても無理かもしれないけど……私達の事は引き摺らないでほしいな」

 

「……っ。分かったよ、二人とも。俺は……絶対に約束を果たすから。二人も心配しないで」

 

既に最期の覚悟を決めてしまっている二人の言葉に、俺は涙が出そうになったが、何とか堪えて言葉を絞り出す。

 

それから暫らく話をした後、俺は自分の部屋へと帰った。

 

…………今日は眠れそうにないなと、そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みーちゃん、良かったの? ○○君に伝えなくて」

 

「良いんだよ、うたのん。……この状況で伝えたら、○○君を縛ることになる。そんなのは絶対嫌だから」

 

「みーちゃんもそう思うよね……。あはは、結局二人とも伝えられず終いかぁ。何だか妙な感じでお揃いになっちゃったね」

 

「私とうたのんは親友だからね……って、理由になってないか。でも、きっと○○君は忘れないでくれるよ。……私達との、この三年を」

 

「そうね……人が本当に死ぬのは、誰からも忘れられた時だっていうし……○○君がずっと忘れないでくれるなら、私は満足かな!」

 

「そうだね……きっと、いつまでも覚えていてくれるよ」

 

三年間、共に諏訪を守って来た少年の事を想う二人の少女の声は、神域の静謐な空気の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、決行の日。

 

俺は両親と子ども二人の四人家族を三組、両親と子ども一人の三人家族を一組の、計十五人を伴って諏訪を脱出した。

 

諏訪大社を脱出し、中央自動車道付近まで逃れた所で諏訪大社の方角を振り返ったら、無数の――本当に比喩ではなく雲霞のごとく、群がっているバーテックスの姿が、勇者としての力で強化された目で捉えることが出来た。

 

ああ、もう歌野にも水都にも二度と会えないんだなと認識してしまうには十分すぎる光景だった。

 

だが、このまま感傷に浸っている訳にはいかない。

 

すぐに皆を促し、自分の能力でこれまで以上に欺瞞を施すと足早に道路沿いに進んだ。

 

子どもも居る道のりな上に、万が一にもバーテックスに見つかる訳にはいかない。

 

常に緊張を強いられる、決死の逃避行が始まったが……それでも、この時だけは涙を止める事が出来なかった。

 

歌野が足止めをしてくれているおかげか、バーテックスは星屑すらもこちらには現れず、何とか安全に距離を稼ぐことが出来た。

 

そして最初の夜。都合よく雨風をしのげる場所を見つけられた俺たちは、みんなで静かに泣いていた。

 

自分たちを逃がしてくれた勇者と巫女、そして連れてくることが出来ず、残さざるを得なかった諏訪の人々を想って。

 

俺も涙を流しながら、それでもここに居る人たちだけは必ず四国に連れて行ってみせると決意を新たにした。

 

それが、歌野や水都の遺志に、何よりも報いる事になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月下旬に諏訪を脱出して、もう二か月以上が経った。

 

暦はすでに十二月に入り冬が到来しているが、みんなの表情は明るい。

 

遂に、瀬戸大橋を目視できる距離にまで来ることが出来たからだ。

 

岡山の倉敷市に入ってからはみんなも最後の力を振り絞ってきたため、予想以上に早く進むことが出来た。

 

ここまで二か月以上もバーテックスの勢力圏と思われる場所を、精神を擦り減らしながら進んできたのだから嬉しくないはずも無い。

 

「やっと瀬戸大橋が……! やったな、○○君、もう少しだ!」

 

「……はい、そうですね。……もうちょっとで、大橋に……」

 

「……? どうしたんだい、様子が変だが?」

 

「いや……何でもないですよ」

 

俺の様子がおかしいと思った人が心配そうに声をかけてきたが、俺は何でもないような風を装ってそれを退けた。

 

(ああ、やばいなぁ……今朝から熱が引かない……)

 

実際、頭がぼうっとする程度には熱が出ており、普段通りに振る舞うのも辛いような状態だったが、ここまで来て一旦休憩も無いだろうと思い、無理を押して進んでいた。

 

ただ、無理をした甲斐はあったのか、その日の内に大橋までたどり着くことが出来、後は渡るのみとなっていた。

 

瀬戸内海を間に挟んだ先に、四国の香川が見えている。その香川の丸亀城に勇者たちが集まり、日夜勉学や訓練に励んでいるらしい。

 

そんな事を熱でぼうっとした頭で考えていたのだが、勇者の力で鋭くなった聴覚が不審な物音を捉え、そちらに目をやったのだが、自分の油断を悔いる事となった。

 

バーテックスの集団が、こちらを完全に捉えている。普段なら全く問題なく隠蔽できているはずだが、熱で注意力や能力の使い方が不十分になっていたのだろう。

 

奇妙な鳴き声を上げながらこちらに向かってくる星屑たちを見据えながら、背後の皆へと叫んだ。

 

「はやく渡って下さい! 俺はここであいつ等を足止めします!」

 

「しかし、それでは君は……!」

 

「隠れられない橋の上で襲われたら、俺もみんなを守り切れません! ここであいつ等の気を惹いて、皆さんが十分橋を渡り切ったと判断したら後を追いますから!」

 

「……分かった、私達がここに居ても邪魔になるだけだな。行くぞ、みんな!」

 

その言葉を合図に走り出した一団が、瀬戸大橋を渡っていく。

 

とは言え、瀬戸大橋は12000mを優に超えるだけの長さがあるので、人の足で渡ろうと思ったら短く見積もっても二時間はかかると思われる。

 

それまでの間、バーテックスをこちらに引き付けて時間を稼がないといけない。

 

「――――行かせない!」

 

渡り始めた人たちを追いかけようとしたバーテックスを結界で防ぎ、弾き飛ばす。

 

何度か俺を無視して橋の方に向かおうとしたが、その度に俺が妨害したためにみんなとはだいぶ距離が空いてしまった。

 

そうして、ようやく俺に狙いを定めたらしいバーテックス達が、俺に向かってその不気味な口を威嚇するようにガチガチと鳴らした。

 

「ようやくその気になったか……それじゃあ、しばらく相手してもらおうかな」

 

あえて不敵な物言いをしたが、これは自分を鼓舞するためでもあった。

 

熱は朝からずっとひかない上、頭がぼうっとするのも酷くなっているような気がする。

 

バーテックスとの戦いは常に命がけだが、こんな状態ではいつまで戦い続けられるか分かったものではない。

 

しかし、弱音は吐けない――――歌野と、水都と約束したのだ。

 

「この逃避行も、もうすぐ終わるんだ……こんな所でやられてたまるか……!」

 

向かってくる星屑を結界でいなし、別の星屑にぶつけて体勢を崩させる。

 

その隙に背後から襲って来た奴を紙一重で躱すと、同じように結界で弾き飛ばして崩落しそうな建物にぶつけ、建物を崩して一時的に生き埋めにして動きを止める。

 

熱で朦朧とする意識を叱咤し、迫ってくる星屑たちを次々と防ぎ、往なし続ける。

 

「絶対……諦めない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○がバーテックス達と戦い始めてから一時間は優に経過した。

 

「くっ……はぁ……はぁ……」

 

あれから更にエスカレートしてきた熱に悩まされながら、それでも○○は星屑たちをこの場に釘付けにしていた。

 

もう殆んど根性だけで動いているような有り様だったが、それでも戦い続けられたのは、歌野と水都に命を賭けて託されたものを守るという、大切な約束があったからだった。

 

それを支えにし、ほぼ精神力だけでバーテックスの攻撃を完封していた。

 

しかし――やはりそんな状態で、いつまでも戦い続けられるものではない。

 

(――――――っ。まず……っ!)

 

遂に集中力に限界が訪れた○○の結界が弱まり、そこに突っ込んできた一体の星屑による痛烈な突進を受けた彼は、その勢いをまともに喰らって吹き飛ばされ、建物の壁に強かに打ち付けられた。

 

「ぐっ……! げほっ、ごほっ! はあっ、はあっ……!」

 

意識が朦朧としている所にこの攻撃を受けた○○の身体は遂に限界を迎え、か細い声を漏らしながら敵を見据えるのがやっとになってしまった。

 

自分の方へジリジリと迫ってくるバーテックス達を睨みつけながら、○○は悔し気に呟いた。

 

「く、そ……ここで、終わりか……みんなは無事に……着いたかな? まあ……これだけ、時間を稼げば……大丈夫、だよな……?」

 

近付いてきた星屑の一体がその不気味な口の様な器官を開き、○○へと喰い付こうとしてくる。

 

「ごめん、歌野、水都……俺もそっちに……行きそうだよ……命を賭けて逃がしてくれたのに……本当に、ごめん……」

 

二人の友達への謝罪を口にしながら、それでも迫りくるバーテックスを睨みつける視線はそらさない。

 

そして、バーテックスが○○の頭に喰い付こうとしたとき――――

 

風切り音と共に飛来した矢が、突如としてバーテックスに突き立った。

 

その矢の勢いに、○○に喰い付こうとしていたバーテックスは吹き飛び、そのまま奇妙な声を上げながら消滅した。

 

「…………は? 一体、何が……」

 

○○が困惑していると、今度はワイヤーで繋がれた、周囲に刃の付いた円盤状の何かが飛来し、矢で吹き飛んだバーテックスに代わって○○に喰い付こうとしていた奴らを薙ぎ払った。

 

数体がまとめて消し飛び、○○の前方に一時的に空白地帯が出来上がる。

 

その空いた空間に、三人の少女達が飛び込んできた。

 

それぞれが太刀、大鎌、籠手で武装し、明らかに一般人とは異なる装いをしている。

 

歌野と同系統の、似たような衣装を身に纏ったその姿は――――――

 

「勇、者……」

 

ポツリと呟いた○○の声に反応したのか、太刀を持っていた少女がチラリと○○の方を見て安心させるように笑った。

 

「もう大丈夫だ、安心してくれ。橋を渡っている途中の人たちを大社が発見してな。急いで私達が保護に向かったところ、ここで君が囮として戦っていると聞いたんだ」

 

そこまでその凛々しい少女が言ったところで、○○の背後から近付いてきた二人の少女が後を引き継ぐように言った。

 

「んで、タマたちが助けに来たって訳だ。だからもう心配ご無用! すべてタマたちに任せタマえ!」

 

「そういう事ですね。……って、すごい熱じゃないですか! 若葉さん、千景さん、友奈さん、早く切り上げないと危ないです!」

 

「了解……すぐに倒す……!」

 

「分かったよ、アンちゃん! 超特急で倒しちゃおう!」

 

「よし、球子は○○の護衛を。杏は周囲を警戒しつつ、余裕があれば私達の援護を。私たち三人が前衛で、こいつ等を片付ける!」

 

その言葉と共に、星屑の群れに飛び込んでいく三人の少女達。

 

攻撃能力を持たない○○では倒せなかった星屑は、バタバタと草でも薙ぐような速さでその名の通りに儚く消えていく。

 

○○のそばには一応の用心として二人が残っているが、殆んど無用になっているし、たまに前衛の三人が撃ち漏らした星屑も、杏と呼ばれた少女がクロスボウから放つ矢で駆逐される。

 

その光景を朦朧とした頭で認識した○○は、張りつめていた緊張の糸が完全に切れてしまい、そのまま気絶してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周辺のバーテックスを一掃した若葉、千景、友奈の三人は、球子と杏が護衛をしていた少年である○○に近づいて来て、早速移動をしようとしていた。

 

「確かに酷い熱だ……諏訪からここまで、一般人を守りながら歩いてきたと言うだけで驚愕ものだが、その疲れが祟ったのだろうな……」

 

○○の額に手を当てた若葉が、痛ましい表情をしながら言う。

 

「はい……今すぐに病院に連れて行ったほうが良いです」

 

「伊予島さんの言うとおりね……熱の他にもどんな不調を患っているか分からないし、一度診てもらうべきだわ……」

 

「そうだね……それに、たぶんロクなものを食べてないと思うし……」

 

「だよなぁ……バーテックスがドコにいるか分からない世界だし……そんなトコをあの人たちを守りながらここまで来たんだもんな……」

 

若葉の台詞に、他の四人もそれぞれの言葉で応じる。

 

「では、戻るとしようか」

 

そう言って、ごく自然に○○を抱きかかえた若葉だったが、それに千景が待ったをかけた。

 

「ちょっと待って、乃木さん……。あなた、○○の事を知ってるの? さっきも自然に名前を呼んでいたけど……」

 

「ん? そうだが……もしかして、千景も知り合いなのか?」

 

「知り合いというか、友達というか……いえ、大切な友達ね……」

 

その言葉に驚いた表情をした球子が何か言おうとしたが、それを察した杏が球子の口を手で押さえて物理的に塞いだ。

 

球子は目を白黒させながら杏の方を見て抗議したが、逆に杏に首を横に振られて言ったらだめだと無言で注意された。

 

実際、球子は千景に仲のいい友達が友奈以外に居た事に驚きの声を上げようとしたのだから、止めて正解だっただろう。

 

「若葉ちゃんとぐんちゃんの友達なの?」

 

友奈が若葉と千景に問いかけ、二人はそれぞれにこくりと頷いた。

 

「小学生の頃に、まあ色々あってな……一年だけだったが、ひなたと一緒に居たんだ」

 

「私も、小学生の頃に……」

 

懐かしそうな、切なそうな表情で言う若葉と千景だったが、すぐに表情を切り替えると若葉がみんなに告げた。

 

「その話はまたいつかな。今は○○を病院に連れて行かなければ」

 

全員が同意すると、○○を抱きかかえた若葉に続いて大橋を渡っていく。

 

気絶してしまった○○は未だに目を覚まさないが、その表情は緊張から解放された安堵感からか、非常に安らかなものとなっていたのだった。

 




以上、導入部でした。

……歌野と水都が好きな人には、本当に申し訳ないです(土下座)

別の世界で幸せになるだろうから許して下さい!

そして、いきなりトンでもな展開になりましたが……まあ、ご都合主義タグつけてるから大丈夫ですよね?

………………ですよね?(震え声)
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