ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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のわゆ編、第二回です!

今回も、それぞれの勇者を象徴する花が副題になっています。

さて、それでは始まり始まり~。


彼岸花の章

本州側の大橋前での戦いで勇者たちに救出され、そのまま気絶してしまった俺は、次に目を覚ました時にはとある病院の個室に寝かされていた。

 

まだ少し痛む身体に顔を顰めながらナースコールを押して人を呼び、担当の人たちから話を聞いたところ、あれから二日経っているらしかった。

 

熱は眠り続けている間に点滴を打たれていたお陰か、すっかり引いていたのだが、そのまま入院することを余儀なくされていた。

 

大社によると、バーテックスの支配領域を二か月以上に渡って移動してきたことによる影響が表れていないか検査等をしっかりと行なっておきたいらしい。

 

そういう事ならば是非も無い。

 

という事で、俺は至って問題の無い体調ながら、未だに病院生活を続けているという訳である。

 

その日の昼食を食べた俺はベッドをリクライニングさせ、そこにもたれ掛かってぼうっとしながら時間を貪っていた。

 

ほんの一週間前までは四六時中バーテックスを警戒し、ロクに気の休まる暇が無かったのだ。

 

何の心配も無く、完全に無防備な姿を晒して休めるという事がどれほどありがたい事か、身をもって知ってしまった。

 

おまけに、ただ待っていれば毎日決まった時間に温かい食事が出て来る。

 

確かに病院生活は少し退屈だが、この二か月を考えれば天と地、月とスッポン、比べるのも馬鹿らしいほどの違いである。

 

なので、贅沢など言わずに大社から渡されたラップトップPCを操作して暇を潰しているのが俺の現状である。

 

そうしていると、個室の扉が控えめにノックされたので、また病院の人が来たのかと思い返事をした。

 

「はい、どうぞ」

 

「……お邪魔します」

 

そう言って扉を開けて入ってきたのは、俺と同年代の、あの時に俺を助けてくれた勇者の内の一人である少女だった。

 

制服の上からワインレッドのカーディガンを着て、カバンを肩から下げている。

 

「ああ、あの時の勇者の。今日はまた、どうして?」

 

「いえ……その、お見舞いに……」

 

どことなくそわそわしている様にしながら、要件を述べる少女。

 

ただ、俺は何故かは分からないがその少女に既視感を覚えていた。

 

どこかで会った事がある様な、そんな感覚が先程から拭えない。

 

「もう大社から教えられてるかもしれないけど、一応言っておくね。俺は□□ ○○です。君の名前は?」

 

「私は……郡、千景」

 

何故か沈んだように言う少女に首を傾げたが、俺はその名前を聞いて驚きの声を漏らして尋ねた。

 

「郡千景さん……? あの、間違ってたら申し訳ないんだけど……もしかして、俺が高知に住んでた時に友達だった、ちーちゃん……?」

 

俺がそう言うと、それまで何処となく暗かった彼女の表情が明るくなり、嬉しそうな笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「忘れられたのかと思ったけど……覚えててくれたんだ。本当に……すごく、嬉しい」

 

「まあ、一年間ほとんどずっと一緒に居たからね。すぐ思い出せなかったのは、本当に面目ないけど……いや、忘れてたわけじゃなくてね?」

 

「分かっているわ。もう七年も昔の事なのだし……それ位で薄情だなんて思わない」

 

俺がすぐに思い出せなかったことについて言い訳がましく述べると、ちーちゃんは気にしなくていいとばかりに首を横に振った。

 

「それにしても、ちーちゃんが勇者になってたなんてなぁ……。四国には五人の勇者がいるとは知っていたけど、詳細は知らなかったからさ。かなり驚いてるよ」

 

「それを言うなら、私もそう。○○が勇者になって、しかも諏訪から民間人を連れて脱出してくるなんて想像もできなかったもの……」

 

俺が苦笑しながら現状についての感想を述べると、ちーちゃんも病室に備えられた椅子に腰かけながら控えめに笑った。

 

「にしても……ちーちゃん、勇者になった以上バーテックスと戦ってるわけだけど……怖くなかった?」

 

「まあ、最初怖かったのは否定しないけど……でも、勇者の力を手にした以上、是非も無い事だと思っていたし……それに……」

 

「それに?」

 

そこで一旦言葉を切ったちーちゃんは影のある表情をすると、地を這う様なおどろおどろしい声で続けて言った。

 

「バーテックスが……○○を殺したと思い込んでいたから憎くて憎くて……バーテックスは全部殺してやるって……そう決心していたから……」

 

そこまで言ったちーちゃんはいつの間にか握り締めていた拳を緩め、影のある表情を優し気な笑顔にあっという間に切り替えて、俺に向かって笑いかけた。

 

「でも、○○が生きていてくれて……また会えて本当に嬉しい……昔みたいに一緒に居られると良いわね」

 

「あ、ああ……うん、そうだね」

 

影のある表情と地を這う様な声に気圧された俺は少しつっかえつつも、ちーちゃんの言葉に同意した。

 

それからもちーちゃんとの話は続いたが、俺は話しつつも彼女と出会い、過ごした七年前の事をポツポツと思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から七年前の二〇一一年。

 

俺は転勤族である両親の仕事の都合で、四国の高知県へと引っ越した。

 

その年の三月末には会社が紹介したらしい賃貸物件へと入居し、生活環境を整える事に注力した。

 

俺はと言えば、中身はともかくこの身体はついこの間幼稚園を卒園したばかりの正真正銘の子どもでしかなかったので、精々邪魔にならないように大人しくしているくらいしか出来る事は無かったのだが。

 

これまでそういう風にして来たためか、両親はどうも俺の事を聞き分けの良すぎる子だと思っている節がある。

 

自分たちの仕事の都合であちこちへ転勤するようになってしまった影響だと考えている様で、たまの休日に一緒に居ると、とにかく構いたがる。

 

せめてもの罪滅ぼしの様な物なのだろうが……正直、精神的には恥ずかしい。

 

まあ、大体されるがままにしているのだが。

 

そんな日常を送りつつ、高知で一年間過ごす予定の小学校への入学も無事終わり、そのまま平穏無事な、変わり映えの無い一年を過ごすのだと俺は思っていた。

 

……まあ、結果としてそうはならなかったのだが。

 

入学して半月ほど経ったある日、俺は休み時間に図書室へ行こうと廊下を歩いていた。

 

この小学校は図書室が二階にあるので、そのまま突き当りを曲がって階段へと差し掛かろうとしたとき、今思い出しても信じられないことが起きた。

 

突き当りを曲がり、階段の上部に目をやった俺の上から――――――

 

女の子が、突き落とされる様に落ちてきたのだから。

 

余りの光景に一瞬思考が停止したが、反射的に身体が動いて女の子を何とか受け止めようと身体が動いた。

 

とはいっても、小学一年生の身体能力では何事も無く受け止める事など出来るはずも無い。

 

女の子を受け止めた俺だったが、勢いを殺しきれずにそのまま転がる様に階段から落ち、全身の痛みに悶える事となった。

 

仰向けに倒れ、痛さに対してうめき声を上げていると、階段の上から女の子を突き飛ばしたらしい生徒たちは一目散に逃げていった。

 

恐らく、突然現れた俺が今回の事に巻き込まれたのが予想外で、混乱して逃げたのだろう。

 

逃げていった犯人たちに心の中で悪態を吐きつつ、自分の身体の無事を確認した俺は、落ちてきた女の子へと声をかけた。

 

「いっつつ……あー痛い……。えっと……怪我してない?」

 

「……別に」

 

女の子は顔を顰め、痛みに耐えるような表情だったが、それでも涙一つ零していなかった。

 

名札の色を見た所、どうやら二年生であるらしいが、そんな歳の女の子が階段から突き落とされて泣き言一つ漏らさない様子に、俺は首を傾げた。

 

困惑している俺を尻目にその女の子は服に着いた埃を掃うと、二年生の教室の方へと戻ろうとして歩き出した。

 

「待って待って。そのまま戻るの?」

 

「……何かあるの?」

 

「歩き方がおかしいよ。本当はどこか痛いんじゃない?」

 

煩わしそうに俺に対応した女の子だったが、左足の方の動きが若干おかしい。

 

「保健室に行って、湿布でも貼ってもらおうよ。そのままにしてたらダメだって」

 

「別にいい……どうせ、ちゃんと診て貰えないから……」

 

「え……?」

 

女の子は暗い表情をしながら、ポツリと呟くように言った。

 

そういえば、こうなった原因は階段から突き落とされた事が原因だと思い直した俺は、その呟きを聞いて非常に嫌な予感が頭を過ぎった。

 

反吐が出るような予想だが、ここでその予想を聞いてしまうほど空気が読めない訳じゃないし、そもそもそんな場合ではない。

 

「分かった。じゃあ俺が代わりに湿布を貰ってくるから、ここで待っててくれないかな」

 

「え……?」

 

女の子は俺の言葉が理解できないような表情をしたが、とにかく急いでいた俺は保健室に向けて急行した。

 

そこで口八丁で保険の先生から湿布を受け取ると、また急いでさっきの場所まで戻った。

 

居なくなっているかもしれないと不安だったが、女の子は何とか待っていてくれた。

 

「湿布もらってきたよ。それじゃ、痛い所に貼ろうと思うけど、どこが痛いの?」

 

「……ここ」

 

女の子は左足首周辺を指さしたので、俺は余計な刺激を与えないように慎重に患部に湿布を貼った。

 

「これでよし、と。もしずっと痛いようなら、病院で診てもらった方がいいかも」

 

「……うん」

 

「それじゃあ、俺はもう行くね。ええと……」

 

「郡……私は、郡千景……」

 

「郡さんかぁ。うん、それじゃあ、またね」

 

「……さよなら」

 

こうして、俺とその女の子――郡千景のファーストコンタクトは幕を閉じた。

 

階段から突き落とされた彼女に俺がぶつかるという、中々体験できない事に遭遇したある意味忘れられない出来事である。

 

友だちとじゃれていて階段から落ちた可能性も無くはないが、それなら一目散に全員が逃げていくのはいくら何でもおかしい。

 

この時点で、俺は彼女がいじめられているのではないかという強い疑いを持ったが、この時はまだ疑いに過ぎなかった。

 

それから一週間ほど経ったある日、下校途中の俺は彼女に遭遇したのだが、その時に着ていたのは私服ではなく、体操服だった。

 

「こんにちは、郡さん。……あの、服はどうしたの?」

 

「……燃やされた」

 

「……は?」

 

「……焼却炉で燃やされた」

 

聞き間違いではないかと思い、思わず間抜けな声を漏らした俺に彼女はより具体的に起きた事を述べた。

 

思わず絶句して固まった俺の横を通ってそのまま行こうとした彼女だったが、俺は我に返ると彼女の肩を掴んで制止した。

 

「ちょっと、ちょっと待って郡さん! 何でそんな平然としてるの!? こんな大ごと、誰か大人に相談しないと! もっと酷くなったら大変な事になるよ!?」

 

その俺の台詞に彼女は振り返ったが、その時に見た表情に俺は息を呑んだ。

 

全てを諦めきった、諦観の表情。

 

正直、小学生の女の子が浮かべて良い類の表情ではない。

 

「意味ないよ……どうせ誰も、助けてくれない……私の話、キミも聞いたんでしょう……?」

 

「まあ、聞いたけど……でも!」

 

彼女の両親にまつわる醜聞は俺も耳にしていた。

 

ここは結構な田舎だからか、そういう話が大人を通して子どもにまで広まり、その結果として彼女は酷いという言葉では済まないいじめを受けている。

 

ただ、その意味を子どもが理解しているとは思えないが。

 

大人たちが彼女を排斥しているので、それを感じ取った子どもたちまでがそういう行動をとってしまっているのだろう。

 

もうここまで来ると、学校全体が彼女にとって恐ろしい敵の様なものだろう。

 

ともかく、彼女のその諦めきった表情を何とかしたいと思った俺は、ノートを一ページ破るとそれにあるものを書き込んで彼女に渡した。

 

「……何、これ?」

 

「俺の携帯電話の番号。もし何かあったら、これにかけてくれればいい。きっと、行くから」

 

俺の両親はとにかく忙しいわけだが、そんな中でも俺に確実に連絡が取れるようにと一年生の息子に携帯電話を持たせていた。

 

持たされた時は過保護過ぎじゃないかと俺の方が呆れたが、今になってみると非常に都合がいいと思った。

 

破られたノートに書いてある番号と俺の顔を見比べ、疑わしそうにしていた郡さんだったが、一応納得してくれたのか、それを折りたたんで鞄へと仕舞った。

 

「ありがとう、受け取ってくれて」

 

「……さよなら」

 

別れ道に差し掛かり、俺に背を向けて歩いて行く郡さん。

 

その悲し気な背中へと、俺は力強く声をかけた。

 

「郡さーん! 絶対行くから! 何時でもいいからねー!」

 

その俺の声を聞いて立ち止まる郡さんだったが、振り返る事も無く、再び歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一ヶ月ほどは、何事も無く……いや、郡さんは相変わらずいじめを受けていた。

 

堂々と止めに行けば彼女が今以上に酷い目に遭う可能性があったため、そういう方法は採れなかった。

 

しかし、偶然を装って彼女の傍をうろうろするようにしていたため、俺が傍にいる間だけはいじめは無くなっていた。

 

こんな回りくどい方法しか取れなくて情けなかったが、これ以上となるとそれこそ大人たちに対処してもらうしかない。

 

だが、この学校というかこの地域の大人は揃いも揃ってどうしようもない連中らしく、まともな対応など到底望めない。

 

俺が騒ぎ立てても、子どもの戯言として黙殺されるだろう。

 

そんな感じで憂鬱な気分でいた日の、ある夜のこと。

 

一人で夕食を食べ終わった俺は片づけを済ませると、ゲームをしながら寛いでいた。

 

両親は泊まり込みの仕事があるらしく、今日は戻らないと携帯に連絡があった。

 

本当に済まなそうな声音で何回も二人ともが謝っていたが、まあ確かに小学一年生の子どもを夜一人にするのは不安だろう。

 

これまでは両親のどちらか一人は夜も居たのだが、今日はどうしても二人とも都合が着かなかったらしい。

 

明日の夕方には帰ってくると言っていたし、幸い明日は日曜で休みだ。

 

適当にインスタント食品で朝食をとり、悠々と過ごすよと軽く言って電話を切った。

 

そうして夕食を取り、暫らくした時に携帯に連絡があった。

 

表示された番号を確認すると固定電話からのものだったので、はてと首を傾げながら通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもし」

 

『あ……あの、○○君……?』

 

「はい、そうですけど……もしかして、郡さん?」

 

『……ええ、そう』

 

「こんな時間にどうしたの? もしかして、何かあった?」

 

普通に考えて家にいる時間帯なので、いじめによって何か起きたとは考えにくい。

 

そんな事を考えていた俺の耳に、郡さんの心細そうな声が届いた。

 

『熱が、出て……きついの……』

 

「熱が? あの、お父さんとお母さんはどうしたの?」

 

常識的な質問をしたつもりだったが、帰って来た答えに俺はバカな事を訊いたと心底後悔した。

 

『お母さんは、出ていった……お父さんは……今日は帰らないって、さっき電話が……』

 

「はあ……!?」

 

彼女の家がひどい状態だと噂から予想はついていたが、どうも予想以上だったらしい。

 

話を聞くと、郡さんは昼間から熱を出して寝込んでいたらしいのだが、彼女の父は最低限の看病をすると、行先も告げずにどこかへ行ってしまったらしい。

 

心細くなった彼女が連絡を取ったらしいのだが、結果は先程の通り。

 

追い詰められた彼女は、俺から携帯の番号を渡されていた事を思い出して連絡をして来たらしい。

 

この辺の連中はロクなもんじゃないなと改めて思いながら、俺は郡さんとの約束を果たすべく行動を開始した。

 

「すぐ行くから、大人しくして待っててね?」

 

『……うん……助けて……』

 

その言葉を最後に電話が切れ、家から必要と思われるものを集めてリュックに放り込むと、自転車で彼女の家へと向かった。

 

一度だけ郡さんを家へと送ったのだが、こんな形で再び行くことになるとは思わなかった。

 

そして今はもう夜なので、小学一年生が一人で出歩いていれば当然だが補導されるだろう。

 

コソコソしながら急ぐという、割と神経を使う命題を何とかこなしつつ、最短で郡さんの家へと到着した。

 

飛ばしてきたために上がった息を鎮めつつ玄関チャイムを鳴らしてしばらく待っていると、寝間着をきた郡さんがきつそうな表情をして現れた。

 

「あ……あ……」

 

俺の事を認識した郡さんは一瞬目を見開くと、意味をなさない何事かを口から漏らし、そして緊張の糸が切れたかのようにして泣き出した。

 

「ううううぅぅぅぅっ……あああああぁぁぁぁぁっ……ひぐっ……ぐすっ……」

 

「大丈夫、もう大丈夫だよ。……とりあえず家の中に入ろう、ね?」

 

泣きながらもコクリと郡さんは頷き、家の中に案内された俺は彼女が寝ていたらしい布団に取りあえず寝かせ、看病の準備を始めた。

 

「取り敢えず、これを飲んでてくれる? ちょっと台所を借りたいんだけど」

 

「いやっ……!」

 

スポーツドリンクを渡し、そう言って郡さんから離れようとしたのだが、彼女は心細そうな声を上げると俺の服の袖をキュッとつかんで引き留めてきた。

 

目に涙を浮かべて俺を見つめる彼女に、俺は出来る限り安心させられるような笑顔を浮かべてゆっくりと言った。

 

「大丈夫、どこにも行かないから。すぐに戻ってくるから……ね?」

 

「……分かった」

 

納得したらしい彼女が袖を離してくれたので、家から持ってきたリンゴをこの家の下ろし金で擦り下ろしていく。

 

約束通りすぐに戻ると、スポーツドリンクを少しずつ飲んでいた郡さんに声をかけ、擦り下ろしリンゴをスプーンで掬って彼女の口へと運んだ。

 

「はい、あーんして?」

 

「……あーん」

 

小さな口を開けて待っている郡さんへ、下ろしリンゴをそうやって無くなるまで食べさせた。

 

どうやら食欲自体はそこまで減退していないらしく、俺はホッと息を吐いた。

 

お腹が膨れて眠気が襲って来たらしい郡さんを寝かせ、その傍に居る俺。

 

「大丈夫だよ、ずっと傍にいるから。……よしよし」

 

俺が安心させるように彼女の頭を撫でると、顔を赤くしつつも嫌がることなく受け入れていた。

 

「もう大丈夫かな、郡さん?」

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「名前で……呼んでも、良い……?」

 

「俺を名前で?」

 

布団から顔を覗かせて、そんな事を頼んでくる郡さん。

 

こんな形の出来事で心を開かれるのはあれだが、それはともかくとして嫌な訳は無い。

 

「うん、もちろん」

 

「ぁ……ありがとう……○、○」

 

照れながらも俺の目を見て礼を言う郡さん。

 

そういう事ならば、俺の方も彼女の事を名前で呼んだ方が良いだろうか?

 

そう思った俺だったが、どうせならという事で一捻り加えてみる事にした。

 

「じゃあ俺は……郡さんの事、ちーちゃんって呼んでもいいかな?」

 

「ちーちゃん……?」

 

不思議そうな表情で自分のあだ名を口にした彼女だったが、やがて控えめな笑顔を浮かべると、小さくコクリと頷いた。

 

「うん……ちーちゃんって、呼んでもいいよ」

 

「良かったぁ。イヤだって言われたらガックリ来ただろうし。――じゃあ改めて、これから宜しくね、ちーちゃん」

 

「こちらこそ……よろしく、○○」

 

そう言って笑い合った俺たちは、結局次の日の朝まで一緒に居たのだった。

 

……結局、俺が帰るまでにちーちゃんの父親は帰宅しなかった。

 

心中で罵詈雑言を並べ立てて心底軽蔑しつつ、この一年は出来る限り彼女の傍に居ようと決めた俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの日々は、大体においてちーちゃんと一緒に過ごす事になっていった。

 

彼女と一緒に遊ぶ俺もいじめの標的になってしまったが、俺に向いた悪意には容赦なく反撃した。

 

そもそも集団で一人の女の子をいじめるという、どうしようもない性根をした連中である。

 

多少やり過ぎたとしても、良心の呵責を感じる事も無かった。

 

そう言う意味では、むしろやりやすいと言えるのかも知れなかった。

 

やり過ぎた俺に対して教師が注意する事もあったので、表面上は畏まった対応をしつつも心の中では舌を出して軽蔑していた。

 

お前らが教師だなんて世も末だな馬鹿め――――そんな風に、悪態を吐きつつ。

 

多勢に無勢で俺が逆にやられる事もあったが、その度にちーちゃんに心配をかけた事だけは反省すべきだろう。

 

やられた俺を見て彼女は泣いていたので、その度に宥める事になったのだが流石にこちらには悪戦苦闘した。

 

もちろん、楽しかったことも沢山あった。

 

ちーちゃんはゲームが好きだというのでそれに付き合って遊んだ時、小学生離れしたその腕に驚いたりもした。

 

動画サイトに投稿されているスーパープレイに匹敵する上手さで、彼女と対戦した時はその余りの腕に全く歯が立たなかった程である。

 

「ふふ……私の勝ちね……」

 

得意げな表情でそう言って勝利宣言をする彼女に、俺は最初は穏やかな気持ちで応対できていたのだが、余りにもサンドバックにされ過ぎたために悔しくなり、後日こっそり練習し、攻略サイトまで探って大人気なくリベンジしたのであった。

 

「……っ!? ……もう一回、もう一回やりましょう! 今度は私が勝つもの……!」

 

ちーちゃんもちーちゃんで、年下と思っている俺に――まあ、実際一個年下だが――あっさりとリベンジを決められた事でムキになってしまったらしい。

 

悔しさをむき出しにして俺に再戦をせがんでくる彼女に苦笑しつつも、ドヤ顔でそれを受けたりと、楽しい時間を過ごしていた。

 

後で大人げない事をしたと反省したが、怪我の功名というべきか、よりちーちゃんと仲良くなれたのは幸いだったのだろう。

 

そうして春から夏になり、秋が来て、冬になって新年を迎えた翌月の二月三日。

 

節分の日でもあるが、ちーちゃんの誕生日でもある日。

 

事前にちーちゃんに誕生日を訊いていた俺だったが、その時ぽろっと彼女が零した事にまた絶句する羽目になった。

 

「誕生日……? それって、お祝いするものなの?」

 

ちーちゃんは、誕生日がお祝いをするものだという事を知らないという驚愕の事実が判明した。

 

仮にも二十一世紀生まれの人間が……まだ二年生の子どもが誕生日のお祝いをされた事が無いという事実に、俺の方が悲しくなってしまった。

 

実際、本当に涙が出そうになったが、何とか堪えてちーちゃんに一緒にお祝いをしようと誘った。

 

「え、ええ……よく分からないけど、○○がお祝いしてくれるなら……」

 

戸惑ったように言う彼女を見てより一層の決意を固めると、出来る限りの事をして祝おうと考えを巡らせ始めた。

 

しかし……俺は小学一年生で、そんな俺には大したプレゼントなんかを準備することは出来なかった。

 

小学一年生の小遣いで準備できたのは、三百五十円のショートケーキ一切れに、二百円のヘアピンという本当にささやかなものだった。

 

「もっと盛大にやれれば良かったんだけど……俺の小遣いだと、これしか無理だった……ごめんね」

 

誕生日当日の放課後に俺の家にちーちゃんを呼んで面目なさげに言った俺だったが、それでも彼女は凄く喜んでくれた。

 

「そんな……謝らないで。私、誕生日のお祝いは初めてだけど……とっても嬉しいもの……本当にありがとう」

 

そう言って微笑むちーちゃんだったが、気になる事があったらしく俺に訊いてきた。

 

「それで、ケーキが一つしか無いみたいだけど……これは、私だけしか食べないって……そういうことなの?」

 

「あぁ……まあ、そうだけど……俺の事は気にしないで良いからさ。ちーちゃんが遠慮なく食べてよ」

 

今日が誕生日なんだからと続けて言うと、ちーちゃんは考え込むような表情になってしまった。

 

それから何かを思いついたような表情になると、持っていたフォークでショートケーキを半分に分割してから笑顔で言った。

 

「誕生日は、みんなでケーキを食べるものだって○○は言っていたじゃない。……だから、半分こして一緒に食べましょう?」

 

「ちーちゃん……うん、分かった。一緒に食べようか」

 

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでコクリと頷いた。

 

ただでさえ一人前しか無かったショートケーキを更に半分に分割したために、ほんの数口で食べ終えてしまう様な量しかなかったが、それでもニコニコしながらケーキを頬張るちーちゃんを見て、俺も幸せな気持ちになった。

 

そして、プレゼントとして渡したヘアピンを着けたちーちゃんは今まで見せた中で最高の笑顔を見せると、弾んだ声で俺に礼を言った。

 

「ありがとう、○○。――――○○がお祝いしてくれた事、ずっと忘れないから」

 

こうして、二人だけのささやかな誕生日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景の誕生日から一週間ほどたったある日。

 

そろそろあの事を伝えなければならないと考えた○○は、ひとしきり彼女と遊んだ後の時間に、その話を切り出した。

 

「あのさ、ちーちゃん。言わなきゃならない事があるんだけど……」

 

「どうしたの、○○。 何だが辛そうな顔してるわよ……?」

 

○○の態度に首を傾げていた千景だったが、すぐ後に彼の口から出た言葉に、絶句する羽目になった。

 

「俺さ……来月でここから引っ越すんだ。だから、それまでしか一緒に居られない……」

 

「…………え」

 

ポカンとした表情でそれだけが口から漏れ出た千景だったが、言葉の意味を理解すると不安に表情を歪めて言い募った。

 

「嘘……よね? え、エイプリルフールはまだ先よ……?」

 

何とか冗談めかして言った千景だったが、○○の表情は少しも変わらずに辛そうなままだった。

 

それを見て、○○の言った事が冗談でも何でもない事実だと理解した千景は、○○に縋って泣き叫んだ。

 

「い、嫌……離れたくない……! ○○が居なくなったら、私また一人になる……! 嫌ぁ……ずっと……ずっと一緒に居てよ……!」

 

そう言って○○に縋り泣き叫ぶ千景の頭を、○○も辛そうな表情で撫でるが、その場しのぎの適当な慰めの言葉をかける事も出来ずに黙ったまま。

 

そのまま千景のすすり泣く声だけが○○の部屋の中に木霊したが、しばらくして何とか泣き止んだ千景が泣き笑いの様な表情で○○に言った。

 

「ねえ、○○……引っ越していった後も、携帯にかけてもいいかしら……?」

 

「それは勿論いいよ。俺は引っ越しちゃうけど……これでちーちゃんとの関係が途切れるわけじゃないんだからさ」

 

「うん……そうね。私達は離れても、ずっと……ずうっと……いつまでも友達だもの」

 

これ以上○○を困らせたくなかった千景は、唇を噛み締めて泣くのを堪えつつも、口にした言葉と同様の決意を内心でもしていた。

 

――――私達は、いつまでも友達。これから離ればなれになっても……絶対に再会するんだから……

 

そして、それからの一ヶ月はあっという間に過ぎていった。

 

千景と○○の二人は、取り立てて特別な事を行なった訳でもなく、これまで通りの日常を過ごしていた。

 

○○は何か思い出に残る様な事をしようかと千景に相談したのだが、彼女はこれまで通りの日常を望んだ。

 

○○に出会うまで虐げられ、普通とは程遠い毎日を送っていた千景だからこそ、そんな代わり映えしない日常がどれだけ幸せなのか、無意識に理解していた。

 

二人でいるだけで幸せなのに、これ以上何を望むのか?

 

心底本気で、千景はこのような事を考えていた。

 

そして別れの日も、二人は一緒に居た。

 

引っ越しの荷物が積まれていくのを二人して遠目に見つつ、二人で並んで道を散歩しているだけ。

 

最後まで、本当に最後までいつも通りに過ごした。

 

ぼうっとしながら歩き、偶に目が合うとふふっと笑い合う、そんな光景。

 

しかし、そんな時間も○○の両親から携帯に電話がかかってきた事で終わりを告げた。

 

電話に対して受け答えをしていた○○は電話を切ると、まっすぐに千景を見てから言った。

 

「それじゃあ、俺は行かないと。……またね」

 

「ええ……またね」

 

いつも通りの言葉で、別れの挨拶をする○○と千景。

 

千景に背を向けて、両親のもとへと歩き出す○○。

 

遠ざかっていく○○の後姿を見送る千景は、零れそうな涙を堪えてしっかりとその姿を目に焼き付けようとした。

 

そうして千景が○○の事を見送っていると、両親のもとに着く直前の○○が一度だけ振り返り、あらん限りの声で千景に向けて叫んだ。

 

「またねーーーーーーーーーーっ!!」

 

それを聞いた千景は、いよいよ涙が堪えきれなくなり、同じく精一杯の声で○○に返事を贈った。

 

「またねーーーーーーーーーーっ!!」

 

○○は車に乗り込み、段々と遠ざかって行く。

 

それでも千景は、信じていた。

 

自分と○○の二人で紡いだ絆は、そう簡単に切れはしないのだと。

 

いつか必ず、また再会するのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう七年も前か……お互い、色々あったみたいだね」

 

「そうね……もっと話したいけど、今日はもうお終いみたい」

 

そう言って千景は時計を見上げ、つられて○○も見た所、もうすぐ面会が終わる時間になってしまっていた。

 

「うわ、もうこんな時間かぁ……あーあ、残念だな」

 

「私も同感だけど……でも、これからは何時でも会えるのだし。また来るわ」

 

「そうだね……うん、またね、ちーちゃん」

 

「またね、○○」

 

そう言って、あの日と同じ別れの挨拶を交わした千景は、病院を出ると帰路に着いた。

 

「ふふっ……」

 

丸亀城へと帰っている途中でも、気を抜けば○○と再会した喜びで笑みがこぼれ出て来る。

 

それ位の歓喜が、今の千景の胸中には溢れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者たちの戦装束は、それぞれ花を思わせる意匠がなされている。

 

千景の戦装束のモチーフは、彼岸花。

 

実に多くの花言葉を持つが、その中の一つが『再会』である。

 

今の千景と○○の状況に、完全に合致しているだろう。

 

しかし、それとは別に千景の心情に完全に当て嵌まる花言葉が、もう一つ存在する。

 

――――――『想うはあなた一人』

 

会えなかった七年の間に積もり積もった少女の想いは、再会と共に完全に開花した。

 

その想いは、もはや千景自身でも止められないだろう。

 

それこそ、彼岸へと旅立つことになるその日まで。

 

ずっと――――ずうっと――――。

 




ぐんちゃんこと千景のお話でした~。

千景がいつ頃いじめられ始めたのかとかは分からなかったので、その辺は想像で補っています。……済まぬ!

そして、階段から突き落とされたとか服を燃やされた等のいじめの内容ですが……これは公式です。

公 式 で す !(突然の大声)

……実行者はバーテックスに喰われりゃ良いのにと思ったのは、私だけではないと考えていますが……どうでしょう?

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