ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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今回はヒロインに焦点を絞った話ではないので、砂糖まみれにはならないでしょう。

ただ、主人公について多少大事な部分を込めたつもりです。

まあ、前置きはこれくらいにして……始まり始まり~。



その命は何の為に

夕方の市街地を歩きつつ、○○は丸亀城のすぐ傍に設けられているという勇者たちの寄宿舎へと向かっていた。

 

もう中学生なので流石に同じ建物で暮らすのはまずいだろうという事で、寄宿舎の程近くにある無人の平屋を大社が借り上げたらしい。

 

そこに向かいつつ、○○は大社で行なわれた調査や検査についての事を色々と思い出していた。

 

千景が○○の元を訪れたおよそ一週間後、無事に彼は退院したのだが、その足で大社まで丁重に連れられて行き、今度は○○の勇者としての力そのものを調査されるという事になってしまった。

 

初めて確認された男の勇者について様々な事を調査したかったらしく、モルモットでもここまではやるまいと○○が感じるほどには多種多様な検査や調査が行われた。

 

ただし、科学的な手法で行われた調査・測定で判明した事はほぼ無かった。

 

代わりにというべきか、いわゆる霊的な方法で行われた調査では、今や○○の両親の形見とも言うべき古ぼけた櫛が強く影響を及ぼしている事が判明した。

 

「しかし、結局核心的な事は分からずじまいか。一体どうなっているのやら」

 

首から紐で通された櫛を見やりつつ、呟くように言う○○。

 

判明した事実によってまた不明な物事が増えた事に色々考えつつも歩みを進めていくと、これから○○が暮らす事になる小さな平屋が見えてきた。と言っても、一人暮らしには十分すぎると言うか、持て余し気味になりかねない位の大きさはあるが。

 

○○が近づくにつれて、夕方の暗がりで見えなかった人影が見えてきて、それに気付いた○○が手を振ると、それに気付いた二つの人影も手を振り返してきた。

 

「若葉にひなた。どうしてこんな所に?」

 

「どうしてとは、また心外だな。昔馴染みにして、これから肩を並べて戦っていく仲間を出迎えようと思うのは当然だろう?」

 

「若葉ちゃんの言う通りですよ、○○君。という訳で、これから宜しくお願いします。昔みたいに仲良くやっていきましょうね」

 

「なるほど、ありがとう。こちらこそ、また宜しくね」

 

「では、これから住居の説明をさせてもらいますので、私達に着いて来て下さい」

 

そう言って先導するひなたと若葉に続いて、○○も家の中に入って行く。

 

「基本的に家の中にあるものは丁寧に扱ってもらえれば自由にしていただいて結構です。それと食事ですが、私達が利用している食堂でとって貰う事になりました」

 

「あそこの食事は美味いからな。○○も楽しみにしておくと良い」

 

そのようにして住居の説明を続ける二人について回る○○。

 

説明が一通り終わった後、玄関から外に出た二人は締めくくりとして最後に○○へと質問をした。

 

「さて、これで一通り説明は終わった訳だが……○○、他に何か聞いておきたい事はあるか?」

 

「この家の事だけではなく、何か別の事でもいいですよ?」

 

若葉とひなたにそう言われた○○は少し考え込んだが、これからここで勇者としてやっていく上で重要と思われることを訊くことにした。

 

「それじゃあ、今現在の全員の戦い方というか、そういう戦力的な事が知りたいんだけど。俺は自分の攻撃能力が皆無だから、連携が他の皆よりも重要になってくるし」

 

「ふむ、成程。……そういう事なら、杏に聞いてみるのが良いと思う。先日、私も杏とその手の話し合いをしたんだが、非常に為になった。きっと○○の期待に応えられるだろう」

 

「確かに、杏さんは知識も豊富ですし、戦闘の時も後衛にいて皆さんの戦いを俯瞰的に見られる位置に居ます。そういう相談なら適任でしょうね」

 

「そっか、伊予島さんが。……仲介をお願いしてもいいかな?」

 

「ああ、勿論だ。私から伝えておこう。杏に用事が無ければ明日の放課後になるだろうから、時間は作っておいてくれ」

 

「助かるよ、若葉」

 

「ただ、私もわかばちゃんも明日は用事がありますから、○○君一人で行ってもらう事になりますけど……」

 

「それは……まあ、仕様がないね。二人は俺の保護者でも何でもないんだし、自分で何とかするよ」

 

大橋での救援時と入院中のちょっとしたお見舞いで少し顔を合わせただけの女子と一対一というのは少し緊張するが、これからは肩を並べて戦うのだ。

 

むしろ良い機会だと思い直した○○は二人に改めて杏への仲介をお願いし、その日はお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引っ越しの翌日。

 

昨日の内に杏の了解が取れたと言ってスマホに若葉からの連絡を受けた○○は、丸亀城の休憩スペースにて杏の到着を待っていた。

 

今日まで病院と大社に留め置かれた為に、合流して授業を受ける事になるのは本日が初日だった。

 

転校生の様な感じで紹介を受けて今日一日授業を共にしたわけだが、○○は特に緊張せずに居られた。

 

男が自分一人しか居ないというのは正直不安だった○○だが、昔の知り合いが三人居る事と、友奈が持ち前のフレンドリーさを発揮して潤滑剤になってくれたことが大きかった。

 

そんな感じで放課後までの事をつらつらと考えていた○○だったが、休憩スペースに現れた二人の少女を目にして手を小さく振って歓迎した。

 

「ゴメンね伊予島さん、時間とって貰って」

 

「いえ、若葉さんとひなたさんから話は聞いていますから。それで、私達の能力や戦い方を知りたいとの事でしたけど、もう少し詳しく聞かせて貰っていいですか?」

 

「うん、勿論。と、その前に……土居さんはどうしてここに? 君も伊予島さんの話を聞きに来たとか?」

 

○○が尋ねると、球子はどうしてか視線を彼方此方に彷徨わせながらも肯定した。

 

「ん……まあそんな感じだな! いや、タマも少しは戦術理解度? 的なナニかを深められたらいいなーっていうか……うん、とにかくそんな感じだ!」

 

「なるほど……」

 

そう言って相槌を打った○○だったが、球子は未だに落ち着きなく視線を彷徨わせているし杏は苦笑気味に彼女を見やっているしで、これが本当の理由ではないとすぐに察した。

 

今日一日過ごした中でも球子と杏の仲の良さを○○も分かっていたし、いかにも女の子らしくて大人しい杏を男子と二人きりにすることに対し、球子が心配したとしてもおかしくは無い。

 

そう考えた○○はまあ当然だなとむしろ納得したし、杏とは別の視点からの意見も聞けるだろうと思ったので、球子の言い分については特に何も言わずにおいた。

 

それに、杏と同じく球子とも今後は肩を並べて戦っていくのだから、話をしてお互いの理解を深めるのは悪くない……いや、必要な事だ。

 

そうとも思った○○は二人を促し、話し合いを始めた。

 

「それでは、始めましょうか。まず、最前線で戦っている若葉さんについてですが――」

 

そう言って解説を開始した杏だったが、その内容は○○が期待していた以上だった。

 

要点を押えつつも長くなり過ぎずに簡潔で、何より理解しやすい。

 

若葉とひなたが太鼓判を押していたが、それも頷けると思って○○は感心していた。

 

「――という訳で、友奈さんは前衛として戦う中ではリーチの短さから一番敵の攻撃を受けやすいので、そのフォローをどう行うかを考えた方が良いと思うんです」

 

「なるほど。そうなると前衛の誰かと背中合わせに戦うとか、もしくは伊予島さんが後方から不意を突こうとしたバーテックスを狙撃する。後は俺が高嶋さんに能力強化をかけて単騎でも危なげなく戦えるようにする、とかが考えられるかな?」

 

「はい、私も大体その三つを主に考えていました。そうするとですね――」

 

当初は男子ということで○○に対して少し緊張していた杏だったが、○○が予想以上に戦闘や戦術の話題に着いて来られている事で、普段と変わらない位に口が滑らかに動いていた。

 

「――ってな訳で、若葉はこう物凄い速さでズバーッて感じの居合を繰り出すのが得意、というか必殺技だな。千景は大鎌で攻撃範囲も広いから、星屑を相手にするなら前衛中一番安全に仕留められると思うぞ。タマもリーチは杏に続いて二番目なんだけど……一旦旋刃盤を投げると敵が近づいてきたときに逃げるしかなくてさぁ……ま、それがタマの弱点かな」

 

球子も球子で、時々擬音が混じる事はあるが概ね問題ない説明をこなしていた。

 

決して口には出さないが、○○は球子がもっと擬音まみれの形容しがたい説明を行うと思っていたので、良い意味で予想外だった。

 

そして、思ったより打ち解けながら話が出来たお陰か、話が逸れた杏と○○は古の戦術論についての会話を行なっていた。

 

「ここはこういう解釈も有りだと思うんですけど――」

 

「ふんふん、成程。そう言われれば確かに。俺の意見としては――」

 

それを横で聞いていた球子だったが、途中からは二人が訳の分からない呪文でも唱えているような気分になってしまい、ついに我慢できなくなって口を開いた。

 

「ふーたーりーとーもー……タマの事を忘れてやしませんかねぇ~? あんまり放っておくとどうなるか分かんないぞ~……?」

 

その言葉を聞いた○○と杏の二人はハッとして球子の方を見て、次いでバツの悪そうな表情をして彼女に謝罪した。

 

「ご、ごめんなさいタマっち先輩! ついのめり込み過ぎちゃって……」

 

「ホントにごめん、土居さん! 夢中になり過ぎたね……」

 

「まぁやる気が無いよりは良いと思うけどさ……けど○○、どうしてそんなに熱心に皆の戦い方とか知りたいと思ったんだ? かなり細かいとこまで杏に訊いてたけど」

 

球子の質問に対し○○は少しためらったが、杏も興味深そうな表情をしていたし、何よりそんなに隠すものでも無いので、緩々と言葉を紡いだ。

 

「若葉とかから聞いているかもしれないけどさ、俺の能力って補助と防御に全振りしてるから攻撃力が皆無なんだよね。当然一人じゃ戦えないから、皆との連携が最重要課題になる」

 

「若葉さんとひなたさんから聞いてはいましたけど、やっぱり本当なんですね」

 

「攻撃力ゼロかぁ……で、みんなのアシストに全振りなら、そりゃそうなるな」

 

納得したように頷いた球子と杏の二人に対して○○も頷き、言葉を続けた。

 

「戦いでは何が起きるか分からないから、やれる事は全部やっておきたいんだ。……もう二度と、仲間を失いたくないしね」

 

その言葉を聞いて、球子と杏は○○が諏訪で一緒に戦っていた仲間を置いて逃げ出さざるを得なかったことを思い出し、悲痛な表情になってしまった。

 

こういう時には持ち前の元気さで空気を切り替える球子も、咄嗟に言葉が出て来ずにまごついてしまったし、杏も口を引き結んで黙り込んでしまった。

 

暫らくの間、しんみりした空気が休憩スペースを満たしていたが、唐突に○○の腹が空腹を訴えて大きく鳴り響き、先程とは別の意味での静寂が三人の間に漂った。

 

呆気にとられた表情で腹の音を聞いていた球子と杏だったが、やがて球子が大笑いを始めると、それに釣られるように杏まで笑いだしてしまった。

 

「あっはははははは、ちょっ、○○、おまっ……ひいひい……あのタイミングでっ、お腹が鳴るなんてっ……ゴホゴホっ、シリアスがぶち壊しっ……ゲホゴホッ、あっはははは……!」

 

「ちょっとタマっち先輩、ふふふふふっ……笑い、ふふっ、過ぎだよっ……」

 

うずくまりながら腹を押さえ、息をするのも苦しそうな勢いで大笑いする球子を窘める杏だったが、彼女にしても必死で笑いを堪えているのが丸分かりなくらいに肩がブルブルと震えている。

 

「二人とも笑い過ぎだってば……ったく、俺の身体はしんみりした空気が苦手なんですかねぇ」

 

苦笑しながらそう言った○○だったが、実際は沈んだ空気が明後日の方向へと飛んでいったことにホッとしていた。

 

そうして二人が持ち直すのを○○は待っていると、未だに肩で息をしている球子がニカリと笑うと景気よく声を上げた。

 

「よっし、今日はもういい時間だし、タマが○○に夕食のうどんを奢ってやろう! 二人とも、さあ急げー!」

 

そうして駆け出そうとした球子だったが、首を傾げて言った杏の言葉に走り出そうとした体勢のまま凍り付いた。

 

「でもタマっち先輩、この間新しいアウトドア用品買ったから、大分お小遣い厳しいって言ってなかった?」

 

「うぐっ……!?」

 

奇妙な声を上げて固まった球子。それを見かねた○○はやんわりと申し出を断ろうとしたが、球子は泣き笑いの様な表情で首を横に振った。

 

「あの、土居さん? 財布の中身が厳しいのなら、無理しなくてもいいよ? 何ならまた今度でも……」

 

「い、いや、タマに二言は無い! 全て任せタマえ、○○は何も心配しなくていいからな!」

 

そう言って○○と杏の前に立ち、先導する様に歩いて行く球子。

 

○○はそれに続いて歩きながら隣を歩いている杏の方を見たが、彼女も苦笑するだけで首を横に振っていた。

 

そんな杏の表情を見た○○は、先程の半分泣いている様な球子の表情を思い出し、注文するのは素うどんにしておこうと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか少女達と打ち解けられた○○だったが、穏やかな日常はすぐに破られた。

 

○○が合流してから一ヶ月半ほど。二月の上旬に、神託により予期されていた、かつてない規模のバーテックスの侵攻が遂に起きたのである。

 

後の世に、『丸亀城の戦い』と呼ばれる事になる熾烈な戦いである。

 

事前に杏が考案した作戦は、丸亀城を迎撃の中心としてその正面・東・西に勇者を配置して押し寄せるバーテックスを倒していき、そこから通過してしまったものは杏が自身の攻撃で打ち倒すというものである。

 

この作戦だと二人が余る事になるが、そのうちの一人は疲労が見えてきたメンバーと交代するための人員として待機する。

 

そして、さらにもう一人の余りである○○は――

 

「○○さんは、戦況に応じて前線の人たちの援護をお願いします。それと、予想外の事態が起きた場合に素早く対応するための戦力予備の役割も」

 

「成程。俺が予想外の敵を抑え込んでいる間に体勢を立て直し、不利な状況を挽回するっていう算段かな」

 

「その通りです。ですので、前線への援護も全力では無くて余力を残しながら、という事になりますけど……」

 

「うん、了解。……ま、俺が隠し玉のまま終わる事を祈りたいものだけど……戦いは水物で、あり得ないなんて事はあり得ない、だからね。用心は当然だよ」

 

杏が行なった自分の役割説明を聞いた○○は、緊急事態なんて起こらずに終わればいいと思わずにはいられなかったが……相手はバーテックスである。

 

何が起きても不思議ではないし、そんな相手と○○は三年も戦ってきたのだ。

 

そういう覚悟については、とっくの昔に済ませていた。

 

事前の説明を思い返していた○○は、杏と共に亀丸城の城郭に立って前線で戦いを繰り広げる若葉、友奈、球子の三人の様子を見ていた。

 

全力の援護は緊急事態の為の余力を残すために出来なかったが、それでも前衛で戦っているメンバーの補助には十分だった。

 

そうこうしている内に若葉と千景が交代し、千景は若葉と入れ替わりで前線へと向かっていく。

 

それを見送りつつ、戻って来た若葉に対して○○も言葉をかける。

 

「お疲れ様、若葉。負傷した所は……無いみたいだね、良かった」

 

「おかげ様でな、○○。的確な援護、感謝するぞ」

 

「まあ予備として引っ込んでいるし、これ位はしないと」

 

「いや、背中を守ってくれる仲間の存在は心身に大きな余裕を与えてくれる。それを改めて実感している所だ。杏も○○も、ありがとう」

 

「若葉さん……」

 

杏が嬉しそうに微笑んで、若葉を見返す。

 

そんなくすぐったい様な場面がありつつも、戦場である以上事態は刻一刻と進んでいく。

 

友奈の方に杏の援護が集中していたために火力支援が受けられなかった球子は孤軍奮闘していたが、それも休憩して持ち直した若葉と交代することで防衛線に一切の隙を見せない。

 

意思があるのかいまいち分からない化け物であるバーテックスが相手とはいえ、これ程までに嵌まる作戦を考えた杏に○○は舌を巻いた。

 

そのようにして優勢を保ちながら戦っていた勇者たちだったが、バーテックスも本気を出したのか遂に進化体を形成し始め、蛇の様な不気味な姿となって若葉に襲い掛かった。

 

若葉は冷静に対応して蛇型の進化体を切り捨てたが、その切り口からプラナリアのように再生して二体に分裂してしまう。

 

それを城郭から見ていた球子は、分裂の暇を与えないためには自身の切り札を使って一気に全身を損傷させるべく立ち上がった。

 

準備を始めようとした球子だったが、そこに○○が声を掛けた。

 

「それなら土居さん、これを髪に刺して行って」

 

「これは……○○の櫛? まあ、そう言うなら着けてみるけど」

 

不思議そうな表情で○○から受け取った櫛を見ていた球子だったが、彼の言葉に従い後頭部の括ってある髪の部分に櫛を刺した。

 

「……ん? お、おおっ! ち、力が溢れてくる! これ凄いぞ、さっき戦ってた時の援護とは比べ物にならない位に!」

 

「それが俺の切り札、『櫛名田比売』の能力だよ。一日に一回、櫛を髪に刺した対象に呪術的な加護を与える」

 

櫛名田比売は素戔嗚の八岐大蛇退治の逸話において、その身を櫛に変じて素戔嗚の髪に収まり、退治に同行したという。

 

その伝説の中には、櫛に変じた自身を身に着けた素戔嗚に呪術的な加護を与え、八岐大蛇退治において助けとなったという説もある。

 

この力はその逸話の再現と○○は考えており、諏訪に居た頃からしばしば使っていた。

 

「って、切り札!? ダメですよそんな気軽に使っちゃったら! どんな影響があるか……!」

 

「いや、確かに使った後はちょっと疲れるけど……そんな大げさに騒ぐものでも無いよ。三年前からずっと使ってるんだし」

 

「え……そ、そうなんですか? どういう事だろう、○○さんが特別なのかな……?」

 

深刻な表情で○○に警告した杏だったが、彼から返って来た言葉に意表を突かれてポカンとした表情になってしまう。

 

杏自身の考えでは、そんなに頻繁に、しかも三年も使っていれば致命的な状態になるというものだったのだが……。

 

「よーし、絶好調! 今までの中で一番いい調子だ! 行っくぞー、うおおおおおおお~~~りゃああっ!!」

 

髪に○○の櫛を刺した球子は切り札の『輪入道』を降ろし、巨大化させて炎を纏わせた旋刃盤を蛇型の進化体に向けて勢いよく投擲した。

 

旋刃盤が投擲されたのを確認した若葉はギリギリまで蛇型を釘付けにし、高速で回転しながら燃え盛る旋刃盤を紙一重で、しかし分かっていたかのように躱す。

 

若葉に釘付けにされていた蛇型の進化体は旋刃盤を避けられず、分裂した全ての個体が一瞬で全身を損傷させてあえなく消え去った。

 

そして、ついでとばかりに周りに集まっていた星屑までもが一掃されていく。

 

そのまま全ての星屑を殲滅する――と、そういう訳には行かなかった。

 

残りの大半の星屑が集合を開始し、今までにない巨大な進化体を形成し始めたのである。

 

「何かヤバそうだぞ、若葉! これだけ大きいとタマの『輪入道』でも倒しきれないかもしれない!」

 

「分かっている! だが奴の身体はまだ未完成で、脆い部分がある! そこを一斉に攻撃すれば倒せるかもしれない!」

 

「脆い部分? でも、どうやって……!」

 

「このままじゃ、とても近づけないわよ……!」

 

若葉の言葉に友奈と千景が反応する。

 

進化体を形成中のバーテックスは多数の星屑が寄り集まっているので、そのまま突っ込んでも脆弱部にたどり着く前に勇者たちの方がやられてしまうだろう。

 

「よっし、それならもう一度タマに任せタマえ! 今日のタマは○○の櫛で絶好調だ、このまま行ける!」

 

「タマっち先輩、私も行くよ!」

 

「もちろん俺もね」

 

球子が傍まで戻した巨大旋刃盤に球子と杏、そして○○が飛び乗って進化体を形成中のバーテックスに近づいていく。

 

そして三人に続いて若葉と友奈、千景も合流して六人全員で形成中の巨大バーテックスに向かう。

 

その様子に危機感を覚えたのか、形成中のバーテックスが砲弾の様な物を飛ばして妨害しようとしてくるが、○○が結界を張って近づいてきたそれらを全て弾き返してしまった。

 

「土居さん、このまま最短で進んで! 出来る限り速く!」

 

「よっしゃあ、サイコーだよ○○! それじゃ、フルスピードでご案内ってなぁ!!」

 

○○の言葉を信じ、攻撃が飛んで来ようとも最短ルートを採った球子。

 

まとわりついて来る星屑は旋刃盤の刃が消し飛ばし、巨大バーテックスからの砲撃は○○の結界が弾き飛ばす。

 

二人の力で迅速に近づいていくが――それでもあと一歩足りない。

 

(もう時間が無いな……ここは『使う』しかない!)

 

心の中で決意した若葉は神樹の概念的記録にアクセス――そこから歴史上に語り継がれる武者の力を宿した。

 

源義経――源平合戦にて活躍し、様々な逸話を残した類稀な武人。

 

その力を宿した若葉は埒外の速度で旋刃盤から飛び立つと、今まさに彼女たちを取り囲もうとしていた星屑たちを音すら置き去りにする速さで殲滅していく。

 

空中すら自在に飛び回る若葉に星屑たちはまるで着いて行けず、ただ徒に数を減らしていく。

 

遂には脆弱部を隠せないまでに数を減少させてしまい、そしてそれを確認した若葉は他のメンバーに大声で合図した。

 

「今だ、やれーーーーっ!!」

 

その言葉と同時に、少女達は複数個所に跨る脆弱部を次々と攻撃していく。

 

それが数瞬続いた後、形成途中の巨大バーテックスは例の奇妙な声を上げながら消滅していった。

 

「――――樹海化が解ける」

 

そして、○○が呟いた通りに神樹が形成していた樹海が解けていき、四国は通常の姿を取り戻していく。

 

一足先に居なくなっていた若葉を見つけた皆が、ひなたと一緒に居る若葉の元に行こうと歩みを進める。

 

○○もそれに続こうとしたが、突然右目に霞みを感じて立ち止まった。

 

何だろうかと思い立ち止まって右目を擦るが、次の瞬間には目の霞みも消え失せていて、気のせいかなと首を傾げる。

 

「どうかしたんですか、○○さん?」

 

「いや、何でもないよ伊予島さん。それより、俺たちも行こう」

 

○○の横に居た杏が突然立ち止まった彼に不思議そうに訊いて来るが、○○も何でもないと答え、みんなの後を着いて行くのだった。

 

こうして『丸亀城の戦い』、そして○○の四国での初陣は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『丸亀城の戦い』から暫らく経った後。

 

若葉を筆頭にした勇者たちに巫女のひなたを加えた一行は、市郊外の調査遠征を行うべく大橋から本州に向けて出発した。

 

四国が神樹の結界で隔絶されておよそ三年半が経っている。

 

久しぶりに、そして初めて四国の外に出るというメンバーも居る中での調査任務の為か、出発前の皆の空気は明るいものだった。

 

しかし、○○だけは明るく話に参加する気にもなれず、静かに大橋の向こう側を眺めるだけだった。

 

そんな○○の様子が心配だったのだろうか、友奈と千景が彼に声を掛けてきた。

 

「○○君、どうかしたの?」

 

「何だか、顔色が優れないみたいだけど……?」

 

問われた○○は曖昧な表情で誤魔化そうかとも思ったが、やはり言った方がいいかと思い直した。

 

「うん……まあ、ほんの少しだけでも心構えをしておいた方が良いと思う」

 

「そんなに酷いの……?」

 

「百の言葉よりも一つの体験。……という訳で、俺から言える事はもう無いかな」

 

短く言って切り上げた○○に友奈はまだ物問いたげだったが、出発の時間に差し掛かった事でその疑問は流れる事になった。

 

しかし、それから数時間もしないうちに友奈は――いや、○○以外の全員が、外の世界の残酷な事実に直面していくことになる。

 

大橋を渡り切って岡山にたどり着いた一行は、主要都市の状況を確認しつつ、生存者の探索も行なった。

 

しかし、どの都市でも嘗ての人類の繁栄の跡である、バーテックスに蹂躙され、徹底的に破壊された瓦礫の山が広がるのみで、人などは気配すらも無い。

 

四国への逃避行中にある程度の事を知っていた○○は兎も角として、それ以外の面々が陰鬱な気分になるのは避けようが無かった。

 

そんな中、大阪の地下街で発見した避難民の少女が書いたと思われる日記には、バーテックスが襲来した当時の状況、そしてそれが齎した人間同士による最悪の結末が克明に記録されており、少女たちの心を深く抉った。

 

「どうしてこんな……ひどい……」

 

日記の内容の余りの酷さに目を逸らした千景が、呻くように言った。

 

全員が沈痛な面持ちでうな垂れているが、それでも足を止める事は許されない。

 

破壊された都市群。

 

生存者の発見が期待できない、絶望的な状況。

 

そして、バーテックスが生み出したと思われる巨大な卵に似たナニカの群生地。

 

目を背けてしまいたい状況が、どこまでも続いていた。

 

そうして絶望的な事実を積み上げていく調査活動は進んでいき……かつて○○が居た、諏訪にまでやって来た。

 

少女達全員が○○を気遣うように見やるが、○○は強い眼差しで、歯を食いしばりながら執拗に破壊されたと思われる諏訪大社・上社本宮を見つめていた。

 

「あの、○○君……きついのなら、ここでの調査は私達がやりますから貴方は休んでいても……」

 

険しい表情の○○にひなたが代表して声を掛けるが、○○はハッとした後にいつもの……平常通りの表情を浮かべると、首を横に振った。

 

「気遣ってくれて嬉しいけど……それだけは絶対出来ない。俺にはここであった事を確認する義務があるから」

 

「……分かった。○○がそう言うなら、私達から何か言う権利は無い。一緒に行こう」

 

若葉が○○の言葉に頷き、全員での諏訪の調査が開始された。

 

そして、彼方此方を確認して回る中で、畑から何かが突き出ているのが発見されたので、全員で掘り返してみる事になった。

 

掘り返されたそれは人間大の木箱で、中身は一本の鍬と一通の手紙。

 

「歌野が使っていた鍬だ……」

 

ポツリと、絞り出すように呟いた○○の言葉に全員の表情が悲痛に歪む。

 

同じく木箱に入れられていた手紙の内容は、若葉を始めとした四国の勇者たちに自分の遺志を託すという、そんな内容の文章。

 

それを読んでいた若葉は、はらりと便箋から落ちた紙切れに気付いて拾い上げたが、それを見て目を見開いた後に、○○へと差し出した。

 

「白鳥さんから、○○……お前に宛てられたものだ。私達に内容を教える必要はないから、読んでやってくれ」

 

無理やり笑ったような表情で言う若葉からその紙切れを受け取り、折り曲げてあったそれを開いて中身を確認する。

 

『どうか生きて。それだけが、私とみーちゃんがキミに望む事です』

 

たったそれだけで終わりの、短い言葉。

 

しかし、その中に込められた切なる願いを感じた○○は目頭が熱くなるが、何とか上を向いて堪えた。

 

今泣いてしまったら、自分は折れてしまうと、そう思ったから。

 

「俺は……大丈夫だから。調査を続けよう」

 

心配そうな表情で自分を見ている少女達に調査の続行を促すと、彼女たちも頷いて調査を再開した。

 

その中で見つけた種を、先程発見した歌野の鍬で耕した畑に蒔く。

 

○○以外みんな素人だったために時間はかかったが、それでも一人経験者が居た為、日付が変わる頃には終わらせることが出来た。

 

慣れない作業で疲れた少女達は明け方まで眠る事になったのだが……○○は一向に眠ることが出来ず、静かな寝息を立てているみんなを起こさないようにそっと抜け出し、上社本宮の跡へと足を運んだ。

 

「……………………」

 

瓦礫の山と化した上社本宮の目の前で、○○は立ち尽くしながらじっとそれを見つめていた。

 

「歌野……水都……」

 

無意識に、○○の口から今はもう居ないかつての仲間の名前が零れ出る。

 

三人での思い出が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 

「どうして二人が死んで、俺が生きてるんだろうな……」

 

そう○○が言った途端、枯葉を踏みしめる音が背後から響き、振り返ると友奈が気まずそうに佇んでいた。

 

「あの、ゴメンね? 立ち聞きするつもりは無かったんだけど、○○君が抜け出すときにその音で目が覚めちゃって……。心配になったから、後を追って来たんだ」

 

「ああ、そういう事。こちらこそ、寝るの邪魔してゴメンね?」

 

「ううん、それは全然いいんだ。……でも、○○君……本当に大丈夫なの?」

 

「どういう事……?」

 

質問の意味が分からなかった○○は訝しそうに質問を返したが、友奈は心配そうな表情を崩さずに再び言葉を紡いだ。

 

「だって、○○君……泣いてるよ?」

 

「――――――え?」

 

○○はポカンとしながら自分の頬に手をやると、確かに濡れていた。

 

空には満天の星が輝き、雲などは全く存在しない。

 

となると、自分は確かに泣いていた事になるのだろうか?

 

そんな、自分の心すら分からない○○は自分が泣いていた事を自覚すると、それを切っ掛けに今まで堪えていたものが堰を切ったようにあふれ出した。

 

「ふ、ぐっ……ひぐっ……うあああああぁぁぁっ……!」

 

立っていられなくなり、地面に膝を着いた○○はボロボロと涙を零し、呻き声を上げながら泣いた。

 

そのまま地面に手を着いて拳を握り締めたまま泣いていたが、○○の傍に寄り添うように近づいてきた友奈が拳にそっと手を添えてくれると、彼女に懺悔する様に言葉を吐き出した。

 

「俺は……俺はっ、大切な仲間を見捨てて……自分だけ、諏訪から逃げたんだ……! 二人に頼まれたからなんて……言い訳にもっ……ならない……!」

 

「うん……うん……」

 

「どうしてっ……どうして二人が……二人が死ななきゃならなかった!? あの二人が居たから……だから俺は三年も戦えた……二人が居なかったら……俺はとっくに死んでいたのに……」

 

「…………」

 

友奈は静かに頷き、○○が零す言葉を受け止めていく。

 

「そして、死ぬ直前まで……俺を気遣って、生きろって……仲間を見捨てた俺の命に、意味なんて……」

 

「――有るよ」

 

「……え」

 

力強く断言した友奈の言葉に、○○は思わず顔を上げて彼女の顔を見上げる。

 

真剣な表情をした友奈は、○○を力づける様にして言葉を紡いでいく。

 

「私は白鳥さんの事は全然知らないけど……でも、きっと○○君の事を大切に想っていた事は分かる。そんな、大切な人に生きていて欲しいって思う事は当たり前のことじゃないかな?」

 

「高嶋さん……」

 

「○○君は、白鳥さんに命のバトンを渡された。だから、白鳥さんが生きるはずだった分まで精一杯生き抜くことが、白鳥さんの想いに応える事になると私は思うな」

 

友奈のその言葉を聞いて、○○の瞳に光が戻っていく。

 

絶望に曇っていた○○の心にも火が灯り、零していた涙を拭って立ち上がった。

 

「ありがとう、高嶋さん。それと……ごめん、突然大泣きしたりして」

 

「大丈夫だよ、ちっとも迷惑じゃないから! それじゃあ、戻ろう?」

 

「俺はもう少しここに居るから……高嶋さんは先に戻ってて」

 

「そう……?」

 

「あっはは……今言っても説得力が無いかもしれないけど、ちゃんと戻るからそんな心配しないで」

 

「……うん。それじゃあ先に戻ってるね」

 

「うん、お休み」

 

そうして戻っていく友奈の背を見送った○○は、再び崩れ落ちた上社本宮へと目を向けた。

 

しかし、先程と目には光が灯り、表情は決意に溢れている。

 

四国へとたどり着いてから再会した、又は新たに出会った少女達。

 

これからも戦いはきっと続いていくだろうが……彼女たちだけは守ってみせると。

 

そう自分の心と、自分を信じて送り出してくれた戦友へと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その結果として、例え自分がどうなろうとも。

 




主人公の覚悟回……みたいな感じでまとめました。

不穏な最後は勇者であるシリーズのお家芸ですので満足です(イイ笑顔)

丸亀城の戦いと四国外調査遠征は巻きでやってしまったけど許して! 詳しい経過が見たい人は、のわゆの原作小説を買って読むと良いよ!(ダイマ)

そして推敲中に思ったのですが……今回の話、主人公がヒロインに攻略されてるような……気のせいかな? ……きっと気のせいだな、うん!
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