ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

23 / 32
今回の話は難産でした(挨拶)

後は、書くための纏まった時間が取れずにちびちび書くしかなかったのも理由です。

ゴールデンウィーク? そんなモノは無かった(白目)

……愚痴はここまでにして、楽しんでもらえれば幸いです。

ではでは、どうぞ~。


桔梗の章

「あー……暇だなぁ……」

 

病室のベッドの上で胡坐をかいていた○○はそんな事を呟いて、晴れ渡った窓の外を横目で見やった。

 

数日前に降った雨によって満開だった桜はほぼ散ってしまい、所々に名残を残すだけとなっている。

 

「タマっちと杏の持って来てくれたこれが無かったら、退屈で退屈で死んでたな」

 

そう言って、机に置かれたタブレット端末を左手で操作して一覧を見ていると、部屋の扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

端末の操作を中断して扉の方を向いて許可を出すと、若葉とひなたが見舞いにやって来た。

 

「失礼するぞ、○○。具合は……問題は無さそうだな」

 

「お邪魔します、○○君。顔色も良いですし……特に何か問題などは無いですか?」

 

「大丈夫。若葉の言う通り、具合はすこぶる良好です。……って訳で、早く退院できるように取り計らって貰いたいなーって思うんだけど……ダメ?」

 

拝む様な仕草で若葉とひなたに願い出てきた彼だったが、二人は困ったような表情で首を傾げた。

 

「ううむ……私からは何とも言いかねるが……ひなた、大社の判断はどうなっているんだ?」

 

「大社としては、やはりまだ様子を見たいそうです。何といっても身体の一部を欠損する程の重症ですし……そして、そこから回復するまでの期間も異常に早いですから。いくら勇者として身体機能が向上していると言っても、この早さはそれだけでは片付けられない何かがあると言うのが、大社の見解です」

 

そこまでをつらつらと述べると、ひなたは申し訳なさそうに結論を出した。

 

「ですので……申し訳ないですが、まだしばらくはここで大人しくしておいてくださいね?」

 

「……と、いうことらしい。済まないな、○○。退屈かもしれないが、もう暫らく我慢していてほしい」

 

「了解です、リーダー。まあ、みんなが色々差し入れしてくれたから何とかなるよ」

 

そう言ってタブレットを手に取り、それを若葉とひなたに見せる○○。

 

「そういえば、杏さんが貸したと言っていましたね。球子さんも連名だと言っていましたが……どういう事なんでしょうか?」

 

「杏はお気に入りの小説、タマっちはお気に入りの漫画の電子版をそれぞれ入れてから貸してくれたんだ。……まあ、杏の方は小説が軽く数十冊単位で入れられてて驚いたけど」

 

「まあ、杏はちょっと……いや、かなり活字中毒気味な所があるからな。……ところで、二人を名前で呼んでいるが仲良くなれたみたいだな」

 

若葉は友だち同士がより打ち解けた事が嬉しいのか、笑顔で祝うようにそう言った。

 

「ああ、二人が名前で呼んで欲しいってこの間言って来たからさ。まあ、タマっちは一足飛びにあだ名呼びになっちゃったけど、向こうが喜んでたから良いかなって」

 

「良い事ですね。お互いに肩を並べて戦うのですから、打ち解けられるに越したことはありません」

 

ひなたも笑顔で頷き、しばしの間和やかな雰囲気で話していたのだが、それがひと段落した頃に、若葉とひなたは急に真面目な表情になって○○へと言葉をかけた。

 

「改めて礼を言わせてくれ、○○。球子と杏を助けてくれて、本当に感謝している。もし二人が……口にするのも悍ましいが、戦死していたらどうなっていた事か……。考えるだけでも恐ろしい」

 

「私も若葉ちゃんに同意します。皆さんは勇者としてバーテックスと戦う事を課せられていますが……それ以前に、まだ成人もしていない子供なんです。なのに、亡くなるなんて事になったら……○○君がこんな事になったと聞いた時も、本当に血の気が引いたんですよ?」

 

いきなりそんな事を言って来た二人に、彼は呆気に取られてポカンとした表情をしていたが、すぐに表情を緩めると何でもないという風に笑いながら彼女たちに告げた。

 

「そんな気に病まないでよ。そもそも俺たちは仲間なんだから、危険な目に遭っている仲間を守るのは当然でしょう? そもそも、俺の能力って言うのはそういう事をするためにあるんだし」

 

本当に軽く自然体で言う○○の言葉に、下げていた頭を上げた若葉は彼の顔を見て、そして次に、そこに通すものが永遠に失われ、ただゆらゆらと揺れている彼の服の右袖を見た。

 

(私がもっと的確な判断や対応が出来ていれば……お前が右腕を失う事も無かったのだろうか……今更だが、後悔ばかりが募るな……)

 

沈んだ表情になる若葉だったが、それに気付いた○○は若葉が信条としている言葉を彼女に向けて呟いた。

 

「何事にも報いを――だったっけ? 若葉の信条は」

 

「あ、ああ……だが、それがどうかしたのか?」

 

戸惑ったような表情を浮かべる若葉に、彼は真面目な表情で言い聞かせる様に言った。

 

「まあ、俺は今回こういう事になっちゃって、気にするなって言うのは難しいかもしれないけど……でも、報いなら大社から十分受け取っているから、若葉が苦しむ必要は無いって」

 

「しかし、それでは……」

 

そこまで言って若葉は口を閉ざしたが、彼は彼女がその後に続いて『私が納得できない』と言いたかったのだろうなというのを察していた。

 

義理堅く真面目な性格だという事は知っていたが、会わなかった数年で更に磨きがかかっている事に内心で苦笑する○○。

 

そのままスパッと気分を切り替えてくれれば一番良かったのだが、どうも無理そうであるので、ならばと次善と思われる判断を下した。

 

「うーん……それじゃあ、何時でもいいから『報い』として何かお返ししてくれれば良いから。俺から言うのもおかしいけど、それでどうかな?」

 

「ふむ……それなら大丈夫だ。いや、偉そうな言い方になったが必ずお前に報いて見せる。何事にも報いを――それが乃木の、私の生き方だからな」

 

そう言って納得したように頷く若葉だったが、その隣で話を聞いていたひなたも苦笑しており、○○も彼女と目が合ったので同じ様に苦笑してしまった。

 

(相変わらず真面目で義理堅くて頑固と言うか……昔より磨きがかかってるけど、そこが若葉の良い所なのかな?)

 

(その通りです、○○君! でも最近は皆さんのお陰で少し角が取れてきて、そういう若葉ちゃんも良いんですけどね♪)

 

そんな具合にアイコンタクトを交わしつつ、微笑まし気に若葉を見やる二人なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……ああ暇……って、昨日も同じことを言っていたような……」

 

昨日と同じように病室のベッド上で胡坐をかき、読書を一段落させた○○は前日とほぼ同じことを呟いて、窓から雲一つない晴天を見やった。

 

「大社からの報酬がかなり有るし、何か新しい電子書籍でも買うかなぁ……?」

 

タブレット端末から電子書籍購入サイトへとアクセスし、現れた一覧から適当に興味が惹かれた箇所を選んで吟味していく。

 

少しの間そうしていたが、病室の扉をノックする音が響いたので彼が入室の許可を出すと、千景と友奈が見舞いにやって来たらしかった。

 

「失礼するわ、○○……乃木さんと上里さんから聞いてはいたけど、もう殆んど問題無さそうね」

 

「お邪魔しまーす、○○君。うん、ぐんちゃんの言う通り、元気そうで何よりだよ!」

 

「いらっしゃい、二人とも。もう退屈で退屈でさぁ……歓迎しますよーお嬢様方ー」

 

少し茶化す様な声音で言った彼に千景は呆れたような仕方がないなぁといった表情になり、友奈は戦闘による後遺症で入院した経験があるからか、完全に同意した表情でコクコクと何度も頷いていた。

 

そのまま二人が持ってきた見舞いの品を三人で頂きつつ和やかに話していたが、○○が現在の千景の事に触れると少しおかしな流れになりだした。

 

「いやー、でも安心したよ。ちーちゃんに心を許せる親友が出来てさ。感無量です、よよよ……」

 

「ちょ、ちょっと!? い、いきなり何を言い出すの!」

 

「え、私とぐんちゃんが仲良くしてて嬉しいって事じゃないの? うん、私もぐんちゃんと仲良くできてとっても嬉しいよ!」

 

「た、高嶋さん!?」

 

「でしょう? ちーちゃんはいい娘だけど、ちょっと誤解されやすい所があるからさ。高嶋さんみたいな人が友達になってくれたら、俺も安心だよ」

 

「…………っ!!」

 

「おお、ちーちゃんが真っ赤に。でも、これは照れてるだけで嫌がっている訳じゃないから問題ナッシングなのですよ、高嶋さん」

 

「なるほどなるほど~」

 

恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしている千景を他所に、○○と友奈はお互いにあれこれと千景の事について話している。

 

そのまましばらくブルブルと震えていた千景だったが、少しばかり涙目で○○の方を見据えるとツカツカと彼に近寄り、上目遣いに睨みつけた。

 

そして、未だに顔を赤くしたまま彼の頭に手刀を振り下ろし始めた。

 

「あだっ……あの、ちーちゃん?」

 

「…………」

 

「ぐ、ぐんちゃん……?」

 

二人の問いかけに何も答えずに、手刀を振り下ろす千景。

 

「痛てて、あいたっ、ちょ、タイム、待ってちーちゃん!」

 

「…………」

 

「うおっ、ちょっと待っ、痛たた、あ痛って、ストップ、ゴメン、ゴメンってちーちゃん! ホントゴメンなさい!」

 

言葉は大袈裟だが、○○も笑いながら言っているので本気で痛がっている訳ではないのだろう。

 

千景も途中から笑いを堪えているような表情で手刀を振り下ろしていたが、彼が降参とばかりに首を横に振ると、ふふっと吹き出すように笑い始めた。

 

「二人は本当に仲が良いんだねー。七年ぶりに再会したなんて信じられないもん。ずうっと一緒に居たみたい」

 

そんな二人の様子を見た友奈も、そんな事を言って微笑ましそうにしていたのだった。

 

そんなじゃれ合いが終わった後、彼は友奈に『切り札』を使用した反動について訊いてみる事にした。

 

「そういえば高嶋さん、前回の戦いでかなり強力な『切り札』を降ろしていたみたいだけど、その後の体調は問題ない?」

 

「うん、特に問題は無いと思うよ。戦いが終わった後にちょっと気分が悪くなったけど一休みしたら良くなったし。後は……右手首に軽い捻挫が出来ちゃったくらいかな」

 

そう笑顔で答える友奈。確認の意味も含めて彼が千景の方を見ると、彼女もコクリと頷いた。

 

どうやらやせ我慢などではなく、真実言葉通りであるらしい。

 

その言葉に納得した表情で頷いた○○であったが、心の中ではしきりに首を捻っていた。

 

友奈の降ろした酒呑童子という妖怪は、伝説によれば平安時代の京都付近を暴れ回り、人々を恐怖のどん底に陥れたとされる、日本史上最大最強と言われる鬼である。

 

日本史上最強の妖怪とは何かという議論を行えば、ほぼ絶対に挙げられるだろうと言われるほどに強大な最強の鬼、それが酒呑童子である。

 

そんな存在をその身に降ろし、少し気分が悪くなって手首に軽い捻挫をする程度で済むものなのか?

 

友奈が無事でよかったと思いつつも、彼としては首を傾げざるを得ない結果である。

 

何というか、リスクとリターンがリターンに偏り過ぎている――そんな思いが拭えないのである。

 

皆から聞いた限り、自分が来る以前に友奈が降ろしたという一目連の負担の方が重いのではないかという印象すらある。

 

前回の戦いの友奈と、それ以前の友奈を比べて違う所が何かあるだろうか――?

 

そう言う視点で見てみると――割とあっさりと、違うものがあることに気付いた。

 

彼は心中で納得しつつ、別に負担やリスクが軽くなった訳でも、ましてや無くなったわけではないとも確信した。

 

ではそれは何処に行ったのか――それにも、確信は無いがほぼ間違いないと思える心当たりがあった。

 

それが間違いなければかなり重大な事であるが……今更だなと思い直すと静かに笑った。

 

そんな彼の様子に首を傾げた千景が、どうしたのかと尋ねた。

 

「急に笑うなんて、何か思い出した事でもあるの?」

 

「いや、何でもないよ、ちーちゃん。それより高嶋さん、捻挫した方の手首を見せて貰ってもいいかな?」

 

「え、うん、いいけど……」

 

表情に疑問符を浮かべながら右手首を差し出した友奈に、彼は首に下げられた櫛を意識しつつ自分も手をかざした。

 

そうすると、友奈の手首にじわりと温かいものに包まれるような感覚が生じ、それが暫らく続くと手首の違和感がだんだんと消失していくのが分かるようになった。

 

驚きの表情で友奈が彼を見ている間にもその行為は続き、やがて完全に痛みが抜けてしまい、全く問題なく動かせるまでに全快した。

 

「はい、もう良いよ」

 

「……すっごーい! 治るまであと十日くらいはかかるって言われてたのに、○○君ってこんな能力もあったんだね!」

 

「すごいじゃない、○○。戦うだけじゃなくて、癒すことも出来るなんて」

 

二人から賛辞を受けた○○は照れた表情を見せたが、これは限定的な能力なんだと改めて説明した。

 

「普通の人にも通用したら良かったんだけどね……この回復能力、勇者にしか効果が無いみたいでさ」

 

「そうなの?」

 

「そう。諏訪でも歌野にしか効果が無かったし。一応、水都とか他にも農作業中に怪我した人とか転んで擦り剥いた子どもとかにも試したんだけど、全然効かなかったから」

 

「……それでも、私たち勇者に使えるなら十分じゃないかしら。怪我をする可能性なんて、一般の人の何倍あるのか考えるのも馬鹿馬鹿しい位あるんだし」

 

「ん……ありがとう、ちーちゃん」

 

「……どういたしまして」

 

「やっぱり二人は仲良しだねー」

 

千景からの励ましに彼は礼を言い、それを受けた彼女が照れたようにそっぽを向きつつも口元が緩んでいるという、微笑ましい光景。

 

そんな二人の様子を眺めつつ、友奈は自分の心も温かくなるのを感じていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事がありつつ、暫らくの間平穏が続いて五月に入った頃。

 

大社からの連絡事項を携えた若葉とひなたが、○○の病室を訪れていた。

 

最早双方とも慣れた様子で病室に出入りし、彼もいつもの事だとばかりに入室の許可を出す。

 

病室に入った若葉とひなたは、彼がイヤホンで何かの音楽を聞いているのを目にし、気になったのかどんな物を聞いているのか聞かせて貰う事にした。

 

「これは……以前、球子と杏に聞かせて貰った事があるな」

 

「はい、私も二人に勧められて聞かせて貰いました」

 

「うん、実は二人が端末にダウンロードして持って来てくれてさ。あの二人は本当に俺に気を遣ってくれてて、有り難いことだよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

しみじみとそう言った彼に、若葉は何故か要領を得ない返事しか出来なかった。

 

以前よりも急速に距離を縮め、更に仲良くなっているらしい○○と球子、杏の三人。

 

勇者のリーダーとして、そして何より三人は自分の大事な友達なのだから、その三人がより仲良くなるのは好ましい事のはずで、以前は本心からそう思えていたはずだ。

 

だというのに、何故か今の自分は引っ掛かりを感じている。

 

しっくりこない己の感情に戸惑っている若葉の様子を見て首を傾げた○○は、どうしたのかと彼女に尋ねた。

 

「どうかした、若葉? 何かスッキリしない様な感じだけど」

 

「い、いや、何でもない。それよりも、今日は大事な話があって来たんだ。ひなた、説明を頼む」

 

「はい、若葉ちゃん。今月に入ってすぐですが、大社から新たに任務が言い渡されました。詳しい内容についてですが――」

 

若葉に促されて説明を始めたひなたは、大社からの任務の内容の中身を具体的に述べ始めた。

 

その内容は、一言で言えば瀬戸内海上に形成されつつある進化体バーテックスを排除しろ、というものだった。

 

「いつも通り、皆さんには出撃してもらう事になるわけですが……○○君、貴方についてですが、出撃は許可できないという事でした」

 

「確かに怪我も治っているし、かといって病気という訳でもないから不本意かもしれないが……日常生活はともかく、戦闘行為についてはまだ不安があると言うのが病院と大社、双方の見解なんだ。という訳で、今回は私達の無事を祈っておいてほしい」

 

二人の言葉を聞いた○○は少し渋い表情をしたが、少し溜め息を吐いた後、残念そうではあったが納得を示した。

 

「まあ、そういう事なら仕様が無いか……。みんなを見送るだけっていうのは心苦しいけど、足手まといにはなりたくないし……分かった。無事を祈っているって、他の皆にも伝えておいて」

 

「ああ、必ず伝えよう」

 

真面目な表情でそう請け負った若葉に彼も頷くと、首から下げていた櫛を外して彼女に向けて差し出した。

 

「……これを持って行け、と? それは出来ない! お前の身体を慮って今回の出撃を見送って貰ったのに、もしこれを使ってしまったら意味がないだろう!」

 

「若葉ちゃんの言う通りです! 今、杏さんの働きかけで大社では『切り札』がもたらす反動について本格的な研究が進んでいるんですが、未解明の部分が大きいんです。まして貴方は病み上がり。どんな影響を受ける事になるか……!」

 

若葉とひなたは声を荒げて○○を説得しようとするが、彼は静かに首を横に振ってそれを退け、逆に二人を諭すようにして言った。

 

「二人も分かっているだろうけど、もう不測の事態は命の危機に直結するって事が確実になっていると思う。まして、今回の任務は四国内での防衛戦じゃなくて、結界外で敵を排除するっていう初の形式の任務だ。となると……やっぱり出来る限りの備えはしておくべきだと思う」

 

「それは……! ……だが、やはり……」

 

彼の言葉が理論的に正しいと認めつつも、やはり心情的に認めがたい部分が大きい若葉。

 

そんな彼女に、○○はあえて気楽な表情を作ると何でもない風な調子で軽く言った。

 

「そんな重たく考えないでって。別に絶対使わないといけない状況になるとも限らないんだし、あくまで保険だよ。転ばぬ先の杖とも言うかな?」

 

その様な趣旨で若葉とひなたを彼は辛抱強く説得し、不承不承といった様子ではあったが、何とか二人を納得させることに成功したのであった。

 

「分かった、これは有り難く預からせてもらう。……お前の言う通り、保険で済む事を願わずにはいられないがな」

 

「万が一の用心……時間が経って、心配し過ぎだったと笑い話になればいいですけど」

 

ほろ苦い表情で櫛を受け取った若葉とひなたは、言葉通りの結末になることを願って止まなかった。

 

そして連絡事項も伝え終わり、病院からの帰り道。

 

ひなたは若葉に対し、気になっていた事を尋ねた。

 

奥歯にものが挟まっているような、何とも言い難い表情をしていた事が心配だったのだ。

 

尋ねられた若葉は少し困ったような表情をしていたが、やがてゆっくり、ポツポツと話し始めた。

 

「○○と千景の仲が良い事は、昔馴染みという事を聞いていたから分かっていた。それに、友奈以外にも心を曝け出せる人間が居るというのは歓迎すべきことだ。仲間としても、友達としても」

 

「そうですね。最近の千景さんは、安らいだ表情をしている事が多いと思います」

 

相槌を打ちつつ、若葉の話を聞いていくひなた。

 

「同じように、球子や杏、友奈とも一気に仲良くなっていて、それは本当に良い事だと思っている」

 

そこまでは普段通りの表情で言った若葉だったが、そこで言葉を区切ると、何とも言い難い表情で続きを話し始めた。

 

「そう……間違いなく良い事なんだ。私も本心からそう思っている……はず、なんだが……何故か分からないが、心がざわつく……」

 

「それは……○○君が、楽しそうに皆さんの事を話した時にそう思った、という事ですか?」

 

「そうなんだ、ひなた。こんな感覚は今まで経験した事が無い……一体何なのか、心当たりはないか?」

 

心底困り果てた様子で若葉はひなたに訊いたが、彼女は苦笑気味な表情で若葉に答えを返した。

 

「そうですね……私が答えを言っても良いんですけど、こればかりは若葉ちゃん自身が答えを見つけないといけない事です。あの時と同じように」

 

そう言われ、若葉は復讐心から周りを見ていなかったかつての自分を思い出した。

 

あの時もひなたに少し突き放され、それが結果的に周りを見るという事に繋がり、仲間との絆を深める事にも繋がった。

 

「分かった。ひなたがそう言うなら、暫らくこの感情と向き合ってみよう」

 

「はい、焦らずじっくりと向き合うのが良いと思います。答えが出た時、若葉ちゃんを一つ成長させてくれると思いますから」

 

若葉の言葉にひなたもニコリと微笑み、若葉も少し気が楽になった様な表情で寄宿舎へと帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして任務当日、若葉たち勇者五人は変身を済ませ、瀬戸大橋の上に集合していた。

 

「今さらだけど、どうして結界に入って来てもいない敵を倒せって事になったんだろうな?」

 

「うん、私もそれは疑問に思ってたんだ。前回の戦いで、何か大社の方針に変更があったとか、色々予想は立てられるけど……」

 

「ここで議論していても仕方ないわ。私たちはいつも通り、バーテックスを殲滅する。他の事は後で考えればいい」

 

球子と杏が首を捻って疑問符を浮かべるが、千景はそれらをバッサリと断ち切って話を終わらせた。

 

「球子と杏の疑問も尤もだが、ここに至っては千景の言う通りだ。大社の事についてはひなたに探って貰うとして、私達は任務に集中しよう」

 

若葉がそう纏めると、他の四人も頭を切り替えたのか、雑念を振り払って結界の外へと足を踏み出した。

 

「――――――――――――っ!?」

 

そして、そこで目にしたものに全員が息を呑み、言葉を失った。

 

前回の戦いで○○の右腕を吹き飛ばしたサソリ型バーテックス以上の威容を備えた巨大バーテックスの姿がそこにはあった。

 

ただ、まだ完成はしていないようで、無数の通常体バーテックスが寄り集まり、融合を続けている状態ではあったが。

 

とはいえ、不完全な今の状態でもサソリ型を越える大きさを誇っているのである。

 

このバーテックスが完成を迎えたらどれほどの脅威になるのか……いや、そもそも自分達に倒せるものなのか?

 

そんな想像が全員の頭を過ぎってしまい、思わず背筋に怖気が奔った。

 

しかし、若葉は己の心に浮かんだ恐怖を振り払い、自分を叱咤する意味も含めて全員に声をかけた。

 

「――行くぞ、みんな! こいつが完成する前に倒す! 私に続け!」

 

そして迷うことなく『切り札』を使って精霊・義経を宿し、風の如き速さで巨大バーテックスへと向かっていく。

 

千景、友奈、球子、杏もそれぞれに精霊を宿してバーテックスへと殺到する。

 

杏はやはり『切り札』について心配そうな表情を崩さなかったが、前回の戦いの事もあり、力を出し惜しみして勝てる相手ではないと思ったのか、何も言う事は無かった。

 

若葉は加速からの強烈な一撃を浴びせ、千景は七人による波状攻撃を喰らわせる。

 

球子は巨大化した旋刃盤による体当たりを敢行し、杏は冷気を凝縮した凍て付く矢によって、球子の炎との温度差による攻撃を行う。

 

友奈は一目連の嵐の力を拳に宿して凄まじい連撃を叩き込み、巨大バーテックスに何とかダメージを与えようと試みる。

 

だが――

 

(駄目だ、全然効いていない……!)

 

若葉が思った通り、全ての攻撃が無駄に終わっていた。

 

掠り傷をつけるのがせいぜいで、効果的な攻撃など一つとして与えられていない。

 

若葉以外の四人もその事実には気付いているのだろうが、それでも他に良い方法など無く、繰り返し攻撃をし続けるしかない。

 

と、そんな事を数分ほど行なっていた時。

 

今まで攻撃を受けつつも微動だにしなかった巨大バーテックスが、その威容を静かに動かし始めた。

 

そしてそのまま狙いを定めると、若葉たちが丁度纏まっていた場所へ向けて巨大な火炎球を撃ち出した。

 

全員が球子の巨大化した旋刃盤に飛び乗って難を逃れたが、もう少し遅ければ影も残さず焼き尽くされていただろう。

 

五人が避けた火炎球は瀬戸内海を通過し、そのまま本州側の陸地に着弾、目も眩むような大爆発を生じさせた。

 

その威力に、再び息を呑んで言葉を失う一同。

 

「はあっ、はあっ……ぶっタマげた、まだ完成してないのにこの威力って……どうすんだ、若葉? タマたちの攻撃は効かない、でもアイツの攻撃は喰らったら多分一発で終わりだぞ?」

 

「そうだな……」

 

そう呟いて考え込む若葉だが、現状を打開できる可能性のある方法など、ここに至っては一つしか存在しない。

 

顔を顰めて悩む若葉だったが、やがて友奈が声をかけて決断を促してきた。

 

「若葉ちゃん……やっぱり、酒呑童子の力を使うしかないと思う。ここで何とかするにはそれしか無いよ」

 

そう口にした友奈だったが、やはり皆が口々に反対した。

 

「ダメですよ、友奈さん! 前回は大したリスクも無く使えたみたいですけど、今回もそうだとは限りません!」

 

「伊予島さんの言う通りだわ、高嶋さん。それに、本当に効果があるかどうかもはっきりしていないんだから、リスクが大きすぎると思う」

 

「だな……悔しいけど、こいつはここから動かないみたいだし出直すってのもアリだとタマは思う」

 

それらの仲間の意見を、若葉は身じろぎもせずに吟味していた。

 

確実性を取るのなら、千景、球子、杏の三人の意見を採るべきだろう。

 

切り札を無駄に使ってしまったというマイナスに目をつぶれば、今なら損害も無く撤退できる。

 

だが、このまま退いたとして打開策が見つかる可能性は果たしてあるのだろうか?

 

現状ではどちらとも言えないだろうが、その可能性を上げるために友奈の酒呑童子の力によって一当てしてもらうのも意味のある事だろう。

 

やがて、若葉は懐に仕舞っていた櫛を取り出すと、それを友奈に向けて差し出した。

 

それを見て、全員が目を丸くする。

 

「不測の事態が起きたら使って欲しいと、○○に預けられていたんだ。使わずに済めばと願っていたが……現状を打開するには、友奈の酒呑童子、そしてこの櫛の力を使うしかないだろう」

 

苦い表情で経緯を説明する若葉と同様に、他の四人も同様の表情で黙り込むか、呻き声を上げた。

 

櫛を渡された友奈は忸怩たる思いを抱えて彼の居る四国の方を向いたが、色々と浮かんだ感傷を振り切って皆の方に向き直った。

 

「○○君の想い……無駄にしちゃいけないと思う。それに、ここでこの敵を倒せば世界を取り戻す切っ掛けに出来るかもしれないし!」

 

「……分かった。みんなも言いたい事は山ほどあるかもしれないし、納得も出来ないかもしれない。だが、この場はどうか胸に収めて欲しい。頼む」

 

そう言って頭を下げた若葉に、反対していた三人も理解を示し、友奈の力で巨大バーテックスを攻撃する運びとなった。

 

髪に櫛を刺した友奈は深呼吸すると、キッと巨大バーテックスを見据え、酒呑童子の力を解放した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

ビリビリと空気が震え、鬼の王の凄まじいまでの威圧感が周囲に伝播していく。

 

そんな友奈を危険視したのか、今まで融合に集中していてほぼ襲い掛かってくることが無かった通常型が、彼女目がけて殺到し始めた。

 

完全に力を引き出す前に潰してしまおうという魂胆なのだろう。

 

だが、友奈の他にも勇者は四人おり、そしてこの四人はすでに通常型などでは問題にならない位に場数を踏んでいる。

 

友奈に殺到しようとした通常型たちは四人によってあっという間に蹴散らされ、そして友奈は完全に力を解放して巨大バーテックスに突撃した。

 

弾丸のように飛び掛かっていく友奈を阻止しようと更に通常型が襲い掛かるが、若葉に一刀両断にされ、千景にはバラバラに切り刻まれる。

 

球子の巨大化した旋刃盤にぶつかったものははじけ飛ぶように霧散し、杏も次々と矢を放って友奈に近づこうとする個体を阻止していく。

 

それらを掻い潜って友奈に接近する個体も少数ながら存在したが、猛スピードで突っ込む友奈の勢いに弾き飛ばされる様にして消し飛んでいった。

 

「はあああああああああああああああっ!!」

 

猛スピードで巨大バーテックスに接近した友奈はその身体を射程に捉えると、限界まで引き絞られた矢を放つかの如く、渾身の力で拳を打ち込んだ。

 

まるで大砲でも撃ち込んだかのような轟音が周囲一帯に響き渡り、友奈に殺到しようとする通常型を排除していた若葉たちの耳を刺激する。

 

そして、その攻撃をまともに受けた巨大バーテックスはその箇所からヒビを奔らせ、バラバラと破片をまき散らしていく。

 

その崩壊が静まった時には、既に構成されていた身体の一割ほども失っていた。

 

「よし、効いている! このまま私達で友奈を護衛しつつ繰り返し攻撃すれば、倒せる可能性は十分にある!」

 

若葉のその言葉に、全員の瞳が希望を宿して輝く。

 

損害を被った巨大バーテックスは特に何の動きも見せず、沈黙を保っている。

 

相変わらず通常型が殺到してくるが、全員で連携を取りつつ戦えば全く問題は無い。

 

勝てる――――若葉の言葉通り、全員がそう思っていた。

 

そして友奈が地上に降り立ち、再び巨大バーテックスに飛び掛かろうと腰を落として力を蓄えていたその時。

 

巨大バーテックスを中心に、辺り一面を残さず覆い尽くすほどの閃光が迸った。

 

とてもではないが目を開けていられない程凄まじいその光の奔流に、五人全員が動きを停止させた。

 

まるで太陽を彷彿とさせる暴力的な光の奔流は数十秒に渡って続き――それが収まり、全員が再び巨大バーテックスを視界に入れた時、その姿に愕然とさせられる事になった。

 

「何、あれ……」

 

「太、陽……?」

 

千景と杏の呆然とした呟きが、空気に溶けて消える。

 

巨大バーテックスは、神々しいとさえ言えるほどの光と、全てを焼き尽くさんと言わんばかりの熱を放ちながら勇者たちを睥睨していた。

 

放たれる熱の影響か、その身体の周囲は空気が揺らめき、歪んで見える。

 

杏が零した通り、太陽が地上に降りてきたような印象を与えんばかりである。

 

そして、人が太陽に触れる事など不遜であると言わんばかりの威容。

 

実際、これだけの熱量を常に身体の周囲に纏っているとなれば、友奈は近づく前に燃え尽きてしまうだろう。

 

それを感じ取ったのだろう、杏は若葉に進言した。

 

「若葉さん……残念ですが、今回はここまでです。退却しましょう」

 

「やはり、これ以上は無理か……無念だが、退くしかない……」

 

「待って、若葉ちゃん! まだ私は、って……ぐんちゃん……?」

 

若葉の決定に異を唱えようとした友奈だったが、千景に肩を叩かれて彼女の方を見ると、無念そうに首を横に振っている彼女の姿が目に入り、意気消沈して俯いてしまった。

 

「仕方ないって、友奈……これ以上やったら、多分誰かがやられ……いや、殺される。幸いって言うか、コイツはここから動かないみたいだし、何か方法を考えてからまた挑むってことでいいだろ?」

 

球子は一旦は表現を濁したが、あえて虚飾を取り払った直接的な表現に言い直し、全員に現実を直視させた。

 

前回の戦いでは、少しボタンの掛け違えがあれば、球子と杏、そして○○は死んでいただろうと全員が考えていただけに、その言葉は非常に重かった。

 

「友奈……いつかこいつも倒さなければならないだろうが、それは今ではない。無念だが、捲土重来を期して今回は退こう」

 

友奈はうな垂れたままだったが、それでもコクリと頷いて若葉に同意した。

 

そして、全員で退却を開始した少女達は大橋を四国に向けてひた走る。

 

しかし、途中で後ろを振り返ってバーテックスを見つめる全員の瞳には、遣り切れなさと無念さが宿っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日、病院に到着した若葉は○○の病室へと向かっていた。

 

他の四人も来たがったのだが、もう比較的遅い時間帯だったので、若葉が代表して今日の任務の経過を説明に来たのだった。

 

「失礼するぞ、○○。……ひなた、そんなに暗い顔をしてどうしたんだ?」

 

「若葉ちゃん……いえ、後で説明しますので、まずは若葉ちゃんからどうぞ」

 

若葉たちが任務に臨んでいる間、○○と共に居たひなたが非常に落ち込んでいる様子だったので問いかけた若葉だったが、力ない笑みを浮かべた彼女に自分の用を先に済ませるように言われてしまった。

 

「うん、後で俺からも説明するから、とりあえず任務の事を聞いても良いかな?」

 

対して、○○は何時もと変わらない様子で若葉に説明を促した。

 

「そうか……分かった。では、今回の任務であった事だが――――」

 

二人の態度の違いを訝しみつつも、若葉は任務の経過を説明し始めた。

 

とは言ってもそこまで長々と続くようなものでも無いので、十分もかからずに終わってしまったのだが。

 

そして、頷きながら説明を聞いていた○○だったが、自分にも若葉に伝える事があると言って話を切り出してきた。

 

「実は、俺も若葉に伝える事があって。この右目なんだけどさ……」

 

「右目? それがどうかしたのか?」

 

何の脈絡も無く話を始めた彼に若葉は疑問符を浮かべたが、続けられた言葉に一瞬聞き間違いではないのかと思わずにはいられなかった。

 

「実はさ、もう見えないみたい」

 

「……………………な、何だって?」

 

「○○君の右目は、失明しているんです、若葉ちゃん……」

 

訳が分からなかった若葉だが、その内容に理解が及んでくるにつれてある可能性が頭を過ぎり、それを言葉に出していた。

 

「……それは『切り札』の反動か? 私達が今回もお前の力を使ったからこうなったのか? しかし、お前は諏訪で何度も使ったが反動何て一度も来なかったと言っていただろう……?」

 

ショックの余り語尾が弱弱しくなっている若葉を他所に、○○が説明を始めた。

 

「『切り札』の反動というのは間違いじゃないよ。ただ、それはみんなが使っている『切り札』の反動を、俺が引き受けた事によるものである可能性が高い……というか、ほぼそれで間違いないと思う」

 

「では……諏訪で反動が無かったのは、白鳥さんが『切り札』を使わずに戦っていたから、という事か?」

 

「そうだと思う。無い無い尽くしで大変だった諏訪での戦いだけど、それがいい方向に働いていたって事かな」

 

「……皮肉ですね」

 

ひなたがポツリとつぶやいたが、若葉も全く同じ思いだった。

 

勇者の人数も多く、勇者アプリという優れたシステムもあり、そしてそれをバックアップする組織の規模も諏訪とは段違いに大きい四国だが、それ故に○○は今回の様な事態に直面したと言えるだろう。

 

これを皮肉と呼ばすに何と呼ぶのだろうか。

 

そんな二人の想いを他所に、彼は二人に向けて頼みごとをした。

 

「それで、二人にお願いがあるんだけど。失明した事は、どうあっても隠せないと思う。だからその理由――つまり、櫛を着けた人の『切り札』の反動を俺が肩代わりした結果こうなったっていうのは黙っていてほしい」

 

「な、何だって……? たちの悪い冗談は止めろ、○○。こんな事を周知せずにどうする!」

 

「そういう事ですか、○○君……。若葉ちゃん、今回は彼の言う通りにしましょう……」

 

「ひ、ひなたまで何を言っているんだ……!?」

 

訳が分からないといった表情で困惑する若葉に、○○がこんな事を言った理由を察したひなたが説明を始めた。

 

「球子さんも友奈さんも、心優しい方です。それが『切り札』の反動を押し付けていた何て事を知れば、どれほど衝撃を受ける事になるか……。特に友奈さんは、負担が極めて重いとされている酒呑童子の反動を二度も肩代わりしてもらっています。自分が○○君の右目を失明させる引き金を引いたと思いかねないんです。あの友奈さんがこの事実を知ったら……心が折れてしまったとしても、私は驚きません」

 

「く……っ!」

 

若葉は唇を悔し気に噛み締めたが、反論できる材料は見当たらなかった。

 

優しい友奈がこの事実を知れば、どれほど自分を責めるかなど検討もつかない。

 

この事実を隠せば、少なくとも○○が失明した責任は全員で等分されるだろう。

 

若葉は何とか自分を納得させようとしたが、続けられた○○の言葉に遂に激発してしまった。

 

「それで、これからの事だけど……櫛を使う事は、これから先も躊躇わないでほしい」

 

それを聞いた若葉は頭が言葉を認識するより先に○○に詰め寄り、その肩を掴んで思い切り揺さぶっていた。

 

「お前はっ……自分が何を言っているか分かっているのか! 一切の不幸を引き受ける人柱になると言っているのと同じなんだぞ!?」

 

「全部承知の上だよ。……俺はもう、仲間が死ぬのは耐えられない。それも、死を回避できる可能性があるのにやらなかったなんて事になれば、自分で自分を許せない」

 

彼は若葉の言葉に間髪入れずにそう返し、彼女を絶句させた。

 

若葉は咄嗟にひなたの方を見たが、彼女も悲痛な表情で首を横に振るだけだった。

 

恐らく、彼を説得しようとして失敗したのだろうと若葉は悟った。

 

この部屋に来た時、ひなたが非常に暗い表情をしていたのはそれが原因なのだろうと。

 

若葉は彼の肩を掴んでいた手を放し、高ぶった感情を落ち着けるように深呼吸をすると、彼を真っすぐ見据えて諭すように言った。

 

「もう二度とお前だけに無茶はさせない。私達は全員で戦っているんだ、一人で戦っている訳じゃない。だからお前も……それだけは、忘れないでくれ」

 

そう言い残して病室から退出していく若葉を、ひなたも慌てて追いかける。

 

彼も二人が退出していった扉を暫らく見つめていたが、失明した右目に手をやり、それから櫛をじっと見つめて、改めて覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひなた、私は甘いんだろうな……」

 

「急にどうしたんです、若葉ちゃん?」

 

病院から寄宿舎への帰り道、若葉はひなたにそんな言葉を零していた。

 

「○○の力を使ったとして、あいつが死んだりするわけじゃないんだろう。効率よくバーテックスと戦うのなら、遠慮なくあいつの力を使うのが良いというのは私にも分かっている」

 

黙って若葉の言葉を聞いているひなたを他所に、若葉は独り言のように言葉を続けていく。

 

「だが、それだけはどうしても出来ない……いや、違うか。やりたくないんだ。全く余裕のないこんな状況で方法を選り好みするなんて、一般の人が聞いたらどう思うか……」

 

悄然としてそんな言葉を零す若葉だったが、そんな彼女をひなたは肯定した。

 

「私は、それでこそ若葉ちゃんだと思いますけど?」

 

「……何だって?」

 

顔を上げた若葉はひなたの方を見たが、彼女はいつも通りの穏やかな表情をしていた。

 

「私は若葉ちゃんに、仕方ない犠牲だなんて考えを持ってほしくありません。綺麗事だと周りに言われても、自分が納得できる道をとことんまで探って、その結果みなさんを幸せにする。そういう事が若葉ちゃんには出来ると、私は信じています」

 

まっすぐな瞳で若葉を見つめながらそう言うひなたに若葉は面食らったが、やがて呆れたような表情で苦笑した。

 

「言い過ぎだろう、ひなた。私はそこまで出来た人間じゃないぞ?」

 

「あら、それなら諦めますか?」

 

「それこそ冗談だな。――ありがとう、ひなた。どうも弱気になっていたみたいだ。私はどんな状況になろうと諦めない。自分も仲間も守って、いつかバーテックスから奪われた物を取り戻す、絶対にな」

 

「それでこそ若葉ちゃんです。でも、ちゃんと私にも、そしてみなさんにも頼って下さいね?」

 

「分かってるさ。もう一度、千景から平手打ちを喰らうのは御免だからな」

 

苦笑しながらそう言う若葉にひなたも苦笑いで返し、寄宿舎への帰り道を進んでいく二人。

 

若葉の心は曇りが晴れてすっきりしていたのだが、どうして○○が犠牲になることをどうしても許容できなかったのか。

 

その本当の理由には、自分ではまだ気づいていないのだった。




前半はまるで平和!

後半は不穏さ丸出し!

そして、若葉とひなたは主人公と秘密を共有しました! 実に王道で大変よろしい!(強弁)

……まあ実態は、胃がボドボドになりかねない劇物を抱えさせられたも同然ですが(白目)

そして、右目を失明しました……次はどこを失うのやら、ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。