ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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待っている方が居るかは分かりませんが、大変お待たせしました<m(__)m>

何とか勇者の章BDが届く前に投稿したいと思っていましたが……暇が……休みが……(吐血)

まあ、何とか形になりましたので投稿したいと思います。

そして、久しぶりですが長くなりすぎたので前後編仕様です。

後編はもうちょっとお待ち下さい(懇願)

ではでは、どうぞ。


桜花の章(前編)

○○が『切り札』の影響によって右目を失明してから凡そ一週間が経った。

 

そんな中、杏は自室で今回の件の経緯を思い返していた。

 

「まさか、精神的な影響だけじゃなくて身体的な影響まで発生するなんて……多分、もう二度と光は戻らないんだよね……」

 

巨大バーテックスと戦った次の日、○○と会った時の衝撃を思い出す杏。

 

病室を訪ねた時、彼は医療用の眼帯をしており……そして、失明したと聞かされた。

 

バーテックスとの戦いが本格化してから大分心理的な衝撃には慣れたが、それでも相当な衝撃を受けた。

 

もっと大きく危険性を訴えていれば、そんな事にはならなかったのではないかと後悔ばかり募ったが、過去ばかり振り返っても仕方がないと気持ちを切り替えた。

 

そして今回の件を纏めた意見書、資料を大社へと提出するための作業を杏は行なっていた。

 

ただ、それらの作業を進めつつも、やはりある事が気にかかっていた。

 

「○○さんは、諏訪で何度も櫛を身につけさせる事での強化をやっていたって言ってた。そして、その影響は無かったとも。諏訪で戦い続けた期間は三年だから、軽く見積もっても数十回は行なっているはず。なのに、四国に来てからは三回で重大な影響を受けてしまった……」

 

そこが、どうしても納得できない杏。

 

四国に来たばかりの時の彼は、特に身体的にも精神的にも異常を感じさせるようなものは無く、健康にしか見えなかった。

 

だから、実は『切り札』の影響を受けていたなんていうお粗末な嘘を吐いていた可能性はゼロに等しいと考えて良い。

 

むしろ、使い慣れたものをいつも通り使うといった、何気ない口調だったことを杏は覚えていた。

 

そんな感じで杏があれこれと考え込んでいると、突然肩をポンと叩かれてビクッと飛び上がる様に驚いた。

 

「ひゃあっ!? た、タマっち先輩かぁ……脅かさないでよぉ……」

 

「それはまあ悪かったと思うけど、何度も呼び鈴鳴らしたし、ノックもしたんだぞ? でも何の反応も無いからさ……心配になって、悪いと思ったけど入らせてもらったんだ」

 

「そ、そうだったんだ……ゴメンね、ちょっと集中し過ぎてたみたい」

 

「いいっていいって、そんなの気にしなくて。んで、何にそんなに夢中になってたんだ?」

 

「ええっと、これなんだけど――」

 

そう言って杏はこれまで纏めた資料や自分の考えを、球子に述べた。

 

問題が問題だけに球子も真剣に聞いてくれたが、彼女は理論ではなく閃きを重視して行動しているため、身になる意見は出て来なかった。

 

「う~ん……タマも力になれれば良かったんだけどなぁ……ゴメンな、あんず」

 

「ううん、気にしないで。そろそろ休憩しようかと思ってたし、来てくれて嬉しいよ」

 

そう言って冷蔵庫から持ってきたジュースを球子に差し出し、自分も一口飲んでほうっと息を吐いた。

 

そうして暫らくジュースを飲みつつ二人で他愛無い雑談をしていたのだが、球子が何気なく放った一言が杏の意識を捉えた。

 

「にしても、○○がこんな事になったんなら、アイツの『切り札』はしばらく厳禁だな。タマたちの『切り札』との合わせ技は強かったけど……あんな事になる位ならなぁ……」

 

「そうだね……ん? 私達の『切り札』との同時使用……諏訪では何度使っても反動は出なかった……」

 

ブツブツと、独り言を呟くようにしながら関連する事柄を頭の中で組み立てていく杏。

 

「そう言えば、精霊を降ろす『切り札』は諏訪には無かったって○○さんが言ってたっけ……。そして、櫛を借りた時だけ不調が無かったタマっち先輩と、酒呑童子なんて言う大妖怪を降ろしたのに目立った不調が見えなかった友奈さん……」

 

そこまでを頭の中で吟味していくと、まるでパズルが完成したかのように一つの事実が浮かび上がって来た。

 

だが、その事実は余りにも残酷で認めがたく、しかしだからこそ受け止めなければならないものだった。

 

「あんず……どうしたんだ、顔が真っ青だぞ?」

 

黙りこくって顔を青白くし、心なしか身体が震えている様にすら見える杏を心配した球子は、俯いた彼女を覗き込むようにして優しく声をかけた。

 

声をかけられた杏はゆっくりと俯けていた顔を上げたが、その表情は泣いている様にも嗤っている様にも見えるという、どこか危ういものだった。

 

もっとも、その嗤いを向けているのは自分自身だったのだろうが。

 

「タマっち先輩……今から私の考えを言うね。あくまで予想だけど、そう考えると全部辻褄が合うの。とっても残酷で、タマっち先輩には物凄くきつい予想だと思う……でも、○○さんについての事だから、ちゃんと聞いて欲しいの」

 

「……そっか。分かった、あんずがそう言うなら、タマも覚悟を決めたぞ。逃げずにちゃんと受け止める」

 

「……分かった。それじゃあ――」

 

そう言って自身の予想を話し始めた杏と、それに真剣に耳を傾ける球子。

 

話が進むにつれて球子の表情が険しさを増し、顔色もどんどん悪くなっていく。

 

そして、話が終わった時には先程の杏と同じ様に紙のように白い、普段の快活な彼女の様子からは想像もつかない顔色となってしまった。

 

「は、ははっ……それがホントなら、タマはとんでもないバカだって事になるな……。でも……あんずの言う通りだとタマも思う」

 

「私も、ごく普通のっていうと何だけど……ただの『切り札』の反動であって欲しいとは思ってるよ? でも、確かめずに放置する事は……それだけは、絶対ダメだと思う」

 

「だな……よし、こういうのは早い方が良いに決まってる。明日、訓練場にアイツを呼び出して問い詰めよう!」

 

「そう、だね……それしか無いよね。ただ……心構えはしておかないと……」

 

「ああ……」

 

それっきり球子と杏は黙り込み、夜も遅くなってきたのでそれぞれの部屋で眠りにつくことになった。

 

予想が事実だった場合、自分たちの心は耐えられるのか……そんな不安を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

 

○○を訓練場へと呼びだした球子と杏だったのだが……。

 

「なあ、あんず……どうやって聞き出すか、思いついたか……? 因みにタマは成果ゼロだ」

 

「……全然、何も思いつかなかったよ……というか、どういう風に問い質したとしても、○○さんが口を割る未来が見えないというか……」

 

弱り果てた様子で互いに顔を見合わせる二人だったが、これからその難攻不落の要塞を落とし、真実を聞きださなければならないのだ。

 

外れている可能性も勿論あるが、杏自身はこの推論にかなりの自信を持っていた。……全く嬉しくもない自信ではあったが。

 

暗い雰囲気を纏っている二人が大きく溜め息を吐いていると、丁度○○が訓練場へとやって来て二人のその姿に目を丸くした。

 

「お待たせ、二人とも……って、何か滅茶苦茶空気が澱んでるけど、本当にどうしたの?」

 

「あはは……いえ、こちらの事なので心配しないで下さい」

 

「そう……? まあ、いいけど……それで、話があるっていう事だったけど何かな?」

 

首を傾げていた○○だったが、そう言うのならと気分を切り替え、本題を促した。

 

球子と杏は互いに顔を見合わせたが、一つ頷くと真剣な表情で彼へと向き直り、真正面から尋ねた。

 

「○○さん……私達に、何か隠し事がありますよね? とっても大切な事が……」

 

杏にそう問われて内心驚いた○○だったが、表面上は何のことか分からないといった、戸惑った風を装った。

 

「隠し事……? うーん……何だろ、ゴメンけど心当たりが無いなぁ」

 

その様子は極めて自然で、本当に困惑している様にしか見えない。

 

「あんずから聞いてタマも納得した話なんだけどさ……タマも友奈も、『切り札』を使ったのに至って元気なのは何でだろうって話になってさ。……直球で訊くぞ、○○。お前の右目の失明……タマと友奈の『切り札』の反動を、肩代わりしたんじゃないか……?」

 

かなり深い所まで、相当な確信を持って投げかけられたその問いに、○○は内心舌を巻いていた。

 

杏は『切り札』がもたらす影響について大きな関心を持ち、自分なりに調べている事は知っていたが、それでもこんな短期間でここまで確信をもって問い詰めてくることは、彼にとって予想外だった。

 

「反動の肩代わりって言われても……どうやってそんな事やるの?」

 

「○○さんの櫛……名前は『櫛名田比売』と言っていましたよね? 素戔嗚の八岐大蛇退治において、その身を櫛に変じて素戔嗚の髪に収まり……そして、呪術的な加護を与える事で退治に助力した。そういう逸話がある女神です」

 

「……それで?」

 

「その逸話と同じように、この櫛を身に着けた者には何らかの加護が与えられるのではないかと、私は考えました。例えば……その身に受けるはずだった災いを、櫛の所有者に引き受けさせてしまう、とか」

 

確信を突いた杏の言葉にも○○は――ただただ、心の底から感心していた。

 

彼女の口ぶりからして、若葉やひなたを問い詰めて口を割らせたという、一番考えられそうな事はやっていないと分かる。

 

となると、彼女たちが知り得るごくごく断片的な、ヒントにもならない様な情報からここまで推理した事になるのだが……正直、中学生の洞察力ではないと○○は思った。

 

だが現状、杏の推理には証拠も何もない。

 

事実を言い当ててはいるが、それを証明する術は無いのだ。

 

「なるほど……面白い話ではあるけど、それが事実なら俺はもう少し荒れてないとおかしくない? みんなが負うはずだった代償を、一身に背負ってるって事になるんだからさ。俺はそこまでお人よしには……流石になれないかなぁ」

 

苦笑しながらそう言って、少し呆れたように首を横に振る○○。

 

しかし球子と杏の二人は、どの口でお人よしじゃないなんて言っているのかと、自分のやった事を少しは振り返って貰いたいものだと閉口した。

 

自分たちを庇って右腕を失い、その後に自分たちが気に病まない様にとフォローまで行う。

 

こんな事を、重傷を負った身でありながらやった人間がお人よしではないとしたら、この世にお人よしは一人も居ないだろう。

 

その後も杏は彼の口から何とか事実を話して貰おうと様々な角度から切り込んだが、元より決定的な証拠など何処にもないのだから、どうしても決め手に欠ける。

 

○○もそれが分かっているから、どっしりと構えてまるで慌てることなく追及を躱していく。

 

それでも、○○が本当に中学生であったなら何処かでボロが出たかもしれないが、彼は転生して人生二度目である。

 

おまけに、怪しまれて追及される可能性があるかもしれないと予想していたので、想定外の事態という訳でもないのだ。

 

こうして杏の追及は尽く躱され、万策尽きた彼女は○○を恨みがましく睨みつけるだけとなってしまった。

 

「……どうしても、認めてくれないんですか?」

 

「認めるも何も、そんな事実は無いとしか言えないし。それに、もう良い時間だからそろそろ帰ろうよ」

 

憎らしい程の自然体でそう言う○○に杏は諦めかけたが――そこで、今までの話を杏に任せていた球子が動いた。

 

視線を下げたままズンズンと○○に詰め寄り、彼のその手を取って下げていた視線を○○に向けた。

 

「○○……お前がタマたちに辛い事を背負わせない様にって……考えてくれるのは、すごく嬉しい。だけど……だけどさ……」

 

球子の声に震えが混じり、表情も悲しそうに歪み、瞳も涙で滲んでいく。

 

「タマたちを……恩知らずに、しないでくれよぉ……もっと……もっとさ……タマたちの事、信じてくれよぉ……なぁ……お願いだよ……」

 

そう言って、ポロポロと涙を零す球子に言葉もかけられずにいた○○だったが、つい先日、若葉に言われた事が頭を過ぎった。

 

『私達は一人で戦っている訳じゃない。だからお前も……それだけは、忘れないでくれ』

 

それを思い出した○○は、彼女たちを蚊帳の外に置いてそれで守った気になっていた自分を恥じた。

 

彼女たちが、ただ守られる事を良しとするような人間では無い事など、分かっていたつもりだったが……過保護になり過ぎていたようだと、彼は思い直した。

 

「分かった……ゴメンね、二人とも。予想はしてるだろうと思うけど、結構きつい話になるよ。それでも良いんだね?」

 

「当然です。私もタマっち先輩も、ただ守られるだけなんて御免ですから」

 

「あんずの言う通りだ。どんな事でも……ちゃんと受け止める」

 

真剣な面持ちでそう言う二人に、これ以上の忠告は無意味だと思った○○は、一つ息を吐くと真実を話し始めた。

 

ゆっくりと、しかし重大な事実が彼の口から語られるごとに、球子と杏の表情が強張っていく。

 

話の長さそれ自体は、短いとすら言っていいだろう。何せ、一言で言える程度なのだから。

 

球子と友奈の『切り札』の反動を肩代わりした結果、○○は右目を失明した。

 

これだけであるが――その言葉は、凄まじい切れ味で以って球子と杏の心を切り刻んだ。

 

そして、話を聞き終わった杏は悲痛に表情を歪めて嗚咽を漏らし、球子は崩れ落ちる様にして座り込み、○○に謝罪を……いや、懺悔をした。

 

「ヒック……ごめ、ごめん、なさい……タマのせい、で……おま、え、の……目が……ああああぁぁぁぁぁ……っ!」

 

「う、グスッ……うぅ、そんなの……そんなのって……うううぅぅぅぅぅ……っ!」

 

座り込んで悔恨の涙を流す二人に、○○は同じようにしゃがみ込んで目線を合わせて首を横に振った。

 

「誰が悪かったなんて話じゃない……二人の所為でも、ましてや高嶋さんの所為でもない。ああしないとあの場を切り抜けられなかった以上、仕方のない事だったんだ」

 

そう言って二人を何とか泣き止ませようとした○○だったが、二人は中々泣き止まずに彼は困り果てる事になるのだった。

 

そんな状況であったため、三人とも気付いていなかった。

 

死角で話を聞いていた……聞いてしまった人間が、気付かれる事なくその場から立ち去った事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ――」

 

走る――。

 

「はあっ、はあっ、はあっ――――」

 

走る、走る――――。

 

「はあっ、はあっ、うっ、けほっ――――――」

 

走る、走る――例え息が上がり、呼吸が乱れようとも――――――

 

「はあっ、はあっ、……けほっ、ごほっ……うっ、けほっ…………」

 

友奈は走り続け……寄宿舎の自室に入ると、全速力で走り疲弊した身体から力が抜けたかのように座り込んだ。

 

「○○君の、失明が……私の……せい……」

 

呆然とした表情で俯いて、ポツリと口に出す友奈。

 

訓練場に忘れ物をしてしまった友奈はそれを取りに向かった時、偶然○○と球子、そして杏の三人が話をしていた所に遭遇してしまった。

 

三人の死角になるところで何か話している事に気付いた友奈は声をかけようかとも思ったが、三人が――特に球子と杏の発する重苦しいい雰囲気に気後れしてしまい、そうするのを躊躇ってしまった。

 

そうしている内に失明の真実を問い詰める会話が聞こえてきて、声をかける機会を永遠に失ってしまった。

 

立ち聞きなどすべきではないと分かっていた為にすぐその場を離れようとしたが、『切り札』の反動を肩代わりしたんじゃないかと杏が問い詰める声が聞こえた時、その足が縫い留められたように停止した。

 

そうして息を呑んでいる間にも三人の話は進んでいき、友奈は結局全ての話を聞いてしまう事になった。

 

球子と杏が大泣きし、それを○○が宥めている間にその場を立ち去った友奈は、突き動かされるように走り出し、限界を越えてもひたすら走って寄宿舎の自室を目指し、転がり込むようにして帰り着いた。

 

正直、話を聞いてしまった直後からの記憶が友奈は曖昧になっていた。

 

いつの間にか走り出し、いつの間にか自室へと帰り着いていた――実感としてはそんな感じである。

 

そして、呼吸が落ち着いて来て多少冷静に物事が考えられるようになると、見る見るうちに顔面蒼白になっていった。

 

「私……酒呑童子を降ろした時に二回とも櫛を使ったから……その反動が、全部……○○君に……?」

 

恐ろしい事実を認識し、声が完全に震える。

 

「私が手首の軽い捻挫だけで済んだのは、○○君が反動を肩代わりしたから……二回も肩代わりしたせいで……右目が、見えなく……」

 

友奈は立ち上がり、今にも倒れそうな様子でふらふらと歩を進めると、ベッドへと倒れ込むように伏せ、枕へと顔を埋めた。

 

「私が……私が『切り札』を軽々しく使ったせいで……○○君が……失明したんだ……」

 

そうしてはっきりと口に出して認識すると、友奈はくしゃりと顔を歪めてポロポロと涙を零し始めた。

 

「うぅっ……ああああああぁっ……友だちを、傷つけて……私、最低だ……っ」

 

止め処なく流れる涙は収まる気配が無く、次々と零れ落ちていく。

 

うつ伏せになり、枕で顔を覆った友奈は口から悲痛な声を出しながら泣き続け――結局、その日は一晩中、悲しみに暮れる少女の泣き声が収まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球子と杏が○○から真実を聞き出し、友奈が偶然にもそれを聞いてしまった日の翌日。

 

千景は学校へ行くために寄宿舎の自室を出たが、隣の部屋の扉も開いたのを見たので、今日は友奈と一緒に登校できると思い、良い一日になるかもと気分が良くなった。

 

「高嶋さん、一緒に学校に――――え?」

 

「……あっ、ぐんちゃん。おはよう」

 

友奈に声をかけた千景だったが、彼女の顔色を見て続けて言おうとしていた言葉が途切れてしまった。

 

声色こそ何時もと変わらない様に聞こえるが、表情には普段の快活さなど微塵も無い。

 

顔色は青白く、目元は一晩中泣き腫らしたかのように赤くなっており、一目で尋常ではないと分かった。

 

「あの、高嶋さん……大丈夫なの? 顔色が、その……酷い状態だし、調子が悪いなら今日は休んだ方が良いんじゃないかしら……?」

 

心配そうに眉根を寄せて千景がそう言ったが、友奈はあえて呑気に見える様なあくびをして見せ、のんびりした口調で言葉を返した。

 

「あはは、心配してくれてありがとう、ぐんちゃん。でも、ちょっと夢見が悪くて寝不足なだけだから。だから大丈夫!」

 

そう言って何時もの笑顔を見せる友奈は、本当に何でもないかのように表面上は見えた。……顔色の悪さは相変わらずで、そこだけは心底心配だったが。

 

「……そう、分かったわ。でも、調子が悪くなったら何時でも言って?」

 

「うん、分かってる」

 

笑顔でそう言った友奈だったが、千景としては彼女が素直に体調不良を申し出る可能性はかなり低いと見ていた。

 

何せ、入院中であるにも関わらず病院を抜け出し、戦いの場に駆けつける程なのだから。

 

なので、本当に具合が悪くなってきたと思えたら、周りの協力を得てでも友奈を休ませようと千景は心に決めた。

 

そしてその日の昼休み。

 

友奈は机に突っ伏して、多少の物音では起きない程に熟睡していた。

 

「珍しいですね、友奈さんが昼間からこんなに熟睡してしまうなんて」

 

「確かにな。まあ、今日の友奈は顔色があまり良さそうには見えなかったのも事実だが……。千景は友奈と一緒に登校してきたが、朝はどうだったんだ?」

 

「正直、休んだ方が良いんじゃないかと思ったけど……高嶋さんが大丈夫だと言っていたから、心配だったけど様子を見る事にしたわ」

 

「ふんふん。ま、タマたちがその事を分かっておけば、いざという時にフォローは入れられるだろ」

 

「タマっち先輩の言う通り、今日は友奈さんの体調について気を配っていた方が良いでしょうね」

 

「それにしても、昨日はいつも通りだったのに急に体調を崩すなんて……放課後に何かあったのかな?」

 

他の六人も気掛かりな様子で熟睡している友奈を見ていたが、やはり原因までは推測できずに、とりあえず様子を見ようという事になったのだった。

 

そして話題になっていた友奈だが……夢を見ていた。

 

勇者の姿に変身しているが、周囲に仲間の姿は無く一人きりで、辺りも樹海ではなく霧が立ち込めたようなぼんやりとした空間。

 

『何だろ、ここ……みんなも居ないし……』

 

そうして戸惑っている友奈が辺りを見回していると、前方から地面を踏みしめる様な、だが到底人間が行なっているとは思えない様な地鳴りが響いてきた。

 

友奈は咄嗟に地響きのする方向を向いて身構えるが、やがてはっきりしてきたその者の姿に息を呑んだ。

 

『ぼ、ぼんやりしてて姿がはっきりしないけど……お、鬼……?』

 

彼女の言った通り、眼前には不可解な靄で全身を覆われ判然としないものの、全身のシルエットから鬼としか思えない様な異形が存在した。

 

余りに唐突な出来事に一瞬呆然とする友奈だったが、鬼が拳を振りかぶって振り下ろしてきたことでハッとして臨戦態勢に入った。

 

振り下ろされた拳は轟音と共に地面に叩きつけられ、爆発でもしたかのように瓦礫を四方に飛ばした。

 

寸での所でそれを回避した友奈は自身も拳を鬼の胴体に打ち込んだが……相手にまるで効いた様子は無く、逆に彼女が自分の拳を痺れさせる結果となった。

 

『ぜ、全然効かない……こうなったら『切り札』を使うしか――――』

 

そこまで口に出した友奈だったが、その瞬間右目の視力を喪失した○○の姿がフラッシュバックする様に脳裏に過ぎった。

 

彼が失明したのは自分のせいなのに、その自分が『切り札』を使う資格があるのか――?

 

そんな考えが友奈の頭の過ぎり、身体の動きが硬直して危険なほどの隙を晒した。

 

そして、そんな状態の友奈を見逃すほど鬼も優しくはなかった。

 

掬い上げる様な拳の一撃をまともに受けてしまった友奈は、十数メートルもの距離を吹き飛ばされ、まともな受け身も取れずに地面に叩き付けられた。

 

『う……あ……た、立たなく、ちゃ……』

 

何とか立ち上がろうとした友奈だったが、顔を上げて鬼の方を見るのが精一杯で、身体は全く言う事を聞いてくれない。

 

そして、動けない友奈に対し鬼がすぐさま距離を詰めてとどめの一撃を加えようとしたが――――

 

唐突に、今まで影も形も無かったはずの○○が現れてその結界で鬼の拳を弾いた。

 

『え……どうして○○君が……?』

 

その言葉に○○は答えずに、鬼の気を逸らしながらも場所をジリジリと移動し、友奈から少しずつ離れていく。

 

『あ……ま、待って……!』

 

まるで動けない自分を守るため、鬼を自分に引き付けているような動きを見せる○○に、友奈は弱々しく呼びかける。

 

だがその言葉は彼には届かず、鬼は○○を倒そうと拳を振り回し、彼はその拳を往なし、受け止め、何とか友奈から引き離そうと立ち回る。

 

しばらくそんな状態が続いたが、遂に状況に変化が現れた。

 

鬼が○○の結界の弱点を見破ったかのように渾身の一撃を見舞い、結界を完膚なきまでに破壊してしまったのだ。

 

結界を破壊した拳はそれだけでは止まらず、○○をも捉えてその体を友奈の時と同様に吹き飛ばした。

 

拳を受けた彼の身体は枯葉のように巻き上げられ、そのまま地面にぶつかった。

 

『嫌だ……嫌だよ……○○君、起きて……ねえ……!』

 

友奈は倒れ込んだ○○に必死に呼びかけたが、自分も先程のダメージが未だに抜けきらずに動くことも出来ない。

 

そして、そんな彼女の呼びかけを嘲笑うかのように、鬼は倒れ込んだ○○をむんずと片方の手で鷲掴みすると、その顔をしげしげと眺めた。

 

そして、もう片方の手で何かを摘まむような動作を見せ、それを彼の右目へと近づけていく。

 

『何を……嫌だ、止めて、お願いだから止めて……○○君、○○君!!』

 

最悪の想像が頭を過ぎり、必死になって叫ぶ友奈。

 

だが、そんな呼びかけなど鬼は意にも介さず――――その手で、彼の右目を抉った。

 

『――――――――――あ、あぁ……』

 

ぐったりとして動かない○○、彼の血でその手を濡らす鬼、そして倒れたまま何もできなかった友奈。

 

鬼は掴んでいた○○を離すと、もはや用は無いとばかりに一顧だにせず、友奈へと再び近づいてきた。

 

だが、鬼が一歩一歩近づくごとにその姿は変化していき……友奈の目前に来た時には、全く別の姿へと変わっていた。

 

酒呑童子を降ろした、友奈自身の姿に。

 

友奈の姿になった鬼は、その血に塗れた手を差し出し、友奈にしっかりと見せつけた。

 

抉りだされた、○○の瞳を。

 

『見ていたでしょう? という訳でさ……彼が右目の光を失ったのは、あなた(私)のせいだよ』

 

『あ、あぁ…………』

 

言葉を失い、もはや呻くことしかできない友奈。

 

そんな彼女に、友奈の姿になった鬼は追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

『反動を二度も肩代わりしてもらって……そしてそれを、全く知らなかった。そんな人間が、果たして勇者なんて呼ばれる資格があるのかなぁ……? あなた(私)もそう思わない?』

 

まるで世間話でもしているかのような、極めて呑気な口調。

 

しかしその内容には致死量の毒が含まれており、事実それは友奈の心をズタズタに引き裂き、絶望の呻きを上げさせた。

 

最早言葉を発せなくなるまでに打ちのめされた友奈は俯いて涙を流すのみだが、友奈の姿になった鬼は、徹底的に友奈の心を打ちのめそうとする。

 

『いや、勇者とかそんな問題じゃないよねぇ……もうさぁ、彼の仲間でいる、ましてや友だちでいる資格なんて、あなた(私)には無いよ』

 

心底呆れたような表情でそう口にし、友奈に背を向ける鬼。

 

そして、最後にこう口にした。

 

『彼はこれから苦しみ続けるんだろうね……鬼の呪いで目を失ったんだもの。それもこれも全部、あなた(私)のお陰だねぇ♪』

 

背を向けて去っていく鬼だったが、もはや友奈には立ち上がる気力も、ましてや追いかける気力も残っていなかった。

 

『うっ、うぅっ…………あ、ああああああああぁぁ…………ごめん、なさい……○○君……私、私の、せいで……っ』

 

倒れ込んだままの友奈が、自身の絶望に呑まれて悲痛な声をあげて懺悔する。

 

誰の助けも来ない夢の中で、彼女は自身を責め、泣き続けるしかないのだった。




友奈への精神攻撃(ガチ)!

友奈の心はズタズタに引き裂かれた!

という訳で、不穏の極みである前編です。

ま、まあ、主人公が何とかするでしょう……いや、します(断言)

このままだと、友奈の心が死んでしまいますし……(震え声)
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