いやもうホント……すごくすっごいです(語彙力散華)
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ではでは、後編をどうぞ~
「――――――――――ぁ」
教室の、自分の机に突っ伏して眠っていた友奈の口から、そんなか細い声が漏れ出た。
友奈に気を配っていた千景が最初にそれに気付き、他のメンバーも彼女に釣られるようにして友奈に視線を向けた。
「――――――ぁ、ぁあ…………いやあああああああああああああああぁっ!!!?」
しかし、静かな目覚めとはならずに、現実にはその真逆の出来事が起こった。
友奈は苦し気なうめき声を上げると、そのまま絶叫と呼べるような悲鳴を上げ、椅子を蹴倒すかのような勢いで飛び起きた。
そして、そのまま力が抜けたかのように椅子から転がり落ち、床にへたり込んでしまった。
その余りに壮絶な悲鳴を目の当たりにした他の六人は一様にギョッとした表情を浮かべて凍り付いたが、すぐさま気を取り直すと床に座り込んで息を荒げている友奈のもとに駆け寄った。
「高嶋さん、大丈夫!?」
「ホントにどうしたの、高嶋さん!? 何か朝から調子が悪かったって聞いたけど……嫌な夢でも見たの?」
千景と○○が心底心配している様子で友奈に尋ねるが、彼女は息を荒げつつも力ない笑みを浮かべて首を横に振った。
「う、ううん、何でも無いよ? だから心配しないでほしいな」
「そんな絶叫をあげておいて、何もないなんて言葉は流石に無理があるんじゃないですか、友奈さん?」
ひなたは何かに脅えるように震えている友奈の様子を見逃さず、険しい表情をしながらも彼女を案じていた。
「ひなたの言う通りだぞ、友奈。だから、今日はもう帰宅した方が良い。みんな、友奈の帰り支度を――」
そこまで若葉が言った所で、各々のスマホから聞きなれた、だがいつまで経っても緊張感を強いる音色が流れ出した。
「マジか……このタイミングで樹海化とか……バーテックスめー、空気読めよなぁ……」
「今回は特に間が悪いよね……でも仕方ないよ、早速準備しないと」
球子の愚痴に杏も同意したが、それはそれとして全員に準備を促した。
因みに樹海化が始まった時点でひなたは現実世界へと一人隔離されたので、危険が及ぶ可能性は限りなく低い。
全員が次々と勇者へ変身していき、戦闘態勢を整えていく。
しかし――――
「あ、あれ……? 何で、ど、どうして……!?」
友奈は勇者アプリを起動させようとして出来ず、画面に表示されたエラー表示に困惑と焦りを露わにした。
何度アプリを起動させようとしても、耳障りな警告音と共にエラーメッセージが表示される。
こんな事は、初陣において恐怖で竦んでしまい、何とか自分を奮い立たせた杏以外陥った事が無い状態である。
友奈以外の全員が互いの顔を見合わせる中、リーダーの若葉は決断した。
「友奈……どうも今のお前は精神が乱れに乱れている可能性が極めて高い。先程絶叫をあげて飛び起きたのも、それに関連しているんだろう。……だから、今回はここで待機だ。そして、○○には友奈の護衛を頼む」
「待って、若葉ちゃん! お願い、もうちょっと、もうちょっとだけ待って……!」
友奈は焦りを滲ませながら何度もアプリを起動させようとするが、返ってくるのは来るのは無常なエラー音のみ。
そんな友奈を痛ましそうに全員が見るが、残念ながらバーテックスは待ってくれない。
「高嶋さん……今回は、私達に任せて? そしてまた後で、しっかりと原因に対処しましょう?」
「ぐんちゃん……」
「そうそう、千景の言う通り。ま、アイツらはタマ達がパパーッとやっつけて来るからそれからまた何とかしよう!」
「友奈さん、今回は私達を信じて待っていてくれませんか? 心配でしょうけど……でも、きっと無事に戻りますから」
「タマちゃん、アンちゃん……」
それぞれが友奈を気遣って言ってくれたが、それがまた友奈には辛かった。
辛そうな表情で俯いた友奈だったが、顔を上げると若葉を始め、皆へと頷いた。
「……分かったよ、今日はお留守番だね。みんな……気を付けてね?」
「ああ、勿論。全員で無事に帰ってくるさ。○○、友奈の事を頼んだぞ」
「了解。俺も、みんなの無事を祈ってる」
その言葉に○○と友奈以外の全員が頷くと、レーダーに表示されているバーテックスの出現地点に向けて飛び出していった。
そのまま○○はレーダーを注視し、若葉たちが接敵してバーテックスの移動が止まったのを確認すると、友奈の様子を窺った。
友奈は唇を噛み締め、悔しさと悲しさが混ざった様な複雑な表情をしていた。
「高嶋さん……今回の事は、あんまり気に病まない方が良いよ。心のバランスが崩れる事だって、あり得ないとは言えないんだからさ」
「○○君……」
心のバランスを崩したのは自分の行いが原因で、それを彼も知っているのに欠片も恨み言を言ったり態度に出したりしない。
そもそも、あの時言っていたように本心から気にしていないのだろう。
気を抜くと、彼の心の持ち方に甘えて寄りかかってしまいそうになると、友奈は感じていた。
泣いて許しを乞えば、彼は何でもない様に許す――いや、そもそも友奈の責任だとすら思わないだろうから。
だから友奈は、何でも無いと誤魔化すように笑った。……いつもと同じように見える、しかし間違いなく違う笑顔で。
「あはは、心配してくれてありがとう。……でも、本当に大丈夫だから」
「……分かった。なら、今は前線の様子を確かめる事に集中しようか」
納得しかねる表情の○○だったが、現在の状況を鑑み、若葉たち前線組の様子を注視する事と――友奈の護衛にも集中した。
バーテックスとの戦いは、予想外の出来事が当たり前に起こるのが常なのだから。
それから数分、レーダーに表示されているバーテックスは見る見るうちに殲滅されていき、もう半分も残っていないと思われる。
順調だと○○も友奈も気を緩めそうになったが、油断大敵とばかりに互いの顔を見合わせて頷いた。
――――その心の持ちようが、結果として二人を救う事になる。
「…………? 何か、今ちょっと揺れたような……?」
「高嶋さんもそう感じた? じゃあ俺の気のせいじゃない――――危ないっ!!」
え、と友奈が呟いたその時。その友奈に○○が飛びついて庇うようなしぐさと共に転がった時。
先程まで友奈がいた場所の地中から、進化体バーテックスと思われる個体が奇襲の様にして地面を突き破って現れた。
まるで海面から飛び出してきた魚を彷彿とさせる光景であるが、バーテックスはそんなに可愛げのある存在ではない。
あれだけの質量の物体にあんな速度で衝突されれば、勇者といえど命があるかどうか危ういと○○は息を呑む。
まして此処には勇者に変身できずにいる友奈も居るのだ。そういう状況であったので、○○は友奈の手を取るとすぐさま逃走に移った。
「高嶋さん、行くよ! このままここに居たらまず君から殺される事になる!」
「う、うん! 私はみんなに連絡して応援を呼ぶから!」
「頼んだよ!」
直ぐに逃走に入った○○と友奈だったが、現在の友奈は勇者に変身できていない。
つまり、神樹の力によるサポートも無くなっているので、中学二年生女子として相応の身体機能しか無いという事になる。
勇者たちは戦闘訓練を受けているため、普通の女子中学生よりはマシではあるが、この状況では気休めになるかならないかといったレベルでしかない。
「くそっ、追い付かれた! 高嶋さん、俺の後ろに隠れて!」
「で、でも――――わ、分かったよ……」
焦りの表情を浮かべて一切余裕のない様子の○○の姿に、友奈も黙って従うしかなかった。
自分を守って○○が傷つく姿など見たくないというのが本音だったが、それは自分の我が儘に過ぎないというのも分かっていた。
なので、一刻も早く若葉たちが来ることを望んでいたが、彼女たちの状況も芳しくないようであった。
「若葉ちゃん、こちらは進化体バーテックスの奇襲を受けて逃走中です! 救援を……早く○○君を助けて、お願い……!」
『何だって!? くっ……済まない、こちらも足止めを喰らっているんだ! 片付き次第二人の救援に向かうから、それまで何とか持ちこたえてくれ!』
『もしかしたら……私達が距離を取って二手に分かれたのを見て、数が少ない○○さんと友奈さんの方に奇襲をかけたのかもしれません。倒しやすい方から倒す……戦術の基本ではあります……!』
『マジか、あんず……バーテックスが、そんな人間みたいな事をしたってのか?』
『議論は後よ! 早くこいつ等を倒して、二人を助けに行かないと……!』
漏れ聞こえる声からも、向こうが大変な事になっているのは分かった。
友奈が話している内に○○は進化体バーテックスが突撃してきた隙を突いて結界をぶつけ、逃走を再開するだけの隙を生じさせる。
一瞬よろめいたバーテックスが体勢を立て直すより早く友奈の手を取ると、再び逃走に徹する。
反撃手段がない以上、立ち止まってはじり貧になるので、若葉たちが救援に現れるまでは逃げ続けるしかない。
そうして逃走開始からおよそ十分ほど経ったとき、二人に若葉たちから連絡が入った。
『こちらのバーテックスは全て片付けた! 今から二人のもとに向かう!』
簡潔なメッセージを力強く伝えてくる若葉。
友奈は○○に手を引かれて走り回っていたので息が上がり気味だが、若葉からの連絡で精神的に余裕が出てきたのか、○○を励ますように声をかけた。
「○○君、若葉ちゃんたちがもうすぐ来てくれるって! あとちょっとだけ頑張ろう!」
「よし、それならこっちからも若葉たちに近づこう! 若葉たちがバーテックスに追われていないなら、俺たちが敵を連れていても挟み撃ちされるような事態にはならないはずだ!」
○○はそう言って、若葉たちと合流すべく逃走経路を変更した。
樹海を走り回り、進化体バーテックスの攻撃を躱し、あるいは防ぎつつ合流を目指す。
そして、若葉たちの姿を肉眼でも確認できる距離まで接近したその時――――。
追撃してきていた進化体が、再び地中からの襲撃を敢行してきた。
○○も友奈も、慌てることなくその攻撃を躱したのだが……今回は、幸運の女神は二人に……正確には○○に微笑まなかった。
むしろ、不幸を運んでくる何かしらに好かれてしまったというべきだろうか。
確かにバーテックスの巨体は躱した○○と友奈だったが……地面が高速で砕かれた為に、その破片が○○目がけて飛んできたのである。
「いっ……!? ぐっ、くそ、何が起こった……!?」
顔に何かがぶつかって途轍もない痛みが生じたが、かといって逃げるのを止める訳にはいかない。
○○は気にせず友奈の手を引いて走り続けるが、○○の現在の状態は、ただでさえボロボロな友奈の精神状態を更に痛めつける事となった。
「あ……あぁ…………○○君……右目が、抉れて……血が……こんな、何で……酷い……!」
友奈の言う通り、先程飛んできた破片の影響によって、○○は右目を……もともと失明していたとはいえ、物理的に失った。
破片が当たった右目からは血が流れ落ち、怪我の深さを物語っている。
直前に夢で見た通りの状態になってしまった○○を見て、友奈は心がバラバラになりそうなほどの衝撃を受けていた。
(まただ……私が変身できなかったから……私のせいで……また私のせいで、○○君が怪我を……っ)
当然、友奈のせいなどではないが、タイミングが余りにも悪かった。
○○の失明の真相を知り、さらに悪夢を見て心が弱っている時に、追い討ちをかけるようにこんな事が起きてしまったのだから。
「高嶋さん、気をしっかり持って! あと少し、あと少しで皆と合流できるから!」
「え……あ……う、うん」
必死な表情で友奈を励ます○○に、彼女は気の抜けたような返事しかできなかった。
○○の顔面は、右半分が目の負傷により血塗れになっており、その有り様は右腕を失ったあの時の様子を彷彿とさせるものがある。
それでも二人は走り続け、途中で何度も危ない目に遭いつつも若葉たちと合流することに無事成功した。
当然ではあるが、合流した四人は右腕喪失以来となる○○の重傷に身体の芯が冷える様な恐怖を味わい、次いでそんな惨状をもたらした進化体バーテックスに激烈な怒りを向けた。
「――――斬り捨てる!」
「――――死になさい、今すぐに……!」
「――――バーテックス……お前らいい加減にしろぉ……ッ!」
「――――絶対に許さないっ!」
四人はそれ以上何かを言う事も無く、○○と友奈を追っていた進化体バーテックスに攻撃を開始する。
怒りを抱きつつも我を忘れず、的確に連携して相手を追い詰める様は流石と言うべきか。
この進化体は未だに完成度が低かったのか、それとも元々の耐久度が低かったのか不明だが、四人の連携攻撃に効果的な反撃が出来ず、十分も持たずに原型を失って通常体に戻り、それもあっという間に殲滅されたのだった。
戦闘が終わって樹海化が解けると、○○はすぐさま病院に担ぎ込まれて緊急手術を受ける事となった。
幸いと言うべきか、命に係わる様な怪我では無かったが、それでも重傷には間違いない。
手術は無事終わったが、流石に今の○○は手術が終わったばかりという事で麻酔が効いているので話す事は出来ないし、面会も謝絶である。
少女達は後ろ髪を引かれる様な思いをしつつもその日は解散し、寄宿舎の自室へと戻ったのだった。
翌日、○○が居ない教室で少女達は、大社から○○の容態の連絡を受けたひなたの説明を受けていた。
「○○君の眼球は……昨日の戦闘中、右目に衝突した破片によって完全に損傷したそうです……。元々、『切り札』の反動による視力喪失でしたので、その回復は絶望的を言われるほど低かったですが……これで回復の見込みは……完全に、無くなっただろう、と……」
ひなたの言葉を聞いた少女たちだったが、やはり感情がその理解を拒んでいた。
「それは事実なの、上里さん……? 医者や大社がおかしな希望を持たせない様に、悲観的な予想をしたという可能性もあるんじゃないかしら……?」
「そ、そうだな、千景の言う通りだ! た、タマ達が希望を持ち過ぎないようにしてるんだろ?」
千景と球子が信じられない……いや、信じたくないといった様子で、ひなたに懇願する様に問いかけた。
「いや……それは無いだろう、意味が無い」
若葉がポツリとそう零し、球子と千景は反射的に彼女の方を向いた。
特に千景の方はその眉根を寄せて表情を険しくし、まるで相手を貫かんばかりの鋭い眼差しをしている。
「どうしてそう言い切れるの、それは可能性は低いのかもしれないけど」
抗弁する様に千景が言ったが、若葉の意見を杏が補足する様に自分の意見を述べた。
「○○さんが治らないとなれば、当然私達の心は乱れるでしょう……戦闘にも支障をきたすかもしれません。そう考えると、私達を不安にさせる様な嘘を言うのは、若葉さんが言う様に意味がありません。ですから……真実の可能性の方が高い、と考えられるんです……」
暗い表情で自身の見解を披露した杏に、全員が一言も無く黙った。否定する材料が見当たらないといった所だろう。
そんな、悪い知らせから始まった一日だったが、それでも時間はいつも通り流れていく。
その次の日には○○が目を覚まし、怪我も回復に向かっているという知らせが入り、ホッとした空気が全員の中に流れた。
ただし、それは正確な表現では無かった。
友奈はホッとした様なフリをしていただけで、内心は罪悪感と自己嫌悪で一杯になっており、周囲の雰囲気に調子を合わせただけだった。
自室などで一人になると、独り言を呟いて自分を責めるという日が何日も続いていた。
「私のせい……私のせいで……取り返しのつかない事に……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
そんな、自分を責める内容の言葉を静かに泣きながら繰り返す毎日。
そんな彼女は、さらに追い打ちをかけられるかの様に連日悪夢に襲われていた。
「ぅ……うぅ……う、あぁ…………うあっ! ………………はぁっ、はぁっ、はぁっ……うっ……」
悪夢の内容は様々だったが、共通しているのは自分の無力さが原因で○○が取り返しのつかない怪我を負う事だった。
その度に飛び起きる破目になっているので、疲れもなかなか取れず、よりネガティブな方向へと思考が向かってしまいがちになっていた。
遂に、眠る事が怖くなってしまう程には悪夢を恐れるようになっていた。
当たり前だが、そんな生活を続けていて何事も無く済むはずが無い。
その日、友奈は学校へ行く支度を整えたので、玄関へと向かっていた。
「さてと……そろそろ学校に行かないとね」
そう言って靴を履こうとした瞬間、ぐわんと友奈の視界が揺れた。
「あ、れ……え、何、が……」
そう言っている間にも視界の揺れは酷いものになっていき、それでも友奈は何とかバランスを取って立ち直ろうとする。
しかし、そんな彼女の努力を嘲笑うかのように身体から力が抜け、そのまま倒れ込んでしまった。
割と大きな音を出して倒れ込み、そのまま起き上がれなくなる。
「……うぅ…………あは、は……どうしよう……」
友奈らしくも無い、酷くどうでもよさそうな語調の言葉が口を吐いて出て来る。
このままずっとこうしているのも良いかも、などという彼女からは考えられない様な思考が頭の中をぐるぐる廻るが、そんな事を考えているとインターホンが鳴らされ、次いで恐る恐ると言った感じで玄関が開いた。
「あの、高嶋さん……? さっき、何だか大きな音がしたみたいだけど、大丈夫――――高嶋さん!?」
隣の部屋の千景が、先程友奈が倒れた時の音を聞きつけ様子を見に来たが、玄関に倒れている彼女を発見して血相を変えて抱き起した。
「高嶋さん、何が……って、酷い顔色……それに目の隈も酷い事に……今日はもうこのまま休んだ方が良いわ。これ以上無理をしても、良い事なんて何もない……ね、そうしましょう……?」
「ぐんちゃん……うん、分かった……今日はもう、休むよ……」
「連絡は私がしておくから、高嶋さんは何も心配しないでこのまま休んで?」
千景は労わる様な口調でそう言って、友奈にベッドの所まで肩を貸して行った。
そして寝間着への着替えを手伝い、友奈がベッドに入ったのを見届けると、今日はこのまま一緒に居ようかと友奈に問いかけた。
「あはは……さすがにそれは悪いから……ぐんちゃんにはちゃんと学校に行ってほしいな」
「でも…………分かったわ、何かあったら私でも他の誰かでもいいから、何時でも連絡してね」
「うん……行ってらっしゃい」
千景は終始心配そうな表情を崩さなかったが、最終的に友奈の言葉に背を押されるようにして部屋を後にした。
ベッドに横になって、ぼうっと天井を見上げる友奈。
千景の気遣いに触れたからだろうか、あれだけ眠るのが怖かったはずなのにうとうとと眠気が襲ってきて、ぼんやりしてくる友奈。
「ぐんちゃん……ありがとう……」
ポツリとそう呟き、友奈はこれまでの睡眠不足の影響もあって、夢すら見ない深い眠りへと落ちていった。
日が南に昇り、西に傾いていき、もう西日が強くなるという時間帯。そんな時間帯になっても友奈はぐっすりと眠り続けていた。
しかし、いくら身体の調子が悪くとも本能には抗えないというべきか……彼女のお腹が不平不満を訴えて、くぅーと可愛らしい音を鳴らした。
「ん……ぅん…………お腹、減ったなぁ……久しぶりかも、素直に何か食べたいと思うなんて……」
空腹で目が覚めた友奈は、ベッドの中で微睡んだ思考のままそんな事を考えていた。
実際、○○の反動の真実を聞いたあの日から食欲も減退していたので、その通りではあったのだが。
そんな事をつらつらと考えていた友奈だったが、インターホンが鳴ったので朝から大分良くなった身体を慎重に動かして玄関を開けた。
「高嶋さん、身体の調子はどうかしら……?」
「大分いい感じだよ、ぐんちゃん。お腹減っちゃったから、何か食べようかなって考えてた所なんだ」
そんな会話をしながら、千景を部屋の中に招き入れた友奈。
千景もそんな友奈の様子に薄い笑みを浮かべ、丁度良かったとばかりに持って来ていたある物を友奈に見せた。
「そう、なら良かった……。それなら、これも食べられそう?」
「これは……病人用のうどん、かな?」
「ええ、上里さんに教えてもらいながら作った卵うどん。うどんは消化にもいいし、身体も温まる。卵を入れれば栄養も摂れるし、体調の悪い人に最適だって言われて」
そう言って、持ってきたうどんを温め直して友奈に差し出す千景。
「私の為に……? ありがとう、ぐんちゃん……ひなちゃんにもお礼、言わないとね」
「私から伝えておくわ。今はこれを食べて、しっかり栄養をつけないと」
「うんっ、いただきまーす」
そう言って、ツルツルとうどんを啜っていく友奈。
空腹の身体が喜んでいるような感覚を覚えつつ、夢中で食べていく。
最近は食事が余り美味しいと感じられなかったが、今回は以前と同じようにぺろりと平らげられた。
「おいしかったー! こんなに美味しいうどん食べたの初めてかも!」
「ふふっ、言い過ぎよ、高嶋さん。でも良かった、食べられるくらいには元気になったみたいで」
「えへへ……心配かけてごめんね」
「気にしないで。……それじゃあ、余り長居すると休めないだろうから、今日はもうお暇するわ。それじゃあ、また」
「うん、じゃあねー」
食器の類を片付けた千景は友奈の部屋を辞し、自分の部屋へと戻っていった。
友奈は千景が居なくなった後もしばらくは起きていたが、やがてお腹がすっきりしてくると再び横になって眠り始めた。
しかし――――
「うっ……あ、う…………ぐ、ぅあ…………………………ぁああああっ!?」
他の部屋まで聞こえる様な大声こそあげなかったものの、友奈は再び悪夢にうなされて飛び起きると、ぜいぜいと荒い息を何度も吐いた。
「はあっ、はあっ、はあっ…………○○君が……し、死んでっ…………うっ!?」
今までの悪夢では現れなかった○○の凄惨な死に様が再び思い出され、その姿に胃の中身がせり上がってくるような感覚に友奈は襲われた。
未だ回復していない不調な身体を何とか動かし、口元を抑えながらフラフラとトイレに向かう友奈。
「うっ……おえっ……けほっ、ごほっ…………う、ええええぇぇ……はぁ、うっ、ごほっ……」
トイレにたどり着いた友奈は、そのまませり上がって来た胃の中身を吐き出し、えづき続けた。
苦しさの余り涙や鼻水まで出て来るが、そんなものを気にかける余裕など無い程の苦痛だった。
「うっ……ぅえ…………ぐんちゃ、ん……ひなちゃ、けほっ、ん…………せっかく、作って来て……くれた、のに…………うぐっ、ぅえ……ごめ、なさ…………うえ、ええええぇ……っ」
吐きながら泣いているのか、泣きながら吐いているのか、もはや友奈本人にも分からない程に吐き続けた。
胃が空になって吐き出すものが無くなってもえづき続け、それと連動する様に涙も止め処なく溢れ続ける。
結局、空が朝日で白み出す頃にやっと吐き気は収まったが、その時には友奈も体力を消耗しきってフラフラの状態となり、それでも汚れた口の周りを洗おうと洗面台へと向かった。
ふら付きつつも洗面台にたどり着いた友奈だったが、設置された鏡に映った自分の顔の余りの酷さに自嘲する様に笑うしかなかった。
「……ひどい顔だなぁ……幽霊みたい……あ、はは……私には丁度いいのかも……○○君は、もっと辛いんだもん……」
そう言って口を濯いだ友奈は、ふら付く身体を何とか支えながらベッドに戻り、床に就いた。
悪夢についての恐怖は未だにあったが……あれは自身に科せられた罰なんだと言い聞かせた……いや、思い込んだ。
今度は右目を物理的に失い、未だ入院している○○。
血に塗れた顔で激痛に苛まれただろうに、変身できず戦えない自分の手を引いて無事若葉たちと合流を果たした。
その彼に、代償を押し付けていた自分。
消えてしまいたいほどの自己嫌悪に苛まれ、友奈は枕に顔を埋めながら泣き続けた。
それから数日後。
友奈はあれからずっと学校を休んでいたが、千景は毎日友奈のもとを訪れて甲斐甲斐しく世話をしていた。
しかし、当の友奈は段々と弱っていくように見え、千景としては病院に行くことを何度も勧めていた。
その度に友奈は頑として拒否していたのだが、理由を聞くと彼女は口を閉ざした。
ここまで頑なになったのは何故だろうかと千景は首を捻ったが、すぐに聞き出す事については諦め、ゆっくり、少しずつ話をしていこうと思っていた。
そんな千景がいつも通り友奈の部屋のインターホンを鳴らしたが、数分待っても音沙汰がない。
もう一度鳴らしても返事が無かったので、寝ていて気付いていないのかと思い、ドアノブを引いてみた。
アッサリと開いた玄関の中を恐る恐る確認するが、見回すうちにおかしな事に気付いた。
「高嶋さんの、普段履き用の靴が無い……?」
不審に思った千景は、悪いと思いつつも友奈の部屋の中に入り本当に彼女が居ないのか確認した。
だが、やはりどこにも友奈の姿は無く、机の上にスマホと二つに折りたたまれた手紙らしきものが置いてあるだけだった。
「……高嶋さん、ごめんなさい」
少しでも手掛かりが欲しいと思った千景はその手紙を読んだが、短く簡潔なその内容を理解すると、寄宿舎に居る全員に連絡を取って友奈の部屋に来るように言った。
丁度良く全員が寄宿舎に居た為に数分で友奈の部屋に集合できたが、やはりいきなり呼び集められて全員が困惑していた。
「それで千景、どうしたんだ? 大至急、友奈の部屋に来いとは」
呼ばれた四人を代表して若葉が問いかけたが、千景は険しい表情のまま友奈が書いたと思われる手紙を全員から見えるように机の上に置いた。
「こちらの手紙は友奈さんが? ええと…………わ、若葉ちゃん……これは……!」
「なっ……どうして友奈が……!?」
「友奈も気付いてたんだな……最近、具合が悪そうだったのはコレのせいだろーな……」
「友奈さん……全て自分の責任だって思い込んでしまったんですね……」
手紙には自分が原因で○○が失明した事、それを謝罪……いや、懺悔する内容が繰り返し、何度も書かれていた。
所々文字が滲んでおり、泣きながら書いたのではないかと察するのは容易だった。
「私以外全員が、○○の身代わりを知っていたみたいなのは腹立たしいけど……まあ、いいわ。で、乃木さん、上里さん。この高嶋さんが書いた手紙の内容……真実なのよね?」
虚偽は絶対に許さないとばかりに鋭い視線を若葉とひなたに向ける千景。
「……ああ、間違いない。○○自身から聞いたし、ひなたは○○が失明する瞬間を目撃しているんだ。勘違いしようも無いだろうな」
目を伏せながら言った若葉に対して、千景は激情から掴みかかりそうになったが、何とか自制して大きく深呼吸をするだけで止めた。今はそれよりもやるべき大切な事があると考えて。
「……言いたい事は色々あるけど、今は置いておくわ。それよりも、高嶋さんを一刻も早く探さないと」
千景が焦りを滲ませながらそう言うと、他の四人も賛同した。
「友奈がスマホを持ってればレーダーですぐに分かったのだろうが……行きそうな場所を虱潰しに探すしかないか……?」
「そうするしか無いでしょうね。それに、出来るだけ早く友奈さんを見つけないと、大変な事になりかねません」
「大変な事ってなんだ、ひなた? そりゃ友奈の心が相当マズいってことはタマも分かるけど」
「タマっち先輩、友奈さんは今スマホを持っていないから……もしそんな状態で樹海化なんて起こったら命の危機だよ。勇者の適性がある人は樹海化が起きても現実に隔離されないから……」
杏のその言葉を聞き、全員が一刻も早く友奈を見つけなければと心に定めた。
五人でそれぞれ別方向を担当する様に区割りを決めると、それぞれの担当範囲に向けて駆け出した。
千景は周囲に目を配りながらもスマホを取り出し、○○へと電話をかけた。
数コールで○○は出て、どうしたのか千景に問いかける。
『はい、もしもし。ちーちゃん、どうかした?』
「ええ、緊急事態よ。実は、高嶋さんが――――」
それから千景は経緯を簡潔に説明し、○○に協力を求めた。
といっても、未だ入院している○○を捜索に駆り出すなんて真似は流石にやらない。
「もしかしたら、高嶋さんがあなたの所にいくかもしれないわ。可能性としては低いと思うけど……もし病院で見かけたら、すぐ私達に知らせて欲しいの」
『分かった。今からざっと病院内を見て回ってみる。何かあったら連絡するから』
「お願い、私も高嶋さんを見つけたらすぐ知らせるわ」
そう言って千景は通話を終え、友奈を探す事に専念するのだった。
「高嶋さん……」
沈痛な表情でポツリと呟いた○○。
どうやって代償を引き受けていた事を知ったのか分からないが、彼女の心境は察するに余りあると○○は考えていた。
あれだけ周囲の人間を大切にしている彼女なのだから、言葉に尽くせない位の衝撃を受けただろうと。
そんな事を考えながら病室を出て、入り口のロビーまで降りてきた○○。
外来の患者が多くいるが、当然と言うべきか友奈の姿は見当たらない。
「って、こんな所に居る訳ないっての」
そう言って自嘲する様に鼻を鳴らした○○だったが、不意に周囲の音が消え失せた事に気付いた。
「……マジですか。タイミング悪すぎ……」
険しい表情で溜め息を吐いているとスマホから樹海化警報が鳴り響き、バーテックスとの戦いが起こる事を知らせてくる。
樹海化していく空間を走って病院から外に飛び出し、勇者への変身を済ませた○○はレーダーを見て他の面子が居ない方角へと走り出した。
単独行動は非常に危険だが、友奈の行方を不明なままにしておく方が論外である。
変身が出来ない状態では、一番弱い星屑にさえ抗えないのだから。
「高嶋さーん!!」
友奈の名前を大声で叫びながら辺りを見回す○○。
早く見つけなければと焦燥感に駆られながら走り回っていると、ある物を見つけた。
「これは……高嶋さんがいつも着けてたヘアピン……」
友奈がいつも身に着けていた、桜をあしらったヘアピンを○○は発見した。
この近くに居る可能性が高いと考えた○○は、周囲を見回し、そして聞こえてくる音にも耳を澄ました。
「――――――あっちから、何か聞こえる」
レーダーでその方向を確認したが、自分以外のメンバーは誰も居ないはずの場所になっている。
そうなると、誰が居るのか――――考えるまでも無いだろう。
そして、自分に一番近い位置にいた千景に、自分の周囲に友奈が居る可能性が高い事を伝えて一緒に探してもらおうと応援を要請した。
連絡を終えた○○は捜索に専念し――――数分後、多数の通常体バーテックスに追われている友奈を発見した。
今にも友奈に追いつきそうになっていた通常体を結界で阻み、弾き飛ばす。
弾き飛ばされた通常体が更に別の個体にぶつかって団子状態になってしまい、一時的に動きが止まる。
それを確認した○○は何が起きたか分からないといった様子の友奈の手を取ると、以前と同じように手を引いて逃走を開始した。
「どうして、○○君が……病院にいたんじゃ……?」
「それを高嶋さんが言う? 俺が来る前の戦いで、病院から抜け出して戦いに行って大目玉喰らったって聞いたんだけど?」
手を引きながらも茶化すようにそんな事を言う○○。
余りにも普段通りの彼の様子に友奈も普段通りに返しそうになったが、その○○の姿は四国に来たばかりの頃とは大きく違う。
まだ半年ほどしか経たないのに、右腕を失い、つい最近は右目まで喪失した。
そして自分は、○○が右目を失った元凶なのだ。それなのに彼から助けて貰う資格などあるはずも無いと、友奈はそう思い定めていた。
「○○君は知ってるんでしょう? 私は……キミの右目を奪った元凶なんだよ? そんな私が、キミに助けて貰う資格なんて……っ」
悲痛な、心が壊れそうな声でそう言い募る友奈に、○○は上手く通常体から逃げ回りながらも力強く答えた。
「高嶋さんは諏訪でのあの夜、俺が苦しんで泣いた時に励ましてくれた……俺の心を助けてくれた! 心が死んでしまいそうだった俺を救ってくれた!」
友奈の手を引き、彼女の方を振り返った○○は、彼女へと誓いの言葉を叫んだ。
「だから俺も、君が危ない目に遭ったなら絶対に助ける! 何度だって!」
「○、○、くん……」
力強い言霊に、友奈の頑なだった心が解れていく――暗く沈んでいた心に光が差していく。
自分の手を引く少年からは一切の偽りを感じず、ただ一つの事だけしか伝わってこない。
絶対に君を助ける――ただそれだけ。
友奈の瞳からポロポロと涙が零れるが、今までのように暗く冷たいものでは無く、優しく温かい感情から流れたものであった。
感情が高ぶってしまい何も言えなくなった友奈だったが、繋がれた手をぎゅっと握り返す事で返事とした。
そんな友奈の手を○○もしっかりと握り返し、もう一度振り返ると彼女に向けて笑いかけた。
期せずして友奈の心を解きほぐした○○だったが、未だ逃走中であることを忘れた訳ではない。
そして、適当に逃げ回っていた訳でもない。
「ちーちゃん、俺たちはこっちだ!」
「ええ、ちゃんと見えてるわ……!」
先程連絡した千景との合流に成功した○○は、千景が逃走中に合体したと思われる進化体を弾き飛ばしたのを確認すると、友奈の体力がほぼ限界に達していた事もあって結界を張ってから停止した。
「高嶋さん、体力は大丈夫?」
「大丈夫って言いたいけど……ちょっと、きついかも……」
友奈にしては珍しく弱音を吐いたが、無理も無い事だと○○は思った。
そもそも彼女だけ勇者に変身していないし、これまでずっとバーテックスに追われていたのだから。
そして、千景の方も戦況は芳しくない。
○○と友奈を追っていた通常体は追撃中に合体を繰り返したらしく、現在は進化体が五体も揃ってしまっている。
千景も『七人御先』を降ろして何とか応戦しようとするが、五体の進化体を前にしては流石に数の優位があろうとも苦戦は免れない。
いや、下手をすれば敗北の可能性も十分考えられる。
そして、バーテックスとの戦いにおける敗北とは、現在の状況を考えれば死以外に考えられない。
よって、決断した○○は千景に櫛を投げ渡した。
「ちーちゃん、これ!」
「えっ? って、こ、これは……!」
七人の内の一人に櫛を渡した○○は、千景に身に着けて進化体をすぐさま排除する様に叫んだ。
「早くそれを着けて、一刻も早くこいつらを倒すんだ!」
「止めて○○君! もうこれ以上それを使わないで!」
「高嶋さんの言う通りよ、○○! 乃木さんたちが駆けつけるのを待てば、こんな奴らは櫛を使わなくても……!」
七人で苦戦しつつも進化体を抑え込んでいる千景だが、先程から分け身がやられる頻度が上がっている事に○○は気付いていた。
このまま戦い続ければ、分け身が同時にやられてしまう可能性が高くなるとも。
そしてレーダーを見る限り、友奈の捜索の為に分散した事が仇となり、若葉たちはバーテックスの足止めを喰らい、すぐにこちらには来られない状況に陥ってしまっている。
若葉と球子、杏の三人は合流した様なので、やられる可能性が低いだろう事は幸いではあるが。
「若葉たちがこちらに合流するまで、どう短く見積もっても十五分はかかる。高嶋さんの事は俺が守るけど、それだって絶対とは言えない。そしてちーちゃんも、五体の進化体相手にこれ以上戦い続けたら危険だ! これ以上、戦いを長引かせるべきじゃない!」
「「………………っ」」
○○の意見は頷かざるを得ない正論で、千景も友奈も無言で唇を噛み締めざるを得なかった。
千景は大変な葛藤の中にいた。
勇者としての役目を果たすのなら、彼の言う通り櫛を身に着け、迅速にバーテックスを排除すべきである。
だがそうすれば、彼はまたどこかの身体の機能を失う可能性が非常に高い。
(勇者であることと、大切な人……私に、どちらかを選べ、と……?)
本来、秤にかけてはいけないものをかける羽目になり、千景の心が軋みを上げる。
千景は咄嗟に○○の方を向いたが、覚悟を決めた表情で自分に頷いた彼を見て……自分も覚悟を決めた。
しかし、勇者といえど未だ幼い少女である彼女には完全に心を役目に振り向けることは出来ず、その歪みが涙という形で現れた。
櫛を身に着けた千景は、圧倒的な強さの『七人御先』によって苦戦していた進化体を順調に圧倒し、撃破していく。
だが、今まで苦戦していた敵を圧倒しているにも関わらず、千景の心には達成感も高揚感も無く……ただひたすらに、目の前のバーテックスが憎かった。
「うああああああああああああああぁっ…………アンタ達さえっ……アンタ達さえ居なければ! 高嶋さんも、○○も……無事で……いられたのに! どうして……どうして……うああああああああああああああぁっ!!」
激情のまま、悲しみの涙を流しながら進化体を撃破していく千景。
やがて最後の一体も撃破され、ばらけた通常体も千景があっという間に排除してしまった。
戦闘が終わって静寂が広がる中、『七人御先』を解除した千景が何かを恐れるようにゆっくりと○○と友奈の二人に近づいていく。
涙の跡を拭いながら近づいてきた千景が、恐る恐る彼に問いかけた。
「○○……絶対に嘘は吐かないで。どうなったの……?」
問われた○○に逡巡が生じるが、もう嘘を吐く意味は完全に無くなってしまっている。
今誤魔化したとしても、後でそれがバレれば今回の友奈の様な最悪の事態を引き起こす可能性があるのだから。
不安げな表情の友奈と千景に目をやり、一つ息を吐くと正直に答えた。
「さっきからさ……右耳が聞こえない。今回はどうも、ここを持っていかれたみたい」
そう言って右耳をトントンと突くと、千景は力が抜けたように鎌を取り落とし、膝を着いて○○に縋って泣き出した。
同じ様に、友奈もしゃくり上げるように嗚咽を漏らし、○○へ謝っていた。
「ごめんなさい、ごめん、なさ、い……私が……私、が、もっと……もっと上手く……戦えていたら……もっと、強かったら……うああああああああああああああぁ……っ」
「うぅ、あああああぁ……ぐんちゃ、ひぐっ……ぐんちゃんのせいじゃ、ないよ……私が、一人で……抱え込んじゃったから……だから……こんな、ことに……っ」
何度も何度も、繰り返し謝る千景と友奈。
自分に縋りついて泣きながら謝る二人に、○○は慰めるように頭を撫でながら、言葉をかけた。
「二人とも、泣かないで? ……本当に、無事でよかった。それだけで、俺は嬉しいから」
その言葉を聞いた二人は更に激しく嗚咽を漏らし、彼に縋りつくのだった。
戦いの後、こっそりと病院に戻った彼だったが、当然と言うべきか抜け出した事はバレており、医者と大社の関係者に有り難いお説教を頂く羽目になった。
もっとも、問題といえばそれだけで、数日後にはめでたく退院できることとなった。
右耳の聴力喪失については、病院と大社がやはり合同で調査するらしく、定期的に病院に通う事になる。
「あー……やっぱり病院暮らしは退屈だ。というか、もう一生分入院した様な気がするから当分こりごりだなぁ……」
そんな事をぼやきながら○○が病院を出ると、入り口で待っていたらしい友奈が声をかけてきた。
「○○君、退院おめでとう!」
「あれ、高嶋さん。もしかして、ずっと待ってたとか?」
「えへへ……早く会って、お礼が言いたくて。改めて言わせてね。……あの時、私を助けてくれてありがとう」
「いや、気にしないで。俺からも礼を言わせて。今日は待っててくれてありがとう」
お互いに礼を言い合った二人は笑い合い、○○の借家まで友奈が付き添って行くことになった。
二人とも口数は少ないながらも嫌な空気ではなく、終始穏やかな雰囲気の中歩いていた。
しかし、そんな穏やかな雰囲気もあっという間に過ぎ去り、○○の家まで着いてしまった。
「名残惜しいけど……○○君は退院したばっかりだし、今日はこれでお別れだね」
そう言って寄宿舎へ帰ろうとした友奈だったが、何事かを思い出した○○に呼び止められた。
「ああ、ちょっと待って。高嶋さんに渡さないといけないものがあるんだ」
「渡さないといけないもの? 私に?」
「うん。はい、これ」
「え、これ……」
彼が友奈に渡したものは、あの日樹海で見つけた彼女の桜をあしらったヘアピンだった。
見つかると思っていなかった物だけに友奈が驚いて受け取ると、彼はにっかりと笑いながら言った。
「お気に入りなんでしょう? もう失くしたらだめだよ?」
そう言って借家へ入ろうと背を向けた○○を、友奈は衝動的に呼び止めた。
「あ、あの! あ、ありがとう……とっても……すっごく嬉しい……。それで、その……お、お願いがあるんだけど……あの、聞いてくれたら嬉しいなって……」
「お願い? うん、別にいいけど何かな?」
特に気負った様子も無く了承した○○とは対照的に、心臓の鼓動を速めながらつっかえつつも言葉を紡ぐ友奈。
「このヘアピンをね……着けて欲しいの、私に。……あの……どう、かな?」
「そのヘアピンを? まあ別にいいけど……俺は左手しか使えないから、高嶋さんも手伝ってね?」
「うん、もちろん!」
そう言って○○にヘアピンを渡し、自分は着ける場所の髪をしっかり伸ばして着けやすくした友奈。
「はい、それじゃあ着けるよ?」
「う、うん」
気負った様子も無くヘアピンを友奈に着けた○○と、間近で彼の目を見てぼうっとしていた友奈。
そうして一瞬の共同作業が終わると、友奈は名残惜し気にしつつもそれを表に出さないように離れ、○○の方も背を向け、今度こそ貸家の玄関の方へと歩いて行った。
「また明日会おうね、○○君!」
「うん、じゃあね」
首だけ後ろを振り返って手をヒラヒラと振りつつ、○○は家の中へと入っていった。
それを見送った友奈は、先程彼に着けてもらったヘアピンを愛おし気に撫で、面と向かっては言えなかった事を、熱の籠った声音で言った。
「○○君……好き、……大好き」
潤んだ瞳で彼が消えた玄関を見つめ、続けて言葉を紡ぐ。
「キミが私を守ってくれるって言うなら、私もキミの事を絶対に守るから――――」
彼女は誓う。
自分の心を救ってくれた愛おしい人に、命を賭けて。
「――――私が死ぬまで、ずっとずっと、いつまでも」
そう言って――――。
友奈に辛い思いさせ過ぎ訴訟。
……正直やり過ぎかとも思いましたが、やるならとことんやるべきだと思い突っ走りました。
ゴメン、たかしー!m(__)m
そして今回、右目を物理的に喪失、更に右耳の聴力も喪失しました……
あー……きっつい(白目)