その影響で執筆時間が取れたので、何とか書き上げられました。
しかし、のわゆ編の最終更新日はもう一ヶ月以上前……
お待たせして申し訳ないっす<m(__)m>
では、どうぞ~。
P.S みーちゃん、誕生日おめでとう!
「はあ……あっついなぁ……」
顳顬から頬を伝って顎へと流れ落ちる汗を手の甲で拭った○○は、雲一つない快晴の空を見上げ、うんざりした様にそんな事を呟いた。
季節は既に夏真っ盛りである八月に入ったばかりで、それを考えれば当然の気候ではあるが、こうも暑くては愚痴も零れるというものだろう。
「ま、仕方ない……と言うか、絶対やらないといけない事だし」
そう言って気を取り直した彼は用意していた菊の花を抱え直し、墓地へと足を進めた。
時刻はもうすぐ正午という所で、そんな炎天下を歩いていた○○だったが、途中で意外な人物に出くわした。
「あれ、ひなた。こんな所で会うなんて偶然だね」
「それは私も同じですよ、○○君。……神託が出たので、お盆を待たずに早めにお墓参りに行こうという事ですか?」
夏らしい涼し気な服装に身を包んだひなたがそう訊ねると、○○も頷いて肯定した。
「うん、正解。まだ墓参りには早いけど……神託が出た以上、時間がある時にやっておかないとね。親不孝な息子なんて言われたくないし」
「まあ、ダメですよ? ご両親の事をそんな風に言っては」
最後に冗談めかした言葉を少し笑いながら言った○○に、ひなたも釣られて笑いながら彼を窘めた。
そして、直ぐに笑いを引っ込めたひなたは真面目な表情になると、彼に提案した。
「あの……もし良ければなんですけど、私もあなたのご両親のお墓参りに着いて行っても良いですか?」
「ひなたも一緒に? うん、君が来てくれたら父さんも母さんも喜ぶと思うし、こっちがお願いしたいくらいだけど……時間とかは大丈夫?」
「ええ、今日は大社へ行っていましたけど、諸々の用事は既に済ませました。後はもうフリーですね」
ひなたの返事を聞いた○○は同行を快諾し、二人は連れ立って彼の両親の墓がある墓地へと足を向けた。
とある寺の隣の敷地にある墓地に、○○の両親の墓は存在している。
墓に到着した○○とひなたの二人は、まず寺から借りた掃除道具を用いて周囲の掃除から始めた。
それらが一通り済むと、○○が用意してきた菊の花を墓前に供え、線香をあげてから二人並んで手を合わせた。
静けさが支配する墓地の中で、勇者と巫女の二人は故人の事を思い出しながら静かに黙祷する。
しばらくそうした後、何方ともなく目を開けた二人は後片付けを行なってからその場を後にした。
相変わらず厳しい日差しを浴びつつ二人して歩いていると、○○がひなたに向けて礼を述べた。
「それにしても助かったよ、ひなた。俺はこんな風になっちゃったから、一人で来てたらあそこまでテキパキと掃除も捗らなかっただろうし」
あるべきものが存在せず、風で揺れている右袖を示しながら○○が言うと、一瞬悲しそうな表情をしたひなただったが、すぐさまそれを消すといつも通りの声音で彼に言った。
「いいえ、気にしないで下さい。今日会ったのは偶然ですけど、○○君のご両親に挨拶する機会ですし。私も一緒に行けて良かったです」
微笑しながらそう言うひなたに○○も安心したのか、それ以上畏まるのは止めてまた歩き出した。
とは言え、両親の墓参りを手伝ってくれたひなたには何か形になる礼をしておきたいと○○が思っていると、丁度いい具合に喫茶店が目に飛び込んできた。
昼の盛りは過ぎてしまっているが、ちょっとした軽食をとる位なら十分だろう。
そう考えた○○は、ひなたに自分の奢りでここで何か食事をしていこうと誘った。
「いえいえ、そんな! 友達として当然の事をしただけですから、本当に気にしないで下さい!」
パタパタと手を振って固辞しようとしたひなただったが、彼が炎天下で暑いから暫らくここで涼みたいし、付き合って欲しいと言ったりするなど、手を変え品を変え誘った事で遂に折れて、店に入る事になった。
テーブル席に案内された二人はそれぞれコーヒーと軽食を注文し、最初に出された水を飲んで一息吐いた。
しばし無言になる二人だったが、やがてひなたは気になっていた事を○○へと切り出した。
「あの、答えられないのならそれでも良いんですけど……○○君のご両親の……その、最期はどの様なものだったんですか?」
決して興味本位で訊いている訳ではないと分かる、真剣な表情と声。
それを感じ取った○○も、彼女の疑問に答える事にした。自分の中で、もう整理は着いているのだから。
「あの日の夜、運よく諏訪大社に逃げ込めた俺に、暫らくして母さんから電話がかかって来てさ。もう聞いた事が無い位に切羽詰まった声で……俺の安否を心配してた。で、俺の事が無事だって分かるとあからさまにホッとした様な声音で息を吐いて……」
そこまで言って、○○は再び水を一口飲んだ。ひなたは唇を固く結び、真剣な表情を崩していない。
「そしてさ、父さんも一緒に居たみたいで母さんと色々代わる代わる話してたんだけど……いきなりとんでもない大きさの音が聞こえたと思ったら、父さんと母さん以外の人の悲鳴が聞こえてきたんだ」
○○がそこまで言うと、ひなたの顔色が明らかに青ざめた。この後の展開に想像がついてしまったからだろう。
「物凄い大きさの音の中で父さんと母さんが、愛してる、幸せになりなさい、って言って……それからすぐに電話が途切れて、そこで終わり。どうなったかは……あんまり想像したくないけどね」
話し終えた○○の表情は落ち着いていたが、それでもひなたは無神経な事を訊いてしまったと後悔した。
知らない、分からないという答えが返ってくるものと予想していたのだが、ここまで克明に両親の最期を聞いていたとは思わなかったのだ。
「ごめんなさい、○○君……軽々しく聞いていい話ではありませんでしたね……」
「いやいやいや、そんなに落ち込まないでって! 嫌だったら話さなくていいってひなたも言ってたんだから、それでも話したのなら俺の責任でしょう?」
そう言って、落ち込んでいるひなたを何とか宥めている内に軽食とコーヒーが出され、○○のフォローで少し気を取り直したひなたがある事を口にした。
「そういえば若葉ちゃんから、○○君のご両親と若葉ちゃんのご両親は昔から友達だったと聞いた事があるんですけど、本当ですか?」
「ああ、その話か。うん、事実だよ。確か、幼稚園くらいの時からもう友達だったんだってさ」
「そんなに昔からなんですか。…… という事は、幼いころから一緒に育った少年少女が成長し、お互いを意識し合い、そして結ばれ、やがて若葉ちゃんという娘を授かった……と言う事ですか!?」
瞳をキラキラさせながら自分の想像を語るひなたを苦笑気味に見やる○○だったが、先程までの沈んだ表情よりはよっぽど良いと思い、その続きを話す。
「実際、そんな感じだったらしいよ。……と言うか、若葉の両親をくっ付けようと色々やったのが俺の両親っぽいし」
「……ええっ、本当ですか!? そんな事があったなんて……それにしても、良く知ってるんですね」
不思議そうな表情でひなたは首を傾げたが、○○にしてみれば耳に胼胝ができる程に訊かされた話でもあった。
「母さんが良く話してくれた……て言うか、惚気てさ。あなたのお父さんは乃木の小父さんから相談を受けて、乃木の小母さんとの関係を取り持ったのよとかそんな話をしてさ。その時に、二人の為に頑張るお父さんを見てたらお母さんはお父さんの事が好きになっちゃったとかそう言う話を延々と……」
げんなりした表情で話す○○に、ひなたも同情的な視線を向けていた。
自分の両親が結ばれた経緯に興味が無いとは言わないが、それを我が子に嬉々として話す母というのは……正直、非常に微妙な感覚に成らざるを得ないだろう。
「え、ええっと……○○君のお母様も、悪気は無かったんだと思いますよ? それに良い事じゃないですか、そこまで夫婦仲が良かったというのは!」
自分でも結構苦しい事を言っているという自覚があったひなたは微妙なフォローしか出来ず、そんな彼女の言葉を聞いた○○も力なく笑うしかなかった。
「まあ、それはそうなんだけどさ……息子に惚気るのだけは勘弁して欲しかったというか……俺、間違った事言ってないよね?」
「の、ノーコメントで……」
言及を避けたひなただったが、避けたという事実だけで○○の事を肯定したも同じであった。
実際、ひなたがその立場だったとしたら、若葉に愚痴りまくっているだろうと言うのは容易に想像がついた。
曖昧な表情で笑うしかないひなたを流石に気の毒に思ったか、○○は話を先に進める事にした。
「そんな風にして大学在学中に結ばれた二組のカップルは、卒業後しばらくして結婚。そして、それぞれ女の子と男の子に恵まれました……っていう所かな」
「なるほど、そんな経緯があったんですね。……あら、という事は、○○君の両親が転勤族で無かったとしたら、若葉ちゃん、私、そしてあなたの三人で幼馴染をやっていた可能性もあったという事ですよね?」
「だろうね。実際、俺と若葉は赤ん坊の頃に顔を合わせた事があるらしいし。まあ当然だけど、お互いそんな事は覚えている筈も無いから、実質は小学四年の新学期開始前が初対面も同然だけど」
「そうですね……もう五年も前の話ですし、結構懐かしいですね」
軽食を食べながら、思い出すように話す○○。
ひなたも懐かしそうに目を細めているが、そこで○○はある事を思い出して意地悪そうにニヤリと笑った。
「そうだね、懐かしいよね。――特にひなたのあの見定める様な瞳は面白、じゃなくて忘れられないなぁ~って」
「面白くないですし、もう忘れて下さいよぉ! うぅっ、若気の至りとは言え、私の黒歴史なんですから……」
顔を真っ赤に染め、心底恥ずかしそうにして縮こまるひなた。
くっくっと笑いを堪えようとしている○○を上目遣いに睨んでいるひなただったが、少し目が潤んでいるので怖さは微塵も無い。
むしろ、普段の大人びた彼女とは正反対の子どもっぽい仕草に庇護欲がくすぐられそうになる。
それは兎も角、○○が言った通り、ひなたは彼との初対面からしばらくの間、心を許す事はなかった。
○○と初めて会った若葉は、ひなたを除けばほぼ友達が居なかった事もあり、自分の固い対応にも気にせず接してくる○○を少しずつ信頼していき、それが友情に変わるまで時間はかからなかった。
そして、○○と仲良くなった若葉は、一番の親友にして幼馴染であるひなたに、新しい友達を紹介した。
それが○○とひなたが出会った経緯であるが……当初の二人の関係は、悪くは無いものの微妙である、という評価が付く程度のものでしか無かった。
若葉の一番の親友を自認しているひなたとしては、若葉に新しい友達が出来るのを喜ばしく思いつつも、突然紹介された友達――それも男子――を、最初から全面的に信じる事はできなかったのだった。
そういう考えが、先程○○が言ったひなたの見定める視線に繋がったと言える。
とはいえ、ひなたの擬態は大したもので、子どもが相手なら気付かれる事は無かったと言える。
実際、若葉はひなたがそんな視線を○○に向けていた事など今も知らない。
だが、○○は人生二回目の、外見だけが子どもの人間である。
ひなたがおかしな視線を向けてきている事には気付いていたし、その原因が若葉を心配しての事だと言うのもしばらくしてから気付いた。
「ひなたがおかしな視線を俺に向けつつ、表面上は仲良く過ごしていた俺たち三人だったけど……あの出来事が起こってしまったんだよね。二人がトラウマを抱えなかったのは、本当に不幸中の幸いだったよ……」
顔を顰めながら苦い口調で話す○○に、ひなたは首を横に振りながら気遣わしそうに言った。
「そんなに苦しそうにしないで下さい……。あの日、私と若葉ちゃんが無事だったのは○○君のお陰なんですから。それに、あなたも無事で済んだとは到底言えない状態になってしまいましたし……」
「そう言って貰えると、少しは楽になるけどね……」
そう言ってふうと息を吐いた○○。
○○が苦い口調で話し、ひなたが○○を励ます様な形で話している過去の出来事。
その出来事――より正確に言えば事件のお陰で、彼と、若葉とひなたの二人との距離は劇的に縮まったと言える。
しかし、その内容はと言えば決して喜ばしいものでは無かった。
○○と二人が出会ってから一ヶ月ほどしたある日、未だに微妙な距離感を抱えていた彼とひなた、そして無自覚ながら間に入って潤滑剤の様な役割を果たしていた若葉の三人は、一緒に下校していた。
仲良くしつつも一線を引いている――そんな感じのひなたの考えを察していた○○だったが、さりとていい方法が思いつくでもなく、これから如何していこうかという悩みを抱えていた時、その事件が起きた。
――――ひなたが、近づいてきた不審車から降りてきた何者かに、誘拐されそうになったのだ。
これは事件後の警察の調べで判明するのだが、本当の標的は若葉であり、良家である彼女の家から身代金を脅し取ろうという営利誘拐を企てたのが真相だった。
だが、この犯人達の調査能力はお世辞にも高いものとは言えず、それどころか警察も鼻で嗤う程度のモノでしかなかったらしい。
そんな連中が犯行に踏み切った結果、不幸にも一緒に居たひなたが勘違いから標的になってしまい、誘拐されそうになったという訳である。
しかし、勘違いからの犯行とはいえ、現実にその対象になってしまったひなたからすれば怖い何ていうものでは済まない。
突然近づいてきた車から現れた男に、声をあげられない様にと口元を押さえつけられた上で車内に連れ込まれそうになったひなただったが、碌に抵抗も出来ずに恐怖で身体が凍り付いていた。
恐怖で頭の中が真っ白になり、何も考えられないひなただったが、いち早く反応した○○が姿勢を低くして、ひなたを車内に連れ込もうとした男に突進した。
屈んで体勢を低くした○○は男の膝の部分に激突し、痛みから男は抱えていたひなたから手を放してしまった。
解放されたひなたを抱きかかえて遠ざかろうとする○○を男は追い縋ろうとするが、若葉が自分のランドセルを男の顔面に向けて投げつけて怯ませ、無事ひなたを助け出す事に成功した。
そして、若葉が○○から渡されたひなたを庇うように抱きしめつつ、彼女のランドセルに下げられていた防犯ブザーを鳴らした事で犯人たちは明らかに怯んだ。
周囲に響き渡るけたたましい警報音を耳に入れつつ、こうなったからにはすぐに犯人たちは逃げ出すだろうと、○○は少し油断してしまった。
向こうからすれば、脅えて縮こまっている筈の小学生から思わぬ反撃を受け、挙句に企てを失敗させられたのだ。
防犯ブザーが鳴り響いている以上、もはや逃げるしかないのだが、それでは気が収まらなかったのだろう。
油断していた○○に近づいた男は○○を全力で蹴り付け、彼もそれをまともに受けてしまった。
身体が少し持ち上がるほどの勢いで蹴り飛ばされた○○は、油断していた事もあって受け身も取れずに脚を思い切りぶつけてしまい、骨折するという重傷を負う事となった。
○○を痛めつけた事で少しは溜飲が下がったらしい犯人達は、そのまま車で逃走し、その場には骨折の痛みに呻く彼と、泣きながら彼の名前を呼ぶ若葉とひなたが残された。
その後、防犯ブザーの音を聞きつけてやってきた人たちに若葉とひなたは助けを求め、呼んでもらった救急車で病院に担ぎ込まれた○○はそのまま入院。
そして、入院中にやって来た警察に事情を話すという事を行なう事になったのだった。
勿論、彼の両親は難色を示したし、警察の方も被害に遭った小学生を、病院にまで押しかけて事情聴取するというのは躊躇われたみたいだが、むしろ○○の方から警察に申し出て協力していた。
人として常識的な感覚のものでもあったが、それよりも二人を傷つけたあの連中は絶対許さんという個人的な思いの方が強かったのだが。
「お陰でさっさとあの連中が捕まって、事情聴取に協力した甲斐があったよ」
「まあ、それはそうですけど……でも、入院した翌日に警察を呼んで情報を話すなんて、聞いた時はほんっとうに驚いたんですからね? びっくりし過ぎて誘拐未遂のショックも忘れそうになりましたし……」
「あ~……まあ、ちょっと無茶したかなとは思うけど、色んな事を細かく覚えている内に警察に話したかったし。それにさ……二人を傷つけたのは、絶対に許せなかったから」
「そ、そうですか……」
コーヒーを飲みながらリラックスして話す○○とは対照的に、ひなたは彼が言った事を聞いて少し頬を赤く染めた。
自分の望む感情とは違うのだろうが、それでも想われていると実感出来て。
兎も角、○○は入院し、骨折の治療に目途がついてからはリハビリをしていって無事退院することになるのだが、その途中にも色々な事が起きた。
まず、乃木家、上里家、そして○○の両親と、それぞれの保護者が○○の病室に勢ぞろいして謝罪合戦をする事になってしまった。
大の大人が娘の事で、頭を床に擦りつける勢いで○○に謝ってくるものだから、彼も恐縮して居た堪れなくなってしまう程だった。
両親が居てくれたのは幸いだったと、心の底から○○は思ったものである。
特に乃木家は、犯人達の元々の狙いが自分達の娘だという事を警察から聞かされていたので、○○に感謝しきりであった。
余談だが、この事件後から若葉は○○との事を家でよく話すようになり、それを聞いた彼女の父は流石親友の息子だと感心する反面、娘を取られた様な複雑な気分も抱き、母親はそんな娘の様子を微笑ましそうに見守っていたという。
それは兎も角。
怪我の功名と言うべきか、この事件が切っ掛けとなり○○とひなたの間に有った微妙な壁は完全に払拭され、彼女は○○に対して年相応の表情を見せるようになった。
若葉も○○をますます信頼する様になり……というか、もはや懐いていると言った方が正しい様な感じですらあった。
○○が退院するまではほぼ毎日と言って良いほど見舞いに訪れたし、彼が無事に退院してからはそれまでの外出できなかった分も埋めるかのように色々な場所に出かけ、沢山の思い出を作っていった。
同年代の中でも大人びていた若葉とひなただったが、何故か○○の前では年相応に振る舞う事が出来た。
より正確に言えば、寄りかかる事が――甘える事ができたと言うべきか。
そんな、楽しくて幸せな時間を過ごしている内に、二人の心の中にある想いが生まれていた。
小さな小さな、想いの花――初恋。
若葉は今になってようやく気付きそうになっている、といった風情であるが――ひなたはその想いに、○○が引っ越してしまう一ヶ月ほど前に気付いた。
自分たちの前から彼が居なくなってしまう――そう気付いた時、胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなり、ポロポロと涙が零れた。
彼と離れたくないと、彼の事が好きだと、その時になってようやく気付いたのだ。
しかし、その時の若葉とひなたは普通の小学生でしか無く、親の仕事の都合で引っ越していく○○を引き留める力などあるはずも無かった。
二人に出来た事は、別れの日まで今までと変わらない日々を送る事だけ。
そして、二人の少女の気持ちなどお構いなしに時間は流れ去り、あっという間に○○の一家が香川を離れる時がやって来てしまった。
別れを惜しみ、移動開始の直前まで一緒に居た三人だったが……そのまま、別れの時を迎える事になった。
お互いに、また会おうねという言葉を、最後に言って。
その日、家に帰ったひなたはまた会おうねという言葉を嬉しく思いつつも、自分の中の冷静な部分が、初恋とは叶わないもの、自分の初恋はこれで終わったのだと受け止めていた。
こんなに異性を好きになる事は、もう二度と無いだろうなと、そんな想いと一緒に。
そういう経緯を辿り、ひなたは自分の初恋の記憶を捨てた。
――――捨てた……はずだった。
「でも、本当にビックリしました。○○君が一般の方を連れて、諏訪から四国までたどり着くなんて」
「俺も本当に奇跡的だったと思うよ……。一生分の幸運を使い果たしたと言われても、納得するレベルで幸運が重なった結果だと思うし」
「ふふふ、そうですね。――――もうあなたが私達の所に辿り着くのは運命だった、何て言われても納得するレベルです♪」
しみじみと言った○○に対して、ひなたは誰が聞いても分かるほど弾んだ声で言葉を返した。
その言葉通り、割とリアリストな部分もある彼女が、この点に関しては運命というものを心の底から感じてしまっていた。
勿論、彼はひなたに会いに四国まで来たわけではない。
それでも、勇者通信で生存を知ってはいたが、諏訪が陥落したと思い心が張り裂けそうなほど悲しんでいた中での出来事である。
捨て去ったはずの初恋の記憶が再び胸に燻り、あっという間に燃え上がるまで大して時間は掛からなかった。
再び時間を共にする中で、更に彼の事を好きになってしまっているという自覚も彼女には既にある。
ひなたの中に僅かにある利己的な部分は、四国内にしか人類の生存圏が無いこの状況すらも好都合とさえ思っていた。
この状況なら、○○が何処かに行ってしまうということはあり得ないのだから、と。
無論、そんな内心はおくびにも出さないが。
「それじゃあ○○君。いい時間ですし、そろそろ帰りましょうか」
「あ、本当だ、もうこんな時間か。それじゃあ、行こうか」
最初に宣言した通り、自分持ちで支払いを済ませた○○は、ひなたと連れ立って喫茶店を後にした。
そして帰宅する途中、横目でチラリと○○の方を窺ったひなたは、最近自分の胸に過ぎっている心配事を思い出してしまった。
(春先の、完成型バーテックスが現れた時から○○君の負担は重くなる一方……。それが無ければ全滅していた可能性も高いとはいえ、負担の大部分を彼が引き受けているのが実際の所です)
実際に現在の彼の状態は、右耳聴覚喪失、右目喪失、右腕喪失と、目を覆いたくなる様な有り様である。
(まるで、元から四国にいた皆さんの不幸を引き受けているかのように次々と……いえ、そんなはずはありません、ある筈がないんです。そんな、まるで――)
「どうしたの、ひなた? 何か難しい表情してるけど」
考えに没頭していたひなたは、○○からの声にハッとして我に返り、いつも通りの笑顔を彼に見せた。
「――いえ、何でもありませんよ。ちょっとした考え事ですから」
「そう……? 何かあったら、何時でも言ってね。俺じゃなくて、若葉とかに相談しても良いだろうし」
「はい、お気遣いありがとうございます」
そう言ったひなたの返事に、○○は少し首を傾げつつも引き下がる事にした。
ひなたは、彼が追及せずに引き下がってくれたことにホッとしていた。
そして、先程考え付いてしまった嫌な想像を振り切る様にして彼との会話を弾ませていく。
そう、あってはならないのだ。
まるで○○の事を、彼の事を――――
――――人柱みたいだと、そう思ってしまったなんて。
何だろう、主人公がここ最近ずっと病院にいる気がする。
せっかく現実では退院したのに、過去の話で入院するとは……どういう事なの……
まあ、それはさておき今回はひなたの話でした。
初恋の花は枯れたと思っていたら、実は種子を散らしていて○○との再会で一気に成長して花開いた、といった感じでしょうか。
そして例の如く、不穏な最後。
でもさぁ……のわゆってそういうお話ですよね?(調教済み)