ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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何とか書き上がりましたので、投稿させていただきます!

やっぱり、最低でも月一位で投稿したいかなって。

……これからも、そう出来たらいいなぁ(願望)

では、もうちょっとだけ続くのわゆ編をお楽しみ下さい!


願い、一つ

「…………」

 

すうすうと、安らかな寝息を立てつつ○○は眠っていた。

 

既に空は白み出しており、人々が起き出して活動を開始する時刻である。

 

と、そんな流れを受けたかのように、○○のベッドの脇に置いてある目覚まし時計がけたたましい音を響かせ始めた。

 

安らかだった○○の顔が顰められ、口からは意味を成さない声を出しつつも、左手で置いてある目覚ましのスイッチを探り出し、その頭に響く音を消し止めた。

 

「う~ん……ふぁ~~~~ぁ」

 

口を限界まで広げる様な大欠伸をしながら上半身を起こし、しかしうつらうつらと微睡んでいると、彼の部屋と繋がっている隣の部屋から二人の少女が入ってきた。

 

「お早う、○○……って、また寝ようとしていないか? 顔を拭いてやるから、しっかり目を覚まさないと」

 

「お早うございます、○○君。もうすぐ朝食の時間ですから、手早く身支度を整えましょうね」

 

「ああ……おはよ、若葉、ひなた」

 

そう言って二人の方に顔を向ける○○だったが……その瞳が二人を捉え、映すことはもう二度と無い。

 

今も、若葉とひなたの声と足音を頼りにその方向を向いただけで……もう、その瞳は光すら感じられない。

 

瞳だけではなく、他に様々なものを失った○○は、大赦系列の病院の、特別な患者を入院させる病室にあり、あれからの日々を過ごしていた。

 

あの決戦の日から、既に一ヶ月が経過した。

 

残暑も過ぎ去り、厳しい日差しも落ち着きを見せている中、若葉とひなたはいつも通り、○○の世話をするために病院に泊まり込んでいた。

 

というのも、○○は先の決戦で何か所も自身の身体を贄として捧げ、その結果、日常生活を送るのでさえ困難を来たす事となった。

 

以前の代償と合わせ、両眼の視力は完全に喪失。

 

脚は両方とも微動だにしなくなり、完全に不随。よって、車椅子での生活を余儀なくされた。

 

さらに、心臓と肺を筆頭に、いくつかの重要臓器が完全に機能を停止し、医学的・生物学的に見て、どうして生きているのか説明が付かないという状態になってしまっている。

 

ただ、意識は明瞭であるし、機能を停止している筈の心臓や肺だが、鼓動はあるし、呼吸とてしっかりと行われている。

 

何が何だか分からない状態だが……画像検査を行った時、一つ判明した事があった。

 

心臓、肺など……機能を失ったと思われる箇所は、どんな画像にも映らなかったのだ。

 

その箇所には、白い靄の様なものが映り込むか、ぽっかりと黒い空洞の様になっているかのどちらかであった。

 

それは兎も角、○○は以上の様な姿となってしまい、事実上一人暮らしは不可能となった。

 

戦闘後に病院に搬送されたのは、勇者全員が同じだったが、被害の九割方は○○に集中していた。

 

なお、致命傷を負った友奈と千景だったが、それも○○に治療された……のだが、流石に瀕死だった二人を治療するのに代償抜きとはいかなかったらしく、ここでも自身で贄を捧げている。

 

流石にそれを隠し通す事も出来ず、友奈と千景はその事実を知ったのだが……直後の二人は、酷いという言葉では済まない位に打ちのめされた。

 

生きながらにして死んでいる……まさに、そうとしか言い様が無い状態となった。

 

生気を失い、ただ機械的に物事をこなす、出来の良い人形の様な有り様……そんな、目を覆いたくなる様な姿。

 

このままでは心が壊死するまで秒読みだったが、そうなる前に、嫌がる二人を他の全員で引き摺って……本当に物理的に引き摺って○○の前に引き出し、無理やり対面させた。

 

友奈と千景の心に止めを刺しかねない荒療治だったが、○○の病室に二人が入ってからしばらく後、彼に対して幼子の様に泣いて縋る二人の姿が見られることになった。

 

車椅子に座った○○の膝には千景が縋り付き、差し出された左手には友奈が縋って肩を震わせる……そんな姿が。

 

斯くして……大分省略したが、何とか精神的に復帰した友奈と千景も加わり、○○の日常のお世話を交代でする事が決まった。

 

なお、友奈と千景は前にも増して○○を見詰めてボーっとする様になる……が、実害は出ていないし、幸か不幸か彼は何も見えないので、そもそも二人がそんな事をしているとは気付いてもいないのだが。

 

そんな経緯を辿り、○○を勇者と巫女の六人が嬉々として世話している、といった状態である。

 

「ほら、○○。次は味噌汁だぞ」

 

「分かった」

 

そう言って、若葉が大きめの匙で掬った味噌汁を○○の口元に運んでいく。息を吹きかけて熱くないように配慮しているが、本人は完全に無意識である。ただし、反対側で同じように彼を世話しているひなたは、本人的に至福の光景をガッツリ記憶していたのだが。

 

「はーい、では私の方からもどうぞ♪」

 

「うん、ありがとう」

 

ひなたもひなたで、箸で摘まんだ焼き鮭の解し身を○○の口元へと持って行く。

 

「……(モグモグ)」

 

朝の静かな朝食の時間らしく、穏やかに時が流れていく。

 

若葉もひなたも、満足気に、甲斐甲斐しく彼の世話を続けていた――が。

 

『おう、今日は刀の嬢ちゃんと巫女の嬢ちゃんの番かい。いやはや、順番があるとはいえ毎日毎日性が出んなぁ』

 

そんな言葉が誰も居ないはずの空間から響き、思わず三人とも声のした方向へと顔を向ける。

 

すると、若葉たちよりも少し年上と思われる、着流しを身に着けた少年がその空間からスウっと唐突に出現した。

 

宙に浮きながら椅子に座ったような体勢で腕を組み、ニヤリと人の悪い様な笑みを浮かべている少年。

 

『しかしまあ、流石だよボウズ』

 

うんうんとばかりに頷き、○○の方に視線をやって更に笑みを深くする、着流しの少年。

 

その言葉を受け、○○は苦笑するだけで済んだが、若葉とひなたには若干の緊張が見え隠れしている。

 

そんな彼女たちに対し、少年はほとんど一瞬で近づくと、○○には聞こえないような小声でぼそりと呟いた。

 

『まあ頑張んな? ボウズも大分絆されてきてるし、嬢ちゃんたちみたいな美人に甲斐甲斐しく世話されて嬉しく無い訳ないんだからな』

 

「「――っ」」

 

緊張感が一気に崩れ、その反動の様に頬が真っ赤に染まる若葉とひなた。

 

そんな二人の様子を満足げに見やっていた少年だったが、○○から言葉がかかった。

 

「お早うございます、神さま。何か言っていたみたいですけど、一体どうしたんですか?」

 

『ああ、まあ何つーか……嬢ちゃんたちに対する激励みたいな?』

 

「そうなの、若葉、ひなた?」

 

「あ、ああっ。そうだな、激励の言葉を頂いたんだ!」

 

「わ、若葉ちゃんの言う通りです。神樹様から代表して、お言葉を頂きまして!」

 

慌てたように、もしくは誤魔化す様に早口で言い立てる若葉とひなた。

 

それから暫らくして二人も落ち着き、朝のお世話も終わったので、病院を後にして丸亀城へと戻る事になった。

 

「では、私達は城に戻るが……何かあったらいつでも知らせてくれ、○○」

 

「今夜は、球子さんと杏さんが来る予定です。――では、○○さんを宜しくお願い致します」

 

そう言って頭を下げるひなたと、それに倣う若葉。

 

二人から頭を下げられた少年は、ひらひらと手を振って気負わない様子でその言葉を快諾する。

 

『ん、承った。――そんじゃまたな、嬢ちゃん方』

 

「またね、若葉、ひなた」

 

○○の言葉に二人はニコリと微笑むと、連れ立って病室を後にした。

 

病室に残された二人――では無く、一人と一柱は、また誰かが来るまでの間、この病室で静かに待っている事になる……。

 

――――何て事も無く。

 

『んでボウズ。今日こそ聞かせて貰うぜ……?』

 

「……またですか、神さま。 もういい加減、諦めません?」

 

真剣な表情で○○を見据える少年と、そんな雰囲気を察してもどこか気の抜けた態度で接する○○。

 

若干苦笑気味の○○を見遣り、如何にも真面目な口調の少年から発せられた言葉は――

 

 

 

 

 

『んで結局、六人の嬢ちゃんの誰が好きなん?』

 

 

 

 

 

――極めて俗な話題であった。

 

「ですから何度も言っている様に、そういう感情は彼女たちに対しては持っていません」

 

また、と言っていたように、○○もこの事を何度も聞かれていたので、慣れた様子で素気無く回答する。

 

『うっそだろオメー! あんだけ可愛い娘達に? あんなに甲斐甲斐しく世話されといて? 何とも思っていませんだぁ? ボウズオメーそれでも男かよ!』

 

「そんな事言われても……彼女たちの事は大切ですし、幸せになってくれればと思ってはいますけど……」

 

『んじゃさあ、もし嬢ちゃん方を好きな男が現れて、そいつが幸せにしてやったとしたらボウズはそれで満足なのか?』

 

「まあ、アリなんじゃないですか? 彼女たちが幸せなら、俺も幸せですし」

 

『ほーん……盗られたーとか思ってショックを受けたりとかは、全くしねーと?』

 

「そもそもみんなは、俺のモノ何かじゃないですし……当然ですよね?」

 

キョトンとした様子でそう言った○○に、少年は処置無しとばかりに首を振った。

 

『ボウズのモンになれるなら、嬢ちゃんたち全員が喜んでそうすんだろうになぁ……肝心のボウズがこれじゃ、どう仕様もねぇぞ……』

 

「何か言いましたか、神さま?」

 

『いんやべっつにぃ~? 嬢ちゃんたちが可哀想だなぁ~、とか? マジかよコイツ信じらんねぇ、とか? 思ったり思わなかったりしちゃってるわけですよハイ』

 

「何ですか、その取って付けたような丁寧語……」

 

『うっせーこの朴念仁の唐変木が!』

 

「ええええぇぇぇ……」

 

そう言ってぎゃあぎゃあ騒ぎ出す少年を宥めようと悪戦苦闘する○○。

 

まるで仲の良い先輩後輩の様な二人……ではなく、一人と一柱。

 

やたらと俗っぽい言葉遣いと態度であるが、○○と共に居るこの着流しの少年こそ、最後の決戦で○○に力を貸した神の一柱。

 

天の神と同じ陣営に在りながら、○○が携えた櫛に宿る神の、その縁によって彼に力を授けた神だった。

 

決戦後、○○が病院に担ぎ込まれてまだ意識が無かった時にいきなり現れたので、ひなたは勿論の事、勇者たちも、それから大社から見舞いに来ていた人員も合わせて大騒ぎになったのは記憶に新しい。

 

一応、ある程度の霊的能力のある人間以外見えないが、それでも大社の人員が居る時は威厳ある態度を崩さない。

 

……のだが、○○とその周囲にいる人間、つまりは六人の少女たちに対してはぞんざいな態度で接している。ちなみに勇者たちは神樹と繋がりがある関係で、問題なく神様の姿を認識できている。

 

そんな神様であるが、現在は人の世を満喫しつつ、○○の周囲に居る少女たちの気持ちを察し、遠回し(?)に色々と○○に言っている。

 

神様に敬意を持って接している○○だったが、その話題の時だけは苦笑気味になってやり過ごそうとするのは、自己評価が低いだけなのか、それとも自分の行く末を悟っているのか……

 

○○も神様も、その部分に関しては互いに相手を窺う所があり、しかし神様はそれに気付いても特に言及したりはしなかった。

 

仮にも人智が及ばない存在である。自身が力を貸した人間の事くらい、手に取る様に分かっていたから。

 

そんなこんなでじゃれ合いを続けていると、時間の流れは早いもので夕方になり、朝にひなたが言っていた通り球子と杏が連れ立って○○の病室にやって来た。

 

「おじゃまします、○○さん。元気にしていましたか?」

 

「よーっす、○○! 明日の朝までの世話は、タマとあんずに任せタマえ!」

 

「いらっしゃい、二人とも。今日もよろしくね」

 

『今日はおチビちゃんと後輩ちゃんか……とっかえひっかえ羨ましいこってすなぁ、色男さんよぉ?』

 

「いやいやそんなんじゃ無いですから。神様もあんまり悪ふざけは……って、タマっち、杏? 急に傍に来てどうしたの?」

 

「どうして? ……分かりませんか、○○さん?」

 

「なあ、あんず。やっぱ変化球は○○相手には無理だって。勘違いしようの無いストレートしか打ち返してくんないだろ」

 

神様の言葉を受けて少し照れ臭そうにしていた球子と杏だったが、○○の返答を聞いて少々据わった目付きで彼の傍に詰め寄る二人。

 

幸いというか何というか、○○は目が見えないのでそんな二人の少々危険な目付きには気付きようも無く、ごく変わらない態度で応じている。

 

「ストレート、かぁ……。う、うん……○○さん!」

 

「どうしたの、杏?」

 

『お、お、おっ? 何々、いっちゃう? 遂にいっちゃう感じ?』

 

「カミサマ、あんずの邪魔はダメっすよ?」

 

『分~かってるって、心配しなさんな、おチビちゃん』

 

「チビってゆーなぁ!」

 

背後で戯れる一人と一柱の騒ぐ声をBGMに、杏は意を決して自身の想いを○○に伝えようとする。

 

「○○さん……私は、貴方のことが……す、すっ……」

 

「?」

 

つっかえた杏の言葉に首を傾げるが、それでも問い返さずにそのまま待ち続ける○○。

 

「……っ。…………………………あ、貴方のことを、た、大切な人だと思っていますっ!」

 

「あ……うん。俺も杏の事を、大切に思ってるよ」

 

「そ、そうですか? えへへ……」

 

そう言われてゆるゆるに緩んだ表情で喜ぶ杏だったが、さっきまで騒いでいた一人と一柱は揃って彼女に白けた視線を向けていた。

 

『あらあらまあまあ、杏お嬢さんったら土壇場でヘタレましたわよ? どう思いまして、土居の奥様?』

 

「んまあ、何というブザマ! これでは百年経っても想いを伝えるなんて出来ませんですわねぇ?」

 

似非奥様言葉で、聞こえるようにヒソヒソ話をしている球子と神様のその態度に、緩んでいた杏の頬がヒクヒクと引き攣る。

 

「そ、そういうタマっち先輩はどうなのかなぁ? 後輩としては、是非ともお手本を見せて欲しいなぁって思うんだけど?」

 

微妙に怖い目で、ひたと球子を見据える杏。

 

「お手本? ……フッ、イイだろう。タマの勇姿をとくと見るがいいぞ、あんずよ」

 

「えっ? ……あ、うん」

 

慌てると思っていた球子が何故か自信満々で応じたため、少し困惑した様子を見せる杏。

 

「よし、じゃあ行くぞ。………………○○―! 大好きだぞー!!」

 

「おっとっと。俺もタマっちの事、大好きだよー」

 

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

『ほっほー、割かし冗談めかしちゃいるが、今の時点だと上出来だな』

 

球子は叫んだと同時に○○に抱き着き、その頬をスリスリと○○の肩に擦りつけている。

 

○○も○○で、冗談めかしてはいるが球子の言葉に応えている。杏が驚くのも当然だろう。

 

最初は驚きの表情でそれを見ていた杏だったが、次第に涙目でその光景を見る羽目になってしまったのだ……が、ここで球子が杏を手招きした。

 

困惑しつつも、誘われた通りに○○に近づいていく杏。

 

そして、○○に抱き着いていた自分と杏を入れ替えるようにして交代した。

 

「ん? タマっち……じゃ、ないな。杏と入れ替わった?」

 

「は、はい……あの、嫌ですか……?」

 

「ううん、そんな事は無いけど。杏は良いの?」

 

「わ、私は全然、全く大丈夫ですから! 気にしないで下さいっ!!」

 

「そ、そっか……」

 

力いっぱい言い切った杏の台詞に、少し困惑しつつもされるがままになる○○。

 

杏の方はと言えば、暴れ狂う位に心臓が鼓動を刻み、顔色も完熟トマトの如く真っ赤になっていたが、それでも彼女は幸せそうであった。

 

そしてまた別の日。

 

その日は友奈と千景が○○の世話係として就いていたが、二人とも終始幸せそうにしていた。

 

「○○、何かして欲しい事はあるかしら?」

 

「私もぐんちゃんも、○○君の頼みなら何でもするよ?」

 

「ありがとう、二人とも。でも、その気持ちだけで俺は嬉しいから」

 

こんな感じで、互いに相手を尊重し合う、実に麗しい光景である。

 

…………友奈と千景、二人の瞳に込められた思慕の念に目を瞑れれば、の話ではあるが。

 

他の人が、○○を見詰める友奈と千景の目を見れば、即座に二人の内心に気付くであろう程には分かりやすいものだった。

 

二人とも、絶望の淵で○○に心を救われた経緯があるだけに、その好意はこの年頃の少女たちとは一線を画す程に強く、深いものだった。

 

『…………(いやー、この二人の嬢ちゃんを茶化すとかねーわー。てか好意の純度が高すぎんだよなぁ……マジでボウズの為なら、何もかも捨てられるレベルでイッちまってんだから。……女ってのは人間も神も、ホント恐っそろしいわぁ)』

 

この様に、神様でさえ二人に茶々を入れるのを思い止まる程度には。

 

そんな、不自由なりに穏やかな日々を送っていた○○だったが――――そんな時間にも、終わりが近づいて来ていた。

 

ある日の夕方。

 

○○が若葉たち勇者とひなたの六人を、大事な話があると言って呼び出した。

 

六人全員で彼の病室に来た時、○○は車椅子に座り、その横には神様がいつになく真剣な表情で佇んでいた。

 

「みんな、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」

 

「いや、お前の頼みなら何てことは無いさ」

 

○○の言葉に、皆を代表して若葉が薄く笑いながら言葉を返す。

 

「それで、大事なお話っていうのは?」

 

「そうね……私達全員を集めて聞いてほしい話っていうのは、一体何なのかしら?」

 

友奈と千景の言葉に、○○もコクリと頷く。

 

「うん、話っていうのはね――――奉火祭のことだよ」

 

ひゅっと……誰かが息を呑む音が、病室に響き渡った。一人だけだったのか、或いは複数人だったのかは分からなかったが。

 

「ど、どうして……その事を、知っているんですか……?」

 

『おいおい、巫女の嬢ちゃん。ボウズの傍にはオレがいるんだぜ?』

 

ひなたがつっかえながら問うと、○○の横に控えていた神様が当然だとばかりに言った。

 

「そ、それが何か関係あるのかよ」

 

「……あ……まさか……っ」

 

『ほぉう、後輩ちゃんは気付いたか。さすが、勇者チームの知恵袋って所か』

 

感心したような表情で頷く神様の言葉を受けても、杏の顔色は冴えないままだ。

 

「どういう事なんだよ、あんず!」

 

「タマっち先輩……神様は今この場にいるけど、根本的に神樹様と繋がっているの。そして、奉火祭の事は大社の本庁で話されていたんだろうけど……その大社には、現実世界の神樹様である御神木があるでしょう? ……神樹様と繋がっている神様が、気付かない訳が無いよね?」

 

「杏さんの言う通り、ですね……馬鹿な事を訊いて済みません……」

 

「それで、奉火祭の事で話したい事というと……?」

 

ひなたが力なく謝罪し、若葉はそんな彼女を気遣いつつも話を先へと促した。

 

「奉火祭をとり行い、天の神に対して許しを乞い願い、これ以上の侵攻を赦してもらう。その為に必要な条件を探るっていうのが趣旨みたいだけど――その必要は無いよ」

 

『オレが姉貴の太鼓持ち共に、条件を聞いてきたからな』

 

そう言って頷く神様の方を、○○を除いた全員が見詰める。

 

「そういう事ですか……人が神にお伺いを立てるのには、どうしても贄が必要でしたから……それが回避されただけでも、喜ばしい事です」

 

「本当にね……」

 

ひなたがポツリと零した言葉に、千景が同意する。

 

『そんじゃあ……オレが聞いてきた向こうの言葉を、そのまま伝えるからな』

 

神様はそう言って一つ間を置くと、真一文字に結んでいた口を開いて言葉を告げた。

 

『人が神に成ろうとするなど不遜の極み。しかしながら、人が自らの過ちを正し、同胞を処し、これ以降この地から足を踏み出さぬというのであれば、我らは此れを赦そう』

 

固い言葉で告げられた内容に皆が沈黙するが……球子には難しかったらしく、疑問符を頭上に乱舞させていた。

 

「えーっと……結局どういう事なんだ?」

 

『ま、ゆるーく言うと……人が神様になろうなんざ調子乗り過ぎだっての! でもまあ? 人が自分のやった事を反省して? 仲間を処分して? これから先ずーっと引き籠ってるってんなら、ま、赦してやるよ! ……てことだな』

 

「屈辱的だが……もう、どう仕様も無いのだろうな……」

 

「そう、だね……私達は、結局最後の戦いであんまり役に立たなかったし……私とぐんちゃんに至っては、死にかけた……」

 

悲壮な声音で若葉が零し、友奈もそれに同意する。

 

そんな中、神様から告げられた内容に疑問を持ったのか、ひなたが○○に尋ねた。

 

「少し宜しいでしょうか……?」

 

「どうしたの、ひなた?」

 

「大体は理解できたのですが、少し分からない部分があって……”同胞を処する”というのは、私達の仲間の、それこそ人間を処罰しろと言っているのでしょうが、具体的には何をしろという事なんですか?」

 

ひなたの疑問に対し、○○と神様は顔を見合わせたが……○○が覚悟を決めた表情で頷くと、神様もまた頷き返した。

 

そして、○○はひなたからの疑問に答え始めた。

 

「天の神は、神に成りかけている人間の存在を認めず、その人間を、人間の手で消せと……つまり、命を奪えと言ってるんだ」

 

「神に成りかけている人間……? そんな人が、一体どこに居るの?」

 

当然の疑問を友奈が呈するが、○○は薄く笑うと左手の掌で自分の胸を軽く叩いた。

 

○○と神様以外の全員がポカンとしたが……その意味が理解できて来たのだろう。顔面蒼白になり、身体が震えだしてきた。

 

「○○が……神様の、成りかけ? このままほっとくと、神になるってことなのか……?」

 

「らしいよ……実感は全然無いんだけどね、タマっち」

 

「それが天の神は赦せないから……だから、私達の手で……○○さんを、殺せ、と……?」

 

「杏の言う通りだね……赦しを乞うなら、自分たちでそれを行なって、覚悟を見せろという事だろうけど」

 

「嘘……嘘、よね……? ○○の……命を、う、うば、え、なんて……」

 

「こんな嘘は、さすがに俺も言わないよ……ごめん、ちーちゃん……」

 

「何か……何か、他に方法はないの? イヤ、イヤだよ……○○君が、い、いなくなっちゃう……なんて……」

 

「友奈……向こうからすれば、赦してやるから言う通りにしろという感じなんだと思う。だとすると……天の神は妥協なんて絶対しないよ……そもそも、俺たちには妥協させられるだけの力も無いからね……」

 

足元が崩れ落ちそうな……いや、既に崩れ落ちてしまったかのような悲壮感を漂わせ、声を震わせながら言い募る少女たちだったが、○○はどうにもならないと首を振るのみ。

 

「それで……本当に申し訳ないんだけど、若葉に頼みがあるんだ」

 

「……私にお前を斬れと言う頼みなら、御免だぞ」

 

「流石に直接斬れとは言わないよ」

 

痛いだろうしね、と冗談めかして○○は言ったが、若葉は顔を顰めたままである。

 

「俺は最後の戦いで神様から力を授かったんだけど、その結果として魂が変質してきているらしいんだ。魂が神様と繋がって、その結果として神へと成りかけている――っていう状態らしい」

 

だから、と○○は一拍置いて続ける。

 

「その繋がりを若葉の生太刀で断ち切れば、神様の力が流れ込む事も無くなって全て解決するっていう訳」

 

努めて軽い口調で言う○○だったが、空気の重苦しさは全く晴れない。

 

「なるほど……良い方法ですね」

 

「ひなたもそう思う? 俺も直接斬られずに済むし、いい方法だと「ですが!」」

 

同意したように見えたひなたに対し、○○が笑顔で話していたが、それを彼女が途中で遮った。

 

「全く何事も無く行くんですか……? 行く訳ないですよね? ……全て、話していただけますよね?」

 

そう言ったひなたは神様へと水を向け、溜め息を吐いた神様は言葉を紡ぎ始めた。

 

『ま、巫女の嬢ちゃんの言う通りだな。――オレとの繋がりを断ち切れば、ボウズは死ぬ』

 

極めて簡潔に言い切られたその言葉に、少女たちが目を見開き、言葉を失った。

 

それに気付きつつも、より詳しく説明するために言葉を続けていく神様。

 

『ボウズの魂は、度重なる戦いでボロボロだ。少し前までは俺の妻が何とかしていたが、どうにもならなくなったってんで、オレが跡を引き継いだ』

 

そこで言葉を切り、少女たちを見渡す神様。

 

今にも泣き出しそうな表情をしているが、それでも僅かな希望を見出そうとしている様子が見て取れた。

 

そんな彼女たちに絶望を突き付けるのが、自分の――”神”である自らの役目だと、そう認識していた。

 

人に有り難がられるのも、恨まれるのも、等しく神の役目だと心得ていたから。

 

『ボウズの魂は、オレから力を送られて何とかその形を維持している。で、それを切断しようってんだから……ま、人工呼吸器を切られた病人みたいなもんで、死ぬしかないわな』

 

「他に方法は――方法はないの!? ○○が生き残る術は!」

 

『他の方法ってーか……このままの状態を維持すれば、ボウズは死なずに済むけどな』

 

「じゃあそうすれば――!」

 

『そうすると、今度は嬢ちゃんたちも含め、ボウズ以外の全ての人間が死ぬな』

 

千景が詰め寄ってきたが、神様はサラリと救いようのない未来予想図を提示した。

 

余りの言葉に絶句している千景を置き去りにして、説明を続けていく神様。

 

『このままの状態を維持すれば、一年経たずにボウズは神に……オレ達の同胞になるだろうさ。そうすれば、ボウズは死なずに済む。それは間違いないが……そうなったら、クソ姉貴は今度こそブチ切れて、残った人間を皆殺しにするぞ。冗談抜きで、一人残らずな。元人間の○○は……ま、なんとか地の神の連中だとか、あとオレと女房が守ってやるから何とでもなるが……』

 

そこで神様は言葉を切り、静かに言葉を聞いている○○を見遣る。

 

『ボウズの願い……知ってるか?』

 

唐突なその問いに、少女達は戸惑いの表情を浮かべ、互いに顔を見合わせて首を横に振る。

 

『嬢ちゃんたちに、幸せになって欲しい……ってよ』

 

その言葉で更に困惑が深くなった少女たちを見遣りつつ、言葉を続けていく神様。

 

『神の力を分け与えられ、その力で世界を守るべき勇者がな……世界よりも、一緒に戦う女の子の方を守りたいって……そんな願いを抱えてるんだぜ? いやあ……実に、実にオレ好みだったわ!』

 

その時の事を思い出したのか、楽しそうな笑みを浮かべる神様。

 

『で、ボウズのそんな願いを女房を通して聞いたオレは、力を貸すことに決めたって訳。……ま、オレの事はどうでもいいとして……ボウズは退かないぜ? ここでオレとボウズの繋がりを断ち切って天の神の連中に赦しを乞うか、それとも人類全員仲良く死ぬか……二つに一つだ』

 

「――そういう事だよ、みんな」

 

それから少女達の沈黙が続いたが、○○は神様に若葉の方を向けて貰い、その覚悟を示した。

 

「若葉……本当にごめん。でも、この役目は君にしか頼めない。やれと言うのなら、どんな事でもやる。だから――」

 

それから放たれた言葉を、若葉は――いや、ひなたも、千景も、友奈も、球子も、杏も……少女達全員が忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺を、人として死なせて欲しい」

 

水を打ったように静まり返る病室に響き渡った、○○の、彼の、その言葉を。




という訳で、のわゆ編はもうちょっと続きます。

……いやー、ホント……どうしてこんなに重苦しくなったんだろう?

結論:のわゆ編だから仕方ないね!(調教済み)

……全てヤンデレの為なんだ、これ位しないと病みに説得力が無いんだ、分かってクレメンス(激寒)

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