ある転生者と勇者たちの記録   作:大公ボウ

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ようやく書き上がったので投稿です!

最終決戦から大分続いたのわゆ編も、これにて幕です。

○○の結末は、果たしてどうなるか……。

読者の皆さんに、見届けて頂ければ幸いです。

それでは、どうぞ。


優しく君は微笑んでいた

「――ふざっけんなあぁっ!」

 

腹の底から張り上げたと思われる怒声が、病室に響き渡る。

 

幸か不幸か、この病室――○○が入院している病室は、一般の病室からは離れた場所に存在しているため、周囲から不審がられる事は無かったのだが、そうでなければ周囲の空気は凍り付いていただろう。

 

もっとも、そんな怒声を放った張本人である球子には、それを気にする余裕など一切無い――正確にはたった今、無くなってしまったのだが。

 

「お、お前……○○……っ! そんな事されて、タマたちが安心するって本気で思ってるのか!?」

 

「○○さん……」

 

怒りと悲しみの為に肩で息をする球子の隣で、杏も悲痛な表情で○○を見つめている。

 

先日、○○が発案して神様に渋々認めて貰った計画だが、あの数日後の今日、○○はまず球子と杏の二人を呼んで説得を試みようとした。

 

……なのだが、結果はご覧の有様である。

 

ただ、本気の怒声を浴びせられた○○は、反対される事は予想できていたが、ここまでの拒否感を示されるとは考えておらず、正直なところ疑問に思っていた。

 

「二人とも……俺が居なくなるのを悲しんでくれるのは嬉しいけど、それを引き摺って欲しくないんだ。それにさ、これからは命懸けで戦う必要も無くなる。勇者って呼ばれて息苦しい思いはするだろうけど、居なくなる俺の事は忘れて平穏に生きた方が――」

 

――何かすごく悲しい事を○○が言っている。

 

――居なくなる自分の事なんて忘れてくれ?

 

――辛い事だから、忘れて幸せに生きてくれ?

 

必死になって説得しようとする○○の表情を見つめながら、球子と杏の二人は気遣いが明後日の方向に向かっている彼の言葉に本気で腹を立てていた。

 

――タマたちを大切に考えてくれてるって事は分かるけど……でもさぁ……

 

――そうじゃないんですよ……○○さん……だから……

 

――分かって貰わないと、ダメだよな(ダメですよね)

 

そうして二人は、この期に及んでの羞恥等といった、本心を伝えるに邪魔となる一切の感情を捨て去る決心をした。

 

「なあ、○○……お前はさ、居なくなる自分の事なんて忘れ去って……いや、最初から居なかった事にした方が幸せって言ったよな?」

 

「……ああ、そうだけど」

 

つい先ほどまで、怒気を露わにしていた球子が一転して静かに話しかけて来る状況に、○○は困惑していた。

 

「ふふ……○○さんは気遣いの出来る優しい人ですけど、女の子の気持ちというものを全然分かっていませんね?」

 

「……へ? 女の子の気持ち……って、え、いきなり何の話?」

 

杏がいきなり話題を転換した様に感じ、抱いていた困惑が更に深まっていく○○。

 

困惑し切っている○○の様子を察し、球子と杏の二人は顔を見合わせて苦笑した。

 

――お互いに、困ったひとを好きになっちゃったなぁ……

 

そんな想いを、視線に乗せて。

 

「○○……タマってさ、お前の事を忘れるくらいなら、お前が居なくなったことをずっと悲しんでた方がマシだって思ってんだけど……やっぱ重い?」

 

「…………はぁ?」

 

球子から、予想だにしない言葉を受けた○○は、そんな感じの間の抜けた応答をするのが精一杯であった。

 

「私もタマっち先輩と同じで、絶対に、何があっても……あなたの事を忘れたくありません。どんなに悲しくて、辛い事でも……○○さんの事は、ずっと覚えていたいんです」

 

「え、あの……それは……そう言ってくれるのは、嬉しいけど……あんまり建設的じゃないような……」

 

しどろもどろになりつつも、何とか二人を翻意させようと言葉を重ねる○○。

 

「損得の問題じゃないですし、合理的な判断とかそういうのは邪魔なので、全部忘れますね」

 

「あんずが言うとーり。難しい話とかそういうのは全部置いといて、タマたちは気持ちのままに突っ走る事にしたから、そこんとこヨロシクな!」

 

「……………………」

 

まるで何かのタガが外れた様な勢いで宣言する二人に、彼も驚きで呆然とするのみである。

 

それでも何とか気を取り直し、突然こんな事を言い出した訳を聞き出そうとする○○。

 

「ちょっと考えが纏まらないんだけど……とりあえず、気持ちのままっていうのはどういう意味なのかな……?」

 

その彼の言葉に、やはり彼女らは顔を見合わせて小さく溜め息を吐いた。

 

○○のこういう感情についての鈍感さは分かっていたつもりだったが、もうあまり時間が残されていない中では、微笑ましく思う事にも限界がある……というか、先程その限界に達した二人であった。

 

「今タマが思ってることはな――○○の事が好きだーってことだ」

 

「……え?」

 

「私も同じく、○○さんの事が好きです――もちろん、LIKEじゃなくてLOVEの方ですよ?」

 

「一応言っておくけど、タマもだからな!」

 

勘違いのしようも無い言葉で言い切った二人に対し、○○は再び呆然とさせられていた。

 

だが、今年中にはこの世から消える自分に対し、そんな事を思っていても傷つくだけだと考えた○○は、二人に考えを改めるよう促そうとするが、それを口にする前に球子も杏も想いの丈をぶつけて来る。

 

「勘違いでも気の迷いでも、ましてや恋に恋してるとかそういう事は絶対無いです。――私、○○さんが来る前から、勇者としてずっと頑張ってきました。怖かったけど、こんな私でも皆を守れたらって……世界を護るとか、そんな大それたことは考えていませんでしたけど、勇者になったから出会えた、タマっち先輩や皆さんは、絶対に失いたくなかったから……」

 

「タマもほとんど同じかなぁ……世界を護るって意識は、まぁあるんだけどさ……やっぱみんなの事が先に来るんだよな」

 

「そんな風に、何とかやって来ていた私達の前に、あなたは現れて……出会って間もなかったのに、本当に命懸けで私達を護ってくれました……」

 

「お前は、右腕をその時なくして……それなのに、タマたちに文句の一つも言わないで……見舞いに来た時も、励ましてくれたよな」

 

ぽつぽつと、静かに自分たちの想いを彼に伝えていく球子と杏。

 

これ以上、二人の話を聞いてはいけないと思いつつも、○○はそれを制止することが出来ずにいた。

 

二人の覚悟が彼の行動を押し止めたのか、それとも何か別の要因があったのかは定かでないが、この期に及んでそんな事を考えるのは無粋というものだろう。

 

二人の少女の純粋な想いが、○○の見当違いの配慮を正す切っ掛けとなった――そういう事になるのだろう。

 

「お前が今年いっぱいしか生きられないっていうのも分かってるし、正直メチャクチャ悲しいけど……だからって忘れたいなんて、本当に少しも思ってない。……てーか、忘れさせたら後を追うからな」

 

「ええ、タマっち先輩の言う通り……そんな事をしたら、あなたの後を追います」

 

続けられた彼女らの言葉に、○○は忘れているのにそれは矛盾してるんじゃと思いつつも、有無を言わせない二人の言葉の圧に、黙って首を縦に振る事しか出来ないのであった。

 

「さて、それじゃあこれからの事を――って、済みません、電話がかかってきたので少し失礼しますね」

 

そのまま何かの話を進めようとしたらしい杏だったが、タイミング悪く――良く?――スマホの着信音が鳴り、病室を一時退出した。

 

「…………」

 

「どした、○○?」

 

「いや……その、何て言うか……」

 

「あんまり突然で信じられない、って感じか?」

 

「まあ……うん……」

 

気の抜けたような風情で居た○○に球子が尋ね、彼女の問いかけに首肯した。

 

「いや、信じられないっていうのとは違って……そう、理解が追い付いていないって言うか……」

 

「なーるほど。つまり、タマの気持ちが本物だって証明すればいいんだな?」

 

そう言うや否や、球子は車椅子に腰掛けている○○へと近づいていってその距離をゼロにし、彼の残された左手を取って大切そうに包み込んだ。

 

球子のいきなりの行動に○○は困惑するが、彼女はお構いなしに、それでも幾分か緊張しつつ、自らの口元を彼の左耳に寄せる。

 

そこから漏れ出た微かな吐息に○○は身体を少々震わせるが、次の瞬間囁かれた言葉に、そんな些細な事は吹き飛んでしまった。

 

「○○――好き……大好き」

 

普段のガサツで男勝りな調子は何処へやったのか、短くも恋い慕う相手への想いが込められた一言。

 

そこから更に続けられた球子の行動に、○○は彼女の気持ちを本当に、心底から、誤解しようも無く理解した。

 

○○の耳元で囁いた球子はすぐさま彼の正面へと移動し、彼の唇に自分のそれを寄せて、そのままその距離を無くした。

 

「んぅっ――――――」

 

「――――――っ」

 

二人の動きが止まる――が、球子の唇は○○のそれを甘噛みし始め、ほんの僅かではあるが音を立てている。

 

その音だけが病室に響いており、完全に二人だけの世界と言っていい状態。

 

そのままお互いに、永遠とも感じられるような時間が続き――しかし、実際には一分足らずで終了したその行為は、○○の中に確かなものを刻み込んでいた。

 

「――って訳で……タマの気持ち、分かってくれたか? 言っとくけど、好きでもないヤツにこんなこと絶対にしないってのは分かるよな?」

 

「……あ、ああ、うん……これ以上無い程に、ね……」

 

「よっし、それならオッケーだな! ……でも、覚悟しといた方がいいかも……ってか、覚悟しておけよ?」

 

「……え、何、まだ何かあるの?」

 

球子が言った不穏な言葉に思わず反応する○○だが、彼女はあっけらかんと言い切った。

 

「まー気付いて無いだろうけど……○○の事が好きなのは、タマとあんずだけじゃないってことだ」

 

球子の口から飛び出たその言葉の意味を理解するのに、○○はたっぷり十秒ほど要してしまった。

 

「……………………………えっ……なっ、はあぁっ!?」

 

「だよなぁ~、気付いてないよなぁ~、気付いてたらお前があんなこと言う訳ないもんな~?」

 

軽く溜め息を吐きながらそう言う球子だが、○○としてはそれどころでは無い。

 

「え、えっ……二人の他にもって……」

 

○○の脳裏に他の四人が思い浮かび、頭の中を駆け巡る。

 

それと同時に、自分が彼女らに迫った選択を思い起こし、それが最低最悪の所業だったと思い当たって気分がどん底まで沈んだ。

 

「タマっち……」

 

「ん、どした?」

 

「本当にごめん……俺、みんなに最低な事をしようとしてたね……」

 

「……そう思ってくれるなら、若葉にひなた、友奈に千景ともちゃんと話し合ってくれよ?」

 

「うん、約束する」

 

繋がれたままだった球子の手をぎゅっと握り返し、○○はそう約束した。

 

と、次の瞬間、電話の為に病室から一時退出していた杏が戻ってきた。

 

目の見えない○○には分からなかったが、焦りが見え隠れする彼女の表情に、球子は怪訝な顔をした。

 

「電話は終わったのか、あんず?」

 

「……うん、タマっち先輩。それでね、大社から呼び出しがあって、○○さん以外の勇者は全員集まる様にって」

 

「今からか? ずいぶん急だな……」

 

一拍空けて球子の問いかけに答えた杏だったが、それまでに何とか内心の焦りを落ち着かせて、平静な声音で話すことが出来ていた。

 

「そっか……それじゃあまたね、二人とも。他の四人とも、絶対に話し合うから」

 

「はい、是非そうして下さいね。――じゃあ行こう、タマっち先輩」

 

「分かった、あんず。それじゃまたな、○○」

 

退室していく二人を――目は見えないが――見送り、○○は深い、本当に深い溜め息を吐いた。

 

その体勢のままうな垂れていた○○の傍に、球子と杏の話を聞いてしまわないように姿を消していた神様が現れる。

 

『よーボウズ。女ってのはな、男が思ってるほど弱くはねーんだぞ……ってのは、十分に理解したっぽいな』

 

「はい……正直、みんなのことを見縊っていたんでしょうね、俺は」

 

『ま、後悔はもう置いとけ。あの二人の嬢ちゃんたち以外の四人との話し合いが待ってるぜ♪』

 

「……何でそんなに弾んだ声音なんですか」

 

『いんやぁ~? これでボウズも女の怖さの一端を知ったんだなぁ~、とか? そう思うと備え物の酒がうめぇ! とか? そんな事は思ってねーけどぉ~?』

 

「……楽しそうですね」

 

『はっはっは! まーまー拗ねんなって! ほれ、オレも一緒に考えてやっから』

 

「はあ……ま、頼りにさせて頂きますよ」

 

そんな風にして、あれこれと考えだした○○。

 

一方、大社から呼び出された――という体を装って病院を後にした球子と杏だったが、球子は本当の要件を知らないので、改めて杏へと尋ねていた。

 

「なあ、あんず。どんな用事で大社から呼び出されたんだ?」

 

「タマっち先輩……落ち着いて、本当に落ち着いて聞いてね?」

 

「どうした、そんな改まって……」

 

不思議そうに首を傾げる球子へと、杏は電話で聞いた内容を話そうとした――が

 

「こんにちは――タマちゃん、アンちゃん」

 

唐突に声をかけられ、言葉が止められる杏。

 

「あれ、友奈。もしかして、お前も大社に呼び出しを受けたのか?」

 

「友奈さん……」

 

一見して落ち着いた、いつも通りの表情をしている友奈。

 

「丁度良かったです……友奈さん、訊きたい事があるんですけど」

 

「うん、何かな?」

 

固い表情で言葉を紡ぐ杏と、先程から変わらない、普段通りの友奈。

 

「千景さんは、今どこにいるか知っていますか?」

 

「ぐんちゃん? ぐんちゃんは、ね……」

 

「おい、あんず? 友奈も……二人とも、どうしたってんだ?」

 

只ならぬ雰囲気を発し始めた杏と友奈に困惑し、二人に問いかける球子だが……次に友奈が発した言葉は、予想だにしないものだった。

 

「――ぐんちゃんは、若葉ちゃんを倒しに行ったよ」

 

「「――――――――――」」

 

友奈の口から発せられた言葉が理解できず、ポカンと口を開ける事しか出来ない球子。

 

対して杏は唇を引き結び、悲しげな表情で友奈を見遣った。

 

「タマっち先輩……さっき大社からあった連絡だけど」

 

「いや、今はそんな事よりも――!」

 

今の状況に関係が無いと思われた杏の言葉を遮ろうとした球子だが、続いて飛び出た言葉に又しても言葉を無くした。

 

「要約すると、勇者・郡千景に不穏な動きあり。それとなく監視する様に――そういう事だった」

 

「…………へ?」

 

「……やっぱり、ばれちゃうよね。でも、関係ないよ……今のぐんちゃんは、私達勇者にしか止められない位に強いから」

 

「ゆう、な……? お前、何を言って……」

 

呆然とした球子が何とか言葉を紡ぐが、友奈は悲しそうな表情をして二人に言い切った。

 

「ぐんちゃんも私も……○○君の居ない世界なんて、耐えられない。だから、○○君には神様になってでも生きて貰う。私もぐんちゃんも、○○君に生きていて貰えさえすれば、自分が死んでしまってもいいから……っ」

 

「友奈さん……分かっているんですか? その選択はあなただけじゃない、○○さん以外の全ての人を犠牲にする方法だって」

 

悲しい表情をした杏に問いかけられ、友奈の表情が悲痛に歪む。

 

それも当然だろう……友奈の様な、誰とも知らない大勢の為に戦える少女が、人の命を秤にかけて比べ、その上で優劣を付ける行為をしたのだ。自分自身のアイデンティティを破壊するような行いだと言っていい。

 

「分かってる……分かってるよ、アンちゃん」

 

「それなら――!」

 

「でも無理だよ!!」

 

説得しようとした杏の声を遮り、溢れ出た自分の想いをぶちまける様にして叫ぶ友奈。

 

「無理だよ……○○君が居なくなるんだよ? もう二度と声を聞けないんだよ? 笑いかけてくれないんだよ? 隣にいてくれないんだよ? 私には……私には、絶対に耐えられない……っ!!」

 

涙を零しながらそう訴え、声を震わせる友奈。

 

「だから……ぐんちゃんが、そうならない為に若葉ちゃんの生太刀を奪って、破壊するって。あれが無くなれば、○○君と神様の繋がりは断ち切れなくなる。そうなったら、私達の望みは叶うから……」

 

「……だから、私達が若葉さんを助けに行けないように、足止めするのが友奈さんの役目という事ですか」

 

「うん、そういう事……出来れば二人とも、このまま大人しくしてて欲しいんだけど……」

 

零れた涙を拭いつつ、泣き笑いの表情で球子と杏に頼む友奈だったが――

 

「うん……それは無理だな」

 

友奈に強い視線を向けながら、球子はそう言い切った。

 

「友奈のいう事も、そりゃ分かる……アイツに生きていて欲しいなんて、タマだって何回も考えた……」

 

「だったら、どうして……? 自分の命が惜しいから、何て理由じゃないんでしょう、タマちゃん?」

 

「決まってる……アイツが、○○が、タマ達にこれから先も生きていて欲しいって、そう願ってくれたからだ!」

 

「…………っ!」

 

力強く言い切った球子の言葉に、友奈は怯んだ。

 

「それに、○○が神様になって生き残ったとしても……この世界が滅んで、タマたちも全員が死んだとしたら、アイツはその事をずっと背負っていく事になるんだぞ? 神様になってるから、多分死ぬこともないんだろーな……だから本当の意味で、ずっとだ……」

 

「…………っ」

 

「タマたちが耐えられないからって、○○に……アイツにこれから先、ずっとひとりぼっちを味わわせるのか? ……それは違うだろ、友奈!?」

 

「タマっち先輩の言う通りです、友奈さん! 私達も、辛いのは……悲しいのは同じです。確かに、千景さんと友奈さんの言う通りにすれば、私達はそれから解放されますけど……それだけは絶対にダメだって言い切れます!」

 

必死の表情で、友奈を説得しようと言葉を重ねる球子と杏。

 

そんな二人の様子に、友奈は泣き笑いの様に顔面をくしゃりと歪めた。

 

「強いね、二人とも……。でもやっぱり、私には無理、かなぁ……。だからさ、二人とも――」

 

笑顔と泣き顔が入り混じった悲痛な表情の友奈は、その瞳から一筋の涙を流すと、微かな、だが確かな願望を乗せた言の葉を零した。

 

「――私を……私とぐんちゃんを、止めて」

 

その言葉と時間が停止し、周辺の光景が変貌していく。

 

異常を感知した神樹が、これから始まる事態を予想して事前に対策を施しているのだろう。

 

千景に力を貸す一部の神によって半ば独立させられた勇者システムが、友奈の出で立ちを急速に変化させる。

 

思わす自身の身体を庇うような体勢を取った球子と杏の二人がそれを解いた時、友奈の姿は良く知っている、頼もしいもの――だが今の状況ではひたすら厄介なものに変わっていた。

 

大江の山の酒呑童子――その力をその身に宿した、全力の友奈に。

 

「私だって、分かってる……ぐんちゃんが間違ってて、タマちゃんとアンちゃんが正しいって。だから……私がバカな真似が出来ないように、力ずくで止めて……? そうしてくれないと、もう止まれないんだ……」

 

友奈の悲しい懇願に、球子も杏もこれ以上の言葉での説得は無意味だと悟った。

 

「……わかったよ、しゃーない。一緒に戦ってきた仲間の……親友の頼みだもんな。って訳でだ、あんず……これから友奈に、説得・物理をかますゾ!」

 

「せっかく格好良かったのに……説得・物理なんて言っちゃうから台無しだよ?」

 

「あったり前だろ、あんず! バーテックスと戦う訳でも無いのに、そんなシリアスにしてたまるかっての! これは模擬戦の延長みたいなもんで、命を賭けた戦いとかそんなもんじゃないんだ――それに、タマたちがそんな戦いをしたなんて知ったら、○○がガチ凹みするだろ?」

 

「えっと……まぁ、一理ある……のかなぁ?」

 

自分たちも雷神と風神をそれぞれ降ろしながら、球子と杏はそんな軽口を叩き合う。

 

一大決心的な願いにそんな対応をされた友奈であったが、本人としては腹が立つことも無く、むしろ有り難い心持ちで居た。

 

「それじゃ……行くよ。タマちゃん、アンちゃん――!」

 

「よぉし、来い友奈! いつも通り、タマとあんずのスーパーコンビネーションを見せてやるからさ!」

 

「勝負です、友奈さん!」

 

それぞれの意思を胸に、そうしてぶつかり合う一人と二人。

 

理性とは別に、止められたいと願いつつも、心が止められないと分かっている友奈。

 

悲しみを飲み込み、○○の最期の願いを聞き届けようとする球子と杏。

 

西暦の終わりに起きた、最後の戦い……その片割れの火蓋が、切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球子と杏、そして友奈がぶつかり合う、その少し前。

 

あの日、○○の言葉を聞いてしまった若葉は決意を固め、自分の成すべき事から逃げない事を彼に示すべく、あの日と同じ様に彼の病室へと向かっていた。

 

病院への道すがら、思い出すのは○○の事ばかりで……それでも、彼の元へと向かう足は止めない。

 

そうして目的地へと歩みを進めていた若葉だったが、周囲が明らかにおかしな状態になっている事に気付いた。

 

「この辺りは……こんなに人通りの少ない場所だっただろうか……?」

 

不審気な表情で、周囲を見回す若葉。

 

今はまだ日が沈む前であり、こんな時間にこの場所から人っ子一人居なくなるというのは明らかにおかしい。

 

天の神がによる、何らかの企てだろうかと、若葉の頭にそんな事が過ぎったその時――

 

「乃木さん」

 

「っ! ……何だ、千景か。それより千景、今この周辺は明らかに異常だ。この時間帯にこの場所の人気が無くなるなんて、どう考えてもおかしい。だから――」

 

すぐにここを離れて、大社へ連絡に向かおう……そう言おうとした若葉だが、自分の言葉を遮って放たれた千景のそれにより、永遠にその機会を失った。

 

「大丈夫よ、乃木さん。おかしな事なんて、何もないわ。だって――」

 

千景の口元が弧を描き、続きの言葉が放たれる。

 

「――あなたをここに閉じ込めたのは、私だもの」

 

「な、に……? 千景、一体何を言っている……?」

 

若葉は混乱した頭で疑問を呈するが、千景はそれに取り合わず、朗々と口上を述べていく。

 

「ねえ、乃木さん……私、思ったの。○○が生贄にならないと保てないこの世界の行く末なんて、もうどうでもいいって。そんな世界なんて、雑草一房分の価値も無いって」

 

「千景……!?」

 

唐突に飛び出てきた千景の過激な口上に、若葉は目を見開く。

 

「何もしないくせに一端に救いだけは求めて来る雑多な民衆も、私たちみたいな子どもに世界の命運を賭して来る大社も、果たして守る価値なんてあるのかしらね? ――少なくとも私は、そんなモノよりも○○の方が大切よ。ま、本当は比べるまでも無い事だけど」

 

「千景……」

 

愕然とした表情で零す若葉。

 

「当然、私も死ぬだろうけど……○○が生きているなら、そんな事は躊躇う理由にならない。だから○○の為に、この世界には終わって貰うわ。だって、彼が護った世界ですもの。それ以外の人間は、ここまで生きられただけでも充分よね?」

 

清々しい程に綺麗な笑顔で、只一人の為だけに世界を終わらせると言い放つ千景。

 

「馬鹿な……千景、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 

「何って……雑多な、その他大勢の人間と、○○のどちらが大事かという話でしょう? そんなの、○○が大切に決まっているじゃない。命の価値は平等なんて言うけど、大切な誰かの命とそれ以外の有象無象の命が等価だなんて、頭がお花畑な人間向けの戯言だわ」

 

当たり前の事を述べるかのように、平静な表情で千景は言い切った。

 

「だから乃木さん……あなたの『生太刀』は邪魔なの。○○と神様の繋がりを断ち切ってしまうそれが。そして……あなたは○○の意見を受け入れたんでしょう? ……いえ、答えなくていいわ。表情を見れば分かるもの」

 

「……そうだ。○○の……あいつの、最期の願いを叶えてやる。それが私に出来る、最後の餞だと思うから」

 

「だと思った。……乃木さん、私はあなたを仲間だと思っているから一度だけ言うわ。『生太刀』を渡しなさい。そして、世界の終わりまでみんなで穏やかに過ごしましょう?」

 

「……悪いが、断らせてもらう。○○が覚悟を持って口にした言葉から、私は一度逃れようとした。あいつの事が大切だから……好きだから、私はもう逃げない」

 

「そう……」

 

若葉の返事を聞いた千景は俯き、傍目には落ち込んでいる様に見える。実際、若葉の目にもそういう風に映っていた。

 

だが、千景の姿が幻でも見ているかのように段々とブレていくに従って、若葉も異常を察した。

 

それと同時に若葉のスマホから聞きなれたあの警報音が響き、周囲の様子が樹海へと変貌していく。

 

その間にも千景の姿形は見る見る変わっていった。

 

頭部には一対の狐の耳、煌びやかな十二単、そして見る者を圧倒する存在感を放つ、金毛の尾が九つ。

 

三大妖怪の一である、白面金毛九尾の狐――またの名を、玉藻前。

 

「それなら仕方ないわね。――あなたから『生太刀』を取り上げて、破壊するだけよ」

 

簡潔に目的を告げると、若葉に向けてその手を振った。

 

若葉も勇者へと変身し、義経を降ろしていたから何とかなったが、そうで無ければ危なかっただろう。

 

彼女の武器である大鎌が、空中を回転して何の躊躇なく、若葉の片腕を刈り取るかのように迫ってきたのだから。

 

義経の高速の動きで回避した若葉だったが、冷や汗を禁じえなかった。

 

その大鎌の一閃には、なんの躊躇いも無く、呵責も見えなかったのだから。

 

「本気、なんだな……千景」

 

「ええ、勿論。どうかしら、今ならまだ、『生太刀』を渡せば降参も受け入れるわよ?」

 

「それこそまさかだ。――千景、お前は言ったな。○○を生かす為なら、その他の人間の命の価値など考慮に値しないと」

 

「ええ、そうね」

 

「だが、そうして生き残った○○はどうなる。そんな屍の積み重なった末の命なんて、あいつが喜ぶと思うのか?」

 

「その感情も、生きていればこそだわ。死んでしまったら、そんな思いを持つことすらできなくなる。当然よね、死者は何も語らない。生き残った人間が、こういう事を思っていたんじゃないかと想像するだけ」

 

今まで平静な表情で居た千景が、少しばかり不愉快そうな表情で続ける。

 

「勇者である○○は、その身を犠牲にして天の神に赦しを乞い、斯くしてこの世界には平穏が訪れましたとさ、めでたしめでたし。――――本当にめでたくてめでたくて、反吐が出るわ」

 

「千景……それ以上言うのは、○○の意思を蔑ろにしている事になる。だからそれ以上、そんな事を言うのは止めるんだ」

 

「ふぅん……まるで、自分が一番○○の事を分かっているような言い草ね」

 

「流石に、その位は分かるつもりだ。そして千景、お前が○○を大切に思っている気持ちも――」

 

「分かるとでも言うつもり? ――乃木さん、あなたには分からない!!」

 

十二単という、とても動き易いとは言えない出で立ちであるにも関わらず、まるで滑る様な動きで若葉に接近した千景は、自らの操る大鎌を一閃。

 

その刃を生太刀のそれで滑らせるように受け流した若葉に、続けざまに攻撃を仕掛けながら千景は叫ぶ。

 

「○○に出会う前の私は、本当に酷い有り様で……村の人たちは誰も私のことを人間扱いしなかった。両親ですら、私のことを邪魔者扱いしたわ……!」

 

「千景……!」

 

九尾の膨大な妖力によって七つの実体を持つ幻影に別れた大鎌が、其々の軌跡を描いて若葉へと躍りかかる。

 

往なす、弾く、避ける――若葉も己の技術の粋を尽くして、千景の大鎌を防いでいく。

 

「そんな……価値なんてまるで認められていなかった私が○○に出会って、どれだけ救われたか……あなたには絶対に分からないっ!」

 

「ぐっ……! そうだな、私も、ぐうっ……お前の気持ちは、完全には分かってやれないし、それが当然だ……っ」

 

「あなたは家族からも愛されている……それはそうよね、あれだけ御婆様からの教えを大切にしているのだから。そして、誰からも一目置かれていて、頼りにされている……何より、あなたの事を心から気にかけてくれる理解者が、すぐ傍に居てくれる……!」

 

「そうだ……両親や祖母のおかげで今の私がある。友達はあまりいなかったが、それも疎外されているという訳では無かったし、何よりひなたが傍に居てくれたから、孤独を感じる事も無かった……」

 

「私は……私には、○○しか……彼しかいない……! ○○だけが、私のことを気にかけてくれた……私の価値を、認めてくれた……私のことを護ってくれた……ここに居ていいって……一人にしないって……抱きしめて、そう言ってくれた……!」

 

表情を歪め、口元を震わせ、涙を流しながら言い募る千景。

 

「そんな○○をっ……世界の都合の為に、生贄にするですって……!? ふざけるのも大概にしなさいっ!! 認めない、絶対に認めない……っ! そんな終わりを、救いのない最期を○○が迎えるなんて……あって良い筈が無いっ!!」

 

「私だって同感だ、千景! だがなっ……○○は、世界の為に犠牲になるなんて、高潔でお綺麗な、勇者みたいな考えでそう決めた訳じゃないんだぞ!?」

 

若葉の言葉が予想外だったのだろう。若葉を攻める千景の勢いに鈍りが生じる。

 

「何を……適当な事を言って、誤魔化そうっていう魂胆かしら……?」

 

「違うさ――そうだろう、○○」

 

「――――っ!?」

 

そう言って、若葉が視線を視線を向けた先を千景も見やると、この場には絶対に現れないと思っていた○○が、ひなたに車椅子を押されて現れた。

 

「ごめんね、ひなた。樹海の中は初めてなのに、車椅子まで押してもらって」

 

「いえ、それはいいんです。私もこの場に立ち会う事が出来て、良かったと思いますから。……まあ、いきなり神様に樹海化の時間停止を解かれた時は驚きましたけど」

 

『いやいや、悪かったな、巫女の嬢ちゃん。ある程度の力ある巫女じゃないと、勇者と同じ様に樹海を行動するのは無理なんでな。今回は俺の力技でちょっと無茶したし、嬢ちゃんじゃなきゃ適応できなかったんだよな』

 

そんな話をしつつ、若葉と千景の傍に近づいて来る二人と一柱。

 

そんな中、千景は先程の若葉の言葉の真意を問い質す。

 

「……驚いたけど、○○の意思は勇者としてのそれじゃないって、どういう事なの」

 

「その質問は……私よりも、○○に訊いたらいいんじゃないか?」

 

千景の問いかけに、若葉も視線を逸らす事無く答え、それを受けて千景が視線で○○へと問う。

 

目が見えない○○も、会話の流れから自分のすべき事を察し、千景の名前を呼ぶ。

 

「ちーちゃん……さっき若葉が言った通りだよ。俺は別に、世界を救うためだとかそんな理由で神様との繋がりを斬る事を提案したわけじゃない」

 

「じゃあ、どうして……? 勇者としての使命感以外なら、一体何が……?」

 

千景の当然の疑問に対し、○○は少しばかり間を空けて息を整えると、照れもせずに言い切った。

 

「みんなを死なせたくないから……重い使命を背負って頑張ってきた、君たち六人を、絶対に助けたかったから……それが理由だよ」

 

「え……」

 

○○が告げた、余りにも単純で、かつ個人的な理由に、千景は気の抜けたような声を上げた。

 

「あれから数日しか経っていないが、短いなりに私も考えてみたんだ。これまで○○が無茶をする時というのは、決まって私達に危機が迫った時、又は迫る予兆がある時だけで、終始一貫していた」

 

「だから若葉ちゃんは、○○君は世界の為でなく、私達の負担を減らすのが目的で戦ってきたんだと思った訳ですね」

 

「まあ、そうだな。……実は違っていた、何て事になったら、自意識過剰の勘違い女になる所だったからホッとしているが」

 

若葉はそう言って苦笑するが、千景は笑えない……とてもじゃないが、笑えるような余裕は無かった。

 

「ちーちゃん……ごめんね。俺さ、みんなの気持ちを全然考えてなかった。何日か前に俺が神様に相談してた所、偶然聞いてしまったって、ホントにさっき神様から聞かされてさ……」

 

心の底から後悔している様子でいる○○が、千景に謝罪する。

 

「そんな事だから、タマっちと杏にも滅茶苦茶怒られて……我ながら馬鹿な事を考えたもんだと、心底後悔したよ……」

 

「それじゃあ……それじゃあ、止めてくれる? 自分から犠牲になる様な事はしないって、そう言ってくれる?」

 

変身を解いた千景が期待を込めて○○に駆け寄り、勢い込んで問いかける。

 

「うん。自分から生贄になって、みんなの記憶から消える様な事は絶対にしない。……今年いっぱいは、みんなと一緒に居るから」

 

「今年、いっぱい……? その先は……?」

 

「……ごめん。その先は、みんなと一緒には居られない」

 

彼からのその答えに、少しばかり安心していたのも束の間……千景は信じられない、信じたくないとばかりに○○へと縋り付いて叫んだ。

 

「い、嫌……もう嫌なの……もう○○と、二度と離れたくない……!」

 

高ぶった感情が故の涙を幾筋も零しながら、千景は泣き叫ぶ。

 

「どうして……? 私は、あなたのことが……言葉では言い足りない位に……好き、なのに……!どうして……何で、あなたが……! う、うぅ……っ…………うぁああぁああああぁぁあああああ…………っ!!」

 

崩れ落ちた千景は、車椅子に座る○○に抱き留められ、積もり積もった悲しみを爆発させた。

 

幼かった自分の心を護ってくれた、自分だけのヒーロー。

 

成長したその男の子は、勇者となり、世界を護り……そして、自分たちの六人を守る為に、すでに覚悟を決めてしまった。

 

彼は、あの時と何も変わっていなかった――幼かった自分を、全身全霊で助けてくれたあの時と。

 

そんな彼に、何も報えない自分が何よりも不甲斐無かった。

 

そう――世界を犠牲にするなんて、何もできない自分から目を逸らす為の、盛大な八つ当たりでしかなかったのだ。

 

あの時から変わらず、何もできない自分。

 

○○から大切なものを受け取るだけで、何も返せていない自分。

 

そんな情けない自分から目を逸らしたくて、認めたくなくて……そして今、そんな行動も○○に止められている。

 

そんな感情に翻弄されている千景が泣いている最中、別の方面でも決着がついていたらしい。

 

友奈に球子、そして杏もここへ来て、全員がこの場に集まった。

 

○○に縋って泣いている千景の様子から、全てを察したらしく、気遣わしい表情を崩さない。

 

「ちーちゃん……いや、ちーちゃんだけじゃなくて、みんなに言いたい事があるんだ」

 

その言葉に、○○に縋って顔を伏せていた千景を始め、六人全員が彼の方を向く。

 

「みんなは何だか……俺から一方的に与えられるばかりだった、っていう風に思ってるみたいだけどさ……俺だって、みんなから沢山のものを貰ったよ?」

 

穏やかな、いつも通りの口調で話す○○。

 

「美味しいうどんがあるよって、みんなで食べに行ったり――」

 

有り触れた、小さな思い出。

 

「普通の学校でやる様な行事を、頑張って再現してみたり――」

 

例え勇者と呼ばれ、重い期待を背負っても、その時だけは年相応でいられた。

 

「面白い事があったら、その事についてみんなで話したり――」

 

その時は気付かなかった、宝石の様に煌く大切な記憶。

 

「他にも楽しい事、いっぱいあったよね」

 

そんな風にして、大切なものをたくさん受け取ったから――だから――

 

「どんな目に遭っても耐えられたし、ここまで頑張れたんだ」

 

そうして○○は、優しく微笑んで、こう言った。

 

「――――――ありがとう」

 

 

 

 

 

こうして西暦の最後、少女たちが最後にぶつかり合った出来事は終幕を迎えた。

 

少年と少女達の気持ちのすれ違いから、あわや大惨事を迎えかねなかった出来事ではあったが、お互いに話をして、分かり合う事が出来のだ。

 

その後の事は、詳しく語るのは無粋だろうか。

 

少年は、最期の時まで少女達と共に在り――そして、少女たちが見守る中、その生涯を終えた。

 

たった一つの想い――過酷な運命に翻弄される少女達を助けたいと願い、一度は為せず、しかし少女達の支えで再び立ち上がった少年は、遂にその想いを貫いたのだ。

 

少年の死に際し、遺された少女達は涙に暮れたが……しかしそれは、これから先も続いていく未来への枷には、絶対になる事は無い。

 

自分達は、少年が残してくれた大切なものを守っていくのだと……心から理解しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――十年後

 

 

「ねえ、お母さん。あの本、どこにやったかな?」

 

「ああ、あの本は私の部屋の本棚に戻しておいたから。次はちゃんと片付けないと駄目だよ、実里(みのり)

 

「うん、気を付けまーす」

 

 

 

 

 

「まなちゃん、はやく行こーよー!」

 

「分かったから引っ張らないでーあっちゃん!」

 

「こらこら、明日香(あすか)は落ち着きタマえ! あーもう、愛菜香(まなか)の服が伸びるから、やめなさーい!」

 

 

 

 

 

「行ってきます、お母さん」

 

「ええ、今日も気を付けてね。……」

 

「どうかしたの、お母さん……?」

 

「ねえ、都子(みやこ)。……あなた、学校は楽しい?」

 

「うん、楽しいよ。 今日も友達と遊ぶんだ!」

 

「そう……それなら良いの。でも、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね?」

 

「はぁーい」

 

 

 

 

 

「おっべんと、おっべんと、たっのしっいな♪」

 

「そうだねぇー……という訳で、おにぎりを作りましょー!」

 

「わーい、早く教えてーお母さーん!」

 

「ふふふー、お母さんに任せなさい、(さくら)。最初はね――」

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、お母さん」

 

「ええ、ただ今、(あかね)。留守中、何もありませんでしたか?」

 

「うん、何も無かったよ」

 

「そう……いつもごめんなさいね、茜」

 

「ううん、いいの。お母さんが大赦の事で大変なのは、ちゃんと分かってるから」

 

「~~~~~~っ! 何ていい子なんでしょう! もうぎゅってしちゃいます!」

 

「うぷっ!? ちょっ、お母さん、や、止めてったら~!」

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうしたんだ、大輔(だいすけ)? そんなにうんうん唸って」

 

「あー、お母さん……ちょっと助けて欲しい……」

 

「助け?」

 

「アイツらの遊びの予定に付き合うのが……ぶっちゃけしんどい」

 

「ああ……ま、まあお前は人気者だからな!」

 

「妹たちにモテたって仕様が無いって! それに兄って言ったってほんの一週間位の違いしか無いじゃん! だって言うのにベタベタベタベタ……ブラコン過ぎてダメだろアイツら……」

 

「容姿は完全に私似なのに、不思議と中身は本当に○○に似たからな……うっとおしがりつつも、何だかんだ世話を焼いて助けてやってればそうもなるだろうさ」

 

「お母さん、何か言った~?」

 

「いいや、何も。それじゃあ、お母さんも一緒に考えるから頑張れ!」

 

「頑張るのは決定なんすかそうですか……はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の歩みは続いていく。

 

例え、もう立ち上がれなくなる様な痛みを受けたとしても。

 

それでも人は、歩み続ける。

 

自らの想いを、絆で結ばれた人に託して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それが、人が連綿と繋いできた、命のバトンなのだから。




のわゆ編、完!

いやー、長くかかりましたね……いや、途中でブランク作った私の所為ですけどね!(^^;

妖怪大決戦を期待して下さった方には申し訳ないですが、かなりアッサリ目にしてしまいました。戦闘は最終決戦で出し尽くした感がありまして……
人間同士なんだから、やっぱり心のぶつかり合いに焦点を当てたいな、と……
その描写にしても、ちょっと不安ですが……(汗)

まあ、何はともあれ!(強引)
こんな拙いお話を読んで下さった読者のみなさん!
感想やご意見を送って下さった方々も含めまして、本当にありがとうございます!
ゆゆゆに続き、のわゆを無事締め括れたのも、皆さんの温かいお声のおかげです!

本当に、本当にありがとうございました!!

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