ゆっくり気長にマイペースに進める所存です!(予防線)
また会えたね○
「よし、部の備品の買い出しはこんなものでいいかな」
文房具店で買い物を済ませた○○はメモを確認しつつ小さく呟き、それをポケットへと仕舞った。
四国の――そして人の世界の命運を賭けた決戦から少し経ったその日。
そろそろ秋めいてきつつも、未だに夏の日差しが照り付けるそんな日の午後を、○○は讃州中学へと戻る道を歩いていた。
唯一の男手という事で、備品の買い出しに立候補した○○はのんびりと帰り道を進んでいく。
――と、そんな、どこにでもいる中学生男子のポケットに入っていたものから、よく聞いた……出来ればもう聞きたくなかった音が聞こえてきた。
「……え、何で? 端末ってもう返したんじゃ……?」
心の底から困惑した声でそう呟く○○。
ポケットから取り出したその機器――勇者アプリがインストールされているスマホを手に取りつつ、首を傾げる○○。
「……って、え? どういうことだこれ!?」
いきなりの事態に呆然としていた○○だったが、更に困惑する出来事が起きて思考が硬直する直前まで行ってしまった。
「樹海……ここって樹海だよな……え、本当に何事?」
様々な色で染め上げられた、植物に似た何かが其処ら中に存在する不思議な空間。
もう二度と目にする事など無いと思っていただけに、彼の戸惑いは相当なものだった。
「……えーと。色々考えたい事はあるけど、樹海に来たからにはまずレーダーを確認しないと……って、え、みんなも来てて、しかも交戦中!?」
冷静にレーダーを確認した○○の瞳が、ギョッと見開かれる。
乙女座と記された表示の周囲に自分と園子以外の勇者部の名前が表示され、戦闘中であることを示している。
「くそっ、もう戸惑っている暇なんてない。早くみんなと合流しないと……!」
幸いというべきか、勇者の身体能力ならこの場から戦闘エリアまでの距離はさほどでもない。三分以内に着くことが出来そうだ。
すぐさま久しぶりの変身を行なった○○は、最短距離を駆け抜けてみんなのもとへと到着し、その力を生かして他のメンバーの支援を行う。
「よーし、○○君の応援でパワー百倍! 勇者パーンチ!!」
「友奈ちゃんを援護します!」
「合わせるわ、東郷! 樹と夏凜も続きなさい!」
「うん、お姉ちゃん!」
「任せなさい! 久しぶりに、完成型勇者の力を見せてやるわ!」
あの時、合体した獅子座との戦いを制した○○たち勇者部は、今更乙女座の一体に苦戦する程に鈍ってはいない。
ましてや、久しぶりという事ではあっても、だからこそ油断など欠片も無いのだ。
最後まで気を抜くことなく戦いを終えると、過去にあったように周囲の風景がぼやけていき、はっきりしなくなっていく。
そして、まるで居眠りから覚めたかのようにハッとして周囲を見回すと、讃州中学の屋上――つまり、神樹が祀られた祠のすぐ傍に○○は居た。
「一体何だったんだ……って、みんなはどこに?」
○○がきょろきょろと周囲を見回しても、他の部員の姿は一人も無い。
また首を傾げる事になった○○だったが、学校に戻ってきた事だけは確かだったので、とりあえず勇者部の部室に戻る事にするのであった。
――樹海で聞こえた少女の声。その声の記憶が呼び覚まされていく。
――その声の主との再会を、楽しみにしつつ。
○○が帰って来る前の勇者部の部室では、最初の勇者達と共に在った巫女であり、現在でも大赦の巫女たちの頂点に立つ名家である上里家の初代――上里ひなたが、彼以外の勇者たちを前にして説明を行なっていた。
ただ、彼女も自分たちと一緒に戦った勇者の一人である高嶋友奈と瓜二つ……というか、同一人物としか思えない、結城友奈を前にして動揺していたようであったが、気を取り直して説明を続けようとしたのだが――。
「ただいま帰りましたー……一体全体なんだったんですかね、さっきまでの」
「あら、ようやく帰ってきたのね、○○。今から彼女が説明してくれるそうよ」
「彼女……?」
「はい、私は上さ、と……」
風に紹介されたひなたは○○に向き直って自己紹介しようとしたが、不自然に言葉を途切れさせ、薄く笑みを浮かべていた顔に、信じられないものを見たと言わんばかりの表情を張り付けた。
「どうしたの~、ひなタン? あ、もしかして、ゆーゆみたいに○○君とすごくよく似た友達でもいるのかな~?」
「○、○君ですか……。え、ええ、実はそうなんです。友奈さんといい、友だちと似た人が二人もいた事に、ちょっと驚いてしまって!」
自分の心中の複雑の感情を隠し、瞬時に笑顔を浮かべるひなた。
そう、あの日から一年経ったその時に自分は――上里ひなたは、ここに呼ばれた。
愛した人を失った、あの日。
同じ人を愛した仲間たちと一緒に見送ったのだ。
今、目の前にいる少年と同じ顔をした、最愛の人を。
気を抜けば、何もかも放り出して眼前の少年に縋り付きそうになってしまう程に、本当によく似ている。
しかし、それは自分達に後を託して逝った彼にも、目の前の少年にも不誠実な最悪の対応であることは自覚していた。
よって、ひなたは内心の動揺を押し隠し、いつもの笑顔で、最愛の人と瓜二つの少年に応対しようとした。
「では、改めまして。私は――」
「ひなた」
優しく、そう呼ばれたひなたの表情が強張る。
「……あはは、フレンドリーな方なんですね、○○さんって」
何とか絞り出せた言葉は、何とも皮肉っぽくなってしまっていて、自分の冷静な部分が駄目出しをしてくる。
「その指輪……俺は自分の目では見られなかったけど、大事にしてくれているみたいで嬉しいよ」
今度は誰から見ても分かる程に、ひなたの表情が驚愕に彩られる。
自分たちが彼に贈られた指輪の事を、何故この時代に生まれた少年が知っているのか?
よしんば適当に言っていたとしても、贈った彼がその目で指輪を見られなかったという事まで言い当てるのは、どう考えてもあり得ないはず。
まさか、まさか、まさかまさかまさか――――――!
努めて冷静に、しかし声の震えが抑えられないひなたは、それでも何とか声を絞り出して少年に尋ねた。
「○、○、君……なんですか? ……本当に?」
「……うん。結局、あれからは三か月しか一緒に居られなかった○○だよ」
少年の――彼の――○○の言葉を聞いたひなたの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。
そのまま立て続けに零れ落ちる涙を拭う事もせず、ひなたは○○に走り寄ると、その胸へと抱き着き、彼も彼女の事をその両腕でしっかりと抱き留めた。
「~~~~~~~~~っ! ○○君、○○君、○○君!!」
「ひなた……」
「また、会える、なん、て……私、わたし……っ、う、うああああああぁぁぁ……っ!」
「うん……俺もまた会えて、嬉しい」
肩を震わせて、○○の胸の中で咽び泣くひなた。
そのひなたを抱きしめ、背中を擦って慰めている○○。
非常に絵になる光景であり、詳しく事情を知らないものが見ても心を揺さぶられるものがある。
……そして、完全に蚊帳の外に置かれている○○以外の勇者部員六名の心もまた、一般的な意味以外のあれこれで揺さぶられまくっていた。
色々と疑問はあるが、何故○○が三百年前の少女と心を通じ合わせているのか?
そして……○○は、彼女に指輪を贈ったと言った。
それはつまり……想像するのも恐ろしい事だが、二人は……男女の仲だったという事だろうか?
心が芯まで冷え込むような想像というか、予感に苛まれながら抱き合う二人を見ているしかない勇者部一同。
本心では一刻も早く二人を引き剥がしたかったが、ここでそんな事をすれば確実に空気読めない奴である。その位には二人は絵になっていた。
だが、実力行使は我慢できても、その気持ちが瞳に浮かぶのはどうしようもない。
虚ろな目になりながら、抱き合う二人を見守るしかない勇者部の六人であった。
「――取り乱してしまって、申し訳ありません。もう大丈夫ですよ、○○君」
「それなら良いんだけど……無理はしないようにね」
「はい、勿論です。――話は変わりますけど、これから皆さんに説明をした方が良いと思うので、席を外して貰えませんか?」
そう言ったひなたは、ちらりと自分達以外の六名の方に目線をやる。
このまま放っておけば禍根が残り、そう遠くない未来にやって来るだろう若葉たちにも迷惑がかかる可能性が高い……というか、確実にかかるだろう。
それを聞いた○○は何か言いたげだったが、一つ息を吐くと大人しく部室の外へと出て行った。
部室から遠ざかっていく彼の足音を聞きながら、ひなたを穴が開かんばかりに自分を見つめて来る六人の少女の方へと向き直った。
並の中学生なら怯むだろう視線を受けても、ひなたは泰然としたものだった。
勇者たちを導いた功績で大赦の中枢へと入り、存在感を増してくひなたを見る視線は、好意的なものばかりではなかった。
純粋な好意や敬意から関係を結ぶ人間の方が多かったのは事実だが、以前から大赦の中枢に居たお歴々からは、成り上がりの小娘と見られることも少なくなかった。
そんな悪意ある視線と比べれば、同年代の少女の視線などそよ風も同然であった。
「さてみなさん、色々と聞きたい事があると思うのですが……?」
そう言ってひなたが水を向けると、部を代表してか、まずは風が口火を切った。
「それじゃあ遠慮なく聞かせて貰うけど……どうしてあなたが○○の事を知って……というよりも、あんなに仲が良いのかしら?」
「生まれ変わりか、それとも別の何かなのかは分かりませんが……彼は間違いなく、この時代から三百年前、私達と共に戦った○○君です。仲が良いのは、それが理由ですね」
「普通なら信じられないけど……今までも、そしてついさっきも不思議な事を体験したんだものね。信じるわ」
風が一応の納得を示すと、友奈が待ちきれないとばかりに手を上げて身を乗り出した。
「あのっ! さっき○○君が指輪をひなちゃんに贈ったって言っていたけど……ふ、二人はっ……その、どういう……っ!」
「ちょっ、友奈、いきなり過ぎでしょ!?」
「でも……避けて通れない疑問だと思うわ、夏凜ちゃん」
「そうですよね、東郷先輩……正直、あんまり聞きたくないですけど……でも、聞かないと」
「……うん、イッつんの言う通りだね~。それがどんな答えでも……聞かないと、先にすすめないんよ~」
彼女たちも大方の予想は付いているのだろうが……それでも、ひなたから明確な答えを得るのには恐怖があるようで、その声音には躊躇いの色がある。
そんな気持ちを抱えながらも踏み出した少女達に、ひなたも一切の誤魔化し無しで、真実を告げた。
「彼とは……○○君とは、夫婦でした。事情があって、三ヶ月間だけでしたけどね」
ひなたがそう告げた途端、あらゆる音が消え去る様な感覚を勇者部一同は味わっていた。
ふーふ……ふうふ……夫婦……。
覚悟はしていたつもりだったが、それでも余りに衝撃が大きすぎたのか……園子の膝がカクンと折れて、前のめりに倒れそうになり、隣にいた美森が慌てて何とかそれを支えた。
「ちょっ、そのっち!?」
「わっしー……○○君、結婚してたんだって~……あは、あはは……」
「園ちゃん、しっかりしてー!」
阿鼻叫喚になる三人を他所に、何とか冷静さを保っていた犬吠埼姉妹と夏凜は気になる部分をひなたに確認していく。
「……まあ、園子の事は友奈と東郷に任せましょう。で、まだ聞きたい事があるんだけど」
「うん……事情っていうのは何なんですか? それに、三か月だけって……」
「まあ、そこを聞かないと何とも言えないわよね……」
三人の疑問に、ひなたも少しだけ辛そうな表情をした後、ぽつりぽつりと語っていく。
「分かりました、お話ししましょう。……私達の時代の○○君。その勇者としての結末を」
「さて……話し合いは終わったって事だけど……ひなたがみんなと仲良く出来てると良いな」
心配げな表情をした○○は、つい先ほどかかってきた連絡で部室に戻る所だった。
部室を出る直前に見た部員たちの表情……というか瞳だが、何というかあらゆる色が抜け落ちた様な感じだったのを覚えている。
思わず後ずさりそうになった○○だったが、その場は意地で踏み止まった。
驚いたのは確かだが、そんな反応をされれば彼女たちは傷つくだろうとの思いからだ。
つらつらとそんな事を考えながら部室に戻って扉を開ける○○。
それと同時に、すすり泣く少女たちの姿が目に入って思わずぎょっとしてしまった。
「み、みんな……!? え、何、一体どうした?」
そんな彼の疑問に答えたのは、間違いなく今回の話の語り部であるひなたであった。もっとも、彼女も思い出して少し涙ぐんでいたので、○○を狼狽えさせたのは変わらなかったが。
「彼女たちには、私達が経験したあの戦いの事を、あなたが来てからの事を中心に話しました。――もちろん、その最期の事もです」
「あー……」
ひなたの言葉を聞いた○○は少し表情を歪めたが、仕方がないと思ったのか、深く息を吐いただけで何も咎めなかった。
どうするにしろ、自分とひなたの関係を問われれば避けて通れない話ではあるのだから、仕方の無い事だと。
すすり泣く少女たちを何とか宥める○○だったが、ひなたはこれからの関係の為にも、彼女たちに発破をかけようと少しばかり煽る様に言った。
「さて、先程言ったように、過去に私は○○君と夫婦でした」
急に何を言い出すのかと、少し訝し気な視線をひなたに向ける○○。
「もう会えないと思っていた愛おしい人と再会できて、本当に嬉しいです。ここに居られる限り、彼と愛を深めるつもりなんですが……皆さんは違うんですか?」
「!?」
先程とは違う意味で、急に何を言い出すのかという視線をひなたに向ける○○。
よく聞いてみれば、すすり泣く声が聞こえなくなっていて、恐る恐る、視線だけを勇者部一同へと向けてみる○○だったが……びくつかなかったのを褒めてやりたい位だと、思わず自画自賛した。
友奈も、美森も、風も、樹も、夏凜も、園子も――みんな例外なく、普通の中学生がするような目をしていなかった。
所で、○○は西暦において目が見えなくなった後、六人の少女達の発する雰囲気を読み取ることが何となくできるようになり、彼女たちとのやり取りに大いに役立った。
その経験を踏まえて言えば、現勇者部の少女達は……西暦の少女達と最後に過ごした三か月の雰囲気と、非常に良く似ている。
ひなたの煽り文句によって危機感を煽られた少女達は、羽化してしまったのだろう。
そして、そんな少女たちにひなたは甘い言葉を向ける。
「でも、みなさんと仲良くしたいというのも本当なんです。――ですので、私が知る限りの○○君の事を、あなた達に教えましょう」
「!?!?!?」
いつの間にか、仲良くなるためのきっかけにされてしまっている事に○○は戦慄した。
自分が知るひなたも口は上手かったが、あれから更に磨きがかかっている。
目を輝かせた勇者部の少女たちが一斉にひなたを囲み、がやがやと○○の話で盛り上がっていく。
ひなたもひなたでこちらの時代での○○の様子を知る事が出来て、大変満足しているらしかった。
その様子を眺めながら、○○は西暦の時代、ひなたに丸め込まれたあの日の事を思い出していた。
余命が三か月しか無いという状況で、六人全員といわゆる『男女の仲』になるなど正気の沙汰ではない。
○○は断固として拒否した。実際、ひなた以外の五人が何を言おうと、それこそ泣き落としをされようと、絶対に頷かなかった。
しかし、ひなたが説得を開始してからは、理論武装も感情論も一枚一枚丁寧に、衣をはがされる様にして解除され、ついには彼女たち六人を受け入れる事になってしまった。
そして、ひなたはその手柄で○○の『ハジメテ』を頂いた、という訳である。
男として、思わず溜め息の出るような事実を思い返していると、未だに話をしていたひなたがこちらに視線を向けていた。
そして、あの時に自分に止めを刺した後に言った言葉を再び放った。
あの時には、西暦の勇者たちを連れて――今回は、神世紀の勇者たちを連れて。
「○○君。私たち全員で、幸せになりましょうね?」
「あはは……ああ、うん……」
歴史は繰り返すというが、当事者まで同じなのは違うだろうと、乾いた笑いを浮かべながら思う○○なのであった。
書き終わってみれば、スーパーひなたタイムになっていた件。