何か知りませんが、過去最長となってしまいました……(1万字越え)
長すぎ訴訟と言われても何も言えませんが、お楽しみいただければ幸いです。
ではでは、どうぞ!
※時系列的に、まだ園子が居ない時の話です
部室で俺は、とあるノートを目の前に考え込んでいた。
自分の勇者としての能力を客観的に纏めた、分析ノートである。
残念ながら俺には攻撃能力が無い。自分ではバーテックスにかすり傷一つ負わせられない。
なので、戦うには皆以上に連携が必要となる。という訳で、自分の能力、そして皆の能力や戦い方を分析して、効果的な援護が出来る様にシミュレートしていたのだ。
そうしていると――
「あれ、○○、あんた一人? 他の皆は?」
「他の皆は掃除当番ですね、犬吠埼先輩。妹さんは分かりませんけど。俺は違ったので、一足先に来てました」
「あらら、ならしょうがないわね。……というか、名前で呼んでもいいって言ってるのに。樹と二人一緒にいる時とかは分かりにくいんだから」
犬吠埼先輩が一人でやって来た。
そして、名字で呼ぶ俺に対して苦情を申し立てるが、こちらも女子の名前を呼ぶなんて事は前世も含めて縁が無いので、追々としてもらっている。
「いや、女子の、それも先輩を名前で呼ぶなんて中々慣れなくて……追々という事で見逃して下さい」
「ふーん。まあ、それじゃあ仕方ないわねぇ……今後に期待するとしましょうか。で、一人で何してたの? 宿題?」
犬吠埼先輩は開かれたノートを覗き込む。別に隠すものでもないので、いい機会だし意見を聞いてみる事にした。
「これ、俺の勇者としての能力の自己分析と、それを用いた皆への援護方法のプランなんですけど、先輩はどう思いますか?」
「えっ、あんたそんな事考えてたの? はぁー、真面目ねえ。……ふむ、では部長として見て進ぜよう」
先輩はおどけながらもノートを真剣に見てくれて、それに対して意見を述べる。
「今のままでも十分助かってるけど、精度が増したらもっと良くなるのは確実だと思うわね。攻撃を受ける直前の、瞬間的な障壁展開とか出来ればいいんだけど……」
「やっぱりタイミングが課題ですね。そこの精度を上げられればそれだけ皆が楽になります」
「私達前衛組は、やっぱり敵の攻撃を受けやすいものね……相手に近づかなきゃならないから仕様がないっちゃないんだけど」
「ですよね……。はあ……やっぱり俺に少しの攻撃力も無いのが無念ですね……」
「うーん……でも○○の援護、相当助かってるけど?……そんなにあたしたちの武器が羨ましいわけ?」
犬吠埼先輩の問いかけに、俺は思わず立ち上がって勢いよく同意した。
「そりゃそうですよ! だってカッコイイじゃないですか!」
「えっ、ちょっと○○……?」
先輩が困惑したような表情でこちらを窺ってくる。が、構うことなく俺は続きを話し始めた。
「まず、先輩の大剣! 自分より大きい超重武器なんてロマンの塊ですよ! そしてそれを喰らうバーテックス! 相手は死ぬ!」
「ほ、褒めてくれてありがとう……って言えばいいのかしらねぇ?」
先輩が曖昧な表情で笑っているが、さらに俺は続けていく。
「犬吠埼さんのワイヤーで搦め捕るアレとかもう現実じゃ初めて見ましたよ! 時代劇の某必殺の人みたいでカッコイイですよね!」
そこからも次々と皆の武器をほめたたえ、羨ましがり、大げさに表現していく。
犬吠埼先輩も最初は困惑していたが、俺のテンションに感化されたのか、段々と乗って来てくれた。
「最後に結城さんのガントレット! ゼロ距離の鉄拳攻撃で相手を爆発四散させる!! あーもう、一回でいいから俺もやってみたいですよホントもう!」
「うんうん、こう、ズガーンって感じでね! 気分爽快でしょうね!」
十分に語って満足した俺は、しかし急に恥ずかしくなってきて顔を伏せた。
素面になると、本人を前にしていうことじゃないことは明らかだと一目瞭然、明々白々だと分かってしまい……失敗した。
「……済みません、先輩。何か訳わかんない事をベラベラと……」
「あっははは……! 気にしないで気にしないで。何か○○の意外な一面が見れてホッとしたわ。マジメ君なのかなーって思ってたからさ。これなら皆ともっと仲良くなれるでしょ?」
「ほんと済みません……」
先輩は愉快そうに俺を見て笑っている。だいぶ恥ずかしい思いをしてしまったが、そのお陰で先輩とさらに仲良くなれたなら、収穫として十分だろう。そう思おう。そう思わないと恥ずかしくてやってられないのが本音だが。
「あはは……いやー笑った笑った。……でもさ、そこまで真剣に考えて貰えて嬉しいよ。○○、あんたは巻き込まれて死にかけたのに、協力を決意してくれた。……改めて、ありがとう」
「やめて下さいって、犬吠埼先輩。決めたのは俺ですし、それに先輩は俺を日常に帰そうとしてくれたじゃないですか。ですから、気にしないで下さい」
真剣な表情で礼を言ってくる先輩に、俺は気負っていない感じでひらひらと手を振りつつ、あえて軽く言った。
俺が協力を先輩に伝えた時、彼女の表情に一瞬苦みみたいなモノが走ったのを覚えている。
直ぐ笑顔になって俺を歓迎してくれたため、見間違いだったかなとも思うのだが、それが引っかかっていたのだ。
「ご両親は何て言ってる? ……やっぱり、お役目に選ばれて喜んでた?」
「あー……それは気にしなくていいですよ。うち、親は二人ともいないので」
「え……」
何でもない感じで言った俺の言葉に、先輩は呆気にとられたような表情で声を漏らしたのみだったが、しばらくして我に返ったのか、重ねて尋ねてきた。
「い、いないって、別々に暮らしてるとか?」
「いいえ、両親は死んだんです。今から2年くらい前ですね」
「に、ねん……まえ……」
先輩の様子が何だかおかしい。
まあ、いきなり後輩が両親の死を告白して、一人暮らしをしていると言ったのだ。困惑するのも無理はないか。
「ど、どうしてご両親は亡くなったの? 何か原因不明の事故に巻き込まれたとか?」
「そんな陰謀じみたものじゃないですよ。原因はハッキリしています」
先輩が鬼気迫る表情で聞いてきたので、俺は詳細を教える事にした。
先輩がそんな事をするとは思えないが、あんまり吹聴しないでほしいとお願いし、先輩も力強く頷いてくれたので、俺は気負っていない感じで話し始めた。
「母は生まれつき身体が弱くてですね……実は俺を生むのも危険だと、止められたらしいんです。でも、こうしてここに俺がいる以上、母は結局俺を生んだわけですが……弱かった体は益々病弱になったそうです」
「うん」
先輩は俺の話を真剣の表情で、身じろぎもせず聞いている。こういう所はさすがだと感心する。
「母は命を削って俺を生んでくれたわけですけど、俺が負い目を負わずに済んだのは両親ともに俺を目一杯愛してくれたからです。二人とも、愛した相手との想いの結晶だって言ってくれて……子ども相手に惚気るなって話ですけど……でも、すごく嬉しかったです。愛されてるって実感できて」
「……素敵なご両親ね」
先輩がうっすらと微笑みながら、優しい声音で言う。俺もそれに同意して、話を続けた。
「それで、父は入院中だった母の所にほぼ毎日通っていたんです。それで、その日は仕事帰りに、いつもの様に母の入院する病院に行っていたんです」
ここからはかなり重苦しい話になる。俺はもう全て消化しているが、もし俺が転生者でなく、前世での経験が無かったら、引きこもってもおかしくはないくらいに。
「いつもの様に、いつもの道を通って母に会いに行こうとして……父は事故に会いました。原因は車の運転手の居眠り運転。……即死だったそうです」
先輩が息を呑む。心なしか顔色も悪くなってきている。人の死因を聞けばそうなっても仕方ないのだが。
しかし、まだ話は残っている。
「勿論、その話は母にも伝わりました。隠しておけるようなものでもないですからね。……本当に心から父を愛していた母は、その日から急激に病状が悪化しました。そして季節が変わるのを待たず、父を追うように逝ってしまったんです。……最後の最後まで、俺に謝っていました。まだ幼いあなたを残していく私達を許して……って」
話を聞き、沈痛な表情で沈黙する犬吠埼先輩。
彼女はまだ中学3年生で、こんな重苦しい出来事の経験値などそうそうあるものでなない。
俺はあえておどける様に言葉を続けた。
「先輩、父と母は比翼の鳥だったんですよ。だから、こうなるのも仕方無いのかなって……そう思うんです」
「それって確か、つがいが一体の鳥になって飛ぶっていう、伝説の生き物でしょ?……仲の良い夫婦を例える時に使う表現よね」
「そういう事です! で、そんな仲の良い両親から生まれた俺は、ちょっとした夢があるんですよね」
先輩が困惑した表情で俺を見つめてくる。
ついさっき両親の死因を語った俺が急にテンションを上げたように見え、何と言っていいか分からないのだろうか。
「両親は死んでしまいましたけど、俺を目一杯愛してくれました。ですから俺も、そんな幸せに溢れた家族をつくれたらいいなーって、そう思うんです。男の夢としては、ちょっと女々しいかもしれませんけど」
「そんな事ない!」
先輩が立ち上がり、唐突に声を張り上げた。
すると先輩がハッとしたような表情で気まずそうに眼を逸らした。いきなり大声を上げてしまった事に、自分でも困惑しているような感じだ。
「あ、ゴメン……。でも、いい夢だと思うよ、それ。女々しいなんて……そんなこと、絶対にない」
「――ありがとうございます、先輩。すごく嬉しいです」
ごく自然に笑顔が零れた。両親の事を褒めてくれたように感じて、光が差したような気持になったのだ。
「うん……あんたなら、絶対叶えられるよ。絶対ね」
そのまま何故か黙り込んでしまう俺と先輩。
とはいえ嫌な沈黙ではなく、照れくさいような気恥しいような……そんな感じの雰囲気だったが。
「さ、さーて! そろそろ皆も来るでしょうし、この話はこれでお終い! 活動の準備しておきましょ、準備!」
「そうですね、そうしましょうか!」
気恥ずかしさを打ち破る様に、唐突に話題転換を図る先輩。
俺もありがたくそれに乗り、皆が部室にやって来る頃には、それらの空気はすっかり無くなっていたのだった。
数日後、○○は何故か風に自宅への招待を受けていた。
部活終了後に、今日はウチで夕食を食べていきなさいと殆んど強引に誘われたのである。
姉妹2人で暮らしている所に男だけで、それも夜に行くなんて駄目だと○○は固辞したのだが、何か変な事するわけ? と言われてそんな事しませんよと力いっぱい否定したのがまずかったのか……じゃあいいじゃないといい笑顔で詰め寄られ、樹も援護射撃をしてきたことで結局押し切られてしまったのである。
「どうよ○○、中々のもんでしょう?」
「うん、今日も美味しいよ、お姉ちゃん。先輩はどう思いますか?」
○○は素直に美味しいと褒めた。実際、そういうしか無いほどの出来栄えなのだから。……未だにこの状況には困惑しているのだが。
両親不在の女子の先輩の家に誘われ、夕食を共にしている。
……字面だけ見れば甘い出来事を想像しそうなものだが、この姉妹はおそらく……というか善意100%で自分を招待している。
自分が男だということを分かっているのだろうかと、○○は二人の事が心配になってしまった。
「あんた、この前両親不在で一人暮らしだって言ってたし、男の一人暮らしじゃあんまり良いもの食べてないんじゃないかって思ってさ。樹にも相談して、そしたら夕食会でもどうかってなったってわけよ」
「先輩、今日はたくさん食べていって下さいね」
こちらに笑いかけながら、楽しそうに話しかけてくる二人の姉妹。
気を使わせてしまった事に申し訳なさを感じつつ、これ以上遠慮するのも歓迎してくれる二人に対して悪いと思い食事に集中することにした○○。
どれもこれも、とても美味しい。日頃から女子力と口癖のように言っているのは伊達ではないという事か。
そんな、どこかずれた事を考えつつ、○○は風の手作り料理に舌鼓を打つのであった。
その楽しい食事の時間も終了し、○○は二人に頼んで食器や調理器具などの後片付けをやらせてもらう事になった。
二人とも○○にゆっくりしていていいと言ったのだが、タダ飯を喰らってリラックスした挙句にそのまま帰るなど、いくら何でも図々しすぎる。
親しき仲にも礼儀あり、という事で、何とか後片付け役は譲って貰ったという訳である。
風はでれーんとテーブルに突っ伏してリラックスしながら、時折チラチラと○○の方に目をやっている。
因みに樹はいま入浴中のため、ここにはいない。
キッチンで食器を洗っている○○の背中を眺めながら、風は常々感じていたことを彼に対して漏らした。
「ねえ、○○ってさぁ……ホントにあたしの一個年下なのよね?」
思わぬセリフに○○の肩が小さく跳ねる。
転生したのがばれたのかと思ったが、今の風の言葉からして違和感を感じているだけかと思い直した○○は、自分は正真正銘中学二年で先輩の一個年下ですよと答えた。
どうしてそんな事考えてるんですかと○○が尋ねると、風は首を捻りながら、言葉にし辛そうにしながらも話し出す。
「何て言うか……あんたってあたし達のことを女の子扱いはしてるけど、異性として見てないような気がするのよね」
それは矛盾してないかと○○は風に言葉を返す。
実際、先輩自身も女の子扱いされていると感じているのでは? と言ったが、風は更に首を捻って考え出してしまう。
「いや、あたしもおかしな事言ってるとは思うのよ? でもこの年頃の男子ってさ……女子と一緒にいて全く下心が働かないなんてありえないでしょ? けど、あんたからはそれが感じられないのよね……何というか、妹とかに接している様な感じっていうのかしら?」
○○の背筋を冷や汗が伝う。実際、二十歳過ぎで転生した○○にしてみれば、勇者部の面々は庇護すべき対象としか感じられないのは間違いない。
偶に物理的な距離が急接近した場合にはドキリとすることもあるが……その位は見逃してもらえるだろう……と、自分に言い訳をしている。
とはいえ、そんな事を馬鹿正直に言う訳にもいかない。
俺以外は全員女の子なんだから、そういう点で問題を起こさないように気を付けて振舞うのは当然じゃないですかと言うと、風もしぶしぶ納得したような表情をした。
「まあ、その通りではあるのよね。……その紳士的振舞いのお陰で、一番あんたに対して固かった東郷もすっかり絆されたんだから大したものだとは思うけど」
そう言われ、美森の以前の固さを思い出した○○はつい思い出し笑いをしてしまった。
「正直言うけど、顔を隠してたら○○ってあたしのクラスの男子よりも年上って言われても納得すると思うのよねぇ」
それは言い過ぎだと○○が苦笑しながら言うが、そういう余裕のある態度がさらに風の興味を引くらしく、この日は疑われっぱなしで、背中の冷や汗も流れっぱなしなのであった。
それからも、○○はたびたび犬吠埼姉妹に招待を受けて夕食をご馳走になる事があり、恐縮しつつもその食事の美味しさには逆らえずにお世話になっていた。
「あ、それはこっちに置いといてねー」
「了解です、先輩。あ、下ごしらえはもう済んでるのでいつでもどうぞ」
「おっと、ナイスタイミング! それじゃ、始めましょうか!」
何もせずにタダ飯をご馳走になるのは悪いと思い、最初に招かれた次の機会から、○○は手伝いを申し出ていた。
最初はほんの些細な手伝いから始まったが、回数を重ねるうちにより大きな役目が回ってくるようになり、今では風と○○の二人で料理をしているも同然となっていた。
さらに、食事が終われば一緒に後片付けを始める事になる。
姉と○○の息の合った作業風景を食卓に座って眺めていた樹は、つい頭に浮かんだことをポロリと零してしまった。
「何だか先輩とお姉ちゃんって、そうやってると新婚さんみたい」
「ぅえっ!?」
風の口から妙な声が漏れ出て、それと同時に水気を拭いていた皿が手から落ちてしまう。
「ちょっ、あっぶないですよ先輩!」
「あっ、ご、ゴメン○○……! ってそれよりも樹、あんまり変な事言わないでよー!」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……ちょっとタイミングが悪かったね」
「そうよ樹、これはその……そういうんじゃ、ないんだし? 部長として、侘しい食生活を送っているであろう部員に救いの手をーっていうか何と言うか……そういう感じのアレよ、アレ」
風は樹の言葉に否を唱えるが、普段と違ってどうも歯切れが悪い。
顔も赤くなっており、しどろもどろにボソボソと何事かを零している。
「そうだよ、犬吠埼さん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、先輩には俺なんかより、もっと素敵な人がいつか現れるって」
それを聞いた風は、何故か分からないが心がズンと重くなるのを感じた。
そして、普段なら絶対言わないような、心にも無い様なことを口走ってしまった。
「ふーん……まあ○○には可愛らしい同級生が三人も部にいるものね。友奈に東郷に、夏凜……タイプは違うけど、みんな可愛いしねー。そりゃあ私なんてお呼びじゃ―――――」
「お姉ちゃん!!」
樹の悲しそうな声に、風はハッと我に返った。
今、自分は何を言った? 大切な後輩たちを引き合いに出して○○をなじって――――
「ご、ゴメン……。あたし、どうかしてた……ほ、本当に……ごめんなさい……!」
自分が口走ったことの酷さに、風は顔面を蒼白にして○○に謝罪する。何故あんなひどい事を言ってしまったのか……後悔ばかりが募る。
「――気にしてませんから、顔を上げて下さい。先輩」
そう言われて、風は恐る恐る顔を上げて○○の顔を見る。……本当に何も気にしていないようにしか見えない。
「俺も悪かったんですよ。……あそこで照れたりしていれば面白おかしく終わらせられたんでしょうけど、つい強がってしまったからこんな事に」
「強がる……? それって……」
「嬉しかったって事です。……先輩とお似合いだって、妹の犬吠埼さんに言われたんですから」
○○からそう言われて、風の心がじんわりと温かくなっていく。さっきから自分の心が上手く制御出来ない。
○○に翻弄されっぱなしになってしまっているが、何故か風はそれに不快感を感じなかった。むしろ――――
「それじゃ、この話はもう終わりにして残った片づけを終わらせましょう。俺もそろそろ帰らないと補導されちゃいますし」
「う、うん……」
そう言われて片づけを再開した風と○○だったが……風は○○の事が気になって仕方なくなり作業が捗らず、結局残りの殆んどを○○が片づけてしまったのだった。
片づけが終わった後に○○は少し席を外したが、時間も無いので直ぐに帰る事になり、玄関で姉妹2人の見送りを受けていた。
「今日は本当にゴメン……。この埋め合わせは絶対にするから……」
「じゃあ、また美味しいもの食べさせてくれますか? 今日みたいに」
「そんな事でいいの? 全然問題ないけど……」
「風先輩の料理を食えるってだけで十分です。はい、ではこの話はこれで終了! ……っと、忘れるところだった」
○○は自分のカバンから一通の封筒を取りだし、それを風へと手渡した。
「これ、何ですか? 先輩」
樹が興味津々で○○に尋ねる。○○はそんな樹の様子を微笑ましく思いながら答えた。
「まあ……感謝状みたいな感じかな? 何度も美味しいもの食べさせてもらってありがとうございます、的な」
「そんなのわざわざ手紙にしないでも……メールとかでもよかったのに」
「いや、まあそうなんですけど……手書きの方が心が籠ってそうじゃないですか?」
疑問形で言ってくる○○に、思わず可笑しくなって笑いが漏れる風。わざと道化を演じてこちらを気遣ってくれている……そう感じた風は、自分もおどけたような……いつもの自分で応じた。
「ふふ、書いた本人が何で疑問形なのよ? ……それじゃ、まあ在り難く受け取るとしましょうか」
そんな、普段通りのやり取りが最後に出来た事を風は嬉しく思いながら、今日の夕食会はお開きとなった。
風は入浴後、自室に置いていた○○からの手紙を開封した。
内容は、何度も夕食に誘ってくれた事、楽しい一時を過ごさせてくれた事、簡単な料理を教えてくれた事に対する感謝などが綴られていた。
「ふふ、まったく○○は……こんな感じの気遣いまでするから年下には見えないっていうのに。こんなんじゃ、ますます年齢詐称疑惑が強まるわよ~」
楽しそうに○○からの手紙を読む風。言葉では○○に苦言を呈すような感じだが、その優し気な声色はまるで隠せていない。
「ホントに律儀よねぇ、○○は……。あれ、最後に走り書きで何か書いてある?」
きっちり整然と書いてあった文面とは正反対の、いかにも急いで書きましたというような走り書きが手紙の下部に記されていた。
一体なんだろうかと思って風は読み始めるが、その言葉を読んで、鼓動が早鐘を打ち始める。
『P.S 妹さんに言われた通り、先輩と結婚出来たら幸せでしょうね。父と母と同じような感じになれるかも、何て考えてしまいました。……ごめんなさい、なに書いてんだろう。忘れて下さい』
「は……えっ? 何これ、どういう事?」
その疑問に答えられる者は、ここには誰も居ない。この手紙を書いた○○も、とっくに帰ってしまっている。分かるのは、帰る直前に席を外した時、これを書いたのだろうという事だけだ。
「あれ? ……ええと、○○はご両親と同じような幸せな家庭を作るのが夢で、それをあたしに重ねてしまって……?」
思考のパズル片が彼方此方へと飛び回る。どうにも考えが纏まらないが、それでも何とか組み立てていく。
「……で、あたしがあんな事言っちゃったから慰めるつもりでこれを書いた。……うん、我ながら名推理だわ」
自分でも納得のいく結論に達し、一応満足する風。
しかし、一旦頭に過ぎった想像がなかなか離れてくれない。
「あたしが妻で、○○が夫……って何考えてんのあたし!? ○○はフォローのつもりで最後の文を書いただけだし、何舞い上がってんのよ!」
室内をウロウロと歩き回りながら、自分をたしなめる様に独り言を言っている風。
「そもそも、○○は後輩、年下でしょ? 恋愛対象になんて――」
――――――ならない? ……本当に?
「いやいや、確かに同じクラスの男子よりよっぽど大人に見えるけど! でも、私より小柄……じゃなくなってるわね、もう……」
出会った当初は風よりも背が低かった○○だが、今ではもう風と同じくらいの背になってしまっている。まだ中学二年生という事を考えれば、風の背などあっという間に追い越してしまうだろう。
「あれ……? あたし、年下はダメっぽいって自分でも感じて……」
そこまで考えてから、自分で気づいた。年下がダメなのではなく、子供っぽいのがダメなのだと。
今日、あんな醜態を晒した自分を○○は笑って許すばかりか、渡した手紙にフォローまで書いて寄越している。
これではむしろ、自分の方が子供っぽい振舞いをしてしまったと言える。
○○の方が自分よりも大人じゃないか――
それを自覚してしまった風は、自分が急速に落ちていくのを感じた。
「あ、やばい……これ、だめ……」
うわ言の様に呟いて、座り込む風。
いままで何とも思っていなかった後輩の事で、頭がいっぱいになってくる。
――――――それも、違うんじゃないの?
自問自答する。そもそも、何とも思っていない人からあんな事を言われても、曖昧に笑って流したはずだ。
でも、風はどうしても自制出来なかった。○○が、自分を異性として見ていない――。そう思ったら心に黒いものが沸きだし、感情のまま酷い事を言ってしまった。樹が止めてくれなければどうなっていたか……考えるのも恐ろしい。
「あは……なーんだ。あたし、とっくに○○の事好きになってたんだ……。やっと気付くなんて……普段から女子力女子力言っててこれじゃあ、部のみんなの事を笑えないなぁ……」
風は自分の鈍感ぶりに苦笑しつつも、やっと自覚した想いと共に、想い人の名前を呟く。
「会いたいなぁ……○○……」
――――――ぽつりと漏れ出た切ない呼び声は、溜め息と共に消えていった。
翌日、風は授業のために教室を移動している最中に、歩いている○○の背中を見つけた。
イタズラ心を出した風はこっそりと○○の背後に忍び寄り、肩を組むようにして抱き着いた。
抱き着かれてビックリした様子の○○は、風の事を認識すると脅かさないでくださいよと苦情を申し立てた。
「あはは、ごめんごめん! ○○の背中を見たら脅かしたくなっちゃってさ」
抱き着いたまま話している風に、○○は平静を装いつつも顔が赤くなってしまう。
思い切りくっ付かれているのだから無理もない話だが、それを確認した風は内心で喜びの声をあげた。
そして、手紙の最後に書いてあったことを、甘い声音で耳元に囁いた。
「手紙の最後に書いてあったこと……あたしがあんたのお嫁さんに立候補しちゃおうかなぁ……」
唇が触れかねない至近距離で、そんな事を耳元に囁かれた○○の顔は一瞬にして真っ赤となり、口も魚の様にパクパクとしてしまっている。
そんな○○の様子に満足した風は、さっと○○から離れ、いつものさっぱりとした笑みを浮かべる。
未だに茹蛸のように真っ赤になりつつ、しどろもどろになりつつもからかわないで下さいよと○○は言い、そのまま逃げる様に風の前から去って行った。
「ふふ、かーわいいんだー。……ああいう所は年相応に見えるのにねぇ?」
また一つ、想い人の一面を知った風は、更に好意が募っていく。
可愛い君も、大人な君も、子供みたいにはしゃぐ君も、頼りになる君も、落ち込んでいる君も、おどけている君も、照れている君も――――――全部全部、みんな好き。
「○○……あたしは冗談で男の子にキミのお嫁さんになりたい、なんて言わないからね?」
去っていく○○の背中を見つめる風。
その視線には、言葉には尽くせないだろう程の愛おしさと――――――
――――――風本人も自覚していないほど僅かな執着が、しかし確かに含まれていた。
風先輩好きです(語彙力散華)
いや、ホントに筆が乗って乗って……その結果、過去最長となってしまいました。
病みが弱い様な気もしますが……そのあたりの判断は、皆さまに委ねます。
うーむ……過程が長すぎるんでしょうか?