処女作ですので、拙いところ、至らないところがあるかもしれませんが、お手柔らかにご指摘いただけると幸いです。
では、お楽しみください。
Piece 1 プロローグA ある少年の場合
ここは、隔絶された魔境。力なき者が、等しくあっさりと命を奪われていく、弱肉強食の
悪鬼の類はいない。
あるのは、ただ火花の音だけを響かせて、激しく燃え盛る、炎。消費されるだけの、木造の施設。
そして、元がどんなモノなのか判らない、灰と塵の群れ。
辺りには、むせ返るような煙と、焼けた木のにおいが充満している。
ヒトの慟哭の声も、ほぼ全て灰になった。
ここで亡くなったのは、三十名余り。身寄りのない施設の子供たちと、その施設の職員。
それは、たった三十名ほど、なのか、そんなにも多く、なのか。
どちらにせよ、皮肉なことにその光景は、ある種の幻想を想像させるほど、美しさを見せつける。どこまでもリアルに、鮮明に、地獄絵図が謳われながら。
──ひとりの少年がいた。炎の熱気が蔓延しているが、暑さを感じる余裕はない。
崩れおちて肩を震わせ、頬に涙を伝わせている。
すぐそばには、十字架に
服も、絹糸のような黒髪も、かろうじてその美しさをとどめている程度。煤がまとわりついている身体が、申し訳なさそうに力なく揺れる。
「泣か──ないで」
体の大部分に傷を負っていても、一刻の命も保証されていなくても、必死に言葉を絞り出そうとする慕い続けた人の姿に、少年のココロは軋みをあげる。
身体中が小刻みに震え、言葉を発することができない。せいぜい、肺を蝕むような黒煙でこほこほと咳をするのが精一杯だ。
そのかすかな影響で頼りなく「お守り」が揺れるくらいで、細い身体は鉛のように動かない。
仮にいま乾いた土を弱く握っている、ちっぽけな手を伸ばせたところで、届いたところで、助けることなどできない。身代わりになることなど、できはしない。
「しあわせに、いきて」
なんとか振り絞られた最期の言葉が紡がれ、愛しい人の命の灯火が、消えた。
最期に、
──どうしてなのか。どうして、自分たちが不幸でなければならないのか。
一緒に遊んでくれた。人と関わるのが苦手で、内気な自分に、寄り添ってくれた。
苦しくて、泣きそうになった時は、優しく手を握ってくれた。やわらかな匂いとともに抱きしめてくれた。
この人がいるだけで、笑顔でいられた。
ささやかで幸せな日々は約束されたものではなかったのだろうか。
踏みにじられて当然のものだった、とでもいうのか。
ただ、そばにいられるだけで、幸せなのに。
──崩れる。
まるで、「お前には人並みの幸せなど保証されない」と告げられているようで。
──壊れる。
絶え間なくこぼれ落ちる雫は、ぽっかりと空いた穴を埋めることはできない。
ただ、意味もなく──この惨状を変える力など持たず──流れつづける。それからすぐに見えなくなり、炎が支障をきたすことなく一帯を焼き尽くすことだろう。
運命だったのかもしれない。
すべて、仕組まれた事だったのなら、仕方ないことかもしれない。
──或いは、何かしらの天命を帯びていたのかもしれない。
だが、
──呪う。この苦しみを、生まれてきたことを、この運命を呪う。
呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って──────気が遠くなるほど呪って。
いつの間にか、糸が切れたようにまどろみに落ちて。終わって。潰えて。
空になった意識の中で、なお手を伸ばす。
──もし。
もし、あなたと過ごした日々を、忘れずに済むのなら……
この苦しみが消えなくても、きっといつか、逢えるなら……
渇望しよう。
喪ったものを、もう一度──────。
201X年 11月9日 日本 X県A市
∀&∃₁
週末、昼間のA市は賑わっていた。
均等に街路樹が植えられ、ビルが立ち並ぶ地方都市の街並みの周辺は、じきに銀杏が彩ることだろう。
「──では、次のニュースです。外資系製薬会社のメビウスは、きょう研究成果を発表し……」
と、街頭ビジョンでニュースが流れている。
交差点がある広場には、
「昨日言ってた、
などと騒ぐ、流行りの服をそろえて着ている、数人の女子高校生。
ほかには、目的地の思案をしている男性たち、家族連れなどが、それぞれの行き先に向かう。
休日になると、この辺りは老若男女がショッピングや娯楽を楽しむ。大都会ほどではないものの賑わっており、多様な営みが感じられる。
その中を、一人の少年が紛れ込みながら歩いていた。
歳は十五、いや、十六だろうか。
細身の身体は、これまでと同じように目立つことなく溶け込んでいく。
同時に、黒を基調として赤いラインが入ったロングコートが、フードと共に風に舞う。
しかしながら、人々は少年のことを気に留めないままだ。
七、八分ほど歩き、この辺りで最も大きなショッピングモールに入る。中は途中で通った街路よりも混んでいた。
ちらと見えた『何か』に気を取られた少年は、思わず人にぶつかりそうになる。少し慌てながらも、なんとか避けて先に進む。
そこから迷わず書店に向かい、新刊のチェック。続いて文学作品、心理学、哲学書のコーナー、ライトノベル……と移りながら、惹かれたものを手に取っていく。
いちばん興味を持った群像劇のライトノベル、ダークな世界観の伝奇小説、有名な名探偵が活躍するミステリーなどを満足げに眺めながらレジに向かう。
ああ、そういえば『羅生門』も帰ってから見なきゃいけない。これから買う本と合わせて今日中に読み切れるだろうか、などと考える。
店員から値段の合計を聞き、代金ちょうどを支払った後、思わず「ありがとうございました」と少年は店員に礼を返してしまう。
顔を上げて目に入ったのは──
──尖った水晶……?
錯覚だと思い、歩き始めた瞬間──
「……あっ……!」
ぶつかってしまった。手に持っていた本が散らばる。それは互いに同じようで、数冊の本がばらけてしまった。
「す、すみません……大丈夫ですか……?」
と相手──眼鏡をかけた少女が尋ねてくる。セミロングの茶髪はふわりと揺れ、心配そうな目をして少年を見つめていた。
いえ、大丈夫です、こちらこそすみません。と返答した少年にすこし安心したのか、わずかに顔がほころんだ。
先程からそのまま散らばっていた本を集めていると、文学作品を好んでいるようであった。それも有名どころ──芥川龍之介、太宰治などが目に入る。
このあとはそれぞれ別の場所に行くことを知ったので、少年は次の目的地であるカフェで読書をしようと決めた。
コーヒーの匂いが香る落ち着いたカフェの中。
買ったばかりの数冊の本は、いつも通り新作を買って読むよりも、なぜかやたらと心地よく読了できた。
あの女の人がきれいだったからかな、いや、それなら僕はちょっと軟派な人間かもしれない。
彼はそうぼんやりと考えたのである。
§§§
ゆるりと休息を楽しんだのち、外に出ると、月が闇に煌々と輝いていた。星がぽつり、ぽつりと瞳に映る。
時刻は七時。休日であるので、夜であっても人通りは多い方だが、きょうはなぜか物寂しい。
それを裏付けるように、いや、あくまでも当然のことであろうか──数分歩いただけで、人通りは減ってしまった。点々と人影が見えるが、帰路についている様子だ。
街中の中心部であるこの辺りも、今日はそれぞれの家庭での生活を満喫する予定の人が多いのであろう。
少年の家はショッピングモールから1kmほど離れている。商店街を通り、少しばかりとりとめのない考えをしていれば到着する程度の距離だ。
今日は楽しかったな、帰ってからは予定通り『羅生門』を読めそうだ、と心を弾ませていると、
──また、あの尖った水晶……
何回か見たそれは、やはり幻の類だろうと判断しそのまま帰ろうとすると──
ズズズ、と鈍く低い音を生じさせて、ソレは現れた。
いくつもの水晶が組み合って構成されたソレは、近いものを挙げるとすれば、骸骨を刺々しい水晶で作ったかのようだ。
おそらくこの世のものではない。
いや──
この世に存在していいモノではない──
ソレの存在を認識した少年が呆然とするより
何が起こったのか知覚できない。
しかし確かにソレは、少年の右腕を切り裂いていた。
状況に感覚が追いついた少年は、痛みに倒れ、のたうち回る。
痺れ、そして灼熱。右腕を支配する痛みは尋常なものでなく、同時に日常のものでもない。
幸運なことに右腕が繋がっているのは、この時の少年には考慮に値しないことだった。
痛い、痛い、痛い、いたい。
ただそれだけに蝕まれる、
ヒュウウウウ、と鳴き声のようなものを発する、鋭い水晶の骸骨は、二撃目を加えるために突進してくる。
闘争はおろか抵抗すら許されず、逃走を選び取り、這いずる少年よりもソレが疾いのは是非もなく──
二撃目。左足のふくらはぎの肉が削がれる。
逃げなければ死ぬ。逃げ切らなければ、死ぬ。しかし逃げたとて逃げ切れるのか。
このまま斬殺され、翌日は惨殺死体としてメディアに取り上げられるのではないか。
一瞬よぎった雑念を切り捨てる。必死の逃亡を、生きることだけを本能で思考する。
最適な逃走ルートなど知らず、これからどうなるのかも考えない。
ただただ、いまだに動かせる左腕と右脚を駆動。
頭が鈍く痛む。
水晶骸骨は、ヒュウウウウ、という唸り声を周期的に繰り返している。
何かを堪える──
それを
「……え…………!?」
望まぬ来訪者。しかし必然であったのやもしれぬ、運命という名の事象が引きずり込んだのは。
──あの子は……!?
眼鏡をかけた、茶髪の少女。
少年と水晶骸骨、気づいたのは同時だった。
新たな人間を視認した骸骨は、ヒュウウウウ……!と
「え……? 痛……っ……」
突然、少女が頭を抱えはじめた。
怪物は、少女に起こった異変など関係なく、先刻までの疾さで、脚を横薙ぎに、少女を蹴り飛ばす。
大型トラックが衝突したかのような威力で放たれた蹴りが、疾風のように少女を吹き飛ばす。そのまま威力が減衰することない。
閉じられていた店のシャッターに打ちつけられてしまった。
轟音。だが、誰も気づかない。
それ以前にここには──否、この辺りには少年と少女、そして水晶骸骨を除いては誰もいないのだ。
一帯の異様さに恐怖を
そのまま動かずにいる少女に駆け寄る暇はもちろん無く、水晶骸骨の昏い眼が次のターゲットを捉える。
頭が、割られるように痛い。
──しにたくない。
水晶骸骨は斬撃を放つために、少年に向かって三度目の突進。
狙うは頭部。当たれば即死は
──まだ──しにたくない──
わずかな余命。残された時間。
そのとき少年が考えたのは命乞いではない。恨み辛みではない。呪詛ではない。
独りの人間によって零れ出た、死の間際の
──やらなきゃいけない事があるんだ──
左腕に力を入れ、なんとか立ち上がろうと試みる。そして、
こんなところで──────死ねない!
呼応するように、待ちわびていたかのように、声が聴こえる。
その意志、確かに聞き届けた。
君に与えられるもの。生きようとする意志に与えられるもの。
かりそめのモノではあるけれど、ここに。
枷を外そう。
約束の時は来たれり。これを使いなさい。
──さあ、『君』の番だ。
────────────そして、世界は■■した。
斬撃。切り落とされる。
ソレは、鋭利な水晶。すなわち死を与えるはずの、死神の腕。
「ヒュウウウウ…… !!!?」
水晶骸骨に感情があったならば、それは純粋な驚愕。
取るに足らぬ少年が、死神に比肩しうる力を得た瞬間。
右手に一振りの打刀。左手には脇差。
それでも何か、決定的な何かが異なる。
先刻と同様に
水晶骸骨の戦闘思考はそう判断を下し、油断ならぬといった様子で注意深く距離を詰める。
「僕だけなら、よかった」
何を指しているのかは分からないが、少年の発する言葉を理解できている様子の水晶骸骨は吼える。
それに反応することなく少年は続ける。
「生き足掻くだけの僕が傷つくだけなら、まだ良かった」
死神は、全く怯えることのない少年に怒りをぶつける。もっとも、その咆哮はすでに効力を失った。
少年は、願いを紡ぐ。
「もう、やめてください」
憤怒を抑えきれず怪物が駆ける。
蹴り、斬撃、頭突き。おおよそ可能な攻撃の連打。肉が裂ける。血
抵抗しようとも確実に傷ついている。
何かしらが変わったとて、所詮は人間。刀が現れたところで水晶骸骨の支障をきたすことはなく、少年のダメージは蓄積されていく。
同時に、あるものも蓄積されていた。
日本には古来よりこのような言葉が伝わっている、ということを識らない水晶骸骨は、その誤算に気づいていなかった。
窮鼠猫を噛む。
それさえ
斬。
二度目。
少年の打刀が胴部を薙いだ。致命傷ではないものの、驚愕を隠せない。
たった一度ならば、運が良かったと済ませられる。自分のミスであったと、少年を舐めていたのだと認められる。
狙っていた。
狙って繰り出された、バケモノの生命活動を停止させようと試みる斬撃。
それだけではない。眼前の敵は痛みも感じている。
先程の激痛もあり、自身が加えたダメージがある上で切りつけてくる。
このカラクリの正体を紐解くことができない水晶骸骨は、戸惑いを隠せないでいた。先程から鎌首をもたげているモノも解らず、なおかつ。
新たに生まれた、死神の手は──同時に死神自身をも殺そうとしていることに気が付かないのだから。
──何故なのかは、直感的に解っていた。
『何か』と同化している代わりに、当然のものとして代償を支払っているのだと、吐き出しそうになる血を飲み込みながら少年は感じていた。
そうでなければ、帳尻が合わない。
これは、ヒトが行使していい力でも、行使できる力でもない。
異形のチカラ。
振るった暴力は、同様に彼を蝕む。
この時の少年は、微々たるものではあっても壊れはじめていた。
ゆえに目の前の存在を抹消すること。危機を脱すること。これらをし果たせるならば、血反吐を吐く程度のことは思案するに値しない。
よって、異形の世界に足を踏み入れた少年は更なる力を行使する。
身体には、臓器などが燃えるような痛みがある。
剣技も未完成であるし、子供が棒きれを振り回しているのと変わらない。ただし、稚拙な剣技であっても、もう一つの異形を使役すればよい。
脳が火花を上げるような苦悶。いまにも発狂してしまいたくなるような肺の痛み。それらを
悲鳴をあげる右腕を横に薙ぎ、ソレを発現させる。
ごう、と放たれ、ソレは少年に仇なす敵に直撃。
──其は、悪鬼を粛清する焔。少年が手にした、より正確には■■■■た、純然たる意志の象徴。
奈落で猛威と善をふるう絶対の法、悪性の焼却炉。それそのもの。
名は、『地獄道』。
罪人に罰を与え、苦悶へと墜す業火。
「シュアアアアアアアア!」
総身が喰い尽くされる感覚。おぞましくも荘厳。異形のモノに下された、罪科。
無我夢中で水晶骸骨は少年の存在を殲滅せんとする。
対する少年もまた、残された力を余すことなくぶつける。
一方は脇差で腕を削ぎ、打刀を水晶の頭蓋に突き刺す。引き抜いて致命傷をなんとか避ける。自分が自分でない──否、そうではなく、『■■■■■■』が自分という機構を操作しているかのような駆動感。
他方は斬撃の乱打。後に回り、横を取り、裂く。先にヒトの脆い身体を壊滅させればそれで終わる。終局は見えている。はっきりと視えている。
そして──
「──────っ……」
地に伏したのは、少年だった。
機能を停止し、その身体は痛覚を伝達することを放棄した代わりに微動だにしない。
「シュゥゥゥゥ……!」
勝利を確信した水晶骸骨は、佇んでいた。
それから少しばかりの時間が経ち、咆哮。
更に、咆哮が轟く。
「シュアアアアアアアア……」
「シィィィィイイイ!」
二体。水晶の悪魔が、外敵を潰すために襲来。
水晶の死神の手は、一つだけではなかった。一つだけだと少年は楽観的に考えていたのかもしれないし、考えたかったのかもしれない。
状況を把握したのか、増援の二体はなんとか一命を取り留めていた少女を狙う。
少年には、打つ手はない。少女を助ける術もない。ここで少年の抵抗は終わった。
三体の死神が、死を振りまこうと腕を振り下ろし──
少女に止めを刺そうとした二体が死を遂げた。
響いたのは、銃声。
死神は、狩られるだけの水晶の髑髏と化した。
「破滅型のステージ
元水晶の死神が、どさり、と倒れ、塵となって消えた。
残った一体は、何が起こったのか、識ることを拒否しようと現実逃避的に呆然と立ち尽くす。
銃声のした方を見るのも、自分という存在全てが拒む。
抵抗すれば死ぬ。かといってそのままここに居ても死ぬ。ならば、「シュェェェェウァァァウ!!!」
少年がそうしたように、少年にそうさせたように、逃げる他ない。「おいおい、人を痛めつけておいて自分はトンズラ、なんてことは無理だろう」
再度、銃声。
水晶骸骨は全て、虚空に散った。
「──大丈夫か」
返事すらも満足に返すことが出来ない少年は、話しかけてきた人物の顔も見ることができない。
「ったく。明日は学校欠席だな、おまえは」
ぼんやりと声が響き、意味を考えることもままならないでいる。
「まあ、今は休んでおけよ。向こうのお嬢ちゃんも安全な所に連れていくからな」
──この声は──
「教師ってのは苦労するもんだ、ほんと」
──暗転。
螺旋は唸りを上げて■■に向かい加速する。
いきなり「少年」tueeみたいな展開がありましたが、ちゃんとした理由があり、それは何話も後で語られる予定です、ご了承ください。
楽しんでいただけたなら、作者として光栄です。
では、縁が続けば、また次のお話で。