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☆
──星を、見た。
どこの恒星なのだろう。名前はなんというのだろう。
星に手を伸ばした。
当たり前だけれど、届かなかった。
届かせたいけれど、届きそうにない。
けれど──
新しい願いができた。
それは、
『あの星のように、否、あの星とは違っていてもいい』
遥か遠く。それは理想郷のよう。
いつか、いつか……
『あの星と同じ
∃
『──ゆうくん』
聴こえる。
懐かしくて、帰りたい。
その慈しみは海よりも深く、しかし誰にも誇ることはない。
ただ、そこにある。ただ、そこで待ってくれている。
『ゆうくん』
優しい。どこまでも。いつも、いつも、いかなる時も。
どれだけ救われただろう。
けれど、恐らくは、あなたは知らないのだろう。知っても、はにかんで照れるだけで。
なんて美しい在り方。
なんて美しい、硝子細工。
∀ 201X年 11月10日 X県A市
微かに、しかし次第にはっきりと光が包む。
瞼を開くと、日常が在った。
一日めくり忘れたカレンダー。棚に入り切らず床に置かれた大量の本。ぽつりと佇むラジオ。九時半過ぎを知らせる掛け時計。思い出を飾った写真立て。 家の鍵が置かれた、小さなテーブル。その隣にある、いま自分が寝転がっている布団。
装飾品の類はほとんどない。
高校生ならばもう少し遊びの効いた部屋なのかもしれないが、少年は違った。
「──おお、起きたか。おそよう」
不意に声をかけられ起き上がろうとすると、鋭い痛みが少年の総身を刺す。
「しばらくはできるだけ安静にしておけよ。かなり痛めてたからな。……治るには一週間ってところだ」
病院を用意してやりたかったが、一緒にいたお嬢ちゃんしか入れられなかった。申し訳ない。と続く言葉を耳にする。
首をなんとか声のする方へ向けると、よく見知った顔があった。目が冴えるほどの美貌が眩い男である。
「──先生……? あっ、おはようございます」
少年は目を伏せる。
それを見た『先生』は、勝手に上がり込んだのはこっちだろう、遠慮しなくていいんだが、と呟く。
そういえば、『先生』がここまで運んでくれたのだろうか。
この怪我でもたったの一週間で治るのか。
近くにいた少女はどうなっただろう。
という疑問が浮かんでいた。それを察したのか、美貌の男は、「──ちょっとした手品みたいなもんだ。
……意識不明だったお嬢ちゃんは、確実に回復してきている。恐らくは大事ないだろう」
そう言いつつ、 ペットボトルを二つと、粥を運んでくる。安堵した少年はようやく、
「看ていただいてありがとうございました」
と痛む首を縦に振る。
「どういたしまして。……今日、学校で出されてる課題は後で渡す。──まあ、快復してから提出──として、だな」
『先生』の目がすっ、と細まる。
「──おまえ、殺されかけただろう? おまえが戦った昨日のアレはなんだと思う?」
「────藤堂先生。 ……いえ、わかりません。 なにもかも」
ハハッ、と乾いた笑いで応え、『先生』──藤堂が小さく息を吐いたのが耳に入った。服が擦れる音と共に、男は寝転んでいる少年の隣に座った。
「そりゃあそうだろうよ。これからする話は、いままでおまえが暮らしてきた世界とは離れた──いわば魔境の話だから」
藤堂は喉を鳴らして水分補給をしてから、切り出した。
「まず、あの骸骨水晶についてだ。
アレは、一応は生物のカテゴリーに属している。普通はありえん事だが」
学校でも説明好きの教師として有名な藤堂は、すら、と続く言葉を紡ぎはじめる。
「『閉ざされ、普通とは異なる空間』の中にいるようなものだ。その存在を認識できる人間は限られている。
だが、そいつらを視認できる専門機関の人間が、遭遇した個体のようすを長期間にわたって調査した。
結果、もちろん生態が掴めてきたわけだが。
とりわけ目を引いたのは、奴らの『エサ』と呼べそうなものだ」
自身の組んだ両手を見ながら、藤堂が軽く息を吐いた。
「『人間のネガティブな感情』だよ」
「──? ……!!」
本能的に察知したのであろうか、瞬く間に背筋に鳥肌が立ったのを少年は感じた。恐れ──かつて視た、胸を刺す痛みを思い出したように見える。
『エサ』と少年の目の前で教師は言った。それはつまり──。いや、考えるのはまだ早いのだろう。
昨日異常事態に放り出されたばかりの少年。彼は落ち着いて、冷静に、話を聞こうと試みていた。
「すまんな。……こんな話を意識が戻ってすぐにやらねばならんのは、心苦しくある」
暫し目を伏せた藤堂をちらと見て、少年は微笑む。
「……いえ、大丈夫です。──先生、その生物たちの行動原理のようものはあるんでしょうか?」
「──ある。まず、人間のネガティブな感情を喰う、というのは、人間が食事することと大差ない。
しかしながら、いや、だからこそ、そういった人間の感情を誘発するために活動しているのは確かだ」
再度、藤堂がペットボトルの水を口に含んだ。おまえも飲んでおけよ、と促す。
「一般人には認識できず、そこにいるだけでネガティブな感情を誘発する。
加えて、奴らは『こっちの世界』にほとんど一方的に干渉でき、隠密性に優れている。
最悪の場合、世界各国の要人に強烈なストレスを与えて、心臓麻痺あたりを起こせば──殺害できる。それがトリガーになって戦争勃発、なんてことも十分にありえる。
こいつらは、下手をすると人類を滅亡させうる存在なんだ」
藤堂の眉間に皺が刻まれた。
「──その性質から、〈マインドキャンサー〉。精神の癌、と呼ばれている」
「……」
悲しみ、怒り、苦しみ、憎しみ、恐怖、憎悪。さまざまな負の感情。それらを喰う。喰うために、活動する──。
それでも、なんの抵抗もできないわけじゃない、と耳にした少年は、僅かに見開いた目を合わせた。
「幸い、各国の首脳部は〈マインドキャンサー〉の存在に気づいている。しかし一般人には、混乱を避けるために絶対に知られてはいけない。
まあ、幸か不幸か、『そこにいる』ことを『何も知らない一般人』が認識するのは困難だ。世界の『裏側』みたいな所に
だから、いまのうちに隠密に排除しておくべきだ、という考えが国連総会で一致した」
近年では、対〈マインドキャンサー〉用の兵器の研究が進められている、とも藤堂は言った。
事情の半分ほどを説明した藤堂は、間を置くための癖か、何度目かの小さい息を吐く。
説明そのものは好む藤堂だが、出来ることなら少年を非日常に巻き込みたくない、という躊躇いが見て取れた。
「じゃあ、ほかにはどういう対策をとったか、って話だが──」「──はい……」
少年がここまでの話についてきたことを確認し、藤堂は続ける。
「簡潔に言えば、さっきも触れたように、〈マインドキャンサー〉の駆逐を専門とする機関を創設した。
それには奴らのことが『視える』人間が必要だ。もちろん、〈マインドキャンサー〉たちが活動している場所に向かうこと。そして駆逐すること──が求められる。
……ここまではいいな?」
こくり、と頷いたのを見て、教師は続ける。
「さらに、嬉しい誤算だが、特殊な器具に頼らず〈マインドキャンサー〉が視え、駆逐を行える者たちは、世間一般でいう超能力者でもある」
「超能力者……実在、するんですか」
少年は念のために問い
やはり、先程から説明を受けていても、ほんの少しではあるが、作り込まれたフィクションではないのかと思ってしまう。
不思議なことに、今までは命がけであったからか、気にすることはなかった。
だがいまは、藤堂の人柄を信用していても疑ってしまうのである。
「そうだ。己の人生の結晶。
前述したような特徴を備えた者たちのことを、〈
何らかの作為めいたものを感じるがな。と藤堂は心中で呟く。
数秒間の沈黙。
つまり。と、藤堂が再び早口になる。
「〈マインドキャンサー〉を認識でき、ある程度は能力も行使できる。おまえは〈
ただし。当然これは国家の一大事でもあるから、正式に〈成しうる者〉として活動するには国の認可が必要だ。
何より未成年者だから、成人よりもさらに慎重に考えなければならんが。と念を押す。
「また、〈マインドキャンサー〉には『元凶』が存在する、ということが確定している。
その『元凶』を討てば──────」
「消滅する、ということですか」
遅々としているものの、一つ、また一つと、巣食っていた
「その通りだ。──それだけじゃない。願いが叶う。その正邪を問わず、貴賎を問わず、ヒトに可能か不可能かを問わずに、な」
「ヒトの領域を超えた願いすら、叶える──?
ま、待ってください。
そんなことが可能なら、世界でその『元凶』を討つのに、協力なんて出来ないんじゃないでしょうか……? 対立することだって、十分にありえるんじゃ……」
静かに、藤堂は頷いた。
至極当たり前のことである。
人に、ヒトに、訴えかける、『何でも願いが叶う』という触れ書き。それはおそらく、諸人を魅了することだろう。
それでも眼前の男は、「一般人に限っては、そういう訳でもない」と否定した。
「──『元凶』もまた、〈マインドキャンサー〉と同じく、通常、認識は無理だ。
そして、基本的には〈
──まあ、だからといって、非能力者の技術力が決して役に立たないわけでもないぞ。
非能力者は、多くの国で研究機関を創設しているし、サポートや駆逐のための器具を発明。
短時間なら戦場に立つことだってできる」
一般人と〈
「……もっとも、勝てるかは判らんが」
彼の所見を以てしても厳しいと言わざるをえない、ということらしい。
──そして俺は『元凶』を視たことがある。……アレは、人間が好き好んで観ていられるモノじゃない。
そう語る端正なかんばせの
ただただ、強い不快感であった。
「──色々と脱線したな。すまない。
……そのうえで、基本的に叶うのは〈
誰かに強制された願いは間違いなく叶わない」
つまり、前提として、叶えられる願いは〈成しうる者〉の私欲ということになる。
「人類の敵を駆逐すると同時に、願望の成就を求める者のバトルロイヤル、という側面があるわけだ」
説明を終え、では質問だ。と藤堂が問いかける。
先ほどまでの話をふまえてのものだろうと少年は予測した。
「おまえは、願いを叶えたいと思うか? 危険を冒してでも、叶えたい願いはあるか?
自分の願い──心の底から願うことのために、将来を投げ出すことになるだろう。それでも、命を賭ける覚悟は?」
真っ直ぐに、少年の両眼を見据えた藤堂にとって、この質問は一人の人間の人生を潰してしまう、という暗い想像を殺した上でのものだった。
「……もちろん、話を聞いただけ損かもしれんが、ここでやめることはできる。
さっきも言ったように、お前は未成年だ。まだ先があるし、命を大切にしないといけない。
むしろ、やめる方が当然の答え、とすら言える。
……提案した俺が言うのもなんだが、『あの時』のこともあるだろう」
強引に引き入れるのではない、と、藤堂は補足する。
「僕は……一つだけ、叶えたい願いがあります。死ぬかもしれない、あの時拾った命を、
ぽつりぽつり、呟いた。
「…………そうか。だが、『あいつ』は、それでいい、とは答えないかもしれんぞ」
矛盾している。ここまで事実を話しておきながら、無理に参加する必要はないのだ、などと。そんなことは馬鹿げている。一人の教師は、胸中でそんな苦痛を噛み締めるしかなかった。
「それでも僕は……僕は──叶えたいです」
藤堂が、自身の美しい髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら嘆息した。
〈
しかしながら、これまでも考えたように、手段を問わず集めれば倫理的な問題が生じる。
ましてや、少年は藤堂が受け持つ生徒である。教員、そして人としての思いと、〈
沈黙が場を包む。それから、ゆっくりと息を吸い込む音。
これが最後の質問だ。と、少年に向かって男は身を乗り出した。
「では、問おう。──
封じ込めた願い。叶うのならば、手を伸ばそうと、全てを託そうと、そう決意した願い。焦がれるほどに欲したモノ。
「『死者を蘇らせること』、です」
∀ 201X年 11月20日 X県A市
何日か前、いきなり正体不明の怪物に襲われたことを覚えている。
その翌日に目覚めた時、人生で最大の災難にどう折り合いをつけていいかわからなかった。
なにせ、なぜあの場所に行ったのか、記憶がない。
太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外──数々の文豪。そんな偉人たちでさえも、体験していないであろうことに巻き込まれた。
その後、見知らぬ病院のような医療施設で目覚めた。
彼女をここまで運んできたという『藤堂』──名前は『
化け物じみた、否、化け物でしかなかったアレのこと。
秘密裏にされていた事実。世界の人々がパニックにならぬよう、秘匿された現実。
そして、自分が〈
はじめは、ただただ、冗談じゃない、と思った。
危険すぎる。リスクが高すぎる。
そして最も理解しがたい、排除すれば願いを叶える、という条件がついた『元凶』なるものの存在。
これはスケールの大きいドッキリです、などと言われたほうが遥かに信用できた。
さりとて、あのとき感じた激痛は明らかなリアルだった。
あれは、紛れもなく
それを考慮すれば、あの化け物は実在するということになり、これ以上付け狙われることがあってはいけない。とは思っていた。
ついには、自分があの現実を直視したくなかった、ということを理解し、なんとか受け入れた。
そして、今日。
辺りはわずかな太陽の光が街並みを照らすだけとなっていた。
決して油断があったわけではない、のだが──
暁葉は、秀才である。日常生活においては、成績優秀者であり、運動神経も上位に入るだろう。だが、それは紛れもなく、彼女自身の研鑽の賜物。
なるほど、この行動については、油断なきように運んだとはいえ迂闊だったと言わざるを得ないかもしれない。
施設からほんの少し出るだけであっても、外出許可の手続きを済ませる際、安全のためにガードマンをつけてもらうのはすぐに思いつく。
実際、そのことについては思い至っていた。
自分が〈
そのことで苛立っていたことと、職員に気を遣わせるわけにはいかない、という二つの思いが、護衛をつけない、という考えに至らせたのである。
仮にそれが、傍から見れば愚かと笑われることだったとしても。私にだって意地というものがある。譲れないものがある。そんなふうに思うほどの要因が存在していた。
もうひとつの問題としては、これまで培ってきた実力が、非日常で通用するかは判らない、という、ただそれだけ。
──夕暮れ、特殊な病院施設から、百数十メートル離れた、少々幅が狭い路地。
陰の多いこの場所で〈マインドキャンサー〉と遭遇し、暁葉は歯噛みした。
辺りに人の気配はない。もう既に異空間に転移してしまったということだろうか。
──私が家族のことを考えなかったら、この〈マインドキャンサー〉を呼び寄せることはなかったはず……。
自分が至らなかった。
ふと親族のことを考えてしまうと、それにいい感情を生み出すことは出来ないことに気づいていた。それでも護衛をつけなかった。それがミスなのだ、と。
──でも、根拠としては弱すぎる。どうして私は……?
思考は、中断せざるをえない。
五、六m先には鎌を所持した鋼鉄の騎士──数タイプ存在する〈マインドキャンサー〉のうちの一つ。独裁型〈マインドキャンサー〉が佇んでいた。
兜をしているため、その
かたかた、と総身を震わせる相手を観察し、暁葉はエスケープの準備を始める。
応援を呼ばなければならない。いま能力が覚醒していない彼女は、戦闘などできるはずもない。
異空間でも何らかの対策は取ってくれるだろうし、といささか楽観的な展望を抱いた。
が──
ヒュリュ、と啼いた、というのを確認する間もない。
勢いよくゴムボールのように跳ね転げ回る。
掛けていた眼鏡はどこかへ行ってしまい、栗色の艶やかな髪も血が着いていた。
声を上げることも出来ない。一週間ほど前、この感覚を味わった。人生で味わった中でも指折りの苦悶。
頭が、鈍く痛む。
なぜ自分が死んでいないのか、それすらもわからない。
──また、私は──
思い出す。最近のことだけではない。何年も前からずっと、この痛みを心が味わい、虐げられ、ここにいる。
──こんなところで、何も出来ないまま死ぬ……? 嫌だ……私には叶えたいことが──……?
あれは──
──扉が、開く。
鋼鉄の騎士──独裁型〈マインドキャンサー〉は、欲する
本来ならば、負の感情はあっさりと発露するはずなのに、どうしてこの人間はそうならないのだろう、と。
死にかけているのに。
なぜ、呪うように
それは──既に手のつけられない存在が、狙いを定めていたという証左なのだが。
曇天の下。
腹部の傷が裂けた状態の暁葉にとどめを刺せるにも関わらず、鋼鉄騎士は実行しなかった。それは何故か。
凄まじい轟音とともに雷鳴が轟き、全身が消滅したからである。
──いやぁ、危なかった。〈星詠の巫女〉を保護。これで
突如、危機を文字通り消滅させた漆塗りのような雷雲が、放電しながら暁葉の元へ接近する。
そして、そう語った──ように聞こえた。
不思議なことに、近くに居ても電気が暁葉に当たることはなかった。それだけに留まらず、身体が光り輝いて、出血は止まらないものの意識が遠のくことがない。
「あな……たは……?」
呆然と問う暁葉に対し、雷雲は答えた。
──そうだなぁ……『雷神さま』って呼んでくれ。
あと、まだ敵が他にもいるかもしれないから注意して……。
────ヒュリュゥゥゥ……
……おっと、やっぱり新手か。
暁葉と雷雲──『雷神さま』が振り返ると、一週間前と同じ数──三体の〈マインドキャンサー〉。三体ともが鋼鉄騎士──独裁型である。
先程、暁葉を襲ったステージ
──うーん、これはまずいなぁ。ステージ
「相性、って何ですか……?」
暁葉の問いに対して、『雷神さま』は頷く。
──人にはね、相性のいい、つまり、克服しやすい〈マインドキャンサー〉と、苦手な〈マインドキャンサー〉がいるんだ。
相性はその人間が生きてきた環境に左右されるんだけど、キミは独裁型に弱い。けどね──呪文を教えてあげよう。
「……?」
何のことかわからず聞き返そうとすると──
「ヒュリュゥ!!!」
三体の独裁型ステージ
「──ッ!!!」
死ぬ、と思った。先程のステージ
──合言葉は──
『雷神さま』の声が脳裏に直接届いた。腹部の強烈な痛みを意識しながらも、なりふり構っていられず、それに従って
「
瞬間、光が辺りを包む。
門から召喚されしその守り手は──英雄殺し。その毒は
すなわち、天蠍宮の守護者とは、かのオリオンを死に至らせるほどの毒を持つ蠍である。
これが、應地暁葉の人生の結晶。その具現化であり、一端。すなわち
一帯を静寂が支配した。外気は冷え、その場にいる全ての者が動きを止める。
全長二m程の蠍、対するは鋼鉄を纏いし
膠着、殺り合うための前準備。──駆けた。両者甲乙つけ難き
毒蠍は巨大な鋏を掲げ、三体の鋼鉄騎士はそのまま鎌を振り下ろす。衝突、金属音。
蠍は二体の鎌を受け止め、へし折る。
だがそこにもう一体が迫る。瞬間的なら小型ジェット噴射にも負けぬ斬り下ろし。
がちり、と外骨格と拮抗し、数秒の硬直。
毒蠍が鋏の片方で身体をむんずと掴む。
魔の手から逃れようとするものの、〈マインドキャンサー〉は羽交い締めに匹敵する束縛を受けている。
そして……
ぶすり、と刺す音が聞こえた。
蠍の本領発揮。毒針である。ヒュリュゥゥゥゥゥゥ、と呻きながら、一体が脱落、命を潰えさせた。
このまま形勢逆転……することは叶わぬ夢となる。
何故なら、
「あ……っ! なんで……!?」
頼もしい援軍は、本当に夢であったかのように霧散消滅したからである。
──ああ……魔力切れか……っ。
しまった……キミが召喚を行使できる時間を超えたときの対策してなかった……あああ、くそっ……。ほんとにごめん……。
『雷神さま』がぱちぱちと静電気を放出しながら唸る。どうやら、再召喚にはクールタイムが必要らしい。
「じゃ、じゃあどうしたら!?」
半狂乱になり暁葉は叫ぶ。死ぬわけにはいかないのだ。悲願の達成。その為には、ここで命を落とすことは出来ない。ここで終わるなどと、そんなことは許せない。
だが無常。状況は変わらない。
──ここは俺が……うん?
雷雲が寸でのところで放電を止める。
もし『雷神さま』に目があればそちらを見ていたであろう方向──そこには。
……全速力。ラストスパートをかける。右手を薙ぐ。渾身の一撃。
──業火が、
総身を濡らし、息せき切ってそこに居たのは。
「だいじょうぶ、ですか」
あの時のちっぽけな──それでいて芯の通った心を持つ、少年。
「一緒に、戦いましょう」
天宮幸乃が、そこに居た。
Code:U.N.K.N.O.W.N.
戦場から数百mほど離れた地点。ビルの屋上に、その人物は居た。
「執行者と星霊使いか……」
にやりにやりと口を歪ませ、独り、悦に浸る。
「あいつらが噂の〈ガイアの子〉か? いいねぇ……面白い」
ゆらりゆらり。ゆら、ゆらり。総身を揺らす。右手を軽く振って独りごちる。
「いまここで、かの雷神は二人をどう導くのか?
何故こいつらが〈ガイアの子〉だと『社長』は言うのか?
何故『魔人』はここに来ていないのか?
何故、天宮幸乃は
揺れる、揺れる。亡霊のように。
人形劇の
「さあ、
To be continued……
いかがでしたでしょうか?
少年=天宮幸乃、少女=
分かりにくい、と感じた方、申し訳ございません。この場を借りて補足させていただきました。
では、ご縁があればまた次回お会いしましょう。