寒空の下を   作:れーるがん

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寒空の下を二人で

 多くの木造建築を悩ませる台風が過ぎ去り、秋雨前線による雨も降らなくなり、千葉には雲ひとつない快晴が広がっていた。

 先週までの大雨が嘘のようだ。

 しかし、それらが過ぎ去りやって来たのは冬の気配。枯れ葉が舞い落ち、潮風が身を震わせ、放射冷却とやらのせいで気温はグングン下がっている。

 こんな日は家に篭ってコタツムリになるに限るのだが、マイスイートシスターはそれを許してくれなかった。

 どうやら、毎度のように仕事の締め切りに追われている生徒会長様のお手伝いをするとかで、休日にも関わらず登校。そして間抜けな事に、今日提出する書類を家に忘れてしまったらしい。

 そもそも下級生に大事な書類を預けるなとか、そんな大切なものを忘れるなとか、後輩と妹の二人には言いたいことがそれなりにあるのだが、それでもこうして学校まで来てしまっているのは兄としての悲しいサダメ。

 と言うわけで小町に忘れ物を手渡し、なんか流れで一色の仕事を手伝う羽目になり、結局昼ちょい過ぎまで拘束されてしまって現在昇降口。

 本来なら今頃家で受験勉強に勤しんでいる筈なのだが、どうしてこうなってしまったのか。

 昇降口に吹き抜ける風が背筋を撫で、思わず身震いしてしまう。

 マフラーに顔を埋め、いざ寒空の下へと出陣せんと気合いを入れると

 

「あら」

「ん?」

 

 背後から声がかかった。

 現在の千葉のように冷え切ったその声は、しかし去年の春先に比べると幾分か温かく感じる。当時のそれなんて、マジで氷河期を思わせるレベルだったし。

 振り返った先にいた雪ノ下雪乃は、心底驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「こんにちは」

「......よお」

「あなたが休日に外出、それもこんな寒空の下学校まで来るなんて。珍しいこともあるのね。明日は雪かしら」

「小町が一色の手伝いしててな。なんか大事な書類忘れたって言うから届けに来たんだよ」

「そう。書類を忘れる小町さんが悪いのか、そんな大事なものを他人に預けてしまう一色さんが悪いのか、判断に悩むところね」

「俺も同じこと考えてたわ」

 

 コメカミに指を当てながら呟く雪ノ下を見て、苦笑を浮かべながら同意する。

 すると何を思ったのか、雪ノ下はムッと眉を寄せた。

 

「あなたと同じ思考なんて、私も随分と落ちぶれてしまったと言うことかしら......」

「そんな悲しそうに言わないでね。俺がお前レベルまでのし上がって来たって選択肢はねぇのかよ」

「無いわね」

「即答っすか......」

 

 いや、こう見えて結構勉強とか頑張ってるんだよ? 数学だって昔ほど目も当てられない状況ではないし。

 そんな軽口を交わしながら、自然と並んで歩き出す。その事に違和感を持たなくなったのは、一体いつの頃からなのだろうか。

 

「お前は?」

「私?」

「お前だって、休日はあいつに誘われでもしない限り、どうせ家で勉強してるか本読んでるかなんだろ? なのになんで学校いるのかって話だよ」

 

 こんな会話、こんな質問ですら、少なくとも二年の時の俺ならしなかった。

 寧ろ昇降口でじゃあさよなら、ってなってる可能性の方が大きい。

 他方雪ノ下は、その事に対しては特に思うところは無いのか、澄ました顔で質問に答えた。

 

「進路のことで平塚先生と話があったのよ」

「わざわざ休日に?」

「ええ。こちらも提出する書類があったから」

「しかし、この時期に進路の話ってなぁ」

「進路、と言うよりも、将来の話をされたわ。しかもとてもリアルに十年後の話なんかね」

 

 うーん、大体どんな話してたのか想像ついちゃうなぁ。

 多分、最初は割と真面目な話ししてたんだろう。でも雪ノ下に若かりし頃の自分を重ねちゃった平塚先生が「私も高校の頃は十年後のことなんて何も考えちゃいなかったさ......」とか言って愚痴のオンパレード、ってとこか。ソースは俺。ついこの間同じような話しされた。

 

「十年後......。どうなっているのかしらね......」

「さてな。全く想像つかん」

「そうね。でも......」

 

 そこで一旦言葉を区切った雪ノ下は、空を見上げる。雲ひとつない晴空。見えるのは空が写す青だけだ。

 それをその綺麗な瞳に捉えながら、雪ノ下は呟いた。

 

「十年後も、由比ヶ浜さんや一色さん、何より、あなたと今みたいに一緒にいられたら。私はそれだけは願っているわ」

 

 頬が赤く染まっているのは、この寒さとはまた別の要因が絡んでいるのだろう。その程度の事は、俺の方へと視線を移した彼女を見たらすぐに理解できた。

 きっと、十年後も今みたいな関係でいられることなんて不可能だ。

 今のこの関係がぬるま湯に浸かっているのも同然で、いつかは必ず終わりが来てしまうから。

 それが高校卒業時なのか、それとももっと先なのか、もっと早いのか。それは分からないけれど。

 でも、今みたいに、こいつと並んで歩く事が十年後にも叶うのなら。

 

「まあ、そこは努力次第だろ。知らんけど」

 

 それは、なんと素晴らしい未来なのだろうか。叶うのだとしたら、願わずにはいられない。

 どこか気恥ずかしくて、ソッポを向いての発言となってしまった。

 向こうから返す言葉も無く、流れる沈黙が気まずくてチラリと隣を見てみると、雪ノ下はまたまた驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「今日は珍しいことばかりね」

「......何が」

「だって、そんな素直な言葉を口にするなんて、あなたらしくもないじゃない」

 

 素直......。素直だったか今の? 俺なりに必死に本心を隠した言葉だったつもりなのだが。

 しかし雪ノ下がそのような発言をすると言う事は、こちらの本心なんてお見通しという事で......。

 考えてたら頬が熱を帯びて来た。

 いや、これは別に言い当てられたから恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、単なる知恵熱だ。そうに違いない。もしくは寒いのが悪い。

 

「お、俺自転車取ってくるから」

「ええ」

 

 薄く微笑む雪ノ下から逃げるように、駐輪場への分かれ道へと進む。

 自転車に鍵を差し込み、サドルを押して来た道を戻っても、頬の熱は未だに引いてくれない。

 雪ノ下と別れた所まで戻って来ると、彼女はまだそこにいた。

 俺的にはあれでさよならのつもりだったのだが、それでも彼女は寒さに身を縮こまらせながらも、俺を待ってくれていた。

 

「......先帰ってろよ」

「......そう言う気分なのよ」

 

 いやどう言う気分なんだよ。そうツッコミを入れるのは野暮ってものなんだろう。

 ふと、改めて目の前の彼女を見て気づいた事があった。

 いや、なんで直ぐに気づかなかったんだとかは言わないで頂きたい。実は雪ノ下と会って舞い上がってたわけではないけど、去年の今頃の季節も、数日前からも、彼女は当たり前のようにそれをしていたから。

 白い息を吐き、手のかじかみを解している彼女は、本当に寒そうにしていて。

 多分その原因は、いつも巻いているマフラーをしていないからだろう。

 

「お前、マフラーは?」

「え?」

「いや、いつもマフラー巻いてただろ。てかこんな寒いんだからマフラーくらいするだろ、普通」

 

 現に俺がそうしているように。学校指定のコートを出すにはまだ早い時期だとは思うが、それでも手袋やマフラーはするべきだと思うのだ。

 雪ノ下はただでさえ体力が無いし、体調でも崩したら一大事である。本人がではなく、その親友が。さらに言ってしまえば、彼女が看病に行くなんて言い出したら俺はそれを全力で止めなければならない。奉仕部内から犯罪者を出すわけには行かないのだ。

 

「今朝見たら破けてしまっていたのよ。どこかで引っ掛けてしまったみたいで。それが何か?」

「いや、流石にその格好じゃ寒いだろ......」

「否定はしないけれど......。まさかとは思うけれど、心配でもしてくれているの?」

 

 ふふ、と小悪魔じみた微笑を見せる雪ノ下。

 それに捻くれた答えを返すことなんて簡単だったのだが。やはり、今日の俺はどこか素直になってしまっているらしい。

 

「......心配しちゃ悪いかよ」

「えっ......。いえ、悪いなんて、ことは......」

 

 肯定が返ってくる事が意外だったのか、雪ノ下は一瞬面食らったような顔をした後、直ぐに俯いてしまった。

 長い黒髪の間から見える耳が真っ赤に染まっているのを見て、俺の頬は再び熱を持つ。

 彼女がマフラーをしていたらそれも見えなかった筈なのに。

 だから、と言うわけでもないけど。

 俺は自転車のスタンドを立てた後、半ばヤケになったように自分のマフラーを外して、それを彼女に差し出した。

 

「......これは?」

「言っただろ。お前が体調崩さないかどうか心配なんだよ。だから、受け取っとけ」

「けれど、これじゃあなたが......」

「いいから。文句言わずにこれ巻いとけ」

 

 反論は全て右から左に受け流し、強引に彼女の首に自分のマフラーを巻いた。

 他人に巻いてやるなんて、この人生で経験したことなんぞ一度も無い上に、相手が雪ノ下ときた。自分でやっときながら胸の中ではかなりの屁っ放り腰となり、キツくなり過ぎないように注意しながら巻いてやる。

 雪ノ下は抵抗なんて一切せず、俺にされるがままになっていた。

 

「......下手な巻き方ね」

「ほっとけ」

「でも、ありがとう......」

 

 不恰好に巻かれたマフラーを巻き直すでもなく。

 俺のものを使っていると言う恥じらいからか、頬を薄く染めながらも、そこに顔を埋めて上目遣いで礼を言われた。

 な、なんか今更ながら変な匂いしないかとか心配になってきたな......。大丈夫だよね? まだ高校生だし、加齢臭とかしないよね?

 

「比企谷くんの匂い......」

「なんか言ったか?」

「い、いえ、何も......」

 

 ちょっとー? 雪ノ下さんマジ何考えてるんすかー? 余りにもタイムリー過ぎてびびっちまったじゃねぇかよ。俺が難聴系主人公で感謝してほしいぜ、まったく。

 

「それより、あなたは寒く無いの?」

「あ? 寒いに決まってるだろうが」

 

 これで寒くないとか言い出したらそいつは間違いなく変温動物の類だろ。もしくは某元テニスプレイヤーの可能性もある。

 しかし俺は列記とした恒温動物、と言うか人間だし、あそこまでの熱血なわけでもない。

 いや変温動物って冬場は冬眠してから寒いとか以前の問題なのか? 八幡よくわかんない。

 つまりなにが言いたいかと言うと、普通に寒い。

 しかし、格好つけてマフラーを渡した手前、返してくれとか言えるはずもなく。

 その代わりに、少し遠回しな言い方で、あとほんのちょっとだけ素直になってみよう。

 

「滅茶苦茶寒い上に、昼飯まだだから腹も減ってるし。だから、なんかあったかいもんでも食いたい気分だわ」

 

 まるで独り言のように呟く。

 恥ずかしくて彼女の方は見れないけれど。

 でも、雪ノ下は俺の言葉の意図を察してくれたらしい。

 ふふ、と笑みをこぼして、俺の言葉に乗ってきた。

 

「あら奇遇ね。私も丁度お腹を空かせていた所なの。どうしましょうか」

「本当、どうしたもんか」

 

 今度は俺も笑みを交えながら。

 こんな寒空の下で二人揃って何やってんだか。

 けれど、不思議と悪い気はしない。

 

「比企谷くん。このマフラーのお礼をするから、うちにいらっしゃい」

「え、いや別にお前んち行かなくてもそこらへんの飯屋とかで」

「いいから。それとも、あなたはご飯を食べたあと、私からマフラーを剥ぎ取ってこの寒い中一人で返すと言うのかしら?」

「なにもそこまで言ってねぇよ......」

「つべこべ言わずにうちに来たらいいのよ。......その、ちゃんと温かい料理を振舞ってあげるから」

 

 ここでそんな言い方は卑怯じゃないですかね。これで断れるわけがないだろ。

 

「じゃあ、まぁ、お世話になります......」

「こ、こちらこそ......」

 

 これは明日雪が降っても文句は言えないかもしれないな。

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