寒空の下を   作:れーるがん

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寒空の下をずっと一緒に

 夕飯の準備をしていると、テーブルの上に置いてあった携帯がLINEの通知を知らせた。時間から考えると、そろそろ彼から連絡が来てもいい頃合いだ。

 私の料理を出来立てで食べたいからと言って、彼はお仕事が終わると必ず連絡を入れてくれる。今日も、画面に浮かぶのは『今から帰る』ととても簡素なものだけど、ちゃんと連絡してくれた。

 でも残念。今日の夕飯はお鍋だから、あまり連絡する意味は無かったわね。

 さて、下拵えは殆ど終わったし、偶には愛する旦那様のお迎えに行こうかしら。

 ハンガーラックに掛けてあるコートと、もう十年以上使っているマフラーを手に取る。

 太陽は既に沈んで、しかし雲が広がっているのか星や月は見えない。

 11月だと言うのに相変わらずの寒さを見せる千葉。今日は初雪かも、と朝のニュース番組でやっていたか。

 寒さに身を震わせながらも、最寄りの海浜幕張駅まで歩く。

 冬は好きだ。

 寒さを理由に、彼に身を寄せる事が出来る。

 本当は理由なくそう出来たら良いのだけれど、それが出来るようならばこんな面倒な女にはなっていない。

 素直、なんて言葉とはかけ離れた私と彼。

 だから、何かにつけて理由が必要になるのだけれど。

 それも、高校三年生のあの冬の日から少しずつ変わっていったのよね。

 このマフラーも、彼が初めて、なんの理由もつけず私にプレゼントしてくれたもの。そんなものを簡単に手放せるわけもない。ある程度傷んでしまってもそこは目を瞑って使用し続けている。

 まあそれでも、彼との身体的な接触は未だ素直に、とはいかないのだけれど。

 結婚してからかなり経ったと言うのに、我ながら情けない話だ。

 

 海浜幕張駅前はそれなりの賑わいを見せていた。通勤ラッシュならぬ退勤ラッシュのためだろう。そこかしこでくたびれたスーツを着たサラリーマンが憩いの場である自宅へと帰る姿が見受けられる。

 もっとも、その中には未だお仕事が終わらず駆けずり回っている人もいるかもしれないが。

 いくつか電車が駅にやって来ては、吐き出されるように多くの人たちが改札から出てくる。

 連絡を貰った時間から逆算すると、大体この時間帯だとは思うのだけど、彼の姿は一向に見えない。

 もしかして入れ違いになってしまった? いや、自宅からここまで総距離はないのだし、もしそうなっていたら電話なりなんなりあるはずだけれど。

 と言うか、良い加減寒くなって来たわ。

 マフラーに首を埋めて、もうこっちから電話をしてみようかと思い始めていた時、改札から出て来た猫背の男を発見した。

 つい、頬が緩んでしまうのを自覚する。

 いけないわね。こう、もう少しキリッとした表情で。

 コンパクトミラーなんて持って来てるはずも無いので、なんとなく大丈夫だと思ったところで、彼の元へと駆け寄った。

 

「お疲れ様」

「どわぁっ......!」

 

 いきなり話しかけたせいか、少しオーバーともとれるリアクションをする彼。

 私の夫、比企谷八幡。

 

「愛しの奥様が折角迎えに来てあげたと言うのに、随分な反応ね」

「......いや、なんでいんの?」

「気分よ」

 

 手短にかつ率直に答え、彼の持っているものに気がつく。

 彼の右手には会社の鞄ともう一つ、有名な婦人服店の袋が握られていた。そのロゴと店名は見覚えのあるものだ。何度か由比ヶ浜さんと一緒にモール内の店舗へ行ったこともあるし、忘れもしない、このマフラーを買って貰ったのもそこだった。

 

「それは?」

「ん? あー、本当は家で渡そうかと思ってたんだが、まあ丁度いいか」

 

 その袋の中から出て来たのは、白い毛糸のマフラー。計算していた時間よりも少し遅かったのはこれが理由だろう。

 それをこちらに差し出してくるのだが、もしかしなくても、私に?

 

「お前、それもう十年くらいずっと使ってるだろ」

「ええ、そうだけど......」

「流石にずっと同じの使わせるのもなんかあれだし、お前は言っても買い替えそうにないしな」

「そう......」

 

 ああ、どうしましょう。折角表情を引き締めたばかりだと言うのに、彼のせいでまた頬が緩んできた。

 こんなの、嬉しくないわけがないじゃない。

 

「ほら、それ一旦外せ」

 

 コクリと頷いてから、十年間、寒い日にずっとお世話になっていたマフラーを外す。

 それに取って代わるように、私の首をふわりとした感触が包んだ。

 彼が巻いてくれたマフラーは、首元だけでなく私の全身をポカポカと温めてくれる。

 

「ありがとう、八幡」

「おう。んじゃ、帰るか」

 

 何も言わずに私の手を取る彼。手袋をしていないからか、その手はとても冷えていたけれど、でも、やっぱり温かい。

 これ以上ないくらいに頬が緩み切って、つい微笑みまで混じってしまう。

 

「ふふ」

「偉くご機嫌だな」

「そうかしら? ......いえ、そうね。今はとても機嫌がいいわ」

 

 だって、十年前に寒空の下で交わした約束を、彼は今も覚えていて、ずっと私を温め続けてくれるのだもの。

 このマフラーも、繋がれた手も。あの日からずっと、寒い日は間違いなくそこにあったものだ。

 

「そう言えば、どうして今日マフラーを買ってきたの?」

「別に大した理由じゃないぞ?」

「構わないから、聞かせて?」

「......今日、なんの日か知ってるか?」

 

 今日? 何かあったかしら? こうしてプレゼントしてくれたと言うことはなにかの記念日だとは思うけれど、私たちの間に、11月22日が記念となるようなイベントは何もなかった筈。

 強いて言うなら、彼に初めてマフラーを巻いて貰った日が数週間前だったかしら。

 暫く考えてみるも特に思い当たる節が無く、視線で答えを促す。

 

「11月22日はいい夫婦の日なんだと。だから、奥さんになんかプレゼントでも送ってやれって上司に言われた」

「そう言うこと......。けれど、その言い方からすると、その上司の方に何も言われなければプレゼントも何もなかったと言うことね」

「マフラー自体は二人で買い物行った時でも買ってやろうかとは思ってたんだよ。けど、まあ、折角だしな」

 

 あら、そっぽを向いてしまったわね。

 マフラーに顔を埋めていても分かるほどに紅潮している彼の頬。多分、寒さだけが原因ではないのでしょう。

 かく言う私も、顔が熱い。

 約束だけじゃ無くて、あの日のことも覚えてくれている。

 と言うか、自分と同じことを考えてくれていた事が、何故か少しだけ気恥ずかしい。

 そのまま互いに口を開くこともなく、暫く無言で歩いていると、空から何かが落ちて来た。

 

「あら」

「雪、か」

 

 見上げると、曇天の空から白い結晶がしとしとと落ちていた。

 今年の初雪だ。

 確かにここ最近一番の寒さだとは思っていたけれど、まさか本当に雪が降る程とは。

 ......少しだけ、甘えてみようかしら。

 

「えい」

「......雪乃?」

「何かしら?」

「いや、いきなりどうした?」

 

 普段の私なら、街中でいきなり腕に抱きつくなんてことはしなかっただろう。周囲の視線もあるし、歩きにくいし。

 けれど、今日は。雪が降った今日は。

 

「寒いから、温めて」

 

 言い訳のように口にする。

 実際、言い訳ではあるのだけれど。

 理由がないと彼に甘えることも出来ない、面倒な女。

 でも、そんな面倒な女でも、彼は呆れもせずに受け入れてくれて。

 

「まあ、寒いなら仕方ないな。言い出しっぺは俺だし」

 

 いつかのように、繋いだ手をポケットへとねじ込んだ。

 更に歩きにくくなってしまったけれど、そんなのは些細なことだ。

 だって、とても温かいもの。

 

「今日は生姜鍋にしたの」

「おお、ナイスチョイスだな」

「ええ。冷えた体に丁度いいかと思って。お風呂も帰った頃には沸いていると思うから、先にお風呂にする?」

「いや、風呂は後でいい。ほら、久しぶりに一緒に入ろうぜ」

「......別にいいけれど」

「よっしゃ!」

「バカね......」

 

 寒空の下を、あなたと二人、ずっと一緒に。

 そうしたら、私の凍えた体も心も、必ず溶かしてくれるから。

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