そしてランキングを確認していたら、ルーキー日間五位になってました!ありがとうございます!
これからも頑張るのでよろしくお願いします。
それでは、どうぞ!
現在、浩太は正座をしていた。
目の前には無表情なエヴァが腕を組み、仁王立ちで立っている。
冷たい瞳が浩太を貫く。浩太は恐怖に体を縮ませているので、自然とエヴァが見下ろす形になった。
帰ってきて、家の扉を開くと、玄関にただならぬ迫力を醸し出すエヴァが待ち構えていたのだ。心当たりがあった浩太は頭を抱えて、せめてこれ以上エヴァの機嫌を悪くはしまい、と両手をあげて降伏した。
「それで? 何故早く帰ってこなかった。今日のお前には特に予定はなかったはずだが」
いつもの声音でもなければ、怒っている声音でもない。ただただ冷たい声で、問いただしてくる。
だらだらと冷や汗が噴き上がる。ポタリと、床に汗が一粒落ちた。
「えっと、そのですね。実は――」
「言い訳は聞きたくない」
ピシャリと、エヴァが浩太の台詞を遮った。
(理由を聞いたのはお前だろ!)
当然、そんなことを言えるはずもなく胸中で叫ぶだけに留まった。
言ったら、最後。再びエヴァに嬲られる結末が目に見えているからだ。
どうしたものか、と顔を俯かせて鈍い頭を急回転させる。
しかし、それも長くは続かなかった。
いつの間にか目と鼻の先にまで移動したエヴァが、浩太の顔を両手で掴んで無理矢理自分と目を合わせる。
そして、浩太は息を呑んだ。
何故なら、エヴァが泣いていたからだ。
ズキリ、と胸に刃物を刺されたような痛みが走る。
いつも堂々としていて、プライドの高い彼女が泣いたところを見るのは、これが初めてだった。
ポロポロと涙を零す蒼い瞳。
頬を赤くして嗚咽を漏らすその姿は、まさに少女そのもの。
場違いなことと理解しているが、浩太は思わず目を奪われてしまった。
しかし、それも一瞬。
すぐに頭を切り換えて、エヴァを抱きしめる。
何故か、そうしなければならない気がしたから。
「泣くなよ。お前が泣いたら、調子狂う……」
「グスッ……だって、浩太が約束すっぽかしたから。修行を辛くしすぎて、嫌われたのかと思って……それで、どうしたらいいか、わからなくて」
「――ああ、もう! 全部俺が悪かった! 別にエヴァのことが嫌いになったわけじゃない。ちゃんと理由があるんだよ」
「……ほんとう?」
「本当だ」
「よかったぁ……」
涙目のエヴァが上目遣いで見つめる。
それは浩太の顔を一瞬で赤くさせるほどの破壊力を有していた。
もし、ロリコンが見ていたらそれだけで昇天してしまうだろう。
エヴァの頭を撫でる。彼女の髪は生糸のように触り心地が良い。ギュッ、と背中に腕が回される。
浩太はエヴァが落ち着くまで、抱きしめたまま頭を撫で続けた。
二十分ほどして、エヴァが泣き止んだ。
冷静になったことで羞恥心が込み上げてきたのか、すぐさま浩太を突き飛ばす。
そして、口をパクパクと開閉させて、何かを言おうとするのだが上手く言葉にならない。
結局この後浩太は、いろいろと限界を迎えたエヴァに一方的に殴られてしまうのだった。
☆☆☆☆☆
「――というわけなんだよ」
「ふんっ、くだらないな。わざわざお前が何かするまでもないと思うが?」
「まあまあ、そう言うなって。これは俺が個人的に終わらせたいんだよ」
「……勝手にしろ。ただし私も関わるからな」
「それはもちろん。頼りにしてるぜエヴァ」
「当たり前だ。この私がいるんだ、すぐに終わらせてやる」
エヴァに事情を説明すると、この件を終わらせることに手を貸してくれることになった。元々手を貸してもらうつもりだったので都合が良い。
「それでこの件に何か思い当たることないか?」
「――と、言ってもな。この世界にはそもそも魔法などが存在しないんだよ。魔力は人それぞれ生れながら宿しているようだが、それだけだ。あとはたまに有名どころの武術家が気を使っているのがちらほらいるぐらいだな」
「そうなんだよな。俺だってエヴァに出会わなかったら、魔法とか気に関わることなんてなかったし」
「それが普通だ。私の世界だって、一般人はいる。お前のように魔法を知って、関わりを持つ方が稀なんだよ」
エヴァの言う通り、この世界には魔法が存在しない。
魔力や魔法を使う際に力を貸してもらう精霊たちも存在しておらず、エヴァでさえ、魔力があっても実際に魔法を使うことができない。
――と、いうのがこの世界だ。
気に関しても武闘家やアスリート、有名な武術道場の師範が触り程度に使えるレベル。普通の人よりも、少々常識はずれなことができるぐらいだ。
よくテレビで見て、すげーと思う。これぐらいの認識で良いはずだ。
浩太も例に漏れず、エヴァと出会うまでは魔法や気のことなど知らないで生きてきた。そして、エヴァに魔法や気について教えを受けて、ようやく使えている。
ちなみに浩太は魔力や気の量が、エヴァの世界の関係者たちよりも多いらしい。例をあげるなら、サウザンドマスタークラス。これほどの逸材はそうそういないとはエヴァの談。
つまり、浩太も結構なチート持ちだったのだ。――持っていても使えなければ、宝の持ち腐れになるだけなのだが。
浩太自身あまりすごいという実感がないし、その所為で毎日エヴァに血を吸われる羽目になっているので、素直に喜べない。むしろ落胆した。
しかも浩太の血を吸って得た魔力をたびたび起こす癇癪で使用しているため、一向に魔力が回復しない。
「でもさ、今回の件は絶対に魔法絡みだよな? そうじゃないとあり得ないぞ、こんなこと。実際俺が助けたやつも自分から落ちようとしたわけじゃなさそうだ。泣きわめいて、助けたあと恐怖で気絶したし」
「確かに怪しくはある。しかしこの世界に魔法が使えるのは現状私と浩太だけだ。だから、魔法とは言いづらい。まだ幽霊が出たという方が信憑性はあるな」
「そうだよなぁ。でも、うちの学校には昔誰かが自殺したとかはないんだよな。それにさ、助けた時に近くに人の気配がしたんだよ」
二人で頭を抱えて、うんうんと唸る。
心当たりもないに等しいこの状況。わかってはいたが序盤から手詰まりになってしまった。
まさか犯人を突き止めるために、また次の被害者が出るのを待つわけにもいかない。
すでに犯人は浩太が被害者の救出したことはわかっているはずだ。だとしたらしばらくなりを潜めて、機会を伺うことに徹するだろう。
あの時すぐに追いかけようとしたのだが、確かにあったはずの人の気配が忽然と
辺りも捜索したが犯人と思しき人物は見つからなかった。
考えれば考えるほど、謎が謎を呼んでしまう。
浩太はなかなか考えが浮かばずに、乱暴に頭を掻きむしった。見れば、エヴァも苛立ったように爪を噛んでいる。
それも、睨まれた相手が恐怖で死んでしまうのではないか、と思わされるほど強烈に。
何が彼女をそこまでさせるのかわからなかったが、そのおかげで浩太は一度考えをリセットして冷静になる。
今回の事件は一体何だ?
生徒による飛び降り。しかしそこに本人たちの意思はなく、全て体が勝手に動いている。
犯人はいるのか?
先に救出した際に、確かに人の気配があった。けれど、すぐに消えてしまった。
あれは先生やたまたま居合わせた生徒ではなかった。該当するものなら気配を消す必要がないからだ。犯人がいる、と断定することはできない。
その手段は?
これも現状不明。
一番可能性があるのはエヴァが言った幽霊。
幽霊がいることを否定するわけではないが、魔法を知った弊害か魔法が絡んでいるのではないかと考えてしまう。
そもそもその魔法だって、エヴァと出会わなければ――
ピタリと思考が止まる。今のフレーズが脳内で反芻されていく。
そして、あるひとつの可能性に思い至り、立ち上がった。
ビクッ、と突然立ち上がった浩太に驚いたエヴァの肩が跳ねる。
「………そうだ。そうだよ! それなら今回の事件を起こせるかもしれない!」
「おい、いきなり立ち上がるんじゃない! びっくりしただろうが。――それで? 何かわかったのか」
浩太はコクリと首肯した。
わけがわからないエヴァは訝しげに見つめてくる。
そんなエヴァに向かって浩太は、
「――なあ、エヴァ。お前がこっちの世界に来た時の話、もう一回聞かせてくれないか」
☆☆☆☆☆
翌日。
今回の事件を終わらせるべく学校に登校した浩太は、校門前で呆然と立ち尽くしていた。
「兄貴! おはようございます! 昨日は助けていただき、ありがとうございました!」
何故なら、昨日助けた男が待ち構えていたからだ。
元々この男とは今日会って話をするつもりだった。それが校門前にいたのだから好都合、なのだが………。
浩太は顔を引き攣らせて、
「あの、なんで兄貴?」
「いやそれはもう! あんなに必死になって助けていただいて、俺感動したッス! あなたこそ男の中の男! 俺はそんなあんたに報たい。今までの悪事から足洗って、これからは兄貴について行きます!」
「ああ、そう。………最悪だ」
周囲の視線が浩太たちに集中している。ひそひそと何かを囁いている奴もちらほらと伺えた。
しばらくは事実無根な噂が続くだろう。その度に心労がたまると思うと学校に来るのが億劫になりそうだ。
浩太はこれからのことを思い浮かべて、今から痛む頭を押さえた。
「取り敢えず、今は自分の教室に行け。それで昼休みに話をしよう。オーケー?」
「わっかりました! チャイムとともに迎えに行くので待っててくださいね!」
「いや、最後まで受けてから来い――って、もういないし」
彼は一度敬礼すると、浩太の声を聞くことなく走り去ってしまった。
大きなため息を吐く。
何だか最近は朝から憂鬱になることが多い気がする。
…………癒やしが欲しい。
浩太は切実に、そう思った。
四時間目は現代文。
浩太の数少ない趣味のひとつが読書のため、現代文は唯一寝ずに受ける授業だった。
チラリと周囲を見回すと、周りのクラスメイトは夢の世界に旅立った者や舟を漕いでいる者が多くいた。
担当の先生は初老で心優しいため、そんな光景を見ても咎めることなく授業を進めている。ふいに時計を確認すると、あと一分ほどでチャイムがなる時間まで差し迫っていた。
今朝彼が言っていたことが本当なら、そろそろやってくる頃合いだ。
そして、案の定チャイムが鳴ったと同時にバタンと大きな音を立てて戸が開かれた。
「兄貴! 迎えにき、マダバァ⁉︎」
彼の顔を確認して、瞬動。
無言で彼の顔面を蹴り飛ばすと、戸を閉めてまた瞬動。誰にも気付かれることなく、うるさいやつを排除して席に戻った。
クラスのみんなが振り返った時には全てが終わっていたため、みんなが不思議そうに首を傾げていた。
それをどこ吹く風と気にすることなく、浩太はため息を吐いた。
場所は移り、屋上。
「ってて、いきなりヒドイッスよ兄貴。何も蹴ることないじゃないですか」
「うるさい、足洗ったなら最後まで授業を受けろバカ。それと俺のことを兄貴と呼ぶんじゃない」
鼻の両方にティッシュを突っ込んだ彼――佐伯雅敏――は、涙ぐみながら顔を擦っていた。
浩太はそんな彼に目もくれずに、口へと弁当をかき込んでいく。
涙ぐむ男とそれを無視する男。
傍からすれば浩太が泣かせているようにも見える。
しかし、浩太は仮に人が見ていても気にしない。何故なら、これ以上浩太の評価が下がることはないからだ。
今朝の出来事に尾ひれがついて回り、浩太は不良の頭だという根も葉もない噂が流れている。その所為で周りが浩太から一歩引く、という状況が出来上がっていた。
だから、恨みも込めて雅敏の顔面を蹴り飛ばした浩太は悪くない、はずだ。
食べ終えた浩太は弁当を置くと、真剣な顔つきに変わって雅敏に問いかける。
「それで、お前が虐めてたやつのことなんだが」
「はい、
「なるほどな。……わかってると思うが、もう」
「……はい。もう絶対にやりません」
虫が良すぎますよね、と乾いた笑いを漏らして雅敏は俯いている。
ようやく自分の過ちを理解して、罪悪感に苛まれているようだった。
「落ち込んでいるとこ悪いが、もう一つ聞く。今まで飛び降りした奴らは全員お前の仲間だな?」
「え、あ、はいそうです。でも、何でわかったんですか?」
「まあ、ちょっとな。……これで全部繋がった」
浩太の中で可能性だったものが、確信へと変わった。
この事件は今日で終わらせる。
「ありがとな、おかげで助かったよ。それと今日は学校が終わったらすぐに帰れ。いいか?」
「わ、わかりました」
「なら良し。――それと月並みしか言えないが、周りが何か言うのは当たり前。言われるだけのことはしたんだからな。悪いことをしたならその分良いことをしろ。だから、これからお前がどうしていくかってのが大事になる」
「……兄貴」
「まあ、それだけだ。じゃあな」
後ろから、ありがとうございます、と囁く声が聞こえた。
恥ずかしいことを言ってしまった浩太は、振り返ることなく屋上を後にした。
☆☆☆☆☆
午後の授業をつつがなく終えて、放課後に突入した。
雅敏たちのグループが無事に帰ったことを確認すると、浩太は先生たちに気取られないように屋上へと歩を進めた。
屋上にはすでに待たせている人間がひとりいる。
そいつが今回の事件の犯人だ。
階段を登り、屋上の扉を開けると、
「えっと、佐藤くん。ぼくに用があるって何かな?」
雅敏たちから虐めを受けていた括繰宗司が、そこにいた。
「声をかけられた時はビックリしたよ。今まで関わりなんてまるでなかったから。ああ、昨日のことかな? ごめんね、怖かったからあいつらが君に向かった時に逃げちゃったんだ。そのことなら謝るよ」
「いや、別に気にしてないさ。今日はそれとは別件でな、たいしたことじゃないからすぐに終わるさ。お前に、ひとつ聞きたいことがあるんだ」
「何かな?」
困ったように笑う括繰。
しかし、浩太の次の言葉に顔を強張らせることになった。
「――人の自由を奪って落とすっていうのは、どんな気分だ?」
「何を、言ってるのかな?」
強張らせたのは一瞬。
すぐにまた困った顔に戻る。
けれど、纏う雰囲気が鋭くなったように感じられた。
「昨日、お前はあいつらに虐められていた。その放課後に虐めていたひとりが飛び降りそうになったところを俺が助けたわけだ。そして、今まで飛び降りをしてきたやつらは全員、あるひとりの人間を虐めていた」
「それが僕だと?」
「その通り。偶然にしては出来すぎてる話だからな、すぐにお前が犯人候補にあがったよ」
「でも、それだけだったらぼくが犯人とは言えないんじゃないかな」
括繰の言う通り、これだけでは証拠としては弱い。
浩太には犯人の目星とその手段を考えるまでが限界。
だったら、もっと強い証拠を括繰から奪い取る。多少強引になるが、それが確実だ。
気で身体を強化していく。
膝を折り曲げて、力を込めて床を蹴った。
括繰は突然の突風に顔を腕で覆い隠す。突風が止み、彼が腕を退けると前にいたはずの浩太がいなかった。
それもそのはず。普通の人間が視認できない速度の瞬動で彼の横を駆け抜けたから。
「これなーんだ?」
「ッ⁉ いつの間に後ろに⁉ それに、それはぼくの!」
浩太の手には、人形劇をする際に使用する操作板が握られていた。
慌てて括繰は自分の懐を確認するが、探しているものが見つかるはずがない。
浩太の手に握られたものは、確かに括繰の懐から拝借したのだから。
操作板を見ると、わずかにだが魔力の残滓が確認できる。
これで昨日の仮説が証明された。
仮説というのは、昨日エヴァに質問したことが関係している。
時は遡ること、昨日。
「――なあ、エヴァ。お前がこっちの世界に来た時の話、もう一回聞かせてくれないか」
「私が? 別に構わんが、内容は変わらんぞ」
「おう。確認したいことがあるさ。頼むよ」
まだ納得いかない様子のエヴァだったが、思い出しながら当時のことを語り出す。
「前にも話したが、私が麻帆良学園の警備をしている際に侵入してきたやつが攻撃してきたから返り討ちにしてやったんだ。倒しはしたんだが、最後の抵抗にやつは自身の魔道具、それも時空間系のものを暴走させた。油断していた私は開いた穴に吸い込まれて、お前に助けられたんだ」
「ああ、そうだよな」
「それで? これが今回の事件とどう繋がるんだ」
エヴァは怪訝そうに浩太を見つめる。
彼女の疑問に答えるために、浩太は口を開いた。
「エヴァ。お前が倒したそいつは、他にも魔道具を持ってたか?」
「ん? 持っていたと思うぞ。やつは向こうの世界では多少名の知れたコレクターで魔道具や曰く付きの品を遺跡から盗掘、持ち主を殺して強奪を繰り返していたからな。あの時も麻帆良の魔道書を狙ってやってきたはずだが――ああ、そういうことか」
「ああ、たぶんその線が強いぜ」
エヴァも浩太と同じ結論へとたどり着いたようだ。
ここまで言えば、もうわかるだろう。
「エヴァが吸い込まれたこの世界へと続く穴。おそらくその時にそいつが所持してた魔道具のいくつかがこっちに流れ着いてきたんだ」
「確かにそれなら今回の事件も起こせるだろう。魔道具と言っても、相性にもよるが魔力さえあれば素人でも扱えるからな」
「そうなると犯人候補は虐められてたやつかな。駆けつけた先生に少し話を聞いたら、虐めっ子たちばかり落ちてるって話だったし」
それならば辻褄があう。
虐められた奴は散々な目に合い、恨みがある。偶然拾った魔道具を使って復讐を考えてもおかしくない。
恨みがあるとはいえ、やっていい理由にはなり得ないが。
「しかし犯人に目星をつけたはいいが、どうやって証明するつもりだ? この理由では弱いぞ」
「うっ、そこは、まあ多少強引にいくしかないといいますか」
「はぁ、お前は肝心なところが抜けているな。それだと足をすくわれるぞ」
「……面目ないです」
しゅん、と肩を落として浩太は項垂れた。
やれやれとエヴァはため息を漏らすが、その顔は落ち込んだ子供を見守る母親のように微笑んでいた。
最後にエヴァは、もしもの時は私が何とかしてやるさ、と言っていたが一体何をするつもりなのだろうか。謎である。
昨日の回想にふけりながら、浩太は苦笑した。
結局最後は強引な手を使ってしまったが、これで謎は解けたことになる。
あとは括繰をぶん殴って、それで終わりだ。
改めて括繰に目を向ける。
彼は驚いていていたものの、今は怪しい光を瞳に宿しながら笑っていた。
浩太が怪訝そうに口を開こうとすると、
「くくっ、なるほど。君もそれと同じものを持ってるんだね? それなら確かにぼくが犯人と考えても不思議じゃない。まさか学校に同じ人間がいるとは思わなかったよ。ははははは!」
「……何がおかしい」
「だって、
「何だと?」
目の前の括繰がクイッと指を引いた。
警戒を一段階上げたが、一足遅かった。
指の動きに反応して、浩太の手から操作板がひとりでに飛び出し、彼の手に収まってしまったのだ。
拙い、と浩太が顔を顰めると、括繰は満足したように不気味な笑顔を浮かべている。
取り返そうと動こうとしたが、すでに彼は操作板を動かしていた。操作板へと魔力が流れるのが確認でき、鈍色の光が宿る。
何をするのかわからない以上、下手に動くことができない。
奥歯を強く噛み締めながら、彼の動きを注視していると、ふいに屋上の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
「げっ、マジかよ」
思わず、愚痴が漏れる。
開け放たれた扉からぞろぞろとやってきたのは、まだ残っていた生徒と見回りを行なっていた先生たちの姿があった。
皆一様に瞳に光はなく、のろのろと歩く様はゾンビを彷彿とさせる。
「ぼくが操れるのは何もひとりだけじゃない。こうやって大勢の人間を一度に操ることもできるのさ! 君にも何か力があるみたいだけど、非情な人間じゃない。そんな君が彼らを攻撃できるのかな?」
「……最悪だ。ほんと、いい性格してやがるよお前」
括繰はより一層笑みを深くして、面白そうに哄笑した。
別に手を出さないわけではない。
浩太自身、相手を最小限で無力化する術を持っている。
けれど、あの中には女性もちらほらと紛れていた。男性はともかくとして、女性に手をあげることに少くなからず抵抗があった。
もしこの場にエヴァがいたなら、甘さを捨てろと叱咤されることだろう。
「そういえば、人を落とす気分を聞いてたっけ? せっかくだし教えてあげるよ。あれは最高、いやぼくにとっては至高だね!」
括操は恍惚した表情で叫ぶ。
「そこにいる
浩太の顔から表情が消えた。
瞳に宿っていた光も、徐々に消え失せていく。
「本当に落ちていく様を見るのは、いつも楽しくて仕方がないよ。あいつらの復讐が終わったら、次は誰を人形にしようかな? 何もしない癖小言ばかり言ってくるうざったい大人たちもいいね。一体どんな風にぼくを笑わせてくれるのかな」
汚らしい笑い声が屋上を支配する。
浩太にはもう括繰の声は届いておらず、彼を通して見える何かを見ていた。
それは幼き日の浩太の記憶。
彼の言動に、心の奥底にしまい込んだ
――浩太の視線の先には、血溜まりに沈む○○だったものが転がっていた。
転瞬。浩太から気が噴き上がる。
プレッシャーが括繰を襲う。
ビリビリと大気が震え、肌を刺す気迫にたじろいだ。
浩太は貫手を構える。
浩太には括繰が見えておらず、目の前に立っているのは人間ではなく、単なるクズとして認識していた。
クズは、片付けないといけない。
「何で、お前みたいに人の命を玩具みたいに扱う奴が、生きてるんだろうな………」
一突きで敵の心臓を潰さんと、足に気を回して爆発させる。
このまま行けば、確実に殺せる。引き絞った貫手が括繰の心臓を突き穿つ――はずだった。
浩太の突きは、割り込んできた者に手を掴まれたことで、阻止された。
「やれやれ。様子を見ていたが思っていた通り、下衆な人間の仕業だったな。こいつを殺そうとする気持ちはわからんでもないが、止めておけ。お前は手を汚すべきではないよ、浩太」
「……エヴァ? 何で、お前がゴボニィ⁉︎」
聞き慣れた彼女の声が聞こえ、正気を取り戻した浩太の手を掴んでいたのは、ここにいないはずのエヴァだった。
足元の影が揺らいでいるのが確認できる。どうやら影の転移でここまで飛んできたようだ。
我に返った浩太が声をかけたが、それは最後まで続くことはなく。容赦ない彼女の蹴りが側頭部を捉え、蹴り飛ばされてしまった。
一体その幼児体型のどこにそんな力があるのか、小一時間ほど話し合いたい。
「ッたいな⁉ いきなり何しやがる!」
「お前は明らかに正気を失っていたぞ? それを止めてやったんだ。甘んじて受けろ」
「……それに関しては、マジで助かった」
ふんっ、とエヴァは振り返り、浩太が人殺しに走るきっかけを作った男を睨む。
睨まれた本人は突然現れた少女に目を白黒させていたが、落ち着きを取り戻していくと、今度は厭らしい目で舐め回すように彼女の肢体を見ていた。
エヴァは黒のワンピース一枚というシンプルな格好。
一応マントを羽織ってはいるが、陶器のように白く伸びた手足を強調するだけで意味がなかった。
十人が見れば十人が振り返るほどに、彼女の姿は美しかった。
浩太は見慣れているせいか、あまり反応しなかったが。
「どこから出てきたのか知らないけど、まるで人形みたいな子だ。よし決めた。君をぼくの人形にしよう。そしたら毎日可愛がってあげるからね」
「お断りだ。浩太、女どもは私がやってやるから。お前は男どもを何とかしろ」
「わかった、任せてくれ」
括繰の言葉を無視して、二人は集団へと突貫する。
エヴァは魔法を使うまでもなく、女性たちの首に手刀を落として意識を奪う。
おお、と浩太は感嘆の声を漏らす。
エヴァは伊達に六百年生きているわけではない。魔法だけでなく体術に関しても超一流の達人なのだ。
「悪いけど、眠っててくれ」
浩太は男たちに接近すると、軽く顎を撫でた。
それだけの行為で、彼らはバタバタと倒れていく。
触れた瞬間に小さく気を放出。その衝撃が脳を揺らし、気絶させる。
ものの数十秒ほどで、操られていた彼らの無力化を完了した。
括繰の顔から余裕の色が消える。
ここまで呆気なく終わるとは思っていなかったのだろうか。
「そんな、こんな簡単に……ぼくの人形たちがやられるなんて」
「意思のないものなど、容易に対処できるさ」
「……クソがっ、だったら君を人形にして!」
怒りを露わにした括繰は操作板から魔力糸を伸ばすと、エヴァに向けて射出した。
エヴァを操ることができれば、即戦力としては申し分ない。
避けることなく受けたエヴァの体に魔力糸が巻きついていく。
ニヤリと笑みを浮かべた括繰は操作板を動かす。エヴァを操り、浩太を倒す腹づもりらしい。
けれど、彼の意に反してエヴァが動くことはなかった。
彼は酷く狼狽した様子で、操作板を忙しなく動かすが一向に変化はない。
「な、何で⁉ 確かに糸は巻きつけたはずなのに!」
「ハッ! この程度の力で私を操ろうとは片腹痛い。貴様がいくらやったとしてもこの私を操るなど不可能だ」
「……うそだ、うそだうそだうそだうそだ! ぼくは力を手に入れて強くなったんだ! この力で虐めてきた奴らに復讐してきたんだ! ぼくに操れないものなんてないんだよ‼︎」
現実を受け入れられない括繰は、壊れたように叫び出す。
浩太は、彼に哀愁を帯びた目を向けていた。
「かわいそうな奴だな」
「……何だって? ぼくが、かわいそう? 一体何を言ってるんだ」
「お前はその力を手に入れて、虐めてきた奴らに復讐しているわけだが。結局、後ろに隠れて自分では何もできない臆病者だからだよ」
「……黙れ」
「お前は虐められている時、現状を変えようと何かしたか? 虐めが酷くなるのが怖くて何もしなかったんじゃないか?」
「黙れって言ってるだろォ‼︎」
激昂した括繰が先より倍の魔力糸を伸ばす。
今度は浩太に向けて魔力糸を射出するが、魔力糸は浩太には届くことなく空を切る。
「遅えよ」
引き絞られた拳が弾丸さながらの威力で振り抜かれ、見事に括繰の顎を打ち抜いた。
あまりの衝撃に彼は吹き飛んでしまう。
床をニ、三度跳ねたところで彼の体はようやく止まった。
「終わったな。さて、あとは魔道具の回収とあいつの記憶を消して終わりだ。――と、言うわけで浩太。血を吸わせろ」
「……朝も吸っただろ」
「影のゲートを使ったからもう魔力がないんだよ。ええい! さっさと吸わせろ」
「そうだった畜生⁉ あ、ちょっと待っ――アァアアアア!」
後日談になるのだが。
あの後記憶を消された括繰は虐めも無くなり、今では普通の生活を送っている。
虐めっ子たちは雅敏が声をかけたようで、彼に手を出すようなことはなくなったそうだ。
雅敏も最初は陰口を叩かれていたが、徐々にではあるが周囲の人間から認められつつあった。
こうして、今回の事件は終結した。
しかし、散らばった魔道具がひとつだけとは限らないので、今後は魔道具の回収も検討しなければならない。
そして、浩太自身も決着をつけなければならない問題を抱えている。
問題は山積みだ。
けれど一先ずは戻ってきた平穏な日々を謳歌しよう。
最近は雅敏が付いて回って鬱陶しいが、そんな毎日が悪くないと、浩太は思った。
話が急展開ですまない……。
日常のネタがない。誰かネタを、ネタをください!
浩太の魔法の始動キーも考えなきゃ(使命感)。
読了ありがとうございました!