あの事件から一ヶ月の月日が流れた。
あれから浩太とエヴァは休日を利用して、魔道具の回収を行っている。
もちろん、ただの捜索ではない。
捜索する時の移動手段は、常に浩太がエヴァを背負って瞬動で向かう。人通りのある道を瞬動で駆け抜けると騒ぎになってしまうので、その場合は虚空瞬動で上空を移動する。万全を期して、エヴァが認識阻害の魔法をかけているので見つかる心配もない。
この一ヶ月の間に行われた地獄のような修行で虚空瞬動を身につけたわけだが、もう二度とあんな修行はしたくない、と浩太は心に誓った。
浩太は捜索で少しは修行をサボれると期待していたが、あっさりと希望を砕かれてしまった。その時にエヴァが浮かべていたとてもイイ笑顔は記憶に新しい。
こんな時にも修行させることを忘れないエヴァさん、マジパネェッス。
この一ヶ月のうちに回収した魔道具は十三個。
魔道具の捜索は困難を極める、と思っていたのだが、思いの外回収が捗っている。
魔道具は魔力に惹かれる性質があるようで、曰く付きの場所や骨董店に紛れていることが多く、そこを中心に探し回った。
何故、骨董店も探すのか疑問に思ったが、長年使われてきた物たちにも魔力が宿る。日本でいう付喪神みたいなものだ、とエヴァが言っていた。
今日も二人は四度目になる捜索を行っていた。――手がかりがあるわけではないので、当てもなくぶらついている、とも言うが。
流れついた魔道具の詳しい数はわからない。麻帆良の侵入者の魔道具の一部、もしくは全てこっちの世界に流れていると考えると頭が痛くなる。
すでにこの街にある曰く付きの場所や骨董店は回ったので、もうすでに目ぼしい場所が残っていなかった。
けれど、探さないわけにもいかず、街に繰り出しているのが現状だ。
もうひとつ、考えられるのは括繰のように魔道具を拾い、所持している者。
所持しているかを見分ける方法はある。それは、魔力の流れを見ることだ。
所持していると、魔道具に刺激された魔力が励起状態に変化する。
本来なら魔力を扱う術がない人間は魔力が眠っていて、流れがない。それが基底状態。ほとんどの人間がこの状態で、励起状態にあるのは魔法関係者ということになる。
しかし、魔道具が魔力を欲して眠っている魔力を刺激し、呼び起こしているのだ。
浩太も、この間の括操のように魔道具が使用されれば魔力の流れを見ることができ。しかし、魔道具を介さない魔力に関しては、まだまだ見分けることが出来ず戦力外。
そのため、ここは六百年のキャリアを持つベテラン魔法使いであるエヴァに頼る他ない。
その所為か、最近エヴァは何か頼む度に血を吸ってくる。朝に一度吸われている浩太からすれば、とても辛いものだった。
何故、そこまで血を吸うことに拘るのだろう。
魔力を回復させること以外に理由があるのではないか、と浩太が勘ぐるのも仕方ない。その理由には皆目見当がつかないようだが。
全ては、エヴァのみぞ知るところである。
エヴァを背負いながら、浩太は深くため息を吐いた。
頭の後ろで、今のため息に対して思うところがあるのか、軽い頭突きをしてくるエヴァ。だが、全く痛くない。むしろ、微笑ましいまである。
振り返ることなく頭突くエヴァを想像して、笑いが溢れた。
そうしていると、エヴァが耳元に寄って小さな声で囁いた。
「おい、浩太」
「どうしたんだよ?」
「ゆっくり後ろを見てみろ」
言われるがまま後ろを確認するため、僅かに振り返る。すると、視界の端に全身コートの如何にも怪しい大男が映った。
「気のせいかと思ったが、あの男。私たちを一定の間隔でつけてきているな」
「つける? 何のためにそんなことするんだよ」
「奴から魔力の流れを感じる。――魔道具持ちだな。恐らく偶然奴の標的にでもなったのだろうな」
魔道具持ちと聞き、浩太は意識を切り替えた。
ここでは人通りもあり人を巻き込んでしまうため、角をいくつか曲がっていき人通りのない場所へと移動。この先に、滅多に人が訪れない空き地がある。
説得するにせよ、実力行使するにせよ。まずはそこに誘導してからではないと始まらない。
どちらにせよこれから起こる面倒ごとは避けられないだろう。
浩太は乾いた笑いをこぼしたのだった。
二人は数分後、空き地に到着した。
周囲には人ひとり確認できず、閑散としていた。
ここは元々ビルの建設が予定されていた場所なのだが、他に良い立地条件の物が見つかったらしく、半ばまで建設準備されたまま鉄材などが放置されていた。そのため滅多に人が来ないという訳だ。
ここなら気兼ねなく暴れられる。
すでに暴れること前提の考えになっていることには、突っ込んではいけない。
少しして浩太たちをつけていたコート姿の大男が空き地に足を運んだ。
大男は浩太たちが敢えて人目を避けたことを理解しているようで、その上でこちらの誘いに乗ったようだ。
まるで浩太たちを、いや
値踏みが終わったのか大男は顎に手を当て、満足そうに頷いた。
「……やはり、私好みのイイ体をしている」
大男の開いた口から低く掠れた音が響く。その声が空き地に広がっていき、浩太たちの耳朶に響いた。
凄みのある声に思わず身構える浩太。
そして、浩太は違和感に気付く。気付いて、しまった。できれば聞き間違いであってほしい。そう切に願いながら、エヴァに声を投げかける。
その時、浩太の声が震えていたのは、きっと気のせいではないだろう。
「……なあ、エヴァ」
「何だ」
「今、あいつ『イイ体』って言ったよな」
「言ったな」
「あいつはエヴァに目もくれずに、俺を見てたよな」
「そうだな」
「……ってことは、今の発言も俺に対して?」
「まあ、そうなるな」
「…………」
「…………」
((あ、こいつ
二人の心が一つになった瞬間である。
青褪めた顔をして、浩太は貞操の危機を感じた。流石のエヴァもドン引きものだ。
ゴミを見るような冷たい目を向けると、大男は犬のように荒い息を吐く。更に頬を赤く染めて、口端からよだれが薄っすらと垂れているのが見えた。
目の前の現実に、浩太はどうしようもなく泣きたくなった。
今すぐ家に帰って泣き叫びたい気持ちに駆られるが、それを何とかグッと堪えた。それだけでも浩太は偉い。これが浩太ではない一般人ならば泣き喚き、逃げ出していたこと間違いなし。
目の前の大男が魔道具さえ所持していなければこんなことにはならなかった、と沸々と腹の底から怒りが湧き出してきた。
「う〜ん、イイ目だ。蔑んだものから今度は怒りに変わったなぁ。クッ、ゾクゾクして堪らなくなるじゃないか⁉︎ ――今こそ全てを曝け出す時! ハッァ!」
裂帛の気合いと共に、大男は着ていたコートを解放した。
そして、そこには、
一切何も身につけていない全裸の大男が立っていた。
唯一、その体を隠していたコートが失くなったことで、とても世間やお茶の間では見せることのできない光景が浩太の目の前に広がっていた。
真っ正面から見てしまった浩太は、突然のことに頭が真っ白になった。隣に控えていたエヴァもモロに見てしまったようで、吐き気に口を押さえる。
浩太はその光景を理解するために、たっぷりと数十秒ほど時間をかけ、
「何つうモン見せやがるこの変態!」
理解すると同時に、強く握りしめた拳が大男の顔面を殴り飛ばした。
☆☆☆☆☆
「はぁ、はぁ、うっマジで気持ち悪い……」
「……同感だ。あの悍ましいものを今すぐ記憶から消し去りたい」
すでに二人は満身創痍。
浩太だけでなく、エヴァまでもここまで憔悴している姿は珍しい。六百年を生きた吸血鬼といえども、エヴァも女性であることに変わりはないのだから仕方がない。
肩で息をしながら、殴り飛ばした大男を確認すると、仰向けで大の字に倒れていた。そのため直視することが憚れるモノが白昼の下に曝されている。
この街にはロリコンと変態しかいないのか、と浩太は頭が痛くなった。
「イイパンチだ。危うく意識を飛ばしてしまうところだったよ!」
むくり、と立ち上がると恍惚とした顔で今しがた殴られた部分をさする大男。うん、この絵面はとても気持ち悪い。
そのまま死ねばよかったのに、という言葉が飛び出しそうになるが、逆に喜ばせてしまいそうなので我慢する。
「さて、もっと君との時間を楽しむためにこれを使うとしよう」
そう言って、奴は投げ捨てたコートから鞭と荒縄を取り出した。
恐らくエヴァが感じとった魔道具だ。
「あれ、どんな力があると思う?」
「鞭ならある程度想像つくが、あの縄に関しては全くわからん」
二人が荒縄の能力を推し量りかねていると、荒縄が一人でに動き出すと大男の体に巻きついていく。強く締めつけているようで、こちらまでギチギチと縄の音が響いている。
何故そこまで強く縛っているのだろうとか、恍惚とした顔で荒い息を吐いているとか、絶対に突っ込まない。突っ込んだら、負けてしまう気がした。
「どうしたんだい? 攻めてこないのかい⁉︎ さっきみたいに遠慮なく殴っておくれよぉ! さあさあさあ! これ以上は待ちきれなくて私から攻めに行ってしまうよ!」
「ッ!」
捲したてるように叫んだら大男は一歩踏み出すと、浩太の体目掛けて鞭を振り下ろした。咄嗟に浩太は片手でエヴァを抱えると、後ろに飛んで鞭を回避する。
しかし、振り払われた鞭は動きを止めることなく、伸びた。そのまま鞭は蛇の如く動き、浩太の無防備な腕に叩きつけられる。
予想外の攻撃に避けることが出来ず、まともに受けってしまった浩太は腕に走る鈍痛に顔を顰めた。
「大丈夫か⁉︎」
「なんとか。でもスッゲェ痛い。伸びるとか反則だろう……」
「あの鞭そのものに自動追尾の効果がありそうだな。それと鞭の長さを伸ばすこと。これが大まかな能力か」
「なのにこの威力とか。鉄パイプで殴られたみたいだ」
「あれは魔道具だ。魔力が通っている分強化されているに決まっているだろうバカめ」
「全く持ってその通りです」
エヴァの正論に、思わず目を逸らす浩太。
「とにかく鞭を避けてデカイのを一発叩き込めばいいわけだ」
「言うほど簡単にはいかんだろうがな。あの縄の能力も皆目見当がつかない。チッ、魔法が使えればあんな変態一瞬なんだがな」
忌々しそうにエヴァが舌を打つ。
このままでは彼女を巻き込みかねないと、浩太は後ろに下がるように言った。彼女は渋々といった様子で後ろに下がっていく。
その顔にはでかでかと不本意と書いてあり、それを見て浩太は苦笑した。
すっと構えて、全身に気で強化を施す。
浩太は一気に間合いを詰めて、鳩尾に拳を叩き込むために地面を蹴った。
「やっとヤル気になったようだね。さあ、どこからでもかかっグボォ⁉︎」
浩太が瞬動で懐に潜り込み、正確に鳩尾を打ち抜く。
刹那、大男の声が遮られた。
大男の体から力が抜ける。いくら強化されたと言ってもこの一撃には耐えられなかったようだ。
あとは魔道具の回収すれば――
「馬鹿者! まだ終わっていないぞ!」
エヴァの叱咤が静寂を切り裂く。
倒したと思い、浩太が気を抜いたほんの一瞬。エヴァの声に反応するよりも早く浩太は腕を掴まれていた。
それは倒したはずの大男の手。
咄嗟に振り解こうと抵抗するが、ビクともしない。そうこうしている間に、
「今のはとても効いたよ。一瞬だけ気を失ってしまった! 実は私、攻めるよりも受ける方が好きなんだ! 折角良いものをもらったからね! お返し、だ!」
「ッグ⁉︎」
掴まれた腕を引かれて引き寄せられる。
目の前に待ち受けていたのは大男の固い石頭。
浩太は避けることが出来ず、それを顔面で受けてしまった。
腕の拘束を解かれ、後ろにたたらを踏んでよろめく。
そして、休む間も無く上段蹴りが叩き込まれて鉄材の山へと吹っ飛ばされる。浩太の体は鉄材に突っ込み、崩れた鉄材の中へと消えてしまった。
「おっと? ついつい力み過ぎてしまったようだ。まあ、この程度で潰れる男ではないだろう。まだまだ楽しみ足りないし、あそこにいる子供でも使えば立ち上がってくれるかな? ――おや?」
そう言って、大男はエヴァが下がった方に目を向ける。
しかし、そこには彼女の姿はなく、鉄材が転がる音だけが虚しく響いていた。
☆☆☆☆☆
ぼうっとした意識の中、近くで甲高い音が耳朶を叩く。
徐々に意識が戻り、最初に見たのは間近に迫ったエヴァの顔だった。
美しく輝く金髪、白く透き通り人形のように整った顔に目を奪われる。
けれど、その美しい顔には似合わない険しい表情が張り付けられていて、その瞳に確かな怒りが燃えていた。
「馬鹿者。常に気を抜くなと教えたはずだぞ」
「ごめん……」
エヴァはいつものように怒鳴ることはなく、ただ静かに、言い聞かせるように言った。
それが、どうしようもなく恐ろしく感じた。一思いに怒鳴り散らしてくれたなら、どれだけ良かっただろうか。
浩太は彼女の顔を直視することに耐え切れず、目を逸らした。
けれど、今の二人の状態は仰向けの浩太の上にエヴァが覆い被さっている。
障壁を展開したエヴァが浩太を庇ってくれたからだ。そのため目を逸らしても、視界の端で今も尚彼女の鋭い眼差しが向けられているのが分かった。
「ごめんなさい……」
今の浩太には謝ることしか出来なかった。
今回は、いや、今回も浩太の落ち度。エヴァに怒られるのは仕方のないこと。なのに、それが情けなくて涙が溢れ出そうになる。
何よりもエヴァに嫌われてしまうのではないか。それが、一番怖かった。
真上からため息が聞こえて、浩太の体が恐怖で震え、ギュッと目を瞑った。
そして、エヴァの手が浩太の顔を包み、正面を向かせる。目の前には先ほどの険しさはなく、呆れたように笑うエヴァの顔が映った。
浩太はその光景に思わず目を丸くしてしまう。
「そんなに怯えるな、別にお前を責めている訳じゃない。怒ってはいるがな。お前に死んでほしくないから言っているんだ」
「ごみぇん……ふぁにすりゅんだよ」
再び浩太が謝罪しようとすると、エヴァが頬を引っ張って阻む。
「謝るのはもうなしだ。あの縄には身体強化の効果があるようだな。あのタフさと力にも頷ける。それを見抜けなかった私にも落ち度がある。すまなかった」
「エヴァが謝ることなんてない。結局は俺も悪いんだし、これでおあいこってことで。よし、この話終わり」
「……そうか、そうだな」
クスクスと二人が笑い合う。
エヴァの笑顔を見ただけで、先ほどまでの恐怖がいつも間にか嘘のように消えた。存外自分は現金な奴だな、と浩太は苦笑を浮かべる。
「取り敢えず、どうやってあいつを倒そうか? さっきと同じやり方でも良いけど、あれ以上となると殺しかねないし」
「私の魔力もあと数分で尽きる。私もサポートに回れば問題なく勝てるだろうが、ここまで手酷くやられたんだ。自分の手で片をつけたいだろう?」
「ああ、絶対に俺があいつを倒す」
「な、なら、一つだけ即席で強くなる方法がある」
「本当か⁉︎ だったらすぐやろうぜ」
「あ、ああ……」
提案したエヴァは顔を赤く染めて、だんだんと語気が弱くなっていく。
普段の彼女らしからぬ態度に浩太は眉を顰めていると、か細い声が漏れる。
「そ、その、
「
「簡単に言えば主従契約を結ぶものだ。この場合、私が主人でお前が従者。主人が魔力を送って強化することもできるが、生憎今の私では出来ない。そこで
「アーティファクト? 魔道具みたいなものなのか?」
「似たようなものだ。アーティファクトは従者の潜在能力を更に引き出すアイテムだな。お前の潜在能力は高い。だから強力なアーティファクトが出るはずだ」
「おお! で、どうやってやるんだ?」
「その、――ス、だ」
エヴァはゴニョゴニョとして上手く聞き取れない。
何故そこまで言いづらそうにしているのかと浩太は首を傾げた。
「もう一回言ってくれ。全然聞こえなかった」
「だから、キスだ! キスで
「キス」
「そうだ。そ、それも深い方だ」
「深い方」
エヴァが羞恥に顔を染めて叫ぶ。
それを聞いた浩太も瞬時に顔を赤く染め上げた。
「ほ、他に、方法は?」
「残念だがない。私が魔法を使えれば話は別だが血を吸っている暇もない。だがここ最近回収した魔道具の中に都合良く使い捨てのスクロールがあってな。それはキスでしか結べないものなんだ」
「いや、そもそも何でそれを持ち歩いてるんだよ」
「……たまたまだ」
「え、いや、でも――」
「たまたまだ! 本人がそう言ってるんだからそれで良いだろう⁉︎」
「イエス、マム!」
これ以上何か言おうものなら後が怖いので大人しく頷く。
これからエヴァとキスをする。
そう考えると自然に、彼女の唇に目が向いてしまう。
いつも血を吸われる際に首元に押しつけられていた、あの柔らかな唇。それが、今から浩太の唇と合わさる訳で、
「――というか、何でエヴァもそんなに恥ずかしそうにしてんだよ! こっちが余計恥ずかしくなるんだけど」
「し、ししし仕方ないだろ! 生まれてこの方六百年。一度もキスなどしたことがないんだよ! そういうお前はどうなんだ! まさかしたことがあるのか⁉︎」
「ないよ! 俺も生まれてこの方一度もないよ! ましてや今まで彼女もいたことないわい! ――あれ? 何だろう自分で言っておいて目から汗が」
「そ、そうか。……よかった。浩太もしたことないんだ」
エヴァが何か呟いていたが、さめざめと涙を流す浩太が気付くことはなかった。
「そ、それじゃあ、やるぞ……」
「お、おう。どんとこい!」
ヤケクソ気味に浩太が言い放つと、エヴァはスクロールを発動させる。
すると、浩太とエヴァの下に淡く輝く魔法陣が形成されていく。
決心したようにエヴァが浩太の両頬を包み、接近する。ゆっくりと、確実に二人の距離が埋められていく。
――そして今、二人の距離が零になった。
閃光が二人を包む。
エヴァの小さな舌が絡みつく深いキス。合わさった唇と舌に燃えるような熱が宿る。
スッとエヴァが顔を離すと、二人の唇に唾液の銀橋が架かった。
二人の間に出来た空間に一枚のカードが現れる。
そこには黒い刀を持った浩太が描かれていた。
これが、
二人は目を合わせて、コクリと頷いた。
閃光が消えていく。
大男は腕で目を庇いながら、それを見ていた。
次の瞬間、崩れた鉄材が吹き飛んだ。鉄材が大男を襲うが、それを避けることはなく全身で受け止めるあたり、もう手遅れな変態だ。
「ようやくかい?」
「ああ、悪いな。あんたこそ何で待ってくれてたんだ?」
「その方がイイ思いができると直感したからさ!」
「ああ、うん。聞いた俺が馬鹿だったわ」
浩太は呆れて、ため息を吐く。
「カードの使い方はさっき教えた通りだ。勝ってこい」
「ああ、勝ってくる」
エヴァの隣から大男の前まで歩いていく。
浩太は深呼吸をニ、三度くり返して心を落ち着かせた。
「今度こそあんたをぶっ飛ばして警察に突き出してやる。それで終わりだ」
「それは無理だなぁ。私はまだまだ楽しみたいんだ。それに君に勝つことで、君の大事な貞操を奪うと決めているからね」
「……あんたが今まで捕まらなかったことに驚きだよ」
大男は不敵な笑みを漏らすと、鞭を構えた。
浩太もカードを構え、エヴァに教えてもらった魔法の言葉を紡ぐ。
「
それが合図となり、大男が鞭を振るう。
浩太は目の前に現れた黒い刀を掴む。それはカードに描かれていた黒い刀だった。
刀を抜く暇などなく、鞘に収めたまま鞭を弾いた。 気を抜かず、鞭の自動追尾に備える。
しかし、鞭が先ほどのように浩太を追尾することはなく、弾かれたまま大男へと戻っていった。
追尾が来なかったことに浩太は目を丸くする。それは、大男も同じだった。
「これは……。そうか、それが刀の能力というわけか。一体、何をしたんだい?」
「それが俺もさっぱりでね」
「なら分からない内にヤらないといけないな!」
先ほどよりも早い一撃。
避けることは造作もないが、この刀についてもっと知る必要があると判断した浩太は避けることなく、同じように鞘で弾く。
警戒するが、やはり鞭が追尾してくる様子はなかった。
今度はこちらからと瞬動で後ろに回り込み、鞘をつけたまま脇腹を薙ぐ。
鞘は吸い込まれるように脇腹を打つと、鈍い音が響く。
同時に呻き声と共に大男が片膝を地面につき、苦しそうに荒い息を吐いた。
一度距離を取るために後ろへと下がり、隣のエヴァを一瞥して、
「なるほど、だいたい分かった。この刀の力は異能の無効化ってことか」
「その刀の銘は確か
「
浩太がそう呼びかけると、僅かに禍太刀が震えた気がした。まるで浩太に応えているよう。
「さっさと倒してこい。私はもう腹が減った」
「はいはい。ご主人様の仰せの通りにしますよっと」
従者のように答えると、エヴァはご、ご主人様⁉︎ と顔を赤くして固まってしまった。
固まる彼女を置いて、浩太は大男へと目を向けると、ちょうど苦痛に顔を歪ませながら立ち上がるところだった。
能力を無効化したことで、ようやくまともに攻撃が入ったようだ。
もう先ほどのようにお喋りをする余裕もないのか、すぐに鞭を振るう。
それをまた弾こうとしたが、鞭が鞘へと巻きつけられる。無効化される前に鞭を操り、浩太の動きを封じに来たようだ。
大男はニヤリと音が出そうな笑みを浮かべると、そのまま鞭を強く引く。浩太が近付いてきたところを仕留めるのだろう。
だが、浩太はその場から少しも動かない。
大男は焦るように鞭を引くがビクともしない。
当然だ。先までは殺さないように加減をしていたが、加減をする必要がないのならエヴァの下で修行を積んでいる浩太に軍配が上がる。
この綱引きの勝敗など、やる前から決まっていた。
「せー、の!」
腕に力を込め、禍太刀をしっかりと握り込む。
そして、大男を勢い良く釣り上げた。
「うぉおおおおおおお⁉︎」
野太い悲鳴が迫る。
それを尻目に刀の小尻を掴み、突っ込んでくる大男の腹に柄頭を叩き込んだ。
その衝撃は彼の肺に残る空気を全て吐き出される。
怯んだ隙に鞭を絡め取って後ろに投げ捨てると、次いで鞘から刀を抜き放ち、荒縄を斬り捨てた。
この間、僅か三秒である。
「グァア、ク、とても、イイ、一撃だ! まだ、まだだ……まだ終わらんよ!」
「おいおい、大人しく寝てた方が楽になるぞ」
「それは無理な相談だ。私は一秒でも長くこの至福の時間を味わっていたいからね」
「ああ、そう……」
荒縄を斬ることで能力は失われたはずだが、依然大男は倒れる様子がない。むしろ、先ほどよりも興奮していた。
重い一撃を食らっても倒れないことはすごいと思うが、相手が変態なだけに素直に賞賛できずに浩太は呆れて言葉も出ない。
浩太は「
大男は浩太の行動に一瞬目を丸くする。
「どういうつもりだい? 刀を消したりして。それを使えばいいじゃないか」
「もうあんたに使う必要がないだけさ。それじゃなくても喜ばせるだけだろうしな。それに、安心しろよ。次の一撃で終わるから」
「それは残念だ。まだ私は君の貞操をもらっていないからね」
両者構える。
そして、同時に地面を蹴った。
大男が拳を繰り出す。少し遅れて浩太も拳を振り抜く。
眼前に迫る大男の拳。浩太はそれを真横すれすれで躱すと、大男の顎を正確に撃ち抜いた。数瞬後、大男の身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
浩太は今度こそ大男が気絶したことを確認すると、脱力してその場に座り込んだ。大男の表情はとても満足そうにしていて、何だか複雑な気分になった浩太だった。
☆☆☆☆☆
「それではこいつの身柄はこっちで預かるよ」
「お願いします」
あの後、すぐに警察に通報。
到着した警察官、戸塚さんから事情聴取を受けていた。
警察が来るまでにエヴァとは口裏を合わせておいて、変態に襲われて返り討ちにした、とだけ話した。
当然、魔道具のことは伏せた。警察とはいえ魔道具の存在を知られるのは拙いと判断したからだ。
大男は戸塚さんの指示でパトカーに詰め込まれる。
そして彼は浩太へ振り返ると、
「そういえば君の名前は佐藤浩太くん、だったよね」
「そうですが……」
「もしかして良太さんの息子さんかい?」
その名前が出た瞬間、浩太の顔に影がさした。
隣にいるエヴァはそれを感じ取り、怪訝そうに浩太を見る。
「そう、ですね。俺の父です」
「あの事件はとても残念だったね。惜しい人を亡くしたよ」
「……ありがとうございます。そう言って頂けるだけでも、父も喜んでると思います。――それじゃあ、そろそろ俺たちはおいとましますね」
「ああ、もう暗くなってきたし送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。それでは……」
戸塚さんに頭を下げて、エヴァの手を取ると浩太は足早に去っていく。
まるで、この場から逃げ出すように。
「おい、どうしたんだ浩太?」
「何でもない、何でもないよ。それよりも今日は何を食べたい? 腹減っただろ」
「……そうだな。お前に任せるよ」
「それが一番困るんだけどな……」
浩太は明らかに何かを隠している。父親の名前が出た時の浩太を見れば、すぐに分かった。
しかし、それを知られたくないのか、話をはぐらかされた。無理矢理聞こうとも思ったが、いつか話してくれるだろうと、エヴァは大人しく引き下がる。
今はこうして二人きりの時間を楽しもう、とエヴァは浩太の腕に抱きついて微笑んだ。
――背後まで迫りつつある悪意に、気が付かずに。
久しぶりなので変かもしれませんが、読んで頂きありがとうございます!
実は見つけた時からスクロールを懐に忍ばせていたエヴァ。その心情は彼女のみ知るところ。
そして、今回の魔道具とアーティファクト紹介。
・蛇の鞭
伸縮自在の鞭。任意で標的を決めることで追尾する。
・加虐縛縄
締め付けが強くなるほど頑丈になれて、身体能力の強化もできる。特定の者にしか使えない、というより使う人がいない。
・禍太刀
エヴァとの仮契約によって手に入れた浩太のアーティファクト。異能を無効化することができる。