少しずつではありますが、頑張っていきます。
「それじゃあ、学校祭でのうちのクラスの出し物を決めようと思います。一先ず、何でもいいのでどんどん意見を出していってくださーい」
教壇に立つ委員長が、案を出して行くように促す。
それをきっかけに、すぐに何人かの生徒が挙手をしていく。
エヴァが学校に来るようになって半月ほど。浩太たちは今まさに、二ヶ月後に控えている学校祭の出し物を決める会議を行なっていた。
「はい! はーい!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ。じゃあ、加藤さん」
「私は喫茶店がいいと思う! 簡単な軽食と飲み物なら私たちでも準備できるし、喫茶店ならハズレはないと思うの」
「確かに定番だよね。書記ちゃん黒板に書いていってね。それじゃあ、他に意見ある人はいるかな?」
すると、またすぐに挙手する者や案を出すために、グループを作って相談を始める者たちが出来上がる。先生も学校祭に関してはあくまで、生徒たちに主導させるようで、わいわいと騒ぐ姿を見ても止める様子はなく放任していた。
(……学校祭、か)
浩太自身、学校祭が嫌いなわけではない。
だが、何故か面倒ごとに巻き込まれる予感がひしひしとするため、周りのクラスメイトのように盛り上がるような心持ちではなかった。
チラリ、と隣を見やれば、エヴァが周りに気付かれない程度に辟易とした表情を浮かべている。学校一の美女と、男女ともに持て囃されているエヴァのこんな表情を見たら、彼らはどんな顔をするのだろうか。
「行事ごとで盛り上がるキャラじゃないのは分かってるけど、どうしたんだよそんな顔して」
浩太が小さな声で、問い掛ける。
エヴァが渋い顔をして、こちらに顔を向けた。
「私が何年学校祭を経験してると思っているんだ?」
「ああ……それはそんな顔にもなるか」
「別に嫌いというわけではないんだ。私も麻帆良で学生を始めた最初の三年は、楽しんでいたさ。だが、それから何回も繰り返しているからな。流石に飽きるというものだ」
エヴァが登校地獄で、麻帆良に封印されていた期間は十五年。
つまり、学校祭を十五回も繰り返してきたわけだ。年に一回とはいえ、確かにこうも多くては、飽きがきても仕方がないだろう。浩太は自分が同じ立場になっても同じことを思うと同時に、延々と繰り返す恐怖に背筋を冷やした。
「登校地獄のせいで強制的に参加しなければならないし、ジジイに抗議しても『儂じゃ呪い解けんから諦めろ』と言われるし。本当に散々だった。……思い出したら、腹が立ってきたな。ジジイの全身の毛が抜け落ちる呪いでもかけるか」
「やめろ」
呪詛を唱え始めたので、すぐに止める。
周りにクラスメイトがいるのだから、そういうことは人の目のない家でやってくれ。
呪いをかけること自体は止めないのかって?
……呪いを受けるのは、他人だし。こちらに被害が及ばないのなら、思う存分好きなように、盛大にしてもらって構わない。それに
エヴァと過ごす中で、徐々にSっ気が移り始めている浩太だった。
「しかし、周りは元気なものだな」
「まあ、お前みたいに擦れてないし。まだまだ遊びたい盛りだからじゃないか?」
まだ学校祭は始まっていないというのに、学校祭最中のような盛り上がりを見せるクラスメイトたちが、どんどん意見を提案している。
黒板には俺とエヴァが話している間に数々の案が書き出されていた。
・喫茶店
・お化け屋敷
・マジックショー
・人形劇
・映画製作(濡れ場あり)
・メイドカフェ
いろいろな意見が書き出されている中で、一つ。明らかに、問題なものが紛れていた。
「おい、委員長」
「何かな佐藤くん」
「一つ明らかにおかしいものが紛れているんだが、何でそのまま案として書き出しているんだ」
「ああ、映画製作だね。それは池崎くんの案だね」
「その通り! 僕が提案したものさ」
委員長に名を呼ばれ、池崎はキラリと光る爽やかな笑顔を浮かべて立ち上がる。とても、そんな綺麗な笑顔をする奴が出すような案ではないのだが、人は見かけによらないな、と浩太は思った。
「自分で言うのもなんだけれど、僕は顔が整っている。いわゆるイケメンだ」
「本当に自分で言うことじゃないな」
エヴァ、お前が言うな。それはブーメランだ。
「それもこのクラス一と言っていい」
鼻高々に宣言する池崎。自分の顔に相当自信があるらしい。
自信満々な池崎に、浩太を除いたクラスの男子全員の殺意を宿した眼が集中する。
「あいつ堂々と俺たちのこと蔑んだよな」
「処す? 処すよな? 処すか」
「よし、殺そう」
男子たちの殺意は、最高潮に達していた。
全員が池崎の殺害計画を企てているが、当の本人には全く聞こえていないらしい。まあ、自業自得なので放っておこう。
「つまりクラス一の美男子である僕とクラス一の美少女である篠崎さんが主演を務めれば、大勢の観客を動員することが出来る! そうすれば学校祭の最優秀賞を取るのも夢じゃないんだよ!」
「おう。それなら別に濡れ場がある必要ないよな。なんで提案したんだ」
「――ふっ。僕も、男ということさ」
池崎は、したり顔でそう言った。
こいつ、意味が分からないし、気持ち悪いぞ。
男子たちは池崎の言動に身を震わせ、女子たちはまるで汚物を見るような、冷たく蔑んだ眼差しを向けている。
池崎の気持ちの悪い思いを向けられているエヴァは、うっすらと顔を青くして、身を守るように自分自身を両手で抱きしめていた。
六百年という長い時間を生きてきたエヴァにここまでさせるとは、相当だ。
「どうかな篠崎さん。僕と一緒に最高の映画を作ろうじゃないか!」
「は? 絶ッ対に嫌です」
「……おっといけない。どうやら聞き間違いをしてしま――」
「いや、聞き間違いではないですよ。貴方となんて死んでもごめんです」
「なん、だと……」
まさか断られるとは微塵も考えていなかったようで、池崎は驚愕の表情を浮かべる。
私情を含んだ、いや、私情しかない提案だ。相手がエヴァでなくとも断られるのは明白だろう。
「もし仮にやるとしても、それは貴方じゃない」
「なっ、い、一体それは誰なんだい」
「浩太くんです」
迷いなく即答したエヴァは、隣の浩太へ親指を指し示す。
話の渦中に巻き込まれた浩太は、突然のことに口をあんぐりとして固まってしまった。
「そ、そんな。まさか、佐藤くんなんかに、この僕が負けるなんて……」
「おい池崎。お前あとで話がある」
あまりに失礼な物言いに、固まった思考が動き出す。
男子たちはこっぴどく振られた池崎を『ザマァwww』と笑って一度は溜飲を下げたが、すぐに浩太へと標的を変えた。
急に向けられた男子たちの嫉妬の視線に、思わず浩太は後ずさる。
「はいはい。男子たち静まれー」
「元はと言えば、委員長がスルーして書き出したことが原因なんだが」
「まあ、それは置いておいて。池崎くん。篠崎さんが断ったらダメって言っておいたんだから、この案はなしってことでいいよね」
「そ、それは……いや、そうだよ。この僕が断られるなんておかしい!
何かの間違いなんだ!」
「お前なぁ――」
「いや、断られるに決まってるよね」
なおも認めようとしない池崎に浩太が口を開こうとした瞬間、委員長の言葉がピシャリと響いた。
「え、委員長?」
「池崎くんは確かに顔はいいけど、性格と言動が残念過ぎるんだよね。だから割と女子は池崎くんのこと、必要最低限の関わり以外は避けてるんだよ。池崎くんに近付くのは、何も知らない新入生だけなんじゃないかな」
「え、な」
「それに篠崎さんは普段から佐藤くんの家でお世話になってるし、好感度は高め。佐藤くん自体も困ってる人を助けたりして、学校のみんなからの反応は結構いいんだよね。だから、池崎くんじゃなくて佐藤くんが選ばれるのは必然なんだよ」
「ちょ、ま」
「それに池崎くんが選んだのが篠崎さんじゃなくても、みんな断ってたと思うよ? ちょっと気持ち悪過ぎて生理的に受け付けないもの」
「「「「「うん、うん」」」」」
「グハッ……」
委員長の切れ味鋭い言葉のナイフが、池崎を滅多刺しにする。急に打ち明けられた真実と周りの女子たちが、それに同意するように頷いているのを見た池崎は血を吐き出して、その場に崩れ落ちた。
「それじゃ、映画製作はボツってことで。今ある案から決めようと思うんだけど、みんなはどうかな?」
哀れ池崎。
彼が倒れても、最初からいなかったように会議は進行していく。
男子たちも流石に少し不憫に思ったようで、憐れみの視線を向けている。向けるだけで、誰も助けにはいかないが。
彼の今後の人生に幸あれと、天に祈っておこう。
「うーん。せっかく綺麗な篠崎さんがいるんだから、その持ち味を活かしたいよね。となると、やっぱりメイドカフェかな。服を用意して、簡単な仕草と口調を勉強すれば何とかなると思う。それにメイドカフェなら喫茶店と同じように軽食も取り扱えるし、一石二鳥だもんね」
「確かに、加藤さんの言うとおりだね。みんなも他に意見はないかな?」
委員長の言葉に、誰も否定の声を上げない。
むしろ、みんな乗り気のようだった。
「現状は問題なしっと。そういうわけなんだけど、篠崎さん。メイドカフェ、私たちと一緒にやってもらえないかな」
エヴァは指を顎に添えて考え込む素振りを見せる。
だが、浩太には分かる。考えているようだが、その実、非常に面倒くさいと思っていることを!
エヴァの考える姿を見ていた男たちが、全員おもむろに立ち上がり、こちらまでやってくるとその場で土下座を始めたではないか。
「「「「「篠崎さん! どうかメイドをやってください! お願いします!」」」」」
必死の懇願。
純粋に学校祭をより良いものにしたいという思いも根底にあるのだろうが、男子たちの顔を見る限り、下心があるようだった。
「そんなに私にメイドをやってほしいの?」
「是非とも!」
「かわいい篠崎さんのメイド姿が見たいっす!」
「篠崎さんの容姿でメイドをしたら男なんてイチコロさ! 大繁盛間違いなし!」
息を荒げる男子たちが、矢継ぎ早に話していく。
ふむ、とエヴァは一度頷くと浩太へと顔を向けた。
「ねえ、浩太」
「どうしたエ、雪姫……」
「あなたも、私のメイド姿見てみたいの?」
急に何を言い出すんだこの吸血鬼は。
「いきなり何だよ?」
「……いいから、早く答えろ」
訳がわからずに浩太が問い返すと、学校用に取り繕ったものではない、いつもの口調で答えを急かされる。
(エヴァのメイド姿か……)
エヴァの基の素材が最高品質であるため、きっとメイド服を着ても似合うし、その魅力を最大限発揮することができるだろう。きっと、学校祭も成功間違いなしだ。
そう考えて――――
「見てみたい」
浩太は、エヴァにそう答えた。
「そうか、そうか……よし。委員長、ここまで頼まれてしまっては仕方がないですし、私はメイドやっても大丈夫ですよ」
「ありがとう篠崎さん。これで学校祭は最高間違いなしだね!」
エヴァは浩太の返答に数度頷き、満足といった様子で委員長にメイドとして参加する旨を伝えた。委員長と女子たちがエヴァの快諾を受けて喜び、男子たちは涙を流しながら歓喜の雄叫びを上げる。
こうして、俺たちのクラスの出し物はメイドカフェに決定したのだった。
――――恥ずかしくて、絶対にエヴァに揶揄われるから本人には決して言わないが、エヴァの普段見ることのできないメイド姿を見てみたいと思ったことは、心の内に秘めておこう。
無事に学校祭の出し物が決まった浩太たちは、役割を分担し、早速準備へと取り掛かり始めた。
浩太を含めた男子たちは材料の買い出しや教室の装飾、宣伝用看板の作成。
女子たちは軽食類のメニューの考案。本やネットを使って、メイドについて調べている。その中で、エヴァは一家言ある持ち前の服飾スキルを活かし、雑貨店で購入したコスプレ用のメイド服をアレンジしていた。
エヴァ曰く、「この私が着るんだぞ? そのまま着るのではなくアレンジを加えて、今よりも良いものにする」ということだ。
最初は渋っていたのに、何故急にやる気になっているのだろうと浩太は怪訝そうに首を傾げる。……まあ、擦れていると思っていたが、何だかんだエヴァも学校祭が楽しみなのだろうと納得することにした。
現在、男子陣営は宣伝用の看板とポスターの作製を行っていた。男子たちの熱は凄まじく、ああでもない、こうでもないと議論を繰り返している。一体何がこうも男子たちを熱中させているのだろう。男子たちが思春期過ぎるのか、浩太が周りに比べて冷めているのか。恐らくその両方だろう。
熱気に当てられないよう、離れた場所で装飾作りをしている浩太は呆れた目で男子たちを見ていた。
「佐藤くん。いま、大丈夫かな?」
「ん? どうしたんだ委員長」
作業の手を一旦止める。
委員長の方に向き直ると、その手にはメジャーが握られていた。
「佐藤くんって身長何センチかな?」
「一応、175はあるけど……なんでそんなこと聞くんだよ」
「それはまだ秘密で。じゃあちょっと失礼しまーす!」
委員長は意味ありげに、口元で指を立てる。
そして、持っていたメジャーを使って俺の身体を手早く測り始めた。
「ちょ、本当に何なんだよ?」
「そのうち分かるから、それまで待ってね。それじゃあ、ご協力ありがとうございましたー」
委員長は身体のサイズを測り終えると、こちらに問いただす隙を与えず、足早に去って行ってしまった。
委員長はその足で離れた場所で作業をしていたエヴァに合流。そのまま何か話し込んでいる様子だ。男子の給仕用の服でもしつらえているのだろうか。
気になることではあるが、きっと教えてもらえないだろうと、浩太は準備作業へと戻った。
後に浩太は、是が非でも聞き出しておくべきだったと、酷く憔悴した様子で語ることになるのだが、この時の浩太には知る由もないのだった。
「篠崎さん。佐藤くんのサイズ測ってきたよ」
「ん。ありがとう委員長」
「ふふふ。当日、楽しみだね」
「ええ。こちらで調整さえすれば、お客への受けもきっと良いはずだもの」
「でも、本当に着てくれるのかな?」
「それは私に任せて。――――修行をネタにゆするとするか」
・浩太
エヴァのメイド姿を思い浮かべて見てみたいと思ったことは、エヴァに知られると揶揄われることが目に見えているため、墓まで持っていく所存。最近、学校祭が近づくにつれて何故か身の危険を感じている。
・エヴァ
実は浩太が隠した本音に気付いている。だから、面倒ではあるもののメイドカフェに参加することを決意した。来る学校祭に向けて、とある計画を企てている。