山の気温と天気は一日の内に著しく変化する。
朝はまさに秋と呼ぶべき、よく晴れた涼し気な天候だったが、そろそろ昼と呼ぶべき時間帯になってきた今は、空の大半が雲に覆われ、体の底から冷えるような空気になっている。
きっと、あと少ししたら雨が降りだすだろう。
俺は雨が苦手だ。
どんよりとした暗く、雨の音しかしない日は、どうしても心が暗くなる。今までの出来事を思い出す。…………今まで、色々なことがあったけれど、それが自分の望んだことだから、振り返らずに進まなければならないんだ。たとえそれが間違っていても。
「桐、見てください!すごいんですよ!」
文の言葉にふと我にかえる。…………今は、考えるべきじゃないな。
「どうしたの?」
「ありさんが木にのぼってるんです!ほら、もうあそこまで行きました!」
文は、すごいと思う。俺だったらそんなこと、気付かない。……いや、気付いても『すごい』とは思うことがないだろう。ましてや、それを誰かに言おうとはしない。
「ほんとだ。何であんなに速く登れるんだろうな?」
「そうですね。たくさんれんしゅうしたんでしょうか?」
「俺だったら、たくさん練習してもあんなに速く登れないな……」
「そんなことありませんよ!やってみなきゃ分かりません!えいっ!」
そう言うと、文は蟻のいる木の隣にある樹齢百年は超えるであろう木にしがみついた。そしてそのまま上まで登っていき、丈夫そうな枝に腰かけた。文って器用だな。…………え、ちょっと待ってくれ。
「桐ー、ここまで来てくださーい!」
文がいるのは地面から5M以上離れているであろう枝。天狗だから落ちても大丈夫だと思うが……
「文ー、危ないよー!」
「あぶなくないですよー!だから、ここまで木をのぼってきてくださーい!」
「…………分かった」
実を言うと、木を登るのは生まれて初めてだ。というか、木を登る機会がなかっただけだ。木の上に行きたければ飛べばいいし。まず行かないし。
少し不安だが……この身体ならなんとかなる気がするし、やってみよう。
とりあえず、思いっ切りジャンプする。よし、1Mくらいまで跳べた。
さて、ここからどうやって登るか……足を動かしたら落ちる気がする。どうしようか。
「桐ー、えーっとですね、まず、両あしでしっかりみきをはさんでください!」
どうやら文がアドバイスしてくれるらしい……でもな、
「いや、無理だろ……」
この木の幹は直径50cmは超えていると思う。その時点で無理な気がするが、更に難しくなる要素がある。
…………それは服装だ。基本的に今の時代の人達は皆和服。つまり俺も和服。ということはだ。……脚が開かないんだよな。
むしろ、何故文は登れたんだよ……スぺックが高すぎて自信がなくなってきた。
「からだを支えるのはあしなので、まずは手を上にのばしてください!」
手をのばす。何とか脚で身体を支えられている。よし、つかんだ。
「手に少し体じゅうをかけて、かた足ずつ上に上がってください!」
言われたとおり、片足をそろりそろりと上へ上げていく。うわ、落ちそうな体勢だな、コレ。
……あれ、なんか慣れてきた。よし、これなら行ける気がする!
「あと少しです!がんばってください!」
文のいる枝まで手が届く位置まで来た。うん、よく頑張ったな、俺。ここまで来たら、枝に移るだけだ。
「よい、しょっ!」
幹を蹴り、枝を掴む。そしてそのまま円心力で回転し、枝に着地した。……鴉天狗の力ってすごいな。
枝に座り、前を向く。紅葉真っ盛りの山は、鮮やかに彩られていた。
ここから少し離れたところに文の家とその窓から立ちのぼる煙が見え、そういえばそろそろ昼だったな、と思い出した。……そういえば、雨のことなんて完全に忘れていたな。まあ、どうでもいいけど。
「文、そろそろ戻ろうか」
「そうですね……もう少しここにいたかったですけど、そろそろお昼ですし、もどりましょうか」
文の返事を聞き、ひらりと枝から降りる。結構高い位置にいたが、よろめくことなく着地できた。
…………本当にすごいな、鴉天狗、というか妖怪の身体って。