星雲特警ヘイデリオン   作:オリーブドラブ

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 今話は、「小説家になろう」におけるシンカー・ワン先生の作品「特務部隊 電光」とのコラボも兼ねています。こちらも是非ご一読くださいませ!


番外編 星雲特警とソフビ人形

 ――20XX年、5月上旬。

 学校が休みであり、孤児院のバイトもないGW(ゴールデンウィーク)のこの日。火鷹太嚨は、大勢の人々で賑わうデパートに訪れていた。

 

「おーい、太嚨! 何してんだよー! 置いてくぞー!」

「はいはい。今行くから待っててね、(あきら)くん」

 

 彼の腰ほどの背丈しかない、幼い少年を連れて。

 

 ◇

 

 今年に入って、5歳を迎えたばかりである少年――真弓晄(まゆみあきら)は、買い物カゴを持つ太嚨を尻目に玩具コーナーを駆け回り、目当ての品を物色している。そんな腕白少年の溌剌とした立ち回りに、太嚨は苦笑いを浮かべていた。

 

 ――地球守備軍出身である、政府高官。彼の養子となった太嚨は、仕事で中々家に帰れない父に代わる形で、こうして晄とGWを過ごしているのだ。

 

「あっ、あっち見たい! 太嚨、あっち行くぞあっちー!」

「えっ……ちょ、もう晄くんっ。あんまり走ったら危ないよ、こら待ちなさいったら」

 

 「シルディアス星人の災厄」の後に生まれた晄は、惨劇が起きた当時を知らないためか――活力に溢れる腕白な少年に育っており、いつもこうしてあちこち駆け回っては太嚨を振り回しているのである。

 

 彼曰く、「後からウチに来たんだから太嚨はおれの弟! おれが兄ちゃんだからな!」ということであるらしく、いつも「年上の弟」である太嚨の前で、えへんと胸を張っているのだ。

 一方、太嚨も晄のことは実の弟のように可愛がっており――実子と養子ではあるが、2人は血を分けた兄弟のように良好な関係を築いている。

 

「あったぁ! メイセルドのソフビ! ……あれ、でもユアルクがねぇや。しょうがねーなー、他の店回ろうぜ」

「……うん、そうだね」

 

 その理由は――晄の生い立ちに関係していた。

 太嚨が持っているカゴの中に、リアルな等身を再現した「星雲特警メイセルド」のソフトビニール人形を入れた晄は、「星雲特警ユアルク」の人形を探し始める。

 そんな彼の背中を、太嚨はどこか物鬱げに見送っていた……。

 

 ◇

 

 都内有数のデパート。その近くにある玩具屋数軒。それら全てを回り、目当ての人形を探し続けていた2人だったが……思うような成果には至らなかった。

 玩具屋を渡り歩くうちに、いつの間にか都会の喧騒から離れ――寂れた商店街に出てしまった晄は、地団駄を踏む。

 

「ちくしょー! なんで何処にも売ってないんだよー!」

「ユアルク……って言ったら一番有名で人気だし、まして今はGWだからなぁ。この時期に買う親子ばっかりなんだろうね」

「むむぅ〜! まだだ、まだ諦めないぞ! 絶対見つけてやるぜー!」

 

 だが、晄はまだ諦める気配を見せず、意気揚々と歩み出して行く。その粘り強さに感心しつつ、「弟」らしく彼の後ろを歩く太嚨は――過去の記録映像で観た師の勇姿を、独り思い返していた。

 

 ――星雲特警ユアルク。35年前に怒涛の活躍で地球を救った彼の雷名は、今もなお神話級の英雄として語り継がれている。

 5年前の災厄で彼と共に地球に現れたメイセルドも、この星ではヒーローとして認識されているが……それでも、ユアルクの名声には遠く及ばない。それほどまでに、彼という存在は絶対的な正義として、広く認知されているのだ。

 

 そんな彼の人形が、子供達に売れないはずがなく。そんな子供達を持つ親が、GW時の大量入荷に目をつけないはずもなく。

 結果として自分達は、その流れに乗り遅れてしまったわけだ。何処かに一つくらいは売れ残っているだろう、とタカをくくったのが不味かった。

 

 ――国内最大手の玩具メーカー「バンピーポ」。星雲特警や異星人等を商品化しているこの会社では、「リアルを追求した格好良さ」を重点に置いた商品作りを目指しているらしく、主力商品であるソフトビニール人形に、その社風が顕れているという。

 星雲特警や地球特警のようなヒーローは、とことんカッコ良く。ドゥクナス星人やシルディアス星人のような悪の異星人は、徹底的に邪悪に。そんな深層意識が透けて見えるほど、ソフビ人形の造形に強い拘りが窺えるのだ。

 

 それはある意味、異星人の侵略に晒されて来たこの星にとっては、必然の文化だったのだろう。

 星雲特警のようなごく一部の味方を除く、全ての異星人は侵略者であり、悪。長きに渡る戦史の中で、人類はそう結論づけているのだから――こういった玩具にも、異星人を邪悪に描くプロパカンダが行われるのは当然なのだ。

 実際、売れ行きの大半はヒーローグッズが占めているらしく、異星人のソフビ人形はヒーローの半数以下しか売れていないらしい。売れているとしても、それはヒーロー人形に華を持たせるためのサンドバッグ用でしかない。地域によっては、遺族の心情に配慮して販売すらしていない店舗もある。

 

 ――こうして。戦いに関わらない人々の日常にも現れる、憎しみの残滓を垣間見て。太嚨は晄の後ろで、静かに……それでいて深く、息を吐くのだった。

 その後、彼は晄が「メイセルドにやっつけさせる悪役」として買ったシルディアス星人のソフビ人形に、視線を落とす。元星雲特警(ヘイデリオン)の眼に映る、その人形の貌は――彼自身が戦場で対峙してきた本物以上に、凶悪な面構えに造られていた。

 

「んっ……なんだここ?」

「……?」

 

 ――そんな折。ふと足を止めた晄が、小さな玩具屋の店頭に視線を移す。いつの時代かわからないような、古めかしい玩具が並んだその店には――今まで立ち寄ってきたどの店舗とも違う、異様な雰囲気が漂っていた。

 

「なんだぁ、ここ。ヘンな玩具ばっかだな。人形もなんかブサイクだし。……げ、なんだこのユアルク。頭はデカいし手足は細いし、カッコ悪!」

「……」

 

 その景観に、晄は眉をへの字に曲げて、訝しげな表情を浮かべる。一方、太嚨は店頭に並ぶ奇妙なソフビ人形の群れ(ラインナップ)に目を奪われていた。基本的に箱詰めされているバンピーポ製のソフビ人形とは違い、その人形達はヘッダー付きのビニール袋に詰められている。

 

 その人形の等身はリアルとは言い難く、不自然に頭部が大きいし手足は細過ぎる。デフォルメという割には顔付きそのものはリアル寄りで、そこがまたアンバランスであった。

 

 ――だが、それでいてどこか愛嬌があって。機械的なまでに精巧に再現されている、バンピーポ製のソフビにはない温かみ……のような何かが感じられる。

 何より星雲特警であるユアルクと、それ以外の異星人との間に、造形の差異が感じられない――という点が、太嚨の関心を惹きつけていた。見てくれこそ些か不細工であるが……星雲特警も異星人も、平等なディティールで造られていたのである。

 

「……んぁ? なんだお客さんかい? 珍しいなこんなところに」

 

 すると、店の奥から恰幅のいい男性が顔を出してきた。この店を独りで切り盛りしている、店長だ。体毛が非常に濃く、無精髭が目立つ彼は太嚨達を目にして――ぶすっとした表情を浮かべる。

 

「……あぁ、悪いね。ウチには今時のガキンチョに合う玩具はねぇんだ。冷やかしなら帰ってくんな」

「な、なんだとー! おい、太嚨もう行こうぜ! こんなとこ――」

「あの、すいません。この人形って……」

 

 バンピーポ製のソフビ人形を求める客であると即座に見抜いたらしく、店長はしっしっと手を振る。

 客商売をしているとは思えない彼の対応に、晄が眉を吊り上げる一方で――太嚨はこの店のソフビ人形を手に取り、疑問を投げかけていた。今まで巡ってきた玩具屋では、一度も見たことがない形状なのだ。

 

「……まぁ、知らんのも無理はねぇ。なにせ兄ちゃん達が生まれる前に、潰れた会社の商品だからな。かれこれ30年以上は昔の人形だよ」

「30年……ですか」

 

 太嚨が手に取っている、奇妙なディティールのソフビ人形。その商品を入れているビニール袋のヘッダーには、「カウマァク」というメーカーのロゴが描かれていた。

 可愛らしい雌牛のロゴを一瞥し、太嚨は顔を上げて店長と視線を交わす。そんな彼の顔つきから何かを察した店長は、昔を懐かしむように口を開いた。

 

「……昔はな、異星人を信じてみよう、異星人と仲良くやってみようって連中もそれなりにいたんだ。今みたいに異星人共は全員敵、って風潮なんかじゃなかった」

「……」

「だが、現実は厳しくってな。結局は星雲特警以外の異星人にいい奴なんかいない、異星人を信じたら殺される……って、世の中に決め付けられちまった。だから、星雲特警も異星人も、分け隔てなく同じ造形で作ってきたカウマァクは潰れて……異星人を悪し様に見せるバンピーポが生き残った」

「異星人を、分け隔てなく……」

「あぁ。……俺も、ガキンチョの頃は異星人とダチになるのが夢でよ。カウマァクのソフビ人形を毎日欲しがっては、お袋にドヤされたもんさ」

「それで今は……当時の商品を、ここで?」

「……ま、大体は俺が並べて懐かしみたいだけなんだがな。どうせ、カウマァクのソフビ人形が好きな奴なんて……このご時世にいるわけねぇし」

「……」

 

 どこか遠い昔を見つめるように、目を細める店長。そんな彼の横顔を見つめた後、太嚨は自分の手にある人形に再び視線を落とす。

 

「……え? た、太嚨?」

「……」

 

 ――時流に押し潰され、闇に消えた対話への道。かつては存在していた、共生を願う思想。それが許されていた、時代の産物。

 それを見詰めた瞬間――たまたまシルディアス星人に生まれただけの、幼気な少女の涙が、脳裏を過る。刹那、太嚨は人形を握り締めたまま目を伏せた。

 

 そんな彼の異変に――隣でつまらなさそうにしていた晄が、不安げな顔つきに変わる。……その時だった。

 

 かつて共生の道を探していながら、自らの剣でそれを断ち切ってしまった愚者は――店長の前に、カウマァク製のソフビ人形を差し出した。

 

「……この、ドゥクナス星人を一つ。お願いします」

「いいのかい、こんなダサい人形で。そこの坊主は、もっとカッコいい人形と遊びたいはずだが」

「これは自分用です。……持っていたいんです、その時代の人達が作ってくれた物を」

「……ハハ、変わった兄ちゃんだな。あんたみたいな趣味の若いモンなんて、そうはいねぇぞ」

 

 あくまで自分用と言い切る太嚨に、苦笑しつつ。店長は彼の胸中を汲むように、ドゥクナス星人のカウマァク製人形を受け取り……清算を始める。

 すると。隣でその様子を眺めていた晄が、思い立ったように店頭へ向かい――1体のソフビ人形を持ってきた。先ほどまで彼自身が「カッコ悪い」と言っていたはずの、カウマァク製のユアルク人形だった。

 

「……じゃあ、おれはこれっ! おっちゃん、おれ、これにするっ!」

「お? 坊主もカウマァクの人形にすんのかい。今日の客は変人ばっかだな」

「えっ、ちょ、晄くん!? それ買ったら今月のお小遣いなくなっちゃうよ!? 晄くんが欲しいのはバンピーポ製の、リアルでカッコいいユアルクでしょ?」

 

 どこか愛嬌はあるものの、不細工としか言えないユアルク人形。それを買いたいと申し出た晄は、キッとした目つきで太嚨を見上げる。その眼には「決して譲れない」という、強い決意の色が滲んでいた。

 

「……太嚨がそれ買うんだったら、おれもここのユアルクにする! そーじゃなきゃ、釣り合わないじゃん! バランス悪いじゃん!」

「じゃ、じゃあこっちのユアルクもオレが一緒に買ってあげるから。何も晄くんが無理して……」

「やーだ! フェアじゃねーもん! それに……太嚨と遊べなかったら、意味ねーもん」

「……」

 

 駄々をこねるように腕を振る晄を見つめ、太嚨は暫し思案する。

 

 ――この少年は政府高官の子息という立場故、対等な友人というものが殆どいない。今通っている幼稚園にも、彼を通じて政府に媚を売ろうとしている親の子ばかりが来ているという。

 そんな大人達の思惑を意識せず、対等に接してくれる「ともくん」という親友もいるようだが……それはごく稀なケースであり、彼を除けば晄には友人らしい友人がいない状況なのだ。

 養子になって間もない太嚨に、晄がこれほど懐いているのも――そこから来る寂しさに由来しているのである。彼にとっては玩具の出来云々より、太嚨が自分のように、純粋にソフビ人形に興味を示したことの方が重要だったのだ。

 

 ――太嚨も人形を欲しがってるなら、それと一緒の人形でおれも遊びたい。独りぼっちは、いやだ。一緒に遊んでくれる太嚨と、一緒になれなきゃ、意味がない。

 

 言外にそう訴える、晄の胸中を汲み取り――太嚨は観念したように頬を緩めると、店長の方に視線を向けた。その眼差しから意図を察した店長も、フッと笑みをこぼして清算をやり直す。

 

 こうして、2人はカウマァク製のソフビ人形を2体購入し――今日の買い物に、幕を降ろすのだった。

 

 ◇

 

 そして、この日の夕暮れ。実の兄弟のように仲睦まじく、手を繋いで帰路につく2人の胸には――それぞれが買った、カウマァク製のソフビ人形が抱かれていた。

 予想外の買い物を楽しみつつ、彼らは笑い合いながら黄昏の道を歩んでいる。それは戦いの日々から遠く離れた、平和な世界そのものであった。

 

「来月になってお小遣い貰ったら、今度はちゃんとバンピーポ製のユアルク買いに行こっか。夏休みまでには、いい感じにセットが揃うといいね」

「んー……いいや。今度はあの玩具屋で、メイセルド買いたい。こっちのタイプの」

「え……?」

「だって太嚨はこっちの方がいいらしいからな! 兄ちゃんだったら、弟が楽しめるようにしてやらねーと! なんたっておれは、太嚨の兄ちゃんなんだからな!」

 

 えへん、と胸を張る晄は満面の笑みで、手にしたユアルク人形を掲げている。かつてないほどに充足している、その溌剌とした笑顔を目にして――太嚨も破顔していた。

 

「……そっか。兄ちゃんは、弟想いなんだね」

「へへん! だろー!? 兄ちゃん凄いだろー!?」

「うん。……凄いよ、晄くん。君は、凄い」

 

 幼い身でありながら、大人達の思惑に振り回され――それでも笑顔を失わない彼に、自分にはない強さを感じつつ。太嚨は優しげな笑みを浮かべ、黄昏の空を仰ぐ。

 

(……ユアルク教官。メイセルド隊長。異星人とオレ達が、手を取り合えるなんて……所詮は愚かな幻想なのかも知れません)

 

 誰もが悪と糾弾する者を、悪と決めて斬ることが出来ない。そんな人間に、星雲特警という正義の執行者が務まるはずがない。

 ――そしてそんな愚者にしか、出来ない生き方がある。それが、誰にも認められない道であるとしても。

 

(だからこそオレは……その道を信じる、愚者で在り続けます)

 

 そんな己という人間と向き合うように――太嚨は、共生に望みを抱いていた時代の象徴たる人形を、静かに見つめる。

 不細工で、バランスが悪くて。それでいて愛嬌に溢れている、優しげな造形。そこには苛烈な憎しみも思想もなく――ただ、あるがままの願いだけが込められていた。

 

 ◇

 

 ――そして、今から3年後の21世紀後半。

 悪の秘密結社「黒い月」が放つ無機有機合成生命体(ハイブリッドモンスター)が跋扈する、激動の時代の中で――「特務部隊電光」は、正義を背負い戦場を駆け抜けていた。

 

 そんな中、政府は「電光」を鼓舞するプロパカンダのため、彼らを題材にした商品を出すよう玩具業界に命じる。

 ――垂直短距離離着陸機(V/STOL)電光ジャイロや主力装備の電光銃、スティック状から多彩な形態に変形する電光ガジェット等を商品化した「特務部隊・電光シリーズ」が発売されたのは、それから間もなくのことであった。

 

 もちろん、プロパカンダのために生み出された商品展開はそれだけには留まらず――リアル指向のバンピーポ製ソフビ人形も、飛ぶように売れていた。とりわけ部隊の筆頭である「電光レッド」の人形については、品切れになる店舗が続出していたらしい。

 

 ――その一方。とある商店街の小さな玩具屋に、奇妙なディティールで造られた「電光」のソフビ人形が並べられていたのだが。それを知る者は、誰もいなかった。

 

「おーい! おっちゃんいるー!?」

「また来たのかぁ? 物好きになったもんだなぁ、坊主も」

 

 その人形を買う為に、暇を見つけては足繁くそこに通う――真弓晄を除いては。

 彼は拙くも愛嬌のある人形を手に取り、ニンマリと笑みを浮かべる。

 

「明日はな、太嚨の20歳の誕生日なんだ! 兄貴として、弟の誕生日は祝ってやんなきゃなー!」

「……へぇ、そうかい」

 

 そんな彼の笑顔を目にして――店長の男は、憮然としつつも口を緩めていた。

 

 辺境の後方部隊である自然警備隊の出身でありながら、航空隊出身のトップエリート・天羽宙(あもうひろし)に次ぐ成績を残し、電光レッドの最終候補にまで選ばれていた……彼の「弟」。

 

 ――あの青年は優しげでありつつも、どこか寂しげな貌をしていた。恐らくはこの幼子も、子供心にそれを察していたのだろう。

 だからこうして、彼はここに来ているのだ。お互いが抱えている寂しさを、埋め合うように。

 

 過去の「災厄」で妻子を喪い、独り身となった店長にとっては――そんな彼らの姿が、微笑ましかったのである。子供達はこんな時代でも、なお強く生きようとしているのだと。

 

「あー……と。ダメだ、ちょっと足んない。電光グリーンだけ買えないや。しょーがない、レッドとブルーだけでも……」

「……ほれ。グリーン1体、オマケしといてやる」

「え……いいの?」

「ちょうどそういうキャンペーンやってるとこなんだよ。……さっさと持って行って喜ばせてやりな、兄貴なんだろ」

「……おう、サンキューな!」

 

 その喜びが、柄にもない気遣いへと繋がっていた。店長は目を背けながら電光グリーンのソフビを渡し、2体分の料金だけを受け取る。

 そんな彼の意図を察した上で、晄は満面の笑みを浮かべると――3体のプレゼントを握り締め、外へと駆け出していくのだった。

 

「車に気をつけろよー! ……ったく、らしくねぇったら、なぁ……」

 

 元気に駆け出していく子供。自分にはもう望めない、その景色を眺めた後――店長は天を仰ぎ、独りごちる。

 

「……誰だってあんな風に笑えりゃあ、いいのによ」

 

 それは戦乱が絶えず、人々の悲しみが絶えないこの地球に暮らす誰もが――願ってやまないことであった。

 

 ◇

 

 ――その頃、日本の権威を預かる首相官邸では。優雅な自然に彩られた庭園を歩む、2人の男達がいた。

 平和の一翼を担う防衛大臣である男と、かつて侵略者(レギオン)から世界を救い――歴史の教科書にもその名を残している、生ける伝説。彼らはその威光に相応しい、正装と陸軍軍服に袖を通していたが――どちらも、その優雅な服が張り詰めてしまいそうな程の体格の持ち主であった。

 その後ろに続く、軍服に袖を通した1人の少女は、黙々と彼らに付き従っている。

 

「似合わんな、矢城。いつもの野戦服はどうした」

官邸(ここ)で着れるわけないだろう。それに、似合わないのはお互い様だ――蒲生(がもう)さん」

「……失礼ながら、右に同じ」

 

 重厚な年季を漂わせ、低い声で笑い合う矢城正也将軍と――防衛大臣・蒲生丈太郎(がもうじょうたろう)。そして、寡黙な面持ちを崩さない倉城ヒカリ。彼らは風情に溢れる庭園の緑を一望し、談笑のひと時を過ごしていた。

 だが、昔ながらの悪友のように語らう彼らの佇まいに反して――その内容は、日本の行く末を憂う者達の、神妙な談話であった。

 

「『黒い月』……か。また物騒な世の中になったもんだ。『電光』の連中もよくやってくれちゃあいるが、決着がつくのは当分先になるだろう。この星も随分、平和の神様に嫌われたもんだな」

「『電光』といえば……俺の部下が推した候補を蹴ったそうじゃないか。強い奴が大好きな、あんたらしくもない」

「……それは、ボク達も気に掛かっていた。彼の戦闘力は、大臣もお気に召したはず」

「火鷹太嚨のことか? 確かにあいつは、個人としての戦闘力なら天羽宙の上を行く。だが、上に立って部隊を指揮するリーダーとしての資質が足りん。『電光』はチームだ、ワンマンアーミーはいらねぇ。まして隊の命運と国民の安全を背負う電光レッドなんざ、任せられるわけねぇだろう」

「本当にそれだけが理由か? あの坊主が只者じゃないってことは、あんたも知ってたはずだ。真弓元長官の養子で、火鷹吾嚨の息子……そして、『シルディアス星人の災厄』の生き残り。そんなあいつが持ってる、並々ならない力をな」

 

 矢城の追及を受け、蒲生はある青年の貌を思い起こすように――蒼い空を仰ぐ。今が戦乱の時代であるとは思えないほどに、その眼に映る景色は澄み渡っていた。

 

「……なぁ、矢城。俺がなぜ、『電光』を創ったと思う」

「あんたじゃないから知らねぇな。マスコミは口を揃えて、あんたの趣味だと喧伝していたが」

「正解だよ、それもな」

 

 やがて蒲生は、ふっと口元を緩めて――不敵な面持ちで、矢城と視線を交わす。その眼は「黒い月」との戦いより、遥か先の未来を視ていた。

 自分達が消えた先の、未来を。

 

「……ゲオルギウス。鐡聖将。地球特警。俺達は、絶えず敵を倒すための『兵器』を造り続けてきた。強い侵略者が現れるたびに、より強力な『兵器』を……な」

「……」

「恐らくは『黒い月』を打倒した先も、ずっとそれは続くんだろう。平和ってのは所詮、次の戦争のための準備期間でしかない」

「『電光』なら、その連鎖を止められる……と?」

「敵の眼前で名乗り口上。決めポーズ。そんなもん、非効率極まりねぇ。兵器としては失格もいいところだろう。実際、俺の政策にケチを付けてる野党の連中は、そこを槍玉に挙げてきてる」

「……そこまで分かった上でなら、それがあんたにとっての最適解だったってことか」

 

 ――特務部隊「電光」。軍の実力組織としては、極めて特殊(・・・・・)である彼らは、敵を倒すことを至上命題とする「軍人」と呼ぶには異質な存在だ。

 遥か昔の特撮番組のような名乗り口上や決めポーズを経て、初めて状況を開始する。そんな部隊は、未だ嘗て前例がない。だが、蒲生丈太郎という男にとっては、それこそが「電光」に求めた意義だったのである。

 

「国民は……いや、世界の民衆は、いつまでも終わらない戦いに疲れ果てている。より強力な『新兵器』を見るたびに彼らは、ため息をつくのさ。あぁ、まだ終わらないんだ……ってよ」

「……非効率を敢えて強調することで、今までと同じ『兵器』であることを否定する。それが、あんたが『電光』に望んだ在り方、ということか」

「ガキの頃は、憧れたもんさ。このクソッタレな世の中を吹き飛ばしてくれる、カッコいいヒーローが現れてくれねぇかな……ってよ。今が一番、そんな奴らが必要な時なんだよ。それを実現させられるのは、俺だけだった」

「火鷹太嚨を拒んだのも、それが理由?」

 

 矢城とヒカリの追及を受け、蒲生は再び空を仰ぐ。かつて対面したことのある、悲しみを知り過ぎた貌を思い浮かべ――彼は、大仰に肩を落とした。

 

「……『電光』はな、ただの兵器になっちゃいけねぇんだ。今までの歴史とは違うってことを、国民に知らしめるための『希望』なんだよ。このクソッタレな連鎖を終わらせて、人々の疲弊を取っ払うための、イカした『正義のヒーロー』なんだ」

「……」

「だからその中に……あいつを入れるわけにはいかねぇ。戦うことでしか、自分の正義を証明できねぇ奴に電光スーツを渡すわけにはいかねぇのよ。『兵器のヒーロー』はもう、お呼びじゃねぇのさ」

 

 ――蒲生は「電光」の隊員を選出する際、能力の他にある条件を設けていた。

 それは、ヒーローとしての在り方を分かっているか否か……というもの。古き良き特撮のお約束に理解があるか、という奇妙な問い掛けであった。

 

 電光レッドの選考試験を受けた当時、火鷹太嚨はそれに理解を示していなかったのである。見敵必殺を鉄則とする星雲特警だった彼には、特撮のお約束など知る由もなかったのだ。

 ――そして彼は、電光レッドの選考から外され。解っている(・・・・・)天羽宙が、正式なレッドとなった。

 

 蒲生は、太嚨の詳細な経歴を知っているわけではない。「シルディアス星人の災厄」を生き延びた戦災孤児であることと、政府高官に養子であるということまでしか、公式な記録もないのである。

 ――だが、それでも。奥深く刻まれた悲しみを滲ませる、彼の眼は。蒲生にその過去の傷を悟らせるには、十分だったのだ。

 

 全てを知っているわけではない。それでも、その眼を見れば過去の痛みを慮ることはできる。だからこそ蒲生は、太嚨を「電光」には入れなかったのだ。

 

「……だいたい俺はなぁ、ああいう湿っぽいメンヘラ野郎が一番嫌いなんだ。あいつは森のパトロールにかこつけて、一生自然と戯れてるくらいが丁度いいんだよ」

「素直じゃないな、あんたも」

「全く」

 

 ――そんな蒲生の不器用さに、矢城とヒカリはほくそ笑む。その部下の反応が気に入らなかったのか、蒲生は不遜な面持ちで鼻を鳴らしていたが……その口元は、穏やかに緩んでいた。

 

「事実を言ってるだけだ。……おぉ、そうだ『電光』で思い出した。最近、旧い悪友の店が面白れぇグッズを仕入れたらしいんだ。お前も来るか?」

「……仕方ねぇな全く。いい歳こいて玩具屋巡りかよ」

「そう言うな、古い付き合いじゃねぇかよ」

「……義父といい、上に立つ人間に限って困った人ばかり。至極、遺憾」

「いい歳こいてそんな趣味だから、理想を捨てないでいられるのさ。ほら、行くぜ」

 

 やがて彼は、子供のような無邪気な笑みを覗かせると――優雅な足取りで、庭園を後にする。その後ろに続く英雄達は、相変わらず自由奔放な防衛大臣の道楽に、苦笑いを浮かべるのだった。

 

 ◇

 

 ――そして、火鷹太嚨が表舞台から姿を消して。特務部隊「電光」の威光が、戦場を席巻する時。

 

 「星雲特警ヘイデリオン」の物語は、幕を下ろし。

 

「特務部隊・電光ッ! 状況……開始ッ!」

 

 ――「特務部隊 電光」の英雄譚が、産声を上げる。

 

 




 次回からは単独の番外編「四季は移ろい、花が咲く」が始まります! お楽しみに!(*^▽^*)

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