星が綺麗に光っている
そして、まるで空を2つに分かつように、彗星が尾を引いて流れている。それは、まるで夢の景色のように、美しい眺めだ
眼下には、広大な糸守湖が広がり、その周辺にポツポツと家が見える。和洋折衷のデザインで作られている家々は、星々を反射する糸守湖と絶妙にマッチして、これもまた美しさに拍車をかけている
後ろを振り返れば、山の頂上が窪地のようになっており、その真ん中に岩でできた洞窟がある。その中に、宮水神社の御神体が祀られているのだ
俺は、あのとき、三葉と、出会った場所に立っている。
あの瞬間、俺達は、運命だとか未来とか、そんな言葉がいくら手を伸ばそうとも届かない、そんな場所で恋をした
「三葉…」
不意に口にしてしまう言葉は、いつもこうだ。忘れない、もう忘れることはない。なのに、無性に心配になる。
手の届かないところに、どこかに、行ってしまいそうで。
その瞬間
誰かが後ろから抱きついてきた。背中の低いところに、何か柔らかいものが2つ当たるのがわかる
「大丈夫、私はどこにもいかんよ」
そして、優しく、そう告げられる
「あぁ、あの日、あのときから、俺達はずっと一緒だ」
ふと、彗星に手を伸ばす。届かないけれど、もし届いたら、何をしようか。きっと、壊してしまうかもしれない
「あの彗星のせいで、俺達はこんな思いをしてるんだよな…」
「でも…彗星がなかったら、私たちは出会ってなかったんやよ?」
そこで、振り向く。あの日のように髪をショートにした三葉が、そこにはいた
「…今日はショートなんだな」
「…文句あるん?」
「いや、ないです。可愛いよ三葉」
三葉はフンっとそっぽを向くけど、可愛いって言葉に反応して機嫌がよくなる。扱いやすいなぁ…
「…彗星がなくたって、俺達は出会ってたよ、それこそ、この世界がなくなろうと、俺はお前を探し始めてたよ」
「ほんと?」
「あぁ」
そこで、三葉を抱きしめる。三葉も、俺の背中に手を回して、力を込める。三葉のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。髪を撫でながら、その髪に顔を埋める。いい匂いで、あったかくて、幸せだった。
「あっ、匂いかがないでや!」
瀧君が私の髪に顔を埋めて、スーハーし始めたので、思わず体を離してしまう。
「なんでだよ…せっかくいい匂いだったのに」
瀧君は、頭の後ろをかきながら、少しだけ拗ねた顔をする。ほんとにこの男は、乙女心がわかっとらん
「瀧君…そんなことだからモテへんのやよ」
「なっ!関係ないだろ」
「あります〜。瀧君は乙女心が全くわかっておりません」
「く、こいつ!ていうか!三葉だって全然モテてなかっただろうが!」
「私はラブレターもらってるからええんよ!」
「あれは俺がお前になってるときだろ!」
「でも体は私やね!」
「なるほど、つまり三葉は性格がモテないってことか。お前やっぱり俺に人生預けた方がモテんじゃね?」
ニヤッと、瀧君は私を挑発してくる
「はぁー、自惚れんといてよね!瀧君やって私が入っとったほうが今の100倍モテるわ!奥寺先輩とデートの約束までこぎつけたのは誰やと思ってるんですか?」
今度は私も挑発し返す、すると、瀧君は何か思い出したようにこちらを指差す
「あっ!そういえばお前!あのとき奥寺先輩と仲良くしすぎたせいで、先輩からめちゃめちゃなじられたんだからな!俺の人間関係勝手に変えやがって!」
「別にええやろ、嬉しかったくせに…」
私は、フンっとそっぽを向く。ほんとこの男は…
その瞬間、抱きしめられた
顔中に瀧君の服の匂いがする。体全体が瀧君に包まれて、底知れない安心感と幸福感が、体の中を駆け巡り始める
「…抱きしめても許してあげんよ」
「えっ、まじ?」
顔を上げると、瀧君が困った顔をしている。ほんとにこれだけで私の機嫌が直ると思っていたのだろうか。私はそんなに扱いやすくはない
「ちゅー、してくれたら、許してやってもええよ…」
ふいに、そんな言葉を口走ってしまい、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。思わず俯いてしまう。
スッと、瀧君の手が私の顎に添えられて、無理矢理上を向かされる。いつもの、私が逃げられないように、逃がさないようなキス、私はこれが、実は好きだ
「んっ…」
唇を奪われて、思わず嬌声が出てしまう。でも、瀧君のキスはとても上手い。まるで脳みそが溶けてしまいそうになるくらい
そっと、唇を離す
「これで、許してくれるか?」
「んー、しょうがないから、許してあげましょう」
恥ずかしくて、思わずそんな言葉つかいになる。瀧君を見るとクスクスと笑っていた。私もつられて笑ってしまう
2人で笑いあって、抱きしめ合う。とても幸せで、でも…
とても悲しい時間
私たちは、朧げで、いつ消えてもおかしくない、そんな存在。夢のような、記憶のような、曖昧な存在だ。今この瞬間、ここで瀧君と2人でいれることがすでに奇跡だ
「瀧君…私たち、まだ、大丈夫だよね?」
「当たり前だろ、それに、もうすぐ、来てくれるって、三葉も聞いてたろ」
「うん、でも、ちょっと心配で…」
「大丈夫、俺と三葉を、信じよう。きっと、来てくれる」
瀧君は、そう言って私を強く抱きしめる
私も、強く抱きしめ返す。
ふと、瀧君が空を見上げる
「今日は、ここなんだな、てっきり、俺の部屋か三葉の部屋かと思ってた」
「うん、でも、私たちがいるのは、あの日からずっとここやよ。糸守も、瀧君の学校も、ただ、私たちの夢」
「…わかってる。ただ、夢の中でくらい、どこか別の場所を夢見てもいいんじゃないかなって、そう思ったんだ」
瀧君はそう言って、また空を見上げる
日が落ちるとき、昼でも夜でもない瞬間が少しだけある。人はそれを、黄昏時とか彼は誰時などと呼んだ。でも私の故郷の糸守では、こう呼ぶ
「かたわれ時…」
この世界は、この夢は、いつもかたわれ時だ
まるであの日から全てが止まったように、動かない。空を落ちる彗星は、落ちているように見えても、一向にその場を動かない。
私たちは、あの日から止まってしまった
でも、ここには瀧君がいる。瀧君がいれば、たとえ世界がなくなっても、この体が散り散りになろうとも、何も心配ない。瀧君は必ず私を見つけてくれる。この宇宙をゼロから始めることになったとしても
きっと来てくれる
そう信じている
だから、もう心配はいらない
「瀧君…もし会えたら、なんて言う?」
「あー、何年待たせるんだバカ野郎、とか?」
「ふふっ、瀧君らしいね」
「じゃあ三葉は?」
「んー」
私は少しだけ悩む
でも、答えは決まっていた
「見つけてくれて、ありがとう。かな」