第17話「ひとときの休息」
朝起きると、なぜか涙を流している
そういうことは、もうなくなったはずなのに、俺の目からはとめどなく涙が溢れていた。いくらぬぐっても、止まることのない涙が
ただ、不思議なことに、泣いてはいても、そこに悲しみはなかった。上手い言葉が見つからないが、嬉し泣きってやつだと思う。
横を見ると、布団に丸くなった三葉が、俺の手を握って離さない。昨日は、三葉のことを抱いて、それから眠った。三葉と繋がれたことが嬉しくて、泣いたのだろうか、それとも、もはや思い出すことのできない夢を見て、泣いたのだろうか。俺には分からなかった。
「たき…くん…」
三葉の寝言は、ほとんどいつも俺の名前が出てくる。そんな三葉の頭を、優しく撫でる。サラサラの黒髪が、寝癖であちこちに跳ねているのを押さえつけるように。
三葉が寝返りをうつ
すると、三葉の目からも、涙が流れていた
「三葉…」
俺は思わずそう呟いた。三葉の目から涙を拭ってあげて、またその髪を撫でる。
いったい何が、誰が、俺たちに涙を流させるのだろうか
忘れちゃいけない何か、誰かが
俺たちに何かを訴えているのだろうか
でも
見ていたはずの夢は、いつも思い出せない
「あっ!瀧さーん!!」
ゴールデンウィーク初日、人がごった返す東京駅のど真ん中で、四葉ちゃんが飛び跳ねながら手を振っている
「こ、こら四葉、やめなさい!」
「何言っとるん!瀧さんに気づいてもらえんよ!ほら、お姉ちゃんも!」
今度は、四葉ちゃんが三葉の手を取って、一緒に手を振り始めた。その光景は、とても心暖かいというか、和むもので、俺は苦笑しながら2人に近づいて行った
「すまん、遅れた」
「瀧さん、女を待たせるなんて、偉くなったじゃないの」
「ふっ、だがまだ待ち合わせ時間の30分前だぞ妹よ」
「ほら、ふざけてないで2人ともはよ行くよ、先に新幹線のチケット買わないといかんのやから」
俺たちは揃って「はーい」と言って、冷めた目をした三葉についていった。
そこで、四葉ちゃんが俺に耳打ちをしてくる
「瀧さん…こんなの珍しいよ、お姉ちゃんがつっこんでくれない」
「緊張してるんじゃないか?家族に彼氏を紹介するわけだし」
まぁ、俺たちの本当の目的は別にあるんだけど
「…普通瀧さんが緊張する側じゃないの?」
「あぁ、俺は緊張しすぎて、一周回ってリラックスしてるから問題ない」
「それ…問題ありまくりだと思います…」
「それに、お父さんは出張なんだろ?だったら俺はそんなに気にすることないな」
「瀧さん、おばあちゃんを甘く見てると痛い目見ますよ…」
そんなことを話しながら、チケットを購入して、俺たちは時間通りの新幹線に乗り込んだ。東京駅からJRひかり広島行きで、名古屋まで乗る。そして東海道本線を使って岐阜まで行き、そこからはレンタカーを借りることになっている。糸守のあたりは電車で行くととんでもない時間がかかるが、いつも帰省するときは電車を使っているそうだ。ただ、今回俺たちは宮水神社の御神体まで行かないと行けない。そのため、レンタカーを借りることにしたのだ。
「なんだか、旅行みたいでちょっとわくわくしてきたな」
指定席に座ったところで、俺はそう呟く。三葉と、四葉ちゃんもいるけれど、こうしてみんなでどこかに行くのは、やっぱり楽しい
「もう瀧君、私たちの目的、忘れとらんよね?」
三葉が少しだけ心配そうな顔で聞いてくる。おそらく、三葉は、俺たちが探しているもの、何かはわからないが、それが見つかるかどうか心配なのだろう。だから、妙に緊張しているのだ
「あぁ、でも、今から気にしてもしょうがないだろ。とりあえず、今を楽しまないか?」
そんな心配顔の三葉を抱き寄せて、頭をわしゃわしゃと撫でる
「ひゃ!た、瀧君!髪セットしたんに!やめてやぁ!」
三葉は俺の手から逃れようと暴れるが、あくまで抱き寄せた手を払おうとしない。抱かれているのは、好きなんだろうな
俺がクククと笑いながら三葉をいじっていると、対面に座る四葉ちゃんが駅で買ったミルクティーをストローで飲みながら、ゴミを見るような目で見ていた
「あ、わりい、忘れてた」
「でしょうね、まさかお姉ちゃんも、私がいるってことをお忘れではないでしょうか?」
四葉ちゃんがジトーッとした目で俺たちを見てくる
「ご、ごめんね四葉!これは瀧君が悪いんよ!」
「なっ、俺のせいにするなよ!」
「瀧君がからかうからやよ!」
三葉はまるで猫みたいにフーッと威嚇してくる。正直それがたまらなく可愛くて、思わずキスしそうになるが、四葉ちゃんが見ていることを思い出して、思いとどまる。何度も忘れてごめんよ四葉ちゃん…
「はいはい、もういいですよ、お2人がイチャイチャしてるのはもう見飽きました。どうぞお好きにイチャコラしてくださいな」
フンっと四葉ちゃんはそっぽを向く
あー、やっぱ、三葉の妹なんだな…
俺はそう思うと、必死に四葉ちゃんをなだめる三葉を見ながら笑ってしまった。三葉も拗ねるとすぐにこうなる。姉妹って似るんだな
「あっ!瀧君笑ってないで助けてよ」
「はいはい、四葉ちゃん、ごめんって、ほら、みんなでトランプでもやらないか?」
俺は、暇つぶしのために持ってきたトランプを出しながらそう言った
「13」
「1」
「あ、えと…2」
「「ダウト!」」
「ひぃ!な、なんで2人とも私のときばっかり…」
三葉の手には、それはもう大量のカードが握られている
「そりゃお姉ちゃん顔に出るんだもん、あんなにわかりやすいババ抜きしたのも初めてやったよ」
「くくっ、今の三葉も、わかりやすすぎ」
俺たちはあの後トランプでババ抜きやら、大富豪やら、ダウトなんかをやったのだが、三葉は何をやってもすぐ顔に出てしまう。だから今のところほぼ三葉の全敗で終了しているのだ
「むー、おもしろくない」
「あ、お姉ちゃん拗ねた」
三葉は、そっぽを向いて拗ねる。さっきの四葉ちゃんと同じじゃないか…
「あー、ほらほら、いじめすぎたな。こっちおいで、三葉」
四葉ちゃんの隣に座っていた三葉を無理矢理隣に座らせて、頭を撫でる。
「瀧君…歳上をいじめるのは悪趣味やよ」
「三葉がわかりやすいのが悪いからしょうがない」
「むっ、ほんとに、この男は…」
「ごめんって」
俺は笑いながら、三葉の頭を撫でながら考える
もうすぐ名古屋に着くな
そうしたら、岐阜まで電車に乗って、そこからはレンタカーで、あの御神体まで行くんだ。俺が、五年前に行った、あの場所に。
あれ…
俺、五年前に、あそこに?
いったい、何を
俺は何を
そうだ、思い出した。何かを探しに、誰かを
でも、誰を?
誰かを…
…三葉?
「瀧君?瀧くん!」
なんだ、だめだ。考えられない。何かが邪魔をする。なんだ、邪魔をしないでくれ
もう少しで、思い出せる…
思い出せ…
「瀧君!」
ガシガシと、肩を揺すっても、瀧君は目を開けない。さっきまで、私の頭を撫でていた瀧君は、突然何か悩むような顔をしたと思ったら、私の肩に頭を預けて、寝てしまった。静かな寝息がスースーと聞こえるから、本当に寝ているのだろう
「お姉ちゃん…瀧さん大丈夫?いきなり寝ちゃうって、なんかやばない?」
「うん、心配だけど…別に苦しそうじゃないし、昨日夜遅くまで仕事だったって言ってたから、もしかしたら疲れが溜まっとったのかも…」
瀧君は、眠っているけど、どことなく笑顔で、とても苦しそうには見えない。何故かはわからないけどきっと大丈夫だという確信があった
「もう少しだけ様子を見よう」
「うん、でも、このまま永遠に起きないなんてことないよね?」
四葉は本当に心配そうに尋ねる。きっと不安なんだろう
「大丈夫やよ」
瀧君は、まだ変わらず気持ちよさそうに寝息をたてている
「…瀧君」
3人を乗せた電車は、なおも変わらず走り続ける