吹きつける風に乗って、雨が強く体を打つ。雨具で全身を覆ってはいるが、雨のせいで視界が悪い。さらに、地面の状態も悪く、ちょっと気を抜けば、ぬかるみに足を取られて転んでしまうような状況だった
「ほら、三葉」
「うん、ありがと」
俺の腰の高さほどの段差を乗り越え、下にいる三葉に手を出す。その手を取った三葉は、俺の力を借りてどうにか段差を登りきる。
「まったく、なんでこんなに宮水神社の御神体は遠いんだ」
疲労からか、歩きながら俺はつい憎まれ口を叩いてしまう
「私にもわからんのよ、おばあちゃんによれば、私の先祖の繭五郎って人が、神社に関する文献なんかを全部燃やしてしまったから、御神体のことも何もかも、ほんとはよくわからんのやって」
三葉も疲れているのか、その顔にはかなり疲労を溜め込んでいるように見える
「宮水神社…それで大丈夫だったのかよ…」
「まぁ糸守では一番大きい神社やったけど、他のところと比べれば小さい神社やから…」
田舎の神社事情はよくわからないが、伝統の続く宮水神社だからこそ、文献がなくなっても続けられるのだろう。
「とにかく、今は前に進むしかないな」
「そうやね、でも、無理しないで、少しずつ休憩して行こう」
「あぁ、ただ、この雨だ…どこか雨が凌げる所がないと、とても休憩なんてできないな…」
そんな風に話をしながら、俺達は雨の中山道を進んでいった。自分たちがどこにいるか確かめるために、スマホと、紙の地図を照らし合わせながらの行進だったため、スピードは遅く、ぬかるんだ地面によって俺達はかなり体力を減らされていた。
「あっ…」
三葉の声が後ろから聞こえ、振り返ると、三葉が何かに足を取られたのか、転んでうずくまっていた
「三葉!大丈夫か!」
「う、うん…ちょっとつまづいただけやよ」
「怪我は?」
「大丈夫、どこも痛くない」
嘘だな、三葉の顔を見ればわかる。おそらく、先ほどの転倒が原因ではなく、無理をして歩き続けたことによる疲労によって、足に痛みが来ているのだろう。俺でさえ足の節々がかなり痛いんだ、女の三葉にとってはどれほどの痛みなのか想像もできない
「きゃあ!た、瀧君!」
俺は三葉を無理矢理背中に乗せると、歩き出した
「な、何しとるん!こんなことしてたら、瀧君持たへんよ!」
「うるさいぞ、俺にとっては何よりも、三葉が大事なんだ…だから黙っておぶられてろ」
「瀧君…」
三葉は、俺の言葉を受けて少しだけ俯く、そして、背負われたまま思いっきり抱きしめられた
「…苦しいぞ、三葉」
少しだけ、笑いながらそう言うと、三葉はもっと強く抱きしめてくる
「好きやよ…」
「ん?」
「ほんとに、どうしようもないくらい好きなんよ…」
「そうか…俺もだ」
「ほんとに…ばかなんやから…」
「そうか?だったら三葉はアホだな」
「うるさい…好き…」
「ははっ、なんだよ、会話になってねーぞ」
「……」
「おい、無視すんな」
「三葉?」
三葉を揺さぶっても、反応がない。まさかと思い、すぐに三葉を下ろす。
熱はない、動悸も普通だ。ってことは、ただ寝てるだけか…
「ふぅ…」
ため息をつき、空を見る、雨はまだ止みそうにないな…
ふと、横を見ると、岩でできた洞窟があることに気づく、これは良い。一旦休んで、三葉が起きたらまた出発しよう。
俺はまた三葉を背負うと、洞窟の中に入る。三葉を寝かし、その横で地図を確認する。おそらく今の時点で3分の2程度まで進んでいる。もう少し登れば山頂が見えてくるはずだ。
俺はリュックの中から水筒を取り出して、コップに注ぐ。象の印の水筒は、数時間も経っているのに中に入れた熱いお茶を保温してくれていた。
俺はそのお茶を一気飲みすると、一息つく。体があったまる。三葉にも飲ませないとな。
「三葉…三葉!」
少し語気を強めて三葉を揺する。すると、薄っすらとその目を開けて、三葉が目を覚ました。
「瀧君…」
「よかった、目覚ましたか」
「うん…私、寝ちゃったんやね…」
「いや、俺が無理させすぎたせいだ…すまん」
「瀧君のせいやないよ、私がもっと頑張らんと」
起きた三葉は、目をこすると、自分で頰をパチンと叩いた
「よし、気合い入れたよ。瀧君、私どれくらい寝てた?」
「ほんの10分くらいだよ」
「じゃあ時間は大丈夫やね、そろそろ先に進もう」
「あっ、その前に…」
俺はコップにお茶を注ぐと、三葉に渡す。受け取った三葉は、少し微笑んでからそれを飲む
「あったまるね…」
「だろ?これでもうちょっと頑張れそうだ」
そう言って立ち上がろうとしたとき、三葉が悲しそうな顔をしているのが見えた
「どうした?」
「…私ね、今、夢を見たんよ。でも思い出せんの。誰かに、頑張れって、諦めるなって言われたんに、思い出せんの…」
三葉は、手で顔を覆う。どうして思い出せないのか、そんな葛藤があるのだろう
「三葉…」
俺はそんな三葉の手を取る
「いいか、夢は夢だ…気にしてもしょうがない。三葉が言ってくれた言葉だろう?俺達は、俺達の今を進もう」
「…そう、そうやね、瀧君」
それを聞いた三葉は、また覚悟を決めた顔に戻る。夢が気になるのは俺もだ、見ていた夢はいつも思い出せない。だから、見つけに行くんだ。
答えを…
全てを…
君を…
俺達は洞窟の外に出ると、再び歩き出す。今度は三葉も自分の足で、しっかりと地面を踏んで立っていた。もうすぐで、山頂が見えてくる。そうすれば、御神体まですぐそこだ
「よし、行こう」
「うん!
そして、俺達が先に進もうと足を踏み出した瞬間
地面が割れた
いや、正確には崖になっていた部分が崩れたのだが、上に立っていた俺達には突然地面が割れたようにしか見えなかった
「三葉ぁ!!」
「瀧君!!!」
体を襲う浮遊感に気味の悪さを感じながらも、三葉に向かって必死に手を伸ばす。三葉も、必死の形相でこちらに向けて手を伸ばしていた
あと少し
世界がまるでスローモーションになっているような感覚だった
ゆっくりと落ちて行く
伸ばしたその手は
愛する人の手を
掴めなかった
「三葉ぁぁぁ!!!」
俺は自分が崖から転げ落ちて行くのを感じた、全身が痛い、グルグルと視界が回って何も見えない。
やがて、衝撃とともに視界の回りが止まる。息ができない。視界もぼやけている
三葉…
三葉、頼むから…
無事でいてくれ…
そこで俺は意識を失った