君の名は。〜after story〜   作:ぽてとDA

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第22話「君の手を離さない」

「三葉ぁぁあ!!!」

 

君の名を叫びながら走る。やっとの思いで山頂までたどり着いた俺は、三葉を探して走り回っていた。頂上は、真ん中が窪地のようになっていて、その中央あたりに石窟と木が見える。あれが御神体だ。俺は今、その窪地の周りを走っている。

 

「三葉!どこだ!」

 

立ち止まって、周りに叫ぶ。

 

 

必ずいる。三葉も来ているはずだ。

 

 

眼下には、もうなくなってしまった糸守の町が見えている

 

 

「…くん!」

 

 

振り返る

 

 

聞こえた…

 

 

「三葉!!」

 

 

その名前を呼ぶ、三葉に聞こえるように

 

 

「瀧君!!」

 

 

今度こそ、しっかりと聞こえた。声の方向を振り返ると、三葉が俺の方に向かって走ってくる。

 

 

俺も三葉に向けて走り出した。

 

 

きっと、今の走りは俺の人生で一番早いダッシュだったと思う。

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

2人は抱き合った

 

 

 

「三葉…三葉!」

 

 

「瀧君!!よかったぁ…」

 

 

大粒の涙を流しながら、三葉は俺の胸に顔を埋めてくる。その三葉を抱きしめながら、撫でながら、俺も涙を流す。

 

「三葉!怪我はないか?痛いところは?」

 

「平気やよ、瀧君こそ!どっか怪我しとらん?」

 

「俺は平気だ!三葉、ほんとにどこも怪我してないんだな?」

 

俺は三葉の体を全身くまなく見る。見たところ、骨折や、大きな外傷はなさそうだ。

 

「瀧君…泥だらけやから、あんま見んといて…」

 

少しだけ、恥ずかしそうに、三葉が体をよじる

 

「ばか、こんなときに何言ってんだ。それに、俺だって泥だらけだよ」

 

自分の服を見ると、むしろ泥を着ていると言っても過言ではないくらい汚れていた。登山靴のブーツもドロドロで、気をぬくと滑って足を取られそうだ。もちろん三葉も同じで、顔も髪も泥だらけだ。女子としては恥ずかしいのだろう。もじもじとしながら髪の泥を落としている。

 

「私達、どっちも泥だらけやね」

 

「あぁ、あんな崖から転がり落ちたんだし、しょうがないな」

 

「でもほんと、怪我がなくてよかった…」

 

「そうだな…」

 

 

俺は、あの影を思い出す

 

 

あの崖から落ちて、怪我がないわけがない。普通は…

 

 

俺はきっと、腕も足も折れていると感じていた。それほどの痛みと違和感があった。だが、あの影に触られてから、その痛みは消えてしまった。

 

 

あいつは…

 

 

 

俺は御神体を見る

 

 

 

行かなくちゃ…

 

 

 

あいつが待ってる

 

 

 

「行こう、三葉」

 

 

 

隣を見ると、三葉も同じように御神体を見つめていた。そして、俺の言葉に頷く。

 

俺は三葉の手を取り御神体のある窪地に降りていった。今度はその手を離さないように。離れないように…

 

御神体の近くまで来ると、目の前には小さな小川…だったのだろうが、あの雨で池になってしまったものが広がっている。

 

「こりゃ、また濡れるな」

 

せっかく体が乾いたってのに、また濡れるのは良いことではない。三葉を見ると、その池を見つめながら、何か考えている

 

「三葉?」

 

「…前におばあちゃんに言われたんやけど、この池の向こう側はね、幽世…なんやって」

 

「幽世…」

 

聞き慣れない言葉に、思わず呟いてしまう

 

「あー、えっと、つまり…」

 

 

「あの世…」

 

言い淀む三葉の言葉を続けるように、俺の口から勝手に言葉が出てきた。知らないはずなのに、一体なぜだ…

 

「…瀧君、知っとったの?」

 

三葉は不思議そうな顔でそう尋ねてきた

 

「いや…わからないけど、なんか口から出てきたっていうか」

 

「…そっか、もしかしたらどこかで聞いたことがあったんかもね」

 

「でも、あの世なんだろ?簡単に入って大丈夫なのか?」

 

俺は気になっていたことを尋ねる。そんなに簡単にあの世に行けるはずがない、きっと何か対価が必要なはずだ。いや、宮水の巫女が一緒なら平気なのか?厳密にはもう巫女ではないが…

 

「えっと、あの世からこっちに戻るには、一等大事な物を置いて行かなければならないんだって…」

 

そう、思い出すように三葉は言うが、俺はそれを聞いて戦慄する

 

「だ、だめだ!!」

 

 

一等大事な物?

 

 

そんなもの、決まっている

 

「絶対にだめだ!そんなの!俺は三葉を置いていかなきゃならなくなる!」

 

俺は必死になって訴える

 

 

どうすればいい…

 

 

三葉を失うなんてことになったら…

 

 

俺は…

 

 

泣き出しそうな俺の顔を見て驚いた三葉は、やがて、ぷっと吹き出すと、笑いを抑えるために口を抑える

 

「な、笑い事じゃないぞ!三葉!」

 

「ご、ごめんね瀧君。ふふっ、ようはね、一等大事な物っていうのは方便で、お参りに来たらお供え物を置いていきなさいよってことなんよ」

 

「え、え?」

 

俺は困惑して、言葉が出ない

 

「私達は、神社で作った…えー、お酒!そう、お酒をお供え物にして持って行ってたんよ」

 

何か言おうとして迷った三葉は、やけにお酒の部分だけ強調してそう言った。つまり、お供え物をしっかり置かないとダメですよという伝統が、年月の中で、一等大事な物を置いていけなどということに変わっていったのだろう

 

「でも、俺今お供え物になりそんなものなんて、なんも持ってないぞ」

 

俺が持っているものといえば、既に電池の切れた泥だらけの携帯電話と、軽い登山道具。それから今着てる服くらいだ。そんなものでいいならいくらでも置いていくが…

 

「ううん、ええんよ、お供え物は、私が持っとるから」

 

三葉はどこか寂しそうな顔で言う。

 

「ほんとか?」

 

三葉とは崖から落ちるまでずっと一緒にいたし、行く前にお互いのリュックの中も確認している。だが、その中でお供え物になりそうなものなんてなかった。

 

「ほんと。だから瀧君は心配せんでええよ。ほら、もう行こう?」

 

三葉は首をひねって考える俺の手を取ると、池の中を進み出す。雨が溜まっただけだろうが、意外と深く、俺の腰、三葉の胸あたりまで水に浸かった。

 

池を上がると、目の前にぽっかりと入り口を開けた洞窟がある。その上には大きな木が生い茂っていて、まるで洞窟を隠しているようだ。この中に、宮水神社の御神体がある。

 

今度は俺が三葉の手を取って進む。中は暗いと思っていたが、少しだけ太陽の光が差し込んでいて、ぼんやりと洞窟内全体が見えた。

 

段差を降りて進むと、行き止まりに突き当たる。そこには、石碑と、その前に置かれた2つの瓶が置いてあった。

 

「やっとついた…」

 

俺は呟く。五年前、確かにここにきた。今はもう、はっきりと思い出せる。俺は誰かを探してここまで来たんだ。でも、それが誰なのか、全く思い出せない…

 

あと少しで完成するパズルは、ピースが1つだけずれていた

 

「そうやね、せっかくきたんやから、お参りして…」

 

「どうした?」

 

途中で言葉を止める三葉は、石碑の前にある瓶をまじまじと見る。

 

「開いとる…」

 

「は?」

 

「これ…これ開いとるんよ!!、わ、私の!…」

 

三葉は蓋が開いている瓶を手に取ると、ワナワナと震えだした

 

「私のって…それただのお酒だろ?」

 

「ち、ちが!いや!お酒なんやけど!そうなんやけど!」

 

三葉は何か言いたげに、でもそれを飲み込むように騒ぎだした。そして、ふと俺の顔を見つめると、今度は目を細めて睨み始めた。

 

忙しい奴だな…

 

 

「わかった…」

 

「何が?」

 

「犯人がわかったんよ…」

 

「おー、そりゃ良かったな」

 

俺は、石碑に何か、俺たちの答えを見つけるためのヒントがないか探していた。そんな俺に向かって三葉はビシッと指を突きつけた。

 

「犯人は瀧君や!!瀧君5年前にここに来たって言っとったやろ!」

 

「は、はぁ…」

 

確かに来たが、この酒を飲んだ記憶はない。いや、ないと言うか、よく思い出せない。なんだか飲んだような気もするし、飲んでないような気もする。

 

「よく覚えてないけど、別にどっちでもよくないか?俺がそれ飲んでたら、なんか問題あるのかよ?」

 

「大ありやよ!!ありもあり!この変態!」

 

飲んだとも言ってないのにこの言われようである。

 

「飲んだなんて言ってないだろ…それに、なんで酒飲んだくらいで変態になるんだよ…」

 

「うっ、うぅ…瀧君はほんと、乙女心がわかっとらん…」

 

「わかんねぇって」

 

俯く三葉の頭をポンポンと叩くと、俺は喋りながらも続けていた答え探しを諦める

 

「どうやらなんもないみたいだな、とりあえず、お参りだけして帰ろう」

 

「う、うん」

 

渋々と頷く三葉は、まだ何か言いたげだが、これ以上は話が長くなりそうだから、俺は手を合わせて目を瞑る。隣で三葉も同じことをしてるのだろう。パンッと手を合わせる音が聞こえた。

 

「…それじゃあ、もう行くか」

 

やっぱり、何も起きないか…

 

実は、こうして手を合わせて目を瞑れば、何か起きるんじゃないかと少し期待していた。だが、現実には何も起きなかった。

 

「待って、瀧君、お供え物…置いていかんと」

 

そう言って三葉は、自分の髪を結っていた組紐をするりとほどく。綺麗な黒髪がパサリと落ちた。

 

「まさか…お供え物って…」

 

「組紐は、もともと神様にお供えするために作ってたもんやし、これは私の中でもとっても大事なものやから、きっと効果あると思うんよ…もちろん、瀧君より大事な物なんてないんやけどね」

 

そう言って微笑む三葉はどこか、悲しそうだった…

 

「それは…それの他には、なんかないのかよ」

 

何故かわからないけれど、その組紐はダメだと、俺の中の何かが言う。今だけは三葉の組紐が、まるでかつて、それが自分の物だったような感覚に陥っていた

 

「でも、これ以外にはないんよ…」

 

「お母さんの形見だろ?ほんとにいいのかよ」

 

なんとか説得しようとするも、三葉はゆっくりと首を振る

 

「ええんよ、お母さんは、私の中にずっといてくれとるから、組紐がなくても大丈夫やよ」

 

「…そうか…わかった」

 

俺は、その笑顔に含まれた覚悟と決意に、もう何も言えなかった

 

 

三葉はそっと、2つの瓶の間に組紐を置く、そしてもう一度手を合わせると、静かに祈っていた。

 

 

やがて、目を開けた三葉と目が合い、互いに頷き合う。そろそろここを出よう。もうすぐで夜になる。夜になったら山を降りるのは危険だが、ここで野宿するほどの装備も知識もない。だから、日が落ちる前に車まで戻らないといけない。

 

「おいで…三葉、戻ろう」

 

俺は三葉の手を取って歩き出す。

 

 

答えは見つからなかったけど、ここに来たことは無意味じゃなかった

 

 

何か大事な物と出会えた気がするし、5年前の糸守に来ていたときの記憶も徐々にだが戻りつつある。

 

 

このまま、糸守のほかの場所を回れば、いつか俺たちの探しているものも見つかるかもしれない。

 

 

 

だから、進もう

 

 

 

そう思い、洞窟から出ようとした瞬間

 

 

 

 

俺は段差に足を滑らせた

 

 

「なっ!!」

 

 

言葉が出ない。ブーツが泥に邪魔されて段差を捉えきれなかったのだろう。俺の体は地面に向けて落ちて行く。

 

まるで、あのとき、崖から落ちたときのように世界がスローモーションに見える

 

手を繋いでいた三葉は、転びそうな俺の体を支えようとするが、俺の体重に耐えきれず、一緒になって地面へとその体をダイブさせようとしていた

 

 

 

転んだら、すぐ起き上がって三葉に謝ろう。

 

 

 

 

そんなことを、スローモーションになった世界で俺は考えていた

 

 

 

 

だから、早く落ちてくれないかな

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が暗転した

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