君の名は。〜after story〜   作:ぽてとDA

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第23話「君の名を今」

目を開けると、洞窟の中だった。

 

「うっ…」

 

そうだ…俺は転んで、世界が暗くなって…

 

 

頭でも打ったのか?三葉は?

 

「っ…三葉!」

 

俺はすぐに立ち上がって叫ぶ。周りを見回しても、三葉の姿はどこにもない。確かに俺たちは一緒になって転んだはずだ、しっかり覚えている。それなのに三葉の姿がないということは、目覚めない俺を心配して、どこかに助けを呼びに行ったのかもしれない。

 

「くそっ…」

 

思わず口から汚い言葉が出る。今日はもう2度も三葉を見失っている。この手はもう離さないと、決めたのに。とにかく、三葉を探して早く山を降りないと。

 

俺はそう思い洞窟を飛び出す。外にも三葉の姿はない

 

「三葉…どこに行った…」

 

一度、三葉の名前を叫んでみる。しかし、帰ってくるのは山に反射したこだまだけ。とにかく、もし助けを呼びに行ったなら、必ず車まで戻っているはずだ。どれくらいの間自分が気絶していたかわからないが、おそらくそう長い時間ではないはず。だとしたら、今から降りても、三葉には追いつける。

 

池を越えて、窪地を走り抜ける。空を見ると、すでに太陽は落ちかけていて、その空を夕焼けに染めていた。

 

俺は窪地から下りるために、その外側、窪地を囲むように盛り上がっている外縁部分に登った。眼下には、夕焼けに照らされてきらびやかに反射する糸守湖と、彗星の落下によってできたもう1つの湖が広がっていた。どこか幻想的で、ただ、悲しい景色だった。俺はしばらくその景色に目を奪われてしまう。

 

「三葉…」

 

なんでかわからないけど、いつも、つい口をついて出てくるのはこの名前。愛する人だからだろうか、三葉の故郷である糸守の町を見たからだろうか…

 

しばらく景色を見ていた俺は、すぐに思い出す。こんなことをしている場合ではない、三葉に追いつかないと。俺はまた、山を降りるために走り出そうとした。

 

 

その時

 

 

 

 

夕焼けに染まっていた世界が

 

 

 

 

暗くなった

 

 

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

 

 

 

夕方でも夜でもない時間がほんの少しだけある。黄昏時、世間ではそう呼ばれるこの時間だが、俺の口から出てきた言葉は、違うものだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かたわれ時だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一陣の風が、俺の顔に吹き付ける

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくり振り返ると、あいつが立っていた

 

 

 

 

 

 

 

「あー、なんていうの?その、お前に会えたら、こう言うって、三葉に言っちゃったから言うけど…何年待たせるんだよ、ばかやろう」

 

 

 

そう言って笑うあいつは、高校の制服を着た。顔も背丈も当時のままの、俺だった

 

 

 

目の前に立っているのが自分だったら、普通は混乱して、取り乱すだろう。

 

 

 

でも、俺の中には、そんな気持ちはなかった

 

 

 

ただ、ただ…

 

 

 

やっと会えた…

 

 

 

それだけだった…

 

 

 

 

「…すまん、でもほら、しょうがないだろ?」

 

 

俺は手を合わせて謝る。

 

 

「お前…5年待たされたのに、すまんで済まされるとは思わなかったわ…」

 

 

「いや、他になんて言えばいいんだよ…」

 

 

「もういいよ、お前に語彙がないのは知ってるから。俺だしな」

 

 

あいつは、また笑う。そして、空を見上げる。

 

 

俺もそれに合わせて空を見る

 

 

「かたわれ時か…お前、もう思い出しそうか?」

 

 

「あぁ、なんだかお前と喋ってると、頭の中に何かが渦巻くんだ。でも、俺が記憶をなくしたことも、それがお前だってことも、なんとなくだけど、わかる」

 

 

俺は空から目を離し、あいつを見る。彼もまた、それに合わせてこちらを見る。2つの目線が交差して、でもそれは、本当は1つだったものだった

 

 

「そうだな…俺はお前の片割れだ。あのとき失くした。置いていかれた記憶だ」

 

 

「だから、迎えにきた。5年かかったけど、俺ならそのくらい許すぞ」

 

 

俺がニッと笑うと、あいつも笑い返す。

 

 

「そういえば、さっき俺が崖から落ちたとき、助けてくれたのはお前だろ?」

 

 

俺はずっと聞きたかったことを口に出す。聞いて、もしそうだったら、お礼を言わないと。そう思っていた

 

 

「あー、やっぱバレた?」

 

 

 

「バレバレだっつの、せめて声とか変えろよ…」

 

 

 

「いやだってお前、頭フラフラだったろ?声なんてわかんないかなーって思って」

 

 

 

「22年間聞いてきた自分の声なんだから、フラフラでも分かるわバカ」

 

 

 

「お前…そのセリフは自分に言ってるのと同じなんだぞ…」

 

 

 

「あ、そっか…」

 

 

 

俺達はまた笑い合う。バカみたいに、2人で

 

 

 

「とにかく…あの時は助かった、ありがとな」

 

 

「うわっ、俺からお礼言われるとか…なんか気持ち悪いな」

 

 

「なっ!お前、人の気持ちを無下にしやがって!」

 

 

「いや…お前の性格なんだからしょうがないだろ…」

 

 

まさか自分とこんなくだらない言い合いをするなんて思わなかった。しかも、高校生の自分と…

 

ふと、俺は空を見る

 

 

「かたわれ時が…終わる」

 

 

あいつもまた、同じように空を見る

そんなあいつの横顔を見ながら、俺はずっと心配だったことを聞く。あいつなら、きっと知っているから

 

「なぁ、三葉は…三葉は大丈夫なのか?」

 

 

「大丈夫。あっちはあっちで、三葉がついてるから、またすぐに会えるよ」

 

 

「…そうか、よかった」

 

 

俺はほっとして、胸をなでおろす。おそらく、俺以外の人間が聞いてもさっぱりわからないセリフだろうが、俺にはわかった。俺と同じように、三葉の片割れが、三葉にもついているということだろう

 

 

「そろそろ時間だな…」

 

 

あいつが、少し寂しそうな顔で言う

 

 

「あぁ」

 

 

俺はそれに、頷いて返す。

 

 

「全部思い出す覚悟、できたか?」

 

 

「そんなの、とっくの昔からできてる、そのために、ここまで来たんだから」

 

 

「だったら問題ないな」

 

 

あいつが、ゆっくりと近づいてくる

 

 

俺はその目を、ただ見つめている。

 

 

俺の目の前、手を伸ばせば届くところまで来ると、あいつは止まった

 

 

 

「なぁ…三葉のこと、頼んだぞ」

 

 

「頼んだ、じゃねぇだろ」

 

 

俺はそこで一旦区言葉を区切ると、あいつに向かって微笑む、そして、俺の胸を、心を叩く

 

 

「一緒だろ?」

 

 

 

それを聞いたあいつは、少し驚いた顔をして、やがて、微笑み返す。

 

 

 

「あぁ!」

 

 

 

 

あいつが、俺の手を掴んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間

 

 

 

 

 

 

 

まるで、濁流のように、何かが

 

 

 

 

 

 

 

記憶が

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中に流れ込んできた

 

 

 

 

 

『お姉ちゃん何しとるん?』

 

『お前は誰だ?』

 

『宮水三葉?この人生はなんだ?』

 

『もしかして俺達、入れ替わってる!?』

 

『あの女はぁ〜』

 

『人の金で勝手に飲み食いしやがって!』

 

『てめぇ三葉!俺の人間関係勝手に変えるなよ!』

 

『お前俺に人生預けた方がモテんじゃね?』

 

『あんた今、夢を見とるな?』

 

『なんだか瀧くん、今日は別人みたいね』

 

 

『お前も覚えてるだろ、三年前の…彗星…』

 

 

『三年前に…死んだ?』

 

『うそだ!』

 

『三葉の、半分…』

 

『だめだ三葉、そこにいちゃいけない』

 

『逃げるんだ!』

 

 

『ここにいたらみんな死ぬ!』

 

『…そこにいるのか?三葉…』

 

『あのときあいつは!俺に会いにきた!』

 

『三葉…』

 

『お前さぁ、知り合う前に、会いにくんなよな』

 

 

『目が覚めても忘れないようにさ、名前、書いとこうぜ』

 

 

思い出した…

 

 

 

全部

 

 

 

君は…

 

 

 

 

君の名前は…

 

 

 

 

『、、くん…』

 

 

 

『瀧くん…』

 

 

 

『私…覚えて、ない?』

 

 

 

『あんたの名前は!』

 

 

『名前は!…』

 

 

名前は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三葉!!!!」

 

 

 

 

かたわれ時が、終わった

 


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