君の名は。〜after story〜   作:ぽてとDA

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第24話「もう一度」

目を覚ますと、まだ御神体の洞窟の中だった。

 

「あれ…」

 

 

瀧君が、いない…

 

私は立ち上がると辺りを見回す。そこには、私が愛してる人の姿はなかった

 

ついさっきまで一緒だったのに…

 

いや、もしかしたら私は、頭でも打って、長い間気絶していたのかもしれない。だとしたら、瀧君は助けを呼びに行ったのかも

 

とにかく、ここでじっとしてはいられなかった。携帯電話は使い物にならないし、瀧君もいない。私がどれくらい眠っていたかわからないけど、今から全力で走れば、瀧君に追いつけるかもしれない

 

私はそんな思いで御神体を出る

 

上を見ると、さっきまで明るかった空は、夕焼け色に染まっていた。

 

「急がないと…」

 

夜になったら、山を降りるのは危険だ。早く瀧君に追いつかないと。きっと瀧君は車まで戻っているはず。私も急ごう

 

池を抜けて、窪地を走る。

 

窪地の淵まで駆け上がり、また辺りを見回す。やっぱり瀧君はいない

 

「瀧君!!!」

 

叫んでも、何も返ってはこなかった。やっぱり、もう下まで降りているのかも

 

眼下に広がる糸守だった場所を見つめながらら、私は泣きそうだった

 

やっぱり1人は、心細い…

 

 

 

 

 

そのとき

 

 

 

 

 

世界が暗くなった

 

 

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

 

 

 

空を見上げる

 

 

昼でも夜でもない、世間では黄昏時と言われているその時間は、私の故郷ではこう言う

 

 

 

 

 

「かたわれ時だ…」

 

 

 

 

 

 

一陣の風が吹き抜け、私の髪をさらりと揺らす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あのー」

 

 

「ひゃぁ!!!!」

 

 

突然かけられた声に、私は思わず飛び上がる。

 

 

「あ、ごめん、驚かすつもりはなかったんやけど…」

 

声の主は、申し訳なさそうに言う。私はゆっくりと、そちらを振り向く。

 

そこには

 

高校の制服を着て、三つ編みを組紐で結ぶ、あの髪型をした私が立っていた

 

 

「あなたは…」

 

 

なんと言えばいいか分からず、私はそんなことしか口にできない

 

 

「えへへ、なんだか自分に会うって、恥ずかしいね」

 

 

彼女は少し顔を赤くして言う。最初は驚いたが、どうしてだろう、自分が目の前に立っていたら、もっと混乱するはずなのに、もう私は、彼女が目の前にいることに疑問がなくなっていた

 

「あっそうだ…あなたに会ったら、最初にこう言うって、決めてたんよ」

 

彼女はにっこりと笑う

 

 

 

 

 

「見つけてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた私の目から、涙が溢れ出てくる。拭っても、拭っても、その涙は止まらない

 

 

「ご、ごめんね…待たせて、ごめんね」

 

 

「あ!ちょっと!泣かんでよ…私も泣きそうになるやんか…」

 

 

彼女も、目をウルウルとさせて、やがて泣き始める

 

 

「でも、8年も待たせちゃって…ごめんね」

 

 

「もうええんよ…ちゃんと迎えに来てくれたんやから。それに、文句を言うならあの男に言わんとね。まったく、何年も待たせよって」

 

 

彼女はいたずらっぽく笑う。あの男っていうのは、きっと瀧君のことだろう。彼女と話していると、何か、私の中に記憶のようなものが入ってくる気がする。

 

 

「瀧君はちゃんと私を見つけてくれたんやし、文句は言えへんよ…」

 

 

「んー、でもきっと、記憶が戻ったら瀧君を怒鳴りつける私が見えるなぁ…」

 

 

「瀧君私に何したん…」

 

 

「それはお楽しみやよ」

 

 

その時、私は思い出した、あのとき、崖から落ちた時に、助けてくれた影のことを

 

 

「ねぇ、あのとき、助けてくれたのは、あなたよね?」

 

 

「うん、私と…」

 

 

「「お母さん」」

 

 

声が揃う。やっぱりそうだった。お母さんが、来てれたんだ。私はまた泣きそうになるのを必死にこらえて、微笑む

 

 

「ありがとうね…」

 

 

「ううん、ここまで来てくれたんやから、少しは力を貸さないとって思って…」

 

 

そこまで言うと、彼女は何か思い出したような顔をする。

 

 

「あっ、忘れとった。ほら、これ、忘れ物やよ」

 

 

彼女は髪を結っていた組紐を取ると、私に向かって差し出した。

 

 

「それは…」

 

 

それは、私がお供え物として御神体に置いてきた組紐だった

 

 

「もう大丈夫なんやって、だから、これはあなたに返すって」

 

 

それは誰からの言葉なのだろうか。けれど、聞かなくてもなんとなくわかる。私は彼女に近づくと、そっとその組紐を受け取る。そして、胸に抱く

 

 

「…ありがとう」

 

 

お礼を言う私に、彼女は首を横にを振る。その顔は、とても優しくて、私の心もあったかくなる

 

 

「ええって、それよりも、ほら、その組紐ちょっと貸して、後ろ向いて」

 

 

「な、なんで…あげへんよ!」

 

 

「いや…自分から物とらんよ…」

 

 

呆れる彼女に促され、私は後ろを向く。彼女は私の髪を手に取ると、慣れた手つきで編み込んでいく。あれだけ泥だらけだった髪は、まるで、お風呂上がりに丁寧に手入れしたときみたいにサラサラになっている

 

「ちょ、ちょっと…」

 

 

「あー、動かんといて!変になるやろ!」

 

 

怒られた私は、大人しくじっとしていた。やがて、彼女の手が髪から離れる。

 

 

「はい!完成!」

 

 

髪を触ると、三つ編みを組紐で結ぶ、私が高校生の時によくしていた、いや…さっきまで彼女がしていた髪型になっていた

 

 

「あ、ありがと…」

 

 

「どういたしまして、我ながら、よく似合っとるね」

 

 

微笑む彼女に、私も笑い返す。自分に髪を結んでもらうなんて、もう一生できない体験だろう

 

 

「そういえば、瀧君は大丈夫かな…」

 

 

ふと、先に行ってしまった瀧君のことが気になって、そう呟く

 

 

「大丈夫やよ、あっちはあっちで上手くやっとるから」

 

おそらく、向こうにも、彼女と同じような存在が行っているということだろう。だったら、心配はいらない

 

 

そこで、ふと、2人で空を見上げる

 

 

「かたわれ時、もう終わるね…」

 

 

「そうやね…」

 

 

私たちは、見つめ合う。その目には、ただ、優しさがこもっていた。

 

 

「私は、あなたの片割れ、あなたの記憶、全てを思い出す覚悟は、できた?」

 

 

「うん、そのために、ここまで来たんやから」

 

 

私は力強く頷く。

 

 

それを見た彼女は、少しだけ微笑む

 

 

「瀧君のこと…お願いね?」

 

 

「ううん…違うやろ」

 

 

私は、そんなことを言う彼女に首を振る。そして、胸を、心を叩く

 

 

 

 

「あなたと私は、一緒やろ」

 

 

 

 

それを聞いた彼女は、まるで花が咲くような笑顔で笑った

 

 

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

彼女が、私の手を握った

 

 

 

 

 

その瞬間、何かが、

 

 

 

 

 

 

記憶が

 

 

 

 

 

 

 

まるで濁流のように流れ込んできた

 

 

『今日は普通やね』

 

『昨日はやばかったもんなー』

 

『おはよ!テッシー!サヤちん!』

 

『ありゃ絶対狐憑きやって!』

 

『お前は誰だ?って、なんやこれ』

 

『瀧、父さん先に出てるからな、遅刻でも、学校にはいけよ』

 

『司?だれ?』

 

『卵コロッケサンドにしようぜ』

 

『あー!!この夢いつ覚めるんやさー!!!』

 

『瀧君、意外と女子力高いのね』

 

『もしかして、私達、入れ替わってる!?』

 

『男子の視線!スカート注意!人生の基本でしょ!?』

 

『なんで女子から告白されてんの!?』

 

『あの男はぁぁー!!!』

 

 

『瀧君、明日はデートか…』

 

『お姉ちゃん!どこ行くん!』

 

『ちょっと東京に…』

 

 

『あの…私…覚えてる?』

 

『だれ?お前…』

 

 

『三葉!その髪!!』

 

『私…あの時…死んだの?』

 

 

 

『三葉…』

 

『瀧君…瀧君がおる…』

 

『お前、すげぇ遠くにいるから、大変だったよ』

 

『三葉、まだやらなきゃいけないことがあるんだ』

 

 

 

全部…思い出した…

 

 

 

 

 

 

 

『あの人の名前が!思い出せんの!!』

 

 

 

 

 

 

君は…

 

 

 

 

『目が覚めても忘れないようにさ、名前、書いとこうぜ』

 

 

 

 

君の名前は!

 

 

 

 

 

『これじゃ…名前…わかんないよ…』

 

 

 

 

 

『すきだ』

 

 

名前は!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀧君!!!」

 

かたわれ時が、終わった


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