振り返ると、君がいた
叫んだ君の名前は、ただ空の中に消えて行く
そして、かたわれ時が終わり、月が顔を覗かせ、空には星が瞬き始める。そんな透き通った夜空の下で、2人は出会った
初めて…
再び出会うことができた
「三葉…」
そう呼びかけると、三葉の目にみるみる涙が溜まっていく
「瀧君?瀧君?…瀧君や…」
馬鹿みたいに繰り返しながら、三葉は俺の両手を握る
「瀧君がおる…!」
絞り出すようにそう言って、ぽろぽろと涙を流す。
「お前…前と言ってること同じじゃないか」
俺は微笑んで、三葉の手を強く握り返す。
「だって…だってぇ…」
三葉は地面に大粒の涙を落としながら、俺の胸に飛び込んできた
やっと逢えた
俺も三葉も、全てを思いだして、世界や運命、そんなものを全て乗り越えて、ここで向き合っている。俺は本当にホッとする。心の底から、穏やかな喜びが体中に満ち溢れてくる。そして、ただ俺の胸の中で泣きじゃくる三葉に、俺は言う
「待たせて、ごめんな」
それにしても、いつも思うけど、三葉の涙はまるでビー玉みたいに透き通ってコロコロしているな。俺は笑いながら続ける
「ホント、こんなに時間がかかるとは思わなかったな…」
そう、俺は5年、三葉は8年かかった。俺たちがあの日、電車で目が合わなければ、きっと、この今はないのだろう。今ここで、こうして三葉と抱き合っている今は、本当に奇跡だ
「でも、瀧君はちゃんと私を見つけてくれたよ?」
涙で顔を濡らしながら、三葉はそう言う。
「当たり前だろ。前にここであった時、言おうと思ったんだ。お前が世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度会いに行くって」
俺がそう言って笑いかけると、三葉はさらに涙を流す。もう止まらないのだろう。なんせ、三葉にとっては8年ぶりの恋人なのだから
「うん…うん…ほんと、かっこいいんやから…」
「ほら、もう泣き止めって、泥だらけの顔がもっとひどいことになるぞ?」
俺は言いながら三葉の涙を拭ってやる。三葉は目を閉じて、嬉しそうにそれを受ける。だが、やがて何かを思い出したのか、俺の方をジーっと見る
「どうした?」
「そういえば…口噛み酒…やっぱり犯人は瀧君やった…」
今度は完全にジト目になって俺を睨む
「げっ…お前…それは前に許してくれたはずだろ?」
「許しとらん!口噛み酒飲んだことも、勝手に胸触ったことも、まだゆるしてないんやから!」
三葉は、フンっとそっぽを向いてしまう
「えぇ…胸触ったのは、一回だけだって…」
「前も言ったやろ!何回でも同じや!あほ!それに…絶対一回やないやろ…?」
また、三葉が俺を睨んでくる。俺は考える。どうやったらこの窮地を乗り越えられるか。とにかく謝るしかないか?だが待て、何回も胸を揉んでたことがバレたら、きっとグーパンが飛んでくる。それは避けたい
「ど、ど、どこに証拠があるんだよ」
動揺からか、俺はつい口ごもってしまう
「動揺しとるやん…あんた、夢の中でも私の胸勝手に揉んでたの…覚えてるんやからね」
「ゆ、夢は!ノーカンだろ!」
「違います!ほんっとにこの男は…」
そのとき、そっぽを向く三葉の髪に、赤い組紐が揺れるのが見えた。あれはさっき、御神体のお供え物として置いてきたはずだが…
「その組紐…」
「あぁ、これ…もう大丈夫やから、持って行きなさいって」
「そう、なのか…じゃあ、これからも大事にしろよ」
誰に言われたか、聞かなかった。けど、わかるんだ。なんとなく…
「もちろんやよ、実はこれ、もし子供ができたら、その子にあげようかなって思ってるんよ」
何気なくそういう三葉の言葉が、一歩遅れて俺の耳に入ってくる
「こ、子供か…まだ、ちょっと早いんじゃないか?」
「んなっ!だ、だ、誰も瀧君と作るなんて言っとらんよ!!」
俺の言葉を聞いた三葉は顔を真っ赤にして怒る。俺じゃないのかよ…
「えぇ!!?お、俺じゃないの!?」
「え!?えっと…えっと……えっとね…」
徐々に小さくなっていく言葉の最後に、ボソリと、三葉が呟く
「瀧君がいい…」
その言葉を聞いた俺は、三葉を抱きしめる。可愛すぎ、反則だな。
そして、三葉も、俺に負けないくらいの強さで抱き返してくる。2人で、窒息しそうなくらい、お互いの温もりを感じ合う
「三葉、もう離さない…逃がさないからな」
「どこにも逃げんよ…あほ」
もう、俺達の間を邪魔するものは何もない。俺達の愛を止めるものは何もない。だからこれからの人生を、三葉と2人で生きていきたい。ずっと一緒に…
「なぁ三葉、もう2度と忘れないようにさ、名前、書いとこうぜ」
俺は、ペンを取り出してそう言う。三葉はキョトンとした顔になるが、すぐに笑顔になり、頷く
「ふふっ、もう忘れんって」
「一応な、一応」
「あ、そういえば瀧君!あの時瀧君がちゃんと書いてくれなかったから、名前忘れちゃったんよ!」
俺が三葉の手を取ると、思い出したかのようにまた三葉が怒り出す
「あー、いや、気持ち、伝えたくて…」
「口でいいなさい!」
「すきだ」
「もう遅いわ!」
笑いながら、そんなことを話しながら、俺は三葉の手に文字を書き入れる。もう、忘れないように
今度は三葉がペンを取って、俺の手に文字を書く
「今度は、途中で消えるなよな」
「消えへんよ。それに、あれは瀧君がモタモタしとるから間に合わなかったんやからね」
「全部俺のせいか…」
俺は、笑いながらため息をつく。そして、書き終わった三葉からペンをもらう。
「み、見ていいよ…」
何故か顔を赤くして、もじもじとしながら三葉が言う。ただ名前を書いただけで、そんなに恥ずかしがることはないだろうに
「いや、先見ていいよ」
「じゃ、じゃあ一緒に」
「おう」
俺達は、二人で同時に手のひらを見る。
まず始めに、笑いが出てくる。そして、その後に涙が溢れ出てきた
お互いに、泣いて、笑いながら、手のひらを見せ合う。
俺の手には『結婚してください』
三葉には『結婚しよう』
そう、書いてあった
笑いが止まらない、でも、涙も止まらない。嬉しくて泣くってのは、きっとこういうことなんだろう
「くくっ、俺達、やっぱり相性いいな」
「ふふふっ、なんで同じことしよるんよ」
俺は三葉の手を取る。そして、その目をしっかりと見て、言葉を紡ぐ
「三葉、これからの人生、お前と一緒に歩いていきたい。何があってもお前を守る、何があっても必ず側にいる。だから、」
そこで、一度言葉を区切る
俺は5年、三葉は8年待った
でも、この時間は、決して無駄ではなかったと思う
なぜなら、俺達は今ここで、こうして出会えたのだから
もう一度、三葉の目を見る、涙を浮かべるその目を、そして…
「三葉…結婚しよう」
「はい…」
その唇に、キスをする
今までで一番熱く、一番愛のあるキスを
空には星が瞬き、三日月に欠ける月は、この世界を優しく照らしていた。まるで2人を祝福するかのように。
その世界で、2人は恋をした
決して叶わぬと思われたその恋は
世界の運命や理屈、そんなものを全て吹き飛ばして、ここで叶った
この2人に、もう邪魔をするものはない。きっとこれから、新たなる物語を、紡いでいくのだろう
2人で始める、その後の物語(after story)を