第26話「明日に向けて」
「お姉ちゃん!?瀧さん!?どうしたんその格好!!」
私は思わず叫んだ。でも、目の前にいる姉とその彼氏は、全身泥にまみれて、顔まで汚れているような有様だったのだからしょうがない。
私の叫びを聞いた後、2人は顔を見合わせて、気まずそうに微笑んだ。その手を握りしめて、離すことなく。
私はお姉ちゃんと瀧さんと別れた後、実家でおばあちゃんと一緒に2人を待っていた。夜になるとは言っていたけど、2人と別れたのが昼くらいだから、きっと7時ごろには戻ってくると思っていた。
でも、いつになっても2人は戻ってこないし、急激に天気が悪くなったことで、心配した私はお姉ちゃんに電話をかけた。でも、その電話にお姉ちゃんは出ないし、瀧さんにかけても同様だった。おばあちゃんに2人は大丈夫かなと聞くと
「大丈夫やに、心配いらんよ」
と言いながらお茶を啜っていた。なんの根拠があるのかわからないけど、おばあちゃんは2人のことをまったく心配していなかった…あげく、9時くらいになると、自分の寝室に戻って寝てしまった。もうちょっと孫を心配してあげてもいいんじゃないかな、と思うけど…
9時も半ばに差し掛かったころ、玄関の方で車のエンジン音が聞こえた。ソワソワと2人を待っていた私は思わず駆け出して、玄関の扉を勢いよく開けた。
そこで、冒頭に戻るわけだ
「ま、まさか…」
私は、顔を青くする。
聞いたことがある。大人の世界では、愛が強すぎる故に、普通とは違った愛し方をしてしまう人たちがいるらしい。大人の世界はよくわからないが、お姉ちゃんも瀧さんも立派な大人だし、もしかしたら、あの人たちはそっちの道へと進んでしまったのかもしれない…でも、私は妹、お姉ちゃん達の恋に口出しはできない…
「まさか…お姉ちゃん達、泥だらけで、そういうプレイでもしてきたん?」
だから私は、偏見など持たずに、ただ、ちょっと聞いただけみたいな感じで、尋ねてみる。もしそうだったとしても、別に引いたりしないし…しない。しないよ?たぶん…
まぁでも、これに関しては私の間違えだった。だって、私の言葉を聞いた2人は、さっきまで嬉しそうにお互いの目を見つめ合いながら手を繋いでいたのに、突然顔を真っ赤にしてキレたのだから。
「「違うわアホ!!!!」」
「えーと、つまり、瀧さんを宮水神社の御神体まで案内してたら、途中で雨になって、転んで泥だらけになったと。そういうこと?」
「まぁ、そんなとこやね」
「ごめんな四葉ちゃん、連絡入れられなくて」
私たちは今、実家の居間で団欒している。あの後すぐにお姉ちゃんと瀧さんをお風呂に入れようとしたんだけど、この2人、何故かお互いに手を離そうとしない。私が無理矢理引き離そうとすると、まるで死が迫っているかのような顔をしてお互いに抱き合う。ロミオとジュリエットか、とツッコミたくなったけど、もう放っておいた方がいいと思ってやめた。
結局、お姉ちゃん達は仲良く手を繋ぎながら一緒にお風呂に入って行った。何が悲しくて姉とその彼氏が一緒にお風呂に入っていくのを見なくてはならないのだろうか。
今だって、普通に話しているけど、瀧さんがお姉ちゃんの肩を抱いて、その中でお姉ちゃんは猫みたいに頰をスリスリしている。正直、もう寝たかったけど、とりあえず、何があったかだけでも聞きたかった。この2人は確かにバカップルだけど、今朝まではここまで酷いものではなかった。御神体に行っただけでバカップルになって帰ってくるなんて、そんな馬鹿な話があるわけない。
「んで、他には何があったん?」
「ほ、ほ、他ってなんよ!」
「な、なんのことだ妹…」
最近わかったけど、この2人は、異常にわかりやすい性格をしている。きっと嘘とかすぐバレる。…だから相性がいいのかな?
「動揺しまくりやん…さっさと白状した方が楽やよお姉ちゃん」
私の言葉を聞いた姉は額に手を当てて考え出す。おそらくなんて言おうか迷ってるんだろう。
「なぁ四葉ちゃん、本当に何もないって。ただ、2人でずっと一緒にいたから、なんていうか…あー、愛が深まった?みたいな感じだよ」
悩むお姉ちゃんを見て、瀧さんが助け舟を出す。それが本当かどうかわからないけど、どうやらこれ以上聞いても無駄なようだ
「はぁー…もうわかりました。これ以上は聞きません。でも2人とも、連絡なしに帰って来ないと、私やって心配なんやから、ほんとに気をつけてね」
「「は、はい…ごめんなさい…」」
2人して同じ言葉で謝るあたり、どうやらほんとに愛は深まっているらしい。どうでもいいけど…
「それじゃ私は寝るから、2人ともあんまり夜更かししてちゃダメだよ。瀧さんは、明日ちゃんとおばあちゃんに挨拶してね」
四葉ちゃんは、そう言って居間を出て行った
「…なんだか、四葉ちゃんの方がお姉さんっぽいな…」
「ちょっと、それはどういう意味よ」
つい口をついて出てしまった言葉に三葉が反応する。
「い、いや、しっかりしてるって意味だよ」
「それは、私がしっかりしてないって、そう言う意味やね?」
「ち、違うって」
「むぅー…」
膨れる三葉は、なんだかんだ言って、俺の腕の中にずっと収まったままだ。帰ってきてから、片時も離れない。
「怒るのに、離れないんだな」
俺は笑いながら三葉の頭を撫でる
「違うよ、瀧君が離してくれへんのやよ」
撫でられながらそっぽを向く三葉は、25歳の女性とは思えないくらい、幼いというか、なんというか…とにかく可愛かった。
「そうか?離れたいならいいぞ?」
俺はちょっと意地悪したくなって、手を離す。すると、三葉は、目をウルウルさせながら俺を睨む。
やべ、泣かせたか?
「わ、うそうそ!ほら!ぎゅーがいいんだろ!よしよし!」
俺が相手にしているのは、犬でも子供でもなく、歳上のお姉さんなのだが、まるでそんな気はしなかった
「瀧君の意地悪…」
そう言って三葉は俺の胸に顔を埋める
「ごめんって…」
そんな様子に、俺は笑いながら頭を撫でてあげる。
「やっと…やっと記憶を取り戻して、本物の瀧君に会えたんやから、離れたくないんよ…」
「本物って…それじゃ前の俺は偽物みたいじゃんか」
「…言葉のあやってやつやね」
そんなことを言って三葉はクスッと笑う。俺もそれにつられて笑みをこぼす。
「ほんとに…長かったな」
「うん…でも、ええんよ。こうして会えたんやから」
「あぁ、それに、これからはもう、ずっと一緒だもんな」
「絶対離さんよ…瀧君」
三葉が俺を抱きしめる。強く
「俺もだよ…三葉」
それよりもさらに強く、俺は三葉を抱きしめた
時計の針はそろそろ11時を半ばといったところで、流石に瞼が重くなってきた。それもそのはずだろう、朝早く起きて、昼から夕方にかけて山を登ったり崖からおちたり、走り回ったりと、それはもう動き回ったのだから。
よく見ると、胸に抱いた三葉も眠そうだ。
……
これは、今日はダメかな?
「三葉、眠いか?」
「ん…ちょっとね」
「じゃあ、そろそろ寝ようか、三葉の部屋、あるんだろ?」
「うん、お父さんが、三葉が帰ってきたときのためにって…私の部屋作ってくれたんよ」
なんだか釈然としない顔で、三葉は言う
「お父さん、いい人だな」
いつ帰ってくるかわからない娘のために、家に1つ部屋を設けるなんて、家族思いのお父さんだなと思う。あのとき、胸ぐらを掴んでごめんなさい…
「でも、こんな時ばっかり父親みたいなことして…おばあちゃんと四葉はもう許したみたいだけど、私はまだ…お父さんのこと完全に許しきれんよ…」
「…でも、お父さんは三葉のことを信じてくれたんだろ?だから三葉や、四葉ちゃん、それにおばあちゃんも生きてる。違うのか?」
「あの時は…確かに、信じてくれた…でも、それとこれとは話が別やよ!」
「そうか…だったら、今度ちゃんと、話してみろよ、親子なんだから、きっと分かり合えるって」
三葉は苦い顔をしていたが、そう言われて、渋々と言った感じで頷く
「だったら、明日、お父さんが帰ってきたときに話すよ、瀧君も挨拶できるし」
三葉の言葉が、少し遅れて耳に入ってくる。
お父さんが帰ってくる?あのお父さんが?え?
「み、三葉!お父さんは俺が帰るまで出張で大阪の方まで行ってるって…」
「うん、それが…私が帰ってくるからって、帰りを早めたんやって、だから、明日の夜には帰ってくる予定やよ。言ってなかったっけ?」
キョトンとした顔で言う三葉とは反して、俺の顔がみるみる青くなっていくのが、自分でもわかった。
これは、まずい、お父さんに挨拶するつもりなんてなかった。服もラフな物しかないし、心の準備もなかった。
「み、三葉!ここら辺にスーツを売ってるところはあるか!?」
とにかく、明日の夜までにスーツを揃える。それで、なんとかしなければ…
面接というのは、その90%が第一印象の見た目で判断される。然り、お父さんに第一印象でダメと判断されれば終わりだ。しかも、俺は以前お父さんの胸ぐらを掴んでいるという前科があるから尚更だ。向こうは知らないだろうけど
「街まで出ればあるけど…結構遠いよ?そんな気にせんでも、いつも通りでええと思うよ?」
「ば、ばか!結婚の挨拶するのに!スーツじゃなくてどうするんだよ!」
「え!え!も、もう結婚の挨拶するん!?」
「え?だって俺ら婚約したじゃん…」
「した!!したけど…えっと…心の準備が…」
2人してオロオロする。側から見たらきっと馬鹿みたいな光景だろう。
「と、とにかく!明日は朝出て俺のスーツを買いに行こう!いいな?」
「え、ええよ!」
とりあえず、一旦それで落ち着く。このままあたふたしていたらたぶん朝になる。
「はぁ…なんだか疲れたな」
俺は天井を仰ぎながら呟く、今日一日、色んなことがあった。こんな日は、もう2度とないだろう。
「そうやね…瀧君、今日はありがとうね」
「俺の方こそ、ありがとうな」
お互いに、お礼を言い合う。何に対してとか、特に言及はしない、ただ、お互いに感謝している。それで十分だからだ
「もう、三葉とは絶対離れない。離さないからな」
「わかっとるよ。私のこと、離しちゃいかんよ」
そう言って、お互いに唇を重ねる
「瀧君…」
三葉が、なんだか切なそうな顔で俺を見る。眠いのだろうか?
「どうした?」
「えっとね…」
何か言いづらそうに、顔を赤くして、三葉が下を向く
「…よ」
「なに?」
「……いんよ」
「わり、もうちょっと大きな声で…」
その言葉で、三葉はまた俺の方を見る。顔は、真っ赤だ
「た、瀧君と!したいんよ!ばか!」
三葉は、そう叫んで、俺の胸に飛び込んでくる
これは…
もう、何されても文句言えないからな?
その夜、再び出会えた2人は、ただひたすらに愛し合った。
これから始まる、新たなる日々に向けて