君の名は。〜after story〜   作:ぽてとDA

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第28話「家族」

俺達は、お墓参りを終えた後、近くの街まで出て行ってスーツを買うことになった。

 

 

だがこのスーツ選び、なかなかに困難を極めたのである

 

 

「ど、どうだ…」

 

「あっ…まぁ、割と…ええんやない、かな?」

 

「…なんで疑問形なんだよ…似合ってないならそう言えよ…あってなんだよあって」

 

「四葉ちゃんはどう思う?」

 

 

 

「…ふっ」

 

「鼻で笑うんじゃねぇ!!!」

 

とにかく、俺が選んだスーツはことごとく三葉と四葉ちゃんにダメ出しをくらった。

 

確かに、自分でも特段スーツが似合ってるとは思わないが、ここまでとは思わなかった。就活のときに、高木と司に散々言われたが、あれはただ俺を揶揄っているだけだと思っていた。

 

まさか本当に似合っていないのか?

 

 

「こ、これは!?」

 

「はは…」

 

三葉の苦笑い

 

「こっ、こっちは!?」

 

「くっ…」

 

「だから笑うんじゃない!!」

 

そうして俺がいいと思うスーツが店からなくなった頃、三葉と四葉ちゃんが、俺に似合ったものを見繕い始めた

 

「お姉ちゃん、こっちのはどうかな?」

 

「ううん、それよりも、こっちの方がええって、瀧君は身長そんなに高くないし、足もそこまで長くないから、縦のストライプが入ってた方が格好良く見えるんよ」

 

「おぉー、さっすがアパレル企業勤めやね。たしかに、よく見るとこっちの方が良さそう。顔もシャキッと見えそうで」

 

2人の話を後ろで聞いていた俺は、さりげなく色々な悪口を言われている気がしたが、聞こえないことにした。

 

結局、俺は三葉と四葉ちゃんが選んだスーツを着て、試着室を出た

 

 

「…どう?」

 

「お、おぉ…瀧さん、見違えたわ…さっきより全然ええよ!」

 

目を見開いて四葉ちゃんが拍手する

 

「瀧君…その、私も、カッコいいと思うよ」

 

今度は、三葉が恥ずかしそうに顔を赤らめながら言う

 

「はは…まぁ、似合ってるんならいいんだけどさ…」

 

なんだろうか、釈然としない。要は、俺はスーツが似合わないのではなく、スーツを選ぶセンスが絶望的だった。そういうことだろう

 

地味にショックだ…

 

俺はふと、先程からこちらを気にかけていた店員の女性がチラチラと見ているのに気づく。最初から店員さんに似合うスーツを聞いとけばよかったかな、なんて思っていると、その店員さんが近づいてくる。

 

「あ、あの…」

 

「はい?」

 

「お客様、とても…お似合いでございます…」

 

店員さんはぽっと頰を赤らめると、俺を上目遣いで見てくる。

 

 

あー…これは…

 

 

横を見ると、三葉と四葉ちゃんが笑っている

 

 

 

 

生まれて初めて、笑顔が恐ろしいと思った。

 

 

 

 

 

…これは、俺が、悪いの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、三葉と四葉ちゃんが夕飯の準備をし始める。お父さんが帰ってくる前に支度を済ませてしまいたいそうだ。

 

かたや、俺は買ったばかりのスーツをぴっちりと着込んで、居間に座っている。緊張からか、至る所から汗が出てくる。

 

「そんなに緊張せんでもええんに…」

 

おばあちゃんはそう言ってくれるが、無理な話だ。彼女のお父さんに会うのに、緊張しない男なんていないだろう

 

「そ、そうは言っても、やっぱり緊張してしまいます…」

 

「そんなんじゃまともに話せんやろ」

 

おばあちゃんはため息をつくと、立ち上がって台所に行く。そして、しばらくすると、湯呑みを持って戻ってきた

 

「ほら、これで一息つきんさい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

おばあちゃんからもらった湯呑みには、お茶が入っていて、俺はそれをゆっくりと飲む。温かいお茶が全身の緊張をほぐしてくれるのを感じる。

 

「そんな緊張しとったら、喋れるもんも喋れなくなるわ、少しリラックスしんさい」

 

「すいません…でも、お茶を飲んだら、少し余裕できました。これなら大丈夫そうです」

 

「うむ、それならええ」

 

おばあちゃんはその言葉を聞いて頷く。それと同時に、三葉と四葉ちゃんが居間に戻ってくる。

 

「夕飯の準備、できたよ」

 

「お姉ちゃん、瀧君がおるからめちゃくちゃ張り切ってたね」

 

「う、うるさいわ!」

 

ニヤニヤする四葉ちゃんを三葉が叱りつける、その光景に、俺の心はまた少しだけ癒された

 

「ありがとな、三葉。また三葉の料理食べれるの、楽しみだよ」

 

「う、うん。頑張ったんやから、残さず食べてね」

 

「おう」

 

だが、三葉の手料理という極楽の前に、お父さんという大きな壁が建っているのは変わらない。

 

玄関の方で車が止まる音が聞こえ、四葉ちゃんが迎えに行った。

 

 

そう、お父さんが…俊樹さんが

 

 

帰ってきた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

「…………」

 

 

チクタクと、壁掛け時計が動く音が異様なほど大きく聞こえる。

 

それほど、この空間は静寂に満ちていた。

 

俊樹さんは俺の対面に座り、じっとこちらを見ている。俺の横には、何故かスーツに身を包んだ三葉がちょこんと座っていて、テーブルの横には、おばあちゃんと四葉ちゃんが座っている。

 

だが、誰も喋らない。

 

ふと、俊樹さんが目の前の湯呑みに手をかけ、一口お茶を啜る。

 

 

「…あの」

 

沈黙に耐えかねて喋りかけようとした俺の声に重ねるように、俊樹さんが湯呑みをテーブルに置く音が響く。

 

それで、その先を喋ろうとしていた俺は急に口が開けなくなってしまう。横を見ると、三葉も冷や汗を垂れ流している。

 

どうすればいい…

 

ここで三葉に先に喋ってもらうのも手だが、それでは、俺は先に挨拶の言葉すら言えない男なのか、なんてことを思われかねない。

 

さぁ、喋るんだ。俊樹さんに思いを伝えるんだ。

 

就活のとき、散々やったろ。自分の事をいかにアピールするか、いかに上手く伝えるか、それが大事だ。だから、俺から…

 

そう、覚悟を決める

 

「…あの」

 

だが、喋り出そうとした俺に合わせるように、俊樹さんは口を開く

 

「君は…立花瀧君、と言ったね」

 

先に言われた。これはマイナス点だ…しかし、ここから挽回していかなければ

 

「は、はい!ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。三葉さんとお付き合いさせて頂いてます。立花瀧と申します」

 

そう言って、俺は頭を下げる。自己紹介として平々凡々だが、まぁ及第点だろう。

 

顔を上げると、俊樹さんはまた俺の方をじっと見ている。もしかして何か、俺はミスを犯したか?そう思い、また新たな冷や汗が頰をつたる

 

やがて、俊樹さんがまたゆっくりと喋り始める

 

「私は、三葉の父の宮水俊樹だ。立花君…いきなり不躾な質問をするが…」

 

そこで、俊樹さんは言葉を区切る

 

 

 

不躾な質問てなんだ?

 

 

 

だめだ、わからない…

 

 

 

 

「君は…私とどこかで会ったことがあるかね?」

 

「へ?」

 

 

 

 

突然のことに、脳みそがフリーズする。まさか、もうバレたのか?

 

「い、いや!私は!お義父さん!あ、宮水さんと会ったのは初めてです!」

 

ひどい言い間違いをしたが、気にしないことにした。俊樹さんはそれを聞いて、少しだけ悩んだそぶりをすると、またこちらを向く

 

「そうか…ならいいんだ。今日はわざわざこんなところまで来てもらってすまないね」

 

「あ、いいんです!三葉さんのご家族には会ってみたかったので!それに、家に泊まらせてもらった上に、ご飯やら何やら色々としてくださって、本当に感謝しています」

 

俺はまた、頭を下げる。

 

これはなかなか、いいんじゃないか?しっかりと会話になっている。五分前の沈黙の時間に比べれば、雲泥の差だ

 

「お客をもてなすのは当然だから、気にしないでくれ。それよりも、立花君がスーツなのは分かるが、何故三葉、お前もスーツなんだ」

 

「えっ!?あっ…」

 

 

俊樹さんは、急に三葉に焦点を変える。いきなり話を振られた三葉は、何か喋ろうとして失敗し、喉に何かつっかえたような体制になる

 

「…2人してスーツとは、まさか、もう結婚の挨拶をしに来たんでもあるまいに」

 

その言葉は、核心をついている。

 

まさに、俺達は結婚の挨拶をしに来たのだ

 

俊樹さんが帰って来た途端に、三葉は自分の部屋に行くと、スーツに着替えて戻ってきた。普通挨拶される側の家の人間は硬い格好はしないと思うが、緊張してそれどころではなかったのだろう

 

俺達が黙って冷や汗を流していると、俊樹さんは俺達2人を交互に見る。だんだんと眉が寄っていくのが見えた。

 

「まさか…本当に結婚の挨拶に来たのか?」

 

 

「は、はい!三葉さんとは、結婚を前提としたお付き合いをさせて頂いています!」

 

俺は、とにかく、俊樹さんに俺がいかに本気かということを分かってもらうために、語気を強める

 

「…君達は出会ってどれくらいになる」

 

「えっと…」

 

その言葉に、俺は迷う。俺達にとっては、この質問にはいくつも答えが存在する。

 

俺と三葉が実際に知り合ったのは、入れ替わりの時期。その頃を軸にするなら、俺は5年、三葉は8年前からの知り合いってことになる。

 

しかし、記憶をなくした後、再び出会ったときを軸にするならば、まだ1ヶ月経っていないくらいだ。

 

むしろ、記憶を取り戻して、本当の意味で出会ってからを考えると、まだ1日しか一緒にいない。

 

だが、三葉さんとは、昨日会うことができました!なんて、口が裂けても言えない。

 

 

そう俺が思い悩んでいると、隣の三葉がやっと口を開く

 

 

「瀧君とは、まだ1ヶ月くらいしか付き合ってないんやけど…実は、知り合ったのは、もう8年も前のことになるんよ。だから、出会ってからは、8年かな」

 

これは上手い言い方だ。思わず手を叩きそうになるのを堪える。

 

確かに、付き合って1ヶ月で結婚なんて、普通なら許されないが、それが8年来の知り合いだったとなると、そう簡単には決めつけられない。しかも、嘘はついていないのだ。俺達は本当に8年前に会っているのだから

 

 

「8年…というと、お前はまだ高校生じゃないか。いつ、どうやって立花君と知り合ったんだ?立花君は糸守の人間ではないだろう」

 

俊樹さんはやっぱり甘くない。痛いところをついてくる

 

「あー…私が、ちょっとだけ東京に遊びに行ったときに知り合ったの。それは、四葉に聞けば分かると思うけど…」

 

俊樹さんは無言で四葉ちゃんの方を見る。四葉ちゃんは少しため息をついてから、喋り出した

 

「確かに、お姉ちゃんは高校のとき1人で東京に行ってたよ。何でかは分からんけど」

 

その言葉に乗るように、三葉も口を開く

 

「って感じで、私達は知り合ったんよ」

 

俊樹さんはその言葉に頷くと、また眉をひそめて何かを考えている。

 

「なるほど…三葉、お前が東京の大学に進学したいと言った理由は、彼か?」

 

「え?あー…まぁ、言ってしまえば、そう…なんやけど…」

 

三葉が、少しだけ顔を赤くして、歯切れが悪そうに言う。これも、嘘はついてない。三葉は間違いなく、俺のことを探して東京に出てきている。その当時の本人に自覚はないだろうが…

 

「…そうか」

 

俊樹さんは、ただ一言、呟く

 

俺は、俊樹さんの目を見つめる。攻めるなら、今しかない。

 

 

そう思った

 

 

「宮水さん。私は、三葉さんのことを心の底から愛しています。この気持ちは、何があろうと揺らぐことはありません。そしてそれは、三葉も同じだと思います。私は…いや、俺達は、もう、2人で1つなんです。どちらかが欠けていては、生きていけません。それほどまでに、愛してるんです」

 

そこで一旦言葉を区切る。そして、また、強く、俊樹さんの目を見つめる

 

俊樹さんも、俺の目を見て、けして逸らそうとはしなかった

 

 

「俺は、金持ちでもなくて、権力があるわけでもありません。でも、三葉を愛している気持ちだけは、世界で誰にも負けていない自信があります。三葉は、俺の運命の相手なんです。三葉以外には、考えられないんです。だから…」

 

 

俺は三葉を見る

 

 

三葉は、俺の視線に気づくと、赤くなっている顔を上げて、微笑み、頷く

 

 

俺もそれに、頷き返す

 

 

 

そして、言葉の続きを

 

 

 

「俺が、三葉を幸せにします。三葉を…俺にください!!!!」

 

 

俺は、頭を下げる。隣で一緒に、三葉が頭を下げるのがわかった。テーブルの下、俊樹さんからは見えないところで、俺の手に、三葉が手を重ねて、ぎゅっと握りしめられる。

 

 

 

俺達は、俊樹さんの言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…運命の、相手…か」

 

 

「え?」

 

そのつぶやきに、思わず顔を上げてしまう。

 

俊樹さんは、そのまま立ち上がると、ハンガーにかけてあったジャケットを羽織る。

 

「ちょ、ちょっとお父さん!どこ行くん!?」

 

慌てて三葉が呼び止めるも、お父さんは支度をして、居間から出ようとする。俺は、唖然として見ていることしかできなかった。

 

 

思いが…通じなかった…

 

 

そう思った

 

 

しかし、居間の襖を開けたところで、俊樹さんは立ち止まる。

 

 

「私は、これから会議がある。無理をして抜けてきたものでね。すまないが夕飯は一緒にできなそうだ」

 

 

そして、背を向けたまま、顔を少しだけこちらに向ける

 

 

「立花君…三葉のことを、よろしく頼む。今、糸守は復興の途中にある。時が来たら、一度糸守に遊びに来るといい。あそこは…いい町だ」

 

 

 

俊樹さんはそれだけ言うと。立ち去っていった。

 

俺は、俊樹さんの言葉を理解するのに、かなりの時間がかかった。三葉も同じようで、口をぽかんと開けて、俺の方を見ている。

 

そのとき、おばあちゃんが、大きなため息をつく。

 

「はぁ…まったく、わかりにくい男やね…つまり、結婚を認める。三葉のことを頼むって、あのバカはそう言ったんやよ」

 

 

結婚を認める…

 

 

その言葉が、脳みそに染み渡る

 

 

「や、や、やったぞ!!!三葉!!!」

 

「瀧君!!私達!結婚できるんやよ!!!」

 

俺は思わず飛び上がって喜んで、三葉を抱きしめる。三葉も、負けじと俺に抱きついて来る

 

「あー、子供みたいに喜んじゃって…」

 

そんなことを呟く四葉ちゃんも、その顔はとても嬉しそうだった

 

 

 

 

「…瀧君」

 

不意に、幸せで死にそうな俺を、三葉が何か言いたげな目で見てきた

 

「どうした?三葉」

 

そう聞いた俺に向けて、三葉は何やら覚悟を決めたような顔をする

 

「私…やっぱり、お父さんとちゃんと、話して来る!今!」

 

昨日言っていた。三葉とお父さんのわだかまり。それを解きたいのだろう。だったら俺は三葉を応援するまでだ

 

「…そっか、んじゃあ、行ってこい!三葉!」

 

俺は、三葉を離すと、その背中をポンと押した

 

三葉は一度だけ振り返ると、微笑む

 

「ありがとう…瀧君」

 

 

そして、三葉はお父さんのところに走って行った

 

 

「頑張れよ、三葉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関を出ると、待たせていた運転手が車にエンジンをかける。このまま、復興のための会議に向かわなくてはならない。

 

 

車に乗り込む前に、立ち止まる

 

 

そして空を仰ぐ

 

 

 

二葉…これで、よかったのだろう?

 

 

 

私は、間違っていないよな?

 

 

 

夜空には綺麗に星が瞬いていて、その景色は目を奪われるほどのものだ。

 

 

この夜空を、君と2人で見たかった

 

 

そんな、もう何万回思ったかわからないことを、また考えてしまう

 

 

 

「お父さん!!!」

 

 

 

 

突然の呼び声に、振り返る。

 

 

 

 

二葉?

 

 

 

 

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、そう思ってしまった。走って来る三葉に、二葉が重なってしまった。三葉は本当に、二葉に似ている

 

 

「お父さん!」

 

 

駆け寄ってきた三葉は、私の前で止まる。息を切らして、相当急いで出てきたのだろう

 

 

「どうしたんだ、そんなに急いで」

 

 

三葉は、顔を上げて、俺の目を見る。

 

 

「私!私!ずっと逃げてたんよ!」

 

 

そして、その目に涙を浮かべながら叫ぶ

 

 

「お父さんが、私を信じてくれたから、糸守の人達は助かった!でも、お父さんは私を、四葉を!家族を捨てた!ずっと、そう思って…意地になってた!」

 

 

 

三葉は、そこで一度言葉を区切る、そして…

 

 

 

「ほんとはね、ずっと…ずっと言いたかったの」

 

 

 

 

 

あの、二葉と同じ、花が咲くような笑顔で

 

 

 

 

 

微笑んだ

 

 

 

 

 

「お父さん、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…」

 

私は…いや、俺は…なんて馬鹿だったのだろう…

 

 

 

『僕が愛したのは二葉です!宮水神社じゃない!』

 

 

 

その昔、一葉お母さんに言った言葉が、フラッシュバックする。

 

 

 

なんて馬鹿なことを…今の俺は、そう思う。

 

 

 

俺が愛したのは、宮水神社でも、二葉だけでもない…

 

 

 

俺が愛したのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族だ…

 

 

 

 

 

 

 

「私は…本当に大馬鹿ものだ、三葉や四葉、それに一葉さんを放って、自分の道を進んでしまった。本当に、すまなかった、三葉」

 

 

私は、頭を下げる。実の娘に向かって

 

 

「お父さん…もういいんよ。もう、許したから、四葉もおばあちゃんも、私も、もう何にも思ってないよ」

 

 

その言葉で私は顔を上げる。三葉は、まだ、あの笑顔のままだった

 

 

「むしろ、私や四葉の学費とか、何にも困らないようにしてくれてありがとう。こんな立派な家を建ててくれありがとう。しかも、私の部屋まで作ってくれてありがとう。って、全部言ってたらキリがないね」

 

 

そう言って、三葉ははにかむ

 

 

「ほんとに、お父さんには感謝してるんやよ。そりゃちょっとムカつくところもあるけど、家族って、そんなもんやろ?」

 

 

「そう…だったな」

 

 

私は、三葉に顔を向けないように、振り返る

 

 

「三葉…幸せにな」

 

 

「うん、ありがとう。お父さんも、復興頑張ってね。次帰って来るときは、瀧君に糸守観光させるんやから!」

 

 

「そうか…期待して待っててくれ」

 

 

私は、その言葉を最後に、車に乗り込む。三葉が外で、フリフリと手を振っている

 

 

「出してくれ」

 

 

若い運転手に向かって、そう告げる

 

 

「町長…ハンカチ、使いますか?」

 

 

「いや、いらん」

 

 

「では、向こうに着いたら、一度顔を洗われた方がよろしいでしょう。その顔で会議は出れませんよ」

 

 

そう言って、運転手は、静かに車を出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二葉、私はまた、自分の道を進むことにするよ

 

 

 

 

 

 

 

ただ、今度は、家族も一緒にな

 

 

 

 

 

 

 

走る車の窓を開けると、糸守の綺麗な風が舞い込んでくる

 

 

 

 

 

 

 

その内の1つが、私の頰を優しく撫でる。まるで、二葉の、柔らかい手のように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は微笑んで、また、綺麗な夜空を見上げた

 

 


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