第31話「この空の下で」
「これでよし!瀧君、どうかな?」
私は、出来上がったそれを取り付けると。満面の笑みで瀧君に向けて振り返った。
「お、たしかに、いい感じだな」
瀧君も、満足そうに頷いている。
私達の目の前には、ドアと、その横に取り付けられた。一つの表札がある。
木の絵がお洒落に描いてあるその表札には、一つの苗字と2人の名前が書いてある。
立花 瀧&三葉
私は、その表札を見て、嬉しくて、嬉しくて、瀧君に抱きついてしまう。
「な、なんだよ…」
そんな風に言う瀧君も、その顔はとっても嬉しそう。
「私ね、幸せすぎて死にそうやよ?」
だから、ついそんな言葉が口をついて出てきてしまう
「そりゃ困るな、どうすればいい?」
「んー…」
私が、瀧君に何をさせようか悩んでいる間に、瀧君はそっと顔を近づけてくる。私が気付いた時には、もう、唇が重なっていた
「これでいいんだろ?」
唇を離した瀧君は、ニヤッと笑う
「ばか…余計死んじゃうよ…」
ほんと、この男は…そんなことを思いながらも、私は愛する人の顔を見て微笑んだ
私達が糸守から帰って来てから、すでに1ヶ月程時間が経っていた。
糸守で全てを取り戻し、本当の意味で再開できた私達は、こうして夫婦になることができた。
東京に戻った私はまず、四葉と話し合った。もちろん四葉はしっかりしているから、一人暮らしなんて問題ないけれど、やっぱり、姉としては心配なところがあった。だから、瀧君にも許可をもらって、四葉に瀧君と三人で住もうという提案をしたのだけれど、四葉は絶対に嫌と言う。
「毎日2人のラブラブ見せられたら、私溶けちゃうやん…」
ということで、四葉には、元々私達が住んでいたアパートに一人暮らししてもらうことになった。
次に私は、瀧君のお父さんに挨拶に行った。お父さんは…お義父さんは、全く反対なんてせずに、私達の結婚を心から喜んでくれた。
「三葉さん、息子をよろしくお願いします」
帰り際に、玄関で頭を下げたお義父さんは、少しだけ、寂しそうに言った。瀧君は、今までずっとお義父さんと2人で生活してきたのだから、お義父さんもやっぱり寂しいのかもしれない。私は、そんなお義父さんを不安にさせないように、はっきりと、任せてくださいと言い、頭を下げた。その後、頭を上げた私を見たお義父さんは、とっても嬉しそうだった。
それから、今度は親同士の顔合わせ。忙しいのに、わざわざ東京に出てきてくれたお父さんには、本当に感謝している。なんだかわからないけど、お父さんとお義父さんは、とても気が合うみたいで、仲よさそうにお酒を飲み交わしていた。でも、親同士仲が良いのはとても良いことなので、私と瀧君はその光景を笑いながら眺めていた
実は、こうして籍を入れる準備をしている間に、瀧君がこっそり婚約指輪を買おうとしてたのだけど、それを見つけてしまった私は、もう十分だから要らないと、瀧君を説得したりした。あの日、あの場所でもらった言葉だけで、私には十分だった。だから、婚約指輪よりも、これからの2人の生活にお金を使おうと、そう説得した。これから、結婚式や、新婚旅行で、たくさんお金がかかるのだから。最初は絶対に買うと言っていた瀧君だったけど、最後は理解してくれた。けど、代わりに結婚指輪はとっても良い物を買うという条件付だった…
そして、ついに私達は籍を入れることになった
5月28日 それが私達の、結婚記念日
2人の、新たなる日々の、始まりの日
2人して、緊張した面持ちで、婚姻届を窓口まで持って行く。それを見た窓口のお姉さんは、にっこりと笑った
「ご結婚おめでとうございます」
その一言で、私達の緊張の糸も切れてしまった。2人で顔を見合わせて、微笑む
もう、私達は夫婦だった
一緒に住む家は、都心からは外れるけれども、都内のマンションを借りることにした。最寄駅はJR三鷹駅まで徒歩10分、1LDK、築4年。家賃は10万の後半くらいで、ちょっと高いかもしれないけど、これでもめちゃくちゃ探し回ってやっと見つけた良物件だった。
そんな新しい家の前に、私達は立っている。抱き合いながら、希望のこもった目で、ピカピカのドアを見つめている。
引っ越しには、業者は使わなかった。代わりに、四葉と、こっちに戻ってきたテッシーとサヤちん、それから高木君や藤井君に手伝ってもらって、みんなで引っ越しをした。その日は、お礼に私の手料理を振る舞って、みんなにお腹を満たしてもらった。私達の友達だけあって、全員がすぐに仲良くなってくれた
そういえば、四葉と高木君、やけに仲が良さそうだったな…
「なぁ三葉」
「ん?」
今までのことを思い出しながら振り返っていた私に、瀧君が話しかけてくる。
「やっと、一緒になれたんだな」
瀧君は、表札の、名前の部分を指で撫でながら、感慨深そうに言う
「そうやね…私達、ほんとに色々あったからね」
「あぁ、でも、乗り越えてきた。そして、それは、これからもだ」
瀧君は、今度は廊下の手すりの部分に肘をついて、空を眺める。雲一つない空は、東京の空とは思えないくらい澄み渡っていた。
私も、そんな瀧君の横に並んで、一緒に空を見上げる。
ふと、瀧君が、空に向かって手を伸ばす
「何してるん?」
「昔さ…三葉と入れ替わってたとき、よくやってたんだ…」
そこで、瀧君は一度言葉を区切る。そして、私の方を向くと、また言葉を紡ぐ
「三葉が、どこまでも繋がっているこの空の下に、いるんだって思うと、届くわけないのに、無性に手を伸ばしたくなってさ…昔の、話だよ」
そう言いながら、瀧君はまた空を向く。
同じだ…
そう、思った
私も、届くわけがないのに、瀧君がいるであろう東京の空に向けて、手を伸ばしたことがある。
けれども、繋がっていると思っていたそんな空は、時間の流れに引き裂かれていて、繋がっていなかった。私達の手は、一生届くことも、繋がることもないはずだった。
でも、今は違う
「瀧君…」
そっと、私は、伸ばされた瀧君の手に、自分の手のひらを重ねる
瀧君が驚いてこちらを見る
「届いたよ…瀧君の気持ち、私には届いてたよ…だから、ほら、こうして繋がったでしょ?」
私は、微笑みながら、瀧君の手を握る
驚いた顔をしていた瀧君は、やがて、微笑みながら、私の手を握り返す
「ありがとう、三葉…」
「お礼を言うのはこっちやよ…」
私達は、抱きしめ合う。ただ抱き合うだけではなく、優しく、お互いの存在を確かめ合うように、包み込むように、そんな風に、抱きしめ合う。
私達の空は、繋がった。彗星によって2つに分かたれたあの空は、私達の愛で1つになった。
だから、これからは、2人で生きていく。この綺麗な空の下で
「じゃあ、行こっか」
瀧君が、私の手を取る。そして、玄関の扉を開ける。
「うん!」
私も、笑顔で、瀧君に答える
扉を開けてくれた瀧君は、目で、レディファースト、と言っている。だから私は、遠慮なく踏み出した。
新たなる日々への、第一歩を