私は、岐阜県の田舎町、飛騨の糸守町出身で、大学に入ると同時に上京してきた。でも、その理由は東京に憧れてとかそんな理由じゃなくて
もう、8年も前のことになるのかな。約1000年ぶりに地球に最接近したティアマト彗星は、その核を分裂させた。2つに別れた彗星の片割れは、大気圏を突き抜け、私の生家である糸守町の宮水神社を直撃した
その衝撃と爆風で、糸守町の半分は一瞬で蒸発した。その日、宮水神社で行われる予定だった秋祭りが通常通り行われていたら、きっと私はここにはいなかったと思う
けれど、500人以上の死傷者が予想されたこの事件は、死傷者0人という奇跡に幕を閉じた。その日何故か、町をあげての避難訓練が行われたのだ。そして、その避難場所は、彗星落下の被害を免れた糸守高校だった
まさに奇跡だった。当時のニュースではひっきりなしにこの話題が取り上げられ、避難訓練を強行した糸守町町長の宮水俊樹…私のお父さん…は、予言者なのではとか、根も葉もない噂が好き勝手に飛び交った。
実を言うと私は、その当時のことをほとんど覚えていない。でも、とても大切な誰かを、大事なことを、忘れてはいけない何かを、忘れてしまったかのような、そんな感覚に襲われるようになったのは、たぶん、あの日から
星が降った日
後から聞いた話によると、お父さんに避難訓練をしてほしいと申し出たのは私らしい。でも、これもほんとかどうかはわからない。お父さんに聞いても、何も言ってはくれなかった。そもそも、私とお父さんの仲はそんなに良くなかったから、詳しくは聞けなかった…
私は、その日から癖になってしまったことがある。時々、ふと、自分の右手を見て、泣きそうになる。何故かはわからない。私の中の何かが、叫び声をあげているような、何かを求めているような、でも、何も思い出せずに、そこで諦めてしまう。
答えを見つけたかった。私は何を、誰を探しているのだろうか?その答えは、どこに行けば見つかるのだろうか
私は、まるで答えを追い求めるかのように、東京に出てきた。3年生から編入した岐阜の高校を卒業すると、おばあちゃんを妹の四葉に任せて、私は東京の大学に入学した。
大学に入ってすぐ、まだ、ショートカットに切り揃えた私の髪が伸びきっていない頃。とある神社の横の階段を降りているとき、1人の高校生とすれ違った。なんだか、懐かしいような、どこかで会ったことがあるような、でも、思い出せない。そんな気がして、声をかけようか迷ったけど、その高校生は私をチラリと見るとすぐに歩いて行ってしまった。
私も、すぐにそのことは忘れてしまった
でも、思い出したかもしれない、もしかしたら…
結局、大学生活でも答えは見つからなかった。はまりそうなパズルのピースは、ほんのすこしだけずれていて、うまくはまらなかった
私は大学を卒業すると、世間でいう大手のアパレル企業に勤めることができた。それでも、私の中の空白は埋まることはなかった
答えはまだ、見つからない
社会人にも慣れてきたころ、四葉がこっちに越してきた。おばあちゃんとお父さんの仲違いがやっと終わりを告げたそうだ。四葉は高校は東京の学校に進学すると言って聞かず、それならば私と一緒に暮らしなさいと言われ、今では四葉と一緒に住んでいる。
妹は私が彼氏を作らないことが心配だそうだ、たしかに、今まで何人もの男の人にお誘いを受けたり、告白されたりしたけれど、私は頑なに首を縦に振らなかった。どうしてだろうか、私から見てもカッコいいと思う人、すごくいい人もたくさんいた。でも、何かが違った。
このひとじゃない。私が探しているのはもっと、誰か、別の人だと、そう思った
だから私は、いまだに彼氏の1人もいたことがない。
でもそんな悩みは、今朝1人の男性に出会ったことで吹き飛んでしまった。
今まで生きてきた、その意味がやっとわかったような、そんな感覚
大袈裟だけれど、きっと彼が、運命の人なんだろうな。だって、だってこんなにも私は、幸せな気持ちになっているのだから…
「うふっ、うふふ…ふふふふふ…ふふふっ」
「……」
私の同僚が、昼休みに入ってから携帯を見ながらずぅーっとニヤニヤと笑っている。さっきから軽蔑の眼差しを向けているのだが、一向に気づく気配はない。
「…ねぇ三葉、さっきから気持ち悪いんだけど…」
「なっ、なによ、いきなり失礼な…」
「あんたのそんな顔、初めてみたわ…男ができると、こんなにも変わってしまうもんなのねぇ〜、あの鉄の女三葉がねぇ」
「男ができたって、まだ…彼氏でもなんでもないんだから…」
「あら、予想してあげるわよ、あんたら間違いなくすぐくっつくわ、全財産かけてもいいわよ」
「な、なんでそんなこと言えるのよ…」
「あんたねぇ…電車で目があっただけでわざわざ降りて走ってきた男よ、三葉にベタ惚れに決まってるでしょ」
「でも…私だって電車から降りて会いに行ったし…」
「あぁ、あんたが彼にベタ惚れなのは顔見れば分かるから、ごちそうさま。それで、彼からのLINE、返信したの?」
「それが…なんて返そうか迷っちゃって…」
朝、出勤するとすぐ、彼からのLINEが届いていた。遅刻は大丈夫だったのだろうか…でも、とりあえず仕事に集中して、昼休みに返信しようと思っていた。
三葉はだらけきったニヤケ顔をしながら、テキパキと自分の仕事を片付けていた。その様子を見ていた夏海は恐怖に慄いていたが、とうの三葉本人には全く自覚がなかった。
「さっさと返しちゃいな、彼、待ってるかもよ」
「う、うん、そうだよね」
私は彼からのLINEに無難な感じの返信をした。すると、すぐに立花さんから返信が戻ってきた。
「なつ!な、夏海!!立花君が!今日の夜会おうって!!」
「あーよかったじゃない…って、聞いてないし…」
三葉は満面の笑みで、携帯をすごいスピードで操作している。返事をしているのだろう。
「夏海!その…あの、今日の残業なんだけどね…」
携帯から目を離した三葉が、突然何かを思い出したような顔になる。そして、ウルウルとした目でこちらを見てくる。そういえば、今日は三葉が遅番だった気がする。
「はいはい、貸し一つね、まったくもう」
「夏海ぃぃい!!!大好き!」
「わかったって!わかったから三葉!近いってば!」
抱きついてきた三葉を引き剥がして、私は微笑む
三葉がこんなに笑うのは、実を言うと始めて見た。三葉とは去年この部署に配属されてから一年ほど一緒にいるけど、最初の印象は、暗い女だな、だった。
三葉は社交的だし、きちんと笑顔も作るから他のみんなはそんなこと思っていないだろうけど、私は、三葉が笑うときに、本心から笑っていないのがすぐにわかった。みんなで馬鹿な話をして笑いあっても、テーマパークに遊びに行っても、心の底から笑うことはなかった。私にはそれがわかってしまう。仲良くなって、私も三葉に笑ってもらえるように頑張った。けれど、やっぱり三葉は笑ってくれなかった。
だから、今日の朝はほんとに驚いたのだ、あの三葉が、隠しきれないほどのニヤニヤ顔で出勤してきたのだから。それはもう驚いた。話を聞くと、運命の人にナンパされただとかどうとか…この子はどっか抜けてるところがあるから、その男に騙されてないか心配だけど、とりあえず、この三葉の笑顔を引き出してくれた瀧君とやらには感謝しよう。
私は、また笑顔で携帯をいじりはじめた三葉を見ながら微笑む
ほんとに、よかったね。三葉