パラパラと、ページをめくる音だけが部屋に響く。私は今、自分にあてがわれた小綺麗な六畳間の部屋で本を読んでいる。
こんなに集中して本を読むのはいったいいつ以来だろうか。それでも、本の内容はまるで映画を見ているかのように私の頭の中に浮かび、流れて行く。面白い本とは、こんな風に自然に情景が頭の中に浮かぶもののことを言うのだろう。私が読んでいるこの本は、私のお母さんが書いたものだ。お母さんは、本業とは別に副業として作家をやっている。まぁしかし、書いた作品はこれ一冊のみで、それ以降はもう書かないらしい。だが、それでも十分すぎる程、この作品は多くの人を虜にしてしまったのだ。
お母さんとお父さんの馴れ初めにありえないようなフィクションを交えた、SFチックな恋愛ドラマ。それがこの本の内容だ。二人の男女が突然精神だけ入れ替わり、隕石が落ちて、二人は記憶をなくし…だが、それでも運命は二人を結びつけ…
斬新な恋の物語。これに心を奪われた人は多かった。週刊誌に載った作品があっという間に話題になり。その数ヶ月後には単行本が出版され、そしてさらに数ヶ月後には、映画化までされたのだ。単行本は初日から重版がかかり。映画は興行収入が第4位にまで上り詰めた。私は今まで、親が作った作品だからなんとなく恥ずかしくて、本も映画も見なかった。だが、妹が買ったのだろうか、家に帰ってテーブルの上に置いてあるこの本を手にとって軽く目を通すと、私の目はもうそこから離れなかった。
物語をめくる手が止まる。どうやら私は、あっという間に最後のページまで来てしまったようだ。
自然に涙が落ちる
なんて、切ない恋の物語なのだろうか
この後2人はどうなったのだろうか?
お母さんに聞いてみたい…
……
コンコンと、扉がノックされる
「…なにー?」
「七葉だけど、お母さんがご飯できたから呼んで来いって」
少しだけ扉が開き、長い黒髪を赤い組紐で結んだ少女がちょこんと顔を出す
「あー、うん…ちょっとまっといて」
私は妹にバレないように急いで涙を拭う。
「お姉ちゃん…また訛ってる。お母さんの影響受けすぎだよ…」
「別にいいやろ?恥ずかしくもないし…」
「えー、東京生まれの東京育ちなのに訛ってるって変だと思うんだけど」
妹がこちらに近づいてくる。見れば見るほど、妹は本当にお母さんに似ている。お父さんに言わせると、本当に当時のお母さんの生き写しらしい。性格もお母さんに似ているらしいが、こんなガサツな妹があの完璧お母さんと同じ性格とは思えない。一方で、私はお母さんとお父さんを足して2で割ったような見た目をしているらしい。髪も妹のようなロングじゃなくてショートだ。まぁ髪については、バスケをやるときに邪魔だから自分で短くしたのだが。
妹は私の横で立ち止まると、私が読んでいた本を覗き込む
「あー!お姉ちゃん!やっぱり私の本持ってってた!」
「あー…ごめん。つい気になっちゃって…」
「もー、しょうがないなぁ、まぁ寛大な妹だから許してあげます」
「ふふっ、うるさいわ」
「でも、どうだった?お母さんの本!」
「なんて言うんやろ。言葉が見つからんのやけど、端的に言えば面白かった、かな…」
我ながら稚拙な感想だが、それ以外に言葉が見つからない。適切な感想が浮かばないのだ。この作品を表現するにあたって、簡単な言葉を使うなら「面白い」以外にない気がする。
「なにそれ、お姉ちゃん本当にちゃんと読んだの?」
「読んだわ!ちょうど今、最後のページやし!」
「あ、本当だ。ねぇお姉ちゃん。このあとがきの言葉って、誰に向けてるんだろ?」
「うーん…読者とか?」
「…それにしてはなんかおかしくない?」
「まぁ、そうやね…でも考えても分からんね…」
2人して首をかしげて唸る。妹の黒髪が小刻みに揺れている。やがて、ため息をついて顔を上げる。
「だめだ、わかんない。それに、このあと2人がどうなったかも気になるんだよねー。お姉ちゃんも気になったでしょ?」
「うんうん。お母さんもここで終わらせるとか、なかなか粋なことするんやね」
「でもこれってお母さんとお父さんの出会いを元にした話なんでしょ?だったらお母さんとお父さんは今結婚して私達を産んでるんだし、あの後2人は記憶を取り戻して結ばれたんだよ!」
「でもそうだったら、どうやって記憶を取り戻したんよ…」
私の言葉に妹はまた唸り出す。そんな妹が面白くて私はクスクスと笑いを零してしまう。
「わからんよー、もうお母さん続き出してくれないかな…ほら、題名に、after story とか、それっぽい言葉つけて」
「安直やね。でも、なんていうか、この物語はここで終わってるからこその良さがある気がするんやよね。この続きはさ、いくらでも考えられるやろ?この物語を見た全ての人が、この2人のこれからの物語を想像できるやん。100人が見たら、また100の物語が生まれるやろ?それって結構すごいことだと思うなぁ」
「…なんかお姉ちゃん、粋なこと言うね。まぁたしかに、私はこの後2人が記憶を取り戻したと思うけど、そう思わない人だっているもんね。うーん、深いなぁ」
「ふふっ、でもやっぱり、続きは気になるんやよね」
「ほんと気になるよぉ、お母さんに聞いてこようかな…案外この物語もフィクションじゃなかったりして…」
「それはないやろ…精神が入れ替わるとか、SF映画じゃあるまいし」
「でも変だよね。田舎育ちのお母さんと都会育ちのお父さんが出会ったってのも。それに、隕石は実際に糸守に落ちてるんだし…なんか本当にあった話の気がしてきたよ!お姉ちゃん!」
妹は急に顔をワクワクさせながら私の手を握る。たしかに両親の出会いは珍しいけど、きっと修学旅行で知り合ったとか大した話じゃないと思うんだけどなぁ。しかし、目の前の妹はきっとこの物語の主人公達と両親を重ね合わせているに違いない。目が輝いている。
「こうなったらもうお母さんに直接聞こ!」
「えー…絶対教えてくれんと思うんやけど…」
「いいから!ほら!それにお母さんがダメだったらお父さんに聞けばいいんだよ!今までお父さんが私達の頼み事に首を縦に振らなかったことある?」
「ないけど、我が妹ながら卑怯やねぇ…」
「ふふふっ、お父さんは甘々だからね!じゃあ行こ!」
そして、私は妹に手を引かれて走り出した。家族の待つリビングを目指して。
机の上に、一冊の本が置かれている。ページは最後で、ただ一言だけ、あとがきが書かれている。
「私達を愛してくれたみんなに、この物語を捧げます。そして、ありがとう」
開けた窓から風が吹き。本はひとりでに閉じる。
表紙に書かれたタイトルは
「君の名は。」
おわり
これにてafter storyの全てが完結です。三葉は、最後に本を通してみんなに真実と、感謝を伝えました。
ちなみに五葉(いつは)の妹は七葉(なのは)です。なぜ六じゃないのかと言うと、6は縁起が悪いですし、可愛くないので、飛ばしたそうです笑
最後の最後に少ない文章ですいません。応援してくれていた方々、本当にありがとうございました!もしかしたら、また君の名はの別な話を書くかもしれません。それではまたどこかで