君の名は。〜after story〜   作:ぽてとDA

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第9話「嬉しくて泣くのは」

お姉ちゃんは、根暗な性格でもないし、別段明るすぎる性格でもない。妹の私から見ても割と普通な人だと思う。

 

 

昔糸守に住んでた頃に、ちょっとおかしくなる日はあったけど、あれもきっとストレスが原因だろうと思っていた。ただ、今と違うのは、あの頃のお姉ちゃんはよく笑っていた

 

 

もちろん最近だって笑いはするけれど、なんだか、心の底から笑っていないような、目の奥に影があるような、そんな気がしていた。

 

 

いつも寂しげに窓の外を見る姉を見て、その理由を考えていけど、私には分からなかった。

 

 

1つ分かったのは、私が何をしても、お姉ちゃんの影が消えることはなかったということだ。

 

 

お姉ちゃんを心の底から笑わすために、遊びに連れ出したり、色んなことをしたけれど、てんでダメだった

 

 

だから、瀧さんと出会ってからのお姉ちゃんを見て私は本当に驚いた。そして、驚いたと同時に嫉妬した

 

 

私が何をしても引き出せなかったあの笑顔を、簡単に引き出してしまった瀧さんっていう人に

 

 

瀧さんって、どんな人なんだろうか

 

 

姉から毎日聞く瀧さんの惚気話はもう聞き飽きた。こんど、自分の目で見て、本当にお姉ちゃんに相応しい人なのか見極めてやろう

 

 

私はそんな決意を密かに胸に秘めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ12時になる。連絡はもらったけど、お姉ちゃん、遅いな…

 

 

そんなことを考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえる。

 

 

やっと帰ってきたんね

 

 

私は立ち上がってお姉ちゃんを迎えるためにリビングのドアを開けてあげた

 

「お姉ちゃん、遅いって…っ」

 

 

その瞬間

 

 

「よぉーつぅーは〜〜♡」

 

語尾にハートマークが付きそうなくらい甘ったるい声と顔をした姉が飛びついてきた

 

 

私は猫が獲物を仕留めるときのような俊敏さでそれを躱す

 

 

私の胸に飛び込むはずだった姉はそのままリビングのソファにダイブして動かなくなった

 

 

(…やばい…やばいよ…これはやばいよ…)

 

 

全身が警告を鳴らして汗が出てくる、こんなにもやばいと思ったのは、昔、姉が泣きながら胸を揉んで私に襲いかかってきたとき以来だ

 

 

「んふふっ…もう四葉〜、なんで避けるんよ?お姉ちゃんのハグはいやなん?」

 

 

(こいつ、誰や)

 

 

思わずそう思った。目の前の姉は、あのいつもどこかに影のある、儚くも美しい姉のはずなのだが

 

 

「もう四葉ったらぁ、ツンデレなんやからね」

 

 

私の目に入っているのは体をくねくねさせながらうふうふと気色悪い笑みを浮かべた何かだった。こいつは…誰や…

 

 

「お、お姉ちゃん…?なんか…いいことでもあったん?」

 

「あっ…聞きたい?ねぇ四葉、聞きたいんやろ?でもどうしよっかなぁ〜、今避けられたしなぁ〜」

 

 

落ち着くんよ四葉、ここでキレてもお姉ちゃんには効果がない、もうちょっと耐えるんよ四葉

 

 

「わかった、わかったから、私が悪かったから、教えてくれる?」

 

 

「ふふっ、まったく四葉ったら、しょうがないなぁ」

 

 

これから一生、このことでからかってやろう。私はそう決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、瀧さんに告白されて、付き合ったってこと?」

 

「うん、私が先に言おうと思ってたのに、瀧君ったら早いんやから」

 

 

シャワーを浴びた姉は少し落ち着いたのか、普段の姉に戻りつつある。けど、未だにだらしない顔をしている。たぶん言っても無駄だから、言わないけど

 

「2人って出会ってまだ5日目だよね…早くない?」

 

「…ちょっと早いと思うけど、でも…しょうがないんよ」

 

「なにが?」

 

「だって、私たち、ラ、ラブラブやし?」

 

そう言った姉は恥ずかしがってクッションに顔を埋める。

 

 

「はいはい、ごちそうさま。まぁ、お姉ちゃんが決めた人ならもうなんも言わんよ。ただし、前も言ったけど、今度私にも紹介してよね」

 

「当たり前やろ、期待して待っといてね」

 

「期待って何をよ」

 

 

まったく、幸せそうな顔しちゃって

 

 

私といるときはそんな顔しなかったくせに

 

 

ちょっぴり悔しくて、でも、幸せそうな姉を見てると、嬉しくて

 

 

 

 

 

瀧さん、まだ会ったこともないけど、お姉ちゃんをよろしくお願いします。

 

 

「んじゃあ私はもう寝るけんね、お姉ちゃんも早く寝ないよ」

 

立ち上がって、自分の部屋のドアを開ける

 

「うん!…四葉!」

 

「ん?」

 

「その…なんやろ…ありがとう?って、急に、言いたくなって…」

 

もじもじと、お姉ちゃんは恥ずかしそうに言う

 

ほんとに、妹ながら、可愛いお姉ちゃんやなぁ

 

「…ばーか。明日、瀧さんとデートやろ?楽しみなよ」

 

私はそう言って、ドアを閉めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉は、とっても優しい顔で部屋に戻って行った

 

四葉には、本当に色々と感謝している、私が寂しいとき、辛いとき、必ずそばにいてくれたのは、あの子だった。

 

だから、急に、お礼が言いたくなった

 

うまく伝わったかはわからないけど、きっと伝わったと思う

 

だって、あんなに優しい笑顔をしてたもの

 

 

「私…こんなに幸せでええんかな…」

 

ふと、そんなことを思う。

 

 

なんだか、幸せすぎて、怖くなる

 

この幸せが、壊れてしまうのが怖い、失うのが怖い

 

 

昔、何かを失くしたように

 

 

思わず、自分の体を抱きしめる

 

 

 

 

失いたくないよ…

 

 

 

 

「瀧君…」

 

 

携帯が震える

 

そっと手を伸ばして、画面を開くと瀧君からの着信だった

 

ほんと、なんでこうタイミングよく電話してくるのかな

 

「…はい」

 

『もしもし、三葉?どうしたんだ?』

 

「ん?何が」

 

『いや、声に元気がないから…まさか…やっぱり俺の彼女になるのが嫌になったとか!?』

 

電話の向こうで瀧君が焦るのがわかる

 

 

まったく…なんだか考えてたことが馬鹿らしくなってしまった

 

 

何も心配することなんてないよね

 

 

だって…

 

「馬鹿やね、そんなこと思っとらんよ」

 

『そ、そうか…』

 

 

「ねぇ…瀧君」

 

『どうした?』

 

「瀧君は、私のこと、離さないよね?ずっと一緒に、いてくれるよね?」

 

『…当たり前だろ…離さない、何があっても、たとえお前が世界のどこにいたとしても、必ず会いに行くよ』

 

「何よそれ、臭いセリフやね、それに、どっかで聞いたことある気がするけんね」

 

『え、マジかよ…こんなセリフ、俺くらいしか言わないって…』

 

「ふふっ、冗談やよ」

 

『なぁ、三葉』

 

「何?瀧君」

 

『…泣くなよ』

 

 

お前が世界どこにいても、必ず見つけに行く

 

 

その言葉を聞いた私の目からは、とめどなく涙が溢れていた

 

 

どんなに拭っても止まらない涙は、悲しいからじゃなくて、嬉しくて、ただひたすらに嬉しくて、流れ出てくる

 

 

「ごめんね…その、嬉しくて」

 

『泣きすぎだって、三葉。俺は、お前の笑ってる顔が、好きだよ』

 

「あっ、また臭いセリフやね」

 

泣きながら、笑いながら

 

『う、うるさい。こっちは心配してるってのに…』

 

「もう大丈夫やよ、それより瀧君。明日のデート、エスコートよろしくね」

 

『あー、任せとけ』

 

「なんや、頼りない彼氏やね」

 

『うるせ、期待して待ってろよ』

 

瀧君のおかげで、私の中にあった怖さや不安は消え去ってしまった。ただ、瀧君の声を聞くだけで、それだけでいい

 

 

私は、瀧君と一緒にいれれば

 

 

それだけで、いくらでも強くなれる

 

 

「はいはい、それじゃそろそろ寝よか、明日もあるし」

 

『そうだな、それじゃあおやすみ、三葉』

 

「おやすみ…好きやよ、瀧君」

 

『俺も…すきだよ、三葉』

 

そんな言葉を交わして、電話は切れた

 

 

ツー、ツーッと、電話が切れた後の音は切ない

 

 

 

 

 

けれど、私の心は幸せでいっぱいだった

 

 

 

 

 

 

瀧君がいれば、私は大丈夫

 

 

 

 

 

さてと…今日は久しぶりに、四葉と寝ようかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん、四葉ぁ〜」

 

「ちょっ!お姉ちゃん、何暴れとるん!!え、待ってこの人、これで寝てるん!?やばい、やばいよ…やばいよ…」

 

 

その日四葉は思い出した。姉の寝相の悪さは、半端じゃないってことを

 


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