逆行のサシャ   作:木棒徳明

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第七話 注意の先

「おはようございます。ミーナ」

「あ、起きたのねサシャ。おはよう」

 

 また目覚めた。死んだ証拠だ。失敗の証拠だ。しかし今までの鬱屈した気持ちではない。

 サシャは隣にミーナがいることに安堵の息をついた。今回ばかりは戻ってこられたことが嬉しかった。

 

「固定砲整備、一緒に行きませんか」

 

 今まではミーナがサシャを起こして固定砲整備に誘っていた。それを今回は逆にサシャから先に誘ってみた。ミーナは自分が言おうとしていた台詞を取られ少し驚いたようだが、すぐ笑顔になった。私も誘おうと思っていたと笑うミーナに、サシャは幸せな気持ちになる。

 兵団服に着替える。これから壁の上に向かう。超大型巨人が出現する壁の上へ。

 以前のサシャなら絶対に行かなかった。巨人というだけでも怖いのに、何が悲しくてその何倍もある親玉のようなやつに会わなくてはいけないのかと思っていた。

 今は違う。サシャはもう戦うと決めた。逃げないと決めた。だからこそあの巨人と戦ったのだ。

 けれど会いたいというわけではない。巨人に対する恐怖心は残っていた。巨人に幾度と食べられた記憶は消えない。食べられる度に増えていった恐怖は消えていない。けれども踏み出せるようにはなったのだ。

 今もサシャの中では、超大型巨人に会いたくないという気持ちと、会わなければならないという気持ちがせめぎ合っている。行かなくてはいけない理由がなくなれば、絶対に行かないだろう。けれど現実はそうではない。サシャは人類のために戦わなくてはならない。具体的にはエレンを守らなければならない。

 だから壁の上に行くのだ。

 

「おまたせー」

 

 壁の上に着くとミーナが班員たちに挨拶をした。サシャ、ミーナ、エレン、コニー、サムエル、トーマス。この六人で固定砲整備四班だ。サシャもミーナと同じように挨拶をする。整備の準備をしていたエレンは気楽に返事をした。

 サシャはエレンの背中を見て奇妙な気持ちになった。何故かと頭をひねったが合点がいった。サシャの感覚では、エレンとかなり久しぶりに会ったことになる。エレンは早くから調査兵団の見送りに街に出ており、そのまま壁の上に向かっているのだから、壁を避けていたサシャとは一切鉢合わせしなかった。最後に会ったのは、サシャが一番最初に死ぬ前、壁外調査にて女型の巨人と交戦し、失意の中カラネス区に帰ってきた時以来だった。それをエレンが知るわけもなく普通に挨拶を返したのが、なんとなく面白かった。

 

「どうしたサシャ」

 

 ぼけっとしているサシャを変に思ったのかエレンが声をかけた。サシャは何と気なしに返事をした。

 

「エレン……元気ですか?」

「は? まあ、元気だけど」

「それはよかったです」

 

 サシャはそれ以上何も言わずエレンから離れた。エレンは頭を傾げて作業に戻る。しかしサシャはつかず離れずの距離からずっとエレンを意識していた。

 エレンは何故かトロスト区を守ってくれないと考えていたのだが、それはサシャの間違いだった。正確には守ってくれないではなく、守れないのである。何故なら死んでしまうのだから。

 サシャがいないとエレンは超大型巨人に突撃して死んでしまうというのは前回知ったことだった。エレンが死んだらトロスト区は終わったも同然なので、彼を守らなくてはならない。

 人類の運命は彼の手にかかっている。そして彼の運命はサシャにかかっている。だから何かがあればすぐに守れるように、作業に移りながらも、ちらちらと視線と向ける。超大型巨人が現れたらすぐにでも盾になれるように。

 

「ふーん……」

 

 一緒に作業をしていたミーナが呟いた。半目でニヤニヤと見てくるミーナの意図がつかめず、サシャは何と言えばいいか分からない。

 

「ミーナ?」

「エレン! ちょっとこっちに来て!」

 

 サシャの戸惑いは無視され、ミーナは大きく手を振ってエレンを呼んだ。

 さすがに班長に選ばれるだけはある。ライナーほどではないが、エレンにもリーダーの気質はあるのだろう。ミーナの突然の呼び声にも面倒くさがらず作業を中断した。

 

「どうした?」

「私の作業と代わってくれない? 私はそっちやるから」

「え、なんでだよ」

「いいから!」

 

 エレンは戸惑った。当然だろう。代わってほしいと言った仕事は固定砲内部の掃除だ。背丈ほどもある大きなブラシを持って煤だらけの穴を掃除するのは体力がいるし汚れる仕事だ。

 わざわざ代わりたい人間はいないはずだが、ミーナは別のようだ。嬉々としてブラシをひったくると、エレンをサシャのほうへ押しやった。そしてエレンの後ろからサシャに向かって小さくガッツポーズを見せた。そしてエレンが元いた位置に移動していく。

 ミーナの奇行に困惑し、サシャとエレンはお互い見つめあった。

 

「なんなんだミーナのやつ……」

「さあ、なんなんでしょう……」

 

 しかしサシャにとって悪い結果ではなかった。これで不審に思われることなくエレンの近くにいれるからだ。

 エレンは黙々と作業を再開した。サシャもそれに合わせて作業を始める。しばらく淡々とお互い作業をしていた。けれど無理に黙る必要もないと感じたのか、エレンが目線を落としながら話を振った。

 

「そういえばサシャはどの兵団に行くんだ。やっぱり憲兵団か?」

 

 憲兵団、駐屯兵団、調査兵団。訓練兵を終えるとその中のどれかを選んで所属することになる。たいていの訓練兵にとっては駐屯兵か調査兵の二択だ。そして大体が駐屯兵を選択する。上位十名は憲兵団に行く権利が与えられているので、大体が憲兵団を志望する。

 聞かなくてもほとんど分かるようなものなのだが、解散式の翌日に兵士がする話といえばこれだった。

 

「調査兵団です」

「……本気か?」

 

 憲兵団は上位十人しか入れない特別枠だ。そして安全な内地での勤務だ。調査兵団に行くというのは、それをふいにして、危険極まりない壁外に行くことを意味する。

 しかしサシャにとってその選択はあまりにも自然すぎて、驚かれたことに驚いたくらいだった。

 

「何でだ?」

「何で……」

 

 難しい質問だなと思った。エレンの疑問に上手く答えられる気がしない。前もそうだったから、というのが一番近い答えかもしれない。だが言ったところで間違いなく納得してくれないだろう。

 サシャは回顧する。自分が調査兵団に入った日のことを。エルヴィン団長の話の後で、壇上の前で泣きながら心臓を捧げたことを。

 あの場で動かなかった理由は複雑で、サシャは自分のことであるがはっきりと分からない。けれど原因の一つは確実に分かっている。

 

「エレンがいたからです」

「オレがいたから?」

 

 エレンという希望がいた。初めて人類が巨人に勝利した。さらには彼の生家の地下室に巨人の正体がある。きっとそれらが主な理由だ。

 サシャの答えにエレンはよく分からないという顔をした。たしかに抽象的すぎる答え方だった。サシャはごまかすように笑う。

 

「それに土地を増やせば美味しいものがたくさん食べられるようになりますし」

「あ、そのほうがサシャらしいな」

「ちょっと待って!」

 

 サシャとエレンは同時に体をのけぞらせた。ミーナがいつの間にか腰に手を当ててこちらを、正確にはエレンを、睨んでいた。今日のミーナはどこか情緒不安定に見える。

 未来は変わりやすい。そして変えているのは間違いなくサシャだ。しかしミーナが変になってしまうような大きな変化を起こした覚えはなかった。

 ミーナはエレンに詰め寄った。サシャは事の成り行きを見守るしかできない。他の班員も注目していた。

 

「今、サシャが大事なこと言ったよ。なんで無視できるかな!」

「なんだなんだ、どうした。なんかあったのか?」

「あ、聞いてよコニー! 今サシャがエレンに……」

 

 ミーナが最後まで言い切ることはなかった。そして誰もそれに気を留めなかった。突如現れた巨大な影、そして熱風。

 

「熱っ……!」

 

 吹き飛ばされる前、サシャは一瞬それが見えた。超大型巨人だ。巨人の中の巨人。他の巨人とは比較にならないほどの大きさだった。

 熱風は体を包み、サシャを壁から離していく。宙に浮き、そして落ちた。真下にはトロスト区が広がっていた。

 

「立体機動に移れ!」

 

 サシャは気を引き締める。あまりにも突然のことで、エレンの盾にもなれなかった。一瞬呆けていたが、こんなことではエレンを守れない。

 すぐさまエレンの位置を確認し、アンカーを刺す場所を慎重かつすばやく選ぶ。なるべくエレンの近くがいい。

 エレンは超大型巨人に向かって行って死んだとコニーが言っていた。であればここが正念場だ。エレンが危なくないように、体を張って止めねばならない。なんだかミカサになったような気分だとサシャは思った。

 立体機動で壁に吊り下がることに成功する。エレンもすぐ近くにいた。サシャは超大型巨人を無視し、エレンにのみ集中していた。

 

「サムエル!」

 

 エレンが叫んだ。視線の先には、頭を打ったのか、気を失ったサムエルが落下しているところだった。

 サシャは動けなかった。たった今この時まで、自分がサムエルを助けていたことなどすっかり忘れていた。エレンに近いこの場所では今から走っても間に合わないだろう。

 サムエルは班員全員に見守られながら、叫び声をあげることもなく、頭から落下し、地面を赤に染めた。

 エレンの顔がみるみる憎悪に支配される。目が鋭くなり、歯を食いしばっていた。その矛先は超大型巨人に向く。

 

「よくもサムエルを!」

 

 サシャは自分の不手際で人が死んだことにショックを受け、一瞬思考が停止していた。その間に立体機動を使い壁の上まで飛び上がるエレン。サシャは慌てて追いかける。

 瞬間、轟く衝撃音。開閉門の扉が破壊されたのだ。

 エレンはもう止まらなかった。

 

「てめえええ!」

「エレン! 待ってください!」

 

 サシャの制止は聞こえていないようだった。壁の上に着地すると、そのまま超大型巨人に突っ込む。エレンの頭には血が上り、冷静な判断ができていない。すんでのところでサシャはエレンの首根っこを掴むことに成功した。

 壁の上では恐ろしい光景が見えた。超大型巨人がその巨大な右腕をかかげ、横一直線に振り払おうとしている。この調子で突っ込んでいれば、確実にエレンは巻き込まれていただろう。

 

「離せ!」

 

 突っ込めば死ぬ。されど止まっていても死ぬ。助かる選択は引くことだけだ。

 だが暴れるエレンを引かせるのは簡単ではなかった。前に進もうとするエレンを押しとどめるのが限界だった。こんなことをしている間にも超大型巨人の腕は迫っていた。

 サシャはエレンを殴りつけた。

 

「ぐっ」

 

 ひるむエレン。心の中で謝罪しながら、サシャはエレンを壁の内側に落とそうと押し込んだ。しかし格闘術はエレンの十八番だ。壁の端ギリギリで止められた。両手を組み、押し相撲の体勢となる。それでもエレンの視線は超大型巨人の顔にだけ向いていた。

 

「っ!」

 

 右側から強烈な破壊音が聞こえる。線路や固定砲が潰される音だ。これに気を留めないエレンが信じられなかった。

 いよいよサシャとエレンに巨大な腕が迫った。

 そのまま押し込んでも、力では負けてしまう。もしくは躱されるだけだ。どうするべきかと考える暇もなく、サシャはとっさに身を引いて、エレンを蹴り抜いた。

 

「あ……」

 

 宙を舞って壁の内側に放り出されたエレンは、ここにきて超大型巨人からサシャに視線を移した。

 蹴った体勢のまま、エレンを守れたことに心底ほっとした表情を浮かべていた。

 そしてエレンの前で、巨大な腕に飲み込まれた。

 

 

 サシャは目覚めたベッドの上で、自分の愚かさに閉口する思いだった。

 ずっと逃げてきて、なぜトロスト区が滅びることになるのか疑問のまま、何度もやり直していた。半ばエレンのせいにさえしていたが、原因はまさしくサシャにあった。

 サシャが固定砲整備にいないことで、誰もサムエルを助けられず、彼は壁から落下して死亡してしまう。それに激昂したエレンが冷静さを欠いて超大型巨人に突撃する。そしてエレンが死んでしまい、大穴を塞ぐ手段は無くなる。結果トロスト区は陥落、引いては人類の終焉となる。

 逃げずに少し踏み出すだけですぐに分かることだった。この一つの真実のために何度サシャは死んだであろうか。

 

「大丈夫?」

 

 悄然と佇む姿をミーナは気遣わしげに覗き込んだ。サシャは大丈夫だと答え、丈夫な革製ジャケットの襟を正した。

 守るべきはエレンではなくサムエルだった。サシャは彼のことを失念していた。それが申し訳なく思えた。細かいことは忘れても仕方ないかもしれないが、仮にも人の命がかかっていたことを忘れるとは。地面に叩きつけられ肉塊となったサムエルの姿を思い出して寒気がした。

 だがとにかく前進には違いない。サシャはやるべきことをやるために行動する。

 

「すいません。先に行っててもらえませんか。すぐに行きますから」

「そう? なら先に行ってるね」

 

 ミーナを見送ると、サシャは上官の食糧庫に向かった。

 今やるべきことは上官の肉を盗むことだ。だがそれは肉が食べたいからでない。サシャは肉を愛しているが、それが主目的ではなかった。

 サムエルのことを反省し、あの一番最初のトロスト区攻防戦の日を再現しようと考えたのだ。未来がおかしな変化を起こさないように、なるべく記憶の中のあの日と同じ行動を取ろうとしていた。

 サムエルを失念していたように、忘れていることは多い。もちろん細かいことなど覚えていないので、どこまで再現できるのかも分からなかった。だがサシャは肉を盗んだことはしっかりと覚えていた。

 食糧庫は本部の地下にある。ひんやりとした地下は食べ物を保存するのに適していた。だがその場所故に、そう人が多いわけではない。数人の駐屯兵をやり過ごせばすぐにたどり着ける。

 サシャは腰を低くし、彼らの目を抜け、食糧庫を目指す。お遊びではないのだから気を引き締めなければいけないが、サシャは浮つく心を抑えきれなかった。サシャは久々に自分を取り戻したような気がした。狩人としての本能が騒ぐ。獲物にされた兵団はいい迷惑だろう。

 上官の食糧庫には、訓練兵にはまず出されることのない貴重なものもあった。希少品や高級品と呼ばれるそれらは、当然肉よりも高価な代物だ。だがサシャはそんなものには目もくれず、真っ先に肉を物色した。

 あの遠き日から現在まで、サシャの中には色々な変化があったが、変わらないものもある。その一つが肉は何よりも美味いという考え方だ。

 おいしそうで、盗みやすく、無くなっても見つかりにくそうな手頃な肉を一瞬で選別し、懐に入れた。かじりつきたい衝動に駆られるが、我慢して壁に向かう。

 壁の上では既に班のみんなが集まっていて、作業もそこそこに話し合っていた。そういえばこんな光景だったなとサシャは思った。記憶を探りながら、サシャはそこに割って入った。

 

「みなさん。お肉盗ってきました」

 

 かつての自分が言ったことを一字一句覚えているわけもなく、おおよそこんな内容だったと当たりをつけてサシャは言った。

 懐に隠していた肉を見せると、班員全員が驚きの表情を浮かべる。その反応は記憶と合致しており、サシャは安心した。

 

「いや、何やってんだよ。バカかお前は……」

 

 教官に目をつけられてる上に、解散式の翌日に盗みを行うサシャは疑いなくバカだ。だがこんなことは訓練兵時代に何度もあった。そして度々教官室に呼び出された。サシャにとってはなれた評価である。

 

「大丈夫ですよ。土地を奪還すればいいんですから」

「え?」

「だから先に食べちゃいましょう」

「なるほどな。ウォール・マリアを奪還する前祝いにいただこうってわけか。食ったからには腹括るしかないもんな!」

「そうです!」

 

 サシャは記憶と重ね合わせ。案外上手くいくものだと感心していた。あとで肉を食うこととなり、調査兵団に入ってウォール・マリアを取り返すことを意識し合う。これから起きる地獄さえ知らず、暢気に調査兵団に入ろうとしていた。そしてサムエルの言葉で、それぞれの作業に戻っていく。その一連の流れには懐かしささえあった。

 これにどれほど意味があるかは分からない。しかし大した苦心はしていないし、やって損はないだろうと思われた。それに記憶通りに動くことの利点は変に未来を変えないことだけではない。これから起こるその地獄が、どの瞬間に始まるかがわかる。

 サシャは神経を研ぎ澄ませる。記憶通りなら、もうすぐにでも来るはずだ。サムエルの近くにいたほうがいいか、それともなるべく記憶通りの場所にいたほうがいいか。

 サシャは超大型巨人が現れる場所を確認した。

 

「あ……」

 

 そこでふと欲が湧いた。門前には今何もない。巨人に奪われた雄大なウォール・マリアの景色が見えているだけだ。だが今からここに超大型巨人が現れることをサシャだけは知っていた。

 もし超大型巨人が、エレンと同じように、誰かが巨人になった姿なのだとすれば、今少し調べることでその正体が分かるかもしれない。顔を覚えておいて後で報告すれば、人類に多大なる貢献ができるだろう。

 せっかくここまで記憶に従って行動してきたのに、今からそれに逆らうのは躊躇した。しかしここを逃せば、ずっと分からないままだ。約一ヶ月以上後には、ウォール・ローゼは破られる。それを阻止するためにも、この機会を逃すわけにはいかない。

 サムエルに注意を払いつつも、サシャは壁の上からそっと顔を出した。真下には超大型巨人に破られる前の開閉門が見える。けれどそれだけで、人っ子一人いない。

 サシャはじっと観察する。どこから出てくるのか。まさか空中から突如現れるわけでもないだろう。

 変化が起きたのはすぐだった。開閉門の上は段になっており、そこには固定砲が設置されている。なので当然そこには人が行けるように、扉がついていた。固定砲へと続くその扉が開かれ、何者かが出てきた。サシャは咄嗟に身をかがめて様子を伺う。

 こそこそと動いている様は明らかに怪しい。顔をよく見ようと、サシャは目を凝らした。そして驚愕で目を離すことができなくなった。

 

「あれは……」

 

 扉から出てきた兵士はサシャの知っている人物だった。辺りを確認する彼。サシャは思わず顔を引っ込めて、後ずさった。

 彼は仲間のはずだ。サシャは信じられない気持ちでいっぱいで、今見たことを忘れたいとさえ思っていた。もし見間違いでなければ、そして推測が正しいのだとすれば、あの地獄を引き起こしたのが彼だということになる。

 サシャの目の前に超大型巨人が現れた。熱風に吹き飛ばされる。

 無意識にアンカーを刺して壁に吊り下がった。だがあまりのショックに眩暈さえ感じていて、サムエルの救助を忘れていた。エレンのサムエルを呼ぶ声でやっと気づいたほどだった。サシャは助けようとアンカーを射出するが、しかし遅かった。すんでのところでアンカーは刺さらず、サムエルはそのまま落下死した。

 状況は最悪だった。エレンが叫びながら上を目指している。ほとんど前回の焼き直しだ。サシャは半ば混乱する頭でエレンを追いかけた。

 そこには前回も見た恐ろしい光景が待っていた。超大型巨人が腕を振りかぶったところだった。サシャはエレンを止めなくてはならない。

 けれどサシャは動けなかった。超大型巨人を見ただけで、先程の熱の中にまだ残っているように息苦しくなった。サシャはその苦しみを消したくて、どうにもできず叫んだ。

 

「ベルトルト!」

 

 サシャの声に合わせて、超大型巨人の動きが止まった。これだけ巨大な生き物がぴたりと静止する様は、まるで時が止まったかのように静かだった。その巨体に相応しい大きな目はサシャを捉えていた。そこには確かな知性が感じられた。

 

「ベルトルト! あなたなんですか!」

 

 サシャは言わずにいられなかった。もし喋れるのなら、違うと答えてほしかった。

 その悲痛な大声に頭の熱が下がったのか、エレンは呆気にとられた顔をしてサシャを見ていた。

 

「何言ってんだよサシャ……」

 

 超大型巨人は返事をしなかった。代わりに腕を横に振らず、真っ直ぐサシャに掴みかかった。

 腕はその巨大さ故にゆっくりに見えるが、実際にはかなりの速度だ。

 とっさに近くにいたエレンを突き飛ばした。皮膚のない大きな手がサシャを飲み込んだ。

 超大型巨人はサシャを握りつぶした。


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