【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
どこまでも続く青い空。大地を覆うのは緑の海。走りぬける風が葉を揺らして旋律を奏でていく。
ここは草原だった。
そこを一人の青年が行く。いや、「行く」という言葉を使うには彼の足取りは相当におぼつかなかった。
それもそのはずだ。彼は既に飲まず食わずで三日三晩この草原をさまよっていた。体力はとうの昔に限界をこえ、彼の足を進めるのは気力のみ。
だが、既にそれも限界にきていた。
青年の口から呻き声ともとれる弱弱しい言葉が漏れる。
それは、己への嘲笑か、神への弱音か、それとも運命への罵倒か。
しかし、それすらも吹き抜ける風がさらってゆく。
足は震え、瞼が落ち、手にしていた杖さえも握れなくなっていた
それでも彼は前へ前へと体を傾ける。彼を動かすのは気迫か、意地か、それとも運命なのか。
そんな彼の足が止まる。ついに彼の身体が地に伏せる。
そこは草原の端。隣国との国境に近いその場所は草原の民であるサカの人々に「草原の入り口」と呼ばれる場所だった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
俺は暗闇の中を走っていた。小さな手足をバタつかせ、大事な人の名を叫びながら走っていた。
『父さん!母さん!』
今より少し高い声で自分が叫ぶ声がどこか遠くで聞こえていた。
「あぁ・・・またか・・・」
耳から近い場所で今の自分がそう呟いた。その声が自分の意識を覚醒へと近づける。
俺はこの暗闇から逃れるために、瞼に力を込めて目を開いた。
そこには一人の少女が立っていた。
「あっ、気がついた?」
俺は何度か瞬きを繰り返す。
自分のおかれている状況が今一つ理解できていなかった。
とりあえず、目の前にいる人物を観察する。
遊牧民であるサカの民によく見る出で立ちに蒼に近い翠色の髪をひとつに束ねている。目鼻立ちの整った容姿は凛とした風を髣髴とさせた。
綺麗な目だな。
それが俺が抱いた彼女への第一印象だった。
自分の上体を起こすと額から湿った布が滑り落ちた。
よくよく見ると目の前にいる彼女の手には水を張った桶が抱えられている。
彼女が俺を看護してくれたのか?
そんな疑問が胸を過ぎ去ると同時に、身体の節々が針に刺されたかのように痛み出す。その痛みを隠すように俺は右手で片目を覆った。
「俺は・・・」
何をしていたんだ?
いまいち今の状況が理解できていなかった。
「あなたは、草原の入り口に倒れていたのよ・・・大丈夫?顔色はもういいみたいだけど」
頭の上から降ってくる声に純粋な優しさを感じながら、目だけで自分が目覚めた部屋を見渡す。調度品を見る限りどうやら俺は遊牧民族の暮らす『サカ』の文化圏にいるらしい。その部屋の隅には見慣れた自分の荷物が置いてあった。
その荷物を持って俺は旅をしていた。最後に俺が旅をしていた場所はどこだったか。
思い出そうとした途端、脳裏を駆け抜ける景色があった。
青と白と緑の世界。
澄み切った空、頭上を過ぎる雲、どこまでも続く草原。その風を体が思い出した。
そうか・・・俺、また行き倒れたのか・・・
彼女が俯く俺の顔を覗き込んできた。
その仕草に俺は『平気だ』という意味を込めて小さく微笑みを向け、顔を上げた。俺のその表情に安心したのか彼女も安堵の表情を返してくる。俺が『綺麗』と称したその瞳には彼女の声と同様に真っ直ぐな優しさが見て取れた。
彼女は桶を脇に置いて座り、俺に視線を合わせてきた。
「私はリン。ロルカ族の娘。あなたは?あなたの名前を教えてくれる?」
「ハングだ・・・」
「ハング?・・・不思議な響き。でも、悪くないと思う。」
「ありがと・・・俺も自分の名前は気に入っててな」
そうして何がおかしかったのか、二人で小さく笑いあった。なんだか心地のよい空間だった。
朗らかな空気に包まれた中でリンは話を再開した。
「それで・・・見たところ、あなたは旅人みたいだけど。このサカ草原には何をしにきたの?よかったら話を・・・」
だが、その空気はすぐに一変した。俺とリンはほぼ同時にこの住居の出入り口に視線を向けた。
外から流れてくるのは濁った声と騒ぎ声。そしてそこに混じる濃厚な殺気と異臭。
どう考えても穏やかではない気配だった。
だが、その中でも異彩を放っているものがあった。
リンの殺気だった。
「外が騒がしい・・・ちょっと見てくるハングはここにいて」
有無を言わせない鋭く低い声に俺は素直に頷いた。
リンが家を出て行く。
俺はその間に自分の体を確認した。
肩まで伸ばしている髪は癖があり、薄い黒色をしている。上背のある体には特に動かない箇所は見受けられず、不健康な程に白い肌にはたいした傷も無い。自分では確認できないが瞳の色は明るい茶色をしている。
そして、俺は左腕の袖をたくし上げた。そこには、肩から指の先まで隙間なく布が巻きつけられていた。
「解かれた形跡は無いな・・・」
「大変!ベルンの山から山賊どもが下りてきたわ」
俺が袖を戻すのとほぼ同時にリンが家に飛び込んできた。彼女は先程と同じ殺気を抱えたままだった。
そして、俺は彼女の瞳を見た。それを見た俺は思わず息を止めてしまった。
視線だけは俺の方を向いている。だが、彼女の目は俺を見てはいなかった。
「また、近くの村を襲う気ね・・・そうはさせない・・・あれくらいの人数なら私一人で追い払うわ!ハングは隠れて・・・」
「いや、俺も戦う」
俺は立ち上がって、足の筋肉を平手で軽く叩く。問題なく動きそうだ。
「え!?あなた、何か武器が使えるの?」
俺は自分の荷物をあさりながら背中越しに会話を続ける。
「一応、俺は見習いの軍師でな。そっちで手伝わせてもらう・・・まあ、護身術程度になら剣も使えるから足手まといにはならないと思うぞ」
俺は自分の剣を腰に帯びリンに向き合った。
俺の姿を見てリンは説得を諦めたのか、すぐに考えを切り替えた。
「わかったわ・・・二人で行きましょう」
リンがこらえ切れないように家を飛び出していく。俺もそれに続いて外に出た。
出入り口の幕を押し上げながら俺はリンの背中を目で追う。さっき垣間見た彼女の瞳を俺は思い出していた。
似たような目を俺は知っていた。
何も見ず、何も捉えず、ただ薄暗い光を宿したあの瞳
目先のことを見ているようで、決して届かない過去を見つめる目だ。
俺が思い出したくない類のものだった。本当は二度と見たくない。
俺はそんな身勝手な葛藤を押し込め、リンの隣に並んだ。
そこからは付近の草原を一望できた。遠くに小さな集落が見える。そこに向かって山賊の一団が突撃しようとしていた。ここからは集落の連中が応戦しているのがわかる。
「はやく加勢に行きましょ!!」
「まて、その前に目の前の敵を片付けてからにしよう」
「え?」
俺は草原の中を指さした。やや背の高い草むらの中に不自然な跡が線のように伸びていた。
この位置から目をこらせばその中に潜む山賊達が見て取れた。
「あそこで戦ってるのは確かに本隊だろうが、そこの草原に身を潜ませながら、数人の山賊が奇襲をかけようとしている。まずはその脅威を排除しておくのが先だ。幸いこっちは風下、向こうは気づいていないだろう」
草原に刻まれた線の数は5本。中央の大男を中心に5人の山賊が分かれながら集落の方へと向かっている。
「山賊にしてはまあまあだが、猿の浅知恵だな・・・どうせならまとまって突っ込めばいいものを」
「どうするの?」
「その前に一つ聞きたい。リン、あの集落の連中と山賊がぶつかり合って負けることはあるか?」
リンは少し悩むような表情を見せたが、すぐに断言した。
「それはないわ。あそこの人達はよく知っているけど、山賊に後れを取るような人はいない」
それを聞き、俺は安心した。だったら、目の前の5人を蹴散らせば十分だ。
「なら奇を狙っても仕方ねぇな・・・左右から崩していくぞ。リンは右端から、俺は左端から行く。一人ずつ確実に仕留める。奴らが浮き足立ったらすぐに中央の奴を狙え、そいつがリーダーだ」
「わかった」
「よし!行くぞ!」
俺はそう叫ぶと同時に駆け出した。並走していたリンが離れていく。
俺は滑るように草原を疾駆し、腰に帯びた剣に手を掛ける。物音に気づいた山賊が振り返った。
だが、遅い。
剣を抜きながらの初太刀で山賊を両断した。視界の隅ではリンが一人目を切り伏せたのを確認する。俺は剣を振った勢いのまま右にいた山賊に体を向ける。
「くそっ!なんだてめぇ!」
気が付かれた。
ハングは自分の剣を一振りして血を払った。ハングの手に握られた細身の剣は見るものを唖然とさせるような剣であった。細さは普通の剣の1/2、その長さは普通の剣の二倍。まるで剣を無理やり縦に引き延ばしたような不思議な剣であった。
ハングは揺れるような動きから体を前傾にして間合いを詰めた。やけくそ気味に振り下ろされた斧をかわし、剣を振る。だが、山賊はわずかに体を後ろに逸らしてそれを回避した。
「ちっ・・・浅いか」
ハングの剣先が山賊の胸板をわずかに切り裂く。悪態をついて剣を構えなおすハング
「くそ・・・このガキィイイ」
山賊が上段から斧を振り下ろしてきた。
「斧の扱いがなってねぇな」
ハングは剣を逆手に持ち替え地面を蹴り、山賊の懐に飛び込んだ。間合いを詰めて斧をかわし、腕を振る。
「なっ!」
わずかな呻き声が転がった首から発せられた。ハングはその首を草むらの中に蹴飛ばした。
「さて、リンはどうなったかな・・・」
ハングが草原を見渡すと、リンが最後の一人に向かって走っていくのが見えた。ハングは剣を鞘にしまい、その動きを追った。
ハングは戦いながらも、リンの剣技を視界の隅でとらえていた。彼女の剣は山賊はもとより、自分よりは遥かに上であった。ここにいる山賊の相手など余裕であろうとハングは思っていた。
だが・・・
「まずい!」
ハングの身体から冷や汗が噴き出した。
リンの剣が空を斬ったのだ。空振りのため流れたリンの体に斧が迫る。
ハングはとっさに包帯に包まれた左腕の指を地面に突き刺した。肉がきしむ音、骨がしなる音。そしてハングは腕の力のみで『飛んだ』
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
リンは自分の身体が重力に負けてゆっくりと流れていくのを感じていた。
勝利を急いだ。ハングが敵の二人を倒し、首領格を潰せば勝てると焦ってしまった。私は走りの勢いのまま剣を振り、間合いを読み違えた。そのせいで剣の軌跡が大振りになり、造作もなくかわされてしまった。
「このバッタ様をなめるなよ!」
頭上から斧が迫る。走馬燈で引き延ばされた時間の中で私は自分に問いかける。
なにがいけなかったのだろう?私は何を間違ったのだろう?
そして、一つの疑問が浮かび上がる。
私は殺されるのかな?
無感動にそんなことが頭をよぎった。私は目の前に迫る脅威に何も感じていなかった。
ただ、ハングはこの山賊から逃げられるのかということだけが心に残っていた。
彼は本来ならここで戦う理由はない。なのに、彼はサカの民のために剣を取ってくれた。そんな優しい彼には生きていて欲しかった。
その時だった。
突然何かがぶつかってきて私の走馬燈は唐突に終わりを告げた。斧じゃない。ぶつかってきたそれには人の体温があった。
そして、気づけば私は草原に押し倒されていた。見上げると、そこにはさっきまで心配していた人の顔があった。
え・・・?
目の前にハングがいた。
そんなはずはない。
彼と私の距離は把握していた。
走って間に合う距離ではなかった。
あなたは『どうやって』ここにきたの?
「ハング・・・」
「怪我ねぇか?」
ハングは私を背にかばいながらそう言った。
「う、うん・・・かすっただけ」
左の二の腕の薄皮が一枚切れていた。
私達は山賊の間合いのぎりぎり外にいる。ハングは片膝をついたまま剣を構え、私を山賊から守るような姿勢を維持していた。
不意にその背中が、別の人と被って見えた。
また・・・私は・・・
唇をかみ締める。
こんなことじゃ・・・ダメなのに・・・
私は剣を握りなおしてハングの側に立った。
「私が仕掛ける・・・」
目の前の山賊を見据える。
「ハング、もし私がやられたら・・・」
「お断りだ」
言葉が遮られた。
「てめぇは、この俺の経歴に泥を塗る気か?」
「え・・・え~と」
意味がよくわからない
「この俺の指揮下の戦いで、『山賊に仲間を討たれた』なんて無様な結末はいらねぇつってんだ!さっさと終わらすぞ!リン!斧は気にすんな!突っ込め!」
「は、はい!」
体が動く。否、体が動いた。
ハングの指示に背中を押されるように私は前に飛び出していた。
気が付いたときには私は山賊を間合いに捕らえていた。
剣を振り切った。
確実に山賊の身体を捉えた。だが、感触がおかしい。
「っつ!鎖帷子・・・」
振りぬいた腕がしびれる。
「へへへ!観念しな!」
斧が迫る。回避できない。その時、鈍い音がした。
私の頭上で斧が止められていた。ハングが包帯を巻いた『左手』で斧の刃を止めていた。
「あんた・・・なかなかの力だな・・・だが・・・」
ハングが左手に力を込めたのが腕の鼓動と共に伝わってくる。
「俺には劣るな・・・」
斧の刀身が握りつぶされた。
鉄のかけらが頭上で弾けた
「リン!ぼおっとすんな!叩っ斬れ!」
私は再び彼の声に動かされた。彼の声に従うように剣を構え、地を蹴る。二閃。すれ違いざまに鎖帷子ごと剣戟を刻む。
「な、なにぃ・・・」
後ろで人が倒れる音がした。剣を構えながら後ろを振り返る。
血を流して倒れる男はもう立ち上がってくることはなさそうだった。
私は大きく息を吐き出して剣を鞘にしまった。
「・・・あぶなかった」
もっと強くならないと。
私は胸の内でそう思う。
もっと・・・もっと・・・誰にも負けないくらい強くならないといけない・・・
「お疲れ様~」
ハングが剣を鞘に戻しながらこっちに歩いてきた。さっきまで戦闘中だったとは思えないほど軽い足取りだ。
「おつかれさま、ハング」
「いや~まったく・・・誰かさんが勝利を焦るからこの様だ・・・随分時間がかかっちまった」
「う・・・」
どうやら一連の私の挙動は見られていたらしい。
「ま、お互いたいした怪我はないし。まぁ善戦ってことにしとくか。」
「怪我?そういえばハング!腕見せて!」
「え・・・あ・・・なんで?」
「なんでって・・・さっき斧を手で!」
「あ・・・あ~平気だって」
「平気なわけないでしょ!見せて!」
「いいって」
「見せて!」
私は後ずさるハングの左腕を無理やりつかんだ。
堅い感触がした。
すぐさま掴んだ左腕が払われる。
「大丈夫だって・・・それより向こうも終わったみたいだぞ」
「あ、うん・・・」
集落の方では山賊を撃退したらしく、鬨の声があがっていた。
ハングは興味を失ったかのようにそこから目を逸らした。
「帰ろうぜ・・・悪いけど腹減っちまった」
「う、うん。それじゃあ。家にかえりましょ」
「ああ」
そう言って、私より前に立って家に向かうハング。
その背中を追っていた視線を外し、私は自分の手を見下ろした。
布が巻きつかれた左腕を握った掌。彼を看護したのもこの手だ。だが、あの時は彼の左腕のことを気にしてる余裕はなかった。だから、彼の左腕に意識して触ったのは今が初めてだった。
彼の腕の感触は堅かった。それは筋肉とか、骨とかそんな次元ではない。
あれはまるで蜥蜴に触れたかのような鱗の感触だった。
そして、さっきの戦闘で指先の布が僅かにほどけていた。そこから覗いていた彼の指がかすかに見えたのだ。
それは緑の色をしていた。
私は自分の指を握り締めた。
ハング・・・あなたは・・・いったい・・・