【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「はぁ・・・」
ハングは城壁の上でため息をついた。
城壁の縁に寄りかかり、焦点の合わぬ目で城下に点在する民家の明かりを見ていた。
手の中にはアトス様からいただいた『アフアのしずく』があり、頭の中は悶々としたままだ。
「はぁ・・・」
そして、何度目かわからないため息。
悩みは一つ、結論は一つ。
問題は腹がくくれるかどうかだった。
「よし!・・・・でもなぁ・・・」
決まったと思えばまた悩む。
ハングは困ったように後頭部に自分の爪をたてた。
「なにしてるんだい?」
「うわぁぁぁ!!うおっ!おっ!!おっとぉ!!!」
突然声をかけられ、手の中で『しずく』が跳ね回る。
もう少しで『しずく』を城壁の下に落とすところだった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・危ねぇ・・・エリウッド・・・びっくりさせんなバカ!!」
なんとか『しずく』を掴み取り、ハングはその場にへたり込んだ。
「いや・・・そんなに驚いたハングに僕が驚いてるよ」
ここまで取り乱すハングは珍しい。
エリウッドはハングの隣に並び、町の明かりを眺めた。
「で、こんなとこに何のようだ?」
「いや、ハングが部屋にいなかったから、ここかと思ってね」
「別に高いところが好きなわけじゃねぇぞ」
ハングがそう言うと、エリウッドは小さく笑い声をあげた。
「それで、何をそんなに動揺してたんだい?」
「・・・やっぱ聞いてきたか」
「言いにくいことならいいけど」
「いや、むしろ逆だよ。話、聞いてくれるか?」
「僕でよければ」
ハングにこうして面と向かって相談されるのは初めてのような気がするエリウッドだ。エリウッドはこっそりとほくそ笑んだ。
二人は城壁の端に並んで腰掛けた。
ハングはそこでアトス様から受け取った品をエリウッドに見せた。
「これは?」
「『アフアのしずく』だとさ・・・」
そして、ハングはこの小瓶のことについて説明をした。
「・・・ふぅん、なるほど。それで、誰に渡すか悩んでいたと」
ハングは頷いて肯定の意を示す。
「ハング」
「なんだ?」
「臆病者」
「うぐ・・・」
気にしてることを言われてしまった。
「きついな・・・」
「どうせリンディスに渡したいんだろ?ハングもたいがいだね。いい加減にしなよ」
「わかってんだけどよ・・・」
「何か問題があるのかい?」
ハングは後頭部を何度もかき回した。
「いや、ねぇよ。ねぇけどさ・・・その・・・なんだ・・・」
心底参ったように俯くハング。
確かにこの小瓶はアトス様から頂いたものであり、ただの贈り物とするには意味合いが異なる。
だが、『誰に渡すか』という問題に対して慎重になるのならエリウッドも相談に乗る。渡す相手は決まっている現状で『いかにして渡すか』という問題は最早悩むようなことではない。
後は覚悟を決めるだけの話だ。
エリウッドはそんなハングに対して一つ言葉を贈ることにした。
「ハング、フェレには昔からこういう言葉がある」
「ん?」
「『恋と誇りは砕けた方が人を強くする』」
「・・・・・・」
ハングはエリウッドを殴るかどうか真剣に考察した。
「『恋と誇りは・・・」
「聞こえてるっての!こっちは反応に困ってんだバカ!!」
「どうしてだい?」
「どうしてって・・・そりゃ・・・」
「砕けるのが・・・怖い?」
「普通そうだろ」
ハングはそう口にして、自分の情けなさに嫌気を覚え出した。
ハングは面と向かうのが怖いのだ。今までの環境を変えるのが嫌なのだ。
ここから先に踏み出すことを恐れている。
「そろそろ、立ち向かいなよ。君らしくもない」
耳が痛い言葉だ。
「ハングは今まで数々の戦場で軍の犠牲を最小限に抑えてきた。それは決して守りに徹していたからじゃないはずだ。時には強烈な攻撃が味方の被害を減らすこともある」
ハングはため息を押し殺す。
「一歩でも先に敵の前に出ることが勝利を呼び込む。違うかい?」
「仰る通りだよ、エリウッド。わかってる。わかってんだ。でも・・・」
「結論を先延ばしにしない方がいい。今出来ることをやらない人は、明日も決してやろうと思わない」
「・・・そう・・・だな」
ハングは自分の手の中の小瓶に視線を落とした。
月明かりに照らされたそれは、ただ静かに光っていた。
「自分で持ってても意味が無いんだろう?それは」
「ああ・・・」
ハングは息を大きく吸い込み、吐き出しながら返事をした。
「今日、渡しなよ」
「おう」
短くも力のこもった一言。エリウッドはそれに満足して腰をあげた。
「それじゃあ、僕は自分の部屋に戻るよ。上手くいかなかった時の為に食事を用意しとくから」
「俺は酒の方がいい」
「酔えないのにかい?」
「酔えないからだ」
そして、エリウッドは笑いながらハングに背を向けて歩き出した。
その背中にハングは声をかける。
「ダメだったら、この『しずく』お前にやるからな!」
「ハハハ、僕には男趣味は無いよ」
「馬鹿野郎!俺もねぇよ!!いらないからやるだけだ!」
エリウッドは後ろ手に手を振り、城壁から去って行った。
「ったく・・・狸貴族め・・・」
ハングは周りから普段何考えてるかわからないとよく言われる。
だが、エリウッドはいつもこうしてに見透かしてくる。
その度にハングは獣に化かされた気分になるのだ。
「ま、それもいいか・・・」
それはハングにとっても気が楽だった。
「得難い友人だよ。お前は・・・」
「誰の話?」
独白に返事があり、驚いてそっちを見た。
「り、リン!!」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない・・・」
「ど、どうしてここに!?」
「エリウッドが『ハングが話がある』って教えてくれたの」
「なっ・・・・」
あの狸野郎。後で絶対殴り飛ばす。
物騒な決意を固めたハングの隣にリンが腰をおろした。
「それで・・・私に話って?」
「えっ・・・あ・・・それは・・・」
『恋と誇りは砕けた方が人を強くする』
ハングは手汗の滲む手で小瓶を握りしめた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングと別れたエリウッドは中庭から城壁を見上げていた。
「上手くいくかな・・・」
心配だったが、ここから先は当人同士の問題。
エリウッドが出来ることはハングの為にお酒の用意でもしておくことぐらいだ。
「本当に必要になるとは思えないが・・・その時はヘクトルとでも・・・」
独り言を言いながら中庭を歩き出したエリウッド。
その中庭を困り顔でうろうろする女性を見つけた。
「ニニアン?どうしたんだい?」
「エリウッド様・・・」
月明かりの中で歩く彼女はさながら神殿の巫女のようだ。
そういえば、彼女は本当に神に捧げる踊りの舞い手なのだとエリウッドは思い出していた。
「ニルスでも探しているのかい?」
「あ、いえ・・・ニルスはさっき部屋で眠りました」
まだ日が沈んで間も無い時間だが、もう眠ったのか。
余程疲れていたのだろう。
でも、ニルスを探してるわけでは無いとなると道に迷ったのかな?
「ニニアン」
「エリウッド様」
二人の声が被った。
「あ・・・エリウッド様から・・・」
「いや、気にしなくていい。ニニアンから言ってかまわないよ」
「で、でも・・・」
「いいから」
騎士道精神を叩き込まれて育ってきたエリウッド。
女性を優先するのは当たり前だった。
ニニアンはしばし迷っていたが、エリウッドに引く気が見えなかったので甘えることにした。
「あの・・・」
ニニアンが深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
彼女の長い髪が流れるように揺れる。
月明かりに光るその髪はまるで宝石のような輝きを持っていた。
半ばその美しさに見惚れていたエリウッドはニニアンが顔をあげたのを機に気持ちを落ち着かせた。
「どうしたんだい?急に改まって」
「リンディス様から聞きました・・・一年前・・・私を助けてくださったのはエリウッド様だと」
「ああ、その事か」
一年前、【黒い牙】に連れていかれそうになっていたニニアンを助けたのは確かにエリウッドだ。
ここ暫くリンディス本人に余裕が無かったのもあって、ニニアンがそれを聞けたのは今日のフェレ城到着後だった。
「申し訳ありません。私、気を失っていて・・・助けてくださったエリウッド様に、十分なお礼も出来ず・・・」
「ニニアン、気にしなくていい。僕が好きでしたことだから」
「でも・・・」
「それに、あの時はハングがいなければ君を助けることは出来なかった。お礼ならハングに言ってあげてくれ」
思い返してみればあれがハングとの最初の共闘だった。
その時の面々が今もまだ一緒にいるというのだから縁というのは侮れない。
「ハングさんには夕刻にもうお礼を・・・」
「あ・・・そうなのかい・・・」
ハングに先にお礼を言ったのか・・・
エリウッドは自分の中に突如湧き上がった嫌な気持ちを無理やり静めた。
「エリウッド様は・・・エレノア様と一緒にいらしたので・・・」
「ああ、そうだったね」
ならば、仕方ないだろう。
頭では納得したがハングにもう少し意地の悪いことをしても良かったと心のどこかで思う自分がいた。
「ちなみに、ハングはなんと?」
「『そういうことはエリウッドにしてやれ』と聞き流されてしまいました」
「ハングの言いそうなことだね」
あれで、なかなか人の好意を素直に受け止めるのが苦手な人である。
「あの・・・それで、何かお礼をと・・・私、出来る限りのことをします」
「ん~・・・困ったな・・・」
彼女の瞳に迷いはなく、強い意志が光っている。
ニニアンの方に引く気は無いらしい。
だからといって、エリウッドはニニアンに何か金品を要求するつもりはない。何か仕事をこなしてもらうのも違う気がするし。形だけのものになり、お互いに気を遣わせてしまっては『お礼』とは言えない。
二人が納得する案をエリウッドは考えた。
「そうだ!君の踊りを見せて欲しい。いつもの短いのではなく、とっておきのがあればそれを」
「とっておきの踊りを、ですか?」
自分では名案と思ったのだが、ニニアンは少し困惑しているようだった。
「ごめん、ちょっと図々しかったかな?」
「いいえ!全然!!」
即答だった。エリウッドは嬉しくて、自然と顔がほころんだ。
「私!喜んで」
「よかった。それじゃあ、少し広いところにいこうか」
「は、はい」
腕を差し出し、エスコートするエリウッド。
ニニアンに触れている腕がなんだか熱く感じていた。