【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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前章~竜騎士(青年編 ②)~

今、ここには一匹のドラゴンがいる。

緑がかった蒼い鱗に覆われた力強い筋肉を持つ生物。

 

リガード

 

ハング名付けたドラゴンだった。

 

二年という長い訓練期間を終え、ハング達訓練生にも自分達のドラゴンを与えられるようになった。

もとよりドラゴンに好かれるハングはリガードともすぐに打ち解けた。

ヒースを含む何人かは今も苦戦しているようで、これだけはハングが班で一番乗りだった。

 

今も昼寝と洒落込むリガードの腹に背を預けて、ハングは書庫から借りてきた歴史書や闇魔道書を読み漁っていた。

ハングは本に栞を挟んで脇に置き、伸びをする。

 

髪も伸び、少し精悍な顔つきになったハング。だが、その鋭い瞳は相変わらずだ。

そんなハングもドラゴンと触れ合う時は少し頬が緩む。

ハングは寝息をたてるリガードの鼻面を少し撫でてやった。

 

その時、不意にリガードが眼を見開き、鎌首をもたげた。

 

誰か来たのだろうか?

 

ここは城の中庭の片隅だ。

 

自由に出入りしていい場所ではあるが、もとより文官や貴族の憩いの場なので、見つかると嫌味を言われるのは目に見えている。

ハングは本を自分の鞄にしまい込み、草陰から様子を伺った。

 

「・・・・うわ」

 

ハングはこっそりとうめき声をあげた。

 

中庭にいたのは国王デズモンドとハングの上官のバウトだ。

最近、うなぎ登りに地位が上がり、元より肥大していたプライドを更に巨大化させてるバウト。嫌味の一つですむ文官の方がまだましだった。

 

隣ではハングの気分にあてられたようにリガードが牙を剥き出しにしていた。

今にも威嚇の唸りをあげそうなリガードの頬を撫でるように触れて宥める。

 

ハングは逃げ出すのを諦めて、息を潜めることに全力を注ぐことにした。

禁書の棚に何度も出入りしているハング。隠れるのには慣れている。

 

「・・・・お前は・・・見所が・・・」

「いえ・・・お手合わせを・・・」

 

バウトは国王に胡麻でも擦ってるのだろう。

国への忠誠や地位への野心の無いハングには理解できない光景だった。

 

二人は程なくして戻って行く。ハングは二人が消えてようやく息を吐き出した。

 

「・・・嫌なもん見たな」

 

食後にまでとり残された嫌いな食べ物を無理やり飲み込んだ気分だ。

 

「グルルル・・・」

 

リガードもなんだか不機嫌そうに喉を鳴らした。今度は謝る意味をこめて、ハングはリガードの顎を撫でる。

 

「・・・グォォ」

 

気持ち良さそうにハングに頭を寄せてくるリガード。ハングは少し気分直しでもしようかと思い立った。

 

リガードの手綱を握り、中庭を後にする。

 

向かったのはドラゴン小屋。

 

リガードの寝床には鞍や鐙などドラゴンに乗るための品が揃っている。

 

ハングは薄手の鞍をリガードに手早く取り付けていく。牛革一枚程度の簡単な鞍だが、これが無いと鱗で内股が擦られて酷いことになる。

 

ハングは鞍をつけたリガードに飛び乗る。

 

「・・・行こうか」

「ガァァ!!」

 

不意にリガードがその場で羽ばたきだす。忙しない動きでは無く、準備体操をするように力強い羽ばたき。リガードの全身の筋肉がハングの下で躍動しているのがわかる。

 

そして、リガードはハングの方を一度振り向いた。

彼の燃えるような紅の瞳がハングに訴えかける。

 

『飛びたい・・・飛びたい・・・』

 

ああ、わかるさ。

俺だって飛びたいんだ。

 

ハングはそんな意味をこめて、リガードの首の付け根を撫でる。

 

ドラゴン小屋には竜騎士がすぐにでも飛び立てるように工夫がなされてる。ハングが小屋のロープを一本外せばリガードはいつでも飛び出せる。

 

ハングがそのロープに手をかけた時、不意にドラゴン小屋に人が入ってきた。

 

「あ!ハング!お前はまた勝手に!」

「・・・見逃せ、ヒース」

 

本当はハング達は教官の許し無しで飛ぶことは許されない。

もちろん、安全の為だがハングには関係無い。空で敵兵にでも出会わない限り、ハングとリガードの呼吸が乱れるわけがなかった。

 

「・・・んじゃな。見つかったら、よろしく」

「ちょっ!待てって!」

 

ハングはヒースの静止を無視してロープを解く。

突如開いた大きな出入り口に向けてリガードは走り出した。

 

「ハング!!罰は連帯責任なんだぞ!!」

「・・・だからなんだ」

 

後ろから今も追っかけてくるヒースを無視してハングはリガードの腹を軽く蹴る。

 

それを合図にリガードが勢いよく翼を広げた。

 

揚力が生まれ、リガードは低空を滑空するように走る。

そして、徐々に徐々にリガードの脚が浮き始める。

 

「・・・行こうか」

「グルルル」

 

リガードがドラゴン小屋を飛び出す。

その瞬間、ハングの身体は急激に背後に引っ張られた。

重力に逆らうような急上昇。身体をすり抜けていく風が突然に強くなった。景色が空の青と雲の白だけに変わる。

 

一瞬で大地を置き去りにしたリガードとハング。城壁を軽く越え、城の尖塔を通過点にしてハングとリガードはまだ上昇を続ける。

 

城の構造上ドラゴン小屋を出た直後には常に上昇気流ができている。

それに上手く乗れば素晴らしい高さまでリガードは到達できるのだ。

 

「はっはっー!!最高だぁぁぁ!!」

「グォォォォォォン!」

 

城が木彫りの置物のような大きさに変わり、空気が明らかに冷たくなる。

吐く息が白く変わる世界で、ハングは叫ぶように笑い、リガードは笑うように叫ぶ。

 

ここにいるのはただの二匹の生き物だけだ。

 

現在の柵も未来の不安も過去の苦悩もここでは全て関係ない。

 

何者もいない世界はハングの内側を簡単に消し飛ばしてしまう。

 

「うぉぉぉぉぉぉん!」

「ウォォォォォォン!」

 

どちらがハングの声で、どちらがリガードの声なのかもよくわからない。

 

ハングの耳に届くのは一種類の音だけ。

それはこの青い世界の一部となるように消えていく。

 

「ウォぉぉぉォぉォン!」

 

声は途切れることなく響き渡る。

寄せては返すさざ波のように二匹の叫びは広大な空の海を渡り続けた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ハングはリガードの背から、下の森を見渡す。

 

「哨戒任務なんて退屈ですね」

「・・・ぼやくなベルミナート」

 

ハングとベルミナートは翼を並べて森の上を巡回していた。今日は二人一組での城周囲の哨戒任務。簡単に言うと周囲の村や町への警邏活動である。

 

そろそろ騎士見習いとしては十二分に実力もついてきたハング達。

もちろん、地上でのハングの槍の腕前は今一つだったが、ドラゴンの上では多少様になるようになってきていた。

 

ハング達が竜騎士になるのに必要なのは授与式のための国王の日取りぐらいだった。

彼らは今となってはヴァイダを隊長とする中隊に正式に組み込まれている。

 

中隊長に就任したヴァイダはハングを拾った時の女性のような雰囲気は消え、獰猛な獣のような殺気をいつも放つようになった。中隊長としての責任と重圧が彼女を変えてしまったのだと、周囲の人は言っていた。

 

そんなヴァイダだが、ハングと食事する時には昔のような笑顔も見せる。

心をなくしてしまったわけではないことをハングは知っていた。

 

ハング達は目の前の山を越える為に手綱を引いて、上昇する。

 

その時だった。

 

「おっと」

「・・・山賊か・・・」

 

山を越えた先の村が襲われていた。家々に火が放たれ、もうもうとした黒い煙があがっている。

 

「ハング!」

「・・・わかってる」

 

ハングはリガードの背にくくりつけていた鐘を打ち鳴らす。

竜騎士部隊の緊急の合図である。

 

だが、この音を聞いたところで隊長や仲間がたどり着くには時間がかかる。救援としては遅すぎる。

 

「・・・ベルミナート。勝手な行動は慎むように言われてたな」

「はぁ・・・また、連帯責任ですか」

「・・・悪いな」

「いいですよ、それより行きましょう」

 

ハングは返事をするよりも早く、村に向けてドラゴンを駆けさせる。

一本の矢のような勢いでハングは村で最も山賊が暴れている場所にめがけて突っ込んでいく。

 

「・・・・・死ね」

 

挨拶代りの一発だ。ハングは左腕で手槍を構える。

 

槍の腕前は今一つ。

 

だが、そんなハングにも誇れることが一つ。

ハングが左腕で投げる手槍の投擲威力は竜騎士の中全体でみても最強といえた。

 

ハングの左腕から放たれた手槍は山賊の胸板を貫通し、後ろにいた男の喉にまで食い込んだ。

 

「・・・・がが」

 

奇妙な声をあげる死体の上をリガードがかすめるように通過する。

その隙に手槍を回収したハングは暴れる男達の間にリガードを着地させた。

 

こういう時は最初の奇襲で全てが決まる。

 

ハングは大きく息を吸い込んだ。

 

「我こそは竜騎士第4師団第三小隊ハング!死にてぇ奴からかかって来い!!」

 

直後、リガードの咆哮が轟く。

 

それだけでよかった。

数で圧倒してるのが山賊だといえど、堂々と降り立った姿とリガードの怒号一発で空気は完全に制圧した。

 

そう思っていた。

 

ハングの脇腹に衝撃が走り抜ける。

 

「・・・闇魔法」

「グルルルル!」

 

思わず手綱を放してしまい、ハングはリガードの背から転がり落ちる。

 

「くっ!!」

 

更に闇魔法の陣が度々現れ、ハングは避けるしかできない。

瞬く間にリガードと引き離されたハング。

 

「来るな!リガード!!」

「グゥ!!」

 

手元に槍があったのがせめてもの救いだ。

 

「ハング!大丈夫かい!!」

 

空からベルミナートがやってきていた。

 

「リガード!飛べ!!」

 

ハングはベルミナートを指差し、リガードに指示を送る。

ドラゴンが単体で地上にいてはいい的だ。

リガードをベルミナートに任せて、ハングは目の前に浮かび上がった黒球をかわす。

 

ハングは極めて冷静だった。

 

既に実践は何度か行っているハング。

他人の殺意も自分の殺意もそれを受け入れるだけの経験は積んだ。

今更本物の殺意に怯えたりしない。

 

だが、今回はいつもと違うとハングは直感していた。

 

相手に殺そうという意図が見えない。

そのつもりなら、ハングがリガードの背から落ちた時点で決着はついていた。

 

どういことだ?

 

ハングは足元の陣の一部をかき消して魔法の軌道を変える。魔法を別の方向に飛ばして相打ちを誘う。

 

だが、相手はこたえた様子もなく何度も闇魔法を放ってくる。

 

相手は一人。手数だけは撃ってくるが、最初からハングを直撃しないように闇を構築していく。どこかに誘ってるかのような動き。

 

ハングは軽く舌打ちをする。

 

相手の動きが見事すぎて、こっちは手のひらで踊るしかない。

 

何者だ?

 

ハングの背が何かに当たった。振り返るとそれは納屋だった。

 

ゾクリと背筋に何かが走る。

 

ハングは咄嗟にその納屋から体を放した。

 

次の瞬間、納屋の壁が突き破られ巨大な男が姿を見せた。

 

ハングが動くのが一歩でも遅れてたら確実にやられていた。

 

そこにまた闇魔法。ハングはその場に伏せるようにしてなんとかかわす。

前を闇魔道士、後ろを巨漢に挟まれた。

 

「お見事」

「・・・あ?」

 

不意に拍手が起きた。闇魔道士がマントの下で手を叩いてるようだ。

 

「我々は怪しいものではありません」

「・・・嘘つけ」

 

見た目からしてまず怪しい。

 

「我々はとある組織に属しております」

 

闇魔道士は続ける。

 

「あなたの左腕のお噂はかねがねより存じておりました」

 

ハングは自分の左腕を庇うように構えた。

頭の中でこの場を打開する方法を模索し続ける。

 

「我々はこの世の魔道を研究する組織。あなたの左腕は大変興味深い。ぜひとも我が組織に来ていただきたい」

「勧誘かよ・・・」

「もちろん。タダというわけではありません」

 

ハングは会話をしながらなんとか相手の隙をうかがう。

右手に見える家屋まで逃げ切れるだろうか。

 

だが、そんな考えは闇魔道士の言葉で全て吹き飛んだ。

 

「あなた・・・復讐が目的なのでしょう?」

 

ハングが何かを考えることができたのはそこまでだった。

 

眼の奥が真っ赤に染まる。全身の血が沸騰したように滾っていた。

 

「あなたの目的は復讐だそうで・・・ならば、我々はあなたに力を貸しましょう・・・私は・・・あなたの仇を知っているかもしれませんよ」

 

自分の身体が何かの反射行動のように飛び出した。

一気に闇魔道士の間合いに飛び込んで左腕を振りかぶる。

 

その直後、巨漢がハングと闇魔道士の間に割って入った。

 

関係ない。

 

ハングはその男の胸の中心めがけて左の拳を突っ込んだ。

骨や肉がひしゃげる音がして、ハングの左腕が肉の塊を貫く。

ハングは自分の左腕を引き抜き、巨漢の男の脇を抜ける。

大きな音をたてて巨漢が倒れるのに一瞥もくれず、ハングは闇魔道士を間合いに捉えた。

 

だが、相手の方が一歩早かった。

巨漢を相手にした分の時間が闇魔法の発動する時間を与えてしまっていた。

ハングの腹に闇の塊が直撃した。

 

「・・・ぐふ!」

 

ハングは吹き飛ばされ、地面を転がる。

たった一撃だというのに、とんでもない威力だった。

 

地面に這いつくばったハングは腹からこみ上げてきた反吐を吐き出す。

そのほとんどが真っ赤な血潮だ。

 

「予想以上の反応ですね・・・少し驚きました」

「て、てめぇ・・・まさか、ネルガルを・・・」

「ネルガル?それがあなたの仇の名ですか・・・申し訳ないですね。私はその方は知りません。とにかく連れていきますよ」

「ハァハァ!」

 

腕が震える、脚が揺らぐ。身体を起こすだけでも精一杯。

なのに、ハングの眼はいまだ殺意に溢れ、その瞳を黄金色に燃やしいた。

 

「まだ、そんな眼ができますか」

 

ハングの腹が蹴り上げられる。

 

「ぐふ!!」

 

ハングがぎりぎりで保っていた姿勢さえも崩される。

ハングは歯を食いしばる。

 

復讐どころか、目の前の闇魔道士一人に勝てない。

こんなんで、どうやって、あいつに勝てるというのか。

 

自分の弱さ、そして情けなさに噛み締めた口の中で歯が折れる音がした。

 

心の中で悪態をつく。声を出そうにも、腹に重い一撃をくらって呼吸もままならない。

 

「グォォォォォ!!」

「おや、あれは?」

 

突如、複数の咆哮が周囲から響き渡る。闇魔道士の表情が少し曇った。

 

「援軍ですか、思ったよりも早かったですね。それではさっさとズラかりましょうか」

 

ハングの真下に円陣が現れる。転移魔法。

このままでは本当にどこかに送られる。

 

その時だった。

 

「ハング!!」

「・・・ラキ、アス」

 

空からラキアスが降下してくる。

 

「邪魔ですよ」

 

そのラキアスに向けて闇魔道士が手のひらを向けた。

その手にハングが食らったのとは比べものにらない程に巨大な塊が構築されていた。

 

あんなのを受けたらひとたまりもない。

 

だが、ラキアスは構わずに突っ込んでくる。

彼は闇魔道士の実力を見切れていない。

 

「部隊との別れは永遠で、戦友との別れも永遠ですね」

「・・・・やめろぉぉぉ!!」

 

ハングの目の前でその闇が放たれた。その速度は普通の闇魔法とは明らかに常軌を逸し、ラキアスの回避は間に合わない。

ハングの視線の先で、ラキアスと相棒のドラゴンが闇に飲み込まれた。

 

「・・・・うそだ・・・」

「さぁ、別れはすみましたね。それでは」

 

俺のせいだ・・・俺のせいだ・・・

 

自分がつまらない挑発に乗らなければ・・・

 

こんなことには・・・

 

「別れは悲しいものです。ですが、その涙があなたを強くしますよ」

 

卑しく笑う闇魔道士。ハングは激痛を感じる身体で土くれを握るしかできなかった。

 

「何を泣いてんだい?」

「・・・え?」

 

ふと、顔をあげた。その瞬間、闇魔道士が一匹のドラゴンに吹き飛ばされた

 

「グォォォォォォ!!」

「リガード・・・」

 

見間違うわけのない、最愛の相棒。

そして、もう一騎ドラゴンが降り立つ。

 

「ハング、立てるかい?」

「・・・隊長」

「ラキアスは何とか生きてる。しっかりしな」

 

鋭い目線の中に隠れた一筋の優しさがハングを射抜く。

ハングはこらえきれなかった雫が目元から零れ落ちるのを感じた。

 

「貴様!!ヴァイダだな!」

「そうさ、あたしも有名人みたいだね!さぁ・・・私の愛弟子をいたぶってくれた礼をたっぷりしてやるよ!!」

 

ヴァイダが闇魔道士に突っ込んで行く。

ハングはリガードのざらついた舌で顔を舐められながら、その行方を追った。

 

圧倒的だった。

 

三次元的な動きでヴァイダは闇魔法をことごとく回避し、一撃離脱で確実に闇魔道士を刻んでいく。

 

脚を穿ち、肩を切り裂き、脇腹に一撃を見舞う。

 

あっという間に血まみれになった闇魔道士をヴァイダは鼻で笑った。

 

「悪いが簡単には死なせないよ!!」

 

その宣言通り、ヴァイダは出血の少なく、死ににくいところを狙って槍を繰り出し続ける。精神力が崩壊し、魔法を使えない無抵抗の魔道士を徹底的にいたぶる。

 

ハングが歯がたたなかった相手がまるで虫けらのように蹂躙されていく。

 

これが、隊長格の実力。

 

ハングは動くようになった身体で拳を地面に打ちつけた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「・・・・なんとか、一命は取り留めました。もう大丈夫でしょう」

 

賊を追い払った翌日。夜を徹して続いたラキアスの治療がようやく終わった。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

ヴァイダが安堵のため息を吐く。その後ろでは仲間達も同じく肩の力を抜いた。

 

「一時はどうなることかと思いましたよ」

「そうか?あいつは殺しても死なねぇよ」

「それにしてはアイザックはかなり心配してたな」

 

喜び合う部隊の面々。それをハングは遠巻きに眺めていた。

頭の中を巡るのはラキアスに闇魔法が直撃したあの瞬間。

 

全てをかなぐり捨てて、自分の復讐の片鱗に飲み込まれた結果があの光景だった。

 

実際、隊長が助けに来てなかったらどうなっていたことか。その未来を考えるとハングの体に鳥肌が立つ。後悔の海に溺れ、どこまでも深く沈んでいくようだった。

 

「ふぁぁ・・・もう眠いな、ラキアスの顔を見て寝るか」

「お前ら、明日の非番届けは私から出しておく。ゆっくり寝ていいぞ」

「ありがとうございます!隊長!」

「ハング、宿舎に寄る前に・・・・あれ?ハング?・・・あいつどこ行った?」

 

ふと、ヒースが振り返るとハングの姿はもうどこにも無かった。

 

ハングはこっそりと城を抜け出し、ドラゴン小屋へと足を運んでいた。

 

「グルゥ・・・」

「なんだよ、その声は・・・まぁ、だいたいわかるけどな・・・」

 

ハングは丸まったリガードの内側で脚を抱えて座っていた。

 

「・・・俺は・・・何の為に・・・訓練してたんだろうな・・・」

 

強くなりたい一心だった。復讐を果たす為、ネルガルを殺す為にずっと努力してきた。

その結果がこれだ。

復讐に呑まれてピンチに陥り、仲間を危険に晒した。

 

そして、何よりも自分が最低だと思うのは、こんなことになった今でも憎悪を捨てきれないことだった。

 

もし、今復讐の手がかりが手にはいれば、死にかけた戦友も、恩のある隊長も、昔からの親友も全て投げ捨てて向かってしまう自信がある。

 

それがわかっていながら、何も改善しようとしない自分が本当に最低だった。

 

自分はやはり歪んでいる。どんなに取り繕おうと、それは事実だった。

復讐の為にしか生きられない。その為になら、目の前の全てがどうでもよくなる。

 

俺は何の為にここにいるのか?

 

強くなる為だった。だが、本当にただそれだけなら、俺は『仲間』と共にいてはいけないのではないだろうか?

 

悶々とした考えが頭を巡る。

 

「やはり、ここにいたか」

「あ・・・隊長・・・」

「今日は全員揃って非番だ。楽にしろ」

「・・・ヴァイダさん・・・」

「それでいい」

 

ヴァイダはそう言って頬を緩めた。それはハングが久々に見る彼女の笑顔だった。

 

「ハング・・・まさかとは思うが、隊を抜けるとは言わないだろうな?」

「っ・・・・」

「図星か。まったく・・・」

 

ハングは盗み見るように腕の隙間からヴァイダを見た。彼女は呆れたような顔をしていた。

 

「あたしがお前を拾ったのはな」

「・・・・」

「お前がふてぶてしい、いい目をしていたからだ」

「・・・どういうことですか?」

「お前のその鋭い視線が気に入ったんだ。幼くして全てを失い、憎しみにしか生きられなくなったお前の目があたしは気に入ったんだ」

「・・・・・」

「もともとそういう奴だと思ってお前を竜騎士に推薦したのは私だ。お前はそんな私の顔に泥を塗る気か?」

「でも・・・」

「でももなにもない!!」

 

雷鳴のような怒声にハングの背筋が伸びる。

 

「いいか!私は貴様の全てを見てきた!その上で私はお前を我が隊に迎えたのだ!それを今更1つのミスで弱腰になどなるな!私はそんな軟弱に貴様を育てた覚えはないぞ!」

 

ヴァイダの声の一つ一つが熱量となってハングの胸へと響いていく。

 

「いいか、ここを抜けることは隊長の私が絶対に許さん!いいな!」

「・・・・・・はい」

「返事っ!」

「はいっ!!」

 

ハングの声量に満足したのか、ヴァイダはハングに背を向けた。

 

ハングは自分の胸の上を右手で握りしめる。そんなハングの頬をリガードの尻尾が頬を撫でたのだった。

 

翌日、ラキアスが目を覚ましたとのことで、ハングは彼の部屋へと見舞いにいった。

 

「・・・入るぞ」

「お、やっと来た」

 

ハングが中に入ると既にアイザックが来ていた。

ラキアスはベッドに横たわっていた。その顔色は決して好色とは言えなかったが、少なくとも余裕はありそうな顔だった。

 

「・・・おう、元気そうでよかったよ」

「ハング」

「ん?」

「気にしてないよな?」

 

ハングはかろうじて動揺をこらえる。

 

「・・・なんのことだ?」

「それで嘘ついてるつもりかよ。ばればれだぞ」

「うっ・・・」

「あのな、この怪我は俺が回避しそこねたから受けた傷だ。お前が原因とか関係ねぇ!」

 

ラキアスがそう言い、アイザックも同意するように何度も頷いた。

 

「そうだそうだ、ラキアスが愚鈍でドラゴンの手綱捌きが下手くそで、何の遮蔽物も無い空から声をあげて奇襲するという愚かにも程がある作戦を決行した結果だ。ハングが気にすることは一つもねぇんだ」

「おい、そこまで言うか?」

「事実だろ」

「事実だけどよ!」

 

ハングはアイザックとラキアスの掛け合いを見て肩の力を抜く。

 

「ま、だからさ、勝手に俺らの前から消えるなんて許さないからな」

「そうそう、それが心配だったんだよ。お前、変なとこで無意味な程に義理深いからな」

「・・・うるせぇよ・・・」

 

ハングはこぼれそうになる涙をこらえながら、そう言った。

 

ヴァイダさんの厳しい優しさが、仲間達の大きさが心の隙間を埋めていく。

 

この居場所でずっと生きていきたい

 

ハングは本気でそう思っていた。

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